ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・002 妖精と書いてポンコツと読む

────

 

 

 

 

 

 『炉神による、ベル君観察日誌』

 

 一日目。

 

 彼女を見つけたのはお昼ごろ、ボクがバイトとして働いているじゃが丸くん屋台が開かれているメインストリートで見かけたのが初めてだった。

 

 その時は別に接点があった訳じゃない。ここオラリオを囲う市壁の出入り口たる門からバベルへ続く道を、彼女はきょろきょろと見渡しながら歩いており、その姿を見て、「今日初めて来た子なんだろうな」という感想を抱いた程度。そのままバベルから少し離れた場所に位置するギルドの施設へ向かったことで、その姿は消えていった。

 

 おそらく冒険者になるため、オラリオに来たのだろう。

 

 しかしちょっと心配だ。遠目からだけど身長も低いしなにより女の子。冒険者という職業に危険は付きもの。

 

 先月ボクの眷属となってくれたナイン君も一応、そう、一応ギルドの担当アドバイザーであるエイナ・チュールという女性からのストップで上層を基本的な稼ぎ場所と制限しているし……。

 

 彼の成長速度は正直言ってよく分からない。他の子供たちがどうかは知らないが、最初に恩恵(ファルナ)を刻んだ時から《スキル》を2つも持っており、どちらも超強力なモノだった。流石にあれが普通だとは信じたくないのが本音(ほんね)だ。

 

 その上、彼は故郷から戦闘訓練に野生の獣狩り、果てには地上で繁殖したモンスターの討伐経験もあることを踏まえ、5層以降では徐々に傷を増やしていった。それ程に危険な場所なんだ。

 

 半月ほどで何故か《魔法》まで発現したんだけど、それもお世辞にも強力なものではなかった。今は色々と出来るようになった。でも、そうなるまでは苦汁と辛酸を何度も舐めている。

 

 ボクは戦闘や武芸に関する神ではない。だが、ナイン君は才能のある方だと確信できる。

 

 そんなボクだからこそ言える。

 

 彼女に冒険者としての才覚はないだろう、と。

 

 ナイン君しか比較対象がいないことを申し訳なく思うが、冒険者として恩恵(ファルナ)を刻んだ彼らは常人の膂力を遥かに超えた力を行使出来る。同じように刻んだとしても、その差は冒険者としての年月に、技術に、そして才覚によって踏み潰されるだけ。

 

 叶うならば探索系以外の派閥(ファミリア)に入ることを、1神(ひとり)、願っておこう。

 

 追記、夕方ごろに肩を落としてトボトボと宿屋を経営している区画へと向かう彼女の姿を見掛けた。

 

 

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 ──

 

 

 2日目。

 

 今日は朝からじゃが丸くん屋台のバイトだ。昨日多くの人が都市を訪れたことで、彼らが活動するこの時間を狙った商売戦略。今日の時給はちょっと上がって40ヴァリス! おばあちゃんには頭が上がらないぜ。

 

 因みにボクがホームを出る際、地下室へ通じる扉の近くにヴァリスの詰まった袋がドサッと置いてあった。きっとナイン君が置いていったものだ。彼は定期的に自分の稼ぎからある程度の割合をこうして置いていってくれるのだが、出来れば自分の装備や消耗品の充実に使って欲しい思いがある。

 

 しかしナイン君以外の団員がいない零細ファミリアであることに違いなく、自分のバイト代も彼の稼ぎから比べれば微々たるもの。それでも冒険者として命を懸けている彼は、いつどこで異常事態(イレギュラー)に遭遇してしまうかは分からない。石橋を叩いて渡るぐらいが丁度いいのだ。

 

 それはそれとして出来れば声を掛けて欲しかったな!!

 

 確かにボクは寝てたかもしれないけど! それでもキミが初めての眷属 (こども)なんだ!! 今度来たらとっ捕まえてやるから、覚悟しておくんだねっ!!!

