ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・001 うわ、原作壊れてんじゃん

────

 

 

 

 

 

 人類が地上に出て来たモンスター達に襲われるようになって約100世紀*1、大穴の周りには巨大な都市が建設され────

 

 ──────ドッカァーンッ!!! *2

 

 

 ────

 ──

 

 

 パタンとノートを閉じて再度開いた。そのまま転生してから数年ごろに書き綴ったであろう部分を賃貸に造られた炉へとくべる。

 

 1ヶ月ほど前に契約を()わした主神にも見せていない激ヤバ情報は今の内に消しておいたほうが良いだろうと、今更ながらに思いそれらしい記述の残るページを最後に見てから炉へと放った。

 

 廃教会に残る自らの主神から先日、「新しい眷属()ができたぜいっ! 忙しいのは知っているし、稼ぎを送ってくれるのは嬉しいけれど時間があれば顔合わせに来てくれよ~~!!」と手紙を受け取ってから5日ほど。

 

 今日はダンジョンから【ロキ・ファミリア】の遠征組が帰ってくる当日。昨日のダンジョン探索後に担当アドバイザーからそんな世間話を聞いていた。

 

 原作がとうとう開始するのかという嬉しさ半分、希望的観測が残りの半分、残ったモノは失敗すれば地上全土に暗黒期が広がるという結末だ。最悪の場合、人類の終焉が訪れる。

 

 それを考えれば鬱屈とした気分となり、大きな溜め息が漏れてしまう。仕方がない。

 

 担当アドバイザーからは自分のアビリティの最低値がAだと教えている為、上層の最下層である11層までなら、まぁ……()ってもいいと御許可を頂いている。*3

 

 冒険者となって一ヶ月、両手の指に足の指を加えても足らない回数正座しながら説教を受けた都合上、流石に彼女の胃に穴が開きかねないと思い、自粛しているのだ。

 

 しかし、上層で遭遇できるモンスターといえば小竜(インファント・ドラゴン)の強化種が最上であろう。しかし10階層まで降りられるようになって10日ほど、1日15時間ぐらい潜っていたにも拘らず未だに出会えていない。まず間違いなく自分には幸運系の発展アビリティは生えてこないだろう。

 

 それでも原作の時点で《魔法》も《スキル》も無い人間(ヒューマン)がLv.4の階位に昇っていたりすることを加味すれば、Lv.1の時点で《魔法》も《スキル》も生えている自分のなんとも恵まれていることか。……まぁ、《スキル》の方は転生時にテヘペロをキメたメスガキへ殴り掛かりカウンターを受けた時にもらった代物(しろもの)ではあるのだが。

 

 つまりは『レベル』と『アビリティ』を上げて物理で殴るだけでも結構なんとかなったりするのだ。

 

 現状、アビリティの数値は既に器の昇格(ランクアップ)の条件を満たしている。後は『偉業』とみなされる事柄を成し遂げるのみ。

 

 しかしシルバーバックという3メドル近い巨体の大猿(おおざる)を単騎討伐した後でも偉業達成とは見做(みな)されなかった。

 

 であればもう強化種の小竜(インファント・ドラゴン)か、中層域にいる強力なモンスターを討伐するほかないのだろう、という結論へと至ってしまうのが道理。

 

 つまり、原作開始を知らせるこのイベントは非常に(うま)あじと()える。

 

 何もせず座していたところで、どうせ数年後には仮初(かりそ)めの安寧は吹き飛ぶのだ。であるのならば今の内に力を付けておき、その時になっても反抗できるようにしておかなければならない。

 

 そのための修練場として、ダンジョンは非常に効率的ともいえる。ダンジョンに限らず、オラリオに籍を置く冒険者の上位陣もだ。

 

 しかし事が起きた後の細々(ほそぼそ)とした抵抗を考慮に入れれば、自分も災厄を撒き散らす『黒竜』の討伐やダンジョンの完全攻略に乗り出すべき。少なくとも自分が死ぬまでは大丈夫だろうと(たか)(くく)っている一市民たちや自分の欲求優先の闇派閥(イヴィルス)たちよりもずっと、救世の意識がある。そう自分でも思ってしまうほどに、今の自分は自らを追い詰めすぎていた。

