Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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27_合間の休日

 田舎のいいところは、多少の轟音が生活圏内に影響を及ぼさないことである……限度があるけど。

 かつては岳野村と深潮町を繋いだ海に隣接した県道沿い。その反対側は、手付かずの森林が黒々とした深い闇を作り出している。花金の深夜、つい先ほど日付が変わった時間帯にこの森林に用事がある人間など、自殺志願者か法に触れる物でも埋めに来るような者しかいないだろう。人目がないというのは、先の岳野森林での戦いと同じである。

 轟音と共に森林が円く抉れた。折り重なる木々と伸びっぱなしの背の高い植物の景色の写真を円く切り取るかのように、一瞬でぽっかりと穴が空いたのだ。かろうじて残った木々には、抉り取られた衝撃のせいか摩擦熱でできたと思わしき白い煙が立ち上っている。

 円い穴の製作者はライダーだった。手にした薙刀からも木々から立ち上がっているのと同じ白い煙が燻っている。そして、ライダーの攻撃の先にいたのは、寸前のところで回避に成功して闇に身を隠すセイバーと、その隣で息を乱すレィムだ……今宵は、ライダーとセイバーの戦争が行われていたのだ。

 

「単純な膂力も武器の扱いもライダーの方が上。でも、今の攻撃で分かった……燃費が悪いことと、マスターの魔力量が乏しいことが重なって、長期戦はできないんだ」

 

 早期決着。セイバーが放つ魔力の斬撃を相手に長期戦は悪手だと判断したのか、放出森林を抉り取った一撃で手早く葬り去ろうとしたのだろう。だが、セイバーのスキルで回避が成功したことにより、ライダーは無駄な魔力の消費となってしまったのだ……攻撃としては無駄となったが、あまりの威力にレィムに冷や汗をかかせることには成功している。

 ライダーのマスターである桐月は、本人の魔術的な攻撃・支援手段に乏しい。すなわち、彼が持つ魔術的な素質はあまりにも必要最低限であり、彼個人の魔力だけではライダーを十二分に運用することが不可能なのだ。

 故に、今のような一撃……真名開放に至らないのにここまで威力である以上、マスターの負担も大きいはずの攻撃は連発できず、長期戦には不向きなのである。

 

「それでも、ライダーの性能は侮れない……何だろう、島国の神秘の気配を感じる」

 

 レィムの目は暗闇の向こうにいるライダーと、その背後の桐月をしかと捉えていた。やはり、先の一撃は桐月に大きな負担になっている様子である。

 表には出さまいと必死に取り繕ってはいるが、必死に息を整えようとしている桐月の様子は疲労困憊としか言いようがない。刹那に背後を慮ったライダーの仕草も、それを証明している。

 

「マスター。魔力の供給が追いついていません」

「……すまない。もう、この戦い方では限界のようだ」

「こちらも、先の魔力量を見誤りました。申し訳ございません。今夜はここで撤退されてはいかがですか。このままではマスターの御身がもちません」

「……くっ」

 

 森林の陰と深夜の闇に紛れて桐月は疲労を隠そうとしていた。敵であるレィムに弱みを見せられないのは当たり前のことではあるが、それ以上に……無意識に彼の本質が表に出てきているのだろう。契約したサーヴァントが強力でも、それを動かすマスターの魔力が貧弱ならば三流のサーヴァントにだって簡単に殺されることもあるのだ。マスター(バッテリー)が貧弱であることを悟られぬように、桐月は必死で取り繕っている。

 

「……割と、外面と評価を気にするタイプかな」

 

 ライダーは強力なサーヴァントではあるが、マスターの関係で長期戦ができないため決定打に欠けている。バーサーカーが落ちた今、そろそろ次の脱落者が出てもいい頃合いだが、ライダーがその脱落者を作ることもできず焦っているのかもしれない。

 これ以上、戦いを続けていればセイバー陣営にも勝利が開けた可能性もあるが、これ以上やると桐月が干からびるか森林が拓かれるかのどちらかの方に辿り着いてしまう。ここが潮時かと、ライダーはなけなしの魔力で鮫を召喚すると、桐月を連れて戦場を離脱した。

 忠誠心のあるサーヴァントは厄介だ。本人が求める死闘や願望よりも、マスターの身の安全を優先させるから。

 戦闘が中断されたが、レィムの目にはライダー攻略の糸口を微かに見えていた。

 ()()が刺されば、あるいは……。

 

 

 

***

 

 

 

 結局、心護とアリアは1日中自宅に籠っていた。もしこのタイミングで襲撃されていたら、逃げ場がなく袋の鼠になるところだった。

 霊脈の上で大人しく籠っていたお陰か、それとも心護の血液を摂取したお陰か、アリアが負った傷は昨日の夕方には痕も残さずに殆どが治っていた。それから一晩経って、アリアが言うには戦闘が可能なコンディションまで回復したらしい。

