Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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一番好きなクレしん映画は『ヤキニクロード』です!


03_嵐を呼ぶ栄光の聖杯戦争

 意識が酷くふわふわする。

 まるで波に揉まれているような感覚は、心地良さを感じると同時に身体の芯から得体の知れない恐怖が湧き上がって不安になる。そんな矛盾する感覚を抱きながら、心護は一昨日の、漁協での出来事を思い出した。

 あの日、アリアが召喚された夜にどうやって帰宅したのか、まるで映像を巻き戻すかのようにはっきりと思い出したのだ。あの夜も、アリアが鎧武者と戦った。青龍刀を手にした彼女が薙刀と斬り合い、冷気と炎が舞い、鎧武者は撤退したのがあの夜の真相だ。

 そして心護は、酷く消耗して帰宅した。

 それから翌々日、また、彼女は戦った……。

 

「シンゴ!」

「っ、ど、どうなった?!」

「おはよう。三回目ね」

「……おはよう」

 

 飛び起きると目の前にはアリアがいた。自分たちを襲ってきた鎧武者はおらず、空飛ぶ鮫もおらず、心護は畳の部屋に敷かれた布団に寝かされていたのだ。

 あれから、どうなった……?

 鎧武者と鮫に襲われて、心護が立っていられないほどの不調に襲われ、駄目かと思ったその時に誰かが乱入してきた。作業着を着た眼鏡の女性と、長槍を手にした中華服の赤毛の男。その2人組が現れて、鮫が槍で串刺しにされて、心護の記憶はそこでプッツリ途切れていた。

 

「アリア、ここは?」

「ジンジャー、という場所? らしいわ」

「ジンジャ?」

「失礼」

 

 襖の向こうから男性の声が聞こえた。一瞬身構える心護などお構いなしに入って来たのは、和服姿の初老の男性。いや、ただの和服ではない。白い着物と薄縹色の袴は、ジンジャー……神社の神主が着ているような装束だった。

 

「気分はいかがかな」

「あ……なんだか、良くなっています」

「良かった。魔力切れを起こしていたからね。何も知らずに巻き込まれて、大変だっただろう」

「魔力切れ?」

「もうしばらくここにいるといい。もっと楽になるよ。申し遅れました、私は柳蔵(やなくら)。ここ、柳洞神社の神主をやっております」

「柳洞神社……あ、初めまして。詩ノ宮です」

 

 柳洞神社は深潮で一番大きな神社だ。合併する前の旧深潮町のほぼ中心に位置し、夏になれば一番大きな祭りも開かれ、正月になると人々は初詣にやってくるし新しく漁船を買うとみんなここで豊漁と安全を祈願する。

 心護は正月や夏祭りの時ぐらいしか訪れたことがなく、神主の顔も名前も今日初めて知った。

 

「俺はどうしてここに?」

「三渓さん……ランサーのマスターが連れてきてくれたんだが、こう言っても何も分からないだろうね。さあどうぞ、詳しい話をしましょう。君が一体ナニに巻き込まれているのか。隣にいる女性は、何者なのかを説明します」

 

 心護とアリアが案内された部屋には、1人の女性がいた。長い髪を一本に結った心護と同年代ぐらい。どこか凛とした雰囲気を纏っているのは、彼女が巫女服を着ているからだろうか。

 柳蔵に促されて長テーブルを挟んで女性の正面に座れば、彼女はゆっくりと頭を下げてから真っ直ぐ心護と視線を合わせ、よく通る柔和な声で話しかけてきた。

 

「詩ノ宮心護さん、アサシンのマスターですね」

「みたいです」

「娘の涼乃(すずの)です」

「あなたは、どこまで知っていますか? 隣の彼女のこと」

「どこまでって……アリア、彼女が「サーヴァント」って存在であること。マスターは魔術師になれる? 人間ということぐらいっスか。アリアも、どうして自分が召喚されたのかをよく分かっていないみたいで」

「そうですか。では、聖杯のことは?」

「セイハイ?」

 

 心護が聞き返すと、涼乃は小さく息を吐いた。「やはりそうか」と言っているように感じた。

 心護は何も知らない。

 何故、深潮にサーヴァントが現れたのか。何故、心護は二度に渡って襲われたのか。

 

