地面を蹴り付ける脚が少し痛い。そんな思考が右から左へ流れて消える。
一房に
視界に捉え続けるは巨大な大猿。白い毛皮を全身に持ちながらも、明確な弱点と言える部位を内包するモンスターを相手に、少女は臆することなく向かっていった。
その右手に握った自らの主神から手渡された一振りを握って。
新米の冒険者などただの一撃で絶命に至らせるほどの膂力を誇る腕と脚。未だLv.1かつ冒険者歴1ヶ月未満の彼女では、直撃などしてしまえば乾いた枝のように骨が折れて使い物にならなくなるだろう。駆け出しの少女が戦うべきではない。
本来はそういったモンスターなのだ。
しかし彼女は戦う選択をした。シルバーバックと呼称されるそのモンスターは他の民衆や冒険者に一切興味を向ける事なく、自分の腕の中にいる主神を狙い続けていたからだ。
戦域とした現在地へ来るまでに、他の冒険者が来てくれるかもしれない、という考えはもう捨てている。
神を狙い、今なおそれを成し遂げられないシルバーバックは、己の目標を阻むベル・クラネルという少女を完全に敵と認識した。
向けられる殺意に心が竦んだ。今まで対峙したことの無いような巨躯を見て足が震えた。
それでも自分のステイタスを更新し、背に抱えた武器を手渡してくれた主神の前に立ったのだ。
登録初日に自らの担当アドバイザーから言われた「冒険者は冒険してはいけない」、という言葉が脳裏を過ぎったが、それを今は敢えて無視する。
「……もう、勝てる」
数分間の戦闘により、目の前のシルバーバックを拘束していた器具は大半が地面に落下しており、ムチのように使用していた鎖もその根元から切断し無力化していた。
それ程までに少女の持つ短剣の切れ味は鋭く、どこまでも少女の手に馴染む。
なにより、ここ最近とことんまで体に叩き込まれていた拳や蹴り、それを直撃させる為でありながら同時に相手の攻撃をすかさせるためのステップワーク。
これに加えて一度だけ、そう一度だけでありながら今も瞼を閉じれば思い出せる光景がある。武器を振るう基礎動作。
しかしいま、確かに芽吹き始めている。
彼女の勝利に、そう時間は掛からなかった。
────
──
美神の権能。文字通り人知を超えた存在が行使可能な力であるそれは、在り方ゆえに見逃される
されど力であることに違いはなく、振るえば効力を発揮するのだ。
人が人を相手に
少女が死ぬとはチリ程にも考えていない。
理由は単純で、彼の後輩だから。
聞いた話ではたった1日しか鍛えられていないという話であったが、それでも遠目から見た処女雪の少女は既に駆け出し程度に収まらぬ実力を持っている。であればこそ、時間稼ぎには最低限の実力は必要不可欠。
上層でも深い域に生息しているモンスターを差し向けたのはその為だった。
そして現在、神であるが故の感覚器官がシルバーバックの敗北を拾うが、それが認識へ伝わる前に掻き消える。
視線の先で戦う漆黒髪の少年が、いま、蒼い焔に
宙を舞う彼の上着と、そこに付与されていたであろう燐光が空へと消えていった。
少年の勇姿に涙が頬を伝う。
「……
誰がこんな状況にしたのか。そんな些事は既に彼女の中には残っていなかった。
光の膜に覆われている少女が反射的に顔を両の腕で覆う。
鎖も尻尾も爪も
それ程までの強度でありながら、その強度を知っている身でありながら町娘が反応してしまったのは当然、この星域を展開しているはずの少年が、ナインが今しがた蒼い焔の中に
これは魔法。であればこそ、使用者の存在は必須事項。その当人が焔に
しかし、白い
だが、シルの瞳に映るのは未だ健在な光の星域。その輝きは失われるどころか、更に輝度を上げていく。
膜を挟んだ先に立つ少年の背を見た自分の心拍数とどちらが上なのか。それは当人にしか分からないだろう。
(……流石に焦り過ぎたな。上着と剣に魔力を流し過ぎだ……)
チラリと背後を見たナインの視界には心配そうでありながら頬を朱に染めるシルと、ヒビの入った剣。半ばまで地面に突き刺さっているそれにはナインの
ただ光るだけ。それがナインの魔法の本質だ。
だが、光るということは
そうすることにより、外へ放出され続ける光すらも
あとは簡単だ。物質に纏わせた光に
(問題は装備本来の強度ってところかな……)
しかし、ギルド貸し出しの装備などそこら辺の
現に剣にはヒビが入り、
(下手にこれ以上剣に魔力を込めたら、そのまま壊れて
と言っても手詰まり。脇差もさっきのでガタが来てるし、かと言ってまだ並行詠唱は難しい。失敗すりゃあ、負債を負うのは俺だけじゃないしな……。
どうするか……、────ッ!!)
