Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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30-3_商店街の悪夢

 ここで一度、状況を整理しよう。

 本日のお昼過ぎ、『深潮商店街』の住人および周囲を通りかかった通行人やドライバーたち総勢38人がキャスター陣営によって誘拐され、現在も行方不明のままだ。誘拐された住人たちは老若男女問わず、老人や成人や藍愛のような中学生も含まれている。彼女たちの生死は不明だ。

 商店街はキャスターの工房と化していた。現在はガス漏れを理由に周囲を封鎖し、人除けの魔術で一般人を近寄らせないようにしているため外からの様子はいつもと変わらないように見えるが、商店街から漏れ出す尋常じゃない魔力は並みの魔術師ぐらいなら震え上がらせるレベルだ。

 この魔力だって、きっとわざと漏れ出ている。わざと目に余る行動をとって注意を集中させて討伐対象となり、他のマスターとサーヴァントを誘き寄せるために商店街を工房としたのだろう……そもそも、何のために大勢の住人を誘拐した理由さえも分からない。魔術の生贄として誘拐したならば、こんなにも白昼堂々とこの人数を誘拐するにはリスクが高すぎるし、商店街をキャスター自身の領域に造り替えたにしても多くの疑問が残るのだ。

 

ランサーのマスター:三渓杏華の疑問

「商店街は霊脈が通っていないので、工房にするメリットが欠片もありません。霊脈に隣接してはいますが、距離があるためその恩恵はお零れほどもない。()()()()()()()()()()()()()()()に罠を張ったのには疑問が残ります」

 

アーチャーのマスター:アルジュン・チャンドラパドマの疑問

「あの規模の工房を敷設したにしては、あまりにも静かすぎる。これでも市内全域に枝を張り巡らせているが、商店街周辺に()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、彼らは一切気配を悟らせずに現在の状況を創り上げた……魔術には種も仕掛けもある。それらの痕跡を抹消するのは、時計塔入学前の若年の魔術師にはまず不可能だ。だとしたら、キャスター自身の能力か?」

 

ライダーのマスター:桐月強石の疑問

「商店街一帯は監視カメラの設置はないが、元から商店を営んでいた住人たちの目が異常に厳しい。中心地にありながら閉鎖的な区画と言っていい。余所者が歩いていればすぐに目を付けられてたちまち噂になる。魔術的な予兆がなかったと言うのなら、()()()()()()()()()()()()()。魔術でどうにかなると言われれば、それまでだが」

 

「ふ~ん。つまり、キャスター陣営のやりたいことは、何一つ分からないってことか。キャスターのマスターか……言いつけをよく守りそうな真面目な良い子に見えたので、奇をてらったことはしない印象がありますけど。ちなみに、あの商店街って何かあったりするんですか?」

「何にもないっス」

「地銀の支店すら数年前に閉店して、本当に何もなくなってますね」

「そっかぁ」

 

 レィムが言った通り、各々の疑問に対する答えが一つも分からない。地元民に「何もない」と言われてしまう区画の利用価値すら思い浮かばなかった。しかし、だからこそ疑問が消えないのだ。

 魔術の世界において、結果に関する手段や方法、つまりはどうやったのかはあまり重要視されない。桐月の言ったように、魔術を用いたならば大抵の非現実的なことは実行できる可能性があるからだ。大切なのは、何故やったのか(Whydunit)

 何故、どうして、何の理由があって38人の住人を誘拐し、『深潮商店街』を拠点としたのか?

 圧倒的に情報不足である現状で、それを解き明かすことははっきり言って不可能である。だが、聖杯戦争のルールを破ってまでここまで大がかりな仕掛けを発動させたのだから、絶対に何かの必要があっての行動のはずだ。

 

「考えられるとするならば……キャスターの逸話の再現でしょうか? サーヴァントの宝具には、魔力量は元より発動するための条件を揃えなければならないものがあります。さすれば、キャスターの真名を突き止めることが、現状を打破するための糸口となる可能性も」

「あのキャスターは魔女と名乗っていたが、英霊になるほどの魔女ならば魔術師の間でも名が知れているのではないのか?」

「ちょっと情報が少なすぎて無理ですね。魔女は緑のドレスを着ているって伝承はありますけど」

 

 誘拐事件を解決するための短い糸口があるとするならば、実行犯であるキャスターの動機(Whydunit)があるはず……アーチャーの言う通り、彼女の真名に関わる犯行である可能性も無きにしも非ずだ。

 直接にキャスターと接近したことのあるアサシン陣営もランサー陣営も、緑のドレスの魔女の真名に心当たりはない。やはり、監督役の勅令に従って、商店街に突撃して現地でなんらかのヒントを得る方が解決も早いだろう。神社の真ん中で考えているだけでは埒が明かないのだから。

