ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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 この頃のレフィーヤって性格固まってなかったんじゃないかってぐらいブチギレ芸披露するんですよね…。オラトリアの一期も、もうアニオリで戦闘描写盛って良い気がする。

 でもやっぱり学区編の方が気になるしやっぱ本編やな。


・021 速攻魔法、『剣姫の訓練』を除外して『凶狼の訓練』を発動。効果により白兎のアビリティ(スペック)を上昇させる

────

 

 

 

 

 

 昨日。と言っても既に太陽はその姿を地平線の先へ隠し、そこから更に数時間経過した深夜と言える時間帯に、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはダンジョンから地上へ帰還した。

 

 都市の北部、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)のあるそこへダンジョン内の成果なども含め、色々と楽しみなことが増えたと喜びながら帰還したアイズは、少々団内の妖精(エルフ)たちが殺気立っていることにも気付かず、誰もいない大浴場で身を清めてから心地の良い眠気に身を任せるようにして就寝。明日はきっと良い日になるだろうと疑うことなく。

 

 そうして迎えた翌日。まだ日の出るには少し早い時間に、アイズは目を覚ます。昨日助けた少女からは、最近は朝日の登る少し前の時間から市壁の上部で訓練をしていると聞いた。であればそこに合流するのが吉だろうと、顔を洗い、寝間着から軽い戦闘衣(バトルクロス)へ着替えていく。鎧は必要だろうか……? まぁ、そこまで必要ないだろうと考え、その軽装のまま外へ向かう。

 

 時間が時間な為、他の団員たちは未だ起きていないがそれでも自分が今からするであろうことが露見するのはあまり良くないだろうと考える。アイズが今から合流し、訓練をつけるのは他派閥の人間。基本的に他派閥との接触は揉め事の発生を伴う為、何かしら交流の長く深い相手でなければ避けるように言い付けられている。

 

 今から自分はそれを破るのだ。隠した方が良いだろうと思い、アイズはこっそりこっそりと本拠地(ホーム)から出ていった。

 

「────……あれは?」

 

 ──しかし、昨夜の一件で業火のような怒気と殺意に身を焦がし続け、ダンジョン探索で心身ともに疲労を溜め込んでいるにも拘らず、今も眠気を感じない所為で起きていたとある山吹色の妖精(エルフ)が自身の後ろ姿を見ていたことには気付かなかった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 つんつん、と少女が人差し指を突き合いながら市壁の上を歩いていた。その背には濃い意気消沈の色が重ねられており、彼女の周囲だけ普通よりも数段暗くなっているように見える。

 

 彼女の名前は、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオに於いてその名を知らぬ者など居ないであろう第一級冒険者の1人。モンスターを目にすれば目にもとまらぬ速さで腰に佩いた細身の剣を抜き放ち、空中に一本の軌跡を残しつつ高速の斬撃を放つ、まさしく剣の姫。

 

 そして姫と呼ばれるだけあり、彼女の容姿はとても整っている。それは女神にも負けないと評されるほどであり、彼女が漂わせる近寄りがたい凛とした雰囲気から、神の恩恵(ファルナ)を持たない一般市民から他の冒険者に至るまで、彼女を神聖視するものまで現れる程だ。

 

 では今の彼女を見た時はどうだろうか。顔はある程度いつも通りの無表情を保っているが、どこか暗い。眉は萎れ、目尻には涙であろう粒が見える。いつもは正されている背筋も丸まっており、それが暗い雰囲気を感じさせる後押しをしていた。

 

 既に顔を出した朝日もびっくりなほどに陰鬱な雰囲気を出している理由はただ一つ。

 

『ああ? なんでオマエがここにいるんだ?』

 

 訓練をつけてあげようとした白髪の少女が毎日訓練を受けていた相手は、両手に握った武器を振るっていた相手は、自分と同じファミリアに所属するベート・ローガであった。

 

 ナインさんではなかった……、どうして?

