ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

23 / 31
 高評価や感想、ここすき、誤字報告、いつも感謝しております。


・023 (リリルカ)

────

 

 

 

 

 

 逆流する胃液が喉を焼いてダンジョンの床を汚していく。しかしそれを思うよりもまず、彼女は視界の先に残された1人の少女にその手を伸ばした。

 

(ベル様…………っ!)

 

 腹部に叩き込まれた一撃は運悪く、もしくは狙っていたのかリリルカの鳩尾を抉り、彼女の意識を暗闇へと落としに掛かっていた。人間の弱点の中でも非常に苦しみを覚える箇所であるそこは、内部に横隔膜を動かす筋肉が存在している為、非常に脆く、同時に強靭でもあるのだ。強く叩かれたとしても、その場で即死とはならない。その後に襲い掛かる呼吸困難を無視すればの話だが。

 

 彼女は現在肺の中が空になっており、真面に声さえ出てこない。全身に供給されるはずの酸素も不足していき、力も抜けていく。現状を自力で好転させるには、彼女には『力』が足りなさ過ぎた。

 

 自身を乱雑に抱える男は、一回り以上年下である少女に怪物の大群を押し付けておきながら、なおも逃げ続けている。

 

 怪物に囲まれながらも少女は懸命に戦い続けていた。《小剣(ショートソード)》を右手に、《バゼラード》を左手に。オークやインプ、他にも多くのモンスターが彼女を殺そうと殺到しているが、それでも戦闘音が鳴りやまないことが白髪の少女が持つ戦闘能力の高さを証明している。

 

 そんな少女は怪物たちと戦いながらも幾度となくリリルカの方へと視線を向け、何かを叫んでいた。それを正しく理解できるほどに正常な心身があれば、リリは応えられたであろう。しかし結果として、叶うことなど何もない。白髪の少女は怪物の群れの中。栗毛の少女はなにも出来ず、ただ力なく運ばれるだけ。主犯であろう男たちはそもそも助けに入る必要性など皆無。

 

 ただ遠くなっていく戦闘の光景を眺めること以外、弱者(リリルカ・アーデ)には許されていなかった。

 

(……あぁ、惨めだ)

 

 それは誰に向かって抱いた感情だろうか。

 

 リリルカ・アーデには分からなかった。

 

 自らを呼ぶ慟哭も、いずれ(おぞ)ましい怪物の雄叫びに掻き消されていくだろう。

 

 瞳から零れ落ちる雫だけが、やけに熱い。

 

 

 ────

 ──

 

 

「リリィィィィィィィイッッ!!!」

 

 ベルの必死の叫びが木霊することなく空気に()まれていく。乳白色の霧が掻き消すのもそうだが、それ以上にけたたましく鳴り響く怪物たちの大合唱。ちっぽけな女冒険者の命を散らさんとばかりに数え切れないほどの怪物が津波となって襲い掛かって来ていた。

 

「どいてッ! どいてよぉッ!!」

 

 少女の視界に映るモンスターの数は大小含めて100を超えただろうか。最悪なことにこの10階層には先を隠す濃い霧が掛かっており、彼女の視力では届かない範囲にまだまだ集まって来ている可能性があるということ。

 

「クソッ……! まだ……まだッ……──」

 

 右手に握る《聖火の刃》を順手に、左手に握る《バゼラード》を逆手に握り心を奮い立たせて前へ出る。ここで脚を止めていても決して事態は改善しないのだから。それをどうにかする為にも必死に前へと進み、足の速いインプの群れへと飛び込み、その奥に佇むオークたちの攻撃を誘引する。

 

 そしてオークたちが攻撃の予備動作に入り、振り下ろさんとした瞬間に足場としていたインプを蹴り付けて後方へ飛ぶ。もと居た位置に戻ったベルだが、先ほどとは違って僅かにだが優勢になった。前方ではオークたちのランドフォームによる攻撃によって近くに居たインプの群れが潰滅しているから。

 

 インプは小柄でオークは大柄。インプは群れで現れることが多く、オークは単体の個体をよく見掛ける。それぞれにあった習性というモノが必ずしも存在しているがゆえに、ベルはそれを利用したのだ。