「聖杯とは、騎士道物語の聖杯伝説に登場する奇跡を起こす杯のこと。簡単に言えば、何でも願いが叶う万能の願望器のことです」

「願いを叶える、杯?」

「そうです。それは伝説に語られる聖遺物でしたが、とある魔術師たちが協力してその聖杯を作るための儀式を行いました。7人のマスターと7騎のサーヴァントが殺し合い、最後の一組が聖杯を手に入れることのできる血生臭い儀式……それを、『聖杯戦争』といいます」

「戦争って……物騒な話っスね」

「かつてそれは、日本の冬木という土地で長年に渡り繰り返し行われてきましたが、近代において破綻が確認されたために解体され、完全に終了することとなったのです」

「はあ」

 

 涼乃の話を上手く飲み込めなかった。話の内容は理解できている。涼乃の声は澄んでいて聞き易く、耳に心地良いので彼女の話を聞くのは苦でははい。

 何でも願いを叶える不思議アイテムである「聖杯」を手に入れるため、「サーヴァント」と「マスター」がペアを組んで殺し合う。日本のどこかでそのような物騒なことをやっていたというのは理解できたが、では何故、深潮にサーヴァントが現れたのか……と、ここまで思案したところで、嫌な予感がした。

 

「……本当に終わったんスか、その聖杯戦争って」

「冬木で行われる聖杯戦争は終了しました。ですが、儀式が解体されるのを快く思わない魔術師も多数存在していたそうです。あわよくば、自分がその技術を手に入れようとする者もいたとか。魔術師が行う儀式というのは、言わばプログラミングに近いもの。儀式のためのマクロを解析して模倣すれば、再現することも可能です」

「つまり、再現されたってことですか……深潮(ココ)で」

 

 涼乃が小さく頷いたのを見て、心護の口からは「マジか」と零れた。

 聖杯を手に入れるため、最後の一組になるまで殺し合う傍迷惑なバトルロワイヤルの開催地が深潮市で、心護とアリアはそれにエントリーされてしまったというのだ。

 何でだ。参加に応募した覚えも、参加しろと声をかけられた覚えもないぞ。

 

「え、何で俺が? アリアが来ちゃったからっスか?」

「右手に令呪が出てしまったからだよ」

「え、これってランダムに出るの?」

「儀式を行う際に、近場にサーヴァントを召喚することのできる素質がある者がいれば、7人のマスターを選んでしまうんだ。はい、どうぞ」

「どうもありがとう、ミスター」

 

 柳蔵がお茶とお菓子を出してくれたが、手をつける気分ではなかった。

 そういえば、心護に魔術師の素質があるのかもしれないとアリアは言っていた。魔術師の素質があったから右手の令呪が出現して、令呪が出現したからマスターになって、マスターになったからサーヴァントとしてアリアが召喚されて、アリアが召喚されたから聖杯戦争に参加することになってしまった。

 現状、こういうことである。

 

「自分の現状を、理解できましたか?」

「ええ、まあ……はい。つまり、何か知らない内に殺し合いに参加してたってことですよね。俺やアリアの意志確認もしないで」

「本当に傍迷惑な話ですよね」

「……」

 

 何か、涼乃じゃない女性の声が聞こえた。勿論、アリアでもない。

 無意識に声の方へ首を動かせば、心護は綺麗に二度見を決めた……赤いアンダーフレームの眼鏡をかけた女性と、赤毛の男がいた。ってか、意識を失う前に見た2人組だった。

 

「誰!?」

「三渓さんもお茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「儂は、茶は結構」

「だから誰だよ!?」

「こちらは、あなたをうちまで運んだランサーのマスターと、ランサーのサーヴァント」

「殺し合う相手じゃん!」

「初めまして。令呪が出てしまってランサーのマスターになってしまいました、魔術使いの三渓(みたに)杏華(きょうか)です」

 

 何かぬるっと出て来たランサーのマスターも、心護とそう年齢の変わらない若い女性だった。服装が白と黒で統一されているためか、差し色で使われている赤がよく目立つ。眼鏡のフレームに、黒髪を染めたインナーカラーに、両手のネイル。そして、右手の令呪。