 

『アイズ……、お前に型稽古は無理だ……。あ~、うん、模擬戦とかの方が良いだろ』

 

 少女に武器を順手と逆手に持つ際の重心の位置などを教えているベートの後ろで、使ったことが無い刃渡りの武器であるために、構えを取ろうとしても変なポーズを決める事しか出来なかった。

 

 だって小剣も短剣も使ったことないし……。

 

『──ア゛ァ゛ッ!? なんべん言ったら分かるッ! 気絶させたらその分訓練に使える時間が減るだろうがッ!!』

 

 ヒィンッ……。

 

 手加減というモノをあまりにも知らなすぎる所為で、剣の鞘で相手しているにも拘らず、全力で迫ってくる少女を何度も気絶まで追い込んでしまった。相手が本気ならばこちらも……、そんなふうに思ってしまうのだ。今までの自分がそうであったがゆえに。

 

 しかしこの訓練の主役は白髪の少女。ベル・クラネルという冒険者となって1ヶ月弱と言うあまりにも成長速度の速い新米冒険者(ルーキー)なのだ。自分が満足することは二の次。少女が強くなることこそがこの訓練の意味するところなのだから。

 

 そこから遠く離れ、市壁の東側まで来ているアイズの現状は一言で締められる。

 

 ──戦力外通告

 

 つまりはそういうことだった。

 

 ベルと言う天真爛漫純白少女(ガール)は叩けば叩くほど伸びる鉄みたいな子なのだが、同時に熱した方がただ叩くよりも伸びやすいし、そこを急激に冷やせば通常よりも硬くなる。『ただひたすら叩く』をしていたアイズは、ベルが5回ほど気絶した時点でキレたベートから少々辛辣な言葉を頂戴し、退散の運びとなった。

 

 去っていく哀愁たっぷりの背中に、ベルからの暖かい言葉が無ければそのまま自分の部屋に籠り明日まで出てこなかっただろう。

 

 そうして彼女がトボトボと市壁の上を歩いていれば、彼女の瞳に見知った顔が3つ映った。

 

「────えっ?」

 

 と、翠色の妖精(エルフ)

 

「────んっ?!」

 

 と、金色の剣士。

 

「────おや?」

 

 と、朱色の治療師(ヒーラー)

 

「すぅ……すぅ……」

 

 と頬に蒼い痣を作られた漆黒の少年。

 

 アイズの驚愕の声に反応したのは2人。

 

 翠色の頭髪に空色の瞳、そして種族由来であろう端麗(たんれい)な容貌を持つ妖精(エルフ)。彼女はよく目にする人物だ。アイズの主神であるロキが懇意にしている『豊穣の女主人』と言う酒場で働く従業員(ウェイトレス)。いつも着ている若草色の給仕服ではなく、彼女用にあしらわれた戦闘衣(バトルクロス)を着ていることから戦闘もこなせるのだろうと窺える。彼女の近くに木刀が置いてあるのだ。間違いはないだろう。

 

 そしてもう1人。薄紅色の長髪を二つに結わえ、朱色の瞳を少々死んだ目にしながらも美少女と言って差しつかえの無い只人(ヒューマン)。こちらはあまり見かけることの無い相手。しかし彼女のことはもう1人の妖精(エルフ)よりも詳しい。【ロキ・ファミリア】の半敵対派閥である【フレイヤ・ファミリア】の準幹部と言える人物であるからだ。【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)。女神から黄金を賜った魔女の回復魔法は敵対すれば恐ろしいことこの上ない。それを補助する杖も相当な業物(わざもの)だろう。

 

 まぁ、それまでは良いのだ。

 

 よくはないが、良い。放っておける事項なのだ。

 

 アイズが驚愕を示した理由は何よりもヘイズの膝の上に頭を預けるようにして小さく呼吸を繰り返す漆黒髪の只人(ヒューマン)がいることだった。

 