 

 そんなこんなでバイトの時間、メインストリートは多くの人々の喧騒で賑わい始め、その中に昨日見掛けた白髪の少女がいた。

 

 あの方向にあるのは確か……ガネーシャのところだったかな? 頬をパンパンと叩いて気合を入れている様子が見える。あそこは街の警備をしているけど登録上は探索系だったような……。まぁ、ガネーシャのところなら……。

 

 そのまま彼女の姿は人波に飲まれて消えていった。というより身長も横幅も小さいから獣人とかドワーフの影に入ると見えなくなっちゃうんだよね……。

 

 ま、まぁ、頑張ってほしい。

 

 追記、夕方ごろ昨日よりもすっごい遅い足取りで宿の方へ向かっていく……。彼女の髪は処女雪みたいに綺麗な白色なのに背中に陰りが見えるよ。

 

 追記の追記、ボクがホームへ帰ってきたタイミングでナイン君が顔を出した。1週間ぶりに顔を出した彼にボクは飛び付いたのだが、悲しいかな余裕で受け止められちゃった。じゃが丸くんだけだと栄養が偏るからと新鮮な野菜を大量に持ってきてくれるのは勿論嬉しいんだけどね……、また一緒に住みたいなぁってのはボクの勝手かな? ステイタスの更新で1週間ぶりの胃痛を味わったけど、今日はナイン君の手料理を食べた。とっても美味しかったぜいっ!!

 

 

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 3日目。

 

 今日はバイトは休日。ナイン君とデートでもしようと彼の借りている賃貸へといったが、当然のように留守。ちゃんと休んでいるよね? 大丈夫だよね? というか逃がさないために朝日もろくに街を照らしてない時間帯に来たのに居ないって……帰ってるよね?

 

 近所に住む人に聞いてみればちゃんと日暮れから数時間後には帰っているらしい。魔石灯(ませきとう)の灯りが()いているのは、まぁ、安心材料かな。

 

 次は逃がさないからね。ベイビー*1

 

 暇になったボクは一旦ホームに戻ろうとし、例の彼女を発見した。

 

 腰まで届くだろう白髪とルベライトに輝く双眸。特段珍しいという容姿ではないが、(ボクたち)基準でも結構な容貌だと思う。どこかウサギを思わせる雰囲気が後押しして、「この子、本当に戦えるの?」と思わせるけど、あれだけ都市中の派閥(ファミリア)に訪れる気力は褒めたいところ。

 

 というよりそのガッツを【ヘスティア・ファミリア】(ボクらのところ)で……、いや、駄目だ。ナイン君もまだまだ冒険者になって1ヶ月弱の新米。確かに同レベル帯で上位のステイタスだけど、ダンジョンはそれを嘲笑うような罠が沢山っていう話だ。負担になりかねない。だから、……が、我慢…………。

 

 最初に見た時よりも随分と足取りが鈍いけど、きっと君を拾ってくれる中堅以上の派閥(ファミリア)はあるはずだ。が、頑張ってくれ! 影ながら応援しているからね!!

 

 そして夕方。貯蓄を意識すれば案外溜まるもので、自分のバイト代だけでも結構な貯金ができた。ナイン君からの仕送りもあるけど、一応9割9分は残したまま。これに手を付けることなく外食ができる喜びはいつ以来だろうか。当時はごめんよヘファイストス。いつか立派な主神となって顔を出すからね。

 

 そうこうして、メレン湖で取れた魚を使ったフィッシュバーガーというものを買ってみた。これを一口で呑み込むように食べてる猪人(ボアズ)がいたけど、真似は無理だね。ボクの顎はそんなに伸びない。

 

 一緒についてきたポテトも塩味が効いててとてもグッドだ。

 

 ここにエールをグイっとしたいけど、流石に我慢さ。下手に酔うとお金の管理が難しくなるからね。今度はナイン君を連れてパァーッとやろう! うん、今決めた!!

 

 お腹いっぱいになったところでホームに帰宅中、路地の奥からフラフラと足取りが不安な子がそのまま路地裏の方へと消えていく。結構いい時間だし酔ったのかもしれないね……。

 

 あっちはダイダロス通りで危険な場所でもある。見た限り子供のようだし、一応声を掛けておこうとその背を追う。

 

 案外早くに追い付いた。というよりもその子、……彼女は路地裏の通りに入ったところで座り込んでいたのだ。

 

 彼女を中心に非常に暗い雰囲気が醸し出されてる……。俯いて、地面に落ちてるのは……、涙かな。

 

 見逃せるはずも無く、彼女へ声を掛ければこちらへ目を向けてくれる。それではっきりした。暗闇の中でも光るルベライトの輝き。よくよく見れば3日前から見掛けた記憶に残る白髪の少女だ。

 

 その彼女は現在進行形で涙をこぼしている。

 

 どうにかしないととアタフタしちゃったけど、ボクはすぐに落ち着いて*2彼女の横に腰を下ろし、内に抱える悩みを聞くことにした。

 