ナインは次の手を考えていた。対峙する白い
だがどうだろうか、その先に立っているナインは
遠く、同時に
「
ベルと、短剣と…………、お前が、そうなんだな?」
まるで今目の前で起きていることなど些事と言わんばかりに
実際は無視などしていないが、それでも後回しにしている。
先程まで感じなかった距離にいる自らの主神と後輩。そしてベルが持つ短剣と、運んでいたヘスティアが眠ってしまったからだろう、地面に横たわるおおよそ1メドルと十数セルチの物体を、ナインは自らの勘のようなモノで捉えていた。
ナインの魔法と
ただ、ナインはそれを見て確信したのだ。この場の勝者が誰になるのかを。
だから呟く。小さく。それでも確かに。確実に。
「──────おいで……」
微笑みを湛えたナイン。そしてそんな彼に無視されていると判断し、自分の目標の邪魔をしておきながら、あまつさえ目を外すという暴挙に怒り狂った白き
次の瞬間、ナインどころか周囲一帯を燃やし尽くさんとばかりの蒼い焔が決河の勢いで迫りくる。
しかしナインの表情が恐怖に
「位相反転────、
そうして発生するは、ナインと白い竜を閉じ込める半径20メドルに及ぶ光の半球。
内部で吹き荒ぶは蒼に染まった焔の地獄。外部に漏れることなく渦巻く熱量はその余波だけで常人を死に向かわせるだろう。
しかし結界の内外は遮られたまま。焔の一片、空気の流れすらも外には漏れない。内で荒れ狂うことだけは許してやると言いたげに、その光の膜は
そこへ、一条の流星が
異物ではないがゆえに、結界は
────
──
金糸の影が空を舞うようにして駆けていく。
少女の持つ第一級冒険者としての脚は、走路を地上だけに制限しない。目の前に出来た人垣を強引に突破する為に家屋の壁や屋根の上を駆けて走り続けていた。
彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】に所属するLv.5。神々からは【剣姫】という異名を頂くほどに麗らかな容貌と雰囲気を持つ剣士だ。
そんな彼女が今現在都市の中を駆けている理由は脱走したモンスターを排除する為。
ギルドの職員が早急な対処を求めた結果、上級冒険者を募っていたところに丁度居合わせた
しかし突如として出現した蛇のような未知のモンスター。これに同じ派閥の仲間が襲われていたことから、即座に参戦。しかし何時もの武装を持ち合わせていなかったアイズでは本領の発揮は難しく、対して本気とばかりに全容を晒した花のようなモンスター。
魔力に対して異常なまでの反応を示すそのモンスターに苦戦を強いられる。しかし仲間の1人が、彼女にだけ許される
討伐後は
未知なるモンスターの出現場所であろう地下水路の調査。
負傷の激しかった
最後にアイズはまだ街中で暴れまわっているモンスターの掃討。
アイズはそれに対し1も2も無く頷き、モンスターを討伐し続けていた。モンスターと言えどその脅威度はピンからキリまで。
単純に絶命させるでも、モンスターが内包する魔石を砕くでも、数秒も経たずしてモンスターを灰へと変えるのだ。
「……あと、1体」
ギルドの職員から伝えられたモンスターの数から引き算していけば、残りは1体。途中で起きた
「────ッ?!」
しかしその道中、あと十数メドル走れば目的地も見えるであろう家屋の上で、アイズはその健脚を止める。
いや、止めざるを得なかった。
「止まれ」
今だ収まらぬ喧騒の最中、それでも自己の主張を絶対とする静かな声が投じられる。
もう間もなく喧騒の中心であるはずの現場をその視界に捉えるだろう、その絶妙なタイミングで、アイズの脚を止めたのだ。