 サーヴァントって凄い。

 暦を見れば週末の土曜日。特に用事はなく、かと言って籠りっ放しだったので自宅にい続けるのも息が詰まるかもしれないと、心護はアリアを外に連れ出した。レオンモールで買い物をする訳でも、『キタムラ』でお茶をする訳でもなく、心護はアリアを海に連れて行ったのだ。

 ちなみに、自動車学校跡地に置き去りにしてしまったはずのバイクは、金曜日の夕方に玄関前に戻ってきていた。聖杯戦争の後始末をしてくれている人が届けてくれたのだろう。

 お前が無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。

 

「潮風……気持ちがいい」

「天気もいいけど、こういう日はあんまり魚がかからないんだよな」

「そうなの?」

「海面が明るいと、魚も警戒するらしい。師匠に教えてもらった」

「ああ、そうね。波のない明るい海面は、海を漂うものがよく見えるもの」

 

 海に連れて行ったと言っても、漁師町に青い海と白い砂浜のビーチがあるはずがない。漁港にやってきた2人は、コンクリートで固められた地面に腰を下ろして秋晴れの水平線を眺めていた。

 こんなにもいい天気ならば、他にも趣味で船を出して海釣りをする者や海辺を散歩している者もいるはずだが、そもそも個人で船を出すことも制限されている最中であるし、その原因となった不気味な遺体の漂流の恐怖がまだ効いているのか漁港に人気は少なかった。よっぽどの釣り好きもとい釣りキチか、心護たちのように気にしない者しか潮風に吹かれていないのだ。

 

「おや、逢引きかい?」

「それってデートって言わない?」

「デートは否定しないのですね」

「こんにちはアーチャーとそのマスター。あなたたちも、海を見に来たの?」

 

 地面に座る心護たちを覗き込むようにかかった背の高い影は、アルジュンとアーチャーだった。気にしない者が増えた。

 

「貴方がたを見かけたため、マスターが一言挨拶にと。釣りの最中でしたか」

「これは俺のじゃなくて、釣り好きの爺さんが昼飯を食べに帰っている間、釣竿を見ていてくれって頼みをきいて預かっているだけ。いない間に魚がかかったらもらっていいって条件でOKした」

 

 並んで座る心護とアリアの真ん中に、使い込まれた釣竿が海に糸を垂らしていた。

 漁港を歩いている最中、雨が降っていなければ必ずと言っていいほど釣りをしている爺さんと遭遇した心護は、上記の理由で釣竿の見張りを頼まれたのである。いちいち釣竿を片付けて家に帰るのも億劫とのことだ。

 爺さんが帰宅してから獲物がかかる気配がなく、釣竿はピクリとも動かなかったが、アルジュンたちがやって来たのと同じタイミングで釣り糸が海に引っ張られて釣竿が大きく撓った。

 

「シンゴ、引いている!」

「かかった」

 

 アリアが咄嗟に釣竿を手にすると、彼女の想像以上の力で引っ張られた。無理に引っ張ると、サーヴァントの力で釣竿を折ってしまいそうだ。釣竿を握るアリアの手に心護が自身の手を添えてリールを回す。陸から遠ざかろうとする釣り糸を慎重に巻き取りながら獲物を釣りあげようとする攻防戦を、アルジュンが興味深そうに眺めていると、海面から獲物が顔を出した。小ぶりな鯛だった。

 海から出してしまえばこっちのものなので、最後にとアリアが思い切り釣竿を引くと見事に鯛を釣り上げる。確かに小ぶりだが立派な獲物だった。

 

「釣れた」

「釣果としては十分だな。爺さんの好意だ、貰っておこうぜ。あんたらも食べる?」

「良いのかい?」

「2人分の刺身はちょっと多いから」

「刺身……まさかの生食?」

「釣りたてが一番新鮮で美味いよ。漁協の倉庫に行けば、包丁もまな板も醤油もあるし」

「あそこは規制線が張られていたのでは……?」

 

 アーチャーの疑問は正しいが、規制線が張られていたとしても警察官の見張りが立っている訳ではないので忍び込むことは容易である。

 という訳で、漁協の野木の倉庫から包丁とまな板と使い捨てゴム手袋を拝借し、ついでに供用冷蔵庫から醤油を、そこら辺の棚から割り箸と発砲スチロールのトレーも持ってきて、心護は鯛をシメて鱗を取って三枚に下ろして刺身にした。漁師になってからすっかり魚を捌くのに慣れてしまっていた。

 色気のない発泡スチロールの皿に少々不格好な白銀の刺身。身内で食べるならこれで十分だ。

 ついさっきまで生きていた鮮度抜群の鯛の刺身は不味い訳がなかった。

 

