ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

25 / 31
 高評価や感想、ここすき、誤字報告、いつも感謝しております。


・025 灰被り(リリルカ・アーデ)

────

 

 

 

 

 

「────っ、あれ?」

 

 少女がゆっくりと瞼を開く。それでも未だ意識は判然としておらず、視線をただまっすぐ上へ向ける事しか出来ていなかった。

 

 彼女の胸中にあるのはただひたすらに困惑の一文字。当然だろう。彼女にとって知らない天井が突如として視界に映るのだ、安堵よりも先に不安が勝つに決まっている。しかし同時に感じる自身を包むベッドの柔らかさと、掛け布団の間に齎される温もりにより強制的に感じさせられる安心感が膨れ上がり掛けた不安を相殺していくのだ。

 

 いま彼女は自分がどのように反応すれば良いのか、どのように行動を起こせばそれが最適解となるのか判断できずにいた。

 

「リリはあれから……──」

 

 栗色の瞳を困惑の色に染める小人族(パルゥム)の少女──リリルカ・アーデは意識を失う前にしていたことを思い返す。

 

 ゲドやカヌゥらに襲撃を受け、復讐に加えて今までの全てを奪われてしまったこと。最後の演劇(ショー)とばかりにモンスターの餌食にされかけたこと。眠るように意識を手放したあと、どの程度経ったのかは不明だが光の結界によって五体満足で生き残り、駆け付けた白髪の少女に助けられたこと。

 

 そして最後に、そんな少女の優しさに触れ、本当に救われたことを覚えている。

 

 だが、同時にそこまででしかない。自分たちは2人揃ってダンジョンの中で体力が尽き、そのまま意識を手放してしまったはずだと推測するが、現状はどうだろうか。

 

 ペタペタと顔を触るが、殴られた場所が痛まない。つま先で抉られるようにして蹴られた腹部にも今まで経験してきた後に響く鈍痛を感じない。擦り傷もないどころか、自分の衣服そのものが当時のモノではない。というか自分の物ですら無かった。

 

「ということは…………」

 

 ダンジョンの9階層。正規ルートから僅かに()れた自分たちのいる広間(ルーム)に誰かが通りかかり、救助をしてくれた。それだけでなく治療を受けられる施設へと送ってくれたのだろう。そんな推測を立てている最中、気付く。

 

ベル様……ッ!

 

 自分を救ってくれた恩人。彼女が居たから自分はまだ生きている。同じ人に救われたから、一緒に彼に恩を返そう、支えようと約束を交わしてくれた優しさに溢れた少女の安否を知るべく、ベッドから飛び起きようとする。

 

「────ん、んん……?」

 

 その直前、気の抜けた声がリリルカの耳朶を打つ。その声にひかれて顔を向ければ、彼女はいた。同じベッドの上で、顔にガーゼなどを貼られた治療済みの状態で寝かせられている。肩までしっかり掛けられた掛け布団により首から下の状態は見えないが、手当の仕方から彼女に施されたものは自分と同等以上と理解出来た。

 

「ベル様……良かった…………」

 

 彼女の良くなっている顔の血色を見て、ダンジョン内でモンスターと戦った結果失い続けた血も回復傾向にあることを知る。どこか安心したように、幸せそうに寝息を立てるベルを見て、自然とリリも笑顔を浮かべてしまった。

 

「以前までのリリなら……嫉妬してしまったのでしょうね…………」

 

 そんな今更意味のない言葉を(そら)に溶かし、リリルカは改めて室内を見渡す。

 

 そこは誰かの寝室なのだろうと窺える。ベルとリリが並んで寝ても狭く感じない大きなベッドに近くにはソファーとローテーブル。更には少し大きめな、リリでは台座が必要となるほどに背の高い本棚など。ぎっしりと詰められた本は何度か修繕したのだろう跡がそれとなく見受けられる辺り、結構年代物なのだろうとも受け取れる。

 

 人の生活感を感じるそんな一室。綺麗に整えられたその一室で起きたは良いが、この家の主人が誰か不明なことから無闇に出るのはどうなのだろうかと悩む。

 

 そんな折り、部屋のドアがノックされる。それが意味するところはこの家の主人がこの部屋に、若しくは自分たちに用があるかの二択。酷い仕打ちを受けている訳では無い状況下、それでも足が竦むのは仕方の無いこと。

 

 リリルカ・アーデという少女は種族柄小さいだけで、小人族(パルゥム)として見れば出ているところはしっかりと出ている女性だ。他の種族と比べればそうでもないが、そう言った趣味の相手であればそそられるだろう体型。

 

 そしてもう1人。未だ夢の中にいるベル・クラネルも幼さを多分に残している顔立ちではあるものの、肉体的は成熟を始めている。顔立ちは可愛らしさに溢れ、衣服から伸びた肢体はしなやかで、冒険者でありながら特有の硬さが無い。着飾ればどこかのお姫様のように思わせることも容易いだろう。

 

 要はそう言った目的であれば助ける理由足り得るのだ。強要されずとも、ダンジョンから救出したお礼だとか言えば拒否するのは難しい。

 

 起きているのはリリだけだ。彼女が返事をすれば即入室してくるだろう。しかしそれをしなくともドアの前の人物はこの家自体の持ち主である可能性が高いため、入るかどうかは自由なのだ。

 

 意を決してリリが返事をした後、入ってきたのはナインだった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 居間にてテーブルを挟んで向かい合うのはナインとリリ。両者の間にはナインがいれたココアがマグカップから湯気を上げていた。

 

「────……これが、リリのしてきたことの全てです」

 

