ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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 高評価や感想、ここすき、誤字報告、いつも感謝しております。


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────

 

 

 

 

 


 

《名前》

 ベル・クラネル

 

『Lv.1』

 

《基本アビリティ》

 力 : S 938

 耐久: S 999

 器用: S 999

 敏捷: S 999

 魔力: B 796

 


 

「…………………………うーむ」

 

 朝焼けも追い付かぬオラリオの街道を歩く少年の脳内には昨日の夕食後に行なわれた更新後の【ステイタス】が思い返されていた。

 

 その【ステイタス】は彼────ナインのモノではなく、彼の後輩にあたるベルという少女のモノ。

 

 これを内情などを知らない第三者が見れば「すごい」や「仕方ない、なにごとにも上限はあるモノだ」と言い切るのであろうが、ナインの知っている原作主人公(ベル・クラネル)に限界という言葉はないはずなのだ。

 

 確かに褒められることなのだろう。事実、【アビリティ】の数値は上げれば上げていくほどに上昇量は鈍化してしまい、基本的に上限であるSの999に届くことはない。もしそれが可能な者がいれば、一日一日を不断の努力に費やしているような人物となるだろう。

 

 原作知識を知っているナインからすればそう言った人物が居ること自体は知っているが、その当人に『成長補正スキル』が発現している訳では無いため、今回の事情とは少々異なってしまうのだ。

 

「俺が大丈夫で……ベルが駄目な理由は、なんだ……?」

 

 ナインは自分自身の【ステイタス】には、ヘスティアから渡される用紙に記載されていないが『成長補正スキル』に準ずるナニカが発現していることについて、気付いている。というよりも気付けなければおかしい程度に【アビリティ】の数値がありえない数値をしていた。何よりも、上限突破した上で、その上に出来たであろうナイン専用の別枠の上限をコンコンと叩いた(ノックした)ほどだ。

 

 それゆえに自分がいる世界が本編とは違う『枝史』に準ずるモノであったとしても、大した変化は……まぁあるのだが、それでもベル・クラネル(彼女)の精神構造がガラリと変わった訳では無いことぐらい理解している。

 

 でなければ、【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)が発現することはないのだから。

 

(ベルには【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)がある。使い方次第では俺の【アビリティ】の上昇速度を超えることだって出来る公式チートのような代物だ。先人たちが連綿と紡ぎ続けてきた確かな道をぶっちぎるようなことさえ可能とさせるような……。

 事実俺も似たようなことをしたし、ヘスティア神以外に決して明かすつもりは無いけどそれ以上にヤバイことしてるし……)

 

 今も暗い都市の街道を進みながら新たに追加された疑問にナインの歩くペースが僅かにだが遅くなっていく。

 

【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)は確かに機能している。それは間違いない。そこへ更に俺の持っている【英雄先導】(ケイローン)も作用していることは、遅れて上昇し始めたはずの『魔力』が既に800弱にまで数値を伸ばしていることから明らかだ……)

 

 ナインの持つ『成長補正スキル』の【英雄先導】(ケイローン)。使い方次第では天井知らずに成長を可能とさせるような記述がされている。

 

 ────『仲間の成長に小補正』

 

 この『小』がどの程度効果を発揮するのか不明だが、それでも【スキル】として発現した以上、無意味な存在(モノ)になることは決してない。

 

 しかし原作時点で、このようにアビリティの限界突破(リミット・オフ)を示唆する【スキル】はたった1つ。

 

 神時代きっての才人──【静寂】のアルフィアが所有していた【才禍代償】(ギフ・ブレッシング)だけ。【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)にはそもそもそのような記載などされていないのだ。

 

(なら考えるべきは【スキル】じゃなく別のことだよなぁ……)

 

 そう思い、ナインは原作との差異を脳内で羅列していく。

 

(1つ、憧憬対象となったのが第一級冒険者のアイズではなく、数字だけで言えば同じ階梯(レベル)の俺であったこと。

 2つ、変に俺という教科書(てほん)があったことから冒険者というモノを理解するのが速くなってしまったこと。

 3つ、訓練の師がベートさんになったこと。

 4つ、…………──────)

 

 この際こじつけでも良いからと思いつく限りのことを列挙してみようかと思考に集中力を回すナイン。しかしそちらへと意識の大半を回し続けてしまったがゆえに徐々に彼の歩くスピードが遅くなっていく。

 

 そこに加えてナインの歩いている場所(ルート)は第三者から見つかりにくいようにと暗い時間帯でも更に暗いような裏路地を進んでいた。

 

 そんな場所を何かを探すようにして走る人影が1つ。その速さから背中に『神の恩恵』(ファルナ)を刻まれた冒険者であることが分かる。それも『器の昇華』(ランクアップ)を一度は果たしたであろう上級冒険者だと。

 

「……きゃっ!?」

 

「ん……?」

 

 意識を余所に向けていた者と、前以外を見ていた者。お互い急ブレーキをかける間も無く角でぶつかってしまった。

 

「……あっ」

 

 急なことではあったが、ナインは『神の恩恵』(ファルナ)を頂く前から前衛剣士としての鍛錬を続けてきたこともあり、Lv.2でありながら実質的な実力は頭1つ……いや、2つか3つ分ぐらい飛びぬけていることもあって、角から飛び出してきた少女にぶつかられても少し揺れる程度に収まる。

 

 対して角から現れた少女は専らの後衛。固定砲台とも揶揄される存在であるがゆえに上昇しづらい『力』と『耐久』の数値は種族的な面もあるが、正直言って見られたものではない。

 

 走っていて、階梯(レベル)でも勝っているにも拘らず、山吹色の妖精(エルフ)は簡単に跳ね返されてしまった。

 

「よっと」

 

 しかしナインは元からそう動くように命令(プログラム)されていたかのように彼女の腕を掴み、肩に痛痒が(はし)るよりも早く、もう片方の手で腰を支え引き寄せることで地面に尻餅をつかせない。

 

「………………」

 

「~~~~~ッ」

 