 

 オークの振るうランドフォームは長さにして3メドルはあるリーチの長い武器。更に言えば重量もベルが振るうには重すぎるだろうそれだが、オークなら振り回せる。余裕綽々とはいかずとも、力を込めて振るわれたソレを万が一ベルが喰らえば致命打になりかねない程だ。

 

 では、ベルよりも『耐久』の値が低いであろうインプがそれを喰らえばどうなるか? 答えは単純、即死だ。

 

「まだ……、リリとちゃんと話してないんだァァァッ!!」

 

 先日、ナインも連れた3人でのダンジョン探索が脳裏を過ぎる。そこで教えられたモンスター同士の潰し合い。それを誘発させる術。

 

 7階層より現れるキラーアント。アリ型モンスターであり、昆虫であるがゆえに全身を覆う甲殻がとにかく硬い。そして最も厄介なのはその昆虫由来の生命力の高さと、瀕死時になると仲間を呼ぶ習性だ。

 

 他の通路に居た同種以外にも、その間に徘徊していた他のモンスターまで誘き寄せかねない行動はこれまでも数多くの冒険者を苦しめ、そして殺してきた。

 

 場合によっては毒を撒き散らす『パープル・モス』というモンスターまでも引き連れてくるのだ。馬鹿正直に1体1体相手はしていられない時が必ず来る。

 

 だからこそ、ナインはモンスター同士、敵同士で潰し合わせる方法もあることを教えた。ナインから教えることは、大抵がベルの生存確率を引き上げる為の少々あくどい手法でもある。しかし彼としては、少女に死んで欲しくなどないがゆえに生き足搔(あが)ける技術を叩き込んでいるに過ぎない。

 

 冒険者は生き残ることが仕事のようなモノだ。

 

 ここにいる少女は『英雄』などではない。

 

 だからこそ、少女は(せい)にしがみつくために、ただ抗い続けるのみ。

 

 目の前に広がるモンスターの津波。夥しいほどに集合してきたその全てを倒す必要などない。突破口を作るのだ。リリが連れ去られた上層へと続く階段のある方向へと。

 

「【クロスボルト】!!」

 

 その一言によって、たった一言であるにも拘らず放出される焔雷の矢は5つ。鈍足でありながらも接近してきたオークへと向けた魔法による射撃は的確に弱点である魔石のある位置を抉り抜き、薄汚い灰へと返す。

 

 するとオークの振り上げていたランドフォームが地面へと落下してその下にいたインプたちが圧し潰され、更には障害物へと変わった。

 

どいて……

 どいてよ…………。

 どけよッ!

 

 重なり合ったランドフォームに活路を見出し、それをあらん限りの『敏捷』で駆けあがり、『力』によって跳び上がれば自分を取り囲んでいた群れの頭上を越えて脱出できる。

 

「──ぐぁっ?!」

 

 しかしそう上手くことが運ぶわけがない。ここはダンジョン。侵入者である冒険者をとことんまで追い詰めることをこそ存在理由としているような敵地なのだ。

 

 地面に叩き付けられ、再度モンスター達の囲まれ出したベルの耳に怪音波が流れ込んできたことで、自分を地面に落とした存在がコウモリ型モンスター『バッドバット』であることが理解出来た。

 

 つまりまた、敵が増えたのだ。

 

──……それ、でも………………リリの(もと)へ……()くんだァァァァァッッッ!!!

 

 そこらの冒険者であればパーティを組んでいようと絶望で心が折れ、膝を屈するような苦境。

 

 しかし少女は立ち上がり、吼える。背中に宿した祭壇と、燈された聖火に誓うように。

 

 腰まで伸びた白髪を疾走と共になびかせながら、少女は……ベル・クラネルは戦い続ける。抗い続ける。胸の内に高ぶる感情を、彼女自身が持つ深紅(ルベライト)に輝く瞳のように燃え上がらせながら。

 

 焔雷放つ少女は、駆け続ける。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 10階層から9階層、そして8階層へ。地上へと向かう帰還路を逆順に進む一団がいた。彼らは男が4人、女が1人という構成であり、冒険者とサポーターの比率もまた同じで順序もまた同じであった。

