Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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05_となりの神槍

「魔眼を摘出することはまず不可能だ。魔眼を保有する者は魔眼に縛られる。その左目、制御できるようしなければずっと今のままだぞ」

「じゃあ、どうすればいいか教えてくださいよ。不審者のおじさん」

 

 かつて、杏華が自身の持つ異能を知ったきっかけは、彩り豊かで混ざり濁った日々に差し込まれた不審者との出会いであった。

 三渓杏華は一般家庭の育ちである。

 だが、三渓家は元を辿れば一般の家庭ではない。かと言って、魔術師の家系でもない。

 三渓家は、所謂拝み屋をやっていた家系であった。悪いモノが出たら祓い、守るために護符を作り、土地の魔力が澱んでいたら整備するという、民間信仰に連なる土着の術師であった。しかし、先の大戦で当時一番の術師が徴兵され戦死したこと、空襲により人と技術が離散したことが相まって拝み屋はほぼ廃業。更に、杏華の曽祖父が知人の借金の保証人になってしまったことにより土地も財産もほとんどを手放してしまい、挙句の果てには跡取りであった杏華の祖父が酒害で早死にしたためにいつの間にか忘れ去られてしまったのだ。

 なので、杏華が普通に育っていたら魔術の「ま」の字も知らない人生を歩んでいたはずだったが、魔術に関わらざるを得ない身の上だったため現在の彼女は魔術使いを生業としていた。

 

「んー……こんなものかな」

 

 深潮聖杯戦争が開幕するより、遡ること1週間前。柳蔵からの依頼で、深潮の霊脈を整備すべく現地入りした杏華の右手に令呪が出てしまった日の夜のことだ。

 かつて冬木という場所で行われていた聖杯戦争という儀式の噂はいくらか聞いたことがあったが、まさか自分がそれに巻き込まれるなんて思ってもいなかった。こういうのは、もっと真面目に魔術師やっている人たちが嬉々として参加するものだろう。

 しかし、多くのマスターが死亡したという噂も聞いていたので、杏華の思考は生存戦略にシフトした。こんなところで、しかも仕事の途中でくたばれない。フリーランスなので労災も下りない。ならば、使い魔たるサーヴァントと契約して生き残らなければならないのだ。

 この時の杏華は、深潮市内のはずれにある森林の霊地に魔法陣を描き、サーヴァント召喚の準備を終えたところだった。本来は、召喚したいサーヴァントに縁がある触媒等を用意するそうだが、緊急参戦となってしまった杏華に触媒なんて用意できる時間などない。

 出たとこ勝負。

 

「できれば知っている英霊が来て欲しいかな」

 

 素に銀と鉄

 礎に石と契約の大公

 降り立つ風には壁を

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 閉じよ(みたせ)

 閉じよ(みたせ)

 閉じよ(みたせ)

 閉じよ(みたせ)

 閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度

 ただ、満たされる刻を破却する――告げる

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 誓いを此処に

 我は常世総ての善と成る者

 我は常世総ての悪を敷く者

 汝三大の言霊を纏う七天

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!

 

 土地の魔力が巡る。「境界記録帯(ゴーストライナー)」に記録されたかつて存在した英霊の情報が、現世に再現された仮初の肉体に降ろされて現界する。

 七つのクラスという器に収められるのは、一体どのような英霊か……サーヴァントが携えていた長槍――六合大槍を目にした瞬間、彼は槍兵(ランサー)だと理解した。

 

「サーヴァント、ランサー。真名を李書文と申す。存分に槍として使うがいい……ん?」

「……本当に召喚できた」

 

 これが、ファーストコンタクトであった。

「槍兵」の英霊、ランサー―――

 槍を始めとした長物の武器を手にする逸話を持つ英雄が該当するサーヴァント。

「三騎士」の一角であり、高い敏捷性を活かした白兵戦に優れたバランスのいい戦闘を得意とする。

 杏華の求めによって召喚されたランサーは、槍の意匠やランサー本人の身形、そして真名から察するにアジアの……それも大陸出身の英霊であることは明らかであったが、杏華は彼の真名に心当たりはなかった。高校時代は世界史専攻だったのに。