 そう、『いた』のだ。既にマグカップのココアは冷めきってしまっている。それだけの時間、リリは懺悔するかのように言葉を紡ぎ、ナインはそれを静かに聞き届けていた。

 

「復讐に……、金目当て……か。

 片や虐げてきた冒険者に対して。片や派閥(ファミリア)から抜け出す為……」

 

 リリが懺悔を終えた後、それを噛みしめるようにしてナインが反芻する。しかしその言葉に乗る感情は侮蔑や嫌悪ではなく、──共感だった。

 

 それをリリは不思議に思う。ナインと関わった時間は大して長くはない。精々が2日間共にダンジョン探索をした程度の間柄。自分の中で輝く5階層での記憶に関しては、自分は碌に口を開けずにいたため、それは時間のかさまし程度にしかならないだろう。

 

 しかしだ、それでもナインが善良側に属する人物であると少女が接触する時のためにと収集してきた情報から確信できるのだ。

 

 上層にて、黒髪で金色の瞳を持ち、長槍を主武装とする冒険者に助けて貰ったという話は、先月の中旬からそれとなく耳にする。それだけ特徴が一致していれば個人の特定はさほど困難ではない。そしてそんな彼は先日の怪物祭(モンスター・フィリア)の際、どこぞの酒場で働く女店員を背に庇い、その全身を蒼炎で炙られながらも単独で竜を撃破せしめた。そのとき護っていた店員は怪我の一切を負わなかったと言う。

 

 それら情報が明確な一個人という形で拡散されていないことから、自ら喧伝したり、そのことについてお礼を要求したりしていないことは容易く察せられる。

 

 そんな善人といえる人物が悪行としか言えない行為に対し、失望……()()()()()。軽蔑の視線を向けなかった。それどころか自身の置かれた環境を考慮に入れた上での共感を示したことに瞠目を禁じ得ない。

 

 息を吐く。ナインが行なったソレにより、緊張感が高まるが本人にとっては話を区切るつもりでしかなかった。

 

「リリは今後……どうしたい?」

 

「……えっ?」

 

 その所為で素っ頓狂な声をあげることとなるのだが。

 

「自分を見下して搾取し虐げてきた連中相手に復讐を続けるのか。

 それとも派閥(ファミリア)脱退のために資金を集めるのか。

 はたまた別のことか……何かしらの指針があった方が良いだろ」

 

「────ッ!?」

 

 リリは驚愕を露わにする。いや、隠せないのだ。

 

 ナインの言葉から分かることは、リリルカ・アーデという少女の中に生まれた復讐心は当然の物であると肯定しているようにさえ捉えられる。

 

 醜いと己ですら唾棄している過去を。そしてそれをかなぐり捨て、茨の道の先にある未来を掴もうとしている現在。そのどちらにも理解を示しているのだ、と。

 

 同時にいま、岐路に立たされていることも理解出来た。

 

 再度復讐の道に己が身をやつすのか。

 

 地獄から抜け出すために足搔(あが)くのか。

 

 新たな道を開拓するのか。

 

 ナインはそれを邪魔しない。選択の段階で。

 

「…………………………」

 

 悩む。悩んでしまうほど、彼女が歩んできた道程は少女に対して非道が過ぎた。

 

 そんな折り手にした復讐に使える手札(まほう)──【シンダー・エラ】。

 

 これからもこの手札だけは有用に使えることだろう……、それでも────

 

「リリは……ナイン様と、ベル様と共に──冒険がしたいです」

 

 リリの心が向いた先はもう決まっていた。

 

 復讐しかない暗闇から己を脱し、逃亡という過去しか見られない己を超克する。暖かな光が、遠く……今まで手が届かないからとハナから諦めていたその道を、困難であっても歩くと決めたのだから。

 

 少女の瞳には、もう迷いなど存在しない。明日へ向かう為の覚悟がそこにあるのだから。

 

「そうか……」

 

 まっすぐ向けられた彼女の瞳にナインはフッと笑みを溢す。

 

「なら、これからは正式によろしくな……リリ」

 

「はいっ!!」

 

 差し出された手に、リリは両手で応じた。その顔に花のような笑顔を乗せて。

 

 

 ────

 ──

 

 

「さてと、そうするとリリの現状を変えたいな」

 

「現状と言いますと?」

 

「【ソーマ・ファミリア】……今後もリリとダンジョン探索を行うとなると、あそこに所属していると面倒が増える。それどころか「派閥内の問題だ」とか()って、また搾取を……果てには襲撃を仕掛けてきかねない」

 

「そうですね……最悪派閥間の抗争に発展しますし……。下手をしたら戦争遊戯(ウォーゲーム)になりかねません……」

 

「あそこは結構グレーだからなぁ……真正面から戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けてくればまだマシな気もする……。

 管理機関(ギルド)憲兵(【ガネーシャ・ファミリア】)に期待も持ちにくい……。なら、すべきことは1つだ」

 

「ひとつ……?」

 

 リリにも思い当たる対策は幾つかある。自身の魔法である【シンダー・エラ】を用いて種族の偽装を行えば【ソーマ・ファミリア】の団員が探しに来ることも無いだろう、と。あそこのファミリアは金稼ぎに余念は無いが、同時に年中酒に酔っている所為で脳までアルコールに浸っている者ばかりだ。真面な思考もままならず、謀略を取れる人間など限られている。あとは彼らの目さえ()い潜ればどうにかなるだろう。

 

 それがリリの思考だった。が、ナインはそのような不安の残る手段を取る気はない。

 

改宗(コンバージョン)しにいくか」

 