 ゆっくりと話を聞く限り、彼女は今までともに過ごしていた祖父の遺した「英雄に憧れがあるのなら、オラリオへ()くと良い」という言葉通りにこのオラリオに訪れ、門番から冒険者になるならまずはギルドに行くといいと言われて向かう。そこで登録するにはどこかの派閥(ファミリア)に入る必要があるけど、都市外からの入団希望者は結構敬遠されがちとのこと。ギルドは中立だが、一応紹介程度は出来ると言われ、少女は即座に願った。

 

 しかしわくわく気分もここまでで、1つ、2つ、3つと門前払い。

 

 「戦えそうにない」、「戦闘経験無し? 他を当たれ」、「使用人(メイド)希望の間違いだろ」などの心無い言葉の数々。それでもめげず数多くの探索系派閥(ファミリア)にアタックしたけど、結果は全滅。ギルドの受付嬢さんも、もう苦笑いしか浮かべてくれなくなってしまった。もはや宿を取れるお金も尽きてしまい、路地裏で寝るしかなくなってしまったのだとか。

 

 ……………………………………ほーっとけるかぁーっ!!!

 

 ボクは憤慨した。

 

 追記、悲しくなってきたので彼女、ベル君をボクの派閥(ファミリア)に入れたことだけをここに記します。

 


 

《名前》

 ベル・クラネル

 

『Lv.1』

 

《基本アビリティ》

 力 :I 0

 耐久:I 0

 器用:I 0

 敏捷:I 0

 魔力:I 0

 

《発展アビリティ》

 

《魔法》

【】

【】

 

《スキル》

 


 

 うーん普通だ! ザッツ普通!! キラキラお目目が愛らしいぜベル君!!!

 

 返信、深夜テンションで書いたのは分かりますが、だからってここにステイタスを書くのは止めましょう。それと犬猫じゃないんですから気安く拾ってくるのは後々困りますよ、ヘスティア神。あと日記は書いたら本棚に入れてください。本人が読んだらどうするんですか。By.ナイン。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 英雄の都、オラリオ。その大都市をぐるっと一周するように造られた市壁は分厚く、強固だ。当然だがこれは防衛用にも使われる為に、人が行き来するに困らない程度に広い通路が用意されている。

 

 そこで現在、2つの影が交差しては離れてを繰り返していた。

 

 時刻は先ほど6時と半刻を過ぎた頃。まだ朝日が顔を出したばかりの時間帯だが、その場で手に持つ武器を振るう両者は既に1時間は交わしていた。

 

「ここっ! 脇が甘い!!」

 

 極端に低く踏み込んだ翠色の髪を持つ妖精(エルフ)の女性は、腰だめに構えた木刀を一閃。目の前の少年の脇腹へと振り抜く。

 

 しかしその直後響いたのは肉を叩いた鈍い音ではなく、同様の物質との間に響く心地の良い音。胴体との間に挟まれていたのは妖精(エルフ)の女性が手に持つ木刀と同質の材料で作られた小振りのナイフ。

 

「──セァッ!」

 

 ナイフを持っているのは胴を挟んだ逆の手。同じ方向の腕は最上段に構えられ、そのまま低位置に居る妖精(エルフ)へと振り落とされる。

 

「だから甘いと言っているっ!」

 

 しかしそれを軸足での回転により紙一重で躱した彼女は一瞬で少年の側面を取り、その回転を()かした回し蹴りを(よこ)(ぱら)に叩き込んだ。

 

 今度こそ鈍い音が広がり、そのまま少年は縁に造られた出っ張りにぶつかり、そのまま床に落ちる。

 

「……あっ」

 

 そして今の蹴りは結構本気の力を入れてしまったことに今更ながら気付いた妖精(エルフ)は急いで少年の下まで駆け寄り、自分に発現している回復魔法の詠唱を始めた。

 

「『今は遠き森の歌。懐かしき生命(いのち)の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を』――【ノア・ヒール】」

 

 淡く輝く翡翠色の光が少年、──ナインの体に溶け込むように癒していく。

 

「す、すみません。私はいつも、やり過ぎてしまう」

 

 このいつもという言葉だが、妖精(エルフ)の女性、──リュー・リオンとナインの朝稽古はこれで10を超える数行なわれているのだが、毎度リオンの一撃が彼女のLv.4としての力が込められたものになることが多々起こり、ナインの意識が飛ぶことが1日に、2度、3度。