 

 しかしその様相は本来のパーティというには非常に荒々しさを見る者に感じさせるだろう。

 

 なぜならサポーターである少女は男たちに首根っこを掴まれたままであり、彼女が背負っていたリュックサックの肩紐はまるで無理矢理引き千切ったようにして破れていたのだから。

 

 いや、事実彼女の所有物であったリュックサックは奪われるようにして強引に引き千切られていた。【縁下力持】(アーテル・アシスト)というスキルありきでなければ持てない少女とは違い、冒険者としての歴も長い男たちの【ステイタス】はそれなりに上昇している為、彼女とは違いスキル頼りのダンジョン探索などせずともよい。

 

 意識が朦朧としている少女の視界に入るその光景が、また彼女の心を殺していくことを知っておきながら。

 

────ぁ、ぐぅぅ………………

 

 そしてその一団は途端に正規ルートから外れると、そこそこの広さを持つ広間(ルーム)へと少女を投げ捨てる。

 

 このまま連れ去られるのだろうかと失意の中にいた少女、リリルカ・アーデは顔から勢いよく地面に追突したことが気付けとなり、意識が徐々に回復していく。代わりに鼻から嫌に冷たい感触が流れ落ちていく。

 

 地面に赤い雫がポタポタと落ち、それが鼻血であることに気付くがそんな彼女を待つことなく近付く影が1つ。ハッとして顔を上げる前に、座り込んでいたリリの腹部に力任せに振るわれる靴のつま先が食い込んだ。

 

「うっ…………ぐぅぅ……、づぁっ……」

 

 小人族(パルゥム)の小さな体。当然ながらその体重はそれ相応でしかない為、『神の恩恵』(ファルナ)も持つ冒険者の蹴りを喰らえば軽く吹き飛んでしまう。リリは背中を強かに打ち付けるとそのまま地面に落ちて横たわった。

 

「あっはははははっ!! い~いザマじゃねぇか! 薄汚(うすぎたね)ぇ盗人風情にはお似合いだぜぇ?」

 

 痛みに悶えるリリ。そんな彼女を蹴り付けた男の一声を皮切りに嘲笑の声が一つ、二つ、三つ。心底愉快だと言わんばかりの笑い声はダンジョンの中ではよく響いていた。

 

 痛みで視界が明滅する中、リリはその声の主たちに目をやる。

 

「……あの、ときの……冒険者…………」

 

 声の主は先日ベルと出会い、そしてサポーターとして働く前に共にダンジョン探索を(こな)していた相手だった。元雇い主。そう言うのも憚られるような、搾取される側(リリルカ・アーデ)の良く知る典型的な冒険者の1人。金払いも疎らで、少しのことでも腹を立てては彼女に暴力を振るう。そんな男だった。

 

「よぉ……久しぶりだなぁ、糞小人(パルゥム)?」

 

 体に力が入らず、顔だけで上を見上げれば喜悦に唇を歪めて醜く(わら)う男の顔が映る。

 

 そのまま彼女の視線に合わせるようにして屈みこんで口を開いた。

 

「テメェ……俺から金を盗んでいった癖して運よく稼ぎの良い冒険者に寄生してたんだってなぁ?」

 

 見られていた。いや、張られていたのだ。自分の今までの所業から、同一の被害者はそれなりの数になる。であれば、どこでどのようにしてターゲットを見つけるのかも分かるだろう、と。

 

 しかし同時に思う。目の前の冒険者の男は前回の被害者で、そんな期間など無かったはずだと。そんな彼女の疑問もすぐに解決された。

 

「ナニしてんでさぁ、ゲドの旦那ァ?」

 

 答えが向こうから来たからだ。聞き覚えのあるその声に、リリの体がびくりと跳ねる。

 

「カヌゥか……別になんでもねぇよ。それより、そっちの方は終わったのかよ」

 

 ゲドが振り返った先に居たのは中年の獣人。カヌゥと呼ばれたその冒険者は、今まで散々リリを虐げ、そして搾取してきた【ソーマ・ファミリア】所属の冒険者だった。

 

(きょう……りょくしゃ…………)

