キャスターが岳野の山林で見せた宝石魔術とは比べものにならない威力の攻撃がお披露目された。
侮っていたと言えば嘘になる。『対魔力』のスキルを持つサーヴァント相手に、キャスターが出来ることは限られているという前提条件が慢心を生んだのは、ある意味仕方がないことだった。彼女曰く、「サロン」における魔女の絶対的の優位性は、今、この瞬間にしか実感できなかったのだから。
商店街の西側三分の一が大爆発を起こしても、目晦ましの魔術の影響で深潮の住民たちが気づくのには時間がかかるだろう。もうすぐ日が傾いて夜になれば翌日まで誤魔化せる。例え内部で大惨事が起きていても、ただのガス漏れが起きただけで一般人には放置されたままなのだ……最初に膝を着いたのは、ライダーだ。
かつては傷一つ付かなかった鎧が、レーザー砲の如き魔力の放出攻撃によって融解し零れ落ちた。咄嗟に巨大な鮫をマスターと自身の盾に使ったのか、アスファルトに落ちた鮫の下半身が抉られて消失している。
アーチャーは辛うじて防いだが、蒼炎の防壁を張った矢は全て粉々に砕け、こちらから押し返すように矢を放ったことによってやっと防御することができていた。事前に距離を取って、手持ちの礼装を全て防御に回したアルジュンも無事だった。
ランサー陣営はこの中では一番甚大な被害を受けていた。杏華は無事であったが、如何せん、彼女が持つ手札が大きく削がれてしまっていたのだ。
「……っ、手持ちの護符を半分以上使って、一拍も防げなかった。さっきの、ただの宝石魔術じゃない?」
「儂の『対魔力』ではどうにもならん。令呪を切ったのは良い判断だった」
杏華の令呪――左右対称の蝶に似た令呪の、尾翅に相当する一画が消費されていた。咄嗟に令呪でランサーを空間転移させて直撃を避け、手持ちの護符を半分以上ぶちまけて結界を張ったが、結果は一拍も防げずにランサーに抱えられて物理的に避けるしかできなかったのだ。手持ちの礼装の半分以上と、令呪を一画消費して何とか無事なだけ。
ランサーの左手の指先から血が滴り落ちていた。杏華が礼装を施した左手の爪が割れている……防御礼装を使用しても無傷では済まなかった。
「でも、ちょっとだけ分かって来たかもしれません。この商店街を工房……サロンにしたのは、
杏華の中で、キャスターが言っていた「サロン」という単語が引っ掛かっていた。
「サロン」は、貴族の客間や応接室のことを意味する。転じて、その応接室で開かれる文化人たちの集いのことも意味するが、キャスターのニュアンス的には前者の意味で使用しているように感じる。さすがに、美容室やネイルサロンな訳がない。
造り変えられた商店街は魔女のサロン。誘拐された人々は魔女に招かれた顧客であり大切なゲスト。何故、生贄ではなくゲストとして扱っているのかは、商店街の住人がこの空間を満たす呪詛の発信源であるため……では、誘拐するのは住人
わざわざ、商店街の周囲を通りかかった者たちまで引き込む必要はないはずだ。ましてや、誘拐された者の中には藍愛のような少女もいる。この場にいない26人は、どうしてゲストになる必要があったのだろうか?
乱れた息を整えて止血用のハンカチを取り出しつつ、杏華は思考を止めなかった。
毒花の園の中心で棒立ちになる商店街の住人たちは、杏華たちの距離では聞こえない小声でブツブツと何かを呟き続けているが、そのうちの1人はちょっと声が大きかった。頭の禿げ上がった肥満体型の老人だ。ちょっと声が大きい呟きを聞くに、この商店街で店をやっていたが寄る年波には勝てず閉めたようだ。
「深潮の商売を引っ張ってきたのは俺たちだぞ……なのに、ちょっと大きなスーパーが出来たらそっちに乗り換えやがって……議員も役所も役立たずだ……!」
「貴方はこんなにも貢献してきたのに、みんな貴方を蔑ろにするのね」
「そうだ! 倅だって、俺が必死に働いて大学に行かせてやったんだ……なのに、店を継がず地元にも戻ってこなかった! あいつらは俺たちを捨てたんだ……倅が戻っていたら店を閉める必要もなかった、あいつが組合長になれば組合はまだ続けられた……」
「息子さんのために、地元のために頑張ったんですね。貴方は1人で苦労された……立派ですわ」
「そうだ、そうだ……! 俺は家族と地元のためにあんなに頑張ったんだ! なのに、みんな裏切りやがった……地元のために商店街のために尽くしてきたのに誰も俺たちのことを労わない出店を反対していたはずの仲間だった奴らは今やレオンに行ってスーパーとホームセンターで買い物をしているどうして俺がこんな目に遭わなければならないんだどいつもこいつも見下しやがって女房も倅のとこに行ったっきり戻って来ない誰のお陰で飯が食えてたと思っているんだ今の市長になってから悪いこと続きだ……」
