Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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26-2_愛され息子の一生

 エルウィンは椅子から崩れ落ちる。床に倒れた拍子に眼鏡が外れた。

 何とか半身を起こしたが、視界はチカチカ点滅している。心臓が激しく鼓動する。息は乱れてか細く短く何度も何度も繰り返される……過呼吸を起こしていた。

 理解した。理解してしまった。そして、はっきりと突きつけられた……一族のために死んでくれと。

 みんな、エルウィンの死を願っている。エルウィンが死ぬことによって、魔術を放棄することを願っている。

 曽祖父母も、祖父母も、両親も……みんな、エルウィンの戦死を心待ちにしているのだ。

 込み上げて来るモノを飲み込めずに嘔吐した。胃液と梅干しが混合した吐瀉物が床にぶちまけられる。生理的な涙が両目――グラスフィード家の特徴である昏い緑の目から伝り落ち、次第に雫は大きくなって吐瀉物の上に何粒も落ちていった。

 衝動的にテーブルに駆け寄ってしがみついた。テーブルの上には、魔術毒を精製する際に材料を削る刃物があったからだ……エルウィンは衝動的に刃物を手にした。刃渡り10cmのナイフは、喉を掻き切るには十分すぎた。

 

「…………僕が死んだら、みんな、喜んでくれるかな」

 

 息も整わず。涙も枯れず。エルウィンは己の喉をナイフで掻き切ろうとしたが、それは叶わなかった。

 キャスターに腕を掴まれて止められたのだ。

 

「は、放せ……放せよ!」

「無理な命令ね。だって、マスター(あなた)が死ねば、私は現界できなくなるんですもの」

 

 いくらステータスが低いとは言え、人間がサーヴァントの腕力に勝てる訳がない。エルウィンの腕は簡単に捻られてナイフを床に落とし、そのナイフはキャスターに踏まれて折れてしまった。

 だったらと、エルウィンは令呪の刻まれた右手を掲げた。いっそのこと、自分のことを殺せとも命令しようかと脳裏に過ったその瞬間……エルウィンの意識はプツンと途切れてしまったのだ。

 これで良い。家族が望んで、諸手を挙げて歓喜する結末になった……かと思いきや、意識を覚醒させたエルウィンは工房のカウチソファーに寝かされていた。ただ意識を失っていただけだった。

 

「気分はいかが?」

「……最悪だ」

「あらあら、憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうですね」

 

 キャスターも同じカウチソファーに座っていた。彼女の膝の上にエルウィンの両足が乗っている。

 

「何で邪魔をしたんだ」

「先ほども言いましたが、マスター(あなた)が死ねば、サーヴァントである私は要石を失って現界できなくなるのよ」

「別のマスターに鞍替えしてもいいはずだろう。こんな……最初から生贄にされる目的で、聖杯戦争に放り込まれたマスターなんて……生かしておく必要なんてない」

 

 気を失う前よりも気分も体調も少しだけ楽になっている気がした。だが、エルウィンの口から出る言葉は自暴自棄なものばかりだ。

 

「やだぁ、信じてくれないのですね。それに、新しいマスターをこの狭い地域で見つけるなんて、とてもメンドクサイのよ。今、退去する気もありませんし」

「……何が目的だ? 聖杯への願いは特にないって言っていただろう。それなのに、何でだ」

 

 聖杯戦争にて召喚されるサーヴァントたちは、大小様々な願いを持ち、その願いを聖杯にて叶えるためにマスターの召喚に応じる。しかし、エルウィンに召喚されたキャスターは、聖杯にかける願いはないと召喚1日目で告げていた。

 

「私が召喚されたのは、あなたが触媒に使ったエメラルドが元は私の持ち物だったから。私本人は、聖杯に頼る()()の願いはありません……そうね。強いて言えば、折角サーヴァントとして召喚されたのだから、生前の悪名どおりの魔女として働きたいじゃない」

「何だよそれ……」

「生前の私の願いは、「魔女になりたい」だったの。あなたたち魔術師が知る「魔女」ではなく、御伽噺に登場する物語の魔女のことよ」

「はぁ? なれる訳ないのに」

「魔術師から見たらあまりにも滑稽でしょうね。でも、現代だって魔女に憧れる女の子は少なくないでしょう」

 