 

 視点の低さから、明滅の治まってきたリリの視界にはゲドやカヌゥの股下から他にも2人の男が確認出来る。その男たちもまた【ソーマ・ファミリア】所属の者たちだ。

 

 彼らが協力を申し込んだのか、それともゲドが彼らを見つけたのか。そんなことは今はどうでも良いことだ。問題はこの状況でリリに逃げ出せる可能性はゼロだということだろう。

 

「さっさと身包み()いじまいましょうぜ。あっちの方もそれなりに持つでしょうが、稼ぎは多い方が良い」

 

 歪に引き上げられた口角からは隠し切れない喜色が見て取れる。しかし目の前の男は神酒の為であれば他者を害することも厭わない男。それが碌なことじゃないってことぐらいは考えずともわかった。

 

「悪かったよ。俺にも色々あんだ。ちょうどいい、お前も手伝ってくれや」

 

 その言葉を皮切りに、男たちの手がリリへと伸びる。

 

「い、いやぁあっ!?」

 

「抵抗すんじゃねぇっ!!」

 

「ぉ、ぐ……」

 

 時間経過とともに戻ってきた気力で腕を交差させるも無意識に行なったそれは頭を護るモノ。無防備だった腹部にもう一度叩き付けられた蹴りにより強制的に大人しくされ、虚しくローブを()ぎ取られてしまう。

 

「魔石にゴブニュの刻印が付いた短剣に、……おぉっ、魔剣まであるじゃねぇかっ!!」

 

「随分とかせいできたもんだなぁ、おい?」

 

 ローブに仕込んでいたアイテムの数々。今まで集めてきた貴重な装備や魔道具に類するものを、根こそぎ奪われていく。積み重ねてきたモノが崩れ去っていく感覚に、全身を震えるような喪失感が襲う。

 

「まぁ、まだまだここからでさぁ……なぁ、アーデ?」

 

 そんな言葉と共にカヌゥによって小さな体を持ち上げられた。

 

「な、なにを……?」

 

「あんだけ大量の奴ら騙しておきながらアレだけな訳ねぇだろ? ネタは上がってんだよ」

 

 そうして肌着の隙間から覗いた糸状のそれをカヌゥはひっぱりだす。予想通りと言わんばかりの表情と共に、カヌゥはその糸を引き千切った。その際に飛び散ったリリの血などはお構いなしだ。それが首筋から流れる危険性など知ったことではないのだから。

 

「はっはっはぁ、アタリだなぁ!

 ……なぁアーデ、これについて説明……して貰えるよなぁ?」

 

「──……わかりましたっ! しゃべります、しゃべりますからぁ!!」

 

 腰に差してあった剣を引き抜きこれ見よがしにリリの首筋に当てながらリリへと質問を投げるカヌゥ。力も道具も持たないリリでは対抗など出来る筈もなく、顔を恐怖に歪めながら口を開く。

 

「オラリオ……東区画にある、……ノームの隠し金庫……」

 

『保管庫』(セーフポイント)のことか? だがあそこの金庫はそこまで大きくなんざ……」

 

「入ってるのは……ノームの宝石です……」

 

「……へぇ? 考えたじゃねぇか、アーデぇ」

 

 ノームの宝石。その価値を知っているゲドとカヌゥの両名は薄ら笑いを浮かべる。そしてその後方でリリのリュックサックを物色していた者たちもまた、愉快そうに笑っていた。

 

 だが一頻り笑ったとばかりにその内の1人が声を発する。

 

「なぁカヌゥさん、そろそろあっちに向かった方が良いじゃないですかい?」

 

「ん? あぁ……そうだな。アーデの方も恙無く終わったことだし、死なれちゃ稼ぎも減るしな」

 

……あっち?

