ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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 フィアナ→リリに関して沢山の意見ありがとうございました。

 ナイツオブフィアナ見た感じ、リリ本人にはやっぱり戦闘面の才は残って無さそう。
 ディムが全部受け継いだって感じだし、それを行なったのが大精霊なので間違いはないだろうし。
 まぁ、現状無いってだけなのでね。


・018 みんなの準備期間

────

 

 

 

 

 

 ────油断していた。

 

 そう、それは間違いなく油断に類するものだろう。

 

 敬愛する彼女から下された指示を忠実に成し遂げるためには多くの時間を要する。年単位という訳では無いが、それでも異常事態(イレギュラー)の発生確率を考慮に入れれば目標を叶えるまでの道程は慎重を期す必要があるのだ。

 

 場を作る。言ってしまえばその程度の事柄であるが、()()の異常性ゆえに下手な三文芝居などでは本領発揮はされぬまま彼女の願いは果たされず終わってしまうのだから。

 

 にも拘らずあの愚猪め、事もあろうに『俺は俺で動こう』だと? 『事後報告で良いだろう』だとぉッ?? ふざけるな馬鹿めッ!! 私が自由に使える時間が極端に減っている理由でも滔々と語ってやれば理解するか?!

 

 ……ああ、無理だな。脳筋だし。

 

 その所為で私の方の準備は一向に進みもせん……。あの脳筋が何をしでかすかで既に不安材料が山積みになっているというに……。出来れば誤魔化しの効くダンジョンの中でやらかしてくれ。いや出来ればで良いから、そのままくたばってくれ。

 

 そんな益体の無いことを思考しながら手を動かしていたからだろう。執務室のドアを叩く音を聞き逃すところだった。

 

 「入れ」と許可を出せば、『満たす煤者達』(アンドフリームニル)の1人が朝食を運んできたと言う。朝食? と思えば、窓の外から差す()の光から、徹夜してしまったことにまた頭を抱える。そのおかげで書類の山が消えたと思えば気も楽になる思いだが、どうせそれも今日中に復活する可能性のある魔物の一種。消しても増える不思議な現実だ。

 

 それを考えると頭の痛くなる思いだ。

 

 机の上を料理を並べられるように開けてみれば、そこに置かれたのはカレーだった。

 

 珍しい、極東の料理か。と内心で呟いていれば、運んできた団員はいそいそと退室していく。まぁ奴らも朝から晩まで『強靭な勇士』(エインヘリヤル)による『洗礼』の世話がある。その為だろう。

 

 徹夜に加え、夜も明けたばかりで薄暗い部屋の中、料理を運んできた女性の顔が青褪(あおざ)め引き攣っていたことには気付かなかった。

 

 そんな些末なことを考えながらスプーンを手に取り、コメとルーの境界線に差し込み、掬い上げる。

 

 そのまま口の中へ。

 

「ッ?!?!?!?」

 

 瞬間、ヘディンの口内に広がった甘味と辛味、苦味や臭味がスパイシーな刺激に纏わりついて口内の粘膜層を刺し穿ち続ける。

 

 ダイダロス通りで時折り流通する薬物なぞ目に無い程の速度で視界の色が変転していく。平衡感覚が明後日の方角へ旅行に行き、脳内に用意されているような気のするスイッチが強制的にオフになった。

 

 気絶。Lv.6という冒険者の中でも最高位レベルにまで階梯を上げたヘディンにして久方ぶりの感覚の中、彼は見た。

 

 執務室のドア。少しだけ開いた先にあるのはよく清掃の行き届いた清潔感のある廊下。

 

 そこからこちらを覗いている朱色の双眸。

 

 彼女、ヘイズ・ベルベットは腹を抱え、大爆笑しながら上司が沈む様子を眺めていた。

 

(あの豚ぜったいぶっ殺してや────)

 

 そうしてヘディンの意識は闇の中に沈んでいった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 シル・フローヴァの『気になるあの人の胃袋をギュッと掴んじゃうぞッ! キャッ~! 特製カレー』。

 

 材料は至ってシンプルな食材の数々。スパイスの類いも神友であるデメテルから最上の物を用意してもらって準備万端!!

