ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・012 うおっ、すげぇハーレム。テンプレかな?

────

 

 

 

 

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)の翌日、ベッドをヘスティアとベルに貸して備え付けてあったソファーで眠っていたナインはゆっくりと起き上がり、まだ朝日も顔を出すより前に家を出る。2人が起きるまでに帰ってこない可能性もある為、一応の書置きを残してから。

 

 身に纏うのはミノタウロスの一件に加え、昨日の怪物祭(モンスター・フィリア)で発生した戦闘。その両方にて駄目になってしまったモノと同等の戦闘衣(バトルクロス)。白を基調としたそれは新米冒険者が購入するには高いが、一定以上の冒険者歴を持っている者たちであれば、幾らか纏めて購入できる類いのものだ。安いとは言えないが、高くもない。

 

 性能も同様に。

 

 残ったこの一着だけではその内駄目になるかもしれないと思いつつも、他に買うのもなというしこりが、ナインの中にある。

 

 その理由は彼が背負っているリュックサックの中に入っている白い小竜(インファント・ドラゴン)のドロップアイテムだ。

 

「これで戦闘衣(バトルクロス)でも作って貰おうかな……」

 

 都市に来てからある程度経ってから懇意にし始めた鍛冶師のところに顔を出しに行こうと決め、それよりもまずは昨日の料理が入っていた風呂敷など一式を返しておこうと、それも手に持って外に出た。

 

 

 ────

 ──

 

 

 まだ暗さ残る街道を歩く2人の影。ナインとリューは2人でオラリオの街道を歩いていた。

 

「なんというか、またこんな時間に起こすような日常にしたら悪い……よなー……って」

 

「構いません。レイルさんも冒険者としてダンジョンに潜る必要があり、その時間を考慮に入れれば使える時間は早朝か夕暮れ。そしてこちらは夜にはお店がありますからそちらは使えません。

 消去法と言うと無粋もいいところですが、使える時間を鍛錬に()てるというのは理に適っていると、私は思います」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 朝日も昇らぬ時間帯に豊穣の女主人へと足を運び、リューを伴って都市の市壁である程度の型稽古と、打ち合いという名のぶつかり稽古。

 

 問題として、ナインは剣の技量だけなら追い縋れるのだが、リューのレベルは4。そのステイタス差を覆す程ではない。技量だけで押し切ろうとしても、そこに力を込められれば容易く(はじ)かれてしまうのだ。

 

 それゆえにナインは「貰い過ぎだろう」、と考えることがしばしばある。

 

 その様子を見たリューは、口元に手を当てるようにして笑みを溢し、そんなことはないと断言した。

 

「私も先日まで、ずっと独りで型稽古をする毎日でした。腕を錆び付かせない為だけの、作業。

 今は違います。どうかお気になさらずに」

 

「……そうか。分かった」

 

 そうして心のしこりを取り除いたナインと、微笑むリューが街道を進んで行く。その最中、お互い会話を止めるようなことはない。

 

「やはり昨日の半球状の結界はレイルさんの……」

 

「まぁ、そうなるかな……。昨日は色々あってもう隠すのも誤魔化すのも難しそうだし……」

 

「シルからも昨日の件は聞いたのですが、あなたに助けて貰ったということ以外は碌に……、あの場に居たのですね。

 しっかり見た訳では無いので目立った怪我がないということしか知りませんが、その場でどのようなことが?」

 

「あー……、確か近くに……ミィシャだっけ? ギルドの職員が居たからそっちから聞けばいいかなー、と。

 なんと言うか、【ガネーシャ・ファミリア】の失態だし……、広めるのもなぁ。

 あと、あの美神

 

「シャクティも今頃、頭を抱えているでしょうね……。

 それよりもギルド……、ですか…………」

 

 リューは最近、めっきりあっていない友人の現状を憂いつつ、同時にギルドへ自分から赴くのか? と頭を悩ませた。結論としては、「行かない」に帰結するのだが、それが出てくるまではまだ幾分か掛かるだろう。

 

 そうこうしていれば、ナインの目的地が目に入る。

 

 そこは工房だ。とある鍛冶師に与えられた専用の場所であり、近くには数人程度なら同居しても問題無いだろう大きさの一軒家もある。

 

