ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・016 サポーターとかいう上位派閥じゃないと真価発揮しない存在

────

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 陽光に照らされた黄金色の草原の上には2人の姿がある。

 

 サラサラとした透き通るような金の髪。同色の瞳は優しげに、そして楽しげに輝いていた。

 

 両名の容姿はとても似通っている。それもそのはず。彼女らは母娘(おやこ)

 

 草原の上を走る風はどこまでも優しく、小さな娘の頬を暖かに撫でていた。

 

 幼子にとってその揺り籠が世界の全て。

 

 いつまでも続く。そう思っていた。

 

 しかし幼い彼女を残すように、傍らの女性は一人立ち上がりすぐ近くに佇んでいたもう1人の下へと進んで行く。

 

 父親と、母親。

 

 見ているだけで幸せを感じる両名は口を開き、幼子へ言葉を遺す。

 

「すまない」

 

 と。

 

 小さくなる背中。幼子の両脚は遅く、決して近付くことはない。

 

 まもなく、彼女の視界に映る両親は光の先へと消えていった。

 

 「行かないで」という言葉は無情に響くだけ。彼女の頬を撫でる風は勢いを増して後退させてくる。

 

 そうして独りぼっちになった女の子は、泣いていた。

 

 両の瞳から大粒の雫を零し、くしゃくしゃになった顔を更に歪めるかのように手で拭う。

 

 しかし拭えども拭えども、流れる涙はその勢いを止めない。彼女の心に居据わる暗雲がそれを許しはしないから。

 

 暖かな心は冷たい雨に晒され、残ったのは昏い気持ちだけだった。

 

 両の脚で立ち、手に持つ凶器で薙ぎ払い、頬を濡らす涙からは目を背け……。

 

 歩いた先に、『英雄』はいない。そんな現実を受け入れて。

 

 そうして進んでいると、気付けば周りには仲間が出来ていた。

 

 導いてくれる者。正してくれる者。道理を教えてくれる者。喧嘩っ早い者。笑顔を浮かべる者や彼女に呆れる者。自身を慕ってくれる者。

 

 その他にも大勢の仲間が出来た。

 

 しかし彼女の心の底に巣食う嵐は未だ晴れず。

 

 理由は明白。本当に求めている『英雄(それ)』が現れないことへの焦燥感、そして諦観。

 

 時間が経つにつれて彼女は強くなってしまっていた。もう誰も真に救えない程度には。

 

 だが、秒針の針が進むように彼女の歩みが進んでいる最中、彼女の耳に1つの足音が響く。彼女だけの世界へとなりかけたヒビの入ったかつての幻想。ただ泣くだけしか出来なかった弱い自分のもとへと歩みを進める1人の少年。自分の歩みがまるで亀のそれと同じではないかと思える速度で進む少年は、しかして少女へ声を掛けた。

 

『一手、相手してもらえるか?』

 

『──…………うん!」

 

 それは決して望んでいた言葉ではなかった。それでも、『泣き続けている幼い自分』(そこ)を見付けてくれたことに、久しく感じていなかった温もりを感じて、愛剣をその手に握る。

 

 いつの間にか変わった光景が水晶からの光を放つ。それを反射する銀色の剣と、相対している漆黒に染まった直剣。

 

 『来て』、という望みを口ずさむように彼女が先手を譲る。いずれ目の前の少年が私の(もと)まで来てくれることを願って。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ────あれ? 『技』だけに限れば私より強い……? と感じたのは御愛嬌である。

 

 ステイタス差と『駆け引き』のゴリ押しで勝ちましたとさ。もーまんもーまん。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ナインがダンジョン内でヘディンによる調教(鍛錬)を受けつつ18階層へと向かい、主神であるヘスティアが【ヘファイストス・ファミリア】の売店でのバイトを増やしたことをベルが知った翌日、そのベル本人はダンジョンへと向かう準備をしていた。

 

「う~ん、う~ん……」

 

 彼女は昨日購入した簡素な戦闘衣(バトル・クロス)に身を包み、その上から軽鎧(ライトアーマー)である《兎の鎧(ピョンチャン)》という防具を身に付けている。

 

 肩や前腕、腰に膝当て、そして脛に付ける身軽さを重視したであろう造りに加え、胸元のそれはベルの最近大きくなり始めたソレとぴったりだった。

 

