ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・026 これは・・・前世的なサムシング?

────

 

 

 

 

 

 ────パカラッ……パカラッ……パカラッ……

 

 耳に聞こえる軽快な拍子(リズム)。それは私も時折り耳にする蹄鉄が地面を叩く音。

 

 でも今聞こえている音にはいつも都市のメインストリートで聞くような高さが無い。どちらかと言えば、重さを感じる。おそらく、そう……推測するにこの音の正体は、石畳みで整地された道路ではなく、土が露出した場所を駆ける音なのだろう。

 

 いや、そもそもなぜ私は音だけに情報を頼っているのか。そう感じてしまえば体の五感はそれとなく仕事を始めた。

 

 ────パカラッ……パカラッ……パカラッ……

 

 聴覚に始まり、触覚。体に感じるのは上下する椅子……本当に椅子だろうか。地面ではなくこれ自体が揺れている感じがする。両足では細い足場を感じる程度。そこへ更に前方から風を感じる。──であれば私は今、何かに乗り、そしてソレは動いているということ。

 

 次に作用するのは嗅覚。まず入ってきたのは爽やかで青々とした若草の香り。ならば体感的に私は外を何かに乗って走っている最中なのだろう。それは何か……おそらくは、馬だ。

 手に感じるのは革製の紐……手綱なのだろう。匂いも人のソレと言うより獣感が強い。でもどこか魚臭さがある。これだけは少しいただけない。

 

 聴覚、触覚、嗅覚。その次に当たるならば味覚だろうが、私はそれを舐める気など無い。いつも通り唾液の無味がそこに……お酒(アルコール)の味がする。私の嫌いな神酒の味。でも今だけは許そうと思う。だって残酷ではない思い出が出来たばかりなのだから。

 

 ────パカラッ……パカラッ……パカラッ……

 

 だから最後に、視覚。

 

 ────瞼を開けた先、瞳に映った世界は、(アカ)だった。

 

『……では、始めましょうか』

 

 血のように赤い世界の中で、その声は(リリ)の後ろから聞こえてきた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 目に映る何もかもが紅く染まり気が狂いそうになる。

 

 聴覚(おと)触覚(てざわり)嗅覚(くさのかおり)も変わらないのに、まるで1つの歯車を切り替えたような違和感が自分を蝕んでいく。目を瞑ろうとも変わらない。その(いろ)は瞼の裏さえも汚染してくるのだから。

 

 気味が悪い。それでも、その程度で済んでいることに安堵している自分がいることに別種の吐き気を覚えるが。

 

『安心して。貴女のソレは、そこまで強力に作用しない。所詮は借り物。2つあったソレを完全に同一の(そんざい)と化した影響でしょう。

 完全な返還は無理よ。最低でも、あの鮭を食うことしか能の無い駄馬並みの力でもなければ、ね』

 

 リリを後ろから抱きしめてくれる誰か。こちらを慮ってくれる優しい声音で安心できる材料をくれていた彼女は突如として毒を吐いた。

 

 急変でもしたのだろうか、とも考えたが抱き締めてくれる腕は力強くも決して痛くはない。姉が居たらこんな感じだったのだろうか。そんな益体の無い考えが僅かに過ぎる。どうせあの派閥(ファミリア)では無意味なのに。

 

『落ち着いた? なら、始めます。

 魔法と言えば、どんなもの?』

 

 ──手札。何者でもなかったリリを、ナニカに変えてくれる……贅沢な力。

 

 浮かんできたのはリリが持つ唯一──【シンダー・エラ】。制限は数あれど、今までリリを助けてくれた復讐のための力。

 

『貴女は魔法を使って、何をしたい?』

 

 ──でも、もう復讐は終わりだ。他の誰かになりたかったリリルカ・アーデはもういないのだから。私は私。他の誰でもないリリルカ・アーデを求めてくれた人たちのために……歩みたい。

 

 隣に座った処女雪の彼女が手を繋いでくれた。自分を迎えてくれた漆黒の少年が抱き締めてくれた。胸の中で渦巻いていた泥のような感情は、ここで捨てていく。

 

『ええ、それが良いでしょう。貴女はきっと……愛される』

 

 どこか寂しい声が、耳朶を打つ。まるで求めているように。まるでもう手に入らないモノを羨むように。

 

『私のとは……違う……、相互理解による誓約(ゲッシュ)……』

 