 少女の体勢は、まるで社交ダンスのフォロワーを思わせるしなり。

 

 しかし本来見るべき方向を向かず、顔は胴体と同じ方向へ。つまりは彼女を支え、落ちないようにしているナインに視線を向けていた。

 

 ほんの数十セルチ程度の距離で交わされる両者の視線。

 

 だが数秒経って現状を整理し始めた両者の状態には差が出来始める。

 

 ナインは何かに気付いたような、ただひたすらに真剣な表情。

 

 対して山吹色の妖精(エルフ)は異性の、しかも最近良くも悪くも意識してしまっている同年代の少年から注がれ続ける熱い視線に耐えられなくなり、その尖った耳を朱に染めながら視線は右往左往。口から漏れる言葉も明確な意味を持つことなく、まるで動物の鳴き声のよう。

 

 更に数秒経過したのち、結局動いたのはナインの方からだった。

 

 唇が開き、事態の変化から始まった思考の整理がようやく追いつく。

 

「……そういや、──────―」

 

 

 ────

 ──

 

 

「きょ……今日こそはとっちめてやるんですから…………ッ」

 

 路地裏を走る彼女はなんか決意を固めているが、正直に言って叶いそうにない。

 

 彼女────レフィーヤ・ウィリディスがやろうとしているのは【ロキ・ファミリア】に所属している者としては当たり前の行為。言ってしまえば【ロキ・ファミリア】がこれまで多くの時間と労力を費やし、眷属(仲間たち)の血と屍の上に形成された経験(ざいさん)の秘匿。

 

 ダンジョンの地図情報であったり、出現するモンスターやその生態に発生頻度、ダンジョン内に生える有用な薬草などの植生などなど団内の身で共有されるべき情報は多岐に渡るが、今回のことは少々異なる。

 

 なんと言っても【ロキ・ファミリア】が誇る第一級冒険者、そして幹部である【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの『剣技』や『駆け引き』が対象なのだ。

 

(それをあろうことか、他派閥の……それもあの只人(ヒューマン)なんかにぃ……)

 

 そう、レフィーヤが思い浮かべていることは毎朝行われているナインの訓練に、彼女の憧憬対象であるアイズ・ヴァレンシュタインまでもが参加している光景。

 

 それはアイズがベルに『訓練をつけてあげちゃう』と意気込みを入れた翌日、その場にいたベートから逆にダメ出しを受けまくって敢え無く撃沈し、同じ時間帯に別の場所で行われていたナインの訓練に参加した日から連日見ることになっていた。

 

 というよりも毎日近くまで()ったは良いものの、アイズとの訓練に加えて彼女の胸に抱き寄せられるという光景を毎度の如く見せられ無事脳破壊された結果、意気消沈。燃え上がっていた怒りも土台が崩れれば意味もなく、結局毎回文句の1つも言えず、本拠地(ホーム)に帰還するという工程が繰り返されているからだったりする。

 

 だが先日、24階層で再度遭遇した『赤髪の調教師(テイマー)』からの「真相を知りたければ、59階層に来い」という挑発に乗る形で、【ロキ・ファミリア】全眷属へ団長のフィンから正式に遠征を開始することを告げられた。

 

 24階層で見た自分よりも強く気高い妖精(どうほう)や、規律の取れた【ヘルメス・ファミリア】でも苦戦するような環境。

 

 あの地獄とも言えるような戦場へ向かうことになる。いや、今度の戦場は更に下、59階層という【ロキ・ファミリア】でも未知の魔境が敵となるのだ。そこに24階層の食糧庫(パントリー)であまり役に立てなかった自分に心中穏やかではいられない。

 

 ────しかし、なにより腹が立つのはその場に居合わせた素性を隠していたナイン・レイル(あんちくしょう)のことである。

 

 【白髪鬼】(ヴェンデッタ)が『赤髪の調教師(テイマー)』の手で殺された後に始まった極彩色モンスターによる『怪物の宴』(モンスター・パーティー)。便乗してこちらを自爆に巻き込もうとしてくる闇派閥(イヴィルス)の死兵たち。更には上位種と思われる巨大花(ヴィスクム)すら十数体という形で暴れ回る。

 

 さして広いとは言えない食糧庫(パントリー)の一室で行われた狂宴(パーティー)に心が折れそうになった時、レフィーヤは背後から声を掛けられた。

 

『俺が囮になるから高域殲滅魔法をお願いします。貴女に指一本触れさせませんから』

 

 と、周囲の喧騒も助ける形でレフィーヤだけにしか聞こえない声量で、────頼まれてしまった。信じられてしまった。

 

『貴女なら出来る』

 

 それがどれだけ彼女の心を安定化させたかなど知る由もなく、黒ローブで全身を隠した少年は単身、怪物の波へと吶喊してしまう。

 

 レフィーヤが声を掛ける間も無く行われた暴挙とも取れる行動に対し、その場の誰も止めようとはしなかった。なぜなら『正体不明の誰か』を守っていられるほど、彼らにも余裕と言えるようなモノは無かったから。

 

 ()()()()。それがその場に残った者たちの最適解だった。誰もが『彼』の生還を諦め、目の前の事態に対処し始める。『良い方向に転べば幸運(ラッキー)』程度の期待感で。

 

 彼らの表情を見て、レフィーヤだけは『ふざけるなッ!!』と胸の内で怒りを燃え上がらせた。

 

 視線の先で絡み合うように蠢動する『魔力に反応するという特性』を持つ極彩色のモンスターたち。もはや(おぞ)ましいだけの物体と化したモンスターが、自分たちに一切興味を示さないことにすら怒りの炎を滾らせて。

 

 妖精(エルフ)という世界有数の魔法種族(マジックユーザー)でありながら、そのお株まで奪われた。

 

 主神から実力を買われてこの場に遣わされながら、その場に立った時に行なった仕事は数回の魔法行使のみ。

 