「美味しい! 刺身は何度か食したけれど、それよりもずっと甘く触感も良い」

「釣りたて捌きたてっスから。鮮度がいいと大抵の魚は美味いって、師匠が言ってた」

「これは、確かに美味しい。生食は少々抵抗がありましたが、この味は確かに魅力的だ」

「深潮のお魚はどれも美味しいわよ。昨日、マダムからいただいた小鯵の南蛮漬けも美味しかったわ」

「地元の家庭料理とは羨ましい。近頃、外食の味にも飽きて来たところでね」

「んじゃ、うちに食べにくる?」

「うん?」

「女将さん、小鯵を大量にもらったからって大量に南蛮漬けを持ってきてくれて……まだまだ残ってて食べきれなくて」

「大きなタッパー二つ、いただいたわ」

 

 昨夜の段階でタッパー半分も消費できていなかった。なので、心護にしてみれば、鯛の刺身と同じく2人ではちょっと多いので消費してもらえたら助かるー程度の話だったのだが、アルジュンたちにしてみれば異常事態である。

 防衛の拠点である魔術工房たる自宅へ招かれのだ。この聖杯戦争の最中に。自身の心臓部にWELCOME!と招かれたのと同じこと。一般的な魔術師からしれみれば、こいつは何かの罠かそれともただの馬鹿かと訝しむお誘いなのである。

 心護にとっては今更だ。初手で杏華とランサーを招いて霊脈の復活と魔術工房のことを教えてもらったのだから。

 

「そうだ、彼はつい先日まで何も知らないただの馬鹿だったんだ」

「マスター。今、凄く失礼なこと口走りましたよ」

「聞こえてるぞ」

「では、遊びに行ってもいいかな」

「何時に来る?」

「今の流れでどうしてお邪魔することになるんですか?!」

 

 アーチャーの奮闘も空しく、夜の8時にアルジュンが小鯵の南蛮漬けを食べにくることになってしまった。

 自宅に帰ったら、家の換気をしてちょっと掃除しておこう。

 夜になったら訪ねに行くよと、子供のように大きく両手を振るアルジュンを見送っていたら、また釣竿が動いたのに気づいた。が、今度は逃げられた。

 昼食を食べてきた釣り好きの爺さんが戻って来たので釣竿を返却し、ついでに残った鯛の骨と頭をお譲りした。爺さんの奥さんが作る、鯛で出汁を取ったアラ汁は美味いらしい。

 漁協に包丁を始めとした拝借した物を洗って返してから、心護とアリアはバイクに乗って漁港を離れた。アルジュンが来ることになったし、もう帰って家の掃除でもしておこうかと話しながら走っていると銭湯の前を通りかかり、ちょうど暖簾を出していた女将さんに呼び止められたのだ。

 

「心ちゃん! 先週来なかったから、どうしたのかってうちのばあちゃんと話してたんよ! なーに? 彼女とのデートに忙しかった?」

「まあ、忙しかったのはそうですけど」

 

 心護の家からもそう遠くはない銭湯『玉乃湯』がちょうど開店する時間だった。心護は土曜日になると必ず『玉乃湯』を訪れていたが、先週は聖杯戦争のゴタゴタもあって銭湯に来てなかったのだ。

 先週、顔を見せなかった心護を見つけて思わず呼び止めてしまったと、ふくよかな女将さんはカラカラと豪快に笑っていた。

 

「折角だから、一番風呂に入っていけば? 貸出のタオルもあるし」

「シンゴ、セントーって何?」

「公衆浴場だよ。大きな風呂。入ってみる?」

「うん!」

 

 アリアが大きな湯船の風呂に興味を持ったので、折角だからと一番風呂で銭湯を堪能することにした。

 番台に座る御年92歳の大女将へ料金を支払って貸し出しのタオルとバスタオルを受け取り、アリアに銭湯のルールを簡単に説明してからそれぞれの風呂へ入った。『玉乃湯』の男湯には、たくさんの大漁旗をなびかせる漁船の群れの背景絵が描かれている。実際に見たことはないが、女湯の背景絵は富士山らしい。後で、アリアにどんな絵だったから聞いてみよう。

 備え付けのシャンプーとボディソープで洗ってから広い湯船に悠々と浸かっていると、左の手の平の大きな絆創膏がお湯でふやけて剥がれかかっているのに気づいた。絆創膏の下には、アリアに血を摂取させるために心護自ら包丁でつけた傷と、アリアの歯形がくっきりと残っている……あの夜に噛みつかれたことについて、2人の間で話題に出すことはなかった。

 アリアは、そのことに触れて欲しくはなさそうだと思ったから。

 

「……しばらく誰にも手を見せられないな」

 