屋根の上で均一に並ぶ軽量でありながら硬いレンガの上で停止したアイズと、そこへ現れた2メドルを超す巨躯の
折れず、曲がらず、砕けぬ一振りを思わせる鋼のように鍛え上げらえた肉体。逆に相対するモノを折り、曲げ、砕く。そんな存在がアイズの前を塞いでいた。
「……どいて」
「断る。この先にはあの方が見定めし者が闘っている。
────それに、俺個人としても興味がある。どちらにせよ、干渉は許さん」
普段は無表情を映すアイズの顔に険が立つ。モンスターの討伐を邪魔されていることへの苛立ちに、この状況への不可解さが加算された結果ではあるのだが、彼女の第一級冒険者としての聴覚が未だに戦闘音を捉えて離さないのだ。一刻も早く討伐を為さなければ、暴れるモンスターが無辜の民を襲う。失わずに済む命が零れてしまう。
なのにどうして、という疑問が胸中を埋め尽くす。
目の前に佇むのはオラリオ最強の冒険者。
どうするべきか。そんなものは知っている。この先の戦域へ1秒でも早く到着する為に必要なことなど、【剣姫】と呼ばれるほどに冒険者として年月を賭してきた彼女には。
「なら、押しとお、────ッ?」
目の前で立ち塞がるのであれば、道を譲らないのであれば、する事は1つ。そう思い、発走すべく腰を落とした瞬間、アイズの視界の片隅で何かが光った。
(あっちは……、ダイダロス通り……?)
その光の出現元はダイダロス通りと呼ばれる無法の街。違法建築物が乱立するオラリオでも危険度の高い地区から上昇していく謎の物体。それ自体が光源と化している所為で、器の昇格を重ねたアイズの視力を以ってしても正体までは探れない。
しかしどこか惹き付けられる。目を奪われる。どうしようもなく。
それにはオッタルも気付いており、しかし他の冒険者や横取り上等の邪魔者ではないと判断して、一瞥の後、その視線をアイズへと戻す。その一瞬前、喧騒の中心であろう場所に、光の膜が現出した。
「────……あれは!?」
その言葉はどちらの口から出た言葉だったのか。それは既にどうでも良い些事と化した。
宙を
「あっちでモンスターが────」
「危険じゃないのか? だって竜だとか────」
「あの結界が閉じ込めて────」
徐々に民衆の足は戦域へつま先を向け始める。膝は前に、歩みは遅く、されど確かに。
アイズは危険だと断ずる。耳に聞こえた竜という単語に反応し、であればこそ早急に対処しなくてはならない。モンスターの中でも竜種は別格。同じ階層に出現するとしても、脅威度に差があり、適正レベルであるはずの冒険者を容易く屠るのだ。
それはダメだ。内から漏れだす程の激情を剣の柄に込めていく。立ち塞がるのならば、押し通るまで。先程よりも強い意識を胸に、飛び出す瞬間、それを見た。
オッタルの口角が僅かにであれ、確かに上がっている。
アイズが、オッタルのそんな表情を見たのは初めてだ。常に険のある巌のような表情の
足が止まってしまった。
重圧のような鬼気も今や無い。飛び出せばいい。抜け出せばいい。そんな思考も、次の言葉で消え去った。
「俺は行く。
もはや誰も、手は出せまい」
そう言って背を向けたオッタルは先程のアイズと同じようにして家屋の屋根を伝って戦域へと向かっていく。
呆然としていたのはアイズただ1人。
立ち塞がった
結果、アイズはオッタルよりも十数秒以上の遅れと共に動き出し、たったの数秒で現場を視界に入れる。
「あれはっ……!?」
彼女の視界の中では巨大な光のドームの中では、漆黒の剣を持つ少年と蒼を吐く白い竜が死闘を繰り広げていた。
ナインが展開した
だが同時にその程度であるがゆえに軽い
問題として目立つ。非常に。
それはまぁ、光だし。発光してるし。仕方ない。その所為で観客紛いの民衆が周囲に集まって来ているのも仕方ないとして放置だ。