 敵の最大戦力を削ぎに行くべく飛び出した灰の狼から魔力量だけでも褒められ場を預けられたにも拘らず、無様を晒す案山子となっている。

 

 モンスターたちに囲まれた所為で、最早姿すら目視出来なくなった漆黒の少年から魔法を信頼されたのに。

 

 師から教わった言葉がその時のレフィーヤの脳内でリフレインする。

 

『前衛が後衛を守り、後衛は前衛を救う』

 

 これが冒険者としての在り方なのだと。

 

 彼が自分を守っているのなら、自分は彼を救わなければならない。

 

 レフィーヤの瞳に覚悟が宿り、その滾りを燃料として詠唱を紡げば必殺の手札と確信した【ヘルメス・ファミリア】の面々も動かざるを得ない。

 

 たった1人の少年がその状況を作ったことが許せない。自分は最大派閥の眷属(【ロキ・ファミリア】)なのに……自分は冒険者となって3年もの時間があったのに……自分の方がレベルだって高いのに、その場の士気を高めたのは他の誰でもない────冒険者となってたった2ヶ月程度の新人であったことが、本当に許せなかった。

 

 そんな思いを全て乗せた【魔法】を、それとなく戻って来ていたナインは『すげぇ威力……』なんてことを口にする。まるで100近い食人花の群れの中に単騎で吶喊して大した傷も負わずに帰還した自分のことなど棚に上げた発言をしやがったために、レフィーヤは一発ぐらいぶん殴ろうかと思った。

 

 自分のことをもっと大事にしろとか、言いたいことが色々と出来てしまったから。

 

 18階層の時の感謝もまだ言えてないのだ。このあと落ち着いたら【ヘルメス・ファミリア】から離れたところで……と思っていれば、今度はフィルヴィスと握手しようとして手を刺されるし……先程の実力から避けると思っていたのだろう、どくどくと滴る赤い雫に狼狽を見せるフィルヴィスを前に、痛がる様子も見せずに握手の続きをするなど。

 

 挙句の果てに何時の間にやら姿をくらませていやがった。

 

『絶対にぶん殴ってやる』

 

 命の尊さ辺りを語らねばならない気がして、このゲンコツ振り下ろしてやると心に決めていた……はずだったのだが。

 

「………………」

 

「~~~~~ッ」

 

 アイズが本拠地(ホーム)を抜け出すことが殆ど日課となって、そして遠征が決まったこともあり、いい加減整理をつけるべきだとして訓練中だろうと突入しようとしていた矢先、その当人と不意の遭遇を果たしてしまう。

 

 歩いていただけのナインへ、細道を駆けていたレフィーヤが衝突してしまった。だがしかし、なんか色々出来る前衛剣士と純後衛魔導士。レベル差が1つあろうと、ナインの【ステイタス】は少々おかしいので軽く弾き返されてしまう。

 

 衝撃に目を閉じてしまい、重力に引き寄せられるレフィーヤは尻餅をつくと直感したが、それは起こらなかった。

 

 腕を引っ張られるが肩に痛痒が走る前に腰に手を回されて優しく抱き留められたのだ。

 

 上半身だけが後ろに()っているが、それでもナインとの距離は50セルチも無い。

 

 先日から寝ても覚めても脳裏にちらつく、無駄に爽やかな笑顔で話す少年。と思えば、18階層では彼の槍を返却した際に見せた年相応のへにゃりとした表情が思い返される。当時の距離と近しいからだろうか。

 

 だが現在、ナインを初めて目にした『豊穣の女主人』でベートへ向けていた時のような真剣さが映っている。しかもそれをすぐ近く、眼前も眼前で見せられているのだ。

 

 無駄に顔が良いとはこのことで、悲劇よりも喜劇の方が良いだろうと鏡の前で笑顔の練習を続けてきたおかげか、通常時ですら微笑みがデフォなナインだが、今はどこまでも真剣さを見せる表情ですぐ近くに居る。

 

 貞潔を尊ぶ妖精(エルフ)であるレフィーヤだが、彼女は他の同族たちよりもその辺りの寛容性が高いウィーシェの森出身ということもあり、反射的に手が出るようなことも無い。

 

 結果的にこの状況でどう動けば最適解になるだろうかという無駄に完璧を求めてしまう彼女の悪い癖が全開になり、動けない時間が増えていく。

 

「……あぁ」

 

 そんな頭ピンク色なレフィーヤ(山吹色)をおいて、思考の海から帰ってきたナインが先に唇を動かした。

 

「……そういや、女の子だったな」

 

 反射的に『アルクス・パンチ』が放たれた。

 

 『ヒュゼレイド・キック』もかました。

 

(私のこと……女とすら認識してなかったんですかこの只人(ヒューマン)はぁッ!?)

 

 何気にこの頃から結構な()()()()()をしていた【千の妖精】(サウザンド)さん。

 

 先ほどとは別の理由で顔を赤くしポニーテールが逆立つほど威嚇するレフィーヤと、何故殴られたのか分からないナインという構図がその場に構成された。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 都合7度目の気絶。

 

 顎の骨が砕け、頭蓋が割れ、鎖骨や肋骨、大腿骨やらが折れたり砕けたりしている。

 

 ついでに言えば付随している内臓や神経、筋肉や血管などは勿論無事では済んでいない状態の重症患者に近い少年がいま────

 

「じっとぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

「じーーーーーーーーーー」

 

「……ふふっ」

 

「「イラッッ」」

 

 薄紅色の頭髪を持った治癒師(ヒーラー)()()()()胸に抱かれ、頭を撫でられていた。

 

 今まで多くの怪我人を診てきた彼女は他の2名と違い、間違って患部を触って状態を悪化させるようなヘマはしない。怪我をしている部分だけを避けて胴を腕で支え、反対の手で頭をゆっくりと撫でていく。

 

 そんな彼女を敵意すら滲んだ空色の瞳で睨む妖精(エルフ)は彼女が持つ回復魔法を用いて、この時間を1秒でも、一瞬でも早く終わらせられるようにと尽力していた。

 