 

 ミアお母さんから渡されたレシピ通りにじっくり味を出していくけど、う~ん普通で良いのかなぁ……と首を傾げちゃう。

 

 そんな折り見つけた毒物(調味料)!! 台所に置いてあるのだからおかしな物じゃないよね、と投入。

 

 某侍女が女神のことを想い、この世界からナインを早期毒殺(リタイア)させるために用意していたそれ*110グラム(全部)投入。

 

 他にも多くのよくわからない食材(愛情)を入れて、混ぜて、出来上がり♪

 

 最初は普通の色だったが食材を入れていくにつれ、いつの間にか藍色になってるけど、もしかしたら着色料的な食材があったのかもしれない。全ては闇の中ならぬ鍋の中。

 

 オッタルを筆頭に幹部級の()()()に食べてもらえるように、一皿だけ冷凍庫に入れておいて、さぁ皆の(もと)へ。

 

 なお、冷凍庫に入れておいたそれはヘディンが口にするまでの2日間、誰も触らぬように注意喚起され、更には誰に言われるまでもなく距離を置いていたのだが、取り出した際に出ていた白い煙は冷気ではなく湯気だったとか。

 

 一周回って普通の色を取り戻していたとか。

 

 やっぱりカレーは数日熟成させるべきなんやなって。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ベル・クラネル。

 

 齢14にして天涯孤独の身となった彼女には、夢と呼べるほどのモノは無かった。

 

 英雄の都たる『オラリオ』に来たのも祖父の遺した言葉に従っただけであり、そこに自分の意志があったかと問われれば、渋い顔をしたのち、首を左右に振るしかない。

 

 自我がはっきりした頃には両親はおらず、育ての祖父も自分を一人遺して死んでしまった。

 

 この世界ではそんな境遇はザラであり、更に過酷な状況もあるのだから甘んじて受け入れろと説いたところで、彼女の心を雨雲が占領したことに変わりはない。

 

 しかし彼女には運があった。

 

 ヘスティアに出会い、ナインに救われ、現実を知って駆け出す機会を、彼女は得たのだ。

 

 走り出した彼女の中では憧憬が燃えている。羨望が輝いている。眩しくて目を閉じそうになるが、それでも我慢して前を見て進んで行く。その憧憬が誰よりも速く進んでいるのなら、自分は彼よりも早く、誰よりも先に駆け抜けなければ追い付く事すらままならないのだと。

 

 だから今日も彼女は疲労と苦痛に喘ぐ体と精神を叱咤する様に奥歯を噛みしめて立ち上がる。既に構えを取ったベートを両の瞳で睨み付けるようにして戦意を滾らせていく。

 

 右手で順手に持った《聖火の刃(ヴェスタ)》と左手に逆手で握ったバゼラードを再度強く握り直し、未だ空の中点には遠い陽射(ひざ)しを浴びながら石造りの床を蹴り付けた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ベル・クラネルがベート・ローガに稽古をつけて貰うようになって今日で10日と言った頃だろうか。その間に起きた怪物祭(モンスター・フィリア)での騒動や、その際に出現した花のようなモンスターの調査、更にはベート・ローガの懲罰などに時間を取られて数日の空きが出来たが、本日その空いた時間を埋めるようにして長時間かつ密度の高い訓練が為されていた。

 

 オラリオを囲うようにして造られた市壁の上部、歩哨用の通路で行なわれている訓練は苛烈と言っても差し支え無い程の強度で実施されている。少なくともベート・ローガが以前所属していたファミリアの新人に行なうようなモノの数倍はきついだろう。Lv.1の冒険者、それも冒険者となって未だ半月程度の相手に課すようなものでは決してないだろう。

 

 しかしベート・ローガはそれを続けていた。

 