 しっかりと残る歯形はあらぬ疑いをかけられる可能性がある。

 左手が湯船に浸からないようにしながらボーっとしていたら、心護以外の入浴客も入って来た。アリアもそろそろ上がる頃かもしれないと湯船から出たが、結果として心護の方が早かった。たっぷり10分以上待って女湯から出て来たアリアは、乾かしたての髪を下ろした姿で現れた……白い頬がほんのり紅く染まっている。

 

「遅くなってごめんなさい」

「いや、そんな待ってないから。牛乳、飲む?」

「うん。お客さんのマダムにね、髪を乾かしていただいたのよ」

 

 心護を待たせてはいけないと、髪が生乾きの状態で出ようとしたアリアを引き留めてしっかりとドライヤーで乾かしてくれたらしい。そうだった、髪が長いと乾かすのに時間がかかるんだと、心護は心の中で浅慮さを反省した。火照った身体にはよく冷えた瓶牛乳が美味い。

 

「お嬢ちゃん、歌手なんだってね」

「大女将、その話どこで?」

「お客さんたちが話してたよ。香名ちゃんの店で歌ってたって。古い歌、歌える?」

「リクエスト? その歌かしら」

 

 空の牛乳瓶を返却したら番台の大女将に声をかけられた。お気に入りのカセットテープが擦り切れて再生できなくなった歌を歌って欲しいと、しわくちゃの両手を合わせた大女将のリクエストは戦前に流行した女性歌手の歌謡曲だった。心護もサビしか知らない。

 

「アリア、歌える?」

「『メルヘン』で教えてもらったわ」

「いつの間に」

 

『玉乃湯』の休憩スペースを簡易的なステージにして、アリアの唇からは現代のヒット曲よりも緩やかな旋律が紡がれる。亡くなった夫との初デートで観た映画の主題歌だと、大女将は心護にそう話しかけながら嬉しそうにアリアの歌を聴いていた。

 アリアの歌声が耳から入って脳に、身体に、溶け込むように広がっていく。心護はこの歌謡曲を生歌で聴いたこともないし、主題歌となった映画も知らないけれど、どこか懐かしいと思える感情が湧き上がり一瞬だけ歌うアリアの姿が白黒テレビのようにモノクロに映った。もしかしたら、大女将にはもっと鮮明にモノクロ姿のアリアが見えているのかもしれない。

 アリアの歌声に引き寄せられるかのように、暖簾の向こうから常連客たちが顔を出すだけではなく、『玉乃湯』の前を通りかかった通行人たちも足を止めて覗き込んでいた。中には、昭和歌謡など聞いたこともなさそうな学生も混ざっている。そんな10代の学生たちも、アリアが歌い終わると惜しみない拍手を送った……今朝、アリアが言ったように、コンディションは万全だったようだ。

 

「お嬢ちゃん、ありがとうね。感動したわ……あたし、あと10年は長生きできるよ」

「聴いてくださってありがとう」

「それじゃあ、俺たちはそろそろ帰ります」

 

 駐車場に停めたバイクを持ってくるからと、心護が先に『玉乃湯』を出た。湯上りで火照った身体に潮風が気持ちいい。

 バイクを前にしてポケットから鍵を取り出そうとしたら、心護の足元に虫が飛んできた。多分、カマドウマ。

 田舎では珍しいことではないと、轢かないようにバイクを動かそうとした……動かそうとしたら、カマドウマの胴体がボコボコと音を立てそうな勢いで隆起した。全身が身体の内側から爆ぜて爛れて、断末魔にも聞こえる濁った音を頭から吹き出したカマドウマは、そのまま絶命したのである。

 

「…………え」

 

 虫だったモノは、あの魚の異形に似た姿になっていた。




『玉乃湯』
 深潮市の銭湯。創業53年。心護の自宅から徒歩10分足らず。漁協からも近いため、漁師たちもよく利用する。
 先代の奥さんである玉巻の大女将(御年92)が番台に座る。歳の割に頭はシャッキリしている。
 洗面台のドライヤーは盗難防止のために5kgのダンベルに巻きついている。

『髙瀬寿司』
 深潮市にある回らない寿司屋。深潮市の住人は何かお祝い事があるとここから寿司を出前する。黒糖を使用した漬けと穴子のタレが美味い。
 市内でも指折りの高級店扱い。カウンターだけではなく二階に個室席もあり、市長もよく会食で利用する。宴会は5人から承ります。
 にぎり寿司並2,200円、にぎり寿司おまかせ特上4,800円。年長者に奢ってもらえなければ食べられない。『潮風マルシェ』ではリーズナブルなミニ海鮮丼や巻物弁当などを販売。販売してすぐ完売するので気合を入れて並ばなければならない。
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