Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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28_お湯割りが冷めないうちに

「お招きありがとう」

「……本当に来た」

 

 夜の8時キッカリに心護の家のインターホンが鳴った。やはりと言うか、当たり前と言うか、訪問すると約束をしていたアルジュンとアーチャーがやって来たのだ。

 心護が招いたので当然の来客である。

 

「来るよ。折角、誘ってもらったんだからね。君は罠を張れるほど魔術に精通していないし、罠を張る気も()()気もない。そもそも、砦とも呼べない工房は敵の懐として機能することはない。なので、私は君に招かれて夕飯をご馳走になるべく遊びに来た。お邪魔します」

「まあ、つい先日まで何も知らない馬鹿だったもんで。適当に上がって」

「ああ、そうだ。アーチャー」

「はい。手ぶらでは失礼かと思い、手土産を」

 

 アーチャーが差し出したのは上質な包装紙で包まれた折箱。包装紙の模様には見覚えがあった……崩し字の『髙瀬寿司』。財布に余裕がある年長者が奢ってくれなければ食べられない高級寿司である。

 しかも、貼られているシールには『おまかせ』の文字が。つまり、最も値段の高いおまかせ特上のにぎり寿司だ。それが2人前差し出された。

 

「ようこそいらっしゃいませ」

「日本人にSUSHIを差し出せば恭しくなるという話は、真実だったようですね」

 

 心護はアルジュンたちに恭しく来客用のスリッパを差し出した。にぎり寿司おまかせ特上を前に粗雑な対応はできないのである。

『髙瀬寿司』が食べられるのは嬉しいサプライズだ。まさか、先週の柳洞神社に続きまた食べられるとは。

 

「アーチャーとそのマスター。いらっしゃいませ」

「こんばんは、アサシン。この香りは、日本の味噌汁かな?」

 

 台所にいたアリアが顔を出した。彼女はネイビーブルーのシンプルなエプロン(心護が普段使用している物)を身に着けて、台所からは味噌と海鮮系の出汁の香りがする。

 美しい女性がエプロン姿で台所から顔を出し、しかも美味しそうな香りがするというシチュエーションは思わず期待してしまう場面であるが、アリアがアサシンのサーヴァントという事実がアルジュンにノイズを走らせる。アサシンが台所で調理をしているイコール、何か毒とか盛られそうとかそういう結果に行きついてしまうのはしょうがないだろう。聖杯戦争が悪い。

 

「……まさか、君の手料理で暗殺されるとかないよね?」

「何だと思ってんだ」

「わたしは料理をしていないわ。温め直しているだけ。作ったのは野木のマダムよ」

 

 銭湯でサッパリ温まった心護とアリアが帰宅すると、ちょうど野木家のワゴン車が家の前に停まっていて女将さんがやって来ていた。昨日、大きめのタッパー二つ分の小鯵の南蛮漬けをいただいたのだが、本日も差し入れで料理を持ってきてくれたのだ。

 

「この間の漁港の事故がまた全国ニュースになっちゃったでしょ。それでね、船が壊れて大変だろうって、市外のお父さんの漁師仲間や親戚が色々を送ってきちゃってね! 今日も、遠方の親戚からゴボウとか大根とか野菜がたくさん届いちゃって、2人には多いのよもうさぁ! だから、心ちゃんたちにもおすそ分け。アラ汁ときんぴらゴボウ作ったから食べて」

「いつもありがとうございます」

「あとお米も!」

「米も!?」

「娘がお米券を送ってくれちゃってね~!」

 

 という訳で、鍋を並々と満たす野菜たっぷりのアラ汁と、皿に大盛りのきんぴらゴボウが増えて、更には約2kgの米も増えた。

 料理上手なおばちゃんは、若者は延々と食える存在とだと思っているものである。

 アリアが温め直したアラ汁をお椀に盛り、温め直したきんぴらゴボウとタッパーから皿に移した小鯵の南蛮漬けを居間のちゃぶ台に並べる。後は、小皿とにぎり寿司おまかせ特上のための醤油も準備すれば料理は完璧。物珍しそうに神棚や室内を眺めていたアルジュンとアーチャーを座布団に誘導してから、飲み物の存在を思い出して冷蔵庫を開けた。

 

「発泡酒あるけど飲む?」

「一本いただこう」

「私は水で結構です」

「じゃあ麦茶で」

 

 自分も飲もうと、心護は冷蔵庫から缶の発泡酒二本と麦茶のピッチャーを取り出した。アリアも麦茶で良いとのこと。

 よく考えたら、こんな風に誰かと宅飲みするのは久しぶりだ。深潮に移住してからは、宴会や誰かの家に呼ばれることが圧倒的に多く、家を訪ねて来る者も多くはない。大学時代の友人や部活仲間も、心護が実家暮らしだったこともあり遊びに来ても遠慮して長くは留まらなかった。

 実家に帰省して父と共に飲むのはまた別カウントだ。親と飲むのと友人や気を置けない仲間と飲むのは、また別な楽しさがあるのだ……と、ここまできて思ったのは、アルジュンは友人ではないという結論だった。現在進行形の敵である。