 開いた口が塞がらない。自分が会おうとしていた人物が別の場所で訓練していたのはまだいい。しかしその相手が女性。しかも2人。挙句の果てには膝枕。「ナインさんは……、不良……?」と固まったアイズ。心の中の幼女(ちびっこあいず)まで大慌ての緊急事態。

 

 プラカードで『はれんちっ!!』を掲げている。

 

「おや? 【剣姫】、どうしてそのようにあんぐりと口を開けていらっしゃるんですかぁ?」

 

 そんな折りにヘイズから声が掛かる。

 

「……えっ、だって、それ……、ひざ……まくら……」

 

 覇気のないカッスカスな声だったが相手はLv.4。ちゃんと聞き届けられた。

 

「ん? あぁ。これはただの()()()()の一環ですよぉ。

 ねぇ、妖精(エルフ)さ~ん?」

 

「うっ……ぐぅ…………、そ、ソウデスネ

 

 アイズから問われたことに表情をニコニコとしたモノへと変え、隣に座ってその手から回復魔法を掛け続けているリューへと同意を求めれば、苦々しい顔を浮かべつつもリューは頷きを返す。

 

 彼女のちょっとした意地悪だ。戦いの才能を持っていることに対するヘイズなりの嫉妬。ここで「違う」と答えたならば、今後ナインが気絶した際に膝枕する権利をヘイズに全て持っていかれてしまう。

 

 少々恥ずかしさはあるが、相手がナインであればリューもドギマギとしながらも出来る。

 

 ヘイズは普通にサッと行うが。

 

 ヘイズもヘイズで赤の他人にそのような真似をすることはない。それどころか知人であろうとも、だ。

 

 そのうえで膝枕を余裕で行えるのは顔を初めて合わせてたったの1日で、自分の職場環境を改善したナインに対するヘイズなりの感謝の証でもあるのだ。彼のおかげで調剤に使っていた時間が大きく削減され、結果として他の場所でもある程度改善する目安が付いて、こうしてヘイズ自身が早朝の時間を自由に使えるようになっている。

 

 忠義も愛も主神たる女神へ捧げた身ではあるが、個人的な感情を破棄した訳でも無し。ヘイズの中では、ナインへ個人的な愛着が湧いていたのだった。

 

 ナインの頭の中を解剖したらもっと改善案が入っているかもしれない。という思いもあったりするが。

 

膝枕って……、治療行為だったんだ……!

 

 さっきまでの自分を振り返り、アイズは自分もこれをすればベートさんに怒られずに済んだんだ、と間違った知識を得た。

 

「いや、【剣姫】! これはちがっ……──」

 

「──ええ。異性の、それもナイン(のような男の子)であれば、効果てきめん! とっておきの手法なんですよぉ。

 ち な み に~、()()()()()()()()()があったりしますが、聞きますかぁ?」

 

「「もっとすごい方法っっ!?」」

 

 リューとアイズがハモった。

 

「こっちの妖精(エルフ)さんは少々残念ですが、【剣姫】は()()()()をお持ちのようですしぃ……、こうして──」

 

 そう言いながらヘイズはゆっくりとナインの体を持ち上げ、そのサラサラな髪を慈しむ様に撫でながら自らの豊かな双丘へと押し当てた。

 

「なっ────!?」

 

「…………ッ!?」

 

 最早観客へと回ってしまった両者は硬直。

 

 容姿に優れた女神も多く、『(きょ)』と言うにはオラリオではそれ以上の大きさが良く散見される所為で比較されがちだが、ヘイズのソレも立派な巨峰側であることに変わりはない。ナインの顔を強く押し当てればナインの頬も、そしてヘイズの柔らかなおっぱいも形を変えていく。

 

 ヘイズはナインの頭を撫でながら、残念な方──リューを一瞥すると、「ふっ」と鼻で笑った。

 

 破廉恥係数100オーバー且つ(わら)われたことで、怒りの沸点を余裕で超えた結果襲い掛かろうとしたが、残念ながらヘイズとの間には体を起こされた所為でナインの面積が広い。考え無しに木刀を振るえばナインに当たるかもしれない。それがリューの動きを止めていた。

 

 そして「無様ですねぇ」と内心嘲笑しつつアイズへ視線を向ける。先程よりも大きく口を開いているが、そこから漏れる音は混乱と困惑の声のみ。意味のある言葉など出てこなかった。

 

 そして運が良いのか悪いのか、ここで事態が動く。

 

「──あったかい……、ん?