「喧しいジジイよ」
「確かにアレを呪詛にしないのは勿体ない」
何かヒートアップしているが、キャスターが煽っているのではない。彼女の同調する言葉に誘導されて禿げ上がった老人が勝手に喧しいことになっていた……これは、明らかに魔術師がやることではない。
魔術を用いて住人たちを強制的に喋らせているのではなく、聞き手側の肯定と同情で住人たちは聞いてもいないことを好き勝手に喋っているのだ。魔術が全くと言っていいほど関わらない所業。これはむしろ……。
「『コールド・リーディング』……事前の情報も調査もなしに、あたかも相手の心の中を読み取ったように見せる会話術。相手を観察して同調して、何気ないちょっとしたことを言い当てれば、自分を理解してくれたと心を開いて訊いてもいないことを勝手に喋ってくれるので、喋った情報を元に次の会話へと繋げて信頼を得る。少なくとも、魔女と名乗るキャスターが使うテクニックではありませんよー」
キャスターの前にレィムがエメラルドグリーンの合間を縫うようにやってきた。
彼女の言う通りだ。聞き手側は頷きと同調をするだけで、相手は愚痴や鬱憤を喋りたいだけ喋らせるその様子は、魔術ではなく単なる技術である。学べば一般人でも実践できるテクニックだ。
レィムがキャスターに向けた指摘を思考回路に組み込めば、杏華が見える景色の印象がガラリと変わる。妖しげな儀式のために住民を誘拐した魔女、ではなく、周囲への不満が燻る住人たちに取り入る詐欺師に見えた。壺とかブレスレットとかを売り込む系の。
控えめに言って地元で良い顔をされていない商店街の住人ならば、かつての深潮の経済を支えてきたのは自分たちであるのに蔑ろにされているという被害者意識を持っている者が多いと予想される。そこで、彼らに同調して好意的な態度をとれば心を開き易くなってくれるので、そこからは相手をよく観察して付け入るだけだ。
件の老人だって、その身形……黄ばんだ肌着に指先が擦り切れて今にも穴が開きそうな靴下は、身の回りの世話が疎かになっている証拠だ。つまり、身形に無頓着な高齢男性の1人暮らしということ。年齢的に伴侶に先立たれている可能性もあるから、キャスターは会話の中で「1人」と言った。そうしたら、妻は出て行って老人を1人残して息子と暮らしていると、向こうが勝手に喋ってくれたのだ。
「……詳しいのね」
「似たような
「やだぁ。まさか、魔術師じゃないの?
「ええ、わたしは魔術師じゃないです。だから、ちょっと無理にでも勝ちに行きます。令呪をもって命じる。セイバー……らしくあれ」
レィムの背後から白銀の鎧が飛び出して来た。
令呪によるブーストを受けたセイバーは、相も変わらず正体が判明しない黒い靄に覆われた剣を構えて飛翔する。セイバーの白銀の鎧から、意匠として飾られていた翼が両翼として展開した。白銀の両翼を羽ばたかせてキャスターの頭上を取り、商店街の住人たちを狙って魔力の斬撃を降らせたのだ。
が、すぐにキャスターによって防がれた。地中を突き出して空中まで伸びて来た植物の根が傘のように斬撃から住人たちを守り、エメラルドの実がセイバーを追撃する。
距離を取って旋回するセイバーが着地し、黒い靄に覆われた剣を地面に突き刺した。迸る魔力が地中を伝わって足元から攻撃を仕掛けてきたが、やはりその攻撃もあちらこちらに咲く毒花たちが壁となって防がれてしまう……セイバーが住人たちを執拗に狙うと、キャスターは必ず大切なゲストを守ろうとしていた。
「住人たちを頑なに守護する姿勢……この空間を維持するためのピースということかな。1人でも欠けたら弱体化するならば、住人を狙ってもいいが。アーチャーにそれをやらせるのもなあ……でもまあ、相手は魔女だ。魔女ならば……アーチャー。大弓の真名開放を許可しよう」
「承知しました」
「魔女の処刑は火炙りと、歴史が証明している」
キャスターが魔女を名乗るのならば、魔女に相応しい引導を用意しよう。
神性を帯びた蒼炎が、毒花と竜騎兵の合間を縫ってキャスターを狙う。魔女ならば火刑の炎に抗えず灰となる……キャスターの真名は不明だが、魔女と名乗るならば魔女狩りによる処刑は弱点に成り得るはずだと、アルジュンはアーチャーの宝具を開放させた。
「真名開放……これは、炎神より授かりし咆哮。『
