Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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ここから続き物になりますよ。


30-1_商店街の悪夢

 笹山(ささやま)藍愛(あいな)は、よく「大人っぽい」と言われる。

 手脚がスラリと長く身長も平均以上ある本人の資質もさることながら、姉が2人いることにより同年代よりも大人びた情報にアクセスし易い環境にあったのだ。特に、流行りのファッションやメイク、音楽にグルメにと、姉たちが興味を持ちそうなお洒落な物に取り巻かれた藍愛は所謂、学年に2、3人はいる大人っぽい女子だった。

 藍愛本人は「大人っぽい」と言われることは嫌いじゃない。むしろ、姉たちと一緒に楽しめる今の環境を好ましく思っている。駒幸(こまち)多佳音(たかね)たち同級生と一緒に遊ぶのも好きだが、学校生活では絶対に体験できない特別感と背伸びの努力が実った昂揚感は格別だった。

 そんなこともあって、小学5年生の頃の藍愛は中学生と付き合ったことがあった。が、すぐに別れた。

 その後、中学生と偽って高校生ともちょっとだけ付き合ってみた。が、3日で別れた。

 自分よりもずっと大人だと思っていた中学生も高校生も、藍愛が思っていたよりもずっと子供だったのだ。同級生の男子と全く変わりがなかったのである。

 大人への憧れは見事に砕け散った。そりゃそうだ、一番身近な異性である父親だって子供っぽい場面が多々あるのだから。

 思春期の少女たちが恋に恋するお年頃なら、この時の藍愛は正にその状態だった。「大人っぽい」とよく言われる自分よりも大人な男子は、一体どんな人なのか?

 そんな藍愛の理想は、割と早めに見つかった。駒幸の紹介で新人漁師こと心護と出会ったのだ。

 東京からやってきた大卒の青年……イメージしていたよりも無骨だけど、イメージしていたよりも逞しくて、イメージしていたよりも礼儀正しくて、イメージしていたよりも漁師たちに溶け込んでいる。

 カフェ店員とか美容師とか広告代理店のリーマンとかのような漫画やドラマに登場する「大人」な男性たちとは違うけど、藍愛が見てきた中で彼女の理想に一番近い大人男子だった。

 藍愛はガチめに心護のことが好きである。しかし、心護と交際したいとか、恋愛対象として好きになって欲しいとかは思っていない。藍愛の理想の大人男子は中学生を恋愛対象として見ないし、心護だって藍愛のことを子供だと思っている。

 藍愛は、心護を通して自分の理想の大人男子を見ているのだ。

 だから、心護にカノジョが出来たとの噂を聞いた時は、滅茶苦茶にテンションがぶち上った。心護がカノジョに……恋人にどう振る舞うか、どう接するかを見ることができるんだ!めっちゃ見たい!

 アイドルを好きになる感覚に似ているかもしれない。実際に交際も恋愛もできないけれど、疑似体験することはできるし、自分に関係ない一挙一動にも目が離せなくなる。実際どうだ。マルシェでだる絡みしてみた心護は、口ではカノジョではないと言いつつも、隣にいた歌がめっちゃ上手いお姉さんを見る目が明らかに違う……自分たちのような、妹分とも呼べない顔見知りの女子中学生へ向けるものは全く違ったのだ。

 藍愛はガチめに心護のことが好きである。でも、このことは誰にも言っていないし、誰に言うつもりもない。姉たちにも駒幸にも多佳音にも、心護本人にだって言わない。自分の心の中の、一番柔らかくて頑丈なところへ隠しておく。いつか大人になった自分が、心護以上に好きな人と出会えるまで。

 それまでは、今のままが良いのだ。

 日曜日の昼過ぎ、藍愛は母の言いつけでお使いに出ていた。

 牛乳を買い忘れたのでチラシが入ったスーパーで買って来いと、家にいた藍愛と高校生の姉に告げられたのだ。ちなみに、専門学校生の姉は遊びに出て不在である。押し付け合いを経て公正なるじゃんけんの結果、および昼食の中華丼に入っていたウズラの卵を譲渡することを条件に、藍愛が自転車に乗って牛乳を買いに出たのだ。