「……ふぇっ!?」

 

 この人には驚かされる毎日になるかもしれない。それがリリのナインへの新たな人物評価となるのだった。

 

 因みに今日は後10回ぐらい驚くことになるのだが、それは精神的に疲労した深夜にでも分かることだろう。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 それは日の出から長針が何度か頂点を回ったような時間帯。昼まではまだ掛かるだろう暖かな日差しのさす(おもて)とは逆に、薄暗く湿った空気が肌に纏わりついて不快感を与えてくるような地下室に彼は居た。

 

「まったく、金を稼いで来い。それだけだろう? なぜこんな簡単なことすらできん」

 

 持ち上げた足で視線の先に横たわる冒険者へ躊躇もなく蹴りを入れる。

 

 彼は神酒欲しさに酒蔵に忍び込もうとした同じ派閥の冒険者。しかし【ソーマ・ファミリア】の稼ぎ頭でもある神酒に手を出せば当然ながら重い罰を科せられる。それが借金だった。

 

 下級冒険者では決して払いきれないような額を課した上で、期限も短い。元より完済させる気など無いモノであったが、神酒により真面な思考を奪われている状態では反論する余裕も仲間を募る思慮も存在しなかった。

 

 最初から期待はしていないが、金にはなる。冒険者としての稼ぎも。稼ぐための装備も。どうせ神酒に使うしか能の無い状態。最終的には自分のもとに足を運ぶしかない状況を作れば向こうから金が入って来るのだ。

 

 同時に鬱憤を晴らすのには使える。この場にいる細身の男はそれだけを理由に床に伏す冒険者を足蹴にしていたのだ。

 

 細身の男──ザニス・ルストラという男は最近まで知らなかった有益な情報を、もっと前から知っていれば楽な稼ぎ方があったという苛立ちを乗せ、使えなくなった冒険者を蹴り付けていた。

 

(ッチ……あのクソ神め、アーデの《魔法》をもっと前から明かしてさえいれば効率よく、労することなく大金を稼げたはずが……ん?)

 

 そこへ、誰かの足音が耳に入る。地下室へ続く階段を降りて来たのはチャンドラ・イヒトというドワーフの冒険者。

 

「なんだチャンドラ。興味無いと言って上に上がったのはお前だろう」

 

「興味なんざねーよ。お前に客人だ。玄関口に3人」

 

「3人? 客の予定はなかったはずだが……」

 

「だろうな。だがその内の1人はアーデだった。無下には出来んだろうよ」

 

「アーデかッ! それは私が対応するしかないな!」

 

 最近【ソーマ・ファミリア】の持つ拠点に姿を現さなかった少女が向こうから訪れたのだ。まずは身柄を確保し、そして自分の計画に組み込むべく策を思案してく。そのどれもが上手くいくだろうと浮かべる笑みは醜悪そのもの。

 

 自身の横を通り階段を上がっていくザニスのそんな表情を見て、チャンドラは視界の外で嫌悪に満ちた目を向ける。だがここにいても仕方がないだろうとして、後を追うように地上へ向かった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 主神であるソーマが作成した酒を保管しておく為に用意された拠点はそこそこ広い。それは玄関口も同様。酒造の神を主神に添えていることから酒飲みも多く、彼らの為に用意された広場と直結しているほどだ。

 

 地上へ上がったザニスが見たのはそんな時間であるにも拘らず既に出来上がっている【ソーマ・ファミリア】所属の者たちと彼らの注目の的となっている3人組。

 

 その内の1人はザニスの目的の少女──リリルカ・アーデ。

 

 だがその隣に立つ少年の姿を捉え、ザニスはリリへ向けていた喜悦に満ちた笑みを消して訝しむ。そこに居たのは今オラリオどころか世界中で噂となっている世界記録保持者(レコードホルダー)──ナイン・レイルが居たからだ。

 

 一部では虚偽だ欺瞞だ八百長だなどと言われているが、それを立証することは今のところ出来ていない。

 

 だが本日改めて中堅以上の各派閥へギルドから配られた日刊には、管理機関であるギルドが正式に『器の昇格』(ランクアップ)を認める旨の記載があった。

 

 ザニスは団長であり、同時に情報収集の大切さを知るだけあり、それに目を通している。だが同時に好機だとも捉えた。たかがLv.2の成りたて。リリの他にもう1人、フードを目深に被っている所為で正体は分からないが小人族(パルゥム)かそう思える程度の身長しかない者が1人。

 

 有利だと(わら)い、団員たちに指示を飛ばして道を空けさせる。

 

「やぁアーデ、久しいな。最近は見掛けなかったもので、心配したぞ?」

 

 白々しい。そう思いつつもリリは前へ出て応じた。

 

「お久しぶりですザニス様。本日は折り入って頼みごとをしに参りました」

 

「頼み事か、珍しいな?」

 

 珍しい、などと言うことはない。聞く耳を持っていないがために全て聞き流されてきただけのこと。その証拠に周囲に集まっている団員も「お願いだとよ」と、嘲笑を浮かべている。

 

 ただザニスに関して言えば今日だけは違った。リリルカ・アーデという金の()る木に気付いたことで、多少の我が儘程度聞いてやろうと、これから働いてもらう分の礼ぐらいはしてやろうと見下ろしているのだ。内心で浮かべる醜悪な笑みを表情に滲ませながら。

 

「今日は【ソーマ・ファミリア】からの退団を認めて貰いに来ました」

 

「……なに?」

 

 しかしリリの言葉を聞き、ザニスの笑みが消えた。

 