「ここ、ですか……。それにしても……」

 

 リューが初めて来た為に少しだけ感嘆するようにして周囲を見渡す。

 

 そして、一通り見たとばかりに工房へと視線を戻し、少しだけ溜め息を吐いた。

 

「こんな時間から鍛冶をしているのですね。近所の方々にも迷惑でしょう……」

 

「まぁ、そういう奴だから。というより、焦ってるのもあるんだろうけど」

 

「……焦り、ですか」

 

 そう話し合いながら、2人は工房へ着く。そしてドアの前に来て気付いた。中には目的の人物以外にも居るらしいということに。

 

 こんな早朝でありながら、近所迷惑など考慮していないであろう2人分の声。それが工房の外まで響いていること。

 

 何より、少々険悪な様子であることがその会話内容から分かった。

 

「良いではないか! その冒険者、手前も興味がある。会わせろ会わせろっ!」

 

「帰れよっ! こんな時間から押し掛けてくんじゃねぇっ!」

 

「この時間に来るかもしれんのだろう? であれば待つのは道理。

 いつも通り魔剣は打たないなんぞ言ったお(ぬし)に、魔剣なんざ好きに打ってれば良い、と言い切ったらしいではないか! お(ぬし)に直接会いに来た挙句なっ!! 

 それにどうやら随分な使い手らしいしのぉ……。会わせるぐらいしても良いだろう。減るモンでもなし」

 

「テメー、自分の評価知ってて言ってんだろ!?

 ()るわっ! 俺の客がっ! 持っていかれて(たま)るかっ!!

 クソッ! 酔ってる間に口が滑ったか…? 全部酒が悪いっ!!!」

 

 そんな声が2人の耳へドア越しに入って来る。

 

「……」

 

「……」

 

 どうしようか。ナインとリューの中ではそんな思考が重なった。工房の中から聞こえるのは男女それぞれ1名ずつの声。睦言ではないだろうが、入るのも(はばか)られる。

 

「……出直しましょうか」

 

「それはそれで木刀が手に入らないし、なによりこれを渡しに来たのも理由の一つだから……、ん?」

 

 お取込み中に割り込むのもどうなのかと踵を返すことを提案するリューと、そうすると貴重な格上との鍛錬が流れてしまい、更に追加の依頼が遅くなってしまう。切羽詰まってるとは言わないが、原作が始まったということを知ったナインに無駄にしていい時間はそれほど無いのだ。

 

 どうするべきかと2人して1分ほど悩む。すると、突如工房の扉が勢い良く開かれた。

 

「なんだ? 先ほどから工房の前でコソコソと……、…………」

 

 工房内から出て来たのは腰まで伸びた黒髪に褐色肌の女性。彼女は盗み聞きを疑い、眉間に皴を作りつつ扉の前に居たリューを見てそれを少し(やわ)らげ、そして次に隣のナインへ視線を移す。眼帯を着けていることで片目しかないが、その眼光は強く、その視線に刺されているナインは僅かに動揺してしまう。

 

 リューもそんな彼女を見て次の行動を取れずにいた。その女性が悪人では無いことを知っているからこそであり、同時に彼女の言っていたように図らずも盗み聞きに近いことをしていたからだ。機嫌を損ねたかもしれない。それならばそれで謝ろう。そう思考に決着を付けた次の瞬間、彼女が動いた。

 

 ふにゅんっ!とナインの顔が柔らかな感触に包まれる。

 

「ヴェル吉の客というのはお(ぬし)だなっ! 待っておったぞっ!」

 

「……はっ! 【単眼の巨師】(キュクロプス)っ! か、彼を放せ!! ハレンチだぞっ!?」

 

「ふむ、この歳にして中々に鍛え抜かれておる……。左右の肉の付き具合……、不均一性がない、か……。これは生来のモノではなく、意図して両利きになる様にしてあるな。であれば双剣の類いか?