 抱きしめられる。先程よりも強く……慈しむように。

 

天授与物(アーティファクト)にだって負けない想いが、ここにある』

 

 リリの胸に……心臓の鼓動を確かめるようにして重ねられた手の平。

 

『最後に1つ……決して忘れないで────』

 

 後ろに居た彼女は急に走行中の馬上から飛び降りる。

 

 自由になった体で彼女の後を目で追えば、リリの周りには数え切れないほどの騎士が居た。それも身長的に全てが小人族(パルゥム)。そして全てが勇者足り得る者たち。

 

 彼らが馬を駆り地面を揺らす中、リリに背を向ける彼女はその栗色の長髪を揺らしながらただ1人の騎士の(もと)まで歩み寄る。

 

 顔にバイザーをつけている所為で顔は判別できないが、きっと胡散臭い顔をしているに違いないと確信できる。そんな金髪の小人族(パルゥム)(もと)へ。

 ただ、バイザーの下。口元だけは視認出来る。小人族(パルゥム)が持つ他種族より優れている数少ない長所である鋭敏な視覚。おそらくは彼女と親しい誰かなのだろう。両腕を開き、彼女を抱き留めようとして────

 

 ────グギャッ!! といきなり殴り飛ばされた。

 

 えぇ……。

 

 彼の持っていた槍を奪い取り、穂先の一部を砕いてから槍を捨てる。もう用は無いとばかりに。

 

 そして振り返る栗色の騎士。誰なのかはっきりするだろう。そんな考えは浅はかであったと知る。彼女の顔にも大きめのバイザーが掛かっており、口元ぐらいしか判明しないのだ。

 彼女はその間にも進んでいた騎士たちの駆る馬を跳んでリリの下まで数秒も掛けずにやって来た。

 

『これは決して私たちが振るってきたような『力』にはなり得ません』

 

 ……。

 

『あの大馬鹿者も最後の最後まで扱いに困ったバカな力ですが……『種』にはなるでしょう』

 

 ……たね?

 

『だから決して────『勇気』(まえ)を見失わないで』

 

 最後に言い残された言葉だけが、耳の中で残響のように響く。

 

 手渡された槍の欠片。それを大事に胸の中に抱えたあと、地平の先から差す光が──リリ(わたし)を包んだ。

 

 ────パカラッ……パカラッ……パカラッ……

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

「良かったんですか? どう扱うにせよ高価な品だったのに……」

 

「良いのさ。既に他者へ譲渡した物が手元に返って来た。手放したものが幸運なことに戻って来ただけのこと。あとは好きに使ってもバチは当たらない証左だよ」

 

 フィンの返答に呆れたようにコーヒーの入ったカップを口につける。

 

 ナインの隣には本をうつらうつらと読み続けているリリルカが居た。彼女は文字通り夢現の状態で本のページをめくっては瞳が文字を映し、読み終えたら次へを繰り返している。

 

 彼女の読んでいる本こそが『魔導書』(グリモア)

 

 迷宮都市(オラリオ)でも珍しい魔道具の1つ。市場価格が【ヘファイストス・ファミリア】の第一等級武装と同等とされているモノであり、その効果は『魔法の強制発現』だ。

 ただし絶対成功する訳では無い。1つ目の魔法もスロットが無ければ賭けになるし、2つ目以降ならば尚更低確率となる。更に言えば現在の使用者はリリ。彼女の【ステイタス】には《魔法》のスロットが1つしか無いこと。

 

 本来であればスロットが只人(ヒューマン)でありながら最大数の3を持つナインや、2つ目のスロットが()いているベルへと使用させるべき代物。しかし現在リリが読んでいる魔導書(グリモア)の所有者はナインの対面で優雅に紅茶を飲んでいる【勇者】(ブレイバー)ことフィン・ディムナ。

 

 ナインの都合よりも彼の望みの方が優先される状況であることに違いはない。たとえリリが既に《魔法》を所持しており、同時にスロットに空きが無かろうとも。可能性は限りなくゼロに近くとも。

 

「──それに、きみも特に欲してはいないのだろう?」

 

「……その心は?」

 

 不敵に笑いながらナインの心情を推察するフィン。

 

「きみの《魔法》のスロットは既に埋まっている」

 

 ……

 …………

 ………………

 

(あぁ~……、『灯す』(ルクス)『結界を張る』(クレセリア)『酒場で見せたアレ』(ルクス・レギオン)ってことか~)