 

「…………まぁ、強くなる為だから」

 

 短絡的な言葉に置き換えることでその意識を完全には浮上させずに沈める。

 

 下手に意識を肥大化させるときっと碌なことにはならないだろうから、と自らを納得させ、好い加減出ないと上層まで登ってきた上質な経験値たちが消えてしまう。

 

 腰にギルドから借りている剣を下げ、背中には自分の身長を超える程に長い槍を背負う。

 

 故郷で訓練している最中、(ひと)探し中であるという白い腕が印象に残る美人な女神から「下手くそ」と言われてから「だったら教えてくれ」と返したことで基礎的なことを叩き込んで貰った。ある程度見れるぐらい上達した時にはその女神は村から居なくなっていたが、その日から雨の日も風の日も女風呂から「覗きよー!」という声が上がった日もめげずに続けてきた鍛錬は、いま生きている。

 

 オラリオに来てから剣を振るった際、「あっ、こっちの方が馴染むな」という感覚を覚えた所為でちょっと肩を落としたが、それでも未だ鍛錬中である剣よりかはモンスター相手も人間相手も槍の方が動きが良いのは自他ともに認めるところ。

 

 今のところ手放す気にはなれない。

 

 故郷から持ってきた槍も随分と痛んでいるが、まだまだ現役。手入れも怠っていないおかげで上層のモンスター相手なら心強いのだ。

 

「……それじゃ、まぁ、行くか」

 

 そうして宿から出た少年はまっすぐとバベルの下へと向かった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「ブモオォォォォォッ!!」

 

「あっ?! ぐぅ!」

 

 ブンッと風切り音と共に放たれる剛腕。ミノタウロスという怪物を象徴する屈強な肉体からは圧を感じ、その頭部が人間のモノからかけ離れている影響で、その厚い体躯から放たれる膂力が常人のそれを遥かに凌ぐことを直感的に伝えてくる。

 

 狙いは目の前に追い詰めた冒険者。高く見積もっても150セルチに届かない非常に小柄なその冒険者では、200セルチを超える身長と鍛え上げられた肉体を誇るミノタウロスと並び立てば、その存在感から力の差は歴然だろう。

 

 迫りくる剛腕を本当にギリギリのところで躱した冒険者は、そのまま転がるようにしてダンジョンの中を走る。

 

「こ、これが、ダンジョンのミノタウロス………………」

 

 故郷での祖父との記憶。英雄譚が大好きだった祖父からよく聞かされた御伽話の1つにミノタウロスと戦う英雄が居たのだが、その人はこんなに怖い存在と相見(あいまみ)えていたのかと、場違いな尊敬を抱く。

 

 だがそんな感傷など怪物の咆哮の前に()き消える。そもそも今の感傷も一種の走馬灯なのではと思う間もなく、後方より迫る怪物の威圧に屈して消えていった。

 

 今日まで戦ってきた上層のモンスターたちとは何もかもが違う。1層から4層までに出てくるゴブリンやコボルトはモンスターという点で恐怖の対象ではあるが、それでもその体格は小柄な自分よりもさらに小さい。

 

 そのおかげで戦うことも、そして勝利し魔石を入手することも出来た。

 

 腰に下げたポーチをいっぱいにして換金すること数度。自分の担当アドバイザーであるハーフエルフのお姉さんや、自分を迎え入れてくれた主神からも「すごいすごい」と褒めて貰えたのが嬉しかった。

 

 だからだろう。調子に乗ってまだ行かないようにと念を押されていた5層へと足を向けてしまったのは。そしてミノタウロスに遭遇してしまうという不運に見舞われるのは。

 

 必死に足を動かす。しかしミノタウロスとの距離が開くことはない。それどころか一層その距離は縮まって来ていた。

 

 この冒険者が今もなお生きていられるのはただの幸運だ。恐怖に喘ぐ心に精一杯蓋をして折れてしまわないように自らと主神に祈っている。それでもミノタウロスとの力の差は歴然で、敏捷値も遥かに下。どう足搔(あが)いても勝ち目などない。そして逃走を果たすことも出来ない。

 

