“…これで全部かな”
ヒナ「お疲れ様、先生」
シャーレでの仕事を終え、今日の当番である『空崎ヒナ』が労いの言葉を掛けてくる。
“最近のゲヘナはどう?”
ヒナ「そこまで大きな騒ぎは起こってないわ。何も起きてないわけじゃないけれど…」
“あはは、まぁそうだろうね”
ヒナ「私がいなくなった後のゲヘナ風紀委員会がどうなるかはわからないけれど…後輩に頼らないというのも危ういからね。ある程度は任せるつもりよ」
そんな他愛もない話をしていると、外から何か騒ぎ声が聞こえてくる。なんだろうと思っていると次いで電話がかかってくる。
キリノ「せ、先生!助けてください!」
“どうしたの!?”
キリノ「と、突然お面をつけた生徒が暴れ出して…」
“お面ってことは…ワカモ?”
キリノ「い、いえ…!服装からしてゲヘナの生徒のようなのですが…!」
ヒナ「…はぁ…。後輩に任せっきりというわけにもいかないわね。私が行くわ」
“…いや、私も行くよ”
ヒナ「…わかったわ」
“…キリノ、場所は?”
キリノ「それが…シャーレの目の前でして…!」
思わず二人して『え?』という素っ頓狂な声を出してしまった。
一方その頃、メグは─
ハナエ「本当にこれで大丈夫なんでしょうかー!?」
メグ「騒ぎが起これば先生は来るはずだよ」
押し寄せるヴァルキューレの生徒たちを火炎放射で一掃していた。
「あちちちちっ!!」
「あいつ、強いぞ!?あんなもの背負ってるのに速いし!」
メグマパワーを振るうメグはふと昔を懐かしむ。自由気ままに温泉を開発し、邪魔するものを撤去していたあの頃を。今となってはもう戻ってこない日々だ。あの頃に戻りたいとは、何度も思った。それが叶った結果が今なのかもしれないが、今のメグには、温泉開発に対する情熱はこれっぽっちも残されていない。それはきっと、あの日に全てなくしてしまったものだ。取り戻せるわけもない。
メグ(…こんな体じゃ、温泉を楽しめないしね)
ハナエ「…というかメグさん?こんな騒ぎを起こして、先生と話なんてできるんですか?シャーレの当番の人が、それを許すとは思えませんけど…」
メグ「………」
ハナエ「…メグさん?」
メグ「…そこまで考えてなかった」
危なかった。これがギャグ漫画だったなら勢いよくズッコケていたと思う。
ハナエ「考え無しにあんな騒ぎを起こしたんですか!?」
メグ「だってそれ以外に思いつかなかったし!」
ハナエ「どうするんですか!これで当番が団長だったり…いや、この世界の私たちの可能性だってあるんですよ!?」
メグ「お面つけてるからバレないよ、多分!」
ハナエ「そういう問題じゃ…!」
そんなやり取りをしていると、急激な寒気が全身を走る。直後、まるでビームのような勢いのマシンガンが発射される。それを躱して、攻撃がされた方向に目を向ける。
ヒナ「…シャーレにまで来て、問題を起こさないでくれるかしら?」
二人は心の中で頭を抱えた。そっかー、今日の当番ヒナ委員長だったかー…。
メグ「(…私にとっては、2年振りの再会だけど…昔を懐かしんじゃいられないか…)…シャーレの先生に会いたいんだ。」
ヒナ「こんな騒ぎを起こしておいて、そんな要求が通ると思っているの?」
ハナエ「ほら言ったじゃないですか…ヒナさん、すっごく怒ってますよ?」
メグ「…先生が生徒を一人で戦わせるわけがない。少なくとも、私たちの知ってる先生はそうだったでしょ?」
ハナエ「…そうですけど…それってつまり…」
メグ「…先生が来るまで持ち堪える。それしかない」
ハナエ「だ、大丈夫なんでしょうか…?」
ヒナ「…どうやら協力者がいるようね。何処にいるのかまではわからないけど。…まぁいいわ。ひとまずあなたから大人しくしてもらう」
直後向けられた銃口から無数の弾丸が発射される。停められていた車を盾にして、体勢を整え、一気に突っ込む。
メグ(結局のところ、銃口のあるところからしか弾丸は出せない…!逃げたらその分攻撃範囲は広がる…なら、付かず離れずの距離を保って戦う!)
銃口を避けるように動きながら接近戦を仕掛けにかかる。しかしメグの狙いを察知したヒナは即座に距離を取る。それを見てメグは予備の拳銃を二発撃ち込む。
メグ「…さすがヒナ委員長…!」
デストロイヤーの銃口が再びメグに向けられる。銃を撃った反動からか、一瞬回避行動が遅れてしまう。
メグ「…あっ…!」
ヒナ「…!?」
結果として、まともに食らうことは避けられた。しかし、躱しきることは出来ず、義手が破壊されてしまう。
メグ「…あちゃあ…これは少し厳しいかな。」
ヒナ「…あなた、その腕…」
“ヒナ!”
