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早朝、オラリオのとある地区に建てられた一軒家のドアが開かれる。
締められていた鍵は正しい手順により開錠され、ドアを開いたのは────
「……あれ、ナイン君? ベル君たちと一緒にダンジョンに行ったんじゃなかったっけ?」
どこか疲れた様子をみせるナインだった。
「あぁ……、一応ただいま」
「うん、おかえり。それでどうしたんだい?」
「バベルで椿さんに捕まってな……テナントまで拉致された挙句、コレを無理矢理渡されたんだ。どうせならと思って一度着替えのために帰って来ただけだよ」
「えっと……?」
ナインが小脇に抱えた木製の箱。ヘスティアがコテンと首を傾けるが、ナインの口から出て来た名前に聞き覚えのあった彼女は、瞠目と共に固まってしまう。
椿・コルブランド。【ヘファイストス・ファミリア】の団長であり、現代に於いて神を除けば鍛冶の腕は地上でも最たるモノ。
加えて言えば、彼女は純粋な鍛冶師であるにも拘らず斬った張ったの戦闘も難なくこなすような実力者でもある。彼女の
そんな彼女から一体何を受け取ったんだ!? と驚愕必至なヘスティアと共にナインが居間で開封する。
「…………
「みたいだな……」
「い、依頼を出していたのかい? だ、代金は大丈夫だったんだよね!?」
「言っただろ、無理矢理渡されたんだ……。俺は基本的にヴェルフにしか頼んでねぇって。例外はこの槍と剣だけだ」
「そ、そっか……、良かったぁ」
【ヘファイストス・ファミリア】の団長である椿に直接の依頼を出すとなれば、それはもうとんでもない金額が余裕で吹き飛ぶ。最近のバイトでそれを知ったヘスティアが一瞬蒼い顔となったが、ナインの言葉を聞き、嘘が無いと知るや否やホッと安堵の息を吐いた。
そこに加えて、神友に直接頼み込んでまで製作して貰った一振りが、かつてナインが師と仰いだとある女神から渡されたらしき槍と同等レベルの扱いを受けていることに、主神としても……そしてまた別の関係としても嬉しく感じる。
「取り敢えず着てみるかな。あの人、1週間は最低でも地上に戻ってこないらしいし、文句を言う為だけに深層になんて潜れないし……」
「そ、そうだね。あと、本当に深層まで勝手に行くのはやめてね? こっちの心臓が持たないから……」
「しないしない」
(しそうだから注意してるんだけどなぁ)
と、他愛のない会話をしていたヘスティアとナイン。
ナインから、ベルたちはヴェルフと合流してもうダンジョンに行ってるということを聞き、安全性を保つなら4人で潜るべきなんだけどね……と内心で呟く。
その思いを表に出さないのは、ここ数日で目に見えるレベルでリリルカの【アビリティ】が上昇していったから。ベルの方は既に幾つかの項目が
しかし数日前よりリリルカも加わった夕食時の団欒に於いて、3人から聞く様子から多少は察することが出来る。
なんでもヴェルフという鍛冶師の要望通りに11階層である程度の
ダンジョンの上層である7階層から出現するようになるアリ型のモンスター、キラーアント。瀕死時になると特異な鳴き声を上げたり、フェロモンを出すことで仲間を呼び寄せる所為で、6階層より現れるウォーシャドウと並んで『新米殺し』と呼ばれている。
リリルカはナインたち3人が見守る中、
先日まで純粋なサポーターであった彼女は戦闘に関する技能を一切修得していない。挙句、ナインからしてもリリルカの才能はお世辞にも『ある』と言えるほどのモノではなかった。
が、彼女は必死に
【ステイタス】の更新をする際に、上り幅が異常であった為に実情を聞き出し、死んで欲しくないという思いを伝えた後、彼女から「絶対に生きて帰ります」という言質を取る程度には必死に胸の内を伝え続けた。
(問題は……ナイン君が一番無茶苦茶であることかなぁ…………)
ベルの持つ
(ナイン君はしっかりと下積みをしてから冒険者になった……。だけど、ベル君はオラリオに来るまでは普通の女の子だったし、リリルカ君も冒険者登録をしていただけで戦闘自体はからっきし……
人類という媒体が同じであろうと、積んでいるエンジン自体が違う車が同じ速度を出せば、そしてその出力のまま長時間の前進を続けていれば、どちらが先に
────答えは分かり切っている。
だけど、と一拍。
(……本当に危険なラインの見極めはそこを長年見続けたナイン君が分かってるはずだし、なんとかなる……かな?)
