ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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 UAが凄い勢いで10万突破してて「わぁ…すっご」ってなりましたね。

 高評価とか感想、ここすき、誤字報告感謝です。


・006 たーる

────

 

 

 

 

 

 少し前まで薄暗さの残る地下に潜っていただけあり、朝日が眩しい。バベルに背を向けながらそう思うは、灰色の頭髪を持った狼人(ウェアウルフ)

 

 大した用事もないが、その手に何も持つことなくダンジョンから出て来た彼はオラリオの街中をどこへ行くでもなく彷徨(さまよ)うようにして歩いていた。

 

 彼が酒場でやらかしてから既にまる1日経っている。いい加減、自らのホームに戻るべきなのだが、帰る決心がつかない。そちらへ向けようとした足がいやに重くなり、何度か試したが結局は別の区画をフラフラと歩くだけ。何かがしたいという訳でもないのだが、心の中に突っ掛かるモノがあり、それが取れずにいた。

 

(……何してんだろうな、俺は)

 

 鬱憤でも溜まったのかもしれない。そりゃそうだ。雑魚と(あなど)ったLv.1に、まさか殴り飛ばされた挙句、そのまま数時間動けずにいたのだから。

 

 動こうとすれば動けた。なにせ痛みも無ければ能力値低下(アンチステータス)系や呪い(カース)の魔法を喰らったわけでも無し。ただ動く気力が全く沸いてこず、数時間掛けてぐちゃぐちゃになっていた思考が僅かに指針を纏めた。輪郭だけでも形成されたことにより、ようやく立って歩くという簡単な動作が取れるようになる。

 

 街中を練り歩く彼の鼻にとある匂いが入るまで、彼は足を止めなかった。

 

 

 ────

 ──

 

 

 昨夜のどんちゃん騒ぎから数時間は経った。ゆっくりとオラリオを照らす日の光によって、習慣付いた動きを(こな)すように起き上がり、立ち上がった狼人(ウェアウルフ)

 

 自分の倒れていた店舗から歩き去る際、豊穣の女主人から店前の掃除と向かい側の片付けへ遣わされた従業員が「お前も手伝うニャー!」と言ってきたが、その言葉も右から左。彼の聴覚は正しく機能していたのだが、それを脳が認識してくれなかった。

 

 困惑顔の従業員に背を向けたまま、何もわからないまま、足だけが勝手に動く。

 

 碌に思考が纏まっていない内に辿り着いたのはこの街で随一の高さを持つバベルの塔。

 

 もしかしたら解決するかもしれない、という思いと共にダンジョンへ潜り、上層、中層、下層とモンスターを蹴り殺していったが、結局気分は晴れないまま。

 

 アイツと同じ雑魚を殺せばこの気分は晴れるだろうか? 晴れない。

 

 アイツが倒したミノタウロス(コレ)を瞬殺すればスッキリするか? 駄目だ。

 

 アイツでも太刀打ちできない下層のモンスター共(こいつら)でも甚振(いたぶ)れば解決するのか? 無駄だった。

 

 感情が先に行き過ぎている。思考が追い付かない。体がギリギリ追い付けているだけ。

 

 その所為で(ひど)く荒々しい戦闘を繰り返していた。全身返り血塗れで気持ち悪い。どっかで水浴びでもして帰ろうか。

 

 そう思って水場へと向かう際中、脳裏に過ぎった記憶に自嘲する。

 

 まるで、あの時のトマト女(アイツ)みたいだな、と。

 

 なぜそんな光景を思い出したのか、思考が纏まらないこともあり、これに思考でも回そうかと軽く考えつつ、18階層の水場で沐浴していく。

 

 ダンジョン内で湧き出る水はひんやりとしており気持ちいい。体が、そして頭も冷やされたことで脳の記憶から1つの情報が掬い上げられた。ここへ来る前。行く当てもなくただ歩いていた上層で鼻孔を擽った匂い。

 

 つい先日嗅いだ匂いだった。

 

 だがどうして? とそう思う。

 

 そいつが昨日、自分たちが酒場へ行くギリギリの時間までダンジョンに潜っていたとしても、流石に匂いは残らない。ダンジョン内をうろつくモンスター。彼らを狩る冒険者たち。そして冒険者たちの残す匂いに、彼らが作る気流。

 

 それらがただ空中に残る程度の匂いならば消し去るからだ。

 

 ではなぜそれがあった? 答えは簡単だ。自分が入る少し前まで、そいつはそこに居たのだ。

 

 自分が入ったのは日の出から()して時間の経たない時刻のはずであり、であればそんな朝焼けも追い付かぬ時間からダンジョンに潜る気合の入った奴なのか。

 

「ちげぇんだろうな……」

 

 全身に水を滴らせながらその狼人(ウェアウルフ)は上を見上げ、徐々に自分の中にある解答へと近付いていく。

 

 昨日、自分を殴り飛ばした漆黒に黄金の瞳を持つ男。そいつは自分に講釈を垂れた後、ミアに賠償金に加え、()()の食い逃げ分を払っていた。つまりはあの時、自分が高笑いを放っていた際、店を飛び出した奴が、その後輩。

 

 そして店の中で急に飛び出していった際にアルコール以外に匂ったモノが、その後輩のモノだったのだろう。

 

 そいつの匂いがしていた理由が良く分かった。

 