 腰に提げたのは直剣か。同等の長さの得物をもう一本持っているのは間違いない……」

 

「無視して考察を始めるなぁーッ!」

 

 ナインを胸の中に収めた女性、椿・コルブランドはその気質から目の前に現れた強者としての才覚を十二分に秘めた存在を前に、興奮冷めやらぬといった様子でナインの身体中をまさぐり始めた。

 

 それを隣で見ていたリューは顔を真っ赤にしつつ、何とか離れるようにと説くが、椿がそれを聞く様子はない。既に自分の世界に入っている。

 

「いや、放せよ!? 落ちてんぞ、ナインが!!」

 

 そして遅れて出て来た赤髪の青年、ヴェルフが椿の胸の中に沈むナインを見てさっさと放せと、工房の中で見ればいいだろと説得して漸く離れた。工房の中にある長椅子に寝かせる所まで椿が勝手にしたが。

 

 ナインが起きるまで数分ほど。

 

 リューは顔を赤らめながら男女の仲について説いていた。

 

 しかし聞いていた椿とヴェルフは「潔癖にもほどがあるだろう」と、目の前の妖精(エルフ)が持つ恋愛観に内心、溜め息を吐くこととなる。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……?」

 

「さぁ、どこからでも打ち込んでくるがいいっ!!」

 

 オラリオを囲う市壁の上。そこそこの幅を持つ通路としての機能を持ったそこで、ナインと椿が向かい合っていた。

 

 ナインの手には先日からよく使用している木剣が。対する椿は本来ならばリューが使用する筈だった木刀をその手に握る。

 

 こうなった経緯は単純で、昨日の一件によりナインの名声が結構広まっているからだ。

 

 

 ────

 ──

 

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)で起きたモンスターの脱走。派閥(ファミリア)(おさ)である椿は、当然のようにそれを耳にした。

 

 そしてその内の1体。体色を白に変じさせた小竜(インファント・ドラゴン)を討伐した冒険者の話も、噂程度に聞き及んでいた。

 

 戦闘中、ナインは常に【星と化せ(クレセリア)】を使用していた為、非常に目立つ。その様子は話題性に富んでいる。

 

 白い竜と1対1で交戦していたこと。光の結界で近くにいた町娘を、竜の攻撃から守っていたこと。無差別に放たれようとしていた竜の息吹(ブレス)から、時間経過とともに集まっていた観衆を守るかのように巨大な結界を張ったこと。

 

 そして蒼に染まった結界の中と、身を焦がすような炎の嵐を斬り裂く様に落着した白い鞘と漆黒の剣。落下地点はナインの丁度目の前。柄を差し出すように、剣自体が自らを握る様に少年へ促す(さま)は、まさしく英雄譚の主人公と精霊のようではないか、と。

 

 そして始まる一転攻勢。それまでの守勢が(うそ)のように、漆黒の剣を握った瞬間からナインは勢い良く発走。息もつかせぬ怒涛の連撃により、人よりも何倍も大きい全長と十数倍の質量を押し込んでいく。

 

 赤い息にも怯むことなく、竜の武装と化していた(くさり)すらも己が進むべき道として疾走。そして極光と共に振るわれた剣。

 

 最後の瞬間は赤い煙(ミスト)に隠れて見えなかったが、それでも酒の肴には充分。オラリオ中。至る所で何度も話題に挙げられたのは言うまでもなく、ギルドの職員もその場にいたのだ。ギルドの上層部に話は行き、その冒険者は誰だったのかと様々な派閥(ファミリア)に職員が向かわされたのは言うまでも無かった。

 

 因みに、【ヘスティア・ファミリア】とかいう団員2名、レベルも両方1の弱小派閥(ファミリア)に聞き込みが来るようなことはない。受付嬢であるミィシャが知っている顔だとか言った所で、その人物がLv.1と聞けば鼻で笑われて終わりだ。

 

 そしてその話を聞くのは当然ながら主神や団長であろう。椿もヘファイストスと共に同席し、ギルドの職員が帰った後のヘファイストスの反応から知っている人物だろうと察し、聞き出した。力の大半を封じてなお、自らが心酔する程の技量を持った神物(じんぶつ)が楽し気に想起する様を見逃せるほど、椿・コルブランドという鍛冶師は大人しくないのだ。

 

 色々と聞き出し、入手した情報から過去の情報までが色々と交差した結果、ヴェルフのところに似た容姿の冒険者が出入りしており、【ヘファイストス・ファミリア】の売店でヴェルフの打った武器が卸されたという話を思い出した。

 