 ……いや、何してるんですかヘイズさんッッ?!?!

 

「ほら、すぐに起きました~」

 

「……す、すごい…………」

 

【剣姫】ぃぃぃいっ!? (まっっった)くすごくないですからッ! 間違っていますからッッ!!

 

 顔を包む暖かさに目を覚ましたナインは即座に自分が置かれている状況を理解し、これが幸福かと受け入れようとした自分を早急に叱咤し勢いよく離れる。その様子を見て笑みを溢しつつも少しだけ残念そうなヘイズは、ブイサインを作って自分の行為がれっきとした治療の一環でしたよとアピール。アイズは『未知』を『既知』に変えようと、ナインを抱きしめるのは治療行為の1つと脳内メモリーへ記録。唯一冷静さをギリギリ保っていた常識人のリューは訂正させようとするがしかし、残念ながらアイズは天然不思議ちゃん。【疾風】(しっぷう)の声は(むな)しく風へと消えた。

 

 

 ────

 ──

 

 

「ハッ……ハッ……ハッ……。

 はぅ、アイズさん、どこにいったんだろう……」

 

 膝に手を乗せて荒い呼吸を繰り返す山吹色の長髪を揺らすのはレフィーヤ・ウィリディスという妖精(エルフ)の少女。

 

 昨日見掛けたリヴェリアとナインの逢瀬疑惑は根も葉もない勘違いだということがフィンよりその時間に起きていた者たちへと伝えられ、正気を取り戻したリヴェリアも殺到した同ファミリアの妖精(エルフ)たちからの質問に答えたことにより、一応収まりを見せた。

 

 しかしそれにより安堵を覚え怒りを完全に鎮静化させれた者は妖精(エルフ)の中でも年長者であったり経験を積んで慎重さを手にした者たちのみ。未だ成長途中且つ少女の域を出ないレフィーヤにとって、なにも無しに一度振り上げたこぶしを下ろすのは難しい。

 

 結果としてふつふつと沸くマグマのような怒りによって一切眠れず、朝日でも拝もうと外に出たことで、同じく外出しようとしていたアイズの後ろ姿を発見。気晴らしにアイズと薄暗さの残る、いつもとは違う顔を持つオラリオの街並みを見ながら散策でもと思い声を掛けようとしたが、アイズはどこかへ()ってしまった。

 

 こんな時間になんの用だろうか、もしかしたら何かに巻き込まれているのかもとその背を追うが、アイズはLv.5。Lv.3のレフィーヤではすぐに距離を離されて見失ってしまう。

 

 道中、白髪の少女とぶつかってしまったが、「この子が知ってるわけないよね」と純情そうな少女を巻き込まない為にも、そして今も燃えている怒りをぶつけない為にも、お互い頭を下げてその場を離れる。

 

 しかしそうなると本当にアイズの行き先が分からない。レフィーヤ・ウィリディスにとってのアイズはとても強く美しい冒険者の先達。『学区』の頃からの尊敬と憧憬の対象である剣の姫。好物がじゃが丸くんで酒を飲ませてはいけない、モンスターと会敵(かいてき)すればいの一番に突撃する強さを持っている。

 

 それらのことは知っているが、ではふらりとどこかへ出かけた際、場所を特定できるほどの情報を持っているかと問われれば、無い。その一言に尽きる程知らないことにレフィーヤ・ウィリディスは愕然とする。

 

 既に3年の付き合いとなるのにも拘らず、だ。

 

 でもめげないしょげない諦めない。

 

 当てが無いならしらみつぶしにっ! と【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院や【ゴブニュ・ファミリア】の鍛冶場。『豊穣の女主人』やよくじゃが丸くんを購入する屋台のある広場。

 

 全て外れた。

 

 既に朝日がその顔を出し、市壁を越えてオラリオという大きな都市を照らしていこうかという時間。アイズを探して色々な場所を練り歩いていたレフィーヤもそろそろ体力の限界、そんな時だった。

 

「……これだけ探しても見当たらないなんて……、いったいどこに……?