 今しがた10メドルほど吹き飛ばした少女がゆっくりでも立ち上がるのだから。

 

 そのルベライトの瞳から未だ熱が失われないのだから。

 

 いや、逆だろう。時間経過とともにその瞳に宿る意志は強くなり、同時に動きも洗練されていくのだ。今まで教導など基本的にしたことの無いベートであったが、今ばかりはどうしようもなく熱が湧く。

 

 彼の戦闘スタイルはベル・クラネルと似たスピード特化の双剣使い。そこへ更に狼人(ウェアウルフ)としての脚力の強靭さを活かした蹴りすら交えた変則的な動き。

 

 しかしそれは非合理などでは決してない。ダンジョン深層、その最前線で戦い続け生き延び続けたが故の経験則から執拗なまでの実践的な経験値から生まれた無駄を排した彼独自の戦闘スタイルなのだ。

 

 それを冒険者となってたった半月の少女に教え込むなど無謀も良いところ。彼を擁するファミリアの他団員がその場面を見たら即座に彼を取り押さえるような蛮行。そう捉えられても可笑しくない虐殺紛いの所業なのだが、残念この場に彼らを止める存在は皆無だ。

 

 下手な動きをすれば即座に蹴り上げられ、過信した攻撃は即座に払われてカウンターに繋げられる。多種多様な罵詈雑言と共にひたすら続けられる実戦的な拳打を全身に浴びせられ、最早打たれてないところなどどこも無いのではと思えるほどに打ち込まれたころ、バベルの鐘が鳴る。

 

 昼となったのだろう。

 

 同時に彼女の全身に冷い感触が奔る。未だ春の訪れを待つ都市だけあり、屋外に放置されていてもひんやりとしていた回復薬(ポーション)だった。

 

「────飯を食え。休憩だ」

 

 訓練も重要だが、同時に体を作る食事も欠かせない。それは狩りの部族であったベート・ローガにとって決して忘れられない教えの1つ。吐く可能性は重々承知の上だが、それはベルの気合いの問題だとして見て見ぬ振りをする。

 

 のっそりと起き上がるベルを見て、彼女が食事中自分も都市のどこかで食って来ようと足を動かしていると声が掛かった。

 

「あ、あの~、一緒に食べませんか……?」

 

「……アァ?」

 

「これ、ナインさんが作ってくれたんですけど……」

 

「テメェのだろうが。施されなきゃいけねぇほど落ちぶれてねぇよ」

 

「いえそんなことは……ッ! ただ、ベートさんに鍛錬を付けて貰ってるなら持って行けって……、ナインさんが……」

 

「あんの野郎……」

 

「それに僕1人だとこの量は残しちゃうし……」

 

「………………チッ」

 

 自分が他派閥であるにも拘らず後輩の世話を焼いていることへの感謝のつもりだろうか。そんな益体の無いことを考えるが、目の前の少女を見ていると単純に善意だけで製作した可能性があり、実際視界に映る彼女の持ってきた弁当箱は5段近くある重箱。最初から「2人で食べてね」という思いが詰まった昼食だった。

 

 幾つかある階段を施設された棟の1つで陽射(ひざ)しを遮りながら、ベルとベートは2人揃って食事をとっていく。

 

 色鮮やかで、体を動かす者の為に塩分量を少し増やしている料理の数々は彼らの体を僅かにだが癒していた。

 

「……お前のあの構えは誰に教わった?」

 

「えっ? ……あっ、えっと、ナインさんからです」

 

「そうか……」

 

 質問の意図は分からない。だがどこか納得した様子を見せるベートに、ベルは聞くこととした。

 

「何かダメでしたか?」

 

「いや、お前の構えは守ることに関しちゃ間違っていねぇ。多数に囲まれた時に生き延びられる(すべ)だろうよ」

 

 それを聞いてベルは頬を緩ませる。ナインと共にダンジョンへ潜った回数は意外と多くない。しかしその数回どころか、最初の機会に見せられ、4階層のモンスターを殲滅する程に教え込まれた動きは今も自分を救ってくれていることがただ嬉しい。