不安を吹き飛ばすべく、なんとか安心材料を並べていくヘスティア。
それでも固形物のように飲み込みがたい不安感が取り除かれない。
ムムム……と悩んだ末に出した答えは────
「ナイン君、【ステイタス】の更新をしておかないかい?」
1つでも多くの命綱を用意すること。そして、それぞれの強度を上げることだった。
────
──
昨日は忙しく、【ステイタス】の更新を行えなかったからとヘスティア神は言う。
確かにと頷き、着ようとしていた
(……いや、焦りというよりも…………不安、か?)
椅子に座り、背中に温かいような、そして冷たいような雫が落ちる。【ステイタス】の更新が始まった合図だ。
「……なぁ、ナイン君。最近どんな感じだい?」
「随分と漠然とした質問だな。問いを返すようで悪いが、どうかしたのか?」
「キミねぇ……、『どうかしたのか』はボクの方が言いたいんだよ?
リリルカ君を
「あはは……」
リリが
ヘスティア神の言葉通り、俺はリリの
他にもリリからの強い要望に応える形で一度槍術の型からモンスターとの戦闘までを一通り見せた後は、実践を繰り返させている。
リリに関しては共に探索する仲間であるベルやヴェルフよりもキツイ内容を繰り返しているだろう。
11階層では全体の把握による指示出しとサポーターとして戦闘職の者たちが戦い易くなるように群れで襲ってくるモンスターの誘導を。
7階層まで戻れば、次はリリの
前半はとても脳を使うし、後半も脳死で行えるようなことではない。リリ自らが戦うことで、指示役の時には無かった仲間の命を預かる重みを感じずに済んでいるが、これからもっと下の階層へ足を延ばした時、援護として待機しているベルやヴェルフは別の場所で戦っている場合が増えていく。
俺たちが階層を降れば降るほど、彼女の両肩に乗る重みは増えていくのだ。
(それを理解している感じだし、大きな問題にはならないんだろうけど)
リリルカ・アーデという少女は生来とても優しい少女だ。それは騙して物を盗んでいくという行為に、実行場所がダンジョンの中であれば、そこから地上まで生き残れるだけの装備や道具を残していく無駄に思える行いをしている点から容易に察せられる。
ダンジョン内で事を起こすのであれば、以前ゲド達がやったようにモンスターに襲わせて食わせることで、肉の1つや骨の1つも残らないようにしたほうが確実で安全だ。発覚しなければ被害者やその関係者に恨まれることが無くなるから。
でもリリはそうしなかった。彼女が持っている《魔法》が偽装行為にとても有効な手段になるとはいえ、バレる時はバレるし、その場で捕まる可能性も無くはない。
(……まぁ、原作を知ってるからそれよりもっと前にバレて酷い目に遭うことが確定してるんだけどな~……。
救えてよかったと考えるべきか……、う~ん)
救えてよかったと考えているが、同時に変な《スキル》が発現したことだけが気掛かりだ。
ホントになんなんだ、アレ……。
・誓いを破ってはならない
・誓いを立てた相手へ
・誓いを立てた相手の《スキル》を1つ模倣
:設定中『
色々ワルイこと*1が出来そうな《スキル》だ。原作と一緒の流れを辿った場合、
うわすごい。ファンになります。
なによりヤバいのが、リリの【ステイタス】を極限まで上げて
今はLv.1だから効果を発揮していないが、今後彼女が偉業に立ち向かう
…………
……
「はい、終わったよ」
そんな下らない皮算用を続けていれば、背中越しに「むむむ……」と唸っていたヘスティアから【ステイタス】の記述された用紙を受け取った────
────パリンッ
と同時、テーブルに置かれていたカップが割れた。
「………………………………は?」
ヘスティアは元より、ナインもまたピタリと動きを止め、テーブルの上に鎮座していたはずの陶器へ、普段よりも開かれた双眸を向ける。