 ────ッ!」

 

 肩で息をしていた折り、下を向いてばかりじゃいられないと顔を上へ上げれば、その先に目的の金糸の少女がいた。

 

「あ、あれはまさか……」

 

 レフィーヤ・ウィリディスの美しい紺碧の瞳に映った【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。しかし彼女が胸中に覚えた感情はようやく見つけたという安堵ではなく……。

 

(なんで……、なんで、なんでそのヒューマンを抱きしめてるんですかぁぁぁああっ??)

 

 アイズは体重を預けるようにして目を閉じているナインを彼女の胸元で受け止めていた。当然、ナインの頭が胸のあたりに来るように距離を調整したりしている。

 

 少ししてナインはすぐに目を覚ましたようで、顔を上へ。アイズの顔がある方へ向けて視線を交差させる。慌てた様子を見せながら離れるが、見ように寄らずともつまりはアイズが自らその体勢になったという証。レフィーヤには痛いほどに伝わった。

 

『ナインさん、訓練頑張ってるんだ。凄い、ですね……』なでなで

 

『……アイズの体温……あったかくて……丁度良い』

 

 妄想癖も爆発した。

 

はぅぅぅぅううううううっ…………

 

 まさか視点の所為で見えない場所にいる【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)が回復魔法で強引に起こしたとは想像だに出来ない山吹色の妖精少女。目尻に涙を溜めながら現実逃避をするようにしてその場から脱兎のように逃げ出してしまった。

 

(しんじられないシンジラレナイ信じられない信じられないッ!! 

 なんなんですかあのヒューマンはぁっ!? リヴェリア様を誑かしておきながら……、ア、アイズさんまでぇぇええッッ!!??)

 

 道中ぶつかってきた酔っ払いが逆ギレして絡んできたため、山吹妖精秘伝、いかりの『弓の名手の拳』(アルクス・パンチ)で沈め、本拠地(ホーム)まで駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「……ひっどい目に遭った」

 

 ナインは本日の朝稽古で起きたことを思い返しながら少しばかり溜め息を漏らす。

 

 今日も今日とて手加減できない系妖精(エルフ)であるリューによる、ギリギリ撲殺未遂に留まるレベルでボコられていた折り、ヘイズの胸元に抱き寄せられていた場面で意識を回復したナインの視界にはここにはいないはずのもう1人の美少女。

 

 ヘイズの煽るような口調に真正面から受け止めてしまうリューはとにかく反応してしまい、ポツンと残されたアイズは「抱っこは、チリョウコウイ……、抱っこは、治療行為……、ナインさんは……おっぱいが好き……?」などと意味の分からないことを呟きながら自らの胸の大きさを確かめていた。

 

 何とか落ち着きを取り戻した後、ナインとリューが訓練に戻ろうとすれば、アイズがそれに参加を希望する。リューからすれば少々不満。既に毒婦(ヘイズ)がいるのに、更に姫と呼ばれる者が増えるのだ。

 

 しかしこの訓練の主たる目的はナインの成長の為。ナインは『技』だけに限ればオラリオの冒険者、その上位陣に食い込めるが、問題は駆け引きが非常に拙い。それも対モンスターに於いては特にだ。ナインはそれを知ろうとしている。覚えようとしている。今の自分とのすり合わせをしているのだ。自分の我が儘でそれを邪魔したくはない。リューはアイズの提案を受け入れ、ナインも快く彼女を迎え入れた。