「ブゥ、ゥゥウウン!!」

 

 左右に分かれた突き当り。右か左かを迷った瞬間に死ぬと脳内で警鐘が鳴った瞬間、この数日で教えられていた上層の地図から地上への道を選択。

 

 すぐさま曲がった後、後方から爆音が響く。驚いて振り返った先にはダンジョンの壁に埋まった怪物の体。

 

 何か自分に利することでも起きたのだろうかという考えが過ぎった瞬間、それは裏切られる。何事も無かったように壁からその体を引き抜く怪物の影。

 

 ミノタウロスは冒険者をその体格差で押し潰すべく、常人離れの身体能力で突進を行なっただけ。もしも左右どちらに進むべきかと悩んでいればそのままダンジョンの染みとなるところだった。

 

「ヒィッ……!」

 

 その想像がありありと描けてしまったことで更に恐怖が心臓を強く締め付ける。だが、足だけはまだ動く。

 

 しかしそこにはミノタウロスの突進によって周囲へ散った、大小様々な石が地面に転がっていた。

 

 その内の1つに足を取られ、こけてしまう。

 

 顔を上げた冒険者だったが、自分を覆うように影が差す。

 

 ゆっくり振り返れば自分を眼下に捉えた怪物の姿。

 

 僅かに上がった口角からは今から数秒後に出来上がる光景を楽しみにしているように見える。

 

「あっ、あっあぁ………………」

 

 もう逃げれない。殺されるだけ。

 

 その恐怖が冒険者の精神を容易く呑み込み、目の前のミノタウロスへの敵対心を完全にへし折った。

 

「ごめんなさい。……おじいちゃん、……神さま」

 

 小さく呟かれた一言。

 

 振り上げられる怪物の剛腕。

 

 熱くなる(まなじり)と頬を伝う涙。

 

 振り下ろされる一撃は冒険者の生命(いのち)を奪うのに不足など無く、地面に染みを作るだけ。

 

「──────────……ぁ、れ?」

 

 死を受け入れ、目を瞑った冒険者だったが、数秒経ってもいまだに痛みと血の抜けていく熱いようで寒い嫌な感覚が訪れない。それをおかしいと思って目を開けてみれば、目の前には小さな赤い滝。

 

 なんだろうこれは、という思いも無視して視界に入るのは苦痛に歪む牛の顔。ミノタウロスのそれの原因は、ゆっくりと正常な動作を取り戻し始めた思考は、切断された腕とその現象を起こした誰かが来たという事実を、認識した。

 

「────ブォ!?」

 

 次の瞬間、目の前で脂汗を流し始めたミノタウロスの首筋に銀色の一閃が(はし)る。

 

「……え?」

 

 その線は時間経過と共にゆっくりと広がっていき、最終的にはミノタウロスの頭部が胴体と別れ、地面に落ちた。

 

 バシャン、と先に腕から漏れ出ていた大量の血が音を立て、腕から流れる血で既に汚れていた冒険者の全身を更に染めていく。

 

 そして生物としての核である頭部を失ったミノタウロスの肉体はゆっくりと霧散していき、その奥に1つの影があった。

 

「大丈夫か?」

 

 そんな声とともに振り返ったのはダンジョン内の燐光に照らされた漆黒。へたり込む冒険者へと向けられたのは金色に輝く瞳。その顔は端正な造りで、まるで創作物から出て来た王子様を思わせる。

 

 牛の化物の代わりに現れた少年。

 

 身長は自分よりも20セルチは上だろうか。ブレない細身の体とその身に合わせて編まれた白の戦闘衣。要所要所には黒色の鎧と手甲や脚甲。

 

 腰に下げられた剣帯と、右手に握る長槍。抜き身の穂先からは血が滴っている。

 

 誰だろう。冒険者の脳内ではそんな言葉が反芻されていた。

 

 英雄の都オラリオ。その名の通り英雄と持て(はや)される存在が住まう場所であるからして、高名となった存在は都市中に周知されるもの。

 

 有名どころであれば【フレイヤ・ファミリア】の【猛者】(おうじゃ)オッタル、【ロキ・ファミリア】の【勇者】(ブレイバー)フィン・ディムナだろう。

 