 一画の礼呪が褒賞品になったことにより、キャスター討伐は協力プレイのレイド戦ではなく早い者勝ちの混戦と化した。更に言うと、絶対的な標的がキャスターであるだけで、その他のサーヴァントを攻撃してはいけないというルールさえもない。どさくさに紛れて攻撃してきそうなサーヴァントもちらほら心当たりがある。

 

「アリア、俺たちは藍愛を探して商店街の外に連れ出す。まずはそれからだ」

「分かったわマスター」

 

 できれば、藍愛以外の住人たちも無事でいてくれと、心護にはただ祈るしかできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 肩から下げたポシェットの中に入れた携帯電話が何度も鳴っているが、通話する気にはなれなかった。だって、ココは()()()()()()()()()()

 ココがどこかは分からない。ただ、動きたくないし考えたくもないほど美しくて綺麗な場所であることしか理解できていなかった。どこか分からない場所で、藍愛は膝を抱えて座っている。他にも何十人もの人がいるがまったく気にならないし、周囲の人々は誰も他者などに視線を裂いてはいなかった。

 綺麗だからずっとココにいたい。目を反らすのも、意識が別のナニかに移るのも嫌だったから、藍愛のお気に入りの着歌がガンガン鳴る携帯電話は徹底的に無視された。

 藍愛の思考も視界も美しいエメラルドグリーン一色に満ちている。それでも微かに、友人にメールしたいとか、あまり遅くなると母親に叱られるとか、姉たちから雑誌の新刊を借りたいとかが頭の片隅に思い浮かんでは、エメラルドグリーンに塗り潰されて消えていった。

 次に藍愛の頭の片隅に思い浮かんだのは、水曜日の放課後に行ったマルシェの記憶だった。噂に聞いた心護のカノジョを目にして、心護からレモネードを受け取って……あの日、駒幸が心護にだる絡みして、多佳音がしおどんの幟の写真を撮っている間に、藍愛はアリアに話しかけていた。隣にいた美果さんにも聞こえないようにこっそりと耳打ちをしていたのだ。

 

「ねぇねぇ。心護ってさ……カッコいいよね」

「ええ。シンゴは、カッコいいわ」

「だよねー! あ、今の話、心護にナイショね! 誰にも言わないでね!」

「うん。ナイショ」

 

 めっちゃ歌が上手いと噂のカノジョはめっちゃ声がかわいかった。めっちゃかわいい声で藍愛の話題に同意してくれて、唇に指を立てて「ナイショ」のジェスチャーをすると同じくジェスチャーをし返してくれた。自分が好きなものを好きと言ってくれる人がいたことがとても嬉しかった。

 心護って、カノジョがピンチになった時に必死になって助けてくれるのかな……藍愛のちょっとした疑問も、エメラルドグリーンに塗り潰されて消えてしまった。

 魔術的に閉ざされた『深潮商店街』であるが、立ち入り禁止の結界が張っている訳ではない。人除けの魔術は一般人の視線を逸らして、商店街に近づく気など起こさせないためのものである。むしろ、内部にいるキャスター陣営にしてみれば、あまりにも分かりやすく釣り糸を垂らして門をフルオープンしているウェルカム状態だった。

 商店街の中心で、エルウィンは上を見上げた。曇りガラスなのか経年劣化の汚れなのか判別し難い濁ったガラスが嵌め込まれたアーケードの天井が見える。そろそろどこかの陣営が乱入してくるか、誰が真っ先に攻撃してくるか……そう思った矢先に、高速でこちらに向かってくる魔力を感じ取った。

 

「来た……!」

 

 一時は商店街の象徴となったアーケードとオレンジと緑の街灯が崩れ落ちて、空飛ぶ巨大な鮫が垂直落下して乱入してきたのだ。

 魁一番で突入してきたのはライダーだった。空飛ぶ鮫を従えた鎧武者が商店街に降り立ち、アーケードの役目を果たせなくなったコンクリートの塊が雨の如く降って落ちて来る。

 ライダーは目に見える派手な登場をしたが、マスターである桐月は横道からこっそりと商店街内部への侵入に成功していた。商店街の内部は、目を疑うような光景になっていたのだが……桐月の目に真っ先に入って来たのは商店街の異常さではなかった。ライダーから距離を取ったキャスターのマスター――眼鏡の下に見える、独特な緑の目は間違いない。

 エルウィン・トキシカ・グラスフィードの名には覚えがあった。職質で目にしたパスポートの名前と同じだったから……まさかとは思ったが、エルウィンは桐月の知っている顔だった。今になって、生年月日の確認はしていなかったと記憶が蘇る。

 桐月はエルウィンを怪しい外国人という建前で職質して警察署に連行し、持ち物を没収して留置所にぶち込み、彼が所持していた触媒を奪ってライダーを召喚していた。彼がキャスターのマスターだったのだ。

 

「まだ若いとは思っていたが、まさか未成年だったのか。18歳……貴理弥よりも幼いじゃないか」

 