 

 そうでなくとも、彼女の振るう剣は対人、対モンスター両方に対応可能なレベルで洗練されており、それを喰らうナインの全身は青痣だらけになる。

 

 そしてその都度彼女の回復《魔法》を受けることになるおかげで、最近めっきり使わなくなった魔力の操作が徐々に戻りつつあるのだとか。

 

 なお、彼女の繰り出す本気の一撃を生身で喰らうと如何(いか)に武器が木刀だとしても、ナインの内臓か骨が()く為、ナインはその瞬間即座に《魔法》を展開出来るように準備している。

 

 局所的に展開した燐光に《スキル》である【星の怒り】(ボンバイエ)の効果である仮想の質量と質量保存の適応を行なうことで、ただの光でしかないそれを強固な盾として使うのだ。

 

 当然、強力にすればするほど精神力(マインド)を持っていかれるが、これが同時に器用と魔力のアビリティを伸ばす手助けになっているので、デメリットばかりではない。

 

「問題はない。こうして治してもらえるのはとても助かるし、なによりほらっ、アビリティを伸ばすのに助力してもらって逆に感謝と言いますか」

 

「……いつものことながら、不器用ですね。貴方も」

 

 そうして目を細めて笑う彼女に釣られてナインも笑みを浮かべる。

 

 そのまま治療が終わるまでの間、近況を報告し合う。

 

 ナインはとうとう先日、自分にも後輩ができたということを話す。それについてリューも少し驚いた後、「おめでとうございます」と祝辞を述べた。そこから「その方はどんな人だったのか」と聞かれたが、ナインがベルにあったのはダンジョンと廃教会の2回だけ。しかも1度目は逃走、2度目は逃げ場がないからか意識を飛ばすという荒業(あらわざ)で碌な会話ができていない。

 

 リューから「ファミリアに迎えてから、すぐ会いに行かなかったのか」と問われると忙しかったからと返すしかなく、「それは良くない。貴方はこれで派閥を率いる(おさ)となったのだから、これを機に(おのれ)を律してうんぬんかんぬん……」と説教が始まってしまった。

 

 しかし治療も終われば、同時に説教も終わる。続きだとお互いがその手に武器を持った。瞬間、リューの持つ木刀がバキリッと音を立てて半ばから折れる。

 

「「…………あっ」」

 

 2人の声が重なる。木刀と言えどオラリオに来て知り合った鍛冶師に頼んで作ってもらった品だ。畑違いだと最初は一蹴されたが、内部に鉄の棒を仕込んで実際の武器に比重を合わせるという発想が面白かったからと、作ってくれたものだった。

 

 勿論代金はナインの懐から出ている。

 

 地面に落ちた剣先と手元に残る半分と少し。それを見ていたリューは素早く頭を下げた。

 

「す、すみません! この代金はきちんと支払います!!」

 

「あー、別に要らないかな」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「これ木材使ってるからその分高くなるけど、中に仕込んでるのはただの鉄棒だからそこまで技術料? が掛かってないから最終的には結構安いし、なによりレベル差のある俺との稽古だと日々こっちが多く貰ってるようなものだから……。

 あれだ、どっちもどっちだった! ってことにしよう! うん、それが良い!」

 

 責任の所在を2人で奪い合うぐらいなら、もう半分ずつ分けようと提案するナイン。

 

「……」

 

 そして目をぱちくりとさせながら見つめるリュー。

 

「……分かりました。しかし何かしなければこちらも気が済まない」

 

「えーっと、だから────」

 

「はい。だから今夜、私が働いている酒場に来てください。一品、奢ります。

 そろそろ誘ってる奴は()ないのかいってミア母さんに言われましたし……

 

 目をまっすぐ見つめられながら宣言され、その理由が自分の感情に折り合いをつけるためであると言われると、流石に反論し続けるのはただの水掛け論にしかならない。

 

「分かった。確か豊穣の女主人……、だったっけ?」

 

「はい。お昼時も開店していますが16時過ぎが本営業時間ですので、その後から」

 

「りょーかい。

 それと今回の件は別にして、木刀の用意が出来たらまた朝稽古よろしくお願いします」

 

「分かりました。また声を掛けてください。

 あと、別に真剣でも構いませんよ?」

 

「怖いので遠慮します」

 