危機感が無さすぎる。
さておき、ナインのこの結界は付与魔法の応用に過ぎない。自分に掛けた
そして何より、発動し続けている限り光源として作用し、膜から発される光の粒子はナイン本人という認識が適応されている。
これにより、ナインの許可が無ければ侵入も、脱出も困難極まる檻と化すのだ。
素通りを許されるのはナインのみ。若しくは、本人と同じ存在のみである。
────だからソレは墜ちてきた。そこに何もなかったかのように、ただ自然に、悠然と。光の膜も、内部で荒れ狂う蒼い焔も。何もかも全てを無視して、「呼ばれたから」、それだけを
燃料さえ含む
納める鞘は白を基調とし焔を思わせる赤を走らせている。
鍔は控えめで、持ち手である柄は両手持ちも可能な程度の長さを持つ。
黒いその柄は希少金属が編み込まれた布地によって握り易さを持たされていた。
ナインの前に現れたソレは、ナインにのみ所持を許す片割れとさえ言える金属によって構成された一振り。離れることなど二度と赦さぬと言わんばかりの圧と共に現着し、ナインへと無言で語るのだ。
『握れ』
と。
数日ぶりの再会。果てには姿かたちも一新されたにも拘らず、放つ威容だけ高まらせたそれへ、「黙って振るわれろ」と言わんばかりに、ナインは手を伸ばす。
持っていた脇差を左手に持ち替え、右手でそれを持った瞬間、ナインは「うわ~」という顔をした。
「属性過多も
流れ込んできたその剣の情報にげんなりしつつ、ナインは腰に鞘を提げ、抜き放つ。
柄頭から鍔、そして剣の切っ先まで、全てが宇宙のように全てを
刃渡り、
しかしナインの手には、よく馴染む。
ステイタスが補っているのではなく、本来あるべき形を取っている。それだけなのだから。
「
銘を刻まれた剣。名を持っていた剣。今、正しく呼ばれ、そしてナインと共に
────
──
ナインの発走と共に目を血走らせる白い
必殺として振るわれた脇差を敢えて受けたことで発生したナインの隙。そこへ放たれた回避不能の焔は絶死の一撃。されどナインには防がれ、一部が竜の喉まで返ってきた。本来であれば燃料を吐き出し、そこに火を点けることで発生する蒼炎。喉元に負傷など発生しないはずのそれが戻って来たのだ。
耐性の無い焔に煽られてなお
喉元を過ぎる燃料がその傷を広げるが、今の
果てには自分とナインだけの空間を作られてしまった。
光の星域。位相を反転させることによって光の放出を外ではなく内へ向ける。当然耐久性能は内から外への衝撃へと強くなった。外部から入るにしても相応の実力を求められる。ここに2人だけの簡易的な闘技場が形成されたのだ。
逃げ場も、
白い
ならばこそ、白き竜の意識は全てがナインへと注がれる。
更に赤く、
そして再度交わされる視線。どちらもが戦意と闘争本能を漲らせ、発走した。
民衆や逃げずに戦おうとしていた冒険者たちによって構成された膜の外の観衆の中央で、ナインと
上着を一時的な盾とした影響でナインの上半身に残っているのはインナーのみ。しかし火傷の類いは見られず、あるのは地面を転がった時の擦り傷と爪や牙に掠られて出来た裂傷のみ。血が漏れ出ているが致命傷には程遠い。
対する
しかしナインは刃を通していた。脇差だけの時でも魔力を集中させることで、その強固な鱗の隙間を縫って強靭な肉体へ幾つかの傷を付けていた。だが、それだけでは命に届くのはいつになるのか分からない。
闘えていた。何とか、追い縋っていた。それが先程までの戦闘を見ていた者達の総意だろう。
しかし今のナインは違う。
一閃。右手に握った直剣を振り抜けば、竜の体から、鮮血が舞った。
────
──
(通じるッ!!)
