Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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07_マッドポリス~怒りのレイニー・ロード

 夏の暑い夜のことだった。

 その日の県内は、深潮市を含めた全域で大雨警報が発令されており、帰宅ラッシュの時間帯には雷を伴うゲリラ豪雨も発生していた。夜の時間帯になると雨脚は弱まったが、それでも傘がなければ徒歩での帰宅が困難な空模様に、駅前のコンビニにはビニール傘を買い求める客が多かったという。

 この雨の中、S市内に住む大学生の桐月(きりつき)貴理弥(きりや)が運転する軽自動車が乗用車と衝突した。

 現場は、雨が降っていても街灯による光で見通しのよい県道の交差点。法定速度は時速40kmである。貴理弥の軽自動車が交差点を直進していたところ、信号無視の乗用車が時速100kmオーバーで交差点に進入し、そのまま貴理弥の軽自動車に衝突したのだ。

 軽自動車は衝撃で横転。後部座席に乗っていた母の梨子(りこ)は左肩を骨折する重傷を負い、直に衝突された貴理弥は歪み曲がった運転席のドアと座席に挟まれ、意識不明の重体で緊急搬送された。

 事故を起こした乗用車は、貴理弥の軽自動車に衝突後に大きくスピンして電柱に衝突し、運転していたアルバイト従業員の中年男性はその場での死亡が確認された。遺体からは基準値を大幅に超えるアルコールが検出され、道路に設置されている防犯カメラの映像から、この運転手が現場から約10km離れたチェーン店の居酒屋から出て来て乗用車に乗り込んだことが確認されている。警察の調査により、運転手はこの居酒屋で生ビール中ジョッキを三杯、レモンサワーを二杯、ハイボールを三杯注文し、全てを飲み干したと店員から証言が取れた結果、この事故は容疑者死亡のまま送検された。

 あれから季節が変わったが、被害者である貴理弥は未だに目を覚ましていない。植物状態のままただ生きているだけの可能性もあれば、容体が急変して意識が戻らずそのまま死亡する可能性もある。

 もし意識が回復しても、大きな障害が残ることなく事故前のような日常生活を送れるようになるには、それこそ奇跡が起きなければならないほどの低い確率と診断された。

 事故当時、貴理弥は母からの電話で駅まで彼女を迎えに行った帰りであった。あの日、雨が降っていたから車での迎えを頼んだのだ……電話をしなければよかった、自分のせいだと、梨子は息子の集中治療室で毎日泣き腫らしている。

 2人が運び込まれた病院に、梨子の夫であり貴理弥の父である桐月強石が駆け込んだ。桐月は県警の警察官であり、彼の先祖はかつて根源を目指した魔術師であった。

 

 

 

***

 

 

 

 桐月が幼い頃、祖母が寝物語に不思議な話をしてくれたのをよく覚えている。祖母の父、桐月にとっての曽祖父は不思議な術を使う魔術師だったというのだ。

 曽祖父やそれ以前の先祖たちは、不思議な術を使って己の領地を治めて富を得ていたが、曽祖父の代で限界を感じて魔術師を廃業してしまった。だから、祖母や桐月の父は不思議な力は持たないよと、その言葉を最後に寝かしつけられて夢の中へと誘われる。

 その祖母も数十年前に亡くなり、魔術の気配などない日常の日々を過ごしていた桐月に、幼い頃の寝物語がフラッシュバックした。魔術が如き奇跡がどうしても必要になったからだ。

 事故を起こした犯人の送検が決定した日、桐月は実家の蔵をひっくり返した。かつて魔術師と呼ばれていた先祖が蒐集したよく分からない物が詰め込まれている蔵に、貴理弥を回復させる手掛かりがないかと必死に探していたのだ。

 正直言って愚行であることは頭の片隅で理解していた。魔術なんて現実味のないおとぎ話のようなもので、貴理弥が目を覚ますはずはない。オカルト染みた新興宗教のようなものだ。けれども、この時の桐月はそんなおとぎ話にも縋りたいほど追い詰められていた。魔術か何かがあれば、奇跡が起きるかもしれない……否、奇跡を起こせるかもしれない。

 桐月が黴臭い蔵の中で埃をかき分けると、一冊の書物を発見した。痛みが酷い書物の中身を調べてみると、ある一節の言葉に目を止める。それが、微かな希望の光に成りえたのだ。

 かつて、日本の冬木という土地で行われた魔術儀式。万能の願望器・聖杯を降臨させる奇跡の御業……奇跡は、魔術で実現させることができるというのを目にしてしまったのだ。

 例の書物には、桐月の先祖が19世紀頃に冬木で行われた聖杯戦争の情報が書き記されている。冬木の地に住む魔術師が大がかりな儀式を執り行うと聞きつけ、こっそりと様子を伺いながら残した記録だった。書物の最後は、冬木の魔術師と他所の魔術師たちが聖杯を巡って争い、全滅したと記されている。ただの夢物語で片付けるにしては、あまりにも正確な記録だ。