 一瞬だけ桐月が揺れた。だがしかし、すぐに切り替えた。

 高校を卒業した頃の18歳の貴理弥を思い出し、火の点いていない煙草を取り出して前歯で噛んだ。

 ライダー陣営は先んじて突入したが、他のサーヴァントとそのマスターたちも東側と西側にある商店街の入り口正面から侵入していた。アルジュンとアーチャーは西側から、その他は東側から足を踏み入れる。ちなみに、東側の入り口のすぐ近くで藍愛の自転車が遺棄されていた。

 ライダーが崩したアーケードだった物に気をつけながら心護とアリアが商店街に踏み込めば、彼らは真っ先に内部の異常な光景に立ち止まった。一言で表現するならば、『深潮商店街』が緑の花園になっていたのだ。

 古ぼけた店舗や錆の目立つシャッターを包み込むように、商店街の内部が美しい緑の鉱物に覆われていた。例えるならば、氷漬けにでもされているかのようだった。とても自然界のものとは思えない、されども目を惹かれる美しい緑の鉱物からは、建物からもアスファルトの道路からも灯りの点かないオレンジと緑の街灯からも、多様な種類の花が咲いている。いくつかは心護も知っている花があったが、どうしてこんなことになっているのが、理解ができなかった。

 

「何だこの花。キャスターがやったのか?」

「綺麗な花ばかりなのに、どうしてかしら……どこか不気味」

「……スズラン、ヒヨス、ベラドンナにイヌサフラン。見る限り、毒のある花ばっかり」

「え、怖」

「まさしく、魔女の園ということか。薄気味悪い光景よ」

 

 杏華の言葉を聞いて、心護は足元に咲いていたヒヨスから反射的に距離を取った。

 毒草と魔女と聞くと、不気味な色の薬で満たされた鍋をぐるぐるかき混ぜる鉤鼻の老婆を思い起こさせる。白雪姫へ食べさせる毒リンゴを作ったり、ヘンゼルとグレーテルを監禁して太らせて食べようとする魔女のイメージだ。

 ランサーが例えた通り、ここは魔女の園と化している。では、主たちはどこにいるのか?

 

「藍愛たち、誘拐された人たちがどこにいるか。当てもなく探すだけじゃ駄目だな。いっそのこと、キャスターのマスターを締め上げて吐かせるか」

「心護くん、割と思考回路が物騒? なんやかんや言って、荒くれ漁師ってことかぁ」

「漁師に対する多大なる偏見。まあ、荒くれ者な人も多いっスけど。ザキさんとか、ザキさんとか……」

「コマチのためにも、早くアイナを見つけましょう」

 

 誘拐された人たちの居場所を吐かせる前にライダーに討伐されたら大変だと、心護とアリアはエルウィンを締め上げるために商店街の中心部へと足を進めた。毒花の園で、アリアのドレスの裾が翻る。彼女が持つ独特な空気と相まって幻想的とも言える光景であるが、微かな毒がやはり薄気味悪いのだ。

 

「38人……教室1クラスほどの人数。建物はたくさんあるから、この人数を監禁することは難しくないし、この鉱物に覆われた状態ならばそう簡単には奪還されないし逃亡もできない。監禁場所がたくさんあるから、当てずっぽうもできないかぁ」

「……正直、あなたがアサシンのマスターに協力するの意外でした。何というか、身内以外はどうでもいいって感じの人だと思ったので」

「まあ、自分は割とそういうとこあると思います。でも……」

 

 ちょっと真剣に誘拐された人たちの行方を考えていた杏華に、レィムが話しかけて来た。彼女の背後にいるセイバーは一言も話さない。

 レィムが言ったように、杏華は自分にそういうところがあるのは自覚している。生まれ持った魔眼に振り回された幼少期だったせいか、他者の色に散々痛い思いをしてきたし、他者の攻撃性も痛いほど知っている。けれども、杏華だって()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「誘拐されたあの子……藍愛ちゃんにはネイルを褒めてもらって、100均のネイルシールの新作がかわいいって話とかしたので。見捨てるほどの関係じゃないんですよね。それに、子供の救出ならランサーも少しは手伝ってくれそうだし……」

「そら、行くぞマスター」

「あ」

 

 杏華が話し終わる前に、ランサーが彼女を抱えて突入してしまった。持ち方が完全に荷物扱いだった。

 

「うーん……サーヴァントの火力の差だけで簡単に押し切れるはずがない。ここはきっと、キャスターの儀式の場。キャスターにとって絶対的に有利な領域。キャスター以外が退去する可能性も、視野に入れておいた方が良い」

 

 レィムの背後に控えていたセイバーも動き出す。日は傾き始め、本来の聖杯戦争の時間に近づきつつあった。

 キャスター討伐戦、開始―――




ということでキャスター討伐編開始ィーーー!!
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