キャスター討伐戦こと、対ラ・ヴォワザン戦は籠城戦となった。彼女が執り仕切る黒ミサの中で、その首謀者を討伐しろなどとは難易度の高い話だったのだ。しかも、黒ミサには「
ここからはハイライトである。
キャスターの真名が明らかになり、ライダー陣営が動いた。桐月が令呪を使用したのだ。
盾のような四角に囲まれた線対称の三又の鉾のうち、盾の一画をライダーへと注ぎ込む。桐月が告げた命令は、「魔女を焼き尽くせ」だった……彼もまた、魔女狩りの再現を継続することとした。
令呪を受けたライダーが和弓を構えれば鏃には火が灯る。ただの火ではない、矢の通り道に咲く毒花を全て延焼させてしまうほどの灼熱の火を宿した一射であった。
戦法が似通ったことに、アーチャーは特に反応を示さなかった。相手が火刑に処された魔女ならば、同じように焼き尽くして再度処刑するだけだ。それに、熟練の弓兵であるが故に手数はこちらの方が多い上に、魔術的な戦力としてマスターがいる。
アーチャーが縦横無尽に矢を撃ち出した。ラ・ヴォワザンや敵エネミーを避けて全ての矢は商店街の建物に被弾したと同時に、矢羽根からは矢と矢を繋ぐ蒼炎が迸る。炎の網に絡めとられたイチイの木も敵エネミーも瞬く間に炎上して黒焦げになるが秒速で再生した。
後方支援としてアルジュンも手札を切る。礼装として改造したぬいぐるみ―――しおどんを始めとした、象やら梟やら馬のぬいぐるみに仕込まれた『
「お気に入りだったのに」、というアルジュンの呟きと小さな舌打ちは誰にも聞こえやしなかった。
最も踏み込んだのはセイバーだった。レィムは巻き添えにならぬようにと姿を隠したが、先に使用した令呪のブーストのお陰か鋭敏な剣技で竜騎兵を始めとした敵エネミーを次々と切り伏せるが、ラ・ヴォワザンには黒い靄さえも届かない。商店街の住人も巻き込んで魔力の放出でまとめて吹っ飛ばそうとしてもラ・ヴォワザンの妨害が入る。魔女の領域は強固であった。
杏華は、「あなた逸話的に毒は駄目じゃないですかぁ!」と一時的にランサーを止めた。ランサーも自覚があったのか一時的に止まった。それに……
サーヴァントは生前の行いや逸話がスキルとして昇華される。気配も証拠も見せずに商店街を儀式の場として整えたのは、裏切りが出るまで犯罪の尻尾すら掴ませなかった生前の伝承が影響しているのだろう。だとしたら、杏華が言い放ったことは恐らく間違いではない。
異変を報せたのは、城壁の如く立ち並ぶイチイの木だった。
針葉樹の葉がはらりと落ちた。地面に落ちる前に黒ずんで炭化して、
刹那、セイバーが斬り込んだ。敵エネミーを突破して届いた斬撃は、ラ・ヴォワザンが被っていた魔女の三角帽子を落としたのだ。
魔女が破滅する兆しが見え始める。
一枚の葉を皮切りに、イチイの木の葉は次々と灰となって落ちていった。エメラルドの実も正体を現したかのようにドロリと溶け落ちて、更にはあちらこちらに咲く毒花も次々と枯れ始める……栄華は永らく続かない。太陽王が収めた国だって、最悪の落陽を辿りギロチンが落とされたのだ。
「言いましたよね。彼、バグだって」
「っ、あいつ、本当に……本当に、たった1人を連れ出したのか!?」
「落ち着きなさい、マスター。ええ、そうね、これは取り繕えないわ。黒ミサが破られたのは事実……でも、蓄えた呪詛があれば十分」
1人が裏切っても、まだ37人の「
それでも、
完全に崩落したアーケードに代わるように、商店街の上空を覆う影……その場にいた誰もが空を見上げれば、爛れた鱗のような皮膚が真っ先に目についた。そして、次々と降って来た。鋭い牙を鳴らす足の生えた魚の異形。大型犬ほどの大きさのモノの他に、あまりにも巨大で長い肉体をくねらせて商店街の道路に滑り込んできた巨大な異形は、竜を……否、リュウグウノツカイを思わせるシルエットをしていたのだ。
「……何だアレーーー!?」
「やだぁ、キモい」
「このタイミングで現れないでくれるかなーーー!」
「マスター! いいですよね、吹っ飛ばしても!」
「いやある意味一番いいタイミング」
「燃やせ燃やせ。アレの相手は飽きた!」
「……いや無理だろ」
「聊か骨の折れる相手かと」
リュウグウノツカイの姿をした異形が鬣に似た背びれが商店街の店舗に衝突する。かつては毎朝のように焼き立てのパンを販売していたパン屋の上半分が、すっかり色褪せた看板と共に崩落した。
こいつらに散々迷惑を被ったマスターもサーヴァントも怒り心頭である。「この込み合った最中に乱入してくるな!」と。
そもそも、こいつらはどうして、何が目的で出現した?