 杏華は一口お茶を飲んでから、右手の甲を心護に見せた。白く小さな右手の甲に、蝶に似た形の令呪がくっきりと浮かんでいる。

 

「私は柳蔵さんに依頼されて、魔術関連の仕事のために深潮に来たんですけど……こんな風に令呪が出てしまって。仕事なんぞで死にたくはないので、生き延びるためにランサーを召喚しました。で、こっちがランサー。真名は明かせませんけどね」

「うむ」

「シンゴをここまで運んだのは彼よ」

 

 ランサー――つまり、槍兵。杏華の隣にいる赤毛の男。

 あの時、鮫を貫いた長槍や彼の雰囲気から、中国や大陸の気配を感じる。長槍を担いでいた時は彼の赤毛の如く目立つ中華服を着ていたが、今は白いチャイナシャツにスカジャンを羽織っている。アリアと同じように、現代的な服装に着替えているようだ。

 他にも色々と教えてもらい、知らない世界の情報が洪水のように押し寄せてくる。

 7騎召喚されたサーヴァントは、英霊たちの一面を切り離して適正がある「クラス」に当てはめて使い魔として運用できるよう、オリジナルからは限りなく劣化させて召喚されているとのこと。そのクラスは七通り。

 

 剣の「セイバー」

 弓の「アーチャー」

 槍の「ランサー」

 騎乗の「ライダー」

 魔術の「キャスター」

 狂化の「バーサーカー」

 そして、暗殺の「アサシン」

 

 また、心護の体調不良は魔力という精神エネルギーが不足しているからであり、魔力はサーヴァントの活動エネルギーということ。つまり、現状の心護はアリアの外付けバッテリーのような存在なのである。アリアが召喚されて鎧武者と戦って、更には歌ったため、心護の魔力(充電)が切れてしまって気絶したのだ。一昨日も、今日も。

 

「アリアが動いて戦ったから歌って、俺は消耗していたと」

「あの歌はアサシンだったんですね。一般人に向けてあれだけの魔力を垂れ流しているなんて、どんな策を講じたのかとも思いましたけど、何も知らない一般人だったのなら納得です」

「何も考えてはいない馬鹿でもなかったか」

「何も考えずに歌っているのを見守っていましたね」

 

 どこか納得した。感動で聴衆の心を殺すほどのアリアの歌が、魔力とか魔術とかが関わる摩訶不思議な現象ならば、あの異様な光景も理解ができた。

 アリアの歌には魔力が込められているため、それが聴衆たちに作用してしまったのだろう。

 失った魔力は食事をしたり休息をしたりで回復するが、もっと手っ取り早く回復するなら霊脈と呼ばれる特別な土地に留まるのが良いらしい。柳洞神社はその霊脈に該当するため、ここで休息を取った心護の体調が頗る良くなったのはそのためだった。

 ただいま充電中なのだ。本当にバッテリーの扱いである。

 ということで、もうちょっと休んでいきなさいと言う柳蔵の言葉にとことん甘えることにした。

 甘えることにはしたが、まさか目の前に寿司が並ぶ桶が差し出されるとは思っていなかった。

 

「寿司……」

「お父さん、いつの間に取ったの?」

「いやだって、詩ノ宮くんを巻き込んで迷惑かけちゃっているし。これぐらいしかお詫びできないし……三渓さんたちもどうぞ。深潮でも有名な髙瀬寿司の上にぎりです」

「いただきます」

「いただきまーす」

「遠慮しないのね、あなたも杏華さんも」

 

 勧められたので遠慮しないでありがたくご馳走になる。

 髙瀬寿司の寿司は、財布に余裕がある年長者が奢ってくれないと食べられない高級品なのだ。

 

「いやね。縁があって、私たち神社の者が聖杯戦争を監督することになっていましてね。詩ノ宮くんみたいに、魔術師ではないマスターが巻き込まれてしまった場合は、こちらで保護しますので」

「保護?」

「そう。怖い思いをしただろう。アサシンは脱落ということで、詩ノ宮くんは聖杯戦争から抜けられるから」

 

 優しく語り掛けるような柳蔵の言葉を聞いて、心護は咀嚼もほどほどでえんがわを飲み込んだ。

 聖杯戦争は、願いを叶える聖杯を手に入れるためのバトルロワイヤル。それを欲しがる魔術師たちは、聖杯に叶えてもらいたい願いがあるから参加した。召喚されるサーヴァントも、大体の者は願いを持つ者だとさっき説明してもらった。

 アリアも、聖杯で叶えたい願いがあったから召喚されたのだろうか……?