 敵と宅飲みするのか、今から。

 なんか妙な状態になっていることに今更実感したのだった。

 

「お招きありがとう。折角だから、乾杯しよう」

「カンパーイ」

 

 アルミ缶同士がぶつかる音が居間に木霊した。ここで気づいたが、今夜のアルジュンは昼間に会った時に両腕に着けていたたくさんの腕輪を着けていない。いつもするジャラジャラという音や、異国を感じさせる花の芳香がしていないのだ。

 

「腕輪、してないんスか?」

「今夜は装備する必要がないからね。あれは認識阻害の魔術のための礼装だ。ここには、私たちのことが知られても困る者はいないから」

「そうなんだ。いただきます」

 

 心護は早速にぎり寿司おまかせ特上の折箱から中トロを口に運んだ。やはり、寿司は美味いのである。

 一方、アルジュンも小鯵の南蛮漬けを小皿に取り分け、玉ねぎやパプリカなどの細切りにされた野菜も南蛮ダレと共に盛り付けて、丁寧な所作とは正反対に大きく口を開けて一口で頬張った。箸の使い方が上手である。

 女将さんの好みで酸味が抑えられた甘辛い味付けはご飯が進むし酒も進む。それが一晩経って、衣にも小鯵にも野菜にもしっかりと味が染み込んで柔らかくなった南蛮漬けを追いかけて発泡酒を一口飲めば、最高に美味いのである。

 

「美味しい! 日本に来た時は醤油の味付けに飽きるかと思っていたけれど、不思議と飽きないな」

「こちらのスープも美味です。野菜の甘さと魚の旨味が凝縮されています」

「きんぴらゴボウも美味しいわよ。どうぞ、食べてみて」

 

 アリアから勧められたきんぴらゴボウを見たアーチャーが少し困惑していた。恐らく、ゴボウを始めて見たのだろう。日本人以外には、ゴボウは木の根に見えるとどこかで聞いたことがある。

 しかし、アルジュンもアーチャーも随分と箸の使い方が上手だった。

 

「箸、上手ですよね。『メルヘン』でもしっかりお通し食べてたし」

「日本に来ると決めた際に練習したんだ。敵となるマスターに無様な姿を見られるのも癪なもので」

「同じく。私は、最高のサーヴァントと自負しております。異国の食事の作法を完璧に習得することも当然のこと」

「意識が高いな。そこらの日本人より上手ですよ」

「君も箸の作法が綺麗だよ。教材として使ったお手本とそう変わりない」

「ああ。箸の使い方とかは、父親に結構厳しく躾けられたから」

「父……あちらの祭壇にある護符(アミュレット)も、お父様からかな」

「祭壇?」

 

 アルジュンの視線の先にあったのは神棚だ。杏華といいアルジュンといい、魔術に関わる者にとって神棚とはよく目につくものなのだろうか。

 神棚には貰い物の柳洞神社のお札や、心護の父が旅行のお土産で送ってくれるお守りが飾られている。父が旅行に行く度に旅行先の銘菓や特産品と訪れた神社のお守りを送ってくるのが、心護が深潮に移住してからの恒例だ。

 心護の父・眞清(ますみ)は、息子が独立してから1人旅を趣味としていた。主に、旅行先で神社を巡り御朱印を集めてついでにお守りをお土産にしている……と言うのが、建前であることに心護は気づいている。だって、父が送ってくるお守りは全て海難・水難防止の物だったから。

 心護が漁師になることを父は反対することなく、むしろ進んで後押しをしてくれた。だが、やはり心配になるのは親心であり、それを素直に口に出さないのは父親という生物が持つ不器用な(サガ)である。口や態度では示さなくとも、土地勘のない地域に単身で移住して自分とは縁のない職業に就いている息子の身を案じる祈りを、手の平サイズのお守りに託しているのだ。

 

「お母さまを早くに亡くされていると言っていたね。きちんと躾けをして、遠く離れた息子の身を案じて多くの護符(アミュレット)を授けてくれる父親から……愛されているなぁ。本当に、君は魔術とも呪術とも関わりのない一般の家庭で育ったんだと実感させられるよ」

「ふーん」

 

 アルジュンが器用に箸でアラ汁の骨を取り除いた。やはりそこらの日本人よりも所作が丁寧だ。

 女将さんが作ってくれるアラ汁も、香名子ママが作る『メルヘン』の名物であるアラ汁も、涼乃が作りすぎたアラ汁もどれも美味しい。深潮の郷土の味にもすっかり馴染んだと思ってはいるが、心護が本当に美味いと思う味噌汁は、父の定番のレシピであるモヤシと玉ねぎの味噌汁だった……それもまた、愛の形であるのも分かっている。

 自分で作っても同じ味が出せないのは不思議だった。

 意外と弾む他愛のない会話と、女将さんの作ってくれたおかずとにぎり寿司おまかせ特上で箸も酒も進み、アルジュンも心護もあっという間に発泡酒を飲み干した。まだ少し、口寂しい。

 

「焼酎ならあるけど、飲む?」

「日本酒とは違うのかい?」

「麦焼酎だから麦の酒」

「オススメの飲み方は?」

「お湯割り。今なら梅干しもついてくる」

「それでいただこう」

 