 だが、21世紀も10年以上過ぎた現代は実に便利な情報化社会である。杏華が持つスマートフォン一つで、知らないことは大抵調べられるのだ。

 李書文―――李氏八極拳の創始者にして19~20世紀を生きた中国の武術家。「神槍」と呼ばれた槍の達人でもあったとのこと。

 歴戦の武勇伝が現在でも伝わっており、武術の試合で牽制の一撃で対戦相手を殺してしまったために慌てて逃げ帰ったり、弟子を馬鹿にした武術家に一撃入れたら顔の全ての穴から血を噴き出して死んだり、政治に文句を言いながらコンクリートの地面を踏み抜いて穴だらけにしたり。挙句の果てには、真正面から挑んでも殺せないので毒殺された伝説があるとか、etc…

 

「基本的に物騒なクソジジイなんですね」

「否定はせん」

 

 情報を調べ終わった杏華から出た第一声が、コレである。「思ったより近代の人なんですね」ぐらいにしておけ。

 物騒なクソジジイがどうして召喚に応じたのかは……十中八九九分九厘、サーヴァント同士の戦闘への興味だろうと、インターネット上の情報から察することができたし実際そうだった。杏華が依頼した護衛の見返りとして、戦闘には口出しをしないことを条件としたのだから。

 

「それにしても、よく私みたいな小娘の召喚に応じてくださいましたね」

「さあな。どこかで縁でもあったのだろう」

「縁、かぁー……あるのかもしれませんね。私の父方の祖母が台湾出身で、曾祖母やその母は中国の出身と聞いています。もしかしたら、先祖がどこかですれ違っていたのかもしれません」

 

 改めまして。

 杏華は書文へと右手を差し出した。ほっそりとした小さな手の甲に、蝶に似た赤い痣がはっきりと刻まれている。

 ネイルの色を赤系にしておいて良かった。令呪の赤と赤みの強い橙色のネイルは同系色でよく調和する。

 

「よろしくお願いします。書文さん」

「好きにやらせてもらうぞ、マスター」

 

 杏華の手が、一回り以上大きな手に力強く握られた。魔術師と使い魔が交わす契約として、握手を提案するのはあまりにも友好的すぎただろうか。

 

「小さく、薄い手だ……力を入れたら握り潰すな」

「確信かぁー」

 

 それから、なんやかんやあって1週間が経った。

 7人のマスターが出揃って7騎のサーヴァントが召喚される前に小さな衝突が確認されていたが、杏華は積極的に首を突っ込むことはなく、当初の予定どおり粛々と深潮の霊脈整備の仕事をしていた。しかし、尋常じゃない魔力の放出(アリアの歌)を察知したため、護身の意味を含めて魔力放出の中心地となったレオンモールを訪れていた。

 阿鼻叫喚って、こんな状態のことを言うんだな。

 誰かが通報したパトカー、失神して倒れた人々を運ぶ救急車。そして、十人十色の様々な感情をむき出しにして興奮冷めやらぬ人々の群れ。

 店員と思わしき人に何が起きたのか聞いてみると、カラオケイベントであまりにも上手に歌う人がいて会場が盛り上がりすぎたのでは?という回答が帰って来た。ちなみに、後日のニュースでは集団ヒステリーと報道されていた。

 

「盛り上がりすぎてこれ?」

「精神を乱す魔術の類か。儂もそこまで詳しくはないが」

「んー……ちょっと、見てみますね」

 

 杏華はかけていた赤いアンダーフレームの眼鏡―――魔眼殺しを外し、興奮する人々の群れへと視線を向けた。彼女の魔力回路の発動イメージは、無色の世界に色が入る瞬間……その瞬間、杏華の左目は赤く発光する。

 杏華は左目に『色貌の魔眼』を保有している。物心ついた時から既に覚醒していたそれは、視界に入った者たちに、感情を色で放出させる魔術をかけて受信することができる。感情に紐づく色の発露を強制させるため、効果は弱いが強制の魔眼の一種らしい。