そこには中央から割れたであろうマグカップが転がっている。中身が零れ、テーブルへ水溜りを作り始めていた。
瞬間、ナインの胸中を埋め尽くす最悪な予感。
脳内を駆け巡るは、この時期に発生する事象。
しかし……、とも断じてしまった。なぜなら自分たちの訓練にあるはずの介入が無かったから。
(……いや、あったのか? だがアイズとの訓練後に襲撃を掛けてきたのは幹部級が5人と……────。
違うッ……! 既に俺の方にヘイズさんが居た。……なら試練を与えられるのは俺の方で……、ベルへの関心は……………………──────)
脳内で意味を成さない不要な情報が錯綜する。いますべきでは無いという判断がその纏まりの無い情報の濁流に吞まれて主張されずに沈んでいった。
「────ナイン君ッ!」
その思考を一度中断させたのは他でもないヘスティアだった。
「
視線を交差させ、ヘスティアの蒼穹のような瞳に見つめられたことで、ナインの中にあった無駄な思考は一旦リセットされる。
「スマン。掃除のほう頼んだ」
ナインはそう言うと即座にインナーを着込み、その上に
大半の色は橙色。以前
全体的にキツくなく、しっくりくる感覚。以前抱き締められた際に測定を終わらせていたのだろうか。今は関係ないと切り捨てる。
袖を通し、薄手のグローブを持って玄関へ。
鉄板入りのブーツを履いて外へと出た。
「ナイン君、これッ……!」
それと同時に背後より投げられたものを一瞬だけ首を振って視認、そして掴む。
以前酒場でやらかした【ロキ・ファミリア】より貰った
割れたらどうすんだという怒りなどなく、ナインは口より感謝の言葉だけを発した。
「ありがとう! 愛してるっ!!」
「………………ふぇっ!?」
急いでる余り自分が発した内容にさえ頓着せず、中身さえ合ってれば良いやの感覚で言葉が選択されたのだが、本人の記憶には残らないだろう。
「
腿に巻き付けられたベルトのホルスターに
と同時、声に応じた剣が宙に浮き、頬を紅潮させたヘスティアの脇を通ってナインの下まで己自身を届けた。
「……流石だな」
そしてそれだけで終わらない。手元にやって来た愛剣は共に立て掛けてあった槍を刀身に乗せていたのだから。
一応褒めておく。
剣を腰に帯び、槍を背に。
メインストリートへ出たナインは中央に捉えたバベルへ向けて一直線に駆けていった。
────
──
ナインから飛んできた突然の言葉に顔を真っ赤に染めていたヘスティアだが、外からの風が嫌に寒く感じ、すぐに落ち着くこととなる。
ドアを閉める前に、もう一度だけ外を見てから既にバベルへ向かったナインへ祈るようにヘスティアは呟いた。
「頼んだよ……ナイン君…………」
その手に持った用紙をくしゃり、と握りながら。
《所属》
【ヘスティア・ファミリア】
《名前》
ナイン・レイル
『Lv.2』
《基本アビリティ》
力 : SSS 1502
耐久: SSS 2890
器用: SSS 2274
敏捷: SSS 1358
魔力: SSS 3092
《発展アビリティ》
光導: I → H
《魔法》
【クリステス】
・
・光属性
・詠唱式
・
・
・
:詠唱式 【宿れ、
・
:詠唱式 【この身は善、悪を敷く者】【この身は悪、善を説く者】【たとえ
【】
【】
ちり、と首筋が疼く。
「…………?」
「ベル様?」
「ん? どうかしたのか?」
ベルが首筋を触りながら周囲を見るために立ち止まったことで、それに気付いたリリやヴェルフもまた、立ち止まる。
現在ダンジョンの9階層。いつも通りヴェルフの
「何か気になることでも?」
「……いや、なんて言うんだろ…………」
違和感を感じる。不安もだ。しかし漠然としている所為で言語化できない。ゆえに、ベルはどこか誤魔化しているような言葉しか出せなかった。
