「もう一回訊くけど、誘拐した人たちはどこにいる?」
「1人で全員を救出するつもりなのか……あまりにも無謀すぎるぞ」
「いや、そこの爺さんたちはいらね。俺はあくまで藍愛だけを助けにきたから」
「ホント何なんだよコイツ!?」
商店街の老害たちに関しては「ナイナイ」と手を振る心護に向けて、エルウィンのツッコミが入った。正義感からの行動じゃないのかよ!ぐらいの追撃もしたがったが、口を結んでグっと堪えた。これ以上突っ込んでしまったら、心護のペースに乗せられてしまう気がしたからだ。
「俺が探しに来たのは、手脚が長くて細身で髪が長い、大人びているから高校生にも見えるかもしれない女子中学生。そこの爺さんたち以外の人たちの中にいるはずだ」
「素直に教えると思う?」
「素直に喋ってもらいましょうか?」
アリアは唇を開こうとした。彼女の歌の感動によって心を殺し、
感動によって失神もするし暴動もすれば、歌に聞き惚れて頭に昇っていた血が冷めたことも、心護はこの目で見ていた。だから理論上、不可能ではない……アリアが歌えるのなら。
アリアが歌を紡ぐより早くキャスターが指を鳴らした。彼女の合図と共にあちこちに咲く毒花たちが蠢き始める。中でも蕾状態の物たちは高速で茎を伸ばしてアリアの真正面に出現すると、花弁を開いてアリアの顔に煙を吐き出した。途端に、アリアの喉には激痛が走り、咳き込んで吐血する……吐き出した煙は、吸い込めば気管が腐り、喉が爛れ、歯が溶け落ちる猛毒だった。
「~~~っ!?」
「あら、結構頑丈なのね。サーヴァントでも吸い込めば喉に穴が開くほどの猛毒だったのですが」
「1人ぐらい解放したっていいだろ。なんか様子のおかしい商店街の住人はともかく」
「ともかく扱いで良いのかよ、この爺さんたち」
「教えてあげる。この人たちは自分の意志でここにいるの。貴方が探している女の子もそう。ここにいたいと思っている子を貴方が連れ出す道理はないのよ。人々は今、美しいエメラルドグリーンの
「……っ!」
心護とアリアに対しての特大の皮肉だった。自分たちがやろうとしていたことが、痛々しく返ってきたのである。ただ、彼らが言葉で刺されても、戦場は一時停止なぞしてくれない。邪魔だと斬り倒されなかったのは恐らくマスターの温情だろう。セイバーがアリアを飛び越えてキャスターに剣を振り下ろした。
正体が分からない黒い靄に覆われた剣は一体の竜騎兵に受け止められるが、剣戟の劈きと共に一刀両断の真っ二つにさた。竜騎兵だったエメラルドグリーンの鉱物を踏みつけて追撃を行おうとするが、蒼炎の矢に射抜かれて鉱物に覆われた店舗に貼りつけにされる。
アーチャーも攻撃を再開した。炎神の魔力を纏った炎の矢が次々と毒花に被弾するが、呪詛の満ちた空間の影響か大炎上には至らない。被弾した一株一株が燃え尽きるだけで、一掃できていない。
ライダーは回復に時間がかかっているようだが、使役している巨大な鮫が再び牙を剥いた。しかも二頭もいる。
抉られて消失した鮫を含めて三頭もいた巨大な鮫は図体の割には小回りが効くようで、呪詛に塗れてエメラルドの実による追撃が飛び交う空間を縦横無尽に飛び泳ぎながら、キャスターを狙い続けている。
キャスターの討伐は混戦と化していた。
一方、ランサー陣営はその混戦に加わっていなかった。杏華の中で、キャスターの言っていた言葉が引っ掛かったのだ。
ともかく扱いの商店街の住人も、藍愛を含めた他の人々も、「ここにいたい」という意志を以ってエメラルドグリーンと化した商店街に留まっている。それが、キャスターの主張だ。つまり、人々は魅了の魔術などの手段を以って「ここにいたい」という意志と共に商店街に縛られている……物理的な拘束ではなく、精神的な拘束だ。
「ランサー。ちょっと長めに魔眼を使うので、防衛お願いします」
「っ、承知した」
魔眼殺しを外して左目の『色貌の魔眼』を発動させた杏華の視線は、キャスターでもエルウィンでもなく、その周囲にいる商店街の住人12名へと注がれる。