 その噂レベルの信憑性に飛び付いた椿は、話題に挙げていた者たちを順繰りに回っていく。そして朝日が出るよりも前の時間、ナインが来るだろうヴェルフの工房へと押し掛けたのだった。

 

 

 ────

 ──

 

 

(────ッ!? これは……、まず間違いないだろうな……)

 

 正面から打ち込んできたナインの木剣を(はじ)きつつも、その剣閃の鋭さに僅かな瞠目と、愉快な気分を持ち、2撃目を受け流して自身も攻勢へと出ていく。

 

 1撃、2撃と躱され(はじ)かれてなお上がる口角と比例するようにして剣の速度を引き上げる。どこまで付いてこられるのか。少しばかり楽しくなってきたと言わんばかりに。

 

 強化種と成った小竜(インファント・ドラゴン)を屠ったのであれば、目の前の冒険者は確実に己の器を昇格させている筈だ、と。それならば自分との剣戟も利になることだろうと言わんばかりに。

 

(どぉれ、まずはそのズレ……、叩き直してくれようかッ!!)

 

 更に速度を増した木刀の横薙ぎがナインの拳打で側面を殴られ、その双眸がギラついていく。もはや目の前のナインをただのLv.2成り立てとは思わない。更に加速していくことと決めた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ギアを上げた椿に対し、徐々に防戦一方となり始めたナインを見ている影は2人。

 

 少しばかり不満気な雰囲気のリューと、ナインの戦闘ぶりを見て驚きを露わにするヴェルフだ。

 

「……すげぇ」

 

「レイルさんをそこらのLv.2と同じに考えてはいけないのでしょうね……。あまりにも速く、そして力がある。

 【単眼の巨師】(キュクロプス)が手心を加えているとはいえ、防戦一方であるとはいえ、それでも戦闘になっていること自体がおかしなこと。どう考えても異常なまでの戦闘センスと、……【ステイタス】」

 

 今は剣を置いている身であれ純粋な戦闘職であったリューはナインをそう評する。ヴェルフが言葉を失くすのも仕方の無いこと。彼はどこまでいっても戦闘も出来る鍛冶師。戦うことの優先順位はどうしても低くなる。

 

 そんな両名の前方で剣を振るうナインは血気盛んに攻め立ててくる椿の攻撃を何とか躱し、いなして受け止めているが、攻撃までは手が回っていない。直撃を避けているだけであり、幾らかその身に刀を受けている。

 

 手加減ありきとは言え、Lv.5の振るう一撃は重く鋭い。受けた部分は青痣が作られているが、それでもナインは椿を見据えて剣を握り、前へと出る。

 

 振るわれる一撃一撃に込められた戦意と闘志に椿も楽しそうに応じていた。ギアを上げた自分の攻撃に防戦一方だった少年が徐々に攻撃も交え始めたのだ。Lv.5を相手に挫けず、腐らず、僅かな隙を見付け、届かぬとしても届かせるという意思を以って振るわれる一閃に、剣士としての才覚を見た。それを前にした鍛冶師の心が、(ふる)えない訳が無いのだから。

 

「ヴェル吉ッ! 前言撤回だッ!! こ(やつ)、くれっ!!」

 

「嫌に決まってんだろッ!?」

 

 突然のことにヴェルフが怒鳴り声をあげる。

 

 リューは呆れ、そしてナインは会話してる暇ごと叩き潰すとばかりに前へと打って出た。

 

「……ッ! 甘いわッ!!」

 

 市壁の足場を砕かんほどの蹴り脚が、椿との距離を一瞬にして埋める。引き絞られた木剣が狙うは椿の鎖骨、の更に下。それが真剣であればそのまま心の臓を貫かん軌道を通る突きが放たれる。しかしヴェルフへの軽口も油断ではなく余裕からきたモノ。

 

 まだまだだ、と言わんばかりにその木剣の側面を打つ。

 

 と同時にナインの木剣が木刀を巻き込むようにして大きく()を描く。

 

「……ぬぅっ!?」

 

 そのまま半周、ナインの左腰辺りにまで回った木刀は流れ、対するナインは予定通りと言うようにして木剣を安定させて狙う。椿の腰から肩までの逆袈裟に……一瞬すら遅い程の斬り上げを。

 