 苦笑いのナインを見て再度笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げてからリューは酒場の準備のために都市へと戻っていった。

 

「……さて、時間ができたけど、どうするか」

 

 彼女を見送ったナインではあるが、ベルと合流してダンジョンに行くにしても、まだ早い。それまでどう時間を潰すかと考えていると、そこへ声が掛かる。

 

「ならば、俺と手合わせ願おうか」

 

 背後から掛けられた声に振り返れば、そこには2メドルを超える長身。錆色の髪と瞳を持つ猪人(ボアズ)が彼の身長ほどはありそうな木製の大剣を肩に担いで立っていた。

 

「…………えっ」

 

 

 ────

 ──

 

 

「………………な、なんでアイツ、Lv.1()なんかと戦いに来たんだ?」

 

 30分後、日も昇りオラリオに新たな1日が訪れたメインストリートを、頭から足先までエリクサーの匂いを残しつつ進むナイン。

 

 昨日分の説教中、エイナからの注意をしっかり受け止めた為一応ベルに自分とパーティを組むかどうかの確認をしておかなければならない。ナインは確かな足取りで廃教会へと向かっていた。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 外から聞こえる小鳥の(さえず)りと共に目を覚ました少女、ベル・クラネル。

 

 ふかふかの布団の感触に引きずられながらも、今日もダンジョンに行くのだと己に活を入れて起き上がる。

 

(あれ、僕、昨日布団に入って寝たんだっけ?)

 

 気絶してそのまま朝までぐっすりだったベル少女。当然だが彼女を運んだのは目の前で気絶されたナインだ。倒れそうなところを抱えたのも含め。

 

(昨日は……えっと、…………そうだ、ミノタウロスに襲われたところを救われて、恥ずかしくなって逃げちゃったんだ。

 それでエイナさんに誰なのか聞こうとして……、同じファミリアに似た容姿の人がいるって言われてまさか―って流したんだっけ……。

 …………あれ、昨日の僕、凄く勿体無いことをしたような!?)

 

 気絶する前に何か良いことがあったようなと思い出そうとするが、自己防衛本能すら働かせた意識の喪失。その直前にあったことは記憶の彼方だ。頭を抱えたところで何も出てこない。

 

 ウンウン唸っていたベルだが、そこへ何やらいい匂いが鼻をくすぐる。

 

 誰かが料理を作っているのだろう。誰かが、というよりも一緒に住んでいるのは彼女の主神たるヘスティアぐらいしかおらず、ベルよりも先に契約を交わしたナインは賃貸を借りており、ここには住んでいない。

 

 先輩がいるという話はヘスティアから聞いており、その人は1ヶ月の間、ずっと1人でダンジョンに潜り続けているとのこと。その上で沢山稼ぎ、そしてここに仕送りをしているらしい。

 

 部屋の隅に積まれた大袋の山がそれとのこと。

 

 素直に凄いと思う反面、自分には真似できそうにないという思いが募る。

 

 今のベルが安定して倒せるのは4層までのモンスターであり、それも一度に1、2匹程度の数だけ。十数匹という数に囲まれれば、助からないだろうという確信があった。

 

 ため息が漏れる。

 

 しかしそれでも強くなるんだと奮起するように頬を両手でぱしんと叩いた。少し赤みがかった頬のまま、匂いに釣られるようにして地下室から出て教会の地上部分へと向かう。

 

(神さまの作る料理って例の先輩が残したレシピを基にしてるって話だけど……、やっぱり多才な人は世の中にはいるんだなぁ)

 

 今日は作って貰ったのだから明日は自分が作ろうと心に決めて、調理台に立つ人へと挨拶をした。

 

「おはようございます! 何か手伝うことは……」

 

「ん? 起きたか、おはよう。なら皿を……。

 停止した?」

 

 そこに立つナインの姿を見てベルは数時間ぶりに体を硬直させた。

 

 そこへ遅れて現れたヘスティアが「あっちゃ~」と言わんばかりに額に手を当てて空を見上げる。

 

 なお、ナインは鍋の中でぐつぐつと煮込まれるシチューを味見していた。流石に異性の体にベタベタと触れるようなことは出来ない。ベルに関してはヘスティアに一任するしかないのだ。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「あっ、あああ、あのあのあの────」

 

「そんなに緊張しなくても良いだろうに。同じファミリアに所属する者同士、仲よくしよう」

 

「は、はっはははぁ、はいっ!!」

 

 駄目だこりゃ。という思いを内心に閉じ込めて歩くナイン。

 

 対して「どうしてこうなったんだっけぇぇぇ!」と内心で叫び続けるベル。

 

(えぇと、思い出すんだベル・クラネル! 何がどうして一緒のチームを組むようになったんだっけ?! そうあれは朝食を3人で囲んでいる時の話のはず!