感情の発現の強制。不満を呟き続けている住人たちが発現させて杏華が見た感情の色は、負の感情に溢れているにしては、あまりにも美しすぎた……杏華が見た「
感情の色は対象の主観で決まり、同じ色でも人によっては感情が180度異なるためこのような現象が自然と発生することはあり得ない。12人全員の色が全く同じというのは、杏華にとって初めての経験だった。
海外においは、エメラルドグリーンはパリス・グリーンに起因する「毒」をイメージする色とされているが、生粋の日本人である彼らがイメージしているのは恐らく「毒」ではない……ただ、美しいというイメージを美しい色で発現させているだけだ。
「魅了の魔術による洗脳……ここにいたい、商店街から動きたくないという
ただ人質や生贄にするのなら、大がかりな魔術式を使用してまで意志の統一をするという手間などかけない。
意志の統一が必要だから、マスターの魔術で魅了し洗脳した。
藍愛を始めとした商店街に無関係な人々まで誘拐したのは、商店街の住人だけでは数が足りなかったから。
杏華が少しでも視線を動かせば、エメラルドグリーン以外の色が差し込まれ彼女の視界は俄かに賑やかになる。視線の届く範囲で見た商店街の中に、もっと多くのエメラルドグリーンが見えた。それも、地面よりも下の位置から発現されている……!
「心護くん! 銀行って、
「っ!」
目に見える12人と同じ意志で統一されているのなら、姿の見えない26人も同じ色が発現する。分散はしていない、全て同じ地点からだ……杏華の左目には、地下から湧き出る美しいエメラルドグリーンが見えている。
杏華の声を聞いた心護は藍愛たちの監禁場所に感づいた。ここに辿り着く前にも目にした、かつては地銀の支店があった店舗。杏華の魔眼は、そこの地下金庫からの色を捉えたのだ。
「ランサーのマスター!? あの左目、魔眼か……っ、待て!」
ガンドは効かないので、別の魔術で心護を攻撃しようとしたエルウィンだったが、黒炎の弾丸が飛んできて視界を奪う。アリアの喉は毒によって爛れたが、彼女は未だ『復讐の魔女』の役のままだ。歌えなくても、攻撃手段は辛うじて残っているのだ。
心護はアリアの手を引いてその場を離脱する。目指す先は地銀の支店跡地だが、そう簡単には行かせてくれなかった。
心護たちの行く手を阻むために立ち塞がる三体の竜騎兵。アリアが細身の短剣を振る前に、手にしていた槍を大きく振り上げる……が、振り下ろす直前に、飛んできた二枚の護符によって小さな爆発で起きて微かに体勢を崩してよろめいた。
心護たちはその隙に合間を縫って竜騎兵を突破できたが、竜騎兵にはダメージにもなっていなかった。
飛んできたのは杏華の護符である。本来は結界を張るための護符同士を衝突させ、その衝撃でコンクリート塀ぐらいなら破壊できる唯一と言っていい杏華の攻撃手段である。が、竜騎兵のバランスを崩すことしかできなかった。バランスを崩して、心護を地銀の支店跡地へと走らせることができた。
「ランサー! 心護くんを行かせて! もしかしたら、彼の行動がキャスターの牙城を崩せるかも」
「マスター! 根拠はあるのか?」
「……キャスターの真名」
キーワードは、いくつかあった。
顧客を集めたサロン
世を乱す魔女
占い師の会話術
呪詛の儀式
意志の統一がされた大人数
そして、毒―――
「心護くんなら、この空間を乱すバグになり得る。そもそも、魔術師だったらまず思いつかないですよね……必要な犠牲と割り切らないで、生贄同然に誘拐された一般人を救出しようだなんて。それも、正義感に駆られて全員助けようじゃなくて、顔見知りの女の子1人だけ。たった1人だけをこの領域から逃がすのは決して無茶なことじゃない。意志の統一がされた38人のゲストのうち、1人だけでも儀式の最中に抜け出してしまうことは、
誰も心護の行動に賛同はしていなかった。杏華だって、できるだけの協力をするという口約束しかしていない。