「先日、ダンジョン探索の最中に同派閥であるにも拘らず襲われ、挙句モンスターの餌にされ掛けました。

 運よくその場に駆け付けた他の冒険者様に助けて頂きましたが、今後似たようなことが起こらないとも限りません。その為、退団したく存じます」

 

 リリのまっすぐな視線に訴え。それは正当なモノだ。そこが真面な【ファミリア】であれば。

 

 周囲にいる【ソーマ・ファミリア】の眷属たちは「サポーターなら当たり前」、「役立たずなんだから苛立ちの捌け口程度にはなれよ」などの心無い言葉がちらほらと上がる。

 

 小人族(パルゥム)差別だけでなくサポーター蔑視。その両方が合わさった結果なのだろう。

 

 リリは歯を食い縛って耐え、ナインは僅かに機嫌を悪くし、隣のフードも溜め息を吐いた。

 

 急激な懇願に少々面食らったザニスだったが、視界に映る3名の様子から粗方の推察を立てると口を開く。

 

「なるほどなるほど、それは幸運だったなアーデ? お前のようなガキを、見ず知らずの大した価値のないお前を必要として、あまつさえ我々の本拠地(ホーム)に同行してくれるなんてなぁ?」

 

 仰々しくリリの価値を貶めるような発言。《魔法》を知っているからこそ、「お前を救う価値などない」とナインへ伝えるためのアピール。だが(どう)じないナインと眼前のリリを見て内心で舌打ちした。

 

 不愉快だと思いつつもザニスは続ける。

 

「しかしだ。何の代償もなく退団となっては今まで育ててくださった恩を仇で返すようなモノ……それではアーデもソーマ様に顔向けできまい。

 ゆえに、退団金として……締めて2000万ヴァリスを用意してもらおうか」

 

「ッ…………」

 

 ザニスの発言に怯むリリ。2000万ヴァリスは本来下級冒険者では手にすることなど決してできない金額。それどころか上級冒険者でもそれだけ稼げる存在は一握りだろう。ましてや先日──つまりは数日前に【ソーマ・ファミリア】の眷属に所持品を奪われたとなれば、まず弱者たるアーデが所持している可能性はゼロ。

 

 後ろに立つナインも世界最速記録保持者(レコードホルダー)などと言われているが所詮は駆け出し程度の冒険者。高々2ヵ月ダンジョンで活躍したぐらいで稼げる額ではない。

 

 だからこそそれだけの金額を提示した。僅かに後退(あとずさ)ったリリに、不愉快そうなナインを見てザニスは(わら)う。やりようはある、と。

 

 だが……、

 

「これを……」

 

 そして差し出された小さなリュックサック。その中に納まる程度の品で2000万ヴァリスは無いだろうと高を括って(わら)うザニスだが、中身を見て隠し切れない驚愕を浮かべた。

 

「ぐ、魔導書(グリモア)だと?」

 

魔導書(グリモア)の市場価値は最低でも5000万ヴァリスに(のぼ)ります。オークションに出せばそれ以上にもなる。

 問題、ありませんね……?」

 

「……ッチ」

 

 完全な誤算。

 

 暴力に訴えることもなく、提示した法外な金額をそれに代わる代物にて解決するなど予想の外だ。目の前にリリが現れた時点で自分の勝ちを確信していただけあり、想定外の事態で思考が乱れる。

 

(このままでは私の計画が……いや、まだだっ!)

 

 だがこんな時にこそ輝いてしまうのが薄汚い人間の本性というものだ。

 

 醜く(ゆが)んだ口元を隠すためにあげた手の中で更に歪めていく。ザニスの脳裏に浮かんだのはあの神の顔。

 

「……確かにこれであれば退団金に代わるだろう。

 付いてこい。ソーマ様の下まで案内してやる」

 

 背を向けることでその顔に浮かべた凶笑を隠し、ザニスは3人の前を歩く。

 

 彼の背に向けられている2つの憐憫の眼差しに気付くことも無く。

 

 

 ────

 ──

 

 

「失礼します。ソーマ様」

 

 外からの光をうっとおしく思っているのか、遮光カーテンで意図的に作られた暗室の中に、その神は居た。しかし彼は入室者のことなど歯牙にもかけない様に作業机の上に置かれた乳鉢で数種類の植物を混和している。

 

「…………何の用だ。ザニス」

 

 口だけ動かし、視線は一切動かない。それは団長のザニスにさえも同様に。

 

「お忙しいところ申し訳ありません。こちらはリリルカ・アーデ。我らが【ソーマ・ファミリア】に所属する眷属の1人です」

 

 その発言で『神の恩恵』の更新(いつものこと)だろうとソーマはザニスへと視線を向ける。目元を覆うほど伸びた前髪の奥から覗くような瞳が向けられた。しかしその視線は間違っても己の【ファミリア】の団長に向けるモノではない。自分の酒造りを中断させてきた邪魔者へ向けるようなモノ。

 

 そして同様の視線が順にナインたちにも向けられる。

 

「面倒な……、早く背中を向けろ。お前たち如きに関わっている暇は無いんだ」

 

 仕方が無いとばかりに机の中から【ステイタス】に干渉する為にとソーマは針を出す。

 

「ソーマ様。リリは今日、退団させて頂くために来ました」

 

「…………それらのことはザニスに一任している」

 

 『神の恩恵』(ファルナ)更新ではなく削除。若しくは改宗(コンバージョン)を可能とさせるための待機状態への移行。その為に来たのだと言えばソーマは無気力に一蹴した。

 

 それと同時に、ザニスは首を横に振る。ソーマの視界の中で否定を意味する様に。

 