 

 問題はこの両名、手加減という言葉を字面でしか知らないのだ。《スキル》すら用いて容赦なく振るわれる木刀。Lv.5でも最上位の【ステイタス】を持つ剣士が無慈悲に振るう剣の鞘。

 

 この両者とも連携訓練など行なったことはないが、戦ったことは何度かある。轡を並べたり襲ったり。昔取った杵柄と言わんばかりの連携を魅せたアイズとリューにより、ナインの全身はズタボロ。幾ら莫大な蓄積値を持っているとはいえ、それはたかがLv.1のモノ。結局はレベルと今までの実戦経験がものを言う冒険者という職業で、前衛を張る2人を技だけで凌げれば誰も苦労はしないのだ。

 

 片方を相手していればもう片方が死角へと回り鋭い一撃を放ち、それに対応しようとすればその隙を狙われる。ナインの訓練がまた一段……数段ツライモノへと変化したのだった。

 

 因みに気絶したナインの介抱ローテにアイズまで参戦したのは言うまでも無いことだろう。

 

 リューは奥歯を噛み締めた。

 

 ヘイズは笑顔の裏で唾を吐いた。

 

 美神は塔の上でぴきった。

 

 なぜか包帯まみれの猪は彼女の機嫌を取るためにケーキを持ってきた。

 

 

 ────

 ──

 

 

「ほーん、昨日渡した紙袋ん中に魔導書(グリモア)が入っていて、それをそっちの嬢ちゃんが知らず知らずの内に読んじまったと……」

 

「ええ、まぁ、……はい」

 

「なんと言うか……すみませんでした」

 

 ナインとベル。2人が今いるのは朝市で調達してきた食材を仕込んでいる『豊穣の女主人』。そのカウンターを挟んだ先にはこの店の店主であるミア・グランドが立っており、その手には昨夜ベルが知らぬ内に使用してしまった魔導書(グリモア)

 

 ペラペラとめくるミアの姿を見ながら、ベルの頭の中では今朝発覚した事実に驚愕する主神ヘスティアの姿が映っている。バベルの【ヘファイストス・ファミリア】が開いている店舗の売り子のバイトに行くために衣服を整えていたヘスティアは絶句。艶のあるツインテールがまるで雷を模したようにギザギザに逆立っており、とても印象に残った。

 

 彼女の慌てようも理解できる。魔導書(グリモア)はそれ一冊だけで最低でも5000万ヴァリスはする高価な本。

 

 魔法を持っていないモノであり、同時に【ステイタス】に《魔法》のスロットがあれば確実に《魔法》が発現する魔道具(マジックアイテム)の一種。それの作成には【発展アビリティ】の【魔導】と【神秘】を持っていることが最低条件で、作成者の技量も高くなければならない。

 

 それらの不確定要素を攻略する必要性ゆえに、その性能は折り紙付き。《魔法》のスロットが1つしか無かったとしても、非常に低確率にはなるが新たな空きスロットが増設され、そこに新しい《魔法》が発現するかもしれない。どちらにも運が絡むうえ、両方とも極めて低確率。

 

 使った結果なにも起こらなかった。ということもあり得る。いや、そちらの可能性の方がとても高いのだ。

 

「ベルさん……、大変なことをしてしまいましたね……」

 

「うぐぅ……」

 

 あらあらと共感するフリをして止めを刺したシル。グッサリとそれが刺さったベルは膝から崩れ落ち、ギリギリのところで椅子にしがみつく。

 

 ナインは彼女を見て「ほんといい性格してるよな……」と半ば呆れまじりの視線を向けたあと、ミアへと戻す。

 

「それで、どうしましょう?」

 

「どうしましょうったって……、アンタこれを弁償しろなんて言われても無理だろうに」

 

「それはもう稼ぐしかないですね……。借金になるとしてもベルに魔法が発現した分と相殺したうえで利益になった。と胸を張って言える程度に稼げば」

 