狭い商店街の空間を蒼炎のミサイルが縦横無尽に駆け巡る。
別にセイバーや他のサーヴァントに配慮している訳ではない。命中したらそれまでの相手だったということだが、エメラルドの実が生るイチイの追撃によってミサイルは撃ち落されると同時に、商店街のアスファルトにはステンレスボトルが何本も転がっていた……覚えている人は覚えている、桐月が作成した過酸化アセトン入りの爆弾ボトルである。誤って転がしてしまったのではなく、攻撃として意図的にぶちまけた。
確信犯である。
案の定、岳野の森林と同じく大量の過酸化アセトン爆弾の連鎖による物理的な大爆発が起きたのだ。
「この爆発……ライダーのマスターの爆弾だな。どんだけ隠し持っているんだよ……」
「見つけた」
「っ!?」
エルウィンは防壁の魔術を展開させて物理的な爆発から身を守ったが、自身の正面にしか展開していなかったために背後から近づいてきた人物に肩を叩かれた。背後から右肩を叩かれてガッシリと服を掴まれ、重心を崩されて足払われて……所謂、柔道の払腰で投げられたのだ。
日本人ならば体育の授業で習う受け身など、魔術師育ちが取れるはずもなく。体育の授業でも習う払腰で仰向けに投げられたエルウィンは、毒花の咲く地面にしたたか背中を打ち付けた。
「……あ、マルシェで具合悪くしてた人。キャスターのマスターで間違いないか?」
「お前かよ、アサシンのマスター! ああ、そうだよ」
「体調、良くなった?」
「最悪だ!」
深潮聖杯戦争において、物理的に攻撃してくる者は限られている。桐月以外なら、
心護に服を掴まれたままの体勢を崩しているエルウィンだったが、心護の目の前に人差し指を突き出した。銃のように構えるそれは、
「ガンド!」
人を指差すことは非常に失礼な動作である。失礼な人差し指に魔力を込めて、エルウィンは心護に呪いを飛ばした。体調を崩すなり
至近距離で決して逃げることはできない距離で撃った……はずだったが、エルウィンが撃ったガンドは心護に届くことはなく、心護の目前で霧散した。避けられたとか防がれたとかではなく、呪いが消滅して散ったのだ。
「……は?」
「で、誘拐された人たちはどこにいる?」
「は、放せ! キャスター!」
「っ!」
ガンドが霧散して、エルウィンの人差し指が心護に掴まれた。このままでは指をへし折られると思ったのか、衝動的に心護を蹴り飛ばして柔道の技から逃げ出せば蠢く毒花たちが心護に攻撃してくる。巨大なドクニンジンの花からはマジンガンの如く魔力弾を発射して心護を狙ったが、黒炎の壁が攻撃を防いで地を這いドクニンジンの花を焼き尽くした。
『
避けるか、それともまたアサシンが介入するかと考えたが……エルウィンは知らなかった。というか、岳野の森林で起きたあの光景は、暗闇に紛れて彼の視界に入っていなかったのだ。
一直線に飛んできたガンドを前に、心護は手を叩いた。柏手を打つように、力士が猫騙しをするように両手を叩いたその瞬間に、エルウィンのガンドは跳ね返った。本当ならば呪いを向けたエルウィンに返ってくるが、キャスターが主導権を握るこの空間のお陰かそれとも心護が未熟なせいか、跳ね返ったガンドは店舗のシャッターに命中してエメラルドグリーンの鉱物が見事に抉れたのである。
ガンドが
「そもそも、何で僕の背後を取れた? この空間では、捻じれによって方向感覚を失うはずだ。普通の人間ならただ迷うだけなのに」
「いや、普通に真っ直ぐ歩いてきただけだけど。ってか、商店街は一本道だし」
「途中で、アイナを探してお店を調べながらだったから、時間がかかってしまったけれど」
「……何だコイツーーー!?」
「そうか。彼は呪いを跳ね返せるだけではなく、そもそも呪いが効かないのか」
「故に、呪詛が満ちたこの空間は彼には無効ということですか? 彼にとって現状の商店街は、ただ見た目が変わっただけの寂れた一本道ということなのか」
「恐らく……才能的に不可能ではない。いや、それぐらいしてもらわないと、私がスカウトした意味がない」
「バグみたいな存在」
「アレを野放しにしておいて良いのか。魔術師として」
アルジュンが推察した通りキャスターが支配するこの空間は心護にはハンデにはならず、アーチャーの言う通り心護には呪詛による捻じれも何も効かないのである。
キャスターが支配するこの空間が、彼女が創造した
本当に、何なんだコイツ。
アーチャー
↑神でさえ呪いで大変なことになるテクスチャの出身なので、呪い無効の一般人にどん引きしている表情。