散々遭遇した杏華の見立てでは、魚の異形たちは魔力を求めて深潮に出没し始めた魔獣ではないかとその推測が出ている。事実、彼女の見立ては正しかった……だが、正確に言えばこいつらは魔力を求めたのではない。
異形たちが求めたのは
「大人しくして」
混沌と瓦礫に満ちた空間に、可憐で蠱惑的な声が響いた。
忙しなく牙を鳴らしていた異形も、背びれを振り回していたリュウグウノツカイの異形もその声に従って大人しく地面に伏せる。その様子はまるで、舞台の幕が開くのを今か今かと待っているようだった……心護に手を引かれたアリアの一言で、異形たちは一気に沈静化したのである。
「あ、
「戻ったか、
「今、妙な呼称にルビが振られませんでした? まず、杏華さんの助言のお陰で藍愛は無事でした。ありがとうございます! で……こいつらに関しては、誠に申し訳ございませんでした!」
「申し訳ございませんでした」
「その謝罪、元凶は自分たちだと白状したと捉えて良いかな。攻撃されても文句は言えないよ」
「マジでその通りなんですけど……
さすがのアルジュンもぬいぐみたちを心護に向けた。アーチャーも無言で弓を構えた。
魚の異形たちが心護たちの―――アリアのせいなので、自分たちがどうにかしますと言うが、じゃあどうするのか?
あと、未だに優位性はラ・ヴォワザン側にあることを忘れてはいけない。一粒のペリドットに込められた魔力が解放される。黒ミサの儀式から裏切り者を(強制的に)出して台無しにした挙句、お邪魔虫(魚)まで引き込んでおいてだらだらと喋っているアサシン陣営は、はっきり言って邪魔だった。
なので、ラ・ヴォワザンによる魔力攻撃が発射された。未だに増強されている宝石魔術による攻撃は、『対魔力』のスキルのないサーヴァントには痛い威力のものだったが、それはアリアにも心護にも届かなかった……まるでアリアの盾になるように、魚の異形たちが前面に出て来たのである。
魚の異形たちが宝石魔術に貫かれ、リュウグウノツカイの異形に命中するが爛れた鱗がボロボロと毀れて落ちただけ。アリアが何か指示を出した訳ではない、異形ら
「女の子の意志を無視して連れ出しちゃうだなんて、悪い男ですわね」
「心配している家族がいるなら、多少無理にでも連れ戻すよ。俺だって心配していた人間だ。目的を果たしたから、俺たちはここで降りる。こいつらはどうにかして行くから勝手にやってくれ。それと……」
「それと、他の人たちも解放してもらうわ」
放置しておいたら、確実にご迷惑をおかけする魚の異形たちはアリアが呼んでしまった。なので、心護たちでどうにかする。これが、藍愛救出のために協力してくれた杏華への義理だ。
それと……やはり、誘拐された人たちはみんな、返してもらおう。
「アルジュン! アリアに魔力を渡したい、どうにかしてくれ!」
「急に来たね。それ、無償でやるとでも?」
「お湯割り!」
「それを持ち出されると痛い! まあ、いいか」
妥協案として、心護はまたアルジュンにお湯割りを振る舞うことになった。
魔術師ではない心護の魔術回路は、かろうじて電源は入っているだけの状態だ。霊脈で補ってアリアへの魔力は供給できているが、いつもの供給量では圧倒的に少なすぎる。もっと、もっと魔力を搾り出してアリアへ渡さなければ。
アルジュンは小さな植物の種を取り出した。魔術回路を強引に稼働させて魔力を精製するための礼装だ。魔術を習い始める際にドーピングとして使用する物でもある。つまり、魔術回路のスイッチを強引に入れることができるのだ。
「もう、ただの漁師には戻れないよ」
「もう、とっくに戻れなくなっているよ」