「ふーん? 言うじゃないか」

 

 ナインの返答に嘘偽りの無いことを察したミアは見定めるような視線をやめ、豪快に笑う。

 

「不要だッ! 昨日も言ったがあの本の山が臨時店員をさせたことへの報酬だった。そんなかに高価なモノが入ってたんならそれも含めてだ! だから気にする必要はない! 良いね!?」

 

 ミアはバンッと本を閉じてナインへと返す。もはや中には文字の1つも存在しない本なのだが、表紙に使用されているのは内包する魔力に耐えられる材料。ナインの下に帰ってきた本であれば、おそらく竜種の皮。剝がして使えるかもしれない。

 

「で、でもっ……」

 

「良いんだよ。昨日も言ったが埋もれてたやつを適当に入れただけ。運が良かった、得をしたぐらいにでも思ってさっさと忘れちまいな」

 

「えぇ……」

 

 ミアの堂々とした態度にベルの反論は尽きた。これ以上何かを(もう)したところで砂に水を掛けたように意味など成さないだろう。

 

「因みに俺が別の魔導書(グリモア)を入手して代わりに、とか言って渡したらどうなります?」

 

「退店していく坊主の後頭部に直撃コースだね」

 

「死んでしまいます……」

 

 昨夜手に入れた魔導書(グリモア)についてはヘスティアに一言告げてきちんと保管してある。それの使用先が自分の後頭部から脳漿をぶちまけることになる可能性を、ナインは排除した。

 

 そして徐々に雰囲気が荒々しくなってきたと感じ、ナインはへにゃたれているベルの首根っこを掴み、ゆっくりと後退。ミアからの怒号が響く前に、ナインは退店しようとしていた。

 

「あっそうだ」

 

 しかしそこで思い出したことがあり、フロアのテーブルを拭いていたリューの(もと)まで歩み寄る。

 

「どうかなさいましたか、レイルさん?」

 

「これ、いつもの感謝と思って。要らなかったら残しても良いから」

 

「これは……」

 

 ナインが手渡したのは布地で包まれた箱。リューの両手にちょこんと乗せられたソレをなんだなんだと従業員が集まってくる。

 

「べ、弁当だっ! 間違いないっ、これは弁当箱だッ!」

 

「愛妻弁当ならぬ愛夫弁当だとぅッ!?」

 

「待ってッ?! この中で一番最初のオメデタがリューになる可能性、大!?」

 

「普通に失礼だよね、みんな」

 

「ふっ、甘いニャ……これはきっと幻覚ニャ! クロエッ!!」

 

「……くっ、反応なし。シロニャ……」

 

「真っ黒少年なのにね、ってつっこめばいいわけ?」

 

 わいわいガヤガヤと騒めき立つ店内。彼女らを無視してナインは笑顔と共に去っていく。両手に乗せた弁当箱から錆び付いたロボットのようにギギギと首の動きづらいリューは現実を知覚するのにまだ掛かりそうだ。

 

 彼女が正気を取り戻した時、既にナインたちの姿は最早見えず、対して周りには彼女の同僚たち。

 

 従業員が女性だけで構成されていることもあり、浮ついた話が店の中で発生することはないだろう。であれば突如現れた面白そうな話題、それも恋愛模様。

 

 準備のために手を動かしながらも、全員の神経がリューへ集まっていたことは言うまでもないことだった。

 

「あっ! 私にも作って~って言ったら作ってくれたりするかな?」

 

「シ、シルっ……!?」

 

 なお、リューが本日一番驚きを露わにしたのは同僚のこのひと言だったり。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 バベル周辺に空いた広々とした空間。その内に施設された大きな噴水はオブジェとしても非常に目立つ。ゆえに集合場所としても良く使用される。

 

「あっ、リリッ!」

 

「……、ベル様っ!」

 