 

「だが……」

 

 問題もあるが。

 

「それは武器ありきの動きだ。テメェ素手になった瞬間、攻撃も防御も大きな隙が出来るな? それは武器の切り替わりに対する心構えが全くなってねぇからだ」

 

(……あっ)

 

 午後からの鍛錬もまた、いや殊更にキツくなるだろうことが確定した瞬間、ベルの脳内で大きな警鐘が鳴り響く。

 

 絶対に吐いてしまうだろう。

 

 それは年頃の乙女としては少々どころではない程にご遠慮いただきたい絵図だ。何より現在その胃袋に詰め込んでいる料理の数々はナインが作ったもの。それを無駄にしたくはない。ベルにも意地があるのだ。

 

 数時間後、彼女の尊厳を守るためにどうなったのかは記さずにいよう。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 薄暗い地下空間にありながら宙を奔る槍の穂先は誰よりも輝きを持ち、一条の線となって空を薙いだ。次の瞬間降り注ぐのは羽を有していたモンスターであるバッドバットを構成していた灰と魔石。

 

 それらを無視して大地を走り続けるのは漆黒髪の少年であるナイン。右手に握った槍を一気に振るって空中を飛んでこちらに怪音波を繰り出して来ては集中力を乱してくるモンスター。

 

 上層でありながら9階層までとは様相をガラリと変える10階層はその階層全体が視界を遮る霧で覆われており、方向感覚を狂わせてくる。更には階層ごとの高さまで一気に高くなった影響で、バッドバットと呼ばれるコウモリ型のモンスターが悠々自適に飛べるだけの高度があり、同時に大型モンスターと呼ばれる種類のモンスターまで発生し始めるのだ。

 

「ナイン様ッ! バッドバットの群れが9時の方向から! 2時の方角からはハードアーマードがッ! 上がって来てますッ!!」

 

「了解!!」

 

 10階層からはダンジョンも本格的に牙を()くのだろうか。怪物の宴(モンスター・パーティー)というモンスターの大量発生が起こるのだ。

 

 更にはこれに合わせるようにして11階層と12階層でしか産まれ落ちないであろうハードアーマードというアルマジロ型のモンスターまでもがナインへと襲い掛かる。

 

 11階層と10階層の通路は繋がっているのだ。別段おかしいことではないが、ナインはダンジョンに嫌われているのかもっと上層でも別種のモンスター達が一度に100体近く出現したりなど冒険者になってから日に何度も経験している。

 

 加えて言えば、ここにいるナインは階梯を上げLv.2と至っているのだ。突然の発生にもある程度の慣れを覚え、身体の出力は以前よりもグッと上昇している。

 

 体を丸めて勢い良く転がってくるハードアーマードを横目に捉えながら、ほぼ反対側から襲撃してくるバッドバットの群れに意識を集中していく。その数はおよそ50弱。攻撃魔法や魔剣の類いを所持していない者では処理に時間のかかる状況。

 

 しかしナインは使える物は使っておこうと思考を回し、地を転がるハードアーマードの予定経路にその身を晒す。

 

「な、ナイン様?! 危険ですよ!!」

 

 リリの声が響くが、そこに絶望的なモノはない。精々が怪我をする可能性が高いのだからやめるべき程度であり、ハードアーマードの攻撃をもろに受けたとしても死ぬことはないだろうと確信している声でもあった。

 

 彼女はナインがLv.1の時すでにミノタウロスと正面から戦っている姿を見ている。攻撃力という点から見れば、中層でも『力』のステイタスが高いだろうモンスターとの比較対象としては貧弱な部類なのだから。

 

 そうして訪れたその瞬間。ナインは槍の穂先を地に付け、更には地面と水平になる様に持ち、転がってきたハードアーマードをその上に乗せると、勢い良く持ち上げてぶん投げた。

 