 桐月は確信した。万能の願望器は実在する。貴理弥を目覚めさせるには、聖杯に願うしかない。

 その日から、桐月は狂ったように聖杯の情報を集め始めた。

 実際に冬木にも訪れたが魔術の気配を辿ることはできず、この地に何度か降臨したはずの聖杯のカケラさえも発見することはできなかった。その間も、貴理弥が目を覚ますことはなかった。

 ただ時間だけが過ぎ去り、桐月の精神も疲弊しきっていた。やはり、魔術などという眉唾な幻想などまやかしだったかと諦めようとしたその時……県警本部である話を聞いてしまったのだ。

 

「深潮? うちの管轄じゃないですか」

「本当に成立するかは不明だが、もし本当に()()()()が発生してしまったら……教会の指示で我らが後片付けをしなければならない」

 

 誰もいないと思っていた鍵のかかった資料室の最奥で、警視殿は確かに“聖杯戦争”と発言した。

 その単語を知らぬ者が耳にすれば、内容の理解できない訳の分からない一言であるが、偶然にも耳にしてしまった桐月は聖杯戦争の意味を知っている……そう言えば、密談している警視殿たちは信教が同じだったと思い出す。日曜日になれば教会にミサに行っていると話していた。

 何故、警察組織の人間が聖杯戦争を知っているのか。何故、“後片付け”などという単語も共に出て来るのか。疑問点は数々あったが、今、この瞬間の桐月にはそんなことはどうでも良かった。

 県内で、深潮市で聖杯戦争が起きる可能性がある。深潮市は、新人時代の桐月が配属されたことがある見知った土地だった。その頃は、まだ合併前で深潮町という名前の土地だった。

 それは、天からの恩恵か、それとも破滅への切符か。

 その日から、桐月は長期の休暇を取った。息子の容体が思わしくないので側にいてやりたいと説明したら、事故の件について同情的だった直属の上司は慮って承認してくれた。だが、その3日後に桐月と連絡が取れなくなり、梨子へ連絡すると……桐月は妻子の前から姿を消していたのである。

 全ては貴理弥のために。全てを投げ打って、桐月は深潮市に潜伏していた。

 

「マスター。霊地からの魔力供給を終えました。何を作っていらっしゃるのですか?」

「そろそろ、必要になるだろうからな」

 

 深潮市の南西部。合併される前は岳野村(たけのむら)と呼ばれていたその地域は、かつては鉱山と林業によって潤っていた場所だ。しかし、エネルギー需要の変化と石炭が掘り尽くされた時期が重なり鉱山は閉山。人口は大幅に減少し、平成の大合併により周辺の町村と共に深潮市になった。

 深潮市岳野町は現在でも林業が盛んな地域ではあるが、人口減少は今も続いている。出て行った元住民たちが残した空き家が数多く建ち並び、町のほとんどは森林と手付かずの土地が広がっていた。当然、人の行き来よりも野生動物の出現率の方が格段に高い地域である。

 地元の人間に見つからずに潜むには打ってつけの場所であった。

 今の桐月の隠れ家は、かつて鉱山を運営していた会社の跡地である。建物に隣接する敷地内には崩れた祠があった。かつては鉱山夫たちの安全を見守って来たのだろうが、既に神もなくあるのは溢れる土地の魔力だけだ。

 桐月は確かに魔術師の末裔で自身の肉体には魔術回路を有してはいるが、魔術は先祖の書記で知るのみだ。故に、桐月は深潮各地の霊地を渡り歩くことで召喚したサーヴァント、ライダーの魔力を補給していた。

「騎兵」の英霊、ライダー―――

 駿馬や戦車等の乗り物への騎乗の逸話がある英霊が該当するクラス。「騎乗」のスキルにより高い機動力を有し、聖杯戦争の開催地が広大な面積を有している場合は縦横無尽に駆け回ることができる。

 桐月が召喚したライダーは、鬼のような二本角の兜と面で顔を隠し、丸の内三引き両の家紋が刻まれた鎧を身に纏った2mを優に超える鎧武者だった。薙刀や打ち刀、弓矢などの多種多様な武具に精通する武芸者である。

 先祖の残した記録により、聖杯戦争で使い魔・サーヴァントを召喚するには、英霊に縁のある触媒を用意する必要があると知った桐月はとある魔術師に目をつけた。深潮市で聖杯戦争が開催されるとの噂を聞きつけた魔術師と思わしき外国人が近隣をうろうろしているのは一目瞭然であった。その中には、桐月と同じく参戦目的の魔術師もいるのだろう……それを利用したのだ。