 針を机に置いたソーマを見てリリはザニスへと視線を向けるも、彼は嘲笑を浮かべるだけだった。

 

「という訳だ……残念だったな、アーデ?」

 

「なっ!? 魔導書(グリモア)は渡しました! 退団金には充分な筈です!!」

 

「はっ! 私が了承したのはソーマ様の前に連れてくるところまで。

 改宗(コンバージョン)? そんなものまで許可を出した覚えはないなぁ?」

 

……ゲスがぁ

 

 醜悪な笑みを浮かべるザニスを睨み付けるリリだが、その姿も吐かれる悪態も滑稽だと言わんばかりに口角を引き上げる。

 

 リリにはザニスを睨み付ける事しか出来ない。リリはLv.1でザニスはLv.2。更に言えば種族的にも有利な面は手先の器用さと視覚の鋭さぐらいだろう。どう足搔いても実力で敵う訳がなく、そしてここで騒動を起こせば拠点にいる【ソーマ・ファミリア】の眷属たちがここに押し寄せてくることからナインに頼むこともしたくはない。それはイコールでナインを自分の我が儘で傷付かせてしまうことになるから。

 

 本人は笑って了承してくれるだろう。だが、それで得られた自由などリリ本人が嫌悪を覚える目の前のザニスらと変わらない。であればと、彼女はこちらへ視線を向けているソーマの下まで歩き、床に両手をつけて頼み込む。

 

「ソーマ様、リリは【ヘスティア・ファミリア】へ行きたい……。

 ベル様や、ナイン様と冒険がしたいっ! もうあの人たちの前で卑屈な面を下手な仮面で隠したくない! だからどうかお願いします、ソーマ様っ!! リリを改宗(コンバージョン)させてください……ッ!!」

 

 その様子を見守る3人。ザニスは1人「無駄だ」と内心で(わら)い続ける。

 

「……」

 

 リリは自身へ向けられるソーマの視線に気付き、顔を上げれば彼の瞳はリリを捉えていた。

 

「……簡単に酒に溺れる薄っぺらい子供の言葉に、いったい何の意味がある?」

 

「……」

 

 それはかつてのリリを思い出したからか。それともすでに遍く下界の子供たちに見切りをつけているからか。リリには分からない。ただ、かつての記憶に悔しさを覚えて表情が曇る。

 

 そんな彼女の耳に、液体が杯に注がれる音が響く。

 

「……っ、それは……神の酒…………」

 

 リリが顔を上げればその先では白い酒瓶から杯に注がれる『神酒』(しんしゅ)。その極上の味で天界では特に好まれ、ここオラリオでは外から訪れた者すら酔わせ、【ソーマ・ファミリア】へと人を集め、酒の為に働く従順な傀儡と変えていった最悪の酒。

 

 自分の予想通りに上手くことが進んでいると凶笑を浮かべるザニスは、リリはもう終わり。次は横にいるコイツらにもと、ナインとフードを被った者を一瞥する。

 

 リリの《魔法》による稼ぎに加え、世界最速記録保持者(レコードホルダー)ならば中層や下層に至るまでも早いだろうと。あとは時間に任せれば良いという思いから溢れそうになる笑い声を何とか我慢する。まずは目の前のリリルカ・アーデが終わる所から見ておくために。

 

 リリへと差し出される杯。中で揺らめくのは『神酒』(ソーマ)()の神と同じ名を持つ天上の酒。

 

「これを飲んでまた同じことが言えるのならば、お前の望みを叶えよう」

 

 ソーマの冷めた眼差しとザニスの計画通りだと言わんばかりの嘲笑が向けられる中で少女(リリ)の目線はその手に収まる杯に満たされた『神酒』のみに注がれていた。

 

 呼吸が乱れる。汗が止まらない。腰が抜けそうになる。

 

 リリの人生の全てを奪い、狂わせた元凶。

 

 彼女に刺さる2つの視線はこれを飲むまで決して彼女を逃がさないだろう。

 

 特にザニスはリリを自分の手元に置くことが出来るこの最大の好機(チャンス)を決して逃しはしない。

 

……ぁ、あ…………

 

 手足が震え、杯を取り落としそうになる。

 

 『神酒』の魔力に魅了され、狂っていた当時の記憶が走馬灯のように頭を駆け巡る。

 

 呼吸が乱れ、涙が出そうなほどに苦しくなったその時、自分を見守る1人の視線に気付いた。

 

「………………」

 

 振り向けば、そこに映るのはナイン。他の誰かなど決して視界に映らず、彼だけが彼女の世界に佇んでいる。何も言わず、何もせず、ただいつも通りの信念を抱くその瞳にリリルカ・アーデという少女を映して。

 

 見守っていたのだ。

 

「……っ!」

 

 震えていた体を無理にでも止める。乱れた呼吸を整え、顔を上げてソーマと視線を交わす。先程までの怯えるような瞳でなくなったことから、ソーマは僅かに瞠目する。

 

 決別だ……これは派閥という因縁に縛られた、弱い己との決別の儀式。

 

 今も変わらず先を()く少年がいる。

 

 少年に追い付き、隣を歩みたいと前を見る少女がいる。

 

 であるならば、自分だけが下を向いてばかりはいられない。『前』を見る機会はここだけだ。

 

 彼らと共に在るのなら、確たる己が必要だ。

 

 ────だからここが、()()

 

 ソーマが確かに瞳を開いた瞬間、覚悟を決めたリリは『神酒』を一息に飲み干した。

 

「────────―ぅ、ぁ」

 

 だが、そんな覚悟を嘲笑うように、世界は捻じ曲がる。

 

