Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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34-3_魔女集会で会いましょう

『三匹のヤギのがらがらどん』

「がらがらどん」という名前の大中小三匹のヤギが草を求めて山を目指す途中に、一匹ずつしか渡れない橋にやって来る。その橋の下には、醜いトロールが棲みついていて橋を渡るものたちを食べてしまうのだとか。

 小さなヤギは、「小さくて痩せた自分よりも大きくて太ったヤギがこの後にやってくる」と言ってトロールに見逃された。

 中ぐらいのヤギは、「自分よりももっと大きいヤギがこの後にやってくる」と言ってトロールに見逃された。

 大きなヤギは、太くて立派な角で立ち向かいトロールを退治した。

 こうして三匹のがらがらどんたちは無事に山に到着し、青々と茂る草をたくさん食べることができたとさ。

 めでたしめでたし。

『ノルウェー民話集』にて編纂されたヤギたちの物語は、エルウィンが最も好きな絵本だった。日本語ではヤギたちの名前が「がらがらどん」と翻訳されているのも気に入っている。名前の響きがなんだか強そうだと、子供心に感じたからだ。

 機転を効かせて危険を回避した小さなヤギも、小さなヤギの思惑を読み取って次に繋げた中ぐらいのヤギも、そして、立派な角と恐れない勇気でトロールをやっつけた大きなヤギも。何度絵本を読んでも彼らの活躍にドキドキハラハラしていた……魔術の修行が本格化する前までは。

 もう一度、がらがらどんたちに会いたい。それを譲れない願いとして抱いたエルウィンの目の前で、ラ・ヴォワザンはヤギの姿をした三体の使い魔を召喚した。

 悪魔召喚を行う黒ミサで、悪魔を彷彿とさせるヤギが召喚されても何ら不思議ではない。しかも、三体のヤギの使い魔は機転も効かせないし、見逃されもされないし、自身の敵を打ち倒すことだってできやしなかった……あれはがらがらどんではない、ただの使い魔だ。ラ・ヴォワザンの魔術で動くだけのヤギの姿をしている敵エネミーでしかない。

 サーヴァントと言っても、魔女と言っても、彼女は『童話の怪物(プロイキッシャー)』を創造するような異端な能力は持っていないのである。

 だけど……少しだけ、嬉しかった。

 エルウィンが願った存在に、少しだけ触れることができたから。そして、エメラルドグリーンの鉱物で出来た森から生み出されたヤギたちに、微かな好奇心が刺激されたのだ。

 もしかしたら、自分もあのヤギたちを魔術で生み出せるかもしれない、と。

 空想を現実にするような出鱈目は無理でも、エメラルドグリーンの鉱物で出来た大きなヤギのがらがらどんに似た使い魔や礼装を創り出すことは、エルウィンでも辿り着ける山頂かもしれない……死ねない理由が、生きたい理由が、また増えた。

 ランサーに殴り倒されてがらがらと音を立てながら崩れていく悪魔の如き巨大なヤギ。それらに込められた物語(モチーフ)の意味は、エルウィンとラ・ヴォワザンにしか分からなかった。

 

「……何だよ。そんなサービスしても、報酬の上乗せなんてできないからな」

 

 報酬の上乗せはできないが、エルウィンにはまだ残っているものがある。

 残りの令呪。最後の一画。半円の二画は既に使用した。残った鉱石の結晶を思わせる一画……最後のカードを切る決断をした。

 どうせこれが最後なんだ。見苦しくてもみっともなくても、足掻いてやろう。

 

「令呪を……」

 

 エルウィンが最後の令呪を使おうとしたが、背後から何やら嫌な感じの音が聞こえてそちらに意識を持っていかれてしまった。

 彼の背後にあるのは『佐原金物店』。商店街の中でも数少ない、現在でもまだ経営している店舗である。そこから、「ボン!」という音がして続いて何かが噴き出す音が聞こえた。それだけではない、足元の側溝を覆う金網から水が溢れて来た……『佐原金物店』から聞こえて来た音は、屋内の水道が破裂して水が噴き出す音だったのだ。

 一か所の破裂を皮切りに、あちらこちらで破裂音が連続して水が噴き出し始める。エルウィンの足元の金網やらマンホールやら吹っ飛ばして出現した水柱によって、その場にいた者たちは何が起きたか察した。『深潮商店街』一帯の水道管が次々と破裂しているのだ。否、水道管だけではない。かつては商店街の象徴でもあったオレンジと緑の街灯も、次々とヒビ割れては風船が割れるかの如く粉々に破裂していくではないか。