 

 先ほどから出てくる『あっち』という何かを指す言葉。それを語るカヌゥたちの様子から、彼らの利益となり得る事なのだと察することが出来る。

 

 自分から何もかもを奪っておきながらまだ何かを欲するのかと、そんな思いがリリの口を無意識に動かし、それを聞いた男たちはゲラゲラと笑いながら答えてきた。

 

「お前も良く知る白髪のガキだよ。今頃10階層で苦労してるだろうしなぁ? そこを助けてやりゃあ、神酒(ソーマ)()ませるのもわけはねぇさ。

 あの強さにあの見た目……今後は俺たちの為に尽くして貰おうぜってだけ。な、名案だろぉ?」

 

「なっ……!」

 

 自分だけでなく、いや自分の所為で無垢なる彼女までが標的になったのかと絶句するリリ。確かにリリも彼女の純白さを汚そうとした。それでもリリがしようとしていたことは、それによる今後に繋がる痛い教訓を教える程度だ。

 

 押しつけがましいことだ。結局は彼女を傷付けることに違いはない。だがここまで人は悪に堕ちれるのかと恐怖さえ覚える。

 

 かつての自分のように神酒に溺れ、それを欲して延々とダンジョンで稼ぐだけの人形に成り下がるのか。そして見た目にも言及した辺り、目の前の男たちはあの少女に性的な視線さえ向けている。今はまだ少女の域にあるが、時を経れば間違いなく美女として一目置かれるだろう素質は既に有していることは同性であるがゆえにリリにも分かってしまう。

 

 そんな彼女を自分たちの物にしてしまおうと言うのだ。目の前の男たちは。

 

──ざけるな……

 

「あぁん?」

 

「ふざけるなぁ! あの方はお前たちが触れて良いような──ッ!?」

 

 リリの激昂。しかし目の前に佇む男たちの視線は怯むでもなく、ただただ苛立たし()に歪むだけ。挙句の果てにはリリの腹部が蹴り上げられ、吐瀉物を撒き散らしながら地面を転がった。

 

 そして地面を汚す吐瀉物の上に仰向けになったリリの胸に足が置かれる。さらに力を込められ、圧迫された肺の中身が排出されてかすれた声が悲鳴を殺す。

 

「テメェの可否なんざハナから聞いてねぇんだよ、こっちは」

 

「がっ……ぁ…………」

 

 呼吸もままならなくなったリリだったが、数秒もすれば解放される。しかし荒い呼吸を繰り返すリリの視界に映るゲド達の表情から、まだ自分への加虐は続くのだろうと察せられた。

 

ニヤニヤとしているゲドとカヌゥの背後から、カヌゥの腰巾着をしている男たちが背負っていた袋から何かを取り出し、リリの近くへと放る。ドチャリと粘着質な音を奏でたソレを見たリリの喉が短く悲鳴を漏らした。

 

「キ、キラーアント……」

 

 本来の全長から半分近くを失い、全身に裂傷を負う()()のキラーアント。既に動くことすらままならないその個体であれば、【ステイタス】が貧弱なリリでも勝てるだろう。だがここで重要なのは瀕死であるという点だった。

 

「こいつの性質はかしこーいアーデなら知ってるよなぁ?」

 

 キラーアントというモンスターは瀕死になると全身から特殊なフェロモンを出したり、特異な鳴き方をすることで同種を呼び出す特性を持っている。

 

 それがたった1体から出されたモノであろうと、引き寄せられる蟲の総数はいかほどか。

 

 リリに分かることは、たった1つ。既に青く染まっていた顔が絶望の色に染まっていく。そんな彼女の顔をみて、ゲド達は(わら)うだけ。

 

「金もねぇ華もねぇ……だからよぉ、精々最後ぐらいは俺たちを楽しませてくれよ、役立たず(サポーター)?」

 

 最後にカヌゥがリリの横っ腹を蹴り飛ばし、下卑た笑みと共に広間(ルーム)から出ていく。

 

 そんな彼らとは反対側の壁に叩き付けられたリリは真面に受け身など取れる筈もなく、ただ地面に力無く座り込んで動かない、動けない。散々痛めつけられ、最早気力も体力も尽きている。

 

 運が良いのか悪いのか上体だけは起きている為、視線を右へ左へと移す。しかしこれ以上の運などないと言わんばかりの光景に溜め息を吐くことしかできない。

 

 リリの周囲には既に死骸へと還ったキラーアントと興奮状態に陥っているキラーアントの群れ。数は20を超える程度。どちらにせよ、リリにはどうしようもない。

 