 だが、放出される色は魔術をかけられた対象の主観に依存するため、類似性はあっても統一性はなく、同じ感情を発露させた人たちがみんな同じ色になる訳ではない。「赤」が好意の場合もあるし、怒りの場合もあれば殺意の可能性だってある。

 なので、魔眼で見た杏華の視界と脳は、一瞬にして数多の色の洪水に飲み込まれた。

 赤、濃いオレンジ、蛍光ピンク……日本人がイメージする暖色は好意的な感情、蛍光色は興奮を意味することが多い。

 ネイビーブルー、紫、薄いグレー……濃い寒色は主に哀しみ、涙を流すほど感動した場面でもよく見られる。

 一通りの色を受信したところで、杏華は魔眼を閉じて眼鏡をかける。あまり長時間色の洪水に曝されていると疲れるのだ。脳がチカチカする。

 

「興奮状態で間違いないですね。歌を聴いて盛り上がって、ある人はテンションが上がって、ある人は涙を流すほどに感動して。カラオケイベントを間近で聴いていた人たちは、感情を揺さぶられるほど感動したというのが、現状で一番しっくりする答えです。ライブ会場とかこんな感じだし」

「ほう。歌で魔力を放出し、聴衆の感情を揺さぶる芸当ができるサーヴァントか。キャスター、もしくはアサシンの仕業か」

「どちらにしろ、何をしようとしていたのかは判断つきかねますね。そもそも、ここ深潮じゃないし」

 

 聖杯戦争は深潮市で行われるのに、隣の林市で何かことを起こしたのもよく分からない。

 それとも、何も知らないただの馬鹿かもしれないと、杏華と書文の意見が一致したところで深潮に戻った。彼女―――涼乃もレオンモールでの事態に気づいているだろう。何か情報を共有できないかと、柳洞神社を訪れたのだ。

 杏華と柳蔵家の関係はフリーランスの魔術使いとその依頼人という関係だが、聖杯戦争のマスターとしては同盟関係と言っていいだろう。協力して聖杯を手に入れるための同盟ではなく、どうにかして無事に生き残るための同盟である……本来ならば監督側の立場なのにマスターになってしまった涼乃も、杏華と同じ境遇なのだ。

 この時間帯ならば、柳蔵は社務所にいるはずだ。

 柳洞神社は深潮の高台に位置している。300段ほどの石段を登って鳥居の前で振り向けば、水平線を描く駿河湾と沖に浮かぶ孤島が見えた。亀の甲羅に似ている。ウミガメと言うよりはリクガメのような山型の島だと、杏華はそう感じた。

 

「こんにちは、柳蔵さん」

「どうも三渓さん。ちょうど、連絡しようと思っていたんです」

「何かありましたか?」

「氏子さんにジャガイモをたくさんいただきましてね。今、涼乃がコロッケを揚げているので持って行ってください」

「コロッケ」

「コロッケ……」

 

 社務所にいた柳蔵の口から出た話題はジャガイモの話だった。レオンモールで発生した尋常じゃない魔力の放出の件をしたら、嬉しそうにコロッケの話をしていた柳蔵の表情が一気に沈んでしまった。

 魔眼を発動しなくても分かる。重ったるく哀愁に満ちた濃い寒色の感情だ。

 彼は、ギリギリまで聖杯戦争をしたくないのだ。むしろ儀式が破綻してくれとも願っている。

 だが、願い虚しくこのままだと7人のマスターと7騎のサーヴァントが出揃ってしまって聖杯戦争が始まってしまう。柳蔵の願いは叶わないのに、聖杯で願いを叶えたい者たちが集まってきてしまっていた。

 柳蔵が胃痛を患わないか心配なところである。

 