 回転の速度。ナインの力。槍のしなり。更には突然の浮遊感に驚いたハードアーマードが丸まっていた体を広げたが故の着弾面積の広域化。

 

 怒り狂うようにしてナインへ向かっていたバッドバットの群れはハードアーマードの肉体を避け切れず、大部分はそのまま死滅。残っているモノも身体のどこかを負傷して地面に墜落してその息を引き取った。

 

 最後に残っていたのはここより1階層したで出現した上に、地面に墜落した時に背中から落ちたことで衝撃を和らげたハードアーマードだけ。

 

 全身に奔る激痛に人外の顔を苦痛に歪めながら、その張本人であるナインへと視線を向けた。瞬間、飛来した一本の長槍。勢い良く白く鋭い穂先がハードアーマードの脳髄を抉り抜き、灰へと還した。

 

 

 ────

 ──

 

 

「す、すごいですよ、ナイン様ッ!」

 

「あぁー、うん、凄いな……」

 

 片や歓喜を。片や複雑な感情を抱えながら同じ光景を視界に入れている。

 

 そこには本日の成果となる山のような魔石と、それを落とすモンスター達の種類ごとのドロップアイテムがこれでもかという量、並んでいた。

 

 現在彼らが腰を落ち着けている場所は12階層にある食糧庫(パントリー)と呼ばれるモンスター達の休憩所。有り難いことにこの場所へ入るには一本道を使う必要があり、この階層でナインが苦戦するモンスターは群れで来ようと居ないことが先程証明されてしまったことで、逆にここを休憩所として使う案が出たのだった。

 

「はいっ! とっても、とっっっても凄かったです!! まさか小竜(インファント・ドラゴン)怪物の宴(モンスター・パーティー)が起きるなんて今まで知りませんでしたが、ナイン様は無傷で乗り越えてしまわれましたっ!!」

 

 そう言って笑顔を浮かべるリリは両手に小竜(インファント・ドラゴン)のドロップアイテムである小竜の牙を持っており、他にも様々なドロップアイテムがこの場にはあった。

 

 この場に『幸運ウサギ』ことベル・クラネルが居ないにも拘らず大量の成果が手に入ったということは、イコールでそれだけの数が出現したということでもある。

 

……俺が数週間、駆けずり回ったのはいったい………………

 

「どうかなさいましたか……?」

 

「ん? いや、何でもない」

 

「……そうですか?」

 

「ああ。それよりもリリの方が大丈夫か? 結構な量になったけど、一応まだ帰り道もあるし」

 

「あっはい。リリには【縁下力持】(アーテル・アシスト)というスキルがあるんです。一定以上の装備重量に対する能力補正が掛かるスキルです。

 【アビリティ】の方はどうしようもなく貧弱なリリですが、このスキルのおかげで何とかやっていけてるんです」

 

「なるほど……」

 

「……あの、ナイン様?」

 

 ナインは改めてリリのスキルの詳細を脳内にインプットし、僅かな時間思考の海に潜り込む。その様子に心配し始めたリリだったが、ナインがスッと立ち上がったことで疑問点が移り変わった。

 

「なぁ、リリ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「その重量ってのは結構しっかりと決まった重量設定なのか?

 体感で重いから発動するって感じか?」

 

「えぇと……、前者、だと思います」

 

「それなら……【星の救済を】(ルクス)【星よ集え】(レクス)

 ……よし、ほら持ってみろ」

 

「えっ、あのちょっ……!?」

 

 ナインが投げたのは彼が普段使用している穂先の白い槍。

 

 その槍はナインが5歳の時、村を訪れた女神から修行をつけて貰い、彼女の滞在期間が終わるその日に貰ってからほぼ毎日振り回されていた。当然武器の整備方法も叩き込まれたナインはその槍を大事に使用している。それでも経年劣化というモノは万物に存在し、当然その槍も例外ではない。

 

 しかし同時に素人に毛が生えた程度、専門職としていないナインの手にあって今もなおその鋭さを、丈夫さを損なわないその槍は造りも頑丈で、その分、重い。

 