 ベルトを締めればグラつくことも無く、何となくフィット感を感じることからちょっとした運命さえ感じる程だ。

 

「え、っと、後はこれを付けてっと……、うん!」

 

 そして左腕にはエイナから貰った籠手を着ければ準備万端。

 

 彼女が現在居るのはナインが借りている賃貸の玄関。そこにある全身鏡の前でこれ見よがしに一回転してみれば、そこに居るのは柔らかな白髪をたなびかせる1人の美少女冒険者だ。

 

 可憐さを最前線に押し出すような彼女だが、本人が一番欲しているのは戦える力だ。

 

 防具はその第一歩になるだろう。

 

「……今日は7階層までいってみようかな」

 

 自分が行ったことのある階層は最大で6階層。

 

 それをエイナに伝えたところ、冒険者となってまだ1ヵ月も経っていない女の子がそんな階層に行ってはダメだと言われた。シルバーバックを倒したという報告は聞いたが、それは地上での出来事。ダンジョンの中ではモンスターを一体倒したら終わりではない。そこから更に何匹も生まれては襲ってくる危険性が常に存在している。

 

 それに対応できるだろうという指標として、アビリティのアルファベットが基準になっていたりするのだ。

 

 Lv.1のIからHが1から4階層。そこから上層の最下層である12階層まで、一応の規定が出来ていたりする。

 

 ベルの現在のステイタスは最高でCの603となっており、彼女の最大到達階層である6階層すら超えた10階層まで問題無いだろうという数値となっていたのだ。

 

 防具について相談する時、シルバーバックに勝利したという事実を聞いて驚愕と不審を抱いたエイナは、ベルへとステイタスを見せて欲しいと頼み込んだが、残念、彼女の先達たるナインは原作知識のある転生者。

 

 ヘスティアへステイタスに鍵を掛けるように言って「えっ?! そんなこと出来るのかいッ?!」と言わせたあと、ミアハにやり方を教わりに向かわせ、ベルにもギルドの職員にも背中のステイタスを見せることだけはするなと口酸(くちす)っぱく言い付けてある。

 

 ヘスティアも鍵を掛けているから読まれる危険性は低いとはいえ、【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)などの『レアスキル』を他者に知られるわけにはいかないのは承知していた。例え見られても問題無いように、色々と書き方に手を加え、下界の民には読めないようにしている。

 

 エイナは安心感を得るためと自身に言い訳をして、アビリティの1つだけでも明かして欲しいと要求を最低限迄下げた結果、彼女の剣幕に圧されて一番低い力の552を明かしてしまった。

 

 結果、エイナ・チュールは硬直。

 

 先月にも似たような事例*1があった所為で、耐性が出来たというよりも知っていたからこそアナフィラキシーショックのような状態に陥ってしまった。

 

 このままでは「【ヘスティア・ファミリア】に所属すると数週間でステイタスが爆増します」と上に報告する羽目になる。めっちゃ可哀想。ただでさえ善意で始めた1対1での座学が『妖精の試練』(フェアリー・ブレイク)と呼ばれて担当冒険者が極端に減った挙句、そこに現れたのがナインとかいう良く分からん奴なのに。

 

 上司から【ヘスティア・ファミリア】の育成方法を探れとか指令が降りるのだろうか。と怯える毎日へ突入であった。*2

 

 取り敢えずエイナはベルは変な嘘を吐かないだろうと信じ、ちゃんと注意しつつ、まだ大丈夫なんて気持ちは持たないようにしっかりと告げて、それで一旦良しとしたのだ。

 

 まぁ、冒険者になって1週間で、行かないようにと言われた5階層へ下りていった前科があったりするのだが。

 

 

 ────

 ──

 

 

 まだ薄暗さの残る朝焼けの時間、ベッドで眠るヘスティアに一言告げて出て来たベルは、ダンジョンのあるバベルへと向かっていた。

 

 彼女の視界に映るのは大勢の冒険者(同業者)たち。彼ら彼女らも今から各々適正階層へと赴き、そこで稼ぎを増やすのだろう。

 

 そんな中、ベルはいつもより遅い足取りでその人波に流されるように歩いていた。

 

「……サポーター、かぁ……」

 

 それはサポーターやパーティーを組める他の冒険者の有無。昨日の装備選びの際にエイナから言われたことであり、これから先もナインが別の用事によって同行できない事態に陥っても安全性が上がるから、と言われたが故の悩み。