 なお、【回復魔法】(そんなマネ)など出来ないアイズはムッスーとした表情で睨み付けるのが精々であったりする。

 

 そしてそんな彼女たちに勝ち誇った表情を見せる薄紅色の治癒師(ヒーラー)。この場において、いやこの世界でも飛び切りの【回復魔法】を持っている彼女に掛かれば現在のナインの状態も数秒あればなんとかなる。しかししない。彼女がその本領を発揮するのは自分のターン以外の時である。

 

 妖精(エルフ)がドギマギしている間に回復(ゼオ・グルヴェイグ)するし、只人(ヒューマン)が緊張しつつ引き寄せようとすればやっぱり回復(ゼオ・グルヴェイグ)する。

 

 彼女の魔法で瞬時に治療が済み、後は起こすだけという数十秒程度しか堪能できない両者(敗北者)

 

 であればと、彼女たちは逆転の発想へ至った。

 

 曰く、薄紅色の治癒師(ヒーラー)でも回復が遅れる程度の負傷を与えればいいのだ、と。

 

 悪魔のような発想である。いまどき悪魔でもしない。

 

 被害者が漆黒の少年でなければ今頃あの世行き。

 

 同時にこの状況を知っている者からすれば、「あいつよくまだ生きてるな……」と逆に感心される程度には酷い。

 

………………うわぁ

 

 そしてとうとう現状をしっかりと知ってしまった山吹色の妖精(エルフ)はこの場で引き起こされている惨劇に引いた。何が酷いって憧れの剣の姫が嬉々として新人冒険者であるはずの漆黒の少年を襤褸雑巾より酷い状態にしている光景を、少年が起きたら即座に訓練が再開されるために、今日だけで10を超える回数見せられることだろうか。

 

 幻滅まではしないが、それはそれとして可哀想という言葉が喉から出掛かった。

 

 相手が感謝こそすれ、いけ好かない只人(ヒューマン)であるにも拘らず。

 

「…………ぁ、ねぇレフィーヤ」

 

 そんな折り、憧憬の美少女から声が掛かる。

 

「リヴェリアの回復魔法……使える、よね?」

 

 悲報、少年の回復速度が上昇した。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 刺し穿ったアリ型のモンスター『キラーアント』が弱点である魔石を喪失したことで、形を保てなくなり灰へと還っていく。

 

「……ふぅ」

 

 肩で息をする少女。汗でべたつく栗色の頭髪が額にくっ付いてうっとおしいと思いつつ、周囲への警戒は怠らない。

 

 周囲に飛び散る血の跡と灰の山。最初期に形成された崩れ易いサラサラとした粒子は荒ぶるように振るわれた150セルチほどの槍が起こした風に煽られ、その下に隠れていた魔石やドロップアイテムなどを晒している。

 

 しかし彼女の視界に映るそれらは踏み荒らされたように傷ついたり砕かれたりしていることもあって、彼女の疲労度合いと比べても少々割に合わないのではないだろうかという稼ぎに落ち着くだろう。

 

 しかし栗色の頭髪を持った少女は本日の稼ぎよりも、今現在の己の不甲斐なさの方に歯噛みしていた。

 

「お疲れさん、リリスケ」

 

 そこへ声が掛かる。

 

「だからリリスケは……いえ、ありがとうございます。ヴェルフ様」

 

 リリルカが居る広間(ルーム)。そこへ繋がる通路の1つから背の高い赤髪の只人(ヒューマン)が姿を現す。

 

 彼の名前はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】に所属する鍛冶師の1人で、いわくつきの鍛冶師として同僚や他の冒険者たちから少し敬遠されていたりする人物だ。

 

 そんな彼がなぜここにいるかと言えば、数日前にナインが彼からパーティに入れて欲しいと懇願された結果、パーティメンバーであるベルやリリルカとの相性が良ければ、という条件の下にギルドの相談用ボックスにて顔合わせを行なうこととなった。

 

 リリルカとしては反対寄りの中立程度。信を置いたナインが連れて来たということもあり、最初から反対意見を押し通すつもりは皆無だったが、それはそれとして見定めなければという思いが強まる。

 

 なぜならヴェルフはベルを見るや否や不躾な眼差しをそれはもうまじまじと向けたからだ。

 

 リリルカにとってベル・クラネルという少女は既に自分よりも大事だと思えてしまっている相手の1人。救ってくれたことに加えて、彼女とは個人的な約束事を交わしているためそれを裏切るぐらいであれば己の喉を()き切ることも辞さない程に。

 

 ただそんなことをするとベルやナイン、ヘスティアを悲しませる結果となることはリリルカも理解しているので、最後の最後まで足搔(あが)く覚悟がある。ついでに言えばこの想いは誰にも話していない。重いし、恥ずかしいため。

 

 まぁ、【スキル】に出てしまっているのでヘスティアには即座にバレたし、胃痛共有のために召喚されたナインにもバレていたりする。だって模倣スキルが【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)だったもの。しかも発動しているもの。隠せないよこんなの。

 

 閑話休題(それはともかく)────

 

 ヴェルフが対面一番でベルをじろじろと見ていた理由はベルが着用していた軽鎧(ライトアーマー)が、彼の作品だったからと言われて多少の理解はした。それでも第一印象は少し下がったのだが。

 

 ただ、その後『器の昇格』(ランクアップ)を果たしたいという思いに対し、強くなりたいと願うベルが反応。リリルカも早急な『器の昇格』(ランクアップ)を叶えられるのであれば否はない、ということでパーティが結成された。

 

 それからはベルの【アビリティ】なども考慮に入れて基本的に10か11階層でのダンジョン探索がメインとなる。

 

 ヴェルフは彼が自作した大太刀を用いた純前衛として、そしてベルは生来の俊敏な足と最近習得した【クロスボルト】(魔法)という遠距離攻撃での中衛が可能。そんな彼らをアシストするのは後方にて全体を見渡すリリルカ。

 