 1つゲド達が使っている通路からはそこまでの量が来ていないのか、キラーアントが灰へと還る様子と自身に向けられたニヤニヤとした悪意の籠った笑みがあった。しかしリリが壊れた人形のように全てに諦めた様子を見せた後、鼻を鳴らした後に去っていく。

 

 恐らくベルの方へと向かったのだろう。それももはやリリにはどうしようもない事であり、どうでも良いことだった。

 

 

 ────

 ──

 

 

「これは、もう……だめ、かなぁ……」

 

 自分が撒き散らした血や吐瀉物で汚れた地面を見つつ、ポツリと呟く。

 

 彼女が持っているモノは、もう何も無い。この状況を打開する策など思い浮かばないのだ。

 

 ────詰んでいる。それがリリルカ・アーデの状況だった。

 

(──あぁ……でも…………)

 

 最後に組めた冒険者があの少女でよかった。

 

 冒険者でありながら、冒険者らしくない少女。内面をそのまま髪の色にしたように純白、純粋。

 

 見ず知らずの盗人でしかないリリを庇ってくれた。

 

 初めて共にしたダンジョン探索では、ただ1人の人間として見てくれた。

 

 こちらを心配そうに見てくれたのに、それを無視して自分を卑下し、皮肉で返してしまったことが、少しばかり後悔が募る。

 

 そんな彼女と少しでも時を同じくしたのだ。もし次があれば、少しぐらいは良い環境に恵まれるかもしれない。

 

「いや……どうでしょうね…………」

 

 そんな彼女を騙した。彼女が大切にしていた《小剣(ショートソード)》を盗み、売り払おうとした。

 

 彼女の境遇を羨み、ただただ嫉妬の視線だけを向けていた。

 

 疵付けばいい。苦しめばいい。そんな思いだけが募っていたはずが、今はどうにも湧いてこない。

 

「──リリは……」

 

 自分のことが世界で一番嫌いだった。

 

 1人では何もできない愚図。役立たずで、無能な自分が。

 

「どうして、リリを……こんなリリにしたんですか……かみさま…………?」

 

 誰かに呼ばれたかった……。

 

 誰かに頼られたかった……。

 

 利用されるのではなく、必要とされたかった……。

 

 1人の、人間(リリルカ・アーデ)として。

 

 ──チャリン、と音が鳴った。

 

「……?」

 

 自身の下で鳴った音に目を向けてみれば、そこにはナインから貰ったネックレスが落ちていた。

 

「これ……」

 

 初めてだった。誰かから贈り物をして貰うのは。それが値打ちモノで無いことぐらい、今日まで働いてきた所業から分かっている。それでも決して手放したくないソレを、リリは肌着の裏に作ったポケットの中に仕舞っていた。

 

 殴られ、蹴られ、地面を転がった。身綺麗に出来るほどの余裕などなかったがゆえに、衣服の繊維は既にボロボロだ。

 

 折角裁縫という女の子らしいことをしたのになぁ、とリリは思いながら手に取る。

 

………………ナイン、さま……

 

 キラーアントの作った半円状の囲い。キラーアントたちの口器がギチギチとなる所為で、その声はすぐに()き消された。

 

せっかく……助けていただいたのに…………

 

 脳裏に過ぎる数週間前の記憶。

 

 初めてだった。誰かに護って貰うことは。それが上層でミノタウロスに襲われるという異常事態の最中であっても。英雄(ヒーロー)に救われたことではなく、1人の人間として見て貰えたという事実に、胸の中が温かくなったのだ。

 

 相手は中層のモンスター。上層のモンスターたちとは比べ物にならない程に強力な相手なのだから、置いて逃げればいいのにも拘らず、あまつさえリリへと回復薬(ポーション)を分け与える。更には自分が残るからさっさと逃げろという。

 

 見ず知らずの自分に。所属も分からぬ自分に。見返りなんかないはずなのに……。

 

 だから彼の側に居たかった。1人の人間として生きていけるように。

 

 だから支えたかった。助け合える相手として、見て貰いたかったから。

 

(でも……)

 