 彼らは都市の英雄として世界中に名を馳せる者達だ。オラリオから遠く離れた辺境の地に住んでいた自分でも知っている有名人。

 

 しかし目の前で自分に安心感を与える笑みを向ける男性のことは知らない。

 

 なんて声を掛ければいいのか。いや、そもそも助けてくれたことへのお礼を。エトセトラエトセトラ。脳内会議は(とど)まることを知らない。

 

「……大丈夫か? 怪我はないようだが……立てないようなら運んで──」

 

 そんなところへしゃがんで目線を合わせる自らの恩人。突如として現れた整った顔立ちに、先程の感謝の念が乗るのは当然で。

 

「な……──」

 

「な?」

 

 顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になっている。

 

 心臓がうるさい。早鐘を打つのを止めて欲しい。

 

 そして大地に咲く、……淡く、儚い小さな花(こいごころ)

 

「なああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!??」

 

 気付けば走り出してしまっていた。全力を超えたその場からの逃走は、先程よりもずっと早いのだろう。多分。

 

 股下がちょっと気持ちわるい。いやな予感がする。というか見られていたのでは?! いや、全身に散った血のおかげできっと誤魔化せてるきっと。

 

 不幸中の幸いが2度連続して起きた。

 

 それに気付くことなくその冒険者は、少女は、────いや、彼女、ベル・クラネルは先に逃げた冒険者すら追い越す速度で地上へと帰還した。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

(すぅぅぅぅぅぅうう……。────ヤバくね?)

 

 なお、彼女を助けた当の本人は今日までに立てていた予定表がいま音を立てて崩れ去ったのだと悟る。

 

 まず第一に、彼女を助けたのは女性だったからだ。別に男女差別をした訳では無い。女性であれば主人公の性別から確実に外れる。もしかしたら頭髪の色を父親の方から受け継ぐかもしれないと思ったからだが。

 

 結果として5層の別の場所でもフードを目深に被った犬人(シアンスロープ)の少女が他の冒険者たちに囮に使われていたところを助けたりしていた。目の前に散らばるミノタウロスの残骸、というか魔石とドロップアイテムは3匹目だ。

 

 1匹目は遭遇した瞬間アビリティ上げに使おうとした。しかし鼓膜を震わせる悲鳴を聞いてしまっては個人的な用は後回し。助けられる筈だった命を散らしては強くなろうとしている意味から外れるのだから。

 

 即座に発現している《魔法》を唱えて、手に持つ槍を全力投擲。勢い良く振るわれた腕と宙を(はし)る銀閃。ミノタウロスの胴体を魔石ごと吹き飛ばし、灰へと変えた。

 

 一応ドロップアイテムすら()なかったとこを確認して槍を回収し、再度発走。立ち位置を変えて移動経路へと投げていたこともありそのまま進めたが、この身に発現した魔法は付与魔法(エンチャント)。長時間の維持は精神力(マインド)()いでいく。

 

 2体目のミノタウロスを発見した時には腕を小さな影へ伸ばしている最中だった。即座に速度を引き上げて跳ぶ。空中で回転して腕を石突きで弾き飛ばし、そしてその遠心力のままミノタウロスの胴体を斬り裂こうとしたのだが、そのタイミングで《魔法》の付与が切れてしまい、胸部の分厚い筋肉の先を斬れなかった。

 

 地面に座り込んでいる犬人(シアンスロープ)へ逃げるように伝え、その背が消えてから再度《魔法》を発動。

 

 先ほどから()して時間も経っていない為、精神力(マインド)はそこまで回復していない。限界(フルタイム)まで使うならあと数回程度。原作と違って2体目が出て来た時点でこの階層にまだまだいるかもしれない。それ以前にこの階層で普通に現れるモンスターたちでも囲まれれば万が一がある。

 

 しかし救えるところで救わないのは違うと吐き捨て、今は目の前のミノタウロスに集中した。

 

 大体2分程度か。今度は不意打ちでの速攻ではなく、純粋な闘争。怪我も幾つかしたし、時間を掛けてしまった。

 