 かつての時間から10年もの月日を過ぎたことでナインの背も伸び肉体も熟し始めていること、その背にヘスティアから貰った【ステイタス】があることから、その槍の重量に振り回されるなんてことは決して起こらない程度に、ナインの肉体は強靭さを持っている。

 

 しかしナインが軽々しく扱えるからと言って、リリまでそうであるとは言えない。

 

 リリからすると、その槍は振り回される程度には重いが【縁下力持】(スキル)が発動しない程度の重量でしかなかった。

 

「──っえ? あれ?」

 

 しかし彼女がその槍を両手に握った時、あまりにも重量を感じなかったことから不思議に思う。

 

(《スキル》が……、働いてる?)

 

 槍には今も重さという概念があるが、それを加味した上で軽い。自分の視点でそう断言出来る。つまりは何らかの補助……《スキル》が現在発動している証左となるのだった。

 

「ナイン様っ、これはっ!?」

 

「ん~、そうだな。リリなら問題無いだろうし良いか」

 

 キョトンとした表情のリリからの問いに、ナインはそう前置きしてから答える。

 

「俺の《スキル》の影響だ。

 解り易く解説すると、『他者が感じる重量を増やす』って感じだな。魔法はその補助で使用してるんだ」

 

「え? えっ? ええぇっ!?」

 

 リリが浮かべた解り易い程の困惑顔。昨日に続いてどこか寂しそうで消えてしまいそうだった彼女がどうしようもない程にこの場にいると安堵させてくれる悲鳴にも似たその驚愕に、ナインは面白そうに笑顔を浮かべた。

 

 彼女の大声によって広間に入ってきたモンスターを対処しつつ、彼女が落ち着くまでナインは待つこととする。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ギルドの建物。冒険者たち用に用意された個室の中でナインとリリが顔を合わせていた。片方はちょっとの驚きを、対する少女は壊れ掛けのロボットのようにぎこちない動きでテーブルの上に乗せられた袋を眺めている。

 

 本日の稼ぎ、締めて90万ヴァリス。

 

「あ……、あっ…………あぇ?」

 

 現実を受け止めきれていないリリを見てナインは再度笑みを浮かべる。

 

 ナインとしては今日の稼ぎは【ヘスティア・ファミリア】に自分1人だけだった頃に行なっていた上層シャトルランで非常に効率的に動けた際に得られた金額に近い。

 

「運が良かったな……」

 

「運だけで片付きませんよっ!? というよりも小竜(インファント・ドラゴン)怪物の宴(モンスター・パーティー)が起きた時点で不運です! Lv.1どころかLv.2の冒険者でも、普通そのまま死亡コースですからね?!」

 

 中層に踏み入れる資格を得た冒険者たちの主な死亡理由である『ヘルハウンド』。最も厄介とされる広範囲に広がり燃え移り易い火炎の息吹(ブレス)。似たような攻撃方法を持ちながら、同時に竜種であるがゆえに強靭な肉体を持つ小竜(インファント・ドラゴン)の脅威度は決してヘルハウンドに負けない。

 

 であればその小竜(インファント・ドラゴン)が群れで現れたら? Lv.1の冒険者どころかLv.2の冒険者で構成されたパーティすら単体で返り討ちにすることもあるモンスターが複数で襲ってくるのだ。本来であれば死を覚悟して余りある。

 

「うぅ……、1月半で器の昇格(ランクアップ)を果たしたと聞いた時点でナイン様がそこらの冒険者様がたと違うのは分かっていましたが……」

 

「まぁ、慣れてくれ!」

 

「難しいですよぉっ!!」

 

 プンスコと怒り続けるリリに笑みを浮かべるナイン。そんなナインの様子にこれ以上何かを言っても無駄だろうとして本日の分け前を貰おうと、幾つか置いてある袋の中から小さなものを選んで、リリは掴んだ。

 