 魔術の世界で言う「魔女」とは、女魔術師のことではない。「魔女」という種族のことを差す。

 キャスターの言う「魔女」は人間とは異なる超自然的な存在でなく、物語の登場人物としての御伽噺の魔女だった。

 魔女の鍋(カルドロン)で霊薬をかき混ぜ、分厚い魔術書を片手に呪文を唱え箒で空を飛ぶ姿に、幼い少女たちは結構憧れたりするものだ。幼い日のキャスターがそうだったのだから。

 御伽噺の魔女と一口に言っても、タイプは様々であるが、多くは敵役として登場する。シンデレラにドレスをカボチャの馬車とガラスの靴を与え、眠れる姫のために祝福を授けた良い魔女か。それとも、白雪姫に毒リンゴを与えて、ヘンゼルとグレーテルをお菓子の家に監禁するような悪い魔女か……キャスターが選んだ魔女は、後者だった。

 彼女は、御伽噺に登場するテンプレート的な魔女として現界している。座にその情報が登録されたのもあるかもしれないが、何よりキャスター自身がそのように振る舞うことを佳しとしているからだ。

 一度憧れ、そこまで辿り着いたのならば、途中で辞めたりはしない。とことん突き詰めて、最後までやり切るつもりで魔女であろうとしたのである。

 

「それにね……まあ、信じてくれるかどうかは勝手ですが、まだ幼い子供の自害なんて見たくはないですから」

「子供じゃない! 僕は18歳になっているんだぞ」

「この国の法律では未成年ですよ。親の庇護下にある学生の年齢。これでも、生前は娘を育てた母親でもありましたからね……ちょっとだけ、情があったの」

「子供がいたのか」

「私と同じ道は辿らせなかったけれど」

「魔女がそんなに甘くていいのかよ。生前は、胎児の死体を儀式の素材として使っていたんだろう……僕のことだって、自分が魔女であるための素材としか思っていないんだろう」

「思い切りやさぐれちゃっているのね。確かに、堕胎もやっていたわ。娼婦のお客なんか、商売の邪魔だからという理由でよくいらっしゃって。潰して、掻き出して、()()はどうするかと訊けば大体は「処分しておいて」と言いますからね、皆さん。だから、再利用したまで。子供が生まれてきることが奇跡であるのならば、18歳まで育ったあなたは祝福されるべき存在であり、子供のうちに死ぬべきではないの。この答えで、満足かしら?」

「……」

 

 エルウィンは家族から愛されていた。魔術の後継者として。

 優秀な魔術回路を持った後継ぎの誕生に、家族はみんな喜び、祝福しただろう。18年前の祝福が、グラスフィード家の未来を担うための祝福か、自身らを楽にしてくれる救世主への祝福か……今となっては真相は分からない。

 けれど、はっきり理解したことはある。

 エルウィンは魔術師の倫理観の中で育った。世俗普遍的な愛情や良心とは縁の薄い環境で18歳まで生きて来た。家族が魔術師だから、自分も魔術師として生きることを疑わない世界で生きて来たのだ。

 故に、エルウィンを取り巻く環境は家族が全てだった。

 魔術の師である父の教えは厳しかったが、エルウィンが初めて魔術毒の精製を成功させると喜んでくれた。

 母とは必要最低限の接触したかなかったが、エルウィンが1人で絵本の音読をできるようになると喜んでくれた。

 祖父母も、曽祖父母も、エルウィンが魔術を覚える度に喜んでくれた……ああ、そうか。そうだったんだ。

 エルウィンは魔術師として生きることを疑わなかった。自分も魔術師になって、グラスフィード家の魔術刻印を継承して、根源に到達するために次の世代へ先祖の研鑽を継承するのだと信じていた。それは、今も変わらない。魔術師として生まれたからなら、その星の下に生きる定めなのだ。

 だけど、それ以上に……浮かんでは消える幼い頃の記憶の合間には、必ずと言っていいほど喜ぶ家族の顔がある。

 

「僕は、家族が喜ぶから頑張れたんだ。魔術を覚えれば、父は喜んでくれて……勉強をすれば、母は喜んでくれて……日本に送り出された夜は、両親も、祖父母も、曽祖父母もみんな、喜んでくれていたんだ……だから、グラスフィード家のために、じゃなくて! 喜んでくれる家族のために、聖杯を持ち帰ろうとしたんだ……なのに、それなのに……」