 と思ってしまう。そんな彼の後輩に、不義理を働いた。彼女が大切だと言っていた小剣(ショートソード)を奪い、挙句失くした。次の日、それは彼女の手元に戻っていたが、それは運が良かっただけだろうと心で唾を吐いたことも思い出せる。

 

(くやしいなぁ……)

 

 もっと、自分に『変身魔法』(ふくしゅうしゅだん)が出来る前であれば……なんてたらればが湧いて、消える。

 

 既に自分は彼を汚した。彼の後輩を傷付けた。

 

 もう、遅いのだ。

 

 だから天に還って、リセットされて、今のリリよりももっとましな誰かとして生まれ変わろう。弱虫なリリではなく、最後の一歩を踏み出せるような、ベル・クラネル(かのじょ)のような人間に。

 

「さようなら……弱い私(リリルカ・アーデ)…………」

 

 キラーアントの爪が高々と掲げられた。ダンジョン内の淡い光源に照らされたソレが、鈍く光っている。

 

 それを視認した瞬間、リリは全てを放りだした。

 

 夢も、理想も、……希望も。

 

 やっと死ねる。やっと終われる。やっと天に還れる。

 

 やっと、リセットされるのだから。

 

 だからどうか、最後は眠るように、――死にたい。

 

 キラーアントの爪が、振り下ろされた。

 

 

 ────

 ──

 

 

『────助けが必要だったら言ってくれ』

 

…………………………たす、けて

 

 少女の言葉に反応するように、水晶玉が輝いた。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 炸裂音がする。少女の耳朶を強かに打ち付ける、強力無比な魔法の音が。

 

「……なにが?」

 

 少女(リリ)が目を開けた先では、緋色の焔が立ち昇っていた。

 

「こ、れは……?」

 

 立ち続けに鳴り響く焔雷の炸裂音。キラーアントを焼き貫いて余りある貫通力で以ってモンスターを討ち滅ぼしていく。

 

退()けぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 空中を飛びつくようにして襲い掛かるキラーアントにも臆することなくその手に握る武器を振るって的確に魔石を斬り裂いていく。そして核である魔石を失ったモンスターは灰となって掻き消え、その先を少女の瞳に映した。

 

 軽鎧(ライトアーマー)は痛み、戦闘衣(バトルクロス)はボロボロで全身に裂傷を負い、それでも両脚で立つ白髪の少女を。

 

「ベル……さま……。なんで……?」

 

 自分が意識を失ってからどの程度経ったのか。リリに測ることはできない。それでも相当な時間が経っているだろうことだけは分かった。

 

 広間(ルーム)全体に広がるキラーアントの死骸と魔石の欠片。10階層で襲ってきた大量のモンスターも対処してきたのであれば、それだけの時間を要するはずであるからだ。

 

 だから助けに来たことへの疑問と、それだけの時間を生きていた自分に対する不自然さが真っ先に浮かんだが、その答えは既に視界に映っていた。

 

 リリの視界には煌々と光り輝く透明に近い金色の膜のようなモノが形成されている。まるでリリを護る様にして輝くソレの発生地点は、リリの手の中。おそるおそる開いてみれば、徐々に水晶玉から何かが漏れ出しており、それが自分を覆う膜を造り出しているのだと察せられた。

 

「そう……、だったんですね…………」

 

 なにかに気付いた時、内部で何かが廻っていた水晶玉は小さな音と共に砕け散ってしまう。それと同時に、リリを覆っていた光の膜も消え失せる。

 

 しかし既に彼女を襲うキラーアントはいない。烈火の如く戦い続けたベル・クラネルによって全て倒されたからだ。

 

 最後に倒されたキラーアントの魔石が地面を叩いた後、周囲には静寂だけが残った。

 

全身を滝のような汗で濡らしながら、肩で息をするベルだが、彼女は最後まで気を抜かずにいる。たとえこの場の戦闘が終わろうと、ここはダンジョン。すぐに敵が集まって来ても可笑しくないのだ。

 

 だが数秒経っても追加のモンスターは現れず、更に言えば特有の鳴き声すら聞こえない。

 