「では、今日の分け前を頂いていきますね」

 

「あぁ、45万ヴァリスだな。落とさないようにな?」

 

「……」

 

 リリが掴んだのはこの部屋に置いてある袋の中でも小柄なモノ。ナインが換金所にいたギルドの職員に5万ヴァリスずつに分けて欲しいと頼んだことで、2袋だけ他のものよりも小さい。

 

「なっ!? どうしてですかっ! 昨日も、今日もっ、リリはそこまで役に立ってなんかいません!!」

 

「そうか? 色々言ってくれてたじゃないか。おかげで戦い易かったしな」

 

「それはナイン様の技量が凄いからです! 戦い方なんてリリは全くわかりません。結局リリが何かする前にナイン様が片付けて終わりました!! リリが役立てた場面なんてこれっぽっちも──」

 

「それでも俺は安心して戦えたよ」

 

「────ッ!」

 

 声を荒らげるリリに対して、ナインは優しく言葉を紡いでいく。

 

「俺も最近まで1人で籠ってばかりだったからな、ダンジョン内でパーティを組むことの重要性を頭では理解してても、必要だとはあまり考えてなかった。

 それでも、後ろからの援護があるって言うのは前で戦う人間にとっては非常に安心できることなんだってのを、ここ最近知った」

 

「ですが、リリは……」

 

「後衛職って聞くと魔法使いが思い付くのかもしれないけど、それだけだと赤点だ。前に出てる前衛たちに死角から迫ってきた敵を伝えたり、重要な仕事は数多くある。

 リリはそれをしっかりこなしてくれたし、なにより貴重な『魔剣』も使おうとしてくれてただろ?」

 

 『魔剣』。その言葉にリリはローブの中に隠した一本の赤い短剣を抱きしめる。

 

「見て、いたのですね……」

 

「まあな。視野の広さはここ1ヵ月で結構広がっていたから、そのおかげだろう」

 

 ナインがダンジョンに潜る場合、結構な頻度でモンスターが大量発生する。それは階層を問わず。近くにいた冒険者は泣いていい。いや、近くにいればナインが守りに来るので中途半端な位置に居る方が危険だったりするのだが。

 

 今日も例にもれず12階層で多種多様なモンスターが列をなしてナインたちを襲ってきたが、リリはその度に即座に援護に入れるようにと魔剣の準備をしていた。

 

 無詠唱かつ使用者の体力も精神力(マインド)も使用しないことから火力の底上げに使える武器であり、同時に使用限界もあるという少々運用に難の有る武器。普通の武器よりも一層値の張る武器であるがゆえに貴重品であるそれを、高値で売れるそれを、リリは構わず使おうとしていたのだ。

 

「まぁ、なんだかんだ言ったけど、俺は自分の45万ヴァリス以外持っていかないからリリが置いていったら大金の残った個室って怪談が出来るだけだな」

 

「ふぇっ……?」

 

「それじゃ。明日は休みだったな? じゃあその次で」

 

「な、ナイン様?!」

 

 ナインは自分の言いたいことを言い残してその部屋から退室していった。

 

 一人残されたリリは少しの逡巡の後、テーブルの上にある金貨の詰まった袋を自分のバックパックへと入れていく。こんなに恵まれた一時を過ごしていて良いのだろうか、そんな思いを胸の中で反芻させながら。

 

「あっ、これ渡すの忘れてた」

 

「えッ!?」

 

 少しずつ落ち込んでいたリリであったが、再度その部屋にナインの声が響いたことでそちらへ目を向ける。

 

 歩み寄ってくるナイン。身長差からリリ視点、巨人のようだと思えるほどの体格差がありながら、ナインはリリの目の前で視線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。

 

「これ、お守りみたいなもんだから。まぁ好きにしてくれていいぞ」

 

 そう言って手渡されたのは球体状の水晶が付いたネックレス。

 

「……あっ、いただけません」

 

「高価なものじゃないけど持っててくれると俺は嬉しい。そんだけだ」

 