 しかし、自宅から一番近い棚部ショッピングモールの店舗でチラシの牛乳が売り切れてしまっていたため、自転車を飛ばしてちょっと遠い別の店舗に行く羽目になってしまった。更に悪いことは続くもので、あまり利用したことのない団地の近くにある店舗で乳製品コーナーに向かう途中、中学校の学年主任こと女ケ澤(めがさわ)を見つけてしまう。

 あの横に長い体型は間違いない。最悪だ。早く帰ろうと急いで会計をしてスーパーを出た。

 お察しのとおり、あまり生徒には好かれていない。言葉遣いに厳しいし、あだ名にいい顔をしない教師なのだ。なので、生徒たちは陰で彼女のことを「メガ子」と呼んでいる。

 

「えーメガ子ん家この近くなの? もうこの店に来れないじゃん。駒幸と多佳音にも教えなきゃ」

 

 日曜日を謳歌している中学生にとって、学校外で好感度の低い教師と鉢合わせなんて滅茶苦茶に嫌なイベントである。勿論、休日のみならず放課後にも鉢合わせしたくない。

 じゃあ、好感度が高い教師なら良いだろうか……?

 藍愛が通う市立深潮中学校の教師の中で最も若く、彼女が入部しているテニス部の副顧問をしている皆川(みなかわ)ならまあ良いだろう。気軽にだる絡みしても許してくれるはずだ。これが生徒指導の古郡(ふるごおり)(通称・古ゴリorゴリ郎)だったらこっそり逃げる。私服やらメイクに小言を言われたくはない。

 もし、もし……鉢合わせしたのが教師ではなく心護で、家族も友人もおらず藍愛1人だけだったら、いつものように振る舞ってだる絡みをしてちょっと強請ってジュースでも奢ってもらって疑似デートができるかもしれない。そうだったら、良いなぁ……と、そう思った藍愛は女ケ澤と遭遇する前に急ぎスーパーから離れようとエコバッグに入れた牛乳を自転車の前籠に放り込んだ。

 自転車を走らせる藍愛の視線の先に商店街が見えた。『深潮商店街』は、商店街と言っても八割の店舗が閉店している実質のシャッター街だ。かろうじてやっている店も、どこのメーカーかも分からない老人向けの衣料品店や年季の入った鍋やヤカンを扱う金物屋ぐらいで、そんな来客があるかどうか怪しい店舗に中学生はまず訪れない。

 藍愛の両親が幼い頃はまだ活気があったが、今では商店街組合も自然消滅しかつての賑わいが見る影もない。日曜日の午後だというのに薄っすら暗いし、店舗は閉まっているのに人の気配はあるからなんとなく不気味である。

 オレンジと緑の二色の街灯も点かず、アーケードも老朽化が激しく今にも崩れ落ちそうだ。一応、店舗の二階に住んでいる住人はいるので、無人のゴーストタウンではないらしい。

 実は商店街の通りを抜ければ近道だ。藍愛の気持ちとしては、早く帰って駒幸と多佳音とメールでお喋りしたい。でも、商店街を通り抜けて近道をするのは気が引けた……近道しないでこのまま帰ろう。藍愛は商店街の前を通り過ぎようとしたが、入り口に差し掛かったところで自転車に急ブレーキをかけた。

 反射的に自転車を止めてしまうほど、商店街に視線を奪われてしまったのだ。

 普通に考えたらそんな訳がない。寂れて壁の塗装も色褪せて剥げかけている商店街が、流行に敏感な大人っぽい中学生の視線を奪うなんてない。あるとしたら、動画サイトにアップロードされてテレビで取り上げられるような衝撃映像なことになっているはずだ。

 しかし、実際に藍愛の目も意識も商店街に釘付けになっている……商店街が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 鮮やかで華やかで、宝石のエメラルドを思わせる綺麗な緑色。藍愛の母が祖母から貰ったという指輪のエメラルドはこの色だった。エメラルドは藍愛の誕生石だから、大人になったら指輪を譲ってくれると言われて嬉しかったのを覚えている。銀のリングに光る小粒のエメラルドを思い出した瞬間、藍愛は自転車から降りた。無人の自転車はスタンドが止められずに倒れて大きな音が鳴り、前籠に入れていた牛乳が転がり出る。