 

 とはいえベル少女はこのオラリオに来て知り合ったのは同じ派閥の2人に酒場の店員たち、そして自分に鍛錬を付けてくれるベートぐらいなもの。エイナはギルド職員である故除外され、酒場の店員たちもベルでは実力者集団であることには気付けないので思考の外へ。

 

 ベートは最近近所でおばあちゃんたちの口から出てきていた気がするが、他派閥の幹部なので無理。そもそも彼がベルに鍛錬を付ける時間など、自派閥の利にならないことである為、本来は無駄な時間なのだから。

 

「そこの白い髪のお姉さん」

 

 ではどうしようか。そんなことを考えていると、彼女の背後から声が掛かる。

 

「……?」

 

「初めまして。

 突然ですが、サポーターを探してはいませんか?」

 

 そんな提案と共に現れた身長100セルチ程度の獣人、キャットピープルの少女が栗色の瞳でベルの顔を見ていた。

 

 少女は内心に浮かべた笑みを決して外へは漏らさず、白髪の後をついていく。

 

 サポーターとして。

 

 ────これを最後とする為に……。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ────撃沈。

 

 そんな言葉が相応しいであろうナインを見守る影が二組。

 

 片方はその深い藍色の髪を後ろで一房に結わえた男神(おとこ)。医術の神であるミアハ。彼は数年ほど前までは中規模派閥の主神をしてたのだが、現在はとある避けられない理由により多額の借金を負い、凋落。今となっては新設の【ヘスティア・ファミリア】にすら劣る弱小派閥。当時から残るたった1人の眷属と共に、『青の薬舗』という薬品店を切り盛りしている。*3

 

 そしてもう1人が薄紅色の長髪を二房に結わえた治癒師。【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)のヘイズ・ベルベットだ。昨日の夜、夕食として持ち込んだ保存食だけでは味気ないだろうと18階層で()る果実を探している最中、突如として現れた食人花の対処……をナインへ丸投げした彼女は、そのツケを払うかのようにリヴィラの街の怪我人たちをその治癒魔法で回復させられた。それを指示したのは隣にいたヘディンであり、彼はそれを対価にリヴィラの街にある採取対象及び稀少素材(レアドロップ)を全て徴収。更には自生場所が不規則(ランダム)なクリスタルドロップなども回収していく。

 

 その横暴ぶりに文句を言おうにも、ヘディンはLv.6であり彼が指示を出さなければヘイズはナインの治療を済ませたらリヴィラの街にはノータッチだった。本人もそう断言している。

 

 勝つのは無理でも逃げ切るぐらいは可能。それがヘイズの食人花への評価だ。ナインはとても頑張った。それに加えヘイズと2つものレベル差がありながら自分を庇い、魔力の高い方を狙うという敵の習性を利用した囮役まで買って出た。それも精神疲弊(マインドダウン)を起こすまで。

 

 治す義務はダンジョンに潜る前からあり、義理まで出来たのだ。

 

 ナインの治療に異論はなかった。

 

 そうして彼らは18階層で採取できるアイテムを回収し終え、ナインがアイズと剣を交わしたのち、地上へと向かいつつ17階層よりも上で取れるモノを回収。

 

 現在はヘディンと【ミアハ・ファミリア】の団長であるナァーザが交渉している近くの部屋で待機していた。

 

「ふうむ……、ナインの様子から察するに、随分と過酷な道程だった様子。

 我々が口を滑らしたばかりに……」

 

「いえいえ~。これは8割がたヘディン様が悪いので~。

 ナインはそれに付いて行けてしまったが故でしょうね~。なまじ応えられる分、どんどんエスカレートしてしまっただけですよー」

 

「なるほど。……私たちは一度ナインが戦っている場面を見たことがあるのだが、……ブラッド・サウルスだったか」

 

「それは下層の……、というよりもダンジョンへ?」

 

「いや、オラリオの外、非常に弱体化したかつてダンジョンから世界中に広がったモンスターの子孫だ。

 とある理由で冒険者依頼(クエスト)をナインに受けてもらってな。その時は倒さないように制限を掛けていたからな……。本気で戦ってどれだけ強いのか分からんのだ」

 

「なるほどぉ~。その頃から頑張っているんですねぇー」

 

 ヘイズはミアハと雑談を続けながら、昨日の夜からろくに眠れなかったがゆえに疲労と眠気がピークに達したナインに膝枕をしていた。

 