そんな煮え切らない態度にヴェルフが数十分前に感じた不満を解消するかのような発言をする。
「あれだろ。ナインを椿に取られちまったから拗ねてんだろ」
バベルがある
3人が愕然としている内に、「すぐに返すから安心せい! それとヴェル吉はさっさとアレを完成させんと本気で手前がとるゾッ!!」と、上階へ昇っていってしまう。閉じ掛けのエレベーターだったが、流石
とある事情により、彼女のこれからの予定を知っていることもあって、本当にすぐ帰ってくるだろう、というより
何とか正気に戻ったリリルカはすぐ近くに立って歯噛みしていたヴェルフへ問い質すこととなった。
なにより椿・コルブランドが美人だったからという理由もあるが。
彼女は本来短足短腕ばかりの
ヴェルフからナインより頼まれている
はぁ……、と溜め息を吐く2人。ヴェルフは鍛冶師として。リリルカは想いを寄せる少女として。アレが敵になると強い。と感じたとか。
その近くに居たベルは「第一級冒険者まで……すごいっ!!」となっていた。
それらの事情により、ヴェルフは椿に対して不快感を隠していなかったのだが、ベルとしてはそこまで怒る事ではない。彼女の恋愛観は少々……いやかなり特殊なのだ。育て親の所為で。
「ナインさんならすぐに来るだろうし問題は無いよ。
……ただ、ちょっとね」
やはり気になると言わんばかりに周囲をぐるりと見渡すベル。
そんな彼女を不思議に思いつつも、つられて周りを見やるリリルカとヴェルフ。
「なんか…………少ないなって思って」
「……そう言えば、そうですね…………」
「冒険者もいねぇし……何ならモンスターも出てこねぇな? いつもならキラーアントやニードルラビットぐらい出て来てもおかしくねぇんだが……」
ベルが脳内で整理した内容をそれとなく口に出せば、リリルカやヴェルフもまた「そう言えば……」と、元来た通路を振り返った。
9階層に着いてからやけにダンジョンの中が静かだ。もう中腹を越え、深部に迫っている。正規ルートに従って進んでいるとはいえ、この
(何かが……起こってる……?)
嫌な予感。違和感だけが積み重なっていき、胃が
脳内に記憶された思い出したくない『ナニカ』。奥底に封じられたソレを無理矢理掘り出されているような嫌悪感が全身を支配する。
「べ、ベル様?」
「おい、大丈夫か? 体調が悪いなら今日は休みでも……」
2人の声がなぜか遠く感じる。
ベルの記憶の底に深く閉じ込められていたモノが、頑丈に鍵を付けられていた何かが、蓋を壊し、ギョロリとベルを見た。
「…………確か、あの日も」
「あの日……? どうしたんだよ、いったい」
口元を押さえながら、それでも前を見るべく顔を上げるが、その瞬間明確な答えが耳に響く。
「……5階層」
「────────ッ!!」
リリルカの口から漏れ出た言葉により、いつかの記憶が漏出する。
「──ヴ──ォ」
同時に、ナニカが聞こえた。
足が、止まる。
「………………」
「い、ま……のは…………?」
「おい、どうしたんだ」
ダンジョン内であれば便利であるからと言われ、『魔力』の数値を伸ばすべく最近使い続けている変身魔法にて獣人になり
『ナニカ』を聞いた。
脳髄にまで刻まれた『とある雄叫び』と酷似した音の欠片。耳朶を通り、両者の神経を焦がし始める。
そんな2人を不可解に思うヴェルフだが、3人中2人が挙動を可笑しくしたならばそれは『変』を越えた異常事態。
「「「…………………………」」」
ベルとリリルカが、そして遅れてヴェルフが同じ方向へ視線を向ける。ヴェルフにも聞こえるほどの足音が耳に、体内に響き始めた。
────ズシンッ! ズシンッ!! ズシンッッ!!!
音源はベルたちの向いた方向から。曲がり角の向こう側に、ナニカが居る。
ゴクリ、と誰かの喉が鳴ったあと、現れたのは────竜の顔。
「?!
