─買い出しをしているメグは店が立ち並ぶ路地を歩いていた。安かったレトルトカレーとそれ用にパックご飯を購入し、飲み物を買おうとコンビニに入ろうとした…その時、何処かから爆発音が響いた。何事かと音のした方向に目をやると、見覚えのある格好の生徒たちがいた。
ホムラ「あ、あれって…温泉開発部…?」
それはかつて自分が所属していた温泉開発部の部員たちだった。
カスミ「源泉は間違いなくこのポイントにある!さぁ、掘って掘って掘りまくれ!はーっはっはっは!」
懐かしい声も聞こえてくる。この世界の部長も元気そうで何よりだ。
メグ「いけいけー!」
この世界の私も元気に温泉を掘っているようだ。部長や部員のみんなと一緒に…。
部長と?みんなと?一緒に?
ホムラ「…なんで?」
なんで同じ下倉メグなのに。私と違って向こうは全部持っているんだろう。私は、全部無くしてしまったのに。
地下生活者「ヒヒ…そういうことですよ。奪ってしまえばいいというのは…!」
頭の中にあの声が響く。あぁ、そうか。そういうことか…。
何も知らないこの世界の自分から、奪ってしまえばいいのか。
フランシス「…そうだ。それこそがこの世界でのお前の役割だ」
ホムラ「ッ!?」
フランシス「…そう警戒するな。私はフランシス。…そしてこちらがデカルコマニーだ」
デカルコマニー「そういうこった!」
ホムラ「…地下生活者の仲間…って認識でいいのかな?」
フランシス「ほう、勘は鋭いようだな。…ここでは人目が気になる。場所を変えよう」
そうして路地裏へと場所を移し、話を続ける。
ホムラ「…私の役割って、どういうこと?」
フランシス「…そうだな、自分が何故ここに来たのか…お前はわからないだろう」
ホムラ「…あなたならわかるの?」
フランシス「…お前はこの世界において、異物とも言うべき存在だ。故に、如何様にもなり得る特異な存在…」
ホムラ「………つまり、どういうこと?」
フランシス「…お前の為そうとすることが、そのままお前の役割となる。お前がこの世界の自分を許せないと感じたのであれば、それこそがお前の役割となる」
ホムラ「…要するに、やりたいようにやれってこと?」
デカルコマニー「そういうこったぁ!」
フランシス「…端的に言えばその通りだ。悔いなき選択を。お前がこの世界においてどのような存在になるか…期待しているぞ。…下倉メグ」
そういうとフランシスとデカルコマニーは闇の中へと消えた。
この世界の私が許せないと感じたら…それが私のやるべきこと…。
地下生活者「…ヒヒ…『匿名の行人』からのアドバイスは受け取ったようですね」
ホムラ「…うん。だけど、こんなことにハナエは巻き込めない」
地下生活者「そうでしょうね…少し、シナリオを練る必要があるかもしれません」
ホムラ「…そういうの、私苦手なんだけど?」
地下生活者「心配いりません…。私があなたのやりたいことをやりたいようにできるよういたします…!」
ホムラ「…わかった」
自身の心に渦巻く黒い何かに気づかないふりをして、メグは帰路につくのだった。
所変わってトリニティの古書館。先生は古文書を読み漁っていた。
“…別世界から人が来る…もう一人のシロコのこともあるし、ありえないことではないんだろうけど…それでもあの二人がどうしてここに来たのか…。その理由がわかればと思ってたけど…。手がかりが全然ないや”
軽くため息をついて、先生は古書館を後にしようとする。
ウイ「…こちらでも、何かわかれば連絡します」
“ありがとう、ウイ”
ウイからそう声をかけられ、トリニティからシャーレに戻ろうとしていた。その時だった。
“…セリナ?”
救護騎士団の『鷲見セリナ』からモモトークにメッセージが来た。
セリナ「先生、ハナエちゃんを見てませんか?」
“見てないよ。どうしたの?”
セリナ「実は今日、救護騎士団の会合があるんですが…時間になっても来ないんです。遅刻や欠席の連絡もなくて…」
その文字からは、画面の向こう側にいるセリナの焦りが滲み出ているようだった。確かにハナエが遅刻しているにせよ欠席しているにせよ、何一つ連絡をしていないというのは怪しい。
“部屋にはいない?”