 そのサラサラとした髪をゆっくりと撫で続けている。

 

 昨日は昼前からダンジョンに入り、1から17階層まで全速力で進まされていた。本来であれば数時間は掛かるであろうその道を、短縮用の縦穴を使うことなく正規ルートのみで一気に駆け抜けさせられ、挙句会敵したモンスターの対処は基本的にナインだけ。更には打ち漏らしが出るたび雷の矢(ペナルティ)が降る。

 

 そんなLv.2が行なうべきではない地獄の決死行を乗り越えた先で、「おい愚物。今から階層主が出てくる。──やれ」、というお前だけでなという言葉の省略された命令の下、ナインはゴライアスと一騎打ちをする羽目になった。

 

 そこには圧倒的なステイタス差がある。

 

 本来階層主とは1対1(サシ)で戦うような相手ではない。挙句それが昨日Lv.2に上がったばかりのナインであれば猶更だ。

 

 レベルは上昇するとそれまで溜め込んでいた経験値(エクセリア)を器の為に使用してしまう。その影響で前のレベルの時に上昇させていたアビリティの数値が0になってしまい、視覚上では弱体化したとさえ言えるがそうではない。

 

 それは新たな器の中にしっかりと保管され、更には強靭と化した新たな器は今までとは別次元の力を内包する。

 

 もし仮に『力』のアビリティを500まで上昇させた者が2名。片方がそのままのレベルで、もう片方がレベルを上げた場合、後者の方が勝利する。

 

 上昇量に種族差は有れど、それは絶対だ。神時代が到来してざっと1000年。そういった実験のような記録も幾つか存在する程度には調べられている。

 

 ここから分かる通り、レベルを1から2へ、2から3へと上げた際に、その時点で上昇させていたアビリティの数値以上に、本人の力量は伸びるのだ。

 

 では適正レベルが4であるはずのゴライアスへナイン(Lv.2)が挑む場合は?

 

 答えは単純で、無謀。その一言に尽きる。

 

 攻撃を通す『力』が足りない。万一攻撃を受けてしまった時の『耐久』が足りない。攻撃を捌ききる為の『器用』が足りず、有利な距離間を保つための『敏捷』も必殺たりうる魔法の為の『魔力』も足りない。

 

 ヘイズは流石にそれは無いとヘディンへ申し立てたが、聞き受けられず、ナインもまたその指示を受け入れてしまった。

 

 ヘイズはそれに対し凄まじく呆れたが、同時にヘディンが指示したことに改めて思考を回す。彼は無駄を嫌う。それはもう非常に、とてつもなく。正しく合理の塊。

 

 そんな彼がLv.2に階層主と一騎打ちをさせる意味とは。

 

 結局ヘイズには分からずじまいだった。

 

 それでも約30分。ナインがゴライアスと戦い続けたのは間違いないのだ。

 

 その大岩のような巨拳を喰らった。

 

 大樹の幹のように太い脚から繰り出される蹴りを受けた。

 

 上へ回避した結果、無防備を晒してしまい、巨大な手を叩き付けられた。

 

 何度も攻撃を受けては壁に打ち付けられ、血反吐を吐き、全身の裂傷から血を噴出させていた。

 

 確かにそれらは()()。ヘイズの回復魔法はそれだけ優秀で、継続時間も非常に長い。例え早朝から夕暮れまで使用しても何とか()つだろう。それだけの精神力(マインド)を保有しているのだから。

 

 しかしナインは治癒を待つことなく駆け出すことがしばしばあった。折れた腕をどういう訳か真面な状態に固定させたり、折れた脚で曲がっていたその足を地面に叩き付け蹴り付けてはゴライアスへと向かっていく。

 

 最初は押されるだけでしかなかったナインも、相手との体格差やリーチの差を文字通り体で理解し始めたのか、槍を上手く使用して棒高跳びの要領で跳んでは、相手の腕などに着地して攻撃し始めたりなど。

 

 生と死の境界線で戦い続ければ強くなるのは【フレイヤ・ファミリア】で行なわれる『洗礼』によって証明されている。

 

 しかし階層主と『洗礼』(それ)を行なうなどハッキリ言って非道すぎる。

 

 回復して戦い続けろと暗に言っている側であるヘイズであっても、ナインに課せられたソレは流石に目に余るというモノ。

 