 小人族(パルゥム)特有の鋭敏な視覚により乳白色の霧が掛かる10から12階層の大広間であっても、一早く敵の接近に気付くことが可能。そこへ『神の恩恵』(ファルナ)による身体機能の向上という副次効果を加えれば、聴覚でも似たようなことが出来るため後方からハンドボウによる威嚇射撃を行うなどして時間の猶予をベルたちに提供していた。

 

 その知覚能力の高さを一緒に探索した2回で「原作通りだな」と認知したナインは、指揮官としてパーティを活かしてくれるだろうと、先日「これ読んどけ」と戦術指南書の山を24階層へ行く前に渡す。1冊が辞書のような厚さを持ったソレをドンと机に置いたナインは、ソレはもう爽やかな笑顔であったとか。リリルカの顔から血の気が引いていたとか。

 

 因みにその本たちは以前ミアによって『豊穣の女主人』へ連行され、急遽働かされた際に報酬として頂いた物だ。以前の所有者は鬼畜系腹黒眼鏡妖精(エルフ)だったりするのだが、ミアからすれば都市を騒がす騒音を昼まで上げ続けていた幹部陣(バカたち)のことなど知ったことではないので割愛する。

 

 リリルカはその書物を頑張って1日で脳内に叩き込み、ダンジョンで実践するという方式を取っていたのだが、ここで少しばかりの提案をした。

 

 『自分にも経験値(エクセリア)稼ぎをさせて欲しい』、と。

 

 彼女の現在の【ステイタス】はサポーターであったためにそこまで高くない。彼女も彼女で『器の昇格』(ランクアップ)したいという思いを抱える(いち)冒険者。いずれ相対することとなるだろう『偉業』に相応しい強敵が現れた時、今のような貧弱な【ステイタス】では太刀打ちの仕様が無い。ゆえに少しでも経験値(エクセリア)を稼ぐべく、彼女はヴェルフから彼の打った武器を貰っていた。

 

「すいません。サポーターの真似事をさせてしまい」

 

「構いやしねぇよ、こっちは今日も今日とて11階層で稼がせてもらったんだからな。こんぐらいはしとかねぇとバチが当たるってやつだぜ」

 

「そうですか……では、ありがとうございます」

 

「おうよっ」

 

 リリルカの言う通りヴェルフは現在大きめのリュックサックの中へ魔石やドロップアイテムなどを収納していく。本来であればサポーターであるリリルカの仕事なのだが、その彼女は戦闘をしていた。

 

 流石に11階層で得られた魔石などで重くなったリュックサックを背負っての行動は無理がある。動けないことはない。【縁下力持】(スキル)のおかげで歩いたり走ったりは可能なのだが、それは別に重量が軽くなった訳では無く、【スキル】によって自動的に『力』のアビリティに補正が掛かっているだけ。機動力が著しく落ちた状態で戦闘出来るほど、今のリリルカに余裕など無いのだ。

 

「そんで、槍の方はどうだ?」

 

「正直に申しますと、少し物足りなさがありますね……。重量もリリの《スキル》が反応しない程度ですし……なにより最初に触ったのがナイン様の槍だったこともあり……」

 

「あれと比べんじゃねぇよ……って言いてぇけど、事実あの槍はヤベェ。一度じっくり見せて貰ったことがあるんだが……(つか)の方は経年劣化もあって多少見すぼらしいところがある。そっちの方はまだ良いんだ。比較的……。

 だが、なんと言ってもあの穂。アレはマジでヤバイ。使用された素材から製法までなんも分からんかった……。アレと同じ武器を作れって言われても、まず俺には無理だな」

 

「それ程の武器だったのですか……」

 

「ああ……。

 だが、ナインが求めてる武器ってのはその次元のモンなんだろうよ。アイツ、俺の作った剣を全力で振るったら壊れちったとか言いやがるからな」*1

 

「えぇ……」

 

 知らない一面を知ったはずなのに喜べない状況にリリルカは肩の力が抜けてしまった。

 

「……? そう言えばベル様は?」

 

「あぁ、アイツならこっちの通路に来た奴を遠くで倒しちまったらしくてな。その魔石だのを回収しにいってる……ハズなんだが、遅いな?」

 

「何かしらに巻き込まれてる可能性もあります……行きま「────おーい2人とも見て見て! コレっ!!」」

 

 機を窺っていたかのような間の良さに心配し掛けていた両名は溜め息を吐く。しかし、彼女が持ち帰ってきたブルーパピリオの羽を見て驚くこととなった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 そんな3名を見てどこか微笑ましい感情を覚えた濡れ羽色の長髪を持った妖精(エルフ)がダンジョンの下層へと駆けていく。近寄ってくる雑多なモンスター達を蹴散らしながら。

 

 色の変化した壁。出現する量の増えたモンスターたち。大広間(フロア)全体に掛かる乳白色の霧。

 

 計12の階層を突破した彼女が足を踏み入れたのはダンジョンの中層、その入り口である13階層だった。

 

 基本的に四方八方を露出した岩石で囲まれたこの空間は光量が乏しく少々暗い。しかし彼女に齎された力の副次効果によって視力は著しく強化されているため、この環境下に於いても活動自体に支障は無く、そして戦闘に於いても問題はなかった。

 

 1つ問題があるとすれば、彼女はここにモンスターを狩りにきた訳では無い。

 

 個人的な目的のためにも広々としたダンジョンの中を悠然と駆けていく。時折りモンスターと遭遇するが、それが彼女の敵となるはずもなく腕の一振り、歌の1つで灰へと還された。

 

 そのまま数分、彼女は神経を張り巡らせつつ13階層と14階層を探していれば、目的の人物()()を見つける。

 

「逃げてるだけだと意味ないだろう! 早く唄え!!」

 

「ムリ無理むり無理ですぅ!! というよりもさっきより投げナイフの精度上がって来てませんかッ?!」

 

「俺も俺で訓練してるからなぁ……『敏捷』上げに来たんじゃないならさっさと歌わないと、俺ばっかり強くなるけど、それで良いのか?」

 