 自転車を放棄した藍愛は、ゆっくりとした足取りで商店街へと向かっていった。否、藍愛だけではない。彼女と同じく付近を自転車で走行していた者も、歩いていた者も、みんな乗っていた自転車を放棄して手にしていた手荷物を落として、まるで吸い寄せられるかのように商店街へと向かっていく。更には、商店街正面の道路を走行していた車もバイクも路上に停まり始め、運転手も同乗者も降りてくると歩行者たちと同じように脇目も振らず真っ直ぐに商店街へ向かったのだ。大型トラックまでも停まっている。

 藍愛が通りかかった場所とは反対の商店街入り口でも同じ現象が起きていた。商店街の住人も同じで、部屋着のまま靴も履かずに家から出てきている。

 人々の目に見えているのはみんな共通していた。あまりにも美しいエメラルドグリーンに人々は惹かれ、心を奪われたかのように夢中になっている。強制的に魅了されるほどの美しさだ。

 商店街の跡地に近づきたくない藍愛の意志をかき消すかのように、嫌だと分かっていても、危険かもしれないと感じていても、絶対に抗うことのできない緑だったのだ。

 

 柔肌に落ちるは翠玉の輝き

 深き森に映るは緑柱の誘い

 綺に織られし魔を以って

 富に狂え

 花に狂え

 美に狂え

 麗しき彩に魅入られ己を削り

 麗しき毒に爛れ死と踊れ

 

「『砒霜の森(アーセニック・フォレスト)』」

 

 寂れた商店街が美しいエメラルドグリーンに染まっている。

 ヒビだらけのブロックの道路から、塗装が剥がれ落ちる建物の壁から、鉱物の光沢を放つ緑の柱がせり上がり商店街を埋め尽くした。その様子は、例えるならば鉱物の樹林が繁殖した森だ……美しいエメラルドグリーンの森に人々は魅了され、自らの足で迷い込んだ。

 森の中心にいるのはキャスターのマスターこと、エルウィン・トキシカ・グラスフィード。

 彼がその身に継承したグラスフィード家の魔術刻印に記された、鉱毒に由来する魔術が発動したのだ。

 それは、グラスフィード家が辿り着いた最新にして最期の神秘。これ以上の発展はなく衰退していくだけの、さりとて人類史において大量殺人を成し遂げた愚者の信仰を得た緑の森。

 パリス・グリーンを知っているだろうか。

 19世紀初頭の欧州で開発された緑の顔料は、鮮やかで華やかな美しいエメラルドグリーンを作り出した。青と黄色を混ぜ合わせたくすんだ緑しか作ることのできなかった当時としては、あまりにも画期的な色であった。

 流行に敏感なパリやロンドンの上流階級は競うようにパリス・グリーンで染められた美しいドレスを纏い、髪飾りもリボンも部屋の内装にもパリス・グリーンを愛用した。当時の芸術家たちも絵具として愛用し、ファッションや美術品のみならず、様々な物がエメラルドグリーンに染められ人々は美しい緑に魅了されたのだ。

 だが、現代において一定の知識がある者ならばパリス・グリーンの正体を理解しているだろう……パリス・グリーンに含まれているのはヒ素だ。愚者の毒とも呼ばれ、歴史の表舞台で多くの不審死と暗殺を招いた悪名高い毒物である。

 エメラルドグリーンの壁の部屋で、エメラルドグリーンの髪飾りで、エメラルドグリーンのドレスで人々は病気になった。特に、エメラルドグリーンのドレスを着た令嬢と踊ると死ぬという噂が社交界で蔓延したほどだった。

 しかし、知識人が大声を上げての警告と国による法規制が敷かれるまで、人々は美しいエメラルドグリーンを使用し続けた。パリス・グリーンが一大産業になっていたことや、安価に使用できる理由もあったが、注意喚起だけで諦めることができないほど()()()()()()()

 更には、ヒ素の毒性が即死に至らないことも理由の一つだった。少量のヒ素を毎日与え続ければ、被害者は徐々に弱って病死に見せかけられるというのはミステリー小説でもよく見る手口だ。パリス・グリーンのドレスを着ても、その場で死ぬ訳ではない。ちょっと気分が悪くなっても、それだけでこの美しいエメラルドグリーンを諦めることはできなかった。