 

 ナインは表情に不敵な笑みを乗せながら内心「コイツなに言ってんだ?」と思っていた。しかし考えてみればそうだろう。何を間違えたら1つの魔法であれやこれや出来るのだろうか。

 

 本来『付与魔法』(エンチャント)と言うモノは己の体や武器に纏わせて使用する。しかしナインの使う《魔法》の仕様は少々アレな為に色んな形態へと派生してしまっていた。その影響で起動式(スペルキー)である【星よ集え】(レクス)を唱えなければ武器にすら纏わせられない。挙句、強化率に関しては≒0(ニアリーイコール・ゼロ)だ。実情を知ったもの全員が天を仰ぐような代物。

 

 初めて使用した時、ナインはそれはもう大爆笑したモノだが、これを冒険者成りたてのアイズ辺りが持ったとしたらどうだろうか。まぁ、間違いなく発狂しそうである。火力に直結しないもの……。

 

「きみが『怪物祭』(モンスター・フィリア)で展開した光の結界。アイズからの報告では小竜(インファント・ドラゴン)の使用する息吹(ブレス)はどこか双頭の竜(アンフィスバエナ)のソレを思わせると言っていた。

 蒼炎(ナパーム)にも紅霧(ミスト)にも対応可能な結界……それだけで戦術の幅はどこまで広がるだろうか」

 

「そこまで大層なモノでもないですよ」

 

「謙遜を」

 

 クツクツと笑うフィン。先ほどたらふく飲んだ『神酒』(ソーマ)の酔いでも残っているのだろうか、柄にもなく饒舌だ。

 

(謙遜とかじゃないんだよなぁ……アレ、俺本人が内部に居ないと一気に効率落ちるし)

 

 そんなことを考えていれば横で魔導書(グリモア)を読んでいたリリの瞼が完全に閉じられ、その手に持っていた本が落ちかける。

 

「おっと」

 

 ナインはそれを掴み、机の上に置いてから彼女の姿勢を安定させた。

 

 その光景をフィンは優し気に、しかしどこか悲し気に見続ける。

 

「……本来は、僕こそが彼女を助けてあげるべきだったのだろうね」

 

 悔恨を口に出す。そんな彼へナインは目を向けた。

 

【酒守】(ガンダルヴァ)……ザニス・ルストラにも言ったが、僕は同胞の再興を目指している。その為に色々な功績を挙げて来たと思っているが……正直(みの)っているとは言えない」

 

「でしょうね」

 

「はっきり言うね」

 

「【ロキ・ファミリア】の門は狭いので」

 

「……と言うと?」

 

「ベルは門前払い。リリも数年前に助けを乞いに行って同じような目に」

 

「……………………」

 

「【フレイヤ・ファミリア】の方はそもそも取り合う気も無かったらしいですが」

 

「まぁ……そうだろうね」

 

 フィンも自分が起ち上げた派閥(ファミリア)に、選民的な思考の持ち主が一定数いること自体は把握していた。かつての暗黒期を乗り越えてきた者も多く、彼らの話を聞いた若手達が持つ外部への警戒心から生まれたのだろうとも。

 

 それらは仕方ないと割り切るしかない。あの時代は『神の恩恵』(ファルナ)を持っていない一般人すら敵である可能性を考慮しなければならない時世だったから。

 

 しかしそれで弊害が生まれていては意味もないだろうと頭を抱える。

 

 リリルカ・アーデがもっと前から自分たちの【ファミリア】に居たらどうだっただろうか。

 

 ベル・クラネルが現在自分たちの【ファミリア】に居たらどんな変化を齎してくれただろうか。

 

 仮定でしかない。しかしそんなたらればが思考の一部を埋めていく事実に溜め息を漏らす。

 

 だがそんな仮定に思考を巡らせている最中、ちょっとした疑問を覚えた。

 

「そう言えばきみは【ロキ・ファミリア】の門を叩かなかったのかい?」

 

「えぇ、そうですね」

 

 さも当たり前のことを、と言うように答えるナイン。

 

「因みに理由を聞いても?」

 

 ナインの様子から二大派閥の片翼──【フレイヤ・ファミリア】にも訪れていないのだろうと察したフィンは後学の為にも世界最速記録保持者(レコードホルダー)がどのような判断の(もと)、神ヘスティア最初の眷属となったのか聞くこととした。

 

「北欧は無理なので」

 

「…………?」

 