 じゃあな、と言い残して再度背を向けたナイン。

 

 リリの伸ばした腕は空気を掴んだだけで何も意味を成さなかった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 路地裏を通る小さな影。

 

 彼女が懇意にしている『ノームの万屋』から宿へ向かう途中、彼女は自身をつける者たちの気配を感じ取っていた。冒険者としてはお世辞にも優秀とは言えない【ステイタス】の彼女に感づかれる程度にはお粗末なモノであったが、同時に彼我の【ステイタス】差は覆しようがないのもまた事実。

 

 ついぞその追跡を振り切ることも出来ず、少女は宿とは違う方向へ足を向けるしかなかった。

 

「よぉ、アーデ~」

 

 そして先回りしたであろう男が横の通路から姿を現す。獣人の男、更には少女の背後から迫って来ていた男が2人。

 

 彼らはリリとの距離を詰めると彼女の細い腕を引っ張り、路地裏の更に薄暗い通りへと放る。

 

「ほう? 結構な重量じゃねぇか。これならウン万ヴァリスはあるだろうな~」

 

 同時に彼女が握っていたヴァリスの詰まった袋も取り上げ、手に掛かる重さから口角を釣り上げた。

 

「随分と羽振りが良いじゃねぇか。なぁ? 役たたずのサポーター風情がよおっ!」

 

「あぐっ……」

 

 虫の居所でも悪かったのか、男はリリを蹴り付け路地裏に転がす。その弱弱しい様子に気分を良くし、後ろにいた男たちと共にゲラゲラと下品な笑いを上げながら去っていく。

 

「………………。

 そうです……。これが、冒険者なんですから…………」

 

 地面に仰向きに寝そべる彼女はゆっくりと現実を受け止めていく。下手に隠し続けると狙われると思い、多少の留飲を下げさせるために用意した餌となる金。最近の稼ぎから考慮すればそこまで高額という訳でもないが、それでも痛い出費には変わらない。しかしすべてを失うよりもマシだと思い、行動した結果がこの暴力(ありさま)だ。

 

(なにが『冒険者様』、ですか…………)

 

 結局自分を救ってくれる存在なんか……。そんな思考が脳裏を過ぎていくその時、太陽のように笑う少女の姿が映る。優しくこちらを待っている様子さえ見せる少年が映る。

 

「…………」

 

 リリはゆっくりと服の中に仕舞っておいたネックレスを取り出し、空に掲げる。

 

 中央に取り付けられた水晶は一切の穢れを持たぬ球体。月光を受けて輝く様子は宝石にだって負けはしないだろう。

 

 しかしその本領は別にある。内部を覗き込んだ際に見える光の()

 

 澱みの無いその光の流転はどこか幻想的でもあり、彼女に夢を見せる。見せてしまう。

 

「誰か……、リリをここから……────」

 

 頬を伝う涙には熱が籠っている。

 

 

 

 

 

*1
無味無臭0.1グラムで常人なら死ねる




 ベルの訓練シーン、書けば書くほどどこぞのヒーラーが陰りそうで…。

 ナイン君、小竜に会えてよかったね。しかも群れ! Lv.1の時に遭遇してたらランクアップしてたね間違いない。当時は愛用の直剣がない状態なので全身大火傷必至。

シルの特性カレー
・幹部陣全員に配膳されたが、シルの計らいと幹部全員の思いからヘディン用に一皿分残してあった。
・その日まで冷凍庫で保存してあった。
・取り出した瞬間から湯気が立ち上っており、今にも食べれそうだった。
・これが料理かどうかは討論の余地がある。
・ヘディンが治療院に運ばれたのと入れ違いで他の幹部陣は復活した。つまりこいつらが現在書類の山を処理する担当。オッタルが居ただろって? ダンジョンでしょ。
・自分をダンジョンでも帰還時に始まっていた洗礼でも酷使してきた鬼畜眼鏡が撃沈して大爆笑の黄金魔女さん。
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