 ステイタスも技術も不足していることを痛感する。未だ教わった槍術を対モンスター用に調整出来ていない自分に嫌気が差すが、その時悲鳴と化物の咆哮が鼓膜を震わせた。

 

 ベル・クラネル(主人公)自分が知っている限り(原作20巻ぐらい)ヒロインしていないメインヒロインが救ってくれるはずだと信じていただけあり、女性特有の高い声から発される悲鳴の現場へは、1も2も無く向かう。脳死で行けるのだから。

 

 付与魔法(エンチャント)の効果には敏捷値や力を上げるものが含まれている。それを()かして地面を強く蹴り、更に早く走り切ってその場所へ辿り着いた時、今まさにミノタウロスの剛腕が振るわれているところだった。

 

 その下にいるのは白髪の冒険者。一瞬主人公かとも思ったが、その頭髪は地面に触れる程に長い。立てば腰辺りにまで届くだろう(なが)さだ。加えて言えば声質が女性のそれ。助ける障害は一切ないと瞬時に判断し、《スキル》も併用した疾走の下、ミノタウロスの腕を二の腕から斬り飛ばしたのだった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 そして現在、助けた少女を正面から捉えた少年は助けた相手へ不安を覚えさせないように全力の笑顔を作る。昔から鏡の前で練習していた成果は発揮され、彼女、推定ベル・クラネルは多少の安堵を覚えてくれた。きっとそうだ。そうに違いない。

 

 しかし反応がない。こちらも反応ができないのだからできればそちらから動いて欲しいという思いが天に通じたのか、真っ赤に染まった少女が動く。

 

 叫びながら逃走するという結果を残して。

 

「────────…………どうしよ」

 

 その声は現状のこと以外に切実な願いも含まれていた。

 

 主人公たるベル・クラネルが女性である事実を受け止めきれない。

 

 彼だったものが彼女になったこと。救ってくれるはずの存在が自分になってしまったこと。彼女のいた場所にどう考えても血じゃない液体が残っていること。

 

 そしてそれが起因となる原作崩壊だ。

 

 何よりベル・クラネル()に目を付けていた神フレイヤの今後の行動が全て変わる。主人公が成長できた節々には彼女の存在が欠かせないのだが、女性であることから興味は持たれても本気を向けられない可能性があるのだ。

 

「……ほんとに、どうするか」

 

 そんな呟きが小さく響く。

 

 その通路へ少年以外の影が差した。

 

「……あの」

 

 背に掛けられた声に振り返れば、そこに居たのは精緻に造り込まれた人形ではないかと思える、儚い金色。

 

 オラリオでも有名なその姿、彼女を見れば神でさえ目を奪われるという存在。【ロキ・ファミリア】に所属するLv.5、第一級冒険者。

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。その当人(ひと)であった。

 

 そんな彼女がこんな()()になんの用だろうかと思う。

 

「こっちにミノタウロスは来ませんでしたか?」

 

 振り返った少年に質問しても問題無いだろうと思ったアイズはそのまま本題を問う。

 

 自分たちが逃がしてしまった大量のミノタウロス。遠征で疲労が溜まっているとはいえ、中層から上層へと上がったモンスターなど場違いに強力な存在だ。他の冒険者を襲う前に何とかしなければならない。機動力に特化した2名を即座に選抜して、上層へと逃げていった先頭の個体群の殲滅を開始。

 

 残した戦力で取りこぼしが絶対無いよう慎重に帰還する。

 

 自分たちの信用を置く団長の判断は素早く、そして先の2名に選ばれた片割れがアイズなのだ。

 

 6階層まで登ったところで周囲へと散ったミノタウロス。その殲滅に時間が掛かり、5層へと逃げた個体への追走が遅れた。

 

 しかし5階層へ入ったアイズともう1人の感覚器官はミノタウロスの気配を掴まない。

 

 何かがおかしいと思いつつ、二手に分かれて捜索中、血の池の前に佇む、全身傷だらけの冒険者を見付けて声を掛けたのだった。

 

「ミノ? 倒したけど?」

 

「……え?」

 

 そういって血の池を指差す少年。

 

 なんてことないように告げられた言葉に声を()くすアイズ。

 