 結局はその場に【ロキ・ファミリア】が現れた数分後に舌打ちをしたヘディンによって木っ端微塵にされたが、ヘイズとしてはナインはヘディンを怒って良いと思っている。

 

(起きたら100ヴァリス渡して暗殺してもらいましょうか……)

 

 ついでに日々の業務の改善案が一向に受理されないことへの恨みが久しぶりに噴出していた。

 

 改善の兆しを与えたのが他派閥の人間なのはどういう了見か、という話である。

 

 じきに真っ青な顔をしたナァーザを部屋に残したヘディンが現れ、「帰るぞ」と一言。

 

 「雷撃は……、いやだ…………」とヘディンが現れた瞬間から悪夢にうなされ始めたナインをミアハの下に残し、ヘイズたちは本拠地(ホーム)へと帰っていった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「ふむ、……30ヴァリスだな」

 

「えっ?!」

 

 『ノームの万屋』というこじんまりとした質屋の中で交わされたその会話は、片や適しており、片や予想外のモノ。

 

 店主である地精霊(ノーム)の老翁は低級の精霊。自我が薄いと言われる精霊の中でも、はっきりとした人格を持ち、その店舗を経営していた。

 

 そんな彼の持っているのは柄から剣先まで黒一色の小剣(ショートソード)

 

 カウンターを挟んだ先に居るのは小人族(パルゥム)()()。本日の成果であり、今まで盗んできた中では一番の稼ぎになると感じていただけあり、驚きと落胆はとても大きい。

 

 その小剣(ショートソード)の本来の持ち主と、今日一日ダンジョンで共に探索をした。

 

 その時に見た小剣(ショートソード)の切れ味は凄まじく、出会うモンスターを尽く斬り裂き、倒していった。どう考えても第二級以上の鍛冶師が打ったであろう一品。更にはそれを収めた鞘には【ヘファイストス・ファミリア】の刻印がされており、そこの商品で30ヴァリスなどあり得ない。

 

「そんなはずはないっ! しっかり調べてくれッ!!」

 

「そうは言ってもなぁ……、ほれっ」

 

 少年の剣幕に困り眉の地精霊(ノーム)は見せるようにして指に刃を当てて一気に引く。小剣(ショートソード)の切れ味を知っているだけあり、少年は目を逸らそうとしたが、そこにある事実の方に目を奪われる。

 

 間違いなく斬れる引き方をした。冒険者となり10年以上、色々な冒険者の戦いを見ていただけあり、それぐらいは理解できるようになっていたからこそ、地精霊(ノーム)の指が全くの無傷であることに驚いていた。

 

「ほれ、ナマクラじゃろう? こんなものを売られてもな」

 

 

 ────

 ──

 

 

(冗談じゃないっ! あんなにモンスターを容易く斬れるようなものが30ヴァリスッ?! ……そうだ、動かない証拠さえ、あの【ヘファイストス・ファミリア】の刻印のされた鞘さえ有れば……)

 

 『ノームの万屋』からの帰り道、()()は思う。

 

 今日盗めたのは剣のみ。良く見えないがこれにも何らかの刻印が為されているが、共通語(コイネー)ではない所為で、少女には読めない。

 

 しかし鞘であれば。この小剣(ショートソード)が収まっていた鞘には【ヘファイストス・ファミリア】の刻印が為されていた。それさえ有れば小剣(ショートソード)の価値は跳ね上がる。付加価値というモノが世の中には存在し、例えナマクラだと言われようとそれさえ有れば黙らせれるはずだ、と。

 

(リリには時間が無いんです……)

 

 例え今の環境から解放されようと、時間が経つにつれて自分という価値は相対的に下がっていってしまう。今の自分が【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】に拾われるか? それはノーだ。

 

 当たり前だろう。戦えず、彼ら彼女らよりも知識に劣る。ステイタスも非常に低くて、稼ぎ場所である中層や下層へサポーターとして連れていくには不適格に過ぎる存在。

 

 離れていってしまう。

 

 それだけが恐ろしく、また叶わないのかと悲しさすら覚えてしまう。

 

──あだっ?!