 

「このままでいいです」

「え?!」

「え……?」

「へえ」

「ほう」

「シンゴ……どうして?」

「アリアが叶えたい願いがあるなら、俺もそれに協力できるんだろ。だったら、協力する」

「い、良いのかい? 死ぬ可能性もあるんだよ! サーヴァントは、本当は兵器レベルの危険な存在で……」

「身体は鍛えている方なので大丈夫かと。学生時代に、水泳でインハイとインカレ行きましたし。それにアリアが守ってくれるんで」

 

 我ながら図太いと感じた。こんな状況でも、中トロは美味い。

 心護が聖杯戦争と無関係になれば、アリアはどうなるのか。新しいマスターのサーヴァントとなるのか、それとも彼女は不要としていなくなるのか。

 理由とか分からないのに。ただ、どちらも嫌だと感じだ。

 物珍しそうに寿司を眺めていた彼女が、アリアが隣からいなくなるのは嫌だと感じたのだ。

 

「呵々! 豪胆なマスターが多いものよ。が、実際に死合うサーヴァントがこれでは……」

「彼女とも、戦う気ですか?」

「いや儂も鬼ではない。正直言って、萎える」

「可憐でかわいくて透明感な色をしている子だと、いくら相手がアサシンでも拳を向けるのを躊躇いますよね。この人、他のサーヴァントと戦いたいから召喚に応じた系なんですけど、もっと“いかにも”って感じのが好みみたいで」

「やめてくださいよ、寿司の席で」

 

 ランサーは物騒だったが、杏華の口調は至って呑気だった。焦る様子もなく漬けマグロに手を伸ばしている。

 ランサーの言っていた「豪胆なマスター」には彼女も含まれているのだろう。確実に。

 

「しょうがないですね……まったく、もう。サーヴァントとマスターが揃っちゃったから、始めなきゃならなくなったじゃない。お父さん、お願い」

「ええ! やっぱり私がやらなきゃ駄目?」

「お父さん()()いないでしょう……お茶、変えてくるね」

 

 涼乃は非常に迷惑そうな表情で急須片手に奥へ引っ込んでしまった。地元民からすれば、非常に迷惑な話なのだから仕方がない。心護たち漁師が海に出られなくなったのも、聖杯戦争が原因だったのだ。

 7人7騎のマスターとサーヴァントが揃えば、監督役の宣言で聖杯戦争が始まる。揃ってしまった以上、始めなければならない。

 

「……涼乃さんも、巻き込まれた系なんスか?」

「っ! え、気づいていたの?」

「右手に令呪がありました。関係者とか関係なしに選ばれるモンなんスね」

 

 涼乃の姿が見えなくなってから尋ねると、柳蔵は大きなため息を吐いた。

 涼乃の右手は巫女服の袖で隠されていたが、急須を手に取る際に心護にも見えていた。右手の甲には、線香花火にも似た赤い令呪が刻まれていたのだ

 柳洞神社に貸与された霊基盤は、7人のマスターに令呪が付与され7騎のサーヴァントが召喚されたことを知らせている。後は、監督役である柳洞神社の宣言を待つばかり。

 アサシンのマスター、詩ノ宮心護。

 ランサーのマスター、三渓杏華。

 そして、バーサーカーのマスター、柳蔵涼乃。

 彼らと深潮のどこかに潜伏するもう4人のマスターとサーヴァントによる、聖杯を巡る戦争の幕が上がる。

 

 さあ、聖杯戦争を始めよう―――

 

 

 

「……本当に始めなきゃ駄目?」

 

 早く宣言しろ、監督役。




アサシンのマスター:詩ノ宮 心護[中立・善]
年齢:26歳
身長:177cm
魔術回路:量・D 質・C
好き・特技:海、銭湯、深海魚の観察、水泳、ノット結び
嫌い・苦手:流行、海
令呪:四分休符にも似た刃物を中央に両サイドに左右対称なライン
備考:母方の先祖に呪術師がいる模様
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