 確かに地面に転がっているのは中層域ぐらいで落ちる大きさの魔石、そしてミノタウロスからドロップする牛の尻尾。ここでミノタウロスが討伐された何よりの証拠だった。

 

「あの、レベルは……?」

 

 非常に不躾な質問である。初対面で知らない顔。つまりはギルドに一度も張り出されたことの無い容貌である時点で分かり切った答え。Lv.5の冒険者がそれを問うなど人によっては馬鹿にしていると受け取るだろう。

 

「ん? 1だけど」

 

 しかし少年はそんなこと気にも留めない。変わらない事実にウンウン悩むなど時間の無駄だからだ。

 

「レベル……1で、ミノタウロスを?」

 

 返答を聞いたアイズは瞠目し、そのまま固まってしまう。

 

 そこへ新たな人物が参加する。

 

「おいアイズ、さっきおもしろいモン見たぜ! 全身血塗れでしかも……、あん?」

 

 曲がり角から現れた狼人(ウェアウルフ)は腹を抱えながらクツクツと喉を鳴らしその場に現れた。

 

「誰だおまえ?」

 

 ジロリと少年を睨み付ける狼人(ウェアウルフ)。目の前のアイズ・ヴァレンシュタインと同じ【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者、【凶狼】(ヴァナルガンド)ベート・ローガであった。

 

 彼はアイズと共に、逃走したミノタウロスを追撃していたのだが、5階層に入った瞬間、匂いが途絶えたことに違和感を抱き、それをアイズにも共有して二手に分かれたのだ。

 

 しかし一向に見当たらない。一応4階層へ続く道も調べたが、ミノタウロスの匂いはしない。つまりはここより先には向かっていないということ。

 

 仕方がない、一度アイズと合流しようと考え、歩き出した所ですぐ近くを全身血塗れで疾走する冒険者を見掛けた。その血の臭いはミノタウロスのモノだ。つまり何かしらの影響で全身に浴びたのだろう。そしてそれができる人物はと言えば、一緒に上がってきた仲間のアイズぐらいだ。

 

 彼女との交流に使えるだろうと話のネタを持って来たのだが、そこにはアイズと会話? を続ける見知らぬ男。

 

 アイズの浮かべる表情が驚きであることから、敵の可能性を数パーセント上昇させて威圧したのだった。

 

「ベートさん!? この人は敵じゃない」

 

 突如として敵意を乗せた威圧を開始したベート・ローガにアイズは疑問を覚えつつも、即座に止める。相手はLv.1。Lv.5のベートでは本気の一撃で文字通り()()微塵になってしまうのだ。

 

「だったらこいつは何なんだよ」

 

 淡い想いを内に秘めるため、その対象が他の男を庇うことに苛立ちが増すが、それでもただの冒険者に暴力を振るうことは流石にしない。何があったのか。目の前の少年について聞けば何か分かるだろうと、ベートはアイズへ問う。

 

「この人は、ここまで登ってきたミノタウロスを倒した人」

 

「……あん?」

 

 アイズの一言で少し頭が冷える。流石に自分たちの失態のケツ拭きをさせてしまったとなれば、多少の罪悪感ぐらい覚えるのだ。

 

「しかも、Lv.1……らしい」

 

「はぁ?!」

 

 ミノタウロスの推定レベルは2。つまりはLv.1の冒険者はまず太刀打ちできないのだ。攻撃が通らず、相手の一撃は全てが致命。そんな相手と戦えるはずがない。にも拘らず目の前で魔石とドロップアイテムを拾い始めた少年は、倒した。

 

 少なくとも彼の知るアイズが嘘を吐くはずがないと判断し、であれば嘘を吐かれただけの可能性を考慮に入れる。

 

「おいテメェ。レベルが1ってのは本当か?」

 

「ん? そうだ」

 

「……オラリオに来てどのくらいだ」

 

「えぇっと、……あと数日経てば1ヵ月かな」

 

「…………恩恵(ファルナ)はいつから刻んだ」

 

「質問多いな……」

 

「良いから答えろ!!」

 

「えぇ……。オラリオに来てからが初めてだ」

 

 質問が多いなと思う少年に対し、驚愕に染まるアイズとベート。

 