 

 そんな時、俯いていた少女のすぐ近く、本当に数セルチで当たりそうな場所へヒューマンがこけた。彼の近くには丸い何か。果物か、それとも誰かが忘れていったおもちゃか。

 

 少女には関係ない。

 

 だれにも盗みを知られないように走り始める。

 

 そんな彼女の耳が一言だけ、拾い上げた。

 

「助けが必要だったら言ってくれ」

 

────っえ?

 

 背中から掛けられた言葉。それは別に少女へ向けて言った言葉では無かったのかもしれないが、彼女は、リリルカ・アーデは振り返ってしまった。

 

 そこには誰もいなかった。

 

 こけていたはずのヒューマンも。

 

 無くなっていた。

 

 今日盗んだはずの小剣(ショートソード)も。

 

「あれっ?! あれっっ?!?!」

 

 少女の困惑だけがその場に残されていた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 夕焼けに照らされ始めたオラリオの街をナインが歩いている。彼は一度家へ戻ったことで、上裸の状態から解放されていた。

 

 いや、着込んだのだからその逆だろうか。まぁ、どうでも良いことである。

 

 彼は片手に小剣(ショートソード)を握っていた。ここには鞘が無いので抜き身の状態だが、持っていた布を一応の保険として巻き付けてある。

 

「これってやっぱり俺にも反応するんだな」

 

 現在の小剣(ショートソード)はその鋭い切れ味を取り戻していた。

 

 ゴブリンの皮膚、コボルトの毛皮、ダンジョン・リザードやフロッグ・シューターのブヨブヨとした皮膚も難なく斬り裂き、ウォーシャドウの爪を受けても切れ味を損なわない。刃先が欠けるようなことも起こさない一級品だ。

 

 更にはキラーアントなどの硬い昆虫系の甲殻も上から斬り裂くことが可能。

 

 上層までのモンスターであればこの一振りだけでもどうとでもなるだろう。そう思わせる小剣(ショートソード)が、現在ナインの手元にある。

 

 先ほどフードを目深に被ったキャットピープルが持っていたこれを、スって来たのだった。

 

「まぁ、広義的には団長である俺の物でもあるしな……」

 

 そう、ナインは腐っても、曲がりなりにも、自覚が酷く薄いが【ヘスティア・ファミリア】の団長となっている。団員二名とか言ってはいけない。

 

 解釈次第で団内の物資は一度ナイン預かりであるがゆえに、ナインの所有物でもある。酷い解釈方法でもあるが、返却理由には丁度良いだろうとして将来的にリリへと突き付けるつもりなので問題はない。

 

 そんなメインストリートを進むナインの前に1人の白髪少女が通り過ぎる。

 

「──あっ! な、ナインさぁんっ……!」

 

 今頃ベルもこれを探しているだろうし、一度ギルドにでも行って色々な些末事を終わらせようかと思っていると、丁度当人が現れ、その今にも泣き出しそうな表情から、冬場の寒空へ放られた小兎が脳裏を猛スピードで通り過ぎていった。

 

「ぼ、僕の小剣(ショートソード)……、神さまから貰った武器……、見ませんでしたかぁ……」

 

 非常に弱弱しい様子から悲嘆に暮れているということが良く分かる。

 

「これか?」

 

 さっさと泣き止ませないとまずい。勘のようなモノが働き、取り敢えず彼女に巻き付けておいた布地を取れば、彼女の為に作られた小剣(ショートソード)が姿を露わにする。

 

「にゃいんしゃぁん、ありがどとうございます──っ!!」

 

「おいおい……、往来で抱き付くなって────」

 

「レイルさん……?」

 

「──ヒィッ?!」

 

 一層涙の量を増やして抱き付いてきたベルをあやすように頭を撫でていると、横から聞こえる妖精(エルフ)の冷ややかな声。自身の姓を表すその3文字を突き付けられ、ナインはゆっくりと首を横へ動かせば、そこに彼女はいた。

 

「そこでいったい何をしているのですかそもそも今日の朝稽古に顔を出さなかったのはどう言った理由があったのか説明を求めたい何かしら事件にでも巻き込まれているのではないかと気が気ではなかったというのは大袈裟かもしれませんがそれでも予定が済んだのであれば一報ぐらい入れても良かったのでは? そして今ここで何をしているのでしょうかなぜクラネルさんが泣いているのでしょうか手に持ったその武器はなんですかもしや彼女に何か良からぬことを? いいえ貴方はそういった下衆なことを好まないそれぐらいこの一月余りで私も知っている何か理由があるのでしょうあるんですよねありますよね答えてください今すぐにッッッ!!!。