セリナ「はい。どこに行ったのかがわからなくて…」
部屋にもいないとなると、事態は思ったよりも深刻だ。この世界のハナエはどこに行ってしまったのか…。
“わかった。こっちでも探してみるよ”
モモトークにそう入力し、一旦シャーレへ戻ることにした。
一方その頃、メグはこの世界のハナエを抱き抱えながら、フランシスと話をしていた。
フランシス「…ふむ、問題なく連れてこれたようだな」
ホムラ「…あなたの力を借りたとはいえ、勝手に部屋に入って大丈夫だったのかな」
フランシス「心配する必要はない。これも必要なことだ。この世界の朝顔ハナエとお前の世界の朝顔ハナエ。二人が出会うことによって、どのようなパラドックスが起きるか、私でも把握はできんからな」
ホムラ「…傷つけないようにだけ、気をつけてね」
フランシス「わかっている」
ハナエをフランシスに預け、メグは去っていく。その背中を、フランシスは見つめていた。
ホムラ「ただいま」
ベル「おかえりなさいメグさん!どこに行ってたんですか?」
ホムラ「…内緒だよ」
ベル「えー?」
まさか自分がこの世界のハナエを誘拐したなどと言えるわけもないメグは、それだけ言って後は何も言わなかった。ハナエも、それ以上は聞こうとしなかった。
ホムラ「…ねぇ、ハナエ?」
ベル「どうしました?」
ホムラ「…どうして、私にここまでしてくれるの?」
あの時聞けなかった質問を、改めてここでする。ハナエは、少し悩む素振りを見せた後…笑顔を見せて言った。
ベル「…メグさんの笑顔が見たいから、です!」
少し予想外の答えが返ってきた。
ホムラ「…笑顔?私の?」
ベル「だって私…メグさんの心の底から笑った顔、まだ見てませんから」
ホムラ「………そうだっけ?」
ベル「そうですよ!」
そう言われて気づいた。そういえば、最後に笑ったのはいつのことだっただろうか。こうなってしまう前は、よく笑っていたはずなのに。
ホムラ「…ごめん?」
ベル「謝る必要はないですよ。でも、見てみたいなって、思っただけです」
今の自分になってから、楽しいことがなかったからというのも大きいだろう。だがそれ以上に、何も考えず笑えるような状況ではないからなんだろうなと、メグは考えた。
夜になって、メグは一人考えていた。この世界の自分を恨めしく思ったのは確かだ。幸せに生きる自分を許せないと思ったことも間違いじゃない。でも、それはハナエの為になるだろうか。
自分の中のこの世界の自分への妬みと、自分の世界のハナエへの願いが、心の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感覚。
何もない自分は幸せになれないだろうから、せめてハナエはこの世界で幸せになってほしい。この世界のハナエを攫っておきながら、実に勝手な考えだ。でも、今の私にはそれしかない。それしか、望めない。
地下生活者「…ふむ、コデックスが修正されましたか。しかし問題はありません。あなたがやりたいと思うことこそ、大事なのですから」
ホムラ「…私のやりたいこと、かぁ…」
少し前までなら、ただ只管に温泉を掘っていたいと答えていたと思う。でも、今は違う。
ホムラ「…ハナエが、この世界で幸せに生きられるようにしたい…。それが、今の私のやりたいこと」
地下生活者「…でしたら、やはり危険分子は排除しておいた方が良いのでは?…例えば、温泉開発の名目を盾にして、破壊行為を繰り返す者たちなど…ヒヒッ…!」
ホムラ「………そうだね、こっちの私にも思い知らせられるし…一石二鳥だね」
翌朝、ハナエは嫌な予感がして目を覚ました。悪い夢を見たわけじゃない。ただ胸騒ぎがした、それだけだった。
ふと隣を見るとメグがいない。どこへ行ったのだろうと思っていると、運転席の所に彼女のスマホと…書き置きがあった。
嫌な予感が少しずつ加速していくのを感じながら、ハナエは書き置きを手に取る。
『ハナエへ 今までありがとね』
その一言だけを残して、メグはハナエの元からいなくなってしまった。
─それと時を同じくして…。
カスミ「うーん…何がいけなかった…?」
先日の温泉開発という名の破壊行為によりゲヘナ学園の特別牢に入れられたカスミは思案に暮れていた。来ないかと思われていたヒナが来ていたことから、カスミを含めた多くの部員がお縄となった。
カスミ「まぁいい。次こそは細心の注意を払って、風紀委員長がいないうちにやれば…。私たちの温泉開発はこれからだ…!」
そんな風にひとりごちていると、自分しかいないはずの檻の中から誰かの気配がしたように感じる。
ホムラ「………」
気配がした方を見てみると、そこにいたのはお面で顔を隠した明らかに怪しい生徒。しかし、何故か初めて会った気がしない。むしろいつも会っているようにも感じられて─
カスミ「…メグ?」
カスミの口は、カスミの意識とは別にそう言葉を発した。
ホムラ「…へぇ、わかるんだ。さすがだね部長」
カスミ「…いや待て、キミ…ホントにメグなのか?雰囲気が違うように見えるが…」
ホムラ「…そうだろうね」
メグを名乗るその生徒は、カスミに銃口を突きつける。
ホムラ「…私は、全部なくしちゃった。…だから、こっちの私から…全部、奪う」
カスミ「…こっちの私…?待て、どういうことだ!?」
メグはその質問には答えず、引き金を引く。
カスミ「!?…こ、れ…麻すぃ…」
言い切る間もなく、カスミは意識を手放した。
ホムラ「…ごめんね部長。でも、これはハナエの為…それに何より、私が納得できないから」
そう言うとメグはカスミを抱え、暗闇の中へと消えていった。