それはヴェルフが言ったように、曲がり角から現れたのは確かに
ヴェルフが一瞬疑問を口にした。しかしその問いもすぐに驚愕で掻き消える、その凶悪な顔から覗く双眸からは光が消え失せており、舌はデロリと垂れ下がっていたから。
「……ヴゥゥ」
そしてとうとうソイツは現れた。
「…………っは?」
ガチガチと歯が震える。ベルの予感は的中してしまった。
そもそも彼女がその声を忘れる筈がない。
あの日から何度も夢に出て来た。何度も別のモンスターに面影を重ねてきた。恐怖で身を震わせ、飛び起きてしまったのは両手の指を合わせても足りない。
「グブゥウウウウウウウウウッ……!」
赤く朱く、紅い────それはまさしく猛牛。
全身を真っ赤な液体で彩った3メドルに近い巨躯を誇る牛頭人身のモンスターが、遥か高いダンジョンの天井目掛けて顔を振り上げる。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
轟音。
狂牛が咆哮した。たったそれだけのこと。
されど押し寄せるのは洒落にならない威圧とド迫力。対峙する者の戦意を簡単に挫く大音塊。
筋肉質な巨躯。頭の先から足の先まで全てが凶器。圧倒的な
────ミノタウロス。
「…………な、なんで
当然の疑問。しかし誰も応えはしない。答えもないし、……動けない。
「にっ、逃げるぞ2人ともッ!! 俺たちじゃ
ヴェルフ・クロッゾは知らない。猛牛に殺されかけた恐怖を。
リリルカ・アーデは知っていた。理不尽な現実を。
ベル・クラネルは知ってしまっていた。
────ミノタウロスがベルたちを見つけ、その手に持っていた
動かない。その獲物は動く様子をみせない。だから歩み、近付いていく。
「──────くっそぉぉぉぉぉおおおおッッ!!」
ただ1人、動く。赤髪の男がその背に担いでいた大太刀を両手に握り、吼えながらベルたちの前に躍り出てその武器を振り下ろした。
「ヌブゥッ!」
だが、大太刀がミノタウロスへ届くことはなかった。ミノタウロスが右手に握った大剣を雑に横へ
「────ぁ?!」
掠っただけ。それだけのハズが、ヴェルフの肩の骨がイカレた。鎖骨にヒビが入り、衝撃を受けた内臓が悲鳴を上げる。
肺が伸縮活動を止め、心臓が脈動を止めた。
「──────────ぁ」
そんな中、目に映るは大剣を振り上げた猛牛。高い天井を
衝撃が、ヴェルフの身を襲った。
────
──
「………………ヴェル、フ……? リリ……?」
地を揺らす衝撃に打たれ、ようやく唇が再稼働を始める。
大地を
両腕が本能的な防衛反応と共に上がり顔を覆っていたが、それによって漸く言うことを聞き始めた体だが、最初に認識したのは見上げるほどの巨体を誇るミノタウロス。そしてその奥に転がる2つの影。
うつ伏せになり血の池を作り始めたヴェルフと、仰向けで頭から流血しているリリルカ。
初撃で無抵抗となってしまったヴェルフを、先に我に返ったリリルカが背後からの体当たりで突き飛ばしたのだ。【ヘスティア・ファミリア】に所属するようになって上昇させていた【アビリティ】も助けとなり、体格的にも負けている彼女でもなんとかなった。
攻撃を受けたのは彼女が背負っていた大きなリュックサック。大剣が砕いた硬い岩盤か、それともリュックサックに入っていた別のアイテムか。それがリリルカの頭部を強かに打ち付けたのだろう。
その瞬間が見えなかったベルには推測しか出来ない。
……だが、
「ヴモォォォオオオオオオオオオッ!」
いつまでもミノタウロスが止まってくれている訳がない。
「ッッ!!!!」
腑抜け切った脚に力を籠める。走り、リリルカたちの逆方向へ。
大きな動作を見たことでミノタウロスの注意もベルへ向いた。
「【────クロスボルトォォオオオオッ!!】」
震える唇に歯を突き立てる。血が出てもお構いなしに。
振りかぶられた大剣が己を粉砕するよりも早く、殺されるよりも早く、反射的に右腕を突き出し、叫んだ。が、────
「ブゥゥム……」
効いている様子が無い。
焔の花弁を咲かせる【クロスボルト】。だが、猛牛はその威力に屈することなく徐々に脚を前方へ、ベルの
「うぁぁぁあああああああっ!?」
撃つ、撃つ、撃つ。幼子がグズるかのような声と共に放たれる焔の鏃。