 

 キャスターはカウチの上で少しだけエルウィンに近寄った。彼の顔を覆う両腕をそっと外してみれば、涙と鼻水と涎と、顔から出る物全部でベタベタに汚れている……実年齢よりもずっと幼く、でも、十分“子供”と言える表情をしていた。

 エルウィンを取り巻く世界の全てが彼に牙をむいた。生きることを拒絶され、死ぬことを望まれた。

 喜んでくれる家族のために、という子供の意志は、どのような倫理観においても尊ぶべきである……そう、思いたい。

 家族が喜んでくれるから死ぬ……なんて、子供が叶えるべき願いではないのだ。

 

「それで、あなたは裏切られたままで良いの?」

「え?」

 

 キャスターの指先がエルウィンの頬に触れた。

 冷たい手に熱が伝わる。この熱が途切れてしまうのは……自らの願いも、やりたいことも、生きたい理由も、何もかもをまだ抱けていない子供の熱が途切れてしまうのは、あまりにも勿体ない。

 

「聞かせてくださらない? 私のマスター。あなたの、グラスフィード家の魔術師ではなく、親に庇護されていた子供でもない、ただの「エルウィン・トキシカ」としての願いは何?」

「僕の、願いは……」

 

 聖杯を手に入れて根源に到達するのは、グラスフィード家の魔術師であり家族に注がれた願いだ。

 じゃあ、エルウィンが抱く自分自身の願いとは一体何なのか……?

 

「……やっぱり、死にたくない。こんなところで、終わりたくない……!」

 

 胸に閊えていたモノを吐き出すかのように出て来た震えた声は、確かにエルウィンの“今”の願いだった。

 

「じゃあ、戦わなければね」

「できるのか?」

「元々、私たちはそのために準備をしてきました。家族は、あなたは生存できないと決めつけて見捨てた……でも、本当のところはどうかしら。あなたには令呪もある、サーヴァント()もいる。()()()()()()()()()()()()

「で、でも……薬の影響が」

「今ならまだ解毒できる。私なら。魔女の鍋(カルドロン)で霊薬を作成するのが、私の魔女としてのオリジンなのですから。伝聞によって魔女に押し上げられて座に招かれた私が、現代の魔術師の毒なぞに負けるはずはないの。ここまでやったのだから、いっそのこと……思い切り暴れてみてもいいじゃない?」

 

 キャスターの菫色の双眸が緩やかに細められた。

 彼女を召喚してしまったその瞬間から、魔女と組みして聖杯戦争に勝つと決めた。その瞬間は、家族のための勝利を願ったが、今は違う……魔女と組みしてでも、みっともなく足掻いてでも、今この瞬間のエルウィンは生きたいと願っているのだ。

 

「……これは、自暴自棄の自爆じゃない。魔術師として育てられて、魔術師の倫理観で送り出された僕が、魔術師()()()振る舞うだけだ。むざむざ戦死なんてするもんか。魔女の弟子になってでも、この戦争から生き残ってやる……!」

 

 エルウィンはカウチソファーから起き上がり、キャスターの膝から足を下ろした。

 服の袖で乱暴に顔を拭いてから魔女と向き合う……一族特有の昏い緑の目が微かに充血していたのは、家との決別を意味しているように思えた。

 祖母に飲まされていた毒に蝕まれ、まともに座っていることさえ辛かったはずの身体を、新たに抱いた願いを支えに無理矢理に動かしている。そう簡単に死んでやらないと。もう、家族を喜ばせてやらないと決めたのだ。

 

「折角なら、家族(あの人たち)が聞いたら真っ青になって大慌てするような暴れ方をしてやろう。いざという時は、魔女に唆された被害者でも演じるさ」

「すっかり悪い子になっちゃったのね。あなたが誠実な雇用主である限りは、私は契約に従い悪い魔女として働きましょう。決行は?」

「僕の身体の治療が済み次第。急ぎで頼む」

「承知しました」

 

 隠れてひっそり動きながら準備を整え、積み重ねてきた全てを一気に開放して大輪の花でも咲かせてやろう。

 魔術師らしく、魔女らしく、キャスター陣営らしく。




聖杯戦争で後継者が戦死して、魔術刻印がズタボロになってしまったのはエルメロイという前例があってだな……。
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