だが……まさか、彼の行動によって攻略できる可能性が出て来るなんて、あの時に柳洞神社に集まった誰もが予想もしていなかった。
「生前の貴女は、徹底的に痕跡を消して決して悪事の尻尾を掴ませなかった。摘発されたのは、同業者が口を滑らせて捜査の手が伸びたから……つまり、
然して、キャスターの真名は。
「貴女の真名はラ・ヴォワザン! ルイ14世の時代にフランスの支配階級を震撼させた大スキャンダルの中心にいた、太陽王の治世に汚点を残した黒ミサの魔女!」
杏華の推理を聞いて真名を示されたキャスターは、焦ることも慌てることもせず、ただただ魔女の帽子の下で口角を上げて、嬉しそうに微笑んだ。
「
魔女が緑のドレスの裾を翻してくるりとターンをすれば、彼女の肩には金糸で刺繍が施された赤いベルベッドで出来たショールが出現した。生前の彼女が占い師として、そして魔女としての自身を演出するために身に着けていた衣装である。
「私は、顧客の求めに応じ、ゲストをもてなし、
フランスの闇に咲いた毒花の如き
***
見慣れたマスコットキャラクターが描かれたシャッターは、エメラルドグリーンの鉱物越しでも錆がはっきりと分かるほど劣化していた。かつては多くの住人で混雑していた店舗は寂しい気配しかなく、店先に咲く真っ白なスイセンが嫌に目立っている。
スイセンは庭にも咲く身近な花であるが、可憐な姿をしていても立派な毒花だ。葉がよく似たニラと誤食して食中毒になったニュースもしばしば報道されている。なので、キャスターの支配下にある毒花は早々と黒炎によって焼き尽くされた。
杏華の助言に従った心護は、アリアが操る黒炎で出来た巨大な槍がエメラルドグリーンの鉱物ごとシャッターをぶち破ると同時に、地銀の支店跡地に急ぎ駆け込んだ。埃っぽい店内は何箇所か天井が剥がれ、かつては並んでいたソファーは一つも残っていない。
「杏華さんの言う通りなら、藍愛たちが監禁されているのは地下……アリア、大丈夫か? 回復するか?」
「大、丈夫……行きましょう。心護も、魔力切れには、気をつけて」
アリアの声が掠れている。喉が爛れても、サーヴァントの頑丈さで立って『復讐の魔女』の能力を奮えてはいるが、左手は未だに心護に引かれたままだ。それでも、右手で握る細身の短剣は決して離さず、マスターの求めに応じて障害物を焼き尽くしている。
地下金庫は、かつては行員しか入れなかった支店の奥に階段があった。
慎重に階段を下りた心護の目の前に現れたのは、鈍い色をした重苦しい金庫だ。映画やドラマで見るような円い扉……ではなく、箱型の金庫を巨大化させて壁に埋め込んだような長方形の扉である。
アリアが心護の手を振り解いた。裏切られた女の憎悪をたっぷりと込めた黒炎が金庫周辺の壁を焼いて、消し炭となった壁はボロボロと崩れ落ちてアッサリと侵入することができた。今のところ、罠はない。
「シンゴ! いた!」
「藍愛!」
埃とカビの臭いが充満する金庫の中には、ただ商店街の付近を通行していただけなのに誘拐された26人が詰め込まれていた。誰も彼もが恍惚として、それでいて
「藍愛! 藍愛! しっかりしろ、オイ!」
「……心、護……心護が、いる……?」
「そうだ。ほら、ここから逃げるぞ」
「心護だぁ……」
心護が藍愛の肩を揺さぶりながら声をかけると、藍愛は微かに意識を取り戻す。それでも彼女の意志はエメラルドグリーンに飲み込まれたままであり、ほんの一瞬だけ現実に戻って来ただけだったが……寝起きのような朧気な意識に囚われたままの藍愛が心護の顔を目にすれば、心護が今までに見たことがないとても嬉しそうな顔をして笑ったのだ。
「心護……やっぱり、助けに来てくれるんだぁ……」
寝言のようにその一言を呟いて、また、彼女はエメラルドグリーンに飲み込まれた。
気絶している訳ではない。ただ、魅了の魔術を解除しない限り藍愛にはエメラルドグリーン以外のものは見えず、ずっとここにいたいという意志の統一されたキャスターのゲストのままなのだ。