「そういえば、何で柳蔵さんたちが聖杯戦争の監督することに? 確か、聖堂教会が中立的立場でその役に就くって聞いたことがあるんですが」

「ないんですよ……深潮には、教会が。10年以上前に簡易教会が閉鎖されそれきりです。時々、公民館に神父の方が説話にいらっしゃるぐらいで」

「つまり、拠点がない」

「それ以上に、教会側は深潮で起きる聖杯戦争が成立するはずがないと言っているのです。要するに、彼らが回収すべき神秘……聖杯の降臨はありえない。魔術協会も同じ見解です」

「他所からパクった術式で、しかも()()()()()()()()土地で再現しても上手くいくはずないですからね。ああ、すいません。気分を悪くしないでください」

「いえ、本当のことです。元々の冬木や三咲のような一等地の霊地の足元にも及ばない半端な場所で、そもそも聖杯戦争の術式など再現できるはずがないのです」

「だが、実際はこの通りだ」

「隣にサーヴァントがいる状況です」

「うちにもいる現状です……」

 

 都心で億の売り上げを叩き出す有名店が寂れた田舎に出店したって同じ売り上げを出せる訳がない。それと同じで、そもそも深潮の霊地の規模は、魔術協会が興味すら持たない二束三文以下の貧弱な霊地なのだ。杏華の整備で、若干顔色が良くなりつつあるぐらい。

 ()()()、深潮の霊地・霊脈は何かがあるというのか……?

 

「先日の漁協を始めとした隠蔽工作は秘密裏に行っているようですが、監督は地元が詳しい者がやれとうちに」

「下請け状態なんですね」

「娘にも言われました、それ」

「宗教が違うだろう」

「ああ、それと……三渓さんたちにもお伝えしておきます。県警にも提供されていない極秘情報なんですが、魔術協会の調査で漁協に漂流したご遺体の身元が判明しました。魔術師だったようです」

「!?」

 

 魔術師の遺体から心臓を抉り取られていた。これは、ただの殺人事件ではないのは確実だ。

 柳蔵といくらかの話を終えて、最後に涼乃からコロッケをもらっていこうと住宅スペースに上がらせてもらった。勝手に台所へ行ってくれという、家主からの許可もいただいた。

 清潔な廊下を歩くと、油が跳ねる音に紛れて涼乃の鼻歌が聞こえてくる。それと同時に、廊下を挟んで台所と向かい合う部屋の襖の向こうから、地下から這い出て来るような、それでいて嬉しそうな声も聞こえて来た。

 

「クリスティーヌ、クリスティーヌ……! ああ、美しき声よ、愛しい君よ。童のように無垢に奏でる君の歌よ」

「……」

「……」

 

 杏華と書文は無言で顔を見合わせた。「近寄ってはならない」と、お互いに目で会話をして台所を覗いて涼乃に声をかけようとしたが……。

 

「タマネギ目にしみても~涙こらえて~♪ 炒めようミンチ~塩・コショウで~♪ 混ぜたならポテト、丸く握れ~♪ 小麦粉・卵に~パン粉まぶして~♪ 揚げればコロッケだ~よ……っ!」

 

 何か声をかけ辛かったが、シンクに写る杏華たちの姿に涼乃が気づいた。背後に来訪者がいたことに気づいてしまったのだ。

 キッチンペーパーの上に揚げたてのコロッケを落とした涼乃は、油が差されていないブリキの人形のごとくギギギと首を動かして振り向いた。気持ちよく歌っていたところ(しかも妙な選曲)を見られた。ましてや家族ではなく、つい先日会ったばかりのよそ様に聞かれたのだ。

 

「……ど、どこから?」

「タマネギが目にしみたところから。なんか、すいません。柳蔵さんが、コロッケを持って行ってって……」

「あー……い、今、包みますね」

「お構いなく」

「……おい。キャベツはどうした」

 

 書文の一言がトドメとなり、柳洞神社全域で涼乃の絶叫が響き渡った。間違いなく、羞恥の色をしていた。

 

「何で言っちゃうんですかぁー」

「さて。コロッケにはキャベツだと主も言っていただろうが」

「うわークソジジイ」

 

 2人揃って齧った温かいコロッケはとても美味しかった。




ランサー組は『TRICK』の山田と上田みたいな男女バディを目指したい。
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