 嘘ではないと断言はできない。しかし嘘だと追及したところで無意味。であればそれらが事実なのだとすれば。そもそもの話、ベートも目の前の顔など見たことが無い。ギルドに顔を出すことも多い仕事柄、器の昇格(ランクアップ)などで掲載される冒険者の情報は一応目を(とお)すのだ。その後覚えているかは別として。

 

 どうしても思い出せない。つまりは知らない。本当にLv.1なのだろう。

 

 そしてそれが事実なら。ベートは自然と口を動かしていた。

 

「お前はどうして、どうしてミノタウロスに立ち向かった?」

 

 それは問いというよりも懺悔のように響く。

 

 気配の変わったベートに不安気な眼差しを向けるアイズ。原作をそれほど深く読んでいなかった転生者の少年は「なんか暗い過去持ちだったっけ?」程度の感想。家で親が出すカルピス並みにうっすい反応だった。しかも氷でかさましされている系の。

 

 しかし聞かれたからには答えるべきだろう。たとえそれが自分よりも強い存在であろうと、そうでなかろうと。答えるに躊躇う理由などここにはないのだから。

 

「目の前で散りかけてる命があった。それだけだ」

 

「相手は中層でも最強格の一体だぞ」

 

「助けない理由にはならないな、それ。

 少なくとも手を伸ばせば間に合った命を、俺は見逃したくはない」

 

「────────チッ!

 戻るぞアイズ!!」

 

 第一級冒険者から放たれる圧も無視して悠然と応えられたその一言に、僅かな瞠目に加えて言い表せないほどに悔しい思いを抱いたベートはそれらを内心で渦巻く怒りで蹴り飛ばし、ミノタウロスの全滅が済んだと報告する為と自らに言い訳をして踵を返す。

 

「あっ、ベートさん……」

 

 そして彼と同じ派閥(ファミリア)であるアイズもまた、戻らなければならない1人だ。しかし彼女は少しだけでは済まないほどに、目の前の少年へ惹かれていた。

 

 本来ならば太刀打ちできないような相手にも、傷を作りながらも戦うその覚悟に。

 

 もっと話したい。その力の(みなもと)を。どうしてLv.1でそこまで強いのかを。

 

「名前、教えて貰っても……いいですか?」

 

 だから最後に振り返り、声を出す。心の内の小さな少女がサムズアップしているような気がする。

 

「ナイン。

 ナイン・レイルだ」

 

「ナイン……。ナインくん、さん? 

 えっと、また、話せますか?」

 

えぇ、ナンパ? 

 まぁ、暇だったら?」

 

「~~ッ! また!」

 

 そう言い残し、ベートの後を追ったアイズの後ろ姿も曲がり角へ消えていった。

 

「ふつう迷惑かけたファミリアの名前とか聞くんじゃねぇの?」

 

 巨大派閥の幹部である2人。しかも片方は確かトップを担っていたこともあるはずだと思い、大きな溜め息と共に、彼らを擁する遠征組が追い付く前に地上へと帰還する。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ギルドに出したミノタウロスの魔石とドロップアイテムを見た担当受付嬢であるハーフエルフからは本日の正座を命じられた。

 

 そしてその後ランクアップの可能性を期待して廃教会へ赴き、出迎えてくれた白髪の少女はその場で白目を剥いて気絶。ベッドに投げた後、黒髪をツインテールにした主神からその少女に発現した《スキル》について説明を受ける。一応の、仮の団長であるからだ。

 

 成長促進の《スキル》が無事生えたことを喜びつつ、微妙な顔をする主神から自分のステイタスの書かれた用紙を受け取った。

 


 

《名前》

 ナイン・レイル

 

『Lv.1』

 

《基本アビリティ》

 力 : SSS 1609

 耐久: SSS 1291

 器用: SSS 2005

 敏捷: SSS 1798

 魔力: SSS 4053

 

《発展アビリティ》

 

《魔法》

【クリステス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・光属性

 ・詠唱式【星の救済を】(ルクス)