心護は藍愛を背負い、落ちないようにと彼女の身体の上からアウターを巻き付けた。地銀の支店跡地から商店街の外まで遠くはない、藍愛に負荷がかからない程度に走れば脱出できると思っていたが……建物から出ようとした心護たちを待っていたのは、何十体もの竜騎兵と建物よりも背の高い食虫植物や毒花だった。キャスターが差し向けた敵エネミーとでも呼ぼうか。
「っ! こんなに……!」
「……シンゴ、アイナを連れてあなただけ行って」
「できる訳ないだろ。ただでさえ、アリアは疲弊している」
「さっきも、さっきも言ったでしょう。「大丈夫」って……シンゴに手を繋いでくれていたから、魔力で少し、回復している。まだ歌えないけど、わたしには『
「……藍愛を届けたら、すぐに戻る」
「ええ。アイナを、助けてあげて」
アリアは心護の背中にいる藍愛の髪を優しく梳いた。
『復讐の魔女』の役を演じているにしては、あまりにも慈愛に満ちた優しい目をしている。大切な宝物を見守るような、眩しくも美しいものを見ようとして思わす目を細めてしまうような表情をしていた。
「もうすぐ、明るい場所に帰れるからね。お母さんのところに帰りましょう」
「……絶対に連れて帰るし、絶対に戻ってくるから」
「お願いね。マスター」
建物の正面に群がっていた敵エネミーたちを建物の壁ごと黒炎で吹っ飛ばしたのが合図だった。
アリアが敵エネミーたちの前へ出て、心護は藍愛をしっかり背負い直して黒炎の煙に紛れ商店街から脱出しようと走り出す。2人を追って毒花が茎を伸ばしても黒炎の壁に遮られ、アリアが片っ端から処分していった。
「メデア……もうちょっと、あなたのままでいさせて。我が子を手にかけた、あなたには……不愉快かもしれない。けれど……わたしは、
心護もアリアもお互いを振り向かなかった。
未だキャスターの支配下にある商店街を駆け抜けて、あちらこちらに咲く毒花をできるだけ避けて、藍愛を大切に背負いながら心護は走った。
商店街の外では、空が橙色に染まりかけている。もう1時間もしないうちに、空の色は夜に変わるだろう。心護たちは入った東側の出入口に待機していた涼乃は、商店街から出て来る人影を見つけて思わず駆け寄った。
商店街――キャスターに支配された空間からの脱出を成功させた心護は、商店街を封鎖していたバリケートに衝突して派手に転倒してしまう。それでも、背中にいる藍愛は無事だ。
荒い呼吸を繰り返す心護の耳に、ポピュラーなJ-POPが聞こえて来た。藍愛が肩から下げているポシェットに入っている彼女の携帯電話が鳴っている。藍愛を必死に探している彼女の家族が、何度も何度も電話をかけているのだ。
「詩ノ宮くん!」
「涼乃さん……こいつを、藍愛は」
「脈は正常、怪我もない。魔術にはかかっているみたいだけど、深刻な状態じゃないわ」
「良かった……藍愛をお願いします。俺は戻らないと」
転倒した際に、心護はアスファルトの地面を滑ったせいで頬に擦り傷を負っていた。
右頬が熱を持ち出してじくじくと痛むが、心護は脱いだアウターを藍愛にかけてから商店街を振り返る。戻らなければならない。
「アリアが待ってる」
「……止めやしない。けど、女性と待ち合わせをしているなら、身嗜みには気をつけて」
「ありがとうございます」
心護は涼乃が差し出したハンカチを受け取った。それを痛む右頬に添えながら、再び商店街の中へと走り出す。
キャスターの討伐が完了していないとか、他の人質が気になるとか、助言をしてくれた杏華の助太刀とか、そんな理由ではなく……ただ、アリアが待っているという理由で、心護は魔女が取り仕切る儀式へ飛び込んで行ったのだ。
杏華さんの魔眼は発動すると赤く発光して色相環のような円が浮かび上がるイメージだけど、低レベルの魔眼にそんな演出していいのか悩むところである。
次、キャスターの生前の話!