 気づけば、ほんの少し呆けていただけであちらこちらから鉄砲水が噴き出し、オレンジと緑の破片が降ってくる。商店街で過激な戦闘を行ったのが原因ではない。だとしたら遅すぎる。そう、これは、まるで……散々好き勝手弄られ、土足に踏み躙られ、馬鹿みたいな理由と怠惰で停滞を望まれた『深潮商店街』そのものの怒りを表現しているかのようだった。

 まるで、商店街の呪いだった。

 ここで、杏華がはっ!と何かに気づいて振り返った。彼女の視線の先にいるのは心護である。

 心護は出血を伴う負傷をしている。そして、ついさきほど彼の魔術回路には完全にスイッチが入った……呪術は、術者の肉体を攻勢プログラムに変性させて組み換え、物理現象を発生させる。心護の一部であった彼の血液を媒介に発動した呪術が、この物理現象として出力されたのではないか。

 あるいは、『深潮商店街』そのものの怒りを反映したのかもしれない。

 どちらにしろ、この現象は心護が無意識にやった可能性が十分すぎるほど高いと杏華の中で完結された。

 この時、水道管の破裂に気を取られたエルウィンが最後の令呪の使用を止めたことが討伐戦の明暗を分けた。連続して割れていく街灯の下で、セイバーが黒い靄の剣を地面に突き立てる。すっかり凸凹になった商店街の歩道に突き立てられた黒い靄からは魔力が放出され、地割れの如く内側から崩壊し始めた。黒ミサの会場そのものの破壊に着手したのだ。

 ほんの一瞬、瞬きほどの緩みの狭間にある決着への一手。針の穴ほどの小さなそれを見つけて、一か八かに賭けて博打に乗り出したのは、虎視眈々と隠れ窺っていた桐月だった。

 

「ライダー……令呪を重ねて命じる」

 

 桐月が、二画目の令呪を使用したのだ。

 

「魔女を焼き尽くせ!」

 

 三又の鉾を囲む二画目の盾。間を開けずに同じ命令を重ねて宣言した……これにより、ライダーに与えられた令呪は更なるブーストとなる。

 空間を抉るようにライダーの薙刀が振られた。純粋な膂力によって抉られた攻撃は、鉄砲水に穴を開け、街灯の破片を粉砕し、セイバーが放出した魔力さえも吹き飛ばして、ラ・ヴォワザンを目掛けて一直線に突き刺さる……ラ・ヴォワザンへ繋がる針の穴ほどの小さな穴を、暴力によってこじ開けたのだ。

 飛ぶ斬撃とはまた違う。壁のように立ち塞がる軍勢を無理矢理に蹴散らして進軍するかのような攻撃は、宝石魔術で防壁を張る余裕など与えずにラ・ヴォワザンの左脇腹を抉り取った。

 

「キャスター!!?」

 

 本当は、心臓に位置する霊核を狙ったが微かにズレたのだろう。ライダーの攻撃の結(・)果(・)を目にした者たちは、漠然とそう感じたはずだ。

 空気が焦げ臭い。ライダーの攻撃によって生じた摩擦熱によって発火し、ラ・ヴォワザンへ一直線に続く炎の道ができている……炎の道を疾(はし)るライダーの薙刀が、今度こそラ・ヴォワザンの霊核を的確に貫いた。

 大量の血液が噴き出して水溜りを赤く染め、薙刀の刃から滴り落ちる。同時に、大人しく串刺しにされてたまるかと言わんばかりに、ラ・ヴォワザンの宝石魔術がライダーの面と兜を落とした。

 兜の下から出て来たのは、片口で切り揃えられた白銀の髪と白い肌。その額には、兜の飾りとして偽(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)二本の黒い角が生えている……吐血したラ・ヴォワザンから一切の視線を離さない双眸は、魔を示す赤をしていた。

 

「ご所望通り、火刑と致しましょう」

「……ふ、ふふふ……どうもありがとう。魔(・)女(・)として、殺してくれて」

 

 鎧武者に似合わぬ高い声を合図として、薙刀の刃から灼熱の炎が迸りラ・ヴォワザンに燃え移る。

 中世の異端者に倣って火刑に処された魔女は、死後に復活するための肉体を骨さえ残らないように念入りに焼かれて灰となった。生前の死因と同じように、ラ・ヴォワザンは魔女として燃やされた……これにて、黒ミサは永遠に幕を閉じることとなる。