「……ぐぅ! やればっ! やれば良いんですよねッ!!」

 

 片手に長槍を持ち、もう片手には数本のナイフを指に挟んでレフィーヤを追い掛け続けるナインがそこに居た。

 

魔力爆発(イグニス・ファトゥス)は……していないようだな。まぁ追加の精神力回復薬(マジック・ポーション)も持って来たし、それならそれで回復魔法を唱えれば良いだけだが。

 ……いや、普通に可哀想な気がするんだが)

 

 少々スパルタなように思うフィルヴィス・シャリア。それでもナインの振るっている槍の穂には布が巻き付けられており致命的な負傷を負わないように配慮がされていることもあって、「まぁ良いか」と流すのであった。

 

 近くに丁度良い高さの岩を見付け、そこに腰を下ろしたフィルヴィスは風切り音を上げながら振るわれる槍を躱しつつ、詠唱を口遊むレフィーヤを見て頬を緩ませる。

 

 まだまだ未熟、発展途上。しかし成長のために歯を食い縛って攻撃を避け、時には防御して乱れる魔力を制御下に置き続け、言の葉を紡ぐ。

 

「【────アルクス・レイ!!】」

 

 槍の一刺しを上体を逸らして何とか躱したレフィーヤは右手に握った杖を視界の端の端に捉え続けたナインへ向け、完成した【魔法】を撃ち放った。

 

「「…………あっ」」

 

 なお肺と胃の間を直通した。

 

 

 ────

 ──

 

 

(……うーん、ベルの【ステイタス】に制限が掛かってるのはミノタウロスへのトラウマだろうし……女の子なんだし仕方ないとはいえ、このままじゃまずいよなぁ)

 

 胴に穴をあけ、血の池を作っている最中のナインは視界に入って来る2人の妖精(エルフ)が急いで治療してくれているのを眺めつつ後輩のことを考えていた。

 

 普通にクズである。

 

(いっそのこと俺が15階層まで行ってミノタウロス連れてくるか? …………ダメだな。単独(ソロ)で18階層まで行けるほど俺の実力は安定してない。都合よく15階層まで行けてもミノタウロスを殺さずに上層まで運ぶことは無理だ。

 誰かに協力してもらうのも……こっちもまぁ、無理だな。実力以前にギルドの規定を普通に違反してるし、それを無視できるほどの派閥規模も無い)

 

 原作とは違いナインのいる世界のベル・クラネルは少女。性差というモノは必ず存在していることから、天真爛漫純白冒険者という点は同じでも、環境が少し違えば変化してしまうのが人間だ。原作と既に乖離してしまった状況ではそれに応じた行動を取らなければならないのは自明の理だった。

 

(フレイヤ神からベルへの干渉が殆ど無い。というよりもオッタル(しか)り、ヘイズさん(しか)り、ヘディンさん(しか)り俺に対しての干渉が殆どだ。しかも他者に知られてもお構いなしなほど……。原作でベルが与えられてたアレコレが俺に向いてる説は充分あるな。

 怪物祭(モンスター・フィリア)でのシルバーバックも、ベルを俺と離れさせるためのようにも感じたし……何か試練だのを用意するとしたら俺用の奴を連れてきそうだな。……ゴライアスとかじゃ、ないよな?)

 

 某美神からの干渉に怯えつつ、今日もナインは元気にオラリオで生活している。

 

 今日はちょっと体に穴が開いただけ。

 

 山吹色と濡れ羽色の妖精(エルフ)と仲良くなれたのでプラマイプラスと言ったところだろうか。

 

 そんな折り、広間(ルーム)全体にひび割れの音が木霊する。

 

「……!? れ、レフィーヤ! ヘルハウンドの怪物の宴(モンスター・パーティー)だ!」

 

「な、なんでこんな時にぃっ?!」

 

「良いから走れ! 私が殿を務める! 何とかしてそのバカをさっさと回復させるんだ!」

 

「わ、私まだ並行詠唱を完璧にマスターした訳じゃ……」

 

「言ってる間に死ぬぞっ!!」

 

「……あぁッ、もうっ! 貴方の所為ですからねッ! ナイン・レイルゥゥゥゥゥッ!!」

 

 妖精と書いてエルフと読む彼女らも元気だった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 オラリオの管理機関である『ギルド』に勤める半妖精(ハーフエルフ)の女性────エイナがデスクに広げられた報告書を纏め、ふぅと一息つく。彼女の周りでは同僚たちが帰り支度を進めていた。

 

 天井付近の壁に掛けられた時計の針は午後の8時を指している。窓口を隔てたギルドのロビーと隣接する事務室の中では、残業組の職員だけを残し、空白が広がっていく。

 

 今日分の仕事を終えたエイナは明日の分を少し進めておこうと考え、机の中から資料を取り出したあと喉が乾いたなと思い、席を立った。そこへ同僚である受付嬢の友人から声を掛けられる。

 

「ふぇ~ん、エイナぁ……帰らないでぇ、というか手伝ってぇ! こんな量明日になっても終わりっこないよぉっ!!」

 

「自業自得って言葉知ってる? 今日まで何もしてこなかったミィシャが悪い」

 

 嘆息と共に只人(ヒューマン)の友人の泣き言をシャットアウト。

 

 ミィシャと呼ばれた童顔の女性職員のデスクには書類という書類が山積みされていた。それらは各派閥の神たちが挙って提出しに来た資料が、静かに蓄積されていった結果だ。つまりは本人の職務怠慢。

 

 原因が原因なだけに、エイナも手を貸してやるつもりは毛頭ない。いい加減反省して前もって終わらせておくということを知った方が良いのだ。

 

「なんで今期はこんなに『器の昇格』(ランクアップ)した人がいるのぉ!? 神会を目前にこんなラッシュ聞いてない! 酷い! 誰かの陰謀だぁー!?」

 

「こぉら、冒険者の血と汗の結晶に向かってそんなこと言わない。来たら処理する。それだけで済んだことを怠けていたからこうなったんでしょ?」

 