発走したナインは一気に
先程までの攻撃とは訳が違う。生物としての本能が警鐘を鳴らしたのだ。避けなければ、死ぬ。
事実、今の一刀を完全に回避することは出来ず、顔の横、人間で言うところの頬の肉が僅かに削られた。脇差では絶対に入らない一撃が容易く滑り込み、切り取ったのだ。
「グゥゥ、ゴォォォオアアアッッッ!!!」
痛みに喘ぎながらも、
口内に入れば噛み
突如として発生した衝撃によって
相手の懐。死地であるはずのそこへ、ナインは構わず戻る。そして出来た隙を利用して直剣を一閃、二閃、三閃と振り抜いていく。
元来の切れ味に加え、ナインの
「……違うな」
しかしナインからすれば、それでは力押しでしかない。それでは駄目だと言わんばかりに、剣の振りが変化していく。
それは今までのモノよりも精密で、緻密。素人目線では何がどうなっているのかなど不明な太刀筋。しかし実力者からすれば一変したと断言出来るほどの精密作業。
懐に入ったことで
ただ、当たらないだけだ。
ナインは両の手に握る長さの異なる刃を振り続ける。
斬って
斬って斬り裂いて
斬って斬り裂いて斬り上げて避ける。
斬って斬り裂いて斬り上げて斬り飛ばす。
斬閃が
宙に飛ぶは竜の鱗。頑強であり、そこらの刃物など容易く
ナインがしていることは単純、刃の届く範囲にある
最早噛み付きも狂爪による一撃も放たせない。
終わることの無い斬撃の嵐を以って、10年以上の歳月を注いだ術理を賭して、レベル差を覆していく。
自らの限界突破を許したステイタス。かつて女神から叩き込まれた戦闘技術の粋。彼女が消えてからの孤独の研鑽。オラリオへ足を踏み入れてから1ヵ月間、ダンジョンに巣食うモンスター相手に調整を続けてきた術理。
積み上げてきたモノが違う。
たった数日前産まれ落ち、先ほど暴虐の化身となった程度の存在になど敗けてはならないとばかりにナインの剣閃が
2メドルにも届かぬ人間が、全長にして8メドルはある巨体を術理で以って押していく。回避をしていたのはいつまでだったか。もはや両者ともに回避は無い。いや、ナインは選択しないだけであり、
足を動かそうにもナインの剣閃の方が
許されているのは後退のみ。しかしナインが一歩踏み込むだけで埋まる距離しか離れられない。そも離れようとして後退している訳では無い。ナインの剣閃による圧へ強く働いている逃走本能が自動的に逃走を促しているだけであり、同時にナインがそれを捩じ伏せているだけだ。
光の結界の中で、徐々に巨躯が追い詰められていく。
たった1分。それだけでナインの手の届く範囲全ての鱗が剥ぎ取られ、宙に舞い、灰と化して消えた。
「これで……ッ!?」
先程まで一方的なまでに攻め立てられていたことを帳消しにする程の一撃を、
赤熱する圧倒的な熱量を持つ赤い霧が口から一気に吐き出される。魔法を拡散させる
それを見たアイズが不味いと思って突入の姿勢を取り、それを遮るようにしてオッタルの大剣が直線状に滑り込む。
「ッ?! なんのつもり!?」
「見ていろ」
それだけでアイズは止められる。オッタルという存在はこと
アイズも、オッタルも、民衆も、彼らに紛れてやって来た白髪の少女も、そしてこの一件を引き起こした女神も、終わりを予感した。
────
──