 その一撃は必殺に近く、例え13階層より下の中層域モンスターでも容易く屠るだろうモノとなり、木剣に薄く塗られた塗料が東より出て来た陽光に照らされて軌跡を描いた。

 

 しかし相手はLv.5の格上。椿は崩れた体勢のまま後ろへ跳び、斬り上げの済んだ後に元の位置へと戻ってナインへ拳を叩き込んでは、後ろへ飛び切る前に木刀を横に一閃。腹にめり込むようにして放たれた一撃により、ナインが飛んでいった。

 

「「────あっ」」

 

「────あぁっ! やってしまった……」

 

 ちょっと危なげな一撃が見舞われたことで、本能的に避け、そのまま反撃まで行なってしまった椿。

 

 当然先程までの手加減など乗るはずもなく、心の中で「木刀で良かった~」と呟く。

 

 そんな安堵を吐く椿と、飛んでいくナインを哀れに思うヴェルフ。そして市壁から落ちる前にと動き出したリュー。

 

 しかしナインは落ちずに済んだ。

 

 ふにょんっ、という効果音と共に受け止められたナイン。ショックで気絶中の彼を受け止めたのは薄紅色の長髪を2つに結わえた美少女。

 

「……ヴァ、【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)っ?!」

 

 自らの主神より、黄金を賜った治療師がそこに居た。

 

 彼女は自身の胸の中で目を回している少年を見て、呟く。

 

「……なるほどー、確かにこれなら打ち合いぐらいは出来ますかねぇー」

 

 ヘイズはそう言って「なかなか手触りが良い」と思いつつ、ナインの頭を撫で始めた。

 

 わなわなとし始めたリューが止めるまで数秒と掛からなかったとか。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 どうやら女神が新たな原石を見付けたのか、その者に試練を与えたらしい。

 

 彼女、【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)を頂くヘイズ・ベルベットがそれを知ったのは怪物祭(モンスター・フィリア)の一件を、生まれたての小鹿のように震えるギルドの職員から聞いたことが発端だ。

 

 

 ────

 ──

 

 

 その日の窓口として、多忙に多忙を重ねていた彼女は死んだ魚のような目で対応した。そしてヘイズは上から数えた方が速い程度には組織の上層に位置する人間であるが、同時にその上には更に幹部の者たちがいるのだ。報告義務があり、『洗礼』の回復や参加者の食事当番、明日の準備を終わらして夜も更けた頃に報告を上げに行った。

 

 正直、過労でいつ死んでも可笑しくないぐらいには働き詰めであるのだが、彼女の回復魔法は都市でもトップクラスの性能と、追随を許さぬ範囲と持続力を持つ。『洗礼』には確実に駆り出され、そして派閥(ファミリア)内で『洗礼』参加者の生命線である『満たす煤者達』(アンドフリームニル)の筆頭に添えられているがゆえに、余暇など碌に無いのだ。その風体や言動からいい加減そうな性格に見えて、真面目な人物。

 

 女神のためにと割り振られた仕事はきちんと(こな)すのだ。

 

 そんな彼女が仕事を一段落させて、ギルドの職員から聞いた話を取り敢えず幹部の誰かに伝えようとした矢先、現れたのはオッタルだった。

 

 舌打ちをしてから、内心でもう一回舌打ちして、気分最悪だと思いつつもギルドの職員から聞いた話をオッタルへと伝える。

 

 それを黙って聞いたオッタルはそれをしっかりと頭の中に記憶したあと、女神が呼んでいるとヘイズへと伝えた。

 

 そっちの方が先だろうと憤慨しつつも、ヘイズは少しでも早くフレイヤの待つ神室へ直行。オッタルをその場に残してさっさと向かった。

 

「明日、『洗礼』の方はお休みしても良いから彼の容態を見にいってもらえるかしら?」

 

 そして伝えられたのは女神からの頼み事だった。

 

 フレイヤの口から出て来た『彼』というのが、新しく見付けた女神の関心を引く人物なのだろうと、即座に理解したヘイズは瞬時に了承の意を返す。特段珍しいことでもないからだ。少し前にもオラリオを脱走して、他国で好き勝手していた悪神とその眷属に攻め滅ぼされそうだった国の主を、「興味が湧いたから」という理由だけで手を貸した。