 杯が音を立てて床に転がり、その後を追うように糸が切れた人形みたいに力無くペタリと尻を床に付けるリリ。そして頭の据わらぬ赤子のように項垂れる。

 

 彼女の表情は周囲の4人からは見えない。だがその震える手足から今のリリがどのような状況なのか、『神酒』(ソーマ)を飲んだ人間がどうなるのかを知っている者たちは理解していた。

 

 文字通り天上の美酒。体内を駆け巡るのは果ての無い陶酔感、そして抗い難い多幸感。じきにその魔力に憑りつれた人形に成り下がるだろう。

 

 どれだけ覚悟を固めようが例外などない。起きる筈が無いのだから。

 

「ふっ、ははははははははっ!!」 

 

「………………」 

 

 ザニスが高らかに笑い、ソーマが珍しく落胆したような様子で踵を返す。

 

 長い前髪に隠されたその瞳には失望と諦念の色が浮かんでいた。

 

 フードを被ったものがこれ以上は無いと判断を下して動こうとした時、眼前を手で塞がれる。目を向ければ、ナインは今もただ見守るだけ。

 

 それを諦めと捉えたか、ザニスがナインたちへと足を向ける。

 

──────くだ、さい……

 

 誰かの呟きが聞こえた。その掠れた声に誰よりも大きな反応を示したのは神ソーマ。前髪に隠された瞳を大きく開き、弾かれるようにして振り返れば、爪が引っ掛かり()げそうになりながらも力強く手で床を掴まんとしている少女(リリ)の姿。

 

「──して、ください」

 

 異変に気付いたザニスの足が止まる中、愕然としているソーマの視線の先。

 

 リリルカ・アーデは顔を上げて、思いを叫ぶ。

 

リリを……っ、解放してくださいっ!!

 

 あの少女と交わした約束を、決して捩じ曲げさせないという想いと共に。

 

「なに……っ!?」

 

「──!?」

 

 彼女の終わりを予感していた者たちだけが驚愕を露わにする。

 

 虐げられることしか役目の無いはずだった弱者が『神酒』の魔力に打ち勝って、己の意志を貫かんとしていることに驚きを隠すことなど出来ない。

 

 少女の今までを斬り裂いた閃光は、少女のこれからを示した白い熱は、万人を魅了し狂わせてきた神域の美酒であろうと、()き消すことは叶わなかった。

 

「リリは、この人の……力になりたいっ!」

 

 瞳を潤ませる大粒の雫さえ拭い去り、少女は叫ぶ。

 

「惨めだった! 間違い続けてきた! 助けを求めても、だれもリリを見てはくれなかった!!

 その辺に転がってる小人族(パルゥム)でしかなかった……、媚び諂うだけの卑しいサポーターでしかなかった……」

 

 『神酒』(しんしゅ)に溺れて落ちて、薄暗い地面を見ていたかつての自分。

 

「──でもっ、ナイン様は私を見てくれたっ!! ベル様は見付けてくれた!!

 他の誰でもない……っ! リリルカ・アーデをッ!!

 

 『神酒』(しんしゅ)が齎す強烈な酔い。徐々に薄れていく自分という存在。記憶も、思いも、魂さえも融かしつくすほどの酩酊感の中、リリの中に残り続けた者が……者たちがいたのだ。

 

 もう決して忘れないだろう。

 

 たとえ何度生まれ変わろうとも。地獄の窯で茹でられようとも。

 

「たくさんの間違いを重ねてきました……っ。悪いヤツが居るんだから悪いことをしてもいいなんて……そんな中で腐っていたリリを、見つけてくれたんですっ! 助けてくれたんですっ!!」

 

 自分の微かな声を辿って助けてくれた。

 

 助かって欲しいと、その瞳で訴えかけてくる人たち。

 

「だから……、だから、…………だからっ!」

 

 あの日、自分に向けられた想いを無駄にしてはいけないのだから。

 

 交わした約束を、裏切りたくなど無いのだから。

 

「だから今度はリリが助けるんですっ!!」

 

 この想いだけは捩じ曲げさせない。決して。神にだって。

 

「どうかお願いしますっ! リリを解放してください!!!」

 

 最後まで瞳を主神へ向けたまま、少女は心の内を叫び切った。

 

 弱者の殻を破らんとする者に……少女の姿に、ソーマは言葉を出せずにいる。

 

「………………」

 

 ソーマの記憶、ほんの僅かに残っていた少女は簡単に酒に溺れるただの下界の子供。そのはずだった。だが今目の前にいる少女はどうだ、自らが作成した『神酒』(しんしゅ)の魔力を振り払い、呪縛を打ち破って強い意志を示した。

 

 神としては短い。されど下界の子供からすれば長い下界での生活。その中でも見たことの無かった彼女の姿に、酒以外で揺らぐはずの無かったソーマの心は確かに揺れ動く。

 

「ば、馬鹿な……あり得ないっ!! ソーマ様、少々お待ちを───」 

 

「黙れ、ザニス」

 

 リリへと歩み寄ろうとするソーマを見てザニスは余裕を失う。止めようとするも当の本神(ほんにん)からは一瞥もされず、たったの一言で一蹴されてしまう。

 

改宗(コンバージョン)の儀式を……他の神がいないな。なら待機状態にしておけば良いか。部屋を移そう」

 

 そのソーマの言葉にぱぁっとリリは喜色を浮かべ、ナインへと振り返る。

 

 だがその笑顔も視界に映った凶刃を見て崩れ去った。

 

「認められるかッ! その女は、私の物だッッ!!」

 