 神話体系などは神々が天界でのアレコレを持ち込まないというルールを決めた結果、下界では余り知れ渡っていない。ゆえにフィンも首を傾けるしかなかった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 その後も色々と話題を変えていれば既に外の日差しは傾き始めていた。【ソーマ・ファミリア】の本拠(ホーム)でした会話は酒のつまみなどについてだった。フィンも流石に情報の扱いには気を付けたいのだ、特にナインの師匠関連となれば。

 

 まぁナインはその師匠の容姿や家事スキルの高さ、そして武技の練度に関して話せるのだが、1ヶ月ともに過ごした割りに名前すら聞かなかった為、特定はできない。彼女を知っているフィンやリヴェリアなどの15年前から冒険者をしている者たちであれば何となく察せられる程度だろうか。

 

 そのことに関して過度に反応する者はそう多くないが、いるにはいる。ナイン個人にも【ヘスティア・ファミリア】にも恩があり、そして今日リリルカ・アーデという同胞が持つ確固たる信念を見た。

 

 個人的に肩入れするのはありだろう。フィンはそう結論を付けた辺りでお開きとした。

 

 もうすぐ夕暮れの時間となるオラリオの街路を歩く。フィンの頭の中にある優先順位は今も変わらない。それでも最後にナインが言い残した言葉には少しばかり思うところがあった。

 

『俺、『小人族の聖女』(フィアナ)の方が好きですけど『2代目』(フィン)も好きなんですよね。

 あっ、フィンさんのことじゃないですよ? 今の貴方はそこまで好きじゃないので』

 

 あけすけなくモノを言うタイプなのだろう。

 

 後輩である少女を笑い話にしたベートに対しても、キレたのは言動の発端となったベートの気質に対してだった。今思い返せばそんな節は色々とある。策を弄することもあれど、基本的な性格は無遠慮なほう。若しくはざっくばらん。

 

 であればあの言葉には真意がある。清濁を良しとする彼であれば。

 

 何が言いたいのか。現在の自分を振り返りながら、フィンが本拠地(ホーム)へ足を入れようとしたその瞬間────

 

『アイズたんLv.6キッチャァァァァァァァア゛ア゛ア゛ッ?!?!?!』

 

 一際巨大な塔から主神の奇声が響く。塔の最上階でかつ閉じられた一室だというのに本拠(ホーム)の外まで轟いた咆哮。

 

 歓喜半分、困惑と怒気が残りの半分といった声音だ。

 

「あぁ……胃が痛い」

 

 勘と親指が「なにか起こるよ」と告げてくる中、フィンはロキのいる神室へと足を向けた。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 日も暮れた迷宮都市の一区画。その中にある賃貸の一室で向かい合う2つの影。

 

 片方はこの家の借主ナインの主神であるヘスティア。彼女はベッドに腰掛けて眼前の少女へと目を向けていた。

 

 彼女は昨日ナインが連れ帰ったリリルカのことを認知している。家へ連れ帰ったナインはベルとリリルカの状態を診て貰う為に、一度『青の薬舗』へ向かい、ナァーザとミアハを頼った。

 

 治療は必須。しかしそこまで緊急性は無い。一応の保険として持ち込んでいた回復薬(ポーション)も掛けていた。その為、少女たちを診るなら同性、若しくは神格者(じんかくしゃ)であるべきだろうと考えた次第だ。両方の条件に当てはまるのが丁度【ミアハ・ファミリア】だった。

 

 命に別状はなく、後遺症の心配もない。リリルカは今までの生活習慣が祟ったゆえの消耗。ベルは身体的疲弊に精神疲弊(マインドダウン)が重なっただけで明日には起きるだろうという診察結果であり、治療も十全に済ませてくれたのだ。

 

 その間にダンジョンの9階層に置いてきたゲド等を回収、及び事情聴取を終えたのだろう【ガネーシャ・ファミリア】の憲兵が関係者でもあるナインの(もと)までやって来た。神ガネーシャという嘘を見抜ける存在もいる為、嘘ではなかった部分の確認のために来たというので、ナインも応じる。

 

 曰く、ダンジョン内で突然ナインに襲われ荷物を奪われた、とのこと。まぁ、間違ってはないが、襲って来たのはゲド達からであり、リリルカのリュックサックにはベルの荷物も混ざっていた。つまりは【ヘスティア・ファミリア】の物資であり、ナインの所有物でもある。

