─夢を見ていた。
長く永く続く、痛く苦しく辛い夢。
虚ろな気分で目を開けた私は、暫く見知らぬ天井を眺めていた。
メグ「…ここは…?」
「あっ目が覚めたんですね!良かった…大丈夫ですか?自分の名前、わかりますか?」
メグ「…下倉、メグ…」
看護師からの問を受け、私は自分の名前を答えた。
メグ「…あの、なんで私…ここに…?」
「…覚えてないんですね。…仕方ありません。一年近く眠っていたんですから」
メグ「…え?」
暫しの時間、その言葉が正しい意味を持つ言葉であると認識できなかった。
一年近く…眠ってた?
何か嫌な予感がする。寒気が身体中を駆け巡る。思い出せ、私は最後に何をしてた?そうだ、私は─
メグ「…温泉開発部の、みんなは…?」
「………」
その沈黙は、残酷な答えを伝えているかのように感じられた。
「…残念ですが、あの場から助けられたのは…あなただけです」
…頭で思い浮かべた答えと、同じ回答が返ってきた。
部長も、みんなも…いない?
それを認識した瞬間、心にヒビが入るような音が聞こえた。
メグ「…お、温泉…は?」
「…お風呂、ですか?…残念ですが、その状態だと…」
私の頭の中は一瞬のうちに疑問符で埋まった。
その状態?どういうこと?
「…なんとか、助けることはできました。しかし、両足と左腕は…どうにもならず…」
心のヒビが、更にその範囲を広げたように感じた。
両足と左の腕に意識を集中してみると、そこに確かにあるようにも思える。しかし、同時にそこにはないようにも思えて─
「…義肢をつけてもらっています。慣れるまでは違和感があるかもしれませんが、きっとまた動かせるようになります。…ただ…お風呂には、基本的に入れなくなるかと…」
絶望。
メグの心を、その二文字が襲う。
メグ「あ、あぁ…!」
「メグさん…!」
メグ「あああああぁぁぁぁァァァァァァァァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッ!!!!!」
「メグさん!落ち着いてください、メグさんッ!」
なんだよ。なんなんだよ。
カスミ部長でも、ヒナ委員長でもいい。
誰でもいい、誰でもいいから。
これは夢だと、笑ってよ。
─目を覚ましてから、3ヶ月程の時間が流れた。初めは覚束無かった義肢の扱いも、今となってはかつての自分の手足と同じように扱える。これなら銃撃戦も問題なくこなせそうだ。
メグ「…うん、大丈夫っぽい。ありがとうハナエ」
ハナエ「これくらい当然のことです!」
私を助けてくれたのは『朝顔ハナエ』。トリニティの救護騎士団所属だったらしく、この1年と3ヶ月、彼女にはとても迷惑をかけてしまった。この身体になってから温泉はおろかシャワーも浴びれなくなった私の体を拭いてくれたりもしてくれた。本当に感謝しかない。
メグ「…それじゃ、生存者を探しに行こっか」
ハナエ「はい!」
カスミ部長も部員のみんなも、大好きだった温泉も…何もかも喪ってしまった。だからこそ私はまだ残っているものが何処かにないかと、キヴォトスを探し回ることにした。
─探し回ること9ヶ月…結果として、何かを見つけることはできなかった。
ゲヘナは見るも無惨な状態で、記憶の中の光景が嘘のようにも感じられた。生き残った人は誰もいないだろうことは、その光景だけで十分わかった。
他の場所も言わずもがなだ。どうやら私が眠ってしまったあの日に…このキヴォトスは滅んでしまったのだろう。この9ヶ月…いや2年もの間ずっとついてきていたハナエは、文句の1つも言わないどころか、私のことを気にかけてくれている。今の私を心配しても、何も返せやしないのにね。
メグ「…?…なんだろ、アレ?」
ふと視界に見覚えのないものが映った。遺跡のようにも洞窟のようにもとれるそれは、ただそこにあるだけのはずなのに、異様な存在感を放っていた。
ハナエ「…なんでしょうか、これ…」
メグ「………」
私の本能は、警鐘を鳴らしていた。『やめておけ』と、そんな声が脳内に響く。しかし今更何が起ころうと、何も怖くない。私にはもう、何も残っていないのだから。
臆せず1歩踏み出し、謎の建造物の中に足を踏み入れる。ハナエの引き止める声も気にせず、奥へ奥へと進んでいく。中は明かりのない真っ暗闇。それでも道は真っ直ぐなようだ。2人分の足音が響く穴の中を、私は歩いていく。
─そこから暫く歩くと仄かな光が見えてきた。進む事に光は少しづつ強くなっていき、やがて私は外へ出た。
…目の前に広がる光景に、私は目を疑った。そこにあったのは、もう喪われたはずの…あの頃のキヴォトスだった。