 汗に反応したパリス・グリーンの飛沫が皮膚から浸透して経口摂取して、明らかな生命の危機に瀕した時にはもう遅い……緑に魅入られた人々は、目先の美に囚われてしまったのだ。かのナポレオンの終の棲家も、パリス・グリーンで塗られた壁があったという。

 パリス・グリーンを巡る顛末を見届けた当時のグラスフィード家の魔術師は、一連の騒動を魔術で再現した。危険だと理解していても、抗うことができないほど美しい化学毒。魔術の世界において、「魅了」とはただ魅入られるだけではない。意志も肉体の自由さえも奪われて行動を強制させることも「魅了」なのだ。

 美しいエメラルドグリーンに魅了され、自由を何もかも奪われ、最期は緑に染まって死を迎える。

 ヒ素でできたエメラルドグリーンの柱が立ち並ぶ光景は、かつては人が踏み入れてはならない神秘の領域であった森の如く。美しい森に魅了された者たちは、禁忌の領域に足を踏み入れて獣の餌に、人ではない者の玩具になるなどして悲惨な最期を迎えるのだ。

 

「かつて、森は人間が足を踏み入れてはならない領域だった。だけど、産業革命から近代までの短い時代で森は跡形もなく切り拓かれ、今となってはすっかり人間の領域だ。この町みたいな例外も田舎にはあるが。この魔術も同じ……科学の発展によってかつての神秘は暴かれ、今では「エメラルドグリーン」の名前が残るだけ。かつては多くの上流階級の婦人が競うように身に着けたパリス・グリーンは、殺鼠剤として鼠の餌となった。グラスフィード家(この魔術)は発展できずに衰退することしかできない。その烙印は覆せないが、衰退し続けていても使い方次第で()()()()()()()と、グラスフィード家(あの人たち)に見せつけてやる」

 

 エメラルドグリーンに魅入られた人々は商店街の中心に立つエルウィンを囲みながら、まるで骨抜きにされた様子で棒立ちになっている。だが、視線は商店街の内部に乱立するエメラルドグリーンの柱に釘付けだ。

 エルウィンの魔術刻印と肉体を蝕んでいた毒は、キャスターによって解毒されていた。最低限動けるだけの体力が回復したと判断し、聖杯戦争のルールを無視してまだ日の高い時間帯にキャスター陣営が動き出したのだ。

 エルウィンは魔術によって多くの人々を集めた。藍愛も含めた人数は、老若男女(老人多め)38人。思った以上に集まった……これで、十分だ。

 

「令呪を以って命じる……キャスター!」

 

 エルウィンの右手の令呪。鉱石のような結晶を囲む線対称の円のうち、左側の半円が消費された。

 絶対命令権は、商店街のアーケードの屋根に建つキャスターへ注がれた。魔女の三角帽子の下でワインレッドの唇が妖しい弧を描く。

 

「真名開放……宝具、開宴―――」

 

 その日、かつての『深潮商店街』はガス漏れによって緊急閉鎖された。

 表向きは。




『市立深潮中学校』
 深潮市の中心地から住宅街までが学区の中学校。堂崎駒幸やその友人たちが通う。涼乃さんも卒業生。制服は、男子は学ラン、女子は黒のセーラー服に水色のスカーフ。ジャージは両腕と両脚にかけて白いライン入りの紺色。クソダサいと評判なので大体の放課後の生徒はハーフパンツしか穿かない。デザインは20年以上変わっていないので、涼乃さんが在学していた頃からクソダサかった。
 少子化のため年々生徒数が減っており、現在は一学年で最大5クラス。

【愉快な教師の皆様】
女ケ澤(めがさわ)栞子(しおりこ)
国語教師兼学年主任。あだ名は「メガ子」。デラックス体型。

古郡(ふるごおり)芳郎(よしろう)
体育教師兼生徒指導。あだ名は「古ゴリ」「ゴリ郎」。名は体を表す。

皆川(みなかわ)駿(しゅん)
英語教師。学校内で一番若く生徒にも人気だがやる気はない。
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