 台所に立った心護はガスコンロでお湯を沸かしながらCMもよく見る有名メーカーの麦焼酎1リットル紙パックを取り出した。安くて美味い庶民の強い味方である。

 

「……お湯割りを教えてくれたのも、親父だったな」

「シンゴ、何か必要?」

「っ、じゃあ、食器棚から青と白のグラスを二つ持ってきてくれ」

「うん」

 

 アリアがちょこんと心護の後ろに立っていた。台所に立った彼を追いかけてきたのである。彼女に頼んで出してもらった陶器グラスも、父がお土産で送ってくれた物だ。こうして二つ同時に使用されるのは初めてだった。

 お湯を注いでグラスを温めてから焼酎を入れ、小皿に『鈴木孝尚漬物店』の梅干しを添える。名物の超絶酸っぱい巨大梅干しではなく、お手頃サイズの梅干しだ。味変のために途中で入れるのが心護のお気に入りの飲み方だった。

 

「はいどうぞ。俺の好みの配合だけど」

「日本酒とも違う香りだね……ああ、この温かさは、好ましい」

 

 湯気から立ち上る焼酎の香りを堪能しつつ、ゆっくりとお湯割りを口にしたアルジュンの口元が緩やかな弧を描いた。心護の好みの配合は、彼の舌に合ったようである。

 時刻は夜9時を回ろうとしていた。腹も膨れ、そこそこ酒も入って気分が緩めばいくらかは砕けた話題にシフトしていくのが飲みの席というもの。きっかけは、心護の趣味の話だった。

 

「これは?」

「オニカサゴ。割とよく上がる。美味いけどヒレに毒があるから、取り扱い注意」

「こっちは?」

「アカギンザメ。結構レア。食用には向かない。写真のこいつは、大学の研究室に貰われてった」

 

 漁師になってからの心護は、深海魚の観察を趣味としていた。詳しく研究をしたり深海魚を飼育したりなどの専門的な深い趣味ではなく、網にかかって水揚げされる魚たちの中に紛れ込んでいる深海魚の写真を撮り、生態やらレア度を野木たちに教えてもらってノートに記録しているだけの趣味である。

 この3年間で貯まった心護の記録に興味を持ったアルジュンに記録ノートを見せると、二杯目のお湯割りを片手に興味深そうにノートをめくっていた。

 

「これは知っている。タコだね」

「メンダコ! わたしのお財布の子よ」

「お財布?」

「とてもかわいいの」

「ほう。実物とよく似ていますが、こちらは愛らしい姿ですね」

 

 アリアが愛用しているメンダコのポーチをアルジュンとアーチャーに見せた。すっかりいい感じに肥えている。

 

「星が5個。とてもレアな深海魚かな」

「リュウグウノツカイは滅多に上がらないレアっスね。去年、死骸だったけど一回だけ網にかかっていた」

「これは……先日の、月の見えない夜を思い出すな」

 

 激レアなリュウグウノツカイの次のページに記録されていたのはチョウチンアンコウだ。先日出現した、鉄の風船のような異形の巨大チョウチンアンコウを思い出すのは仕方がない。あれは非常に面倒だった。

 

「チョウチンアンコウのつがいは、雄は雌の身体に吸収されて一体化している……そうだったね」

「あの時の説明、聞いてたんスか」

「いやね。ロマンチックな話だと感じて覚えていたんだ」

「ロマンがあるか?」

「魚たちにとっては本能による生存戦略かもしれないが、子孫とつがいのために殉じるその姿勢は……文字通り、愛する女性と一心同体となるべく死を選ぶ雄の姿は、究極の愛と言えるのではないかな。いくら雌が自主的に光を灯せても、海の底は冷たく暗い。でも、共にあれば暗い深海でも少しは孤独も癒されるだろうさ」

「……酔ってます?」

「かもね。友人と飲み交わすのは久しぶりでね。はしゃいでしまったかもしれない」

「もしかして、友達少ない?」

「失礼な。時計塔時代の友人もいるし、『マハバ』仲間もいるよ」

「マハバ? ……って、俺って友達カウントなの!?」

「良いじゃないか。なろうよ、友人に! 聖杯戦争が終わって、お互いに生きていたらね」

「マスター……些か、飲みすぎでは?」

 

 飲み慣れない焼酎のせいかそれとも温かいお湯割りで酒精が回るのが早かったのか、アルジュンは良い感じに頬を紅潮されてほろ酔いとなっている。梅干しの入った温かいグラスを掲げて心護を友人と呼び始め、もう止めなさいと言わんばかりにアーチャーにお湯割りを没収された。

 

「呪術の才能を抜きにしても、君は面白いし好ましい人間だと思うよ。私も君のお父様を見習うこととしよう……“息子”のために」

「え……息子いるの?!」

「いるよ」

 

 心護の二杯目のお湯割りが冷めるまで、この宅飲みは続くようだった。




お湯割りが冷めるまでは楽しく宅飲みさせとこ。
(前話のラストから目を逸らしながら)
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