ヒナの名前を呼ぶ、聞き覚えのない声がする。
ハナエ「あの人が先生…でしょうか?男の人なんですね…?」
メグ「…そうだとしたら、この世界が私たちの世界とは違う世界だってことが証明されたってことでいいよね」
ハナエ「…そうですね。それにしてもここからどうします?」
“大丈夫?ヒナ”
ヒナ「…えぇ、私は大丈夫。でも…」
“…あ、あの子…腕が…!?”
ヒナ「…義手だったみたい。…ゲヘナに義手の生徒なんて、いなかったと思うのだけれど…」
先生はその生徒を見つめる。赤い髪に黒いコート、そして火炎放射器とガスボンベ…。
“…んん?”
ヒナ「…先生?」
メグ「…先生、少しお時間くれないかな?話したいことがあって…」
“え?私?”
どうやら目的は私だったようだ。一体何の用なのだろう。
ヒナ「待って先生、話を聞くのは捕まえてからでも遅くないわ」
“…でもヒナ…あの子、なんだかメグに似てない?”
ヒナ「…メグ?………確かに、特徴だけ見ればそうだけど…でもそれはそれでどうしてこんなことをしたのかって疑問が出てくるし、何より、あの腕は…」
メグ「…それについても、話すつもりだから。…お願い」
“………わかった”
ヒナ「…先生…!」
“…大丈夫だよ。あの子は悪い子じゃないはずだから”
根拠はないが確信はあった。
その言葉を聞いて、メグは胸を撫で下ろした。
ヒナ「…ひとまず、二人とも…そのお面は外してくれないかしら?」
シャーレのオフィス内、ヒナに促されて二人はつけていたお面を外す。
“…うん、やっぱりメグだ。…そっちの子は…ハナエかな?”
ハナエ「…はい、ごめんなさい。先生…どうしても先生と話をしたくて…」
メグ「ハナエが謝る必要なんてないよ。提案したのも実行したのも私だし」
ヒナ「…メグ…なのよね?あなた」
メグ「…そうだよ。あなたの知ってる私ではないけどね」
ヒナがそう聞いた理由は、単純に自分の中の下倉メグと目の前にいる人間の印象が全く違って見えたからだ。
ただ別世界から来た人間というのは、砂狼シロコの例もあるしありえない話ではない。…とすると、このメグたちの世界も…。
“…ねぇメグ、どうしてこの世界に来たのか…教えてくれないかな?”
メグ「…それは…実は、私もよくわからなくて…」
“…じゃあ、わかることでいいから…何があったか話してくれないかな?”
ハナエ「…わかりました。本当にわかることだけ…ですが」
─それは、唐突に起こったことでした。空が赤く染まり、黒い塔がキヴォトスの各地に落ちてきた…。
それを発端として起こった世界の…キヴォトスの滅亡。話に聞いた限りですと、キヴォトスのすべてが崩壊すると言われていましたが、一部はなんとか残りました。…でも、人は殆どいなくなってしまって…。少なくとも、メグさんは私以外の生き残りを、あの世界で見たことはありません。生存者を探し回っていると、謎の建造物が出てきて…その出口をくぐったら、この世界でした─
…ハナエから告げられたキヴォトスの滅亡。それは、あの時の虚妄のサンクトゥムが出現した時のそれだった。彼女たちの世界では、虚妄のサンクトゥムの攻略が出来なかった…と捉えてもいいのかもしれない。
メグ「…私は…よく覚えてないんだよね。一年も眠ってたらしいし。でも多分、何かの爆発を巻き込まれたんだとは思う。…それの影響で、左腕と両足が使い物にならなくなったみたいでね…この通りだよ」
メグはズボンの裾をまくって義足を露出させた。
ヒナ「…悪かったわ、義手を壊しちゃって…」
メグ「いや、ヒナが謝る必要なんてないよ。元はと言えば私が悪いんだし」
ハナエ「…2年間使い古されてますしね。どこかのタイミングで修理や交換はする必要はあったと思います…」
“んー…じゃあミレニアムにでも行く?”
ヒナ「そうね。ミレニアムなら義肢作りもお手の物でしょうし」
“決まりだね。それじゃあヒナ、私は二人を送っていくよ。今日はありがとう”
ヒナ「…どういたしまして。…えっと、メグ?」
メグ「?」
ヒナ「………あまり無理はしないこと。何かあったら呼びなさい。連絡先、渡しておくから」
メグ「………わかった。ありがとう」
同学園内の生徒同士の会話もそこそこに。先生を引き連れて二人はミレニアムへと向かった。