 この場は安全になったのだ。そう判断できる状況にベルは振り返り、未だ現状を理解し切れていないリリへと目を合わせ、言う。

 

「ねぇリリ……お話、出来るかな……?」

 

 先程までモンスターを屠っていた冒険者とは思えないほどに不安そうな顔で、ベルは問う。

 

 どこか縋るような表情で問う少女に対し、リリは──

 

「…………はい」

 

 肯定を、返した。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「あの役立たずのおかげで9階層も敵が居なくて楽が出来るな」

 

「こういう時ばかりはサポーターも仕事するってことでさぁ」

 

「言えてるな」

 

 ゲド達はリリを放置して10階層へと足を向けていた。少女がどれだけ粘っているかなど知らないが、生きていれば治療費ぐらいは出す。そしてそれを借金として働かせるのだ。一生。使えなくなるまで。返済し切る前に神酒を飲ませれば飼い殺しも自由自在。それが彼らの常套手段なのだから。

 

 下卑た笑いと共に進んでいた4人の前に、ポツンと1人の影が映った。

 

「あぁん?」

 

 自分たちの進行方向に人がいること自体は可笑しくない。ここはダンジョンであるがゆえに他の冒険者たちも稼ぐために潜っているからだ。しかしそれはそれとして、ここは9階層。ウォーシャドウやキラーアントを筆頭に『新米殺し』と呼ばれるモンスターが生まれる層域なのだ。

 

 この辺りを稼ぎ場所とするLv.1の冒険者ならばパーティを組むのが一般的。それがゲド達の常識だった。

 

 だからこそゲド達は笑う。稼ぎを増やすか、と。

 

 仲間を失って失意の底に居る冒険者の身包みを()いだところで罪には問われない。バレれば問題になるだろう。しかしここはダンジョン。罪の立証など困難に近いのだ。

 

 4人は武器を抜き、一斉に襲い掛かった。

 

「まぁ、そっちの方が分かり易い」

 

 だがそんなゲド達を見てなお、冒険者は嘆息する程度で終わらせる。

 

 バギンッ! と冒険者──ナインに直撃した剣やナイフなどが総じて砕け散る。

 

「「「「……は?」」」」

 

 確かに直撃したはずだと、脳は答えを出すが現実は一切傷を負っていないナインと、武器を失ったゲド達。

 

 理解の追い付かない様子で呆然としている4人。しかしナインはこれでもう問題無いと言わんばかりに一番近くに居た男の腕を掴んだ。

 

「少し……お話しようか」

 

 そのままナインは男を振り回し、ゲド達を近くの広間(ルーム)へと叩き込んだ。

 

 

 ────

 ──

 

 

(…………ん、発動したってことは、口にしたのか。

 助けて貰う方にも、助けて貰うなりの努力ってのがあるんだ。声を挙げるだけでも……)

 

 裸に()いたゲド達を横に、リリから奪われたであろうモノを回収していく。自身の中に戻ってきた器の上限を知覚して、ナインはホッとする。

 

「英雄ってのは総じて自分勝手、我が儘の権化みたいな存在だ。助けたいから助けるし、戦いたいから戦う。その後のことなんか知らねぇうるせぇ黙ってろが通じちまうのが英雄だ。

 そんな存在を目指してる。だから俺も、最低限助けるやつは決めてるんだ」

 

 ここにいない誰かへ向けて、ナインは言葉を紡いでいく。

 

「助けてくれるだろう、なんて思い上がりだ。だから声に出しなよ……2()()()()

 

 

 

 


 

──────次回、『ん? 話変わって来たな』

 




 ナインの水晶玉:名前はまだない。条件付きで発動して内包された魔力量分【星と化せ】(クレセリア)を起動させる。それが待機状態であるうちはナインの精神力(マインド)上限が充填分下がる。
 回収方法:砕く、使う。

 4人の武器が砕けた:【星の怒り】(ボンバイエ)で肉体の仮想の質量を増加させてから保存。その質量分の硬度を手に入れる。更に言えば肌の柔軟性もあるから靭性も高いというクソ仕様である。
 突破方法:ナインの防御力も無限ではないので防御力以上のパワーで叩く、もしくは魔法で物理を無視する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。