 既に日の昇ったオラリオでは数多くの冒険者たちが活動しており、その大多数がダンジョンへと潜っていく為、混んでいる。しかし小さな体躯に見合わぬほどに大きなリュックサックを背負っているリリの姿は結構見付けやすい。それも助けとなり、ベルは彼女をすぐに見つけ、合流した。

 

 そんなベルを見てリリは少し不思議そうに、そして僅かな疑念を抱きつつ返答する。

 

「今日もよろしくお願いしますね、ベル様。……しかしナイン様の姿がお見受けになられませんが、何かあったのでしょうか?」

 

「う、うん。それがね、この間ギルドに報告した器の昇格(ランクアップ)に関する諸々の報告書が虚偽記載だ~なんて話が上がってるらしくて」

 

「虚偽の記載……ですか?」

 

「うん。倒したモンスターの数だったり到達階層だったり、他にもそもそもの神の恩恵(ファルナ)を刻んだ時期を誤魔化してるだろうって上層部の人が言ってるらしいんだよね。

 それで僕たちの担当アドバイザーのエイナさんって人が改めて調書を作成することになったって」

 

 ギルドの前を通った際に申し訳なさそうにナインを呼び止めたエイナの顔が今も心に引っかかる思いだ。

 

 ついでに言うならば「えぇぇぇ……」ととても嫌そうな表情を浮かべていたナインの顔も想起される。そんな顔をしていた所為で、「美人に抱き着かれて嬉しいでしょう!? 嬉しいと言いなさぁーいっ!!」と叫びながらナインを引き摺って()ったが。

 

「随分とギルドも横暴な手を使いますね。

 そんなんだから多くのファミリアから嫌われてるんですよ

 

「……? リリ、どうかした?」

 

「いえいえなにもー。

 ではここで待ちますか? それともリリたちだけでダンジョンへ?」

 

「う~ん……、いつ終わるか分からないから先に()ってて良いってナインさんも言ってたし、行こうか」

 

「分かりました!」

 

 そうして満面の笑みを浮かべるベルに倣うようにリリもまた笑みで返す。先を行くベルの後ろを歩きながら、必死に作り上げた笑みを崩して犬の耳を生やした少女は小さな声で呟いた。

 

「………………羨ましいなぁ」

 

 信用出来る人がいて。信頼できる相手がいて。近くに居なくとも心を温めてくれる相手がいて。

 

 下唇から血がでんばかりに噛みしめ、自らの立場を恨みつつ、リリルカ・アーデは小さな歩みを地下へと向けた。

 

 

 ────

 ──

 

 

「どうだ?」

 

「どうやらマジに組んでるみてーだな」

 

「あの世界最速(レコードホルダー)、1人でもたんまり稼ぐらしい。そいつとも潜ったってなりゃ、アイツの懐は随分とあったまってるだろうよ」

 

「じゃあ、今まで世話してやった分、回収しねぇとなぁ?」

 

 それを聞いた男たちの下卑た声が小さく木霊する。

 

「そういや、今は別のメスガキと組んでんだろ? そっちはどうするよ」

 

「あぁ~、結構見た目は良かったしな……売れば結構な値段付くんじゃねぇかな?」

 

「はっ、なら売る前に少しぐらいは使っておくか!」

 

 そんな会話を繰り返しつつ、距離を取りながら少女たちの後を追う影が迷宮の中へと溶けていく。

 

 

 

 

 




《ナイン・レイル》
所用期間:1ヶ月半(恩恵及び冒険者登録も含め)
撃破スコア:10万とすこし(10万弱の数、魔石を買取に出した記録在り)
偉業判定:怪物祭にて暴れた小竜の強化種を市民を護りながら単独撃破
使用武器:剣、短剣、槍

 これは嘘松認定喰らいますわ。

 因みにナインは剣の方が槍より才能あります。直剣なら最高で100倍ぐらい。

 アイズやリューの剣の才が大まかに100と想定したら、1500程度。

 槍を今も使ってる理由:愛。愛ですよ。
            恋愛感情は絶無だけど。あとはリーチ。
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