種が心護の腕に植え付けられると、心護の中で「カチリ」というスイッチを入れる音がした気がした。
走ったのは青白い
精製された魔力は心護の頬から滲む自身の血液と共に空中へと飛散すると同時に、契約したサーヴァントへ供給された。
大量の魔力が歌に乗せられて大放出されたのだ。
復讐の炎は地獄の如く我が心で燃える
死と絶望が我が身を燃え尽くす―――
アリアが奏でたのは、歌劇の曲だ。だが、薔薇色の光はなく、歌姫の身に登場人物は憑依していない。
力強くも美しく澄んだ
宿敵への復讐を果たせなければ娘さえも切り捨てる、非情で苛烈な女王の復讐心を歌ったこのアリアは、並みの歌姫では歌うことができない難曲だ。美しい高音と超絶技巧、かつ壮絶なる復讐を歌い上げる力強い声の持ち主でなければ歌う資格さえないとも言われている。ボイジャー1号に搭載されたゴールデンレコードにも収録された傑作だ。
確かな実力がある歌姫でなければ歌うこともできない難曲を、アリアは高らかに歌い上げる。心護から供給された魔力を惜しみなく放出して。
アリアの歌には魔力がある。比喩ではなく、本当に魔力が溶け込んでいる。
美しい高音の超絶技巧もさることながら、魔力が溶け込んだ歌声を聞いた人間は脳を揺さぶられ、魅了され、失神する。
観客が人間だったのでこの程度で済んだ。だが、人間以外だったら?
人間以外の、例えば、魚や深海魚や虫が歌の魔力に侵されたらどうなるのか……?
その答えが、アリアの歌に飲み込まれながら歓声のような絶叫をする異形たちだ。
アリアの歌に溶け込んだ魔力の影響で脳を揺さぶられ、感動によって心を、存在そのものを殺されて魔獣に成り果てる。今まで出現していた異形たちは全て、深潮の海に生息していた魚が変化したものだったのだ。
魔獣と化した魚たちは魔力を求めて乱入してきた。それは正しいが、正確に言えば、魔力の溶け込んだアリアの歌をもっと欲しがった傍迷惑なアンコールだったのだ。
ザラストロに死の苦しみを与えないならば
お前はもはや私の娘ではない
永遠に勘当し
永遠に見捨て
永遠に忘却する
血肉を分けた全ての絆を―――
この場にいたマスターもサーヴァントも、うっかり聞き惚れてしまえば心を持っていかれそうだった。
感動によって心を、存在そのものを殺された魔獣たちがアンコールを受け取ってしまったらどうなるのか?
己を亡くした脆弱な生物の身に余る歌声の魔力によって、自滅する。
歌声の魔力に侵された魚たちは異形の怪魚となってしまった。怪魚の胴体はボコボコと音を立てそうな勢いで隆起して、全身が身体の内側から爆ぜて鱗が爛れて、断末魔にも聞こえる絶叫を吐き出して絶命した。巨大なリュウグウノツカイの怪魚も、商店街の空き店舗三軒を巻き込んで倒れ込んで絶命した。
同時に、他の観客たちも歌声の魔力に侵されていた。
ラ・ヴォワザンの「
この時の光景を杏華が『色貌の魔眼』で視たならば、彼女は色の洪水に飲み込まれていただろう。
エメラルドグリーン一色だった爺婆たちを始めとした誘拐された人々の感情が、各々の感動と興奮を現す色によって出力されていたはずだ。
今のアリアは、確かに夜の女王だった。コロラトゥーラの超絶技巧によって母親が娘を捨てるほどに滾る復讐心を歌い上げるその姿は、オーケストラも衣装も舞台も何もないのに、確かに観客を魅了した。
もしもザラストロが蒼褪めぬのならば
聞け!復讐の神々よ!
母の呪いを聞け!―――
黒ミサの「
「これで、あなたに賛同する観客は誰もいないわ」
アンコールを終えた舞台の上から、歌姫は魔女にそう言い放つ。
感動で心を殺す歌姫……
天は落陽を迎え、聖杯戦争の主戦場となる夜を迎えていた。
洗脳に洗脳し返すという主人公陣営とは思えない所業!