 

 ナインは取り返しただけだと言えばそれで終いだった。

 

 その話は一応【ヘファイストス・ファミリア】の販売店舗で働いている最中のヘスティアの耳にも届いており、帰ってくるなり「何があったんだァッ?!」と叫んだ。ナインはチョップして黙らせた。怪我で寝ている者がいるのだから。

 

 怪我の治療は済んでいる為、ベルは心配いらないこと。そしてリリルカという少女もまた、ここにいる経緯などをあらかた話せばヘスティアも渋い顔をしながら頷いてくれる。

 

 原作でベル君にやられただけで、基本的には善神の部類である彼女は懐の深い存在だ。リリルカのこれまでを聞けば、追い出すようなことは決してしない。

 

 何より先日からナインがそれとなくリリルカについて伝えている。彼女がベルに働いたことも含めて。良いところも悪いところも隠す気など無い。

 

 そしてソレは、今ここにいるリリルカ・アーデもそう思っていた。

 

 

 ────

 ──

 

 

「リ、リリルカ・アーデです。初めましてっ」

 

「初めまして。昨日は看病が優先だったからね。

 改めて、ボクの名前はヘスティア。ナイン君やベル君の主神だ」

 

 緊張した面持ちのリリルカと、そんな彼女をまっすぐ見つめるヘスティア。だからだろう。ヘスティアにはリリルカが抱えている不安など手に取るように分かってしまった。

 

「まずは君の覚悟を聞こうじゃないか。

 サポーター君……キミはもう2度と同じ過ちを繰り返さないことを誓えるかい?」

 

 試すように問い掛ける。リリルカは目を開いてしっかりと答える。

 

「はい、誓います。ナイン様に、ベル様に、ヘスティア様に、……何よりリリ自身に」

 

 正しく神への誓い。リリルカの心はもう決まっている。

 

「リリはナイン様に見つけていただきました。ベル様に救われました。

 だからもう、決して裏切りません。

 ……裏切りたくありません」

 

 1拍、2拍……ヘスティアは間を開け、唇を曲げて笑う。

 

「わかった。その言葉は信じよう」

 

 だが、「だけど……」と続ける。

 

「正直に言うと……サポーター君、ボクはキミのことが嫌いだ」

 

 その言葉にリリルカも息が詰まる思いになる。しかし仕方がないだろうとも思うのだ。

 

「そりゃそうだろう。キミはベル君を騙して金銭どころか武器まで盗んでいったクセして、今は取り入ろうとさえしている。嫌なやつだよ、キミは」

 

 事実だ。言い返す言葉は見付からない。

 

「どうせナイン君もベル君もキミに対して何の罰も下してないんだろう?

 そして、それがどこか突っ掛かっている。そのしょぼくれた顔が嫌でも伝えてくるよ」

 

 あぁ……、そうだ。自分が受けた仕打ちは過去のモノであり、最近のことはまだ清算されていなかった。

 

「だからボクがあの2人の代わりに裁いてやる」

 

 そう、あの2人は決して責めてこないだろう。ならばせめてこの主神から……。

 

「ボクにキミのことを信用させてくれ」

 

「………………へっ?」

 

「へでもえでもない。これからの行動でボクにキミを許してよかったと、そう思わせるようにしてくれ。

 今までのことが完全に消えることはない。決してね。

 でもそれを枷に、いつまでも過去に囚われるような真似は決してしないこと。良いね?」

 

 いつまでもうじうじと下ばかり向いているな。前を向け。未来へ進め。言外に伝わる真意にリリルカは自然と涙が零れ落ちてくる。

 

「ようこそ、【ヘスティア・ファミリア】へ。今日からキミはボク達の家族だ」

 

「~~~~ッ、はいっ!!」

 

 立ち上がり、両手を広げたヘスティアへ、リリルカは飛び付くようにして抱き付いた。

 

 身を凍えさす孤児であった少女の居場所足り得んとばかりに、ヘスティアはリリルカをギュッと抱き締める。優しく、そして決して離れていかないようにと強く。

 

 彼女の帰る場所となれるようにと、神ながらに祈りつつ。

 

 

 ────

 ──

 

 

「それじゃあ、そろそろ改宗(コンバージョン)を済ませようか」

 

「はいっ!」

 

 リリルカの涙も止まったあと、2人揃ってベッドの上に乗り改宗(コンバージョン)の準備に取り掛かった。

 