 桐月は姿を消す際に、職場から持ち出した物が二つあった。その一つは、警察手帳だ。

 目星をつけたとある魔術師に警察手帳を突きつけて声をかけた。それも、通行人の多い往来のど真ん中でだ。

「怪しい外国人がいるという通報があった。ちょっと話を伺いたい」という建前で、まだ若い魔術師を林市の警察署に連行し、同署の警察官たちを言いくるめて留置所にブチ込んだ。そして、魔術師の持ち物をこっそりと自分の懐に入れたのである。鍵のかかった豪奢な小箱。鍵を壊しただけで簡単に開いた。中に入っていたのは、鎧の欠片と思わしき鋼の破片だった。

 桐月は、魔術師から奪った触媒によって鎧武者のライダーを召喚したのだ。

 警察手帳を悪用し、被疑者の持ち物を盗んだ……あの若い魔術師には悪いことをしたと、何本ものステンレスボトルを取り出した桐月は誰にも聞こえない謝罪を呟いた。

 ただの、自己満足である。

 

「アセトン、消毒液、硫酸、塩酸、硝酸、その他諸々で過酸化アセトンができる。爆薬だ」

「火箭ですか」

「そうだ。俺は魔術など使えない。魔術師たちを相手にするには圧倒的に不利だ。だが、使える物は全て使う。まさか、昔に参加した事件の知識が役に立つとは。サーヴァントには神秘を纏わぬ攻撃は通用しない。だが、マスターは魔術師とは言え人間だ。足場を爆破されたら、爆破された建物が頭上に落下してきたら、連続で何発もの爆弾が爆発したら……敵うかどうかは実際に対峙してみなければ分からないが、過剰すぎるぐらいに攻撃手段を用意しておいて損はない。人間は、()()()()()が悪ければ簡単に死ぬ生き物だ」

「その通りです。戦場で数多の敵を屠る武者も、一射の矢だけで呆気なく落命するもの。人の肉体というものは、あまりにも脆い」

 

 数日を費やした鉱山会社跡地での過酸化アセトンを作り出す実験は成功していた。知識と時間と根気があれば、化学の神は万人に平等だということだ。

 ステンレスボトルに詰めた過酸化アセトン爆弾。催涙スプレーやスタンガン等の威力のある防犯グッズ。全て、ホームセンターを始めとした一般の店舗で購入できるものだ。魔術が使えない桐月は、戦争に使える物を片っ端から集めていた。

 桐月が所有するワンボックスカーの中には更なる武器が詰め込まれている。これが、職場から持ち出した物の二つ目……警察官が装備する拳銃と、銃刀法違反等の罪状で押収して処分されるはずの銃器、爆発物である。

 現在の桐月は県警本部の総務課に勤務しており、処分までそれらを保管・管理する業務に就いているため持ち出すことができたのだ。

 

「サーヴァントを召喚する前にマスターを潰すつもりが、7騎全部のサーヴァントが揃っちまった」

「しかし、7騎が出揃ったことにより聖杯戦争は成立しました。7人7騎の殺し合いを制した者に聖杯は降臨する……必ずや、マスターに聖杯を。貴方の願いを叶えるべく」

「頼むぞライダー。俺が望むのは、貴理弥が目を覚ますことだけだ」

「承知」

 

 割れた窓の向こうから巨大な鮫が顔を覗かせた。ライダーの宝具の一つである。

『宝具』とは、サーヴァントが持つ切り札にして真骨頂。英霊の生前の伝説・逸話・幻想等が具現化した、彼らを象徴する奇跡の武装である。故に、宝具を開帳することはサーヴァントの真名を明かすことと同等だ。

 だが、ライダーのサーヴァントには、多くの宝具を所有する手数の多さという特徴がある。桐月が召喚したライダーの宝具は巨大鮫だけではない。全てを開帳すれば真名を明かされてしまう危険があるが、今はこれだけで十分だ。

 

「マスター、最初の首級は」

「変わらない。魔術の使えないマスターから消して行く。狙いはアサシンとそのマスターだ」

 

 アサシンはマスター殺しに特化したサーヴァントだと聞いていたが、実際に召喚されたのは嫋やかな乙女だ。真正面から斬り合う膂力は圧倒的にライダーが上ということは証明されている。

 ライダーがアサシンの相手をしている隙に、桐月がマスターを爆破するなり狙撃するなりして粛々と勝ち進めよう。ランサー陣営のような邪魔が入らないうちに。

 聖杯戦争は開幕した。ならば、もう後戻りはできない。

 妻の筆跡に偽装して記入した離婚届等の書類は既に役所へと郵送した。これで、桐月がどんな処分を受けても家族は赤の他人になる……それでいい。貴理弥が無事ならば、それでいい。

 桐月強石は、あの雨の夜に囚われたままだった。




ライダーのマスター:桐月 強石[中立・善]※本来は秩序・善
年齢:47歳
身長:174cm
魔術回路:量・D 質・D
好き・特技:家族、コロッケ、日曜大工
嫌い・苦手:飲酒運転、赤ちゃんの抱っこ
令呪:盾のような四角に囲まれた線対称の三又の鉾。
備考:警察官としての階級は警部補。総務課、生活安全課に長く勤めていて土地勘がエグい。
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