何度もダンジョンのモンスターを相手に行使して、結果を出してきた自慢の《魔法》。巨体を誇るオークの皮膚を貫き、空を飛ぶバッドバットを墜とし、素早いインプを遠くから狙い撃った。
先達であるナインから「《魔法》を使ってとにかく『魔力』は伸ばしておけ。速攻魔法なんて使い勝手の良いものは使ってなんぼだ」と言われていたことから、リリルカが
ベルが持つ最大の武器。それがこの【クロスボルト】だった。
────しかし、
「ンヴゥッ」
「────ッ」
視界を埋め尽くすほどに黒い煙が上がっていた。ミノタウロスの影は無く、何の反応も示さない炎の残滓が舞い散る空間から伸びた巨腕。
ヴォンッ、という音と共に振るわれた大剣で黒煙が吹き飛ばされ、同時にベルの鼓膜を強く打ちつける。晴れた視界、その中央から巨大な
「が────っっ!?」
視界が反転。体の中の空気が強引に引きずり出され、後方へ吹き飛んでいく。
ただ掠るだけでヴェルフを行動不能に追い込む一撃。それが中心を捉えた。
だが、ベルはまだ生きている。
殆ど運だけであったが、反射的に踵が地面を蹴り、背後へ飛んだことで僅かであっても衝撃を緩和させたのだ。
しかし衝撃全てを殺し切った訳では無い。無抵抗のまま受けていれば間違いなく上半身が消えていたような一撃。これまでにない速度で吹き飛んだベルは、ダンジョンの壁へと叩き付けられる。
「~~~~~~~がっ、は……ぁ…………」
口から飛び出た鮮血が宙を舞い、地を濡らした。
亀裂を
その後、ガシャンッ、と
正面から受けた一撃と、壁に衝突した際の衝撃で、鎧は前後どちらもが砕け、背中部分のベルトが破損。支えを失った鎧はもう重力に逆らえず、地面に落ちるだけだった。
ベルに残されたのは衣服状の
それでも、と動く手足を何とか動かして前を向くが、目の前に聳え立つ
「フゥウウウウウウウウッ……!」
高い体温を示すように牛の頭から吐き出される息が白い。殺意に満ちている荒い鼻息だが、負傷による乱れは無かった。
十数発。上層ではアレだけ頼りがいのあった【クロスボルト】だが、いまここでは不足した威力しか持ち得ない。体毛を幾らか焦がした程度で、致命傷には一体どれほどの量が必要になるのか……。
歯が、立たない。
呆然自失を表にしたベルを見据え、ミノタウロスは天を仰いで喉を震わせる。
「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
────勝てない。
雄々しく空に向かい雄たけびを上げる狂牛が、ベル・クラネルにとって絶望以外のなにものでもなかった。
バベルの地上と地下1階層を繋ぐ大廻廊。筒状に伸びたソコに施工された幅広の階段を歩く恰幅の良い人物が何かに気付いたように顔を上げた。
「…………ふむ?」
「どうかしたんですか?」
彼の名前はガレス・ランドロック。【ロキ・ファミリア】に所属するドワーフで、Lv.6の第一級冒険者。更に派閥の最上位幹部と言える三首領の1人だ。
彼がここにいる理由は現在【ロキ・ファミリア】が主流で行う『遠征』の後続部隊を任されたから。
『遠征』には多くの人間が動員されるのだが、その全員の食料や水をダンジョン内で調達することは非常に困難だ。そこに加えて、モンスター蔓延るダンジョン内では戦闘は絶えず行われるおかげで、
ゆえに大人数になることは避けられず、現在ダンジョンへ続く階段は【ロキ・ファミリア】と『遠征』に参加してくれることになった【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師たちで埋まっていた。
普段はあまり関わり合うことの無い派閥という垣根を越えた連合だが、【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の仲は悪くない。
にも拘らず上が何やら騒がしい。Lv.6の身体能力によって拾ったその騒動を不思議に思い、ガレスは何か不測の事態でも起きたのだろうかと見上げたのだった。
「上がちと騒がしくてな」
「……確かに少し騒がしいような」
言い合いだろうか。後続部隊に配属されたレフィーヤや、近くに居たアナキティなども足を止めることなく上を見た、────次の瞬間、
「クソがッ! もういいっっ!!」
「「「────────ッ!!?」」」