 ………………ナインさんが言ってたような……、エイナさんから僕と組むように言われたから……だっけ?

 ────ありがとうございます! エイナさん!!!

 

 同じファミリアの先輩。入団してから会えずじまいだったが、自分の窮地に颯爽と現れて強敵を一蹴。そしてそこから始まる2人の物語。

 

 苦難を共に力を合わせて乗り越え、共に笑い、共に泣く。そして月日と共に仲間も増えていき、最後には……。

 

(おじいちゃん。空から見ててね。*3

 僕は今、物語の重要人物に名を連ねたよ)

 

 大きく深呼吸すること十数度。幾らか緊張を解すのに時間が掛かったがもう大丈夫だと心の中で呟き、自分から声を掛けるんだと口を開いた瞬間だった。

 

「あのー、魔石を落とされましたよ?」

 

 背後から声を掛けられた。僕だろうかと考えたが、ベルは他人から見れば小さな少女。冒険者として見られるようになったと考えるのは調子に乗り過ぎだと自戒する。調子に乗った結果は昨日見たのだから。

 

 では隣の、憧憬の人だろうかとベルは横を向くが、ナインもまた歩くのを止めていない。

 

 であれば自分たちではなかったのだろうとしてベルも速度をそのままに進む。

 

「え、あの……ちょっとー!?」

 

 必死に呼び止めようとしている。しかし隣を歩く人は歩みを止めない。やはり別の人なのだろう。と断定しようとした次の瞬間、目の前に回り込んだ人の影。

 

 鈍色髪の女性が自分たちを通せんぼするように現れた為、止まった。

 

(あっ、止まってない。ナインさん横を素通りしようとしてる!?)

 

「ま、待ってください! あの、あれ止まらな……ちから、つよ……」

 

 そしてその女性の人は歩き去ろうとするナインを止めようとする。

 

(声を掛けてたのは、やっぱりナインさんだったのか……)

 

 その様子にベルも理解出来る。

 

 昨日の九死に一生を得た体験が無くとも、ナインの容姿は非常に整っており、冒険者には必須ではない清潔感を感じさせる様子は、ギルドの受付嬢にも高得点を貰うほど。

 

 腰に差した直剣に長槍を背負った上でブレない歩みは一入(ひとしお)の実力者なのではと思わせるのだ。

 

 そんな立つだけでちょっとした価値の付く絵に見える人なら声を掛けちゃうよね、とこれこそ祖父の言っていた逆ナンなのだろうと納得を覚える。

 

 ベルはうんうんと後方腕組み憧憬面を決め込んでいた。

 

 その間にようやく止まったナインに、「魔石は昨日全部換金に回したから落ちるはずがない」と言われて目を逸らす一般通過町娘。

 

「……うぅ。はいそうです騙そうとしました! ごめんなさい謝りますすいませんでした!!」

 

「ベル。都会にはこういった客引きが時折り現れるから注意しておけ」

 

「そうなんですね。分かりました!」

 

「この人意地悪です!!」

 

 ナインの対応に、頬をお餅のようにぷっくーと膨らませる。

 

 実際に悪質な客引きだったのだから仕方がない。忠告に対しコクコクと素直に頷くベル少女。半泣きになり始めた目の前の女性を見て好い加減相手するかと決めた。

 

「それで、結局何を言いに来たんだ?」

 

「そっちから聞いてくれるんですね。……えーコホン。私、実は飲食店に勤めてまして、知り合った冒険者の方にお得意様になって欲しいなぁ、と……」

 

「飲食店、ですか?」

 

「そうです!」

 

 ベルの素直な問いに目の前の町娘はここぞとばかりに宣伝を開始。

 

 お酒の種類は多く、料理も絶品。そして何より、と溜めて自分を指差し断言する。

 

「店員が可愛いんです!!」

 

「あぁ、自分で言うんですね……」

 

「それで、どうですか?」

 

 ベルの小声も右から左へ。ナインとベルへ問う。

 

「スマンが今日は無理だ。もう先約がある」

 

「えぇーそんな~……」

 