 服を脱ぎ、背中を晒したリリルカの背には【ソーマ・ファミリア】所属を示す『神の恩恵』(ファルナ)が刻まれている。しかしその文様や文字などは改宗(コンバージョン)の待機状態を表すようにいつもより()っすらとしたモノに変わっていた。

 

 そこへヘスティアの神血(イコル)を垂らせば、改宗(コンバージョン)は完了する。

 

 リリルカの背に刻まれた『神の恩恵』(ファルナ)の模様が聖火を灯す祭壇へ変わり、そこからヘスティアは【ステイタス】の更新へ着手した。今までの経験値(エクセリア)を掘り出し、表出させて【ステイタス】に反映させていく。

 

(うーん、やっぱり伸びはあんまり良くない……。いや、ナイン君が例外なだけでベル君も【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)が発現する前はこうだったっけ。

 まだ1ヶ月も経ってないはずなのにもう遠い過去のよう……)

 

 最初から【女神の抱擁】(成長補正スキル)があったナインとは違い、ベルは冒険者となってから1週間は普通だった。というよりも他の冒険者よりも低レベルなほうだっただろう。彼女は初日ゴブリンを1匹だけ倒して満面の笑みで帰ってきたぐらいだ。ダンジョンで戦う、その意味すら真面に理解していない時期だったのだから仕方がない。

 

 ヘスティアはそう自身を納得させながら、同時にもう当時の弱っちいベル君は居ないことも理解していた。彼女はこの1ヶ月でとてつもない成長を遂げている。それは【ステイタス】を見れば一目瞭然なのだ。

 

 それら異常事態(イレギュラー)を考慮すればこの程度。そう思っていた。

 

「ん……? んん……? ン゛ン゛ン゛?!

 

「ど、どうしましたかヘスティア様ッ!?」

 

 突然の奇声。驚愕を織り交ぜたその声に驚いたリリルカが後ろを見ようとするが、今は【ステイタス】の更新中。それも上手くはいかない。

 

「ふ……2つ目の…………うん、2つ目の《魔法》が発現できる」

 

 動転していた気をゆっくりと戻し、ヘスティアが言葉を紡ぐ。

 

「えっ!?」

 

 2つ目の《魔法》。それは戦闘能力を持たないリリルカにとっては吉報でしかない。

 

 攻撃系か、支援(バフ)系か、防御系でも、それこそ回復系統であれば最上だろう。

 

「だけどごめん、今はこの《魔法》を発現させるのは良くないと思う」

 

 だが、それをヘスティアが止める。

 

「なっ、何故ですかッ?! リリにも戦える力があれば御2人の力に────」

 

「落ち着いてくれ。『今は』だ。

 今はまだ、この魔法(ちから)を発現させるべきじゃない。勘だけど、そう感じたんだ」

 

 サポーターとして付いていくにせよ、既にLv.2となっているナインがいる以上これから近い将来中層へと自分たちは足を延ばすだろう。その時に【変身魔法】しか持ち得ない自分では出来ることが余りにも少ない。

 

 そんな時に何の因果か魔導書(グリモア)によってスロットが拡張されただけでなく新たな《魔法》まで手に入るというのならば、即刻手にするべきだと焦りを覚えるリリルカ。自分を役立たずだとは思っていない。ダンジョン内の経験であれば産まれてからずっと迷宮都市(オラリオ)に居たことからナインよりも豊富だ。()かせる知識や知恵も蓄えている。

 

 それでもそれらはいずれナインたちが自力で身に付けるだろうモノ。絶対の立ち位置を決めるモノでは無いのだ。何かしら一点でも胸を張れることがあれば。

 

 手に入り掛けた物が虚構の存在であったなどとは信じたくない。

 

「……どのような、感じなのですか?」

 

 だから聞く。率直に。

 

「うーん、多分だけどリリルカ君の器だと耐え切れない……って感じかな」

 

「耐え切れない……?」

 

「うん。『神の恩恵』(ファルナ)っていうのはどこまでいっても成長促進剤のようなモノでね、所詮は外的要因でしかないんだ。もちろん刻まれる文字の羅列は下界の民(こども)たちの生まれ持った素質や成長過程に得た資質、特異な経験なんかを積まないといけないよ?