 ・起動式(スペルキー)【星よ集え】(レクス)により範囲拡大

 ・展開式(フィルキー)【星と化せ】(クレセリア)により展開

 ・解放(バースト)【ルクス・レギオン】

  :詠唱式【この身は善、悪を敷く者】【この身は悪、善を説く者】【たとえ愚物(はいしゃ)と笑われようと、歩みを止めず】【ならばこの身は約定を果たし、魂を捧ぐ】【救済は終末の地(ここ)に果たされる】【終焉(おわり)の大地、残る(たつ)はこの身体()(つるぎ)の欠片】【極光よ、救え(ゆけ)

 

【】

【】

 

《スキル》

【     】

 

【星の怒り】(ボンバイエ)

 ・大器を得る

 ・能動的行動時、自らに仮想の質量を加える

 ・質量を保存させる

 


 

 相変わらず頭がおかしくなりそうだと言われるが、これでも足りない。ついでに言えばランクアップには足りないらしい。

 

 まぁそうだろうとしか言えない。本気でやり合えば瞬殺可能な相手に苦戦しましたなど偉業とは言えないのだから。

 

 取り敢えず適当に買ってきた野菜の山と新しい調理レシピを渡し、廃教会を後にした。

 

 

 ────

 ──

 

 

 自らの最初の眷属を見送った神、ヘスティアは「今日ぐらいは泊っていきなよ!」と言おうとして止めた。自分は神だからまだ良いが、先日ここには年頃の少女が加わったのだ。流石に躊躇うというもの。処女神だし。気遣えるのだ。多少は。

 

 そうして再度思い返すは最初に眷属となってくれたナインのこと。

 

 彼の持っていった用紙には共通語(コイネー)に訳すことなく、記述していないことが1つ……ある。

 

 それは────《スキル》だ。

 

 【女神の抱擁】(ブレス・オブ・ヘラ)。効果は常時発動しているものが2つに、戦闘時に発現するモノが2つという超が3つは付くほどに強力な《スキル》。

 

 ただでさえ【星の怒り】(ボンバイエ)だけでも悪目立ちはほぼ確定事項なのに、こちらまでは出せない。というよりも凶神(ヘラ)の関係者の時点でみんな(けむ)たがるかもしれないのだ。内密にしようと心に決め、そして本日改めて胃痛の原因へ仲間入りした少女のあどけない寝顔に「寝れば悩みも吹っ飛ぶさ」と夕方のバイトの時間まで仮眠した。

 

 遅刻した。

 

 

 

 

 

*1
1万年

*2
エニュオ

*3
滅茶苦茶渋られた




【女神の抱擁】(ブレス・オブ・ヘラ)
 ・成熟を早める
 ・熟達に微補正
 ・戦闘時、発展アビリティ『闘争』の一時発現
 ・戦闘時、発展アビリティ『福音』の一時発現

 なお、(ゼウス)探ししていた女神(ヘラ)に身分を聞く気はなかった為、槍術を叩き込まれていただけで1ヶ月ほど過ぎ去りました。

 ゼウスは全力で神威を抑え、隠遁してました。一度探した場所に戻ってくる可能性は低いからね。ヘラが去ったあとに自作の英雄譚をナインに渡したりはしてた。意図せず引き付けてくれたから。最低である。

 ベルと同じ村? Yes

 何で会って無いの? 家が村の端っこかつ意識がはっきりした辺りから「この世界ヤバイじゃん」となって鍛錬と称して山登りが日課になったから。狩った獣を村に提供していたので村八分には合わずに済んだ。親は何時の間にか蒸発していた。
 ヘラはそんな家庭事情を見て憐憫を抱いた。ゼウスと不倫相手の子でもないし厳しく(天界から落としたり呪いを掛けたり)する必要もない。ついでに言えば目の前の子供が死ぬかもしれない責任の一端を感じたから、神の視座基準で瞬き程度は付き合おうとした。

 ヘラって特定の武器についての逸話ないんですけど、夫の持つケラウノス(武器)ぐらいは振り回したことぐらいあると思う。まぁ、結婚とか婚姻とかを司る神が武器を持つとか無いよね。あるとしたらケーキ入刀とか家事で扱う物ぐらい? 洗濯機とか掃除機とか。
 なお黄金の椅子とかいう拘束具とかはあったりする。物騒。
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