 シクシクと泣いてるポーズを取る目の前の女性。ベルは「どうしましょう」という困惑の乗った視線をナインへ向けるが、どうとも言えない。

 

 目の前の女性。まぁシル・フローヴァなのだが、原作知識で豊穣の女主人の従業員なのは知っているが、その固有名詞が出てきていない為、「あぁ、そこに行くんだ」という返答が取れない。かと言ってこちらから店名を聞くような流れでもなくなった。

 

(どうすっかな)

 

 およよ~と泣き真似を続ける町娘。時折り「よよよ~……、チラッ」とこっちを見てくるのが、あざとさ検定準2級。

 

 正直【フレイヤ・ファミリア】で一番好きなのはヘイズだから。と伝えるべきかと考えていると、彼女へ声が掛かる。

 

「シル。そんなところで何を泣いて……、レイルさん?」

 

 そこに現れたのがベル以外で共通の知り合い、リューだった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 自らの恩人であるシルが泣いていれば、リューはそのままシルを泣かせた相手に殴り掛かるところだが、その前に居たのはナイン。彼がそんな人を簡単に泣かすような人物でないのはこの数週間でリューも知っている。

 

 冷静に頭を働かせ、この場にいるナインとその前で泣き真似をしていたシルの様子に何があったのかと問われ、説明を始める2人。置いていかれたベル。

 

「あぁ、なるほど。それは厄介な客引きに引っかかってしまいましたね」

 

「リューの制服姿は初めて見たな。とても似合ってると思う」

 

「……一応、そういう言葉は軽々しく言うものではないと忠告しておきます。

 ですが、はい、ありがとうございます……」

 

 そして始まる2人だけの空間。それを眺めるベルとシル。

 

 シルは「自分は褒められてないんですけど~」という視線を送り、ベルは会話への入り所を見失っている。

 

 その2人の視線が交差するのは同時だった。

 

つ ま り !! ナインさんの御予定というのは元から私たちの働く飲食店だったってことですよね!!」

 

「な、なら、ナインさん! 今日の夕食、一緒に行きませんか!?」

 

 即興の連係プレーにてナインとリューの空間は消えて、通常の空気に。

 

「そうだな。俺は問題無い」

 

「そうですね。ではレイルさん。クラネルさん。ご来店お待ちしております」

 

「待ってまーす!」

 

 ペコリと礼儀正しいリューと嬉しそうに手を振るシル。

 

 ではまた(あと)で、と2人に別れの挨拶をしたナインとベルは再度バベルへと歩き出した。

 

 突然のイベントが挟まったが、そのおかげでベルの緊張もどこかへ行き、気安く話し掛けられる。

 

「ナインさんはもしかして……、妖精(エルフ)(かた)が好きなんですか?」

 

「どうしてだ?」

 

 正直者なベルの性格上、真っ向勝負が基本戦術。その問いにLv.4の聴覚と全知零能の存在の感覚が聞き耳を立てる。

 

「先ほどの、リューさん? と、とても仲良さそうにお話ししていたので……」

 

「まぁ、オラリオに来て仲良くなった1人だからな。大切にしたい縁だよ」

 

 ほむ、とベルは頷き、続きを促す。

 

妖精(エルフ)は容姿が良いし、その点は好みだな」

 

 後方で内心笑顔で頷く両名。長寿かつ見目麗しいのは種族柄だからだ。

 

「あとは美味しい料理を作ってくれたら嬉しいね」

 

 後方でずっこけた音がしたが、ナインとベルは歩みを止めずに進んでいった。

 

 

 

 

 

*1
何故かネイティブ

*2
「大丈夫ですか?」と逆に声を掛けられて

*3
死んでない




 一般通過猪人(ボアズ)「15年以上前に見た動きを連想させる奴がいた。もしかして…。流石に真剣でやるのはないな。ステイタス差で死ぬ。知り合いの鍛治師を説得し、数日掛けてあいつと同じ木製の武器を手にしたぞ、ヨシ!」

 なお、普通に殴る蹴るもした模様。

 20分ぐらいで気絶したナインにエリクサーを掛けて帰った。

 リューからの評価が高いのは朝稽古をつけてもらえないかと頼んだ際に、ナインがなぜ強くなるのかを聞いた影響。魔法は特典でもなく純粋に精神性からニョキって生えたものなので。

 特典で貰ったのはスキルが一つと頑丈な肉体ともう一つ。後々出てくるので。
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