叫び声と同時に誰かが階段から身を投げた。
漆のように黒い髪。
眩い金の瞳。
腰に剣を佩いて、左手には長槍を持っている。
「ん? あの小僧は……」
「あれって、確か……」
「な、なぁ、……ナイン・レイルゥゥゥ!?」
二つ名が無いために
最近噂に事欠かないその冒険者が重力に従って落ちていく。彼を見ていたのは何も彼ら3人だけではない。更に上の階段で道を開けて欲しいと頼まれていた者も、大派閥相手に何を言ってんだと呆れていた者も騒々しいと苛立っていた者も全員がその行動にぎょっとする。
その顔に真剣さと焦燥を混在させながら、ナインは1秒……2秒……と落下していき、地面に衝突するだろう、と思われた。
が、着地。と同時にダンッ! 、という音を鳴らしたかと思えば、着地時の足で地面を蹴り付け、ダンジョンの1階層へと姿を消してしまった。
「は、は、はああああああっ!? なーにやってんですかあの
【ロキ・ファミリア】の遠征中にぃ!! 常識ってモノが無いんじゃないですかッ?!」
「はーいどうどう、落ち着こうねーレフィーヤ」
余りに常識知らずな行動を見せられたレフィーヤが堪忍袋の
その光景も含めて見ていたガレスが、ふむ……、と一拍。
先日フィンより聞いたナインの気質、人格や調査した来歴、そして思想。それらに加え、先月『豊穣の酒場』にて直接みた際に感じた人物像より、非常事態であると察した。
どうやってダンジョンの中で起きているだろうそれを知り得たのだろうか。そこまでは不明。もしかしたらフィンの親指のような勘を持っているのかもしれない。
が、推測の域を出ない。
同時に後続部隊を預かる者として、『遠征』を危ぶめる何かしらの排除は必須だろうとも考えた。
「よし。レフィーヤ、追って構わんぞ」
「「……え?!」」
その言葉に固まったのは羽交い絞めにしていたアナキティだけではない。レフィーヤもまた固まった。まさか許可が下りるとは思わなかったからだ。
「ただし、なにを見たのか、なにをしたのか。その報告を怠ることは許さん。
ほれ、さっさと走らんと見失うぞ」
「……あ、ありがとうございます!!」
レフィーヤはその言葉を残し、一気に階段を降りるとナインの後を追う。
「良かったんですか、ガレスさん?」
「さてな」
「さてなって……」
アナキティが肩を落としながら言う。
「じゃから報告義務を付けた。儂が責任を取る為にもな」
「……そうですか。なら、いいです」
上司が責任を取る以上、準幹部でしかないアナキティがとやかく言えることはない。
「では手前も
そこへ便乗する者が1人、椿だった。
「ダメに決まっとるじゃろ」
「なんじゃ、ケチクサイドワーフじゃのう」
「
なにかが起きてもいいように戦力は残しておくのが鉄則。それ以前に他派閥の団長を自由にさせる権限を、ガレスは持ち合わせてはいないのだから。
ダンジョンの上層。柱に隠れた暗闇の中、その巨躯は身の丈もある大剣を肩に担いで待っていた。機を窺うように静かに、己を律するかのように
地盤を挟んだ先で響く
すぐ近くを駆けていった十と数名の足音。
邪魔者たちが少女のいる階層へ行っただろう瞬間、男の頭部に生えた獣の耳がとある足音を捉えた。
一歩で十数メドルを潰す速度で駆ける誰か。しかしそれだけの情報が有れば、その男には十分だった。
「では、見せてもらおうか」
高く振り上げた片刃の大剣が、姿を晒した漆黒の少年へと振り下ろされた。
──────次回、『
ヘディン「あの娘にはミノタウロスを越えさせればいいだろう」
オッタル「オカノシタ」
誕生、3メドル越えの狂牛。
対峙するは1.5メドル弱の少女。
ヘディン「はぁ~~~……(クソデカ溜め息)」
原作との相違点
・ベルとアイズが訓練しないので戦車や4兄弟の襲撃が無い
・オッタルのアレにヘディンも関与
・ナインの方にヘイズを筆頭に干渉して来たのでベルは眼中にないだろうと安堵していた
・ナインの後輩ということでミノの育成にオッタルがハッスル
・ベルの基礎を作ったのがナイン、戦いを教えたのがベート
・ヴェルフが現時点でパーティに居た(リタイア済
・リリが原作より強い(リタイア済
・ベルが女の子だし、【アビリティ】が
これも全部美の女神ってヤツが悪いんだ。
絶対に…絶対に許さんぞ、アフロディーテ……ッ!