 

 それぐらい、女神フレイヤという存在は好きに振る舞う。

 

 いいや、振る舞える『力』を持っている。

 

 眷属の力であったり、美貌の力であったり、神としての力であったりと、理由は様々。

 

 それでも、それは試練でもある。乗り越えられなければ迫る壁に押し流され、いずれ圧し潰されて、ハイ終わり。

 

 しかし試練であるそれを乗り越えられるのであれば、その困難を乗り越えた見返りは十二分に存在する。先述した国家も、悪神の眷属を蹴散らし、その後の立て直しのプランまで用意されていたのだ。

 

 であれば、その『彼』という者も試練に打ち勝ったのだろうとヘイズは理解した。

 

 そして「結構無茶苦茶するなぁ」とも思う。蒼炎(ナパーム)赤い霧(ミスト)を吐く小竜(インファント・ドラゴン)の強化種とLv.1が一騎打ちなど、正気の沙汰ではない。

 

 魔法などを駆使して勝利を掴んだらしいという噂程度の話。しかし、その魔法は防御にも使用可能な結界だったという話を今日ギルドの職員から聞いた。そして先日オッタルからも似たような話を聞いたようなと想起したヘイズは可能性はあるだろうかと、少しばかりの興味を抱いた。

 

 敬愛する女神が興味を抱いたからというのも当然あるが、それ以外にも自らの内から出てくるものだ。

 

 彼女はその後、その『彼』についてフレイヤからあれやこれやと聞くという時間延ばし戦法によって、共に居る時間を堪能していたとか。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

……どうしてこうなったっ!?

 

【永争せよ、不滅の雷兵】(黙れ、愚物)【カウルス・ヒルド】(前を見ろ)

 

どうしてこうなったぁぁああっ!?!?

 

 背後から迫りくる雷の(やじり)から逃げるようにしてナインがダンジョンの中を疾走していく。止まれば容赦のない雷の弾丸が自らの身を焦がすだろう。今当たっていないのは後ろを走る妖精(エルフ)の慈悲だ。

 

 慈悲というには些かバチバチと効果音が付いていたり、ナインの討ち漏らしが一瞬にして魔石ごと灰に還っていたりするが、……慈悲だ。多分。

 

「……うわぁ、哀れですねぇー…………」

 

 そして同様に後方から付いて来ているヘイズは、前方をLv.2になったばかりとは思えぬ速度で駆けていくナインの姿を見て同情する。取り敢えず常に魔法を即座に展開可能なように詠唱を済ませて待機させた状態を維持しているので、彼女は仕事をしているとも言える。その為少し前を走る金髪の妖精(エルフ)からお叱りが来ることはない。

 

 現在の時刻、午前10時過ぎ。

 

 現在地、ダンジョン中層。その入り口である13階層を、出現するヘルハウンドやアルミラージというモンスターを蹂躙しつつ走破(そうは)していく。

 

 先日までの稼ぎ場所であった12階層までの上層域とは別種のモンスター達に、危険度が引き上げられる中層域というダンジョンの構造。

 

 ナインとしては倒したモンスターの魔石も持って帰って換金し、それを派閥(ファミリア)の貯蓄としたいのだが、それは不可能。まるで決死行の様相を見せる金髪妖精(エルフ)の追走から逃げるべく、(また)が痛くなるほどに駆けていた。

 

 持って帰れない魔石は強化種を生まないようにすべく、的確な一撃を以って貫き、斬り裂き、砕いていく。手に持った長槍であればそこまで難しいことでもない。

 

 不意の遭遇からのヘルハウンドからの息吹(ブレス)にだけ注意しつつ、足を止めることはなかった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ナインが中層に足を運んでいる理由は、市壁の上で行なわれた鍛錬の回復役をしてくれたお礼の一環だ。と言ってもナインが何か出来るという訳でもない。それはそれとして、『洗礼』でとにかく傷の絶えない彼ら【フレイヤ・ファミリア】であれば、回復薬を外部発注できるのは結構な利益となるはず。

 

 そう考え、【ミアハ・ファミリア】の経営店舗である『青の薬舗』で最近ナァーザが呟いていた量産回復薬(ポーション)の話を振ってみたのだ。

 