「ハイ、反省してますッ! 反省してるからぁ……エイナさーん助けてぇ!」

 

「いやでーす」

 

 かるーく友人からの救援要請を跳ね飛ばしたエイナは、それでも生来の優しさから2人分のマグカップにコーヒーを注ぎ、片方をミィシャのデスクに置いた。

 

 彼女は泣いた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 長時間の作業による疲労から、エイナはふと最近作成した書類へと目を落とす。

 

 それはとある派閥に対する監査結果を纏めたモノ。彼女が担当している冒険者の片割れであるベル・クラネルという少女が少し前に組んだサポーター、リリルカ・アーデが所属する【ソーマ・ファミリア】に関するモノだった。

 

 元々エイナ自身、リリルカに対して、というよりも彼女が所属する【ソーマ・ファミリア】に対して以前より不信感を持っていたのだが、彼女の中にある正義感だけで(こと)を起こすなど、中立を謳う管理機関(ギルド)の職員としては越権行為に過ぎる。

 

 そもそも、エイナは正義の女神を気取るつもりも無ければ法の番人になるつもりもない。オラリオに於ける『ファミリア』というのは言ってしまえば一つの国に近い。それぞれの派閥内に特定の規定(ルール)が存在しており、それを破ることを固く禁じている。

 

 都市の巡回を買って出てくるファミリアもあれば、畜産に力を入れるファミリアもある。ギルドから推奨されているダンジョンへの探索に注力してくれる『ファミリア』が大半なだけで、基本的には自由な活動を心掛けているのだ。

 

 管理機関(ギルド)が口出しできるのはその外にまで影響が及んだときのみ。つまり市民に被害が出たりしたのであれば追及したりするが、『ファミリア』の運営方針をこうしろああしろと言えるほどの力はない。

 

 それがギルドの方針であるから。エイナは己がそこに属しているという事実をしっかりと受け止め、決してその領域外へ侵犯することが無いように注意していた。

 

(特定の『ファミリア』に肩入れしちゃってる時点で、言い逃れ出来ない気もするなぁ……)

 

 それでもエイナは【ソーマ・ファミリア】の内部情報を調べ、上司に密告しようかと考え、準備していた程度にはとある少女に肩入れしていたのだ。というより、ベルたちだった。

 

 ベルがリリルカ・アーデというサポーターを雇い、彼女が【ソーマ・ファミリア】の眷属であると知った翌日から行動に移してしまうぐらいには。というよりも発端は彼女がリリルカと組んだその日の内にヘスティアから送られた《小剣(ヴェスタ)》を失くしたと言ったからだったりするのだが。

 

 間違いなくリリルカがやったのだろうと判断し、行動したのだ。彼女の行動は職員としては間違っていたが、人として糾弾することはできない。その善意を否定することは誰にも。

 

(……表向きは【勇者】(ブレイバー)が主体だった。けど……)

 

 しかし彼女はそんなギルドの職員として失格な行動を取らずに終わる。エイナが事を起こす前に事態は急変し、ギルドだけでなく都市の憲兵として名高い【ガネーシャ・ファミリア】も監査に協力する形で。

 

 ダンジョン内、それも上層という冒険者の総人口が一番多い場所で悪意的な『怪物進呈』(パス・パレード)を連続で引き起こしたとして、犯人である冒険者が所属している【ソーマ・ファミリア】の主神がいるとされる本拠地(ホーム)を【ガネーシャ・ファミリア】の眷属たちが包囲。

 

 そのまま暴れる【ソーマ・ファミリア】の団員たちを拘束し、建物の内部を徹底的に捜査した結果、最悪なことに闇派閥(イヴィルス)との繋がりが発覚。即座にただの監査から徹底的な調査へと切り替わり、とにかく怪しい人物は拘束し、連行と相成った。

 

 その際、主神がいるとされる神室では、神ソーマが今しがた改宗(コンバージョン)可能状態にしたリリルカや協力してくれたフィン、そしてなぜかそこに居たナインに一番うまく作れたと豪語する神酒を振る舞っている光景があったとか。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団長──シャクティ・ヴァルマは頭を抱えた。

 

 その場に贅肉を揺らしながらやって来ては、唾を飛ばして文句を垂れ流していたロイマン────改めギルドの豚はソーマからの「黙れ」という神威も込めた一喝で退散させられた。

 

 気分よく飲んでいたところを邪魔されたくはないからね。

 

 エイナなどの監査に参加した職員にはその光景を見た者がそこそこ居たりする。

 

 その日の内に【ソーマ・ファミリア】関連の事柄は終わった。悪事に手を染めていた者はそれ相応の処罰を決めるべく拘束。闇派閥(イヴィルス)との関与が確定した者たちは神ソーマより恩恵を封じられ、改宗(コンバージョン)も出来なくなった。

 

 眷属数の減少した【ソーマ・ファミリア】は神ソーマ本神(ほんにん)より、「がんばってクリーンなファミリア運営をします」と宣言されたことで、一応の監視は付けた上での活動を再開。新たな団長となったチャンドラと日々どうするか頭を悩ませている。これまでの怠慢というツケを現在支払っている最中なのだ。

 

 これらのことで、彼女がギルドの職員としての矜持を曲げる必要性はなくなったのだった。

 

(私のことを案じてくれた結果……なんてのは飛躍し過ぎかな)

 

 エイナは自分が行動に移し掛けていたところで、ことが終了したことから、その場にいたもう1人の自分の担当冒険者であるナインのことを想起してしまう。

 

 タイミングが良すぎたのだ。調査をし、彼女が【ソーマ・ファミリア】について有力派閥に聞き込みにいこうとしていた直前で、事が起こった。そして、その中心に居たのは件のリリルカ・アーデという少女と、ギルドを巻き込むように情報を流した【勇者】(ブレイバー)フィン・ディムナ。そして彼らと共に神ソーマに酒を振る舞われていたナイン・レイル。

 