 ────構い、ませんよね……?」

 

 その歩幅は非常に小さく、しかしとても速かった。徐々に近付いて来る翠色の髪を揺らす妖精(エルフ)の顔は整っている。整っているからこそ、それが真顔で近付いて来る恐怖。

 

 ナインはベルという美少女に当てはまるだろう容姿の持ち主に抱き着かれていること以外で爆音のような鼓動を鳴らしていた。

 

「お……、置手紙は残して……」

 

「は い ッ!?」

 

スゥゥゥゥゥゥ────ッ

 あとで豊穣の女主人に行くので許してください*4

 

 ナインの発言にジーッと瞳を覗き込むリュー。目も口も笑っていない彼女の機嫌をこれ以上悪化させぬ為、ナインは必死に言葉を選ぶ。少なくとも「修羅場か?」と野次馬根性丸出しの観客が増え始めたこの場所から逃げるべく。

 

「………………………………お待ちしております」

 

 たっぷり30秒ほど時間を掛けたリューは圧を残しながら背を向け、店の方へと歩を進める。

 

「御指名待ってまーすっ!」

 

 そして近くにいた鈍色髪の町娘もまた、誤解を生みそうな言葉を残していった。

 

「「りゅ、リューさんこわい」」

 

 その場に残された冒険者2名はそんなことを呟いたのでしたとさ。

 

 

 ────

 ──

 

 

「な、ナインさ────んッ!?」

 

「まぁ、反省しているみたいなので許します」

 

「鬼にゃ」

 

「悪魔にゃ」

 

「いや、妖精(エルフ)でしょ」

 

「あっ、介抱は私がやりまーすっ!」

 

「いえ、僕が」

 

「原因は私にあります。ここは私が」

 

「黒髪少年のお尻はミャーが直々に守るニャ」

 

「ニャーに言ってんのニャこいつら」

 

「ふぅむ、いい食いっぷりだねー。まぁ、坊主も成長期。野菜だけじゃなく肉も食わんとね」

 

 ガヤガヤとしてきた店内に本日2度目の撃沈を決めたナインと、その周囲で始まる喧騒。

 

 1人厨房へと戻っていくのはこの店であまり使われないとある肉料理用の巨大な鉄板。

 

 肉片1つ無いソレを見て感心するミアはある程度お目こぼしをした。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 本拠地(ホーム)へ帰還したヘディンは他の幹部たちが居なくなった影響で……、いや他の幹部共は書類仕事などしないので元から溜まる予定だった仕事を片付けていた。

 

 既に夜は更け、外で行なわれていた『洗礼』による喧騒も聞こえぬ静謐な時間。そこへ扉がノックされる。

 

 許可を出せば、入室してきたのは主神の侍女。予想していただけあり、ヘディンは驚くことも無く、手元にあった書類を置き、席を立った。

 

 そして主神であるフレイヤの下へ参上したヘディンの視界には2つの影。

 

 1つは勿論、彼が敬愛する女神フレイヤ。その(ひと)である。

 

 そしてもう1つは、レベルも高く、その分『耐異常』の評価値も高かったがゆえに回復が早まったオッタルだった。

 

 なんだ、死んでなかったのか。という思いと共にヘディンがフレイヤの前に立った。

 

「それじゃあ2人とも、彼について聞かせてもらえる?」

 

 

 

 

 

*1
ナインは2週間で10から12階層の霧の良く出る階層へ足を運んだ挙句、魔石やドロップアイテムが溜まったらギルドへ行くというシャトルランをしていた。

*2
彼女の性格を知っているナインや善性の塊であるベルでもないと普通に嫌われるコースだからね。

*3
なお商品を配り歩いていたりする。現在は無理。狼が樽ごと回復薬(ポーション)買っていくから。多分今後も。

*4
メッチャカタコト




ナイン
 :アイズとの打ち合い(モンスター特攻のアイズの動きを知りたかった)
 :ヘイズの膝枕(なお覚えてない)
 :家に帰ってから運よくリリを発見。盗んだみたいなので小剣をスる。
 :ベルへ返却&リューとシル登場。ちょっと病んでない?これ。まぁヘラ適性あるから。ジューンブライベ的に。


 こいつも幸運持ちか? 
 ヘラって象徴する動物に孔雀が居るらしいですよ。
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