 赫く燃えるラ・ヴォワザンの肉体からは灰ではなく光の粒子が立ち上る。霊核を貫かれ、生前と同じように生きたまま燃やされたとなっては、もう足掻くことはできないとエルウィンも理解してしまった。ライダーの薙刀に貫かれていたラ・ヴォワザンの姿が消滅して鎮火すれば、キャスター討伐戦は完遂された。

 討ち取ったのはライダーである。その素顔は、厳つい鎧を着込んでいたのは、想像に反する人物であった。

 その姿は妙齢……とは言えず、四十路に近い風貌であり、髪も剃髪しているかのように短く切り揃えられている。もっとも目を惹くのは、天へと伸びる二本の角だろう。鎧の飾りかと思われたそれは額から直に生えていたのだ。

 鬼を彷彿とさせる女性が、鎧武者の鬼女が炎を宿した薙刀を手に立っていたのだ。

 

「ライダーが、女……? 僕が受け取った触媒は、12世紀の日本の武者に関連する物だったはず。いるのか、女性の武者が?」

「ええ。この鎧は、本来は我(・)が(・)息(・)子(・)が纏うべき物です。しかし、私が纏った鎧であるのも確かであり、私の触媒にも成り得たのです」

「息(・)子(・)って……丸の内三引き両の家紋は、桓武平氏である和田氏の家紋。ライダーの真名は、和田義盛の息子の朝比奈義秀だと予想していたけれど……」

「朝比奈義秀って、朝比奈三郎のことっスか?」

「心護くん、知っているの?」

「大学時代のチームメイトが宮城の出身だったんで、聞いたことがあります。確か、巴御前の息子だって」

 

 日本人なら多くの者が彼女の名前を知っているだろう。かつての源平合戦で戦場を駆けた伝説の名前を。

 人間とは思えぬ怪力で人体を真っ二つに引き千切り、多くの首級を上げた一騎当千の女武者。

 主君である木曽義仲に寵愛されたが戦場にて生き別れ、鎌倉幕府が開かれた後は和田義盛の妻となった。

 そして、和田義盛の三男である朝比奈義秀を生んだ。

 それは歴史(ノンフィクション)か物語(フィクション)か。しかし、多くの後世の者たちは彼女の伝説を語り、信仰して現代まで伝承を残したからこそ、彼女はライダーのサーヴァントとして召喚されてここにいる。

 朝比奈義秀の母であり、源平合戦の伝説。

 然して、ライダーの真名は。

 

「サーヴァント、ライダー。真名を巴御前。朝比奈義秀の母として、この地に現界致しました」

 

 深潮聖杯戦争において、監督役である柳蔵から出されたキャスターの討伐命令。討伐を成功させたのは、ライダー:巴御前という結果で幕を閉じた。悪い魔女は見事に退治されたという、物語のような幕引きであった。

 この後、魔術協会の息がかかった警察と消防によって、意識を失った商店街の住人たちと行方不明扱いだった人々が発見されて病院に運ばれる。彼らは魔術師によって暗示がかけられ、商店街で何があったかなど全く覚えてはいないだろう。勿論、心護が涼乃に預けた藍愛も例外ではない。もし、行方不明になった時のことを思い出しても、彼らは魔術によって操作された偽の記憶を元に自分の想像力で補完したありもしない出来事を語るしかできないのだ。

『深潮商店街』は、老朽化したプロパンガスが原因でガス漏れ事件が発生したのと、地震によって水道管が破裂してしまったという不(・)運(・)が重なったことにより、再建不可能な状態になってしまったと明日の地元新聞に掲載されることとなる。どこかの誰かが、住人の立ち退きを迫る手間が省けたと口にしていたかもしれないが定かではない。

 そして、神秘の秘匿を破って白昼堂々と多くの一般人を巻き込んだキャスターのマスターは、拘束されて柳洞神社に保護……もとい、軟禁のうえ監視されることとなる。

 

「できれば、運んで欲しい。もう……ちょっと、立っているのも、辛いんだ」

 

 エルウィン・トキシカ・グラスフィードは自身のサーヴァントを失い、聖杯戦争から脱落した。

 魔女と組んで随分なことをやらかした少年はこの言葉を残して意識を失ったが、その寝顔は随分と幼いものだったという。

 キャスター討伐戦の顛末が時計塔へと伝達されれば、彼を送り出したグラスフィード家の者たちは予想外の結(・)果(・)に慌てふためき、落胆することだろう。大切な後継ぎは体調こそ優れないが、五体満足で無事に生還したのである。

 ザマーミロ。




深潮聖杯戦争。残り、5騎。
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