 色々と事態が重なった結果、その場に居ただけのナインにまで手が回らない。ゆえに見逃される形となったのだが、その場に居ながら無関係はないだろう。エイナの勘はそう言っていた。

 

(肝心な時だけ頼りになるんだから……)

 

 上層にミノタウロスが現れた日、襲われていたベルを間一髪救出したり。

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)の見世物である小竜(インファント・ドラゴン)が脱出し、同行していた街娘を逃がしている時間は無いと理解して単身戦闘を挑み勝利を掴んだり。

 

 そして今回のように一定のラインを踏み越えそうになった時に越えなくていいようにして来たり、環境に苦しめられていた少女をそこから救い上げたりと。

 

 エイナが知っているだけでもこれだけある。きっとまだまだあるのだろうなと、関連性のありそうな書類へと目を通す。

 

(……下級冒険者の上層での死亡率……前期よりも2割弱にまで減ってる。こんぐらいの数字が無かった訳じゃないけど……先々月から死亡率が下がってるのは明らか)

 

 そこには公にならない冒険者の死亡者たちが載っていた。纏められた彼らは全員が下級冒険者。それ以外にも死亡者は居るのだが、そちらは中層以降のモノ。今回の件とはまた別だ。

 

(帰還した人たちが言うには黒髪で槍使いの只人(ヒューマン)が助けてくれた……って言ってたけど、黒髪の只人(ヒューマン)で槍を使うとなるともう限られるんだよねぇ……)

 

 オラリオという大都市でも黒髪で只人(ヒューマン)と言えば極東人。そう言われるぐらいには黒髪は少なかったりする。黒目となればもうそれは居ないに等しい。

 

 なお、ナインの瞳は黄金色なので極東人では無いのだが、やはり第一印象を与えるのは髪の色だったりする。あとは肌の色。

 

 危機的状況に陥っていた冒険者たちが、助けてくれた槍使いの只人(ヒューマン)へ素性を聞いたりなどは出来ていない。それを聞けるような精神的余裕が生まれるより早く、ナインはその場から離脱する為だ。

 

 彼は助けるという目的のために移動していたのではなく、リュックサックに溜まった魔石やドロップアイテムなどを換金するべく地上とダンジョンの中を往復しているだけであり、その道中で耳に微かな悲鳴が聞こえたから急行しているに過ぎない。

 

 その為、速攻で片付けるべくモンスターから直接引き抜いた魔石や、灰の中から出て来た回収が間に合いそうな距離にあるドロップアイテムを空中で拾い、助けた駄賃として勝手に貰っていったりもしている。

 

(その大分行き過ぎた親切心を後輩(ベルちゃん)にもう少し多めに注いでくれたら言うこと無しなんだけどなぁ)

 

 両手の上に顎を乗せたエイナは、後輩が出来ても単独行動大好きなナインの経歴に────冒険者になってからのアレコレに思いを馳せながら、同時に思い至ってしまう。

 

 そんな他者の危機的状況に首を突っ込めるほどに強いのは生来のモノか、それとも努力によって得たモノか。

 

 いつも笑顔を浮かべている彼の過去。一度だけかるーく聞いたことがあるのだが、回顧バイアスが掛かっているのか、苦痛で満ち満ちているような体験談を満面の笑みを浮かべ幸せそうに語るものだから、信じて良いのか分からないのだ。

 

「……おーい、チュール」

 

「あ、はい?」

 

 むむむ、と難しい顔で答えの出ない思考にはまっていたエイナだが、駆けられた声に顔を上げる。窓口から近いデスクに座っていた男性職員がロビーの方を指差していた。

 

 エイナの視線の先では、ナインが大きなリュックサックを背後に置いて受付窓口で立っている。

 

「……すいません、ありがとうございます」

 

 エイナは頭を下げて席を立つ。

 

 少し駆け足でフロントの方へと向かえば、視線に気づいたのかナインの顔がエイナの方へと向き、笑顔を返してくれるのだ。やっぱり憎めない子だなぁと思いながら、エイナはナインの対応を始めた。

 

 

 ────

 ──

 

 

「上層にミノタウロスを連れてきても怒られなかったりします?」

 

 防音仕様の相談用ボックスで飛び出て来たその言葉に、エイナは────

 

「正座」

 

「……えっ」

 

正座(せ い ざ)ッ!!」

 

「あっはい」

 

 やっぱりダメな子かもしれない。

 

 よくよく見れば戦闘衣(バトルクロス)にデカい穴まで()いてあるし、焦げ目まで付いてるし……。

 

 先に帰したベルとリリルカが心配する程度の長時間エイナからの説教を受け、ナインは「今日も楽しく話せたな!」と意気揚々に帰宅した。

 

 

 

 

 


 

 ──────次回、『猛牛(試練)

 

*1
魔法とスキルを同時併用しつつ全力で振るって20本ぐらい壊してる。ナインの槍はその辺問題無く耐えてる。




ナイン:朝稽古でよく死に掛けてる
リュー:朝稽古でよくスキルで火力上げすぎて骨を砕いてる
アイズ:朝稽古でよく筋肉や神経を断裂させてる
ヘイズ:(プチフォールクヴァングですね、もはや)自分の順番の時だけ回復魔法を弱めてる
レフィ:ナニコレ

あかんこれ

 ナインの持ってる槍
・とある女神から修行の最終日に送られた2メドルぐらいの長槍
・白い両鎬状の穂先が特徴的で、柄は何らかの木製
・とある女神の眷属が倒した一番強いモンスターの尾骨とか使われてる
・例の女神を知ってる者の近くにあると神経にツララを入れられた感覚になるとかならないとか
・本来なら剣でも送ろうかと考えていたが、やむを得ない事情により槍にした。
・ナインに槍の才能がこれっぽちも無いことは初見で見破っている


 26/04/21
・次話を書いているとなんか纏まりが無い気がして、こちらに追加することにしました。重要度は低いため、あまり気にしなくても構いません。
・某青タヌキのような温かい目で読んでいただければ幸いです。
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