 効果に()したる変化はないが、数だけは作れる。問題として品質管理が非常に面倒で、数日置いておくだけで効能がガクッと下がる類いのものだと聞いていた。

 

 椿・コルブランド(Lv.5)リュー(Lv.4)に乱取りを頼んだナインが負う怪我を魔法で治し続けてくれた礼だとして挙げたソレに、彼女は喰い付く。

 

 鍛錬も終わり、リューたちが帰った後にその詳細を話せば、すぐ行こうという話になった。『満たす煤者達』(アンドフリームニル)にも薬師(ハーバリスト)はいる。しかし彼らの手が()けば、別の仕事を割り振ることが可能になり、全体の過労レベルを緩和できるかもしれない。

 

 そしてその恩恵を自分も得られる筈だと、ヘイズはいつもの死んだ魚のような目を少しばかりキラキラさせながら思案した。

 

 一度持ち帰る。それはそれとしてダンジョンに潜る用意はしておいてくれと言われたナインは、走り去ったヘイズを見送り、準備のために賃貸へと戻ることとする。

 

 なお一度ヴェルフの工房に寄ってから、再度脇差が昨日砕けたことと、白い小竜(インファント・ドラゴン)のドロップアイテムである革から戦闘衣(バトルクロス)を作っておいてほしいと頼む。

 

 そこにまだ椿がいたことには無視をして走りヴェルフからの悲鳴を無かったことにしたのは秘密だ。

 

 家に戻ってからはヘスティアとベルに数日()けるかもしれないこと。ベルは防具について誰かに相談すること。この家の鍵は渡しておくから一応好きに使っても良いということを言って、見送られてきたのだ。

 

 ギルドに寄るか一瞬迷ったが、推しキャラとダンジョンデートだと浮かれていたナインはその時間を後回しにした。器の昇格(ランクアップ)について根掘り葉掘り聞かれている時間は無いのだとして。非常に面倒なのだ。討伐したモンスターの数が6桁に昇るとか、魔法やスキルの内容を隠したりとか、白い小竜(インファント・ドラゴン)と戦った経緯とか。

 

 話せない内容が多々あった。

 

 というよりもレベルが上昇した報告も帰ってからすればいい。別に急ぐ用事でもないのだから。

 

 そうしてギルドを素通りしたナインがダンジョンの入り口近くにある噴水広場へ行けば、目立たぬようにといつもの格好の上にフード付きの上着を着たヘイズがおり、挨拶をしようとして固まった。

 

「遅いぞ、愚物」

 

 そこに、ベル・クラネル(原作主人公)の性癖ドストライクな妖精(エルフ)が立っていたからだ。ナイン視点、某牛さんの次に挙がるのでは思われる準ヒロインさんだ。*1

 

 なお、そんな微妙な顔をしていたからだろう。『カウルス・パンチ』が飛んできて「前が見えねぇ……」状態になってしまった。

 

 倒れたナインへ、『ヴァリアン・キック』が来なかったのは慈悲だろう。

 

 

 ────

 ──

 

 

「ふん、ふん、ふんふーん♪」

 

 とある建築物の中に用意された厨房にて鼻歌が聞こえる。そこに1人の影があった。

 

 楽しそうな微笑みを浮かべる鈍色髪の少女が、頭に三角巾をして包丁を動かしている。鍋の中へ今しがた切った野菜を投入していけば、湯気の色が赤から青に変わった。大きな寸胴の中には野菜と愛情たっぷりの珍妙な汁物(カレー)がマグマのようにコポコポと音を上げている。

 

 町娘の中にある想いは別にして、「胃袋を掴んじゃうぞ」作戦が上手くいく可能性はどの程度だろうか。

 

 ひとまず運ばれていくその寸胴と別途用意されたお米たち。

 

 ワゴンの色が元の白から変化しているように幻視した者は今日は休むべきだろうと部屋に戻る。

 

 彼女の着いた先では、とある派閥(ファミリア)の幹部たちが待っていた。1人を除いて。

 

 

 

 

 

*1
正直シルより強い説がある




 暴力系ヒロインの姿か? これが。

 ナイン君、推しではあるが、恋愛感情の類いは持ってない模様。
 でも料理とか普通に出来るんだよな、ヘイズ。
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