 でも、やっぱりこれは外部からの干渉でしかないんだ。だからキミという器が耐えられない衝撃を加えれば、壊れてしまう。

 キミが力を求める理由は分かる。でもごめん。これはボクの我が儘だ」

 

 残念だと思う。強力な武器を手に出来ないことを。

 

 しかし同時に思うのだ。

 

「つまり、リリの器が……レベルが上がれば発現させても問題は無い。そういうことですよねっ!?」

 

「えっ!? あ、ああそうだけど……」

 

 それでもレベル──階梯を上昇させれば存在自体が神に近付くとされる『神の恩恵』(ファルナ)

 

 発現させるだけでLv.1の器が壊れかねない。そんな《魔法》が己の内に眠っていると知らされて俯いていられるほどリリルカ・アーデは(やわ)ではないのだ。

 

やったります! やぁったりますよッ!!

 冒険者に適さない種族!? 小人族(パルゥム)蔑視!? なんぼのもんじゃいってヤツですよッ!」

 

 自分たち小人族(パルゥム)へ向けられる悪感情の乗った視線や言葉。今までならそれに歯を噛み締めるだけで終わっていただろう。

 

 しかし今のリリルカには目標がある。約束がある。誓いがある。であればそこらの木っ端の口から漏れ出る言葉なぞ塵芥。

 

 明日からのダンジョン探索。それ以外にも昇格(ランクアップ)へ近付ける何かがあるのならば実行してみせようと、少女は気合いを入れた。

 

 そんな彼女を苦笑いしながら用紙に【ステイタス】を写していくヘスティア。

 

「………………」

 

 ただ、やはりと考え手を止めた。

 

 リリルカは己の【魔力】以外が2桁。最低で1桁の【ステイタス】を睨み付ける。そんな彼女にナインを呼ぶように頼めば、1も2もなく応じてくれた。

 

 とてとてとドアを開け、少女が出ていく。

 

 彼女の嬉しそうな表情を胸の内で反芻しつつ、キリキリと痛むお腹を抑えながらもう一枚用紙を取り出して【ステイタス】を記載していく。他の誰でもない。リリルカ・アーデのモノを。

 

ふっふっふ……道連れだよナイン君

 

 おかしな言葉を吐いていればナインが入室してきた。「もう料理は出来ているぞ」と言いながら。

 

 ────

 ──

 


 

《名前》

 リリルカ・アーデ

 

『Lv.1』

 

《基本アビリティ》

 力 :I 41

 耐久:I 73

 器用:H 101

 敏捷:I 73

 魔力:G 296

 

《発展アビリティ》

 

《魔法》

【シンダー・エラ】

 ・変身魔法

 ・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

 ・解呪式【響く十二時のお告げ】

 

【】

 

《スキル》

【縁下力持】(アーテル・アシスト)

 ・一定以上の装備過重時における能力補正(重量に比例)

 

【白鐘誓約】(ゲッシュ・ア・グランドベル)

 ・誓いを破ってはならない

 ・誓いを立てた相手へ潜在値(エクストラポイント)の一部共有

 ・誓いを立てた相手の《スキル》を1つ模倣

  :設定中『【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)

 


 

「「…………………………」」

 

 寝室の机の上に置かれた一枚の用紙に目を通すナインとヘスティア。そこに記載されている内容にお互い口をあんぐりとさせていた。

 

 いや、【基本アビリティ】が低いことは良い。魔導書(グリモア)で《魔法》のスロットが拡張され、更には予約まで入っているのも、まだいい。

 

「良いのか……これ……?」

 

「いやー……やばいよねぇ……」

 

「隠し事が2重の重みを増しやがった……。というよりこれって」

 

「うん、ベル君と何らかの約束を交わした結果なんだろうけど……」

 

「それだけで《スキル》が発現したのか? いや、それほどまでに強固な誓いなのか?

 …………あの2人ィ……どっちがヤバいんだろうな?」

 

「う~ん……、どっちも?」

 

「だよなぁ……」

 

 2人揃って遠い目を窓の外へと向ける。暗い街並みを街灯が照らしており、ちょっとした安心感をくれる。

 

 階下からするベルとリリルカの会話がきゃっきゃと響く中、ヘスティアはこれからも続くであろう胃痛(やっかいごと)を無視するべく、その用紙をろうそくで燃やす。

 

「明日のことは明日考えよう!」

 

「ダメ人間みたいだな……いや、神さまだったわ」

 

「シャァラップッ!」

 

 

 

 


 

 ──────次回、『仲介』(帰れよオッタル)

 

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