 この場には自分以上の者は居ないと、一般人レベルに身体能力を落としている神は元より、Lv.1のリリも、昇格(ランクアップ)したばかりのナインも下に見て、ザニスは抜き放った剣を振るう。

 

 一番近くに居たフードを被った者へと。

 

 体格からして子供か小人族(パルゥム)。リリに付いてくる程度の者など、と所詮は雑魚だと切り捨て、動けないようにしてから人質にするべく。そうしてこの場を流せばまだチャンスはあるはずだとして。

 

 ザニスの剣が振り下ろされる。

 

 ザニスのレベルは2。一般人を越えた膂力と速度で降り抜かれたソレを、フードを被った者はただ間合いを調整して回避した。

 

「おや、これは僕たち【ロキ・ファミリア】への敵対行動としてとってもいいのかい?」

 

 ちょうど外套のフードだけを斬り裂かせたことで露わになる素顔。紺碧の瞳に輝くような金色の髪。全体的に幼くも見える甘いマスクを持つその人は……。

 

「ブ……【勇者】(ブレイバー)……? なぜ……、こんなところに……」

 

「きみが案内したのだろう?

 しかしそれだけでは足りないように見える。知らないようだから教えておこうか。僕は同胞の再興を目指しているんだ。昔から公言していたんだが、きみは知らなかったようだね」

 

 呆然とするザニスへ向けられた言外の嘲笑。15年の月日が経とうと変わろうとしない者への呆れ。そして何より、仲間を大切にしようとしない者への侮蔑。

 

 Lv.6へ喧嘩を売った程度では済まない。拠点に誘い込んで内密に始末しようとした。そう捉えられかねない状況の中、更に事態は進んで行く。

 

「だ、団長ッ! 外に……拠点の外にギルドや、【ガネーシャ・ファミリア】の連中が……っ!」

 

「は……ハァ?」

 

 勢いよく開けられた扉とそこから入ってきた【ソーマ・ファミリア】の眷属が数名。彼らから告げられた内容により、更なる混乱の極致へ叩き落されたザニスは剣を落とす。

 

 酒を飲んだことによる普通の酔いで事態に追い付けないリリは、そちらに興味が無いソーマによって改宗(コンバージョン)の為、別室へと連れられていく。

 

 それらを聞いていたナインとフィンはお互いを見やる。

 

((どこまで考えていたのやら))

 

 この両名、情報を敢えて渡して動かし合い、その結果【ソーマ・ファミリア】が悲惨な目に遭ってることも無視して頭脳戦を仕掛けようとしていたのだった。

 

 一番得をするのは誰かと聞かれれば、それはリリだろう。

 

 片や笑顔であって欲しい、という考えで助けに来る少年。

 

 片や【ソーマ・ファミリア】(はきだめ)から這い上がるような同胞……もし彼女の中に勇気があれば是非ともお嫁さんになって欲しいなと「玉の輿? どんとこい」の構えを取る少年*1

 

 どちらにせよリリルカ・アーデに幸せになって欲しいという望みの為にここに来たのだ。それを邪魔しようとする者が排除されるのは当然のことだった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ザニス含め、【ソーマ・ファミリア】の眷属たちが【ガネーシャ・ファミリア】によって拘束され、現在拠点内を探られている最中、ソーマのいる神室では4つの杯が置かれていた。

 

「不肖ながら、リリルカ・アーデの主神である神ソーマが彼女の送別会の開催を宣言する」

 

「ワーパチパチパチパチ」

 

「ん? この瓶って『神酒』(しんしゅ)? まぁ、いいか」

 

「……なんですコレ」

 

 円形のテーブルを部屋の中央に置き、つまみやソーマが作成した色々な酒が並べられたその場では宴会さながらの光景が広がっていた。

 

「外はいま悪質な『怪物進呈』(パス・パレード)を行なって10階層や9階層にモンスターを増やしたこと、運よく強化種が生まれなかっただけで上層の危険度を著しく上昇させたこと。あとは色々な冒険者から金品をまき上げてきたとかの容疑で【ソーマ・ファミリア】全体に家宅捜査ならぬ強制監査が行われてるからな。

 まぁ、今まで罰金支払ってハイ終わりにして好き勝手してきたツケだ。終わるまでか、強制的に帰らされるまでの間、辛抱だ」

 

「いえ、辛抱というか……というか最後のは身に覚えが有り過ぎると言いますか……」

 

「まぁ飲め、リリルカ・アーデ。お前は俺の眷属ではなくなったが、これはお前の送別会だ。金を取る気など無い。好きなだけ飲むといい」

 

「えぇ……、ていうかお2人はなに自然と神酒を飲んでいるんですか。憑りつかれますよ!?」

 

 乾杯した後に言うのはとても遅く、ナインもフィンも既に2杯目だ。

 

「いや、僕は問題無い」

 

「お酒は二十歳になってからって言葉に照らし合わせると……俺はアウトか……?」

 

「ナイン様ッ、そんな真剣に要らない考えをするぐらいなら飲まないで下さいッッ!!」

 

「というかこの2人も酔ってないな……、少し待ってろ完成品持って来る」

 

「ソーマ様ッ!?」

 

「確かにこれは美味しいな……ロキが欲しがるわけだ。

 帰りに一瓶、土産にもらおうかな」

 

「フィン様まで?!」

 

「なんか色々押収されててこれだけしか持ってこれなかった」

 

「運ばされたの、私だけどな」

 

 リリのツッコミが炸裂する中、戻ってきたソーマが再度席に座って酒を注いでいく。今までの粗悪品ではない。神ソーマが頷く出来栄えのそれをナインたちの杯にも注いでいく。

 