赤い霧の効果は別にして、直接叩き付けられることだけは避けるべきと全速力で後退したナイン。その熱量に肌を焼かれ、同時に余波にてさらに飛ばされる。距離を取らされた。遠距離の攻撃手段を持つ者と持たざる者でありながら。再度立たされた苦境。
だが安心材料として、赤い霧がドーム状の結界に触れるようなことにはならない。放出され続ける光の魔力粒子によって接触を不可能とさせているからだ。
だが
赤い霧によって
右方向から接近してくるその銀色のムチを前に、ナインは切断ではなく、叩き落すことを選択した。ギャリンッ! という音と共に地面に叩き落とされた鎖。しかしその根本にあるはずの
「
だが、ナインがそれを許さない。左手に持っていた脇差に極光とも取れるほどの光を収束させ、その光の粒それぞれに仮想の質量を持たせたうえで、
ここに、怪物の武装を経由して、再度鎖は拘束具としての役割りを取り戻したのだ。
「終わらせるっ!」
赤い霧。それが遮るのは
理知無き獣がここぞという場面で編み出した
ナインは残る体力全てを自らの脚に注ぎ、推進力へと変える。鎖という絶対の道標。晴れ始めた煙の向こうに存在する竜へと、一息に接近した。
煙の向こうには、鎖を踏んでいる存在を認知していた竜が迎え撃たんとばかりに大口を開けていた。振るった尾がある側面へ向けられる長い首と凶悪な顔。本来の色を喪失した白と薄い水色の堅い皮膚。清廉さを感じさせるそれらを台無しにするほどの
全てがナインへと向けられていた。
「グゴォォォオオオオオッ!!」
「はあぁぁあああああああッ!!!」
互いの雄叫びだけが場を支配する。両者の視線が激しくぶつかり合い、まるで火花を散らす程の熱を間に産む。
仕掛けたのは
対し、ナインは愚直に突き進む。次の一撃で決着が付く。
いいや、着けるのだと。
濃い赤の煙が意味を成さぬほどの距離。お互いの視線が相手の死を望む瞬間、ナインの握る《
それは
ゆっくりとした時間の中、蒼い焔が僅かな膨張と共にナインへと迫る。対し、最上段に構えられた輝き
「
その一振りに込められた魔力や気力。ナインの全てを注ぎ込まれたその一撃は、放たれた蒼を越え、その奥にある竜の頭蓋を、両断した。
光の膜の中では赤い煙、未だ地面で燃え盛る蒼い焔、そして結界の光量すら凌駕せんとした閃光。
最後の光が爆ぜた後、徐々に結界が縮小されていく。
それを見ていた者達はなんだ? と疑問を漏らすが、時間経過とともにその理由を知る。
輪郭に
そしてそれらが晴れた先に立っていたのは、漆黒の剣を納刀し始めたナインと、その巨躯を塵へと
歓声が上がるのは、それから間もなくのこと。
────
──
悲願の為の1歩目を、果たすべき大願へ向けた1歩目を踏みしめた少年は疲労困憊の体であっても、まずは笑顔を浮かべた。
自分のもとに走ってくる人影がなんか多いなと思いつつ。
高評価や感想、ここすき、誤字報告、いつも感謝です。
シルバーバックの時、ヘスティアに魅了が掛かっていた所為でナインが本来数キロ範囲なら辿れるはずの
位相反転した
Q,主人公の願い?
A,近いうちに出すと思われ。
Q,ヒヒイロノカネ使ったのでは?
A,ベル君のナイフの素材はミスリルでしたね? そういうことです。
Q,剣、飛ぶの?
A,飛ぶ。呼んだら来る(一定範囲内)。あっち行けは無理。来るだけ。