 その光景を見せられる【ガネーシャ・ファミリア】の団長、シャクティは頭を抱えていた。

 

 この部屋の外では暴れようとした【ソーマ・ファミリア】の眷属を取り押さえたり、グレーゾーンギリギリの悪事に加担したであろう書類などが出てきて、本格的に【ソーマ・ファミリア】の監査が始まりそうだという現状であるにも拘らず、この場では【ロキ・ファミリア】の団長まで送別会という名の酒盛りに興じているのだから。

 

 最近真面に休めていない彼女は昼間から飲んでいる彼らの光景に誘われるが、職務の真最中。我慢してこの場に足を運んだ件を終わらせに行く。

 

【勇者】(ブレイバー)……これが【ソーマ・ファミリア】の団長の私物から見つかった。本人が言うには同じ派閥の者から渡されたらしいが……」

 

「ん? あぁ、昨日から見ないなと思っていたところだ……こんなところにあったとはね」

 

 そう言ってシャクティから魔導書(グリモア)を受け取るフィン。背表紙には【ロキ・ファミリア】のエンブレムが貼られている。関係者から盗まれたモノの可能性があった訳だが、この場にその派閥の団長がいるのだ。下手な確執を持たぬようにシャクティはこの場での返却を決めた。

 

 彼女も含め、ナインやリリも呆れたように魔導書(グリモア)を受け取るフィンを見つめる。

 

(((うさんくせぇ……)))

 

 なぜならフィンの顔には胡散臭い笑顔が映っていたからだ。元から分かってこの場にいたのだろう。ナインだけでなくシャクティやリリすらもそれを理解した。

 

 大きく嘆息を一度。それだけしてからシャクティは神室から出ていった。

 

 その後もこの酒盛りは続く。男3人がソーマの用意した酒に合うつまみは何かと議論したり、この人たち何してんだとリリが呆れたりと。

 

 罰金代わりに押収された所為で飲める量が激減したからだが、ソーマの気分的に明後日の朝まで飲める可能性があったとか。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 既に日は落ち、夜の暗闇を月の光が照らす中、【ソーマ・ファミリア】の拠点のバルコニーには2つの影があった。

 

 片方は主神であるソーマ。もう片方は新しく団長に任命されたチャンドラ。元団長であったザニスが闇派閥(イヴィルス)との繋がりを示唆する書類が散見された為、ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】によって拘束、そして【ステイタス】の封印。その他にも関与が認められた者は同様の処置が、怪しい者は疑いが晴れるまでの間の軟禁と相成ったため。

 

 真面な眷属の中で一番強く、同時に酒好きなモノが選ばれた形だ。

 

 そんな2人は現在スカスカになった酒蔵の中に残っていたモノで月見酒と洒落込んでいた。多くの都市民が眠りに就き、静かな時間を言葉を交わすことなく過ごしている最中、ソーマが口を開く。

 

「こんなに酒が美味いと感じたのはいつ振りだろうか……」

 

「ふぅむ……ソーマ様は酒の神、ということでしょう」

 

「……?」

 

「酒を作ることは上手くとも、酒を美味く飲む方法までは司ってなかっただけでは? その辺りは酒飲みを司る神などがいるのでは?」

 

「神酒を飲める奴もいなかったからな……」

 

「それはまぁ、俺たちの落ち度もありましょう」

 

「俺の怠惰でもあっただろう……、今日だけで3人も現れた」

 

 あの後も酒瓶を何本も空にしつつも『神酒』(しんしゅ)の魔力に魅了されることなく飲み続け、主神にお土産として持って帰れるかと打診までしてきたぐらいだ。一応、自分で飲むのかと問えば、主神が振る舞うなら、と返ってきた。そこに嘘が無いことから、単純に珍しいものを主神(おや)へプレゼントする為だと分かる。

 

 それぞれに一瓶ずつ渡し、ソーマは3人を見送った。

 

「このオラリオには冒険者だけでも十数万は居ますが、市民も含めて真に酔わない奴がどれほどいるのか……少なくとも俺は無理ですがね」

 

 それは慰めか、それともただの達観か。嘘しか見破れない超越存在(ソーマ)では分からない。

 

 溜め息を一つ。空を見上げれば自分の【ファミリア】にも使われている三日月が輝いている。

 

 何度か杯を空にしていれば、自分と下界の子供の間にある繋がりが1つ途絶えた。しかしその相手が誰なのか知っていることもあり、彼は動揺などしない。今度は失望や諦念からの無視ではない。

 

『……体に、気をつけなさい』

 

 最後に彼女へ告げた言葉だけが、今日はやけに忘れられなかった。

 

 

 

 

 


 

 ──────次回、『胃痛』(リリルカ君……キミもか)

*1
のように見えるだけの42歳




 フィンの精神汚染に対する高耐性って多分神酒にも効果あるよなって。
 魅了にも相手が悪かっただけで抗ってた節あるし。

フ「あの流れを見た上で求婚したらどう思う?」
ナ「クズ」
フ「お嫁さん欲しいよね」
ナ「ロキFで結婚できそうなのってラウ×アキぐらいじゃね。他? ……まぁ、うん」

フ「そう言えばうちの団員から聞いたよ。そちらの後輩、とても強くなっていたと。どんな鍛え方をしているんだい?」
ナ「スゥゥゥゥゥゥゥゥ──────ッ(基礎的なこと以外大体ベートさん任せとか言えねぇ―――――ッ)」
フ「(言えないぐらいほどの強度で訓練を…ッ?!)」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。