 自分が入る時間帯までずっと、ダンジョンで戦っていたのだろう。ミノタウロス相手にしょんべんちびって逃げ出すような奴が、だ。しかも7階層の時に地面に残っていた血からもした。

 

「……あぁ、クソ」

 

 何となく自分の中にあるすべきことが、心の中に出来たつっかえを解消する(すべ)が分かってきた気がする。そう呟いた後、ベートは地上へと向かった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 鼻を擽る良い匂いに釣られ、ベッドの中で布団にくるまっていた白髪の少女が目を覚ます。意識が浮上してきた彼女はゆっくりと体を起こし、いつも通り背伸びをした。

 

 そしてふと気づく。「自分の体は結構傷だらけだったような」と。しかし寝る前に感じていた痛みは感じない。倦怠感もだ。むしろ快調と言えるだろう。

 

 そのままベッドから飛び降り、主神であるヘスティアへ「おはようございます」と挨拶しようとしたが、見当たらない。ナインが居ないのは仕方の無いこと。昨日は自分を待っていただけなのだから。少しばかりしょんぼりとしてしまい、人差し指同士をちょんちょんと()っつき合う。

 

 しかし落ち込んでばかりもいられない。自分は強くなると宣言した。神さまに誓った。ならばここで下を向いてはいられない。

 

 今日もダンジョンへと赴き強くなるべくモンスターを倒そう。そして稼ぎを増やすのだ。ナインの稼ぎに甘える訳にもいかないのだから。

 

 そう思って朝食をどうしようかと室内を歩いていれば、テーブルの上に箱が2つ。下に挟まれた紙には「朝食」と「昼食」と書かれていた。

 

(神さまなのかな?)

 

 ナインは基本的にこの廃教会へは顔を出さない。それはベルが【ヘスティア・ファミリア】へ加入してから数日顔を出さなかったことから理解している。それだけにもう姿が見えない自らの主神が作ってくれたのだろうと当たりを付けた。

 

 嬉しいなぁという思いと共に朝食側の弁当箱を開けば、これでもかという種類のおかずに、極東で栽培されているとされる米という主食が下の段に詰められている。「にっ、二段弁当だとぉ!?」と驚きつつ、手拭いに覆われていたフォークを手に食事を開始した。

 

 

 ────

 ──

 

 

 朝食の入っていた弁当箱を洗い終えたベルはダンジョンへ赴くべく、装備を身に付けていく。昨日のような着の身着のままの状態で潜るような真似はもうしない。それは悪戯に自分を傷付けるだけの行為であり、なによりも神さまやナインに心配させてしまう。

 

 それで強くなったところで得られるモノは自尊心だけ。「そんなモノは僕は()らない!」、そう心の中で吐き捨てた後、「そう言えば武器、どうしよう」と顔が引き攣る。

 

 なんとこのベル少女、2日連続でギルド支給の武器を損失したのだ。

 

 しかも小剣(ショートソード)はナインの1ヶ月間の信用の下、貸出し品の中でも結構なお値段する物を貸し出してもらっていた。ナインが武器を見てその中からベルに合い、その上で高品質な物を選んだ結果なのだが、それはそれ。所詮はギルドも卸したところでそこまで金にならないと判断を下しただけの一振りたちに過ぎない。

 

 言ってしまえば粗悪品の山。それでも駆け出し冒険者からすれば垂涎物。武器へ回さなければならなかったヴァリスを、防具や回復薬(ポーション)へと回せるというのは非常に大きなことなのだから。

 

 最低限冒険者への配慮をしているということなのだろうかと思いつつ、「またエイナさんに怒られちゃう……」と考えながら、それでも借りなければ拳で戦う羽目になるため、ギルドで相談しようと決めて地下室から出る。

 

 そのまま地上の廃教会へ出て来たベルを優しく迎える日の光。

 

 背に抱えたバックパックの中には弁当箱が入っており、朝食のようにぎゅうぎゅう詰めにしてあるならば走っても問題無いだろうと考え走り出そうとした瞬間、声が掛かった。

 

 先日、シルからされたような不特定多数へ試す類いのものではない。特定の個人、ベルへと向けられた言葉が。

 

「よぉ……」

 

 なぜならその言葉は目の前から歩いてきた灰色の狼人(ウェアウルフ)から掛けられたのだから。

 

 その鋭い瞳孔はベルを捉えて離さない。

 

 己よりも圧倒的なまでの強者。まるでこちらの隙を窺うようなその視線からはモンスターたちとはまた別種の恐怖を覚える。

 

 そうこうしている内に、【凶狼】(ヴァナルガンド)ベート・ローガはベルから数歩のところで足を止め、再度口を開いた。

 

「────強くなりてぇか」

 

「────ッ!」

 

 唐突に彼の口から放たれた言葉。まるで電流が流れたように体が、精神が震える。

 

 一瞬の瞠目。しかしベルの心は既に決まっていた。

 

「強く……、なりたいです…………!」

 

「……付いて来い」

 

 ベルの視線、表情、返答。それを聞いたベートはベルには分からないほど小さく口角を上げ、背を向けた。

 

 それは合格を知らせる合図だったのか。それとも失格だから消そうとしているのか。ベル・クラネルには分からない。しかし彼女の足は動き始めていた。先を行く灰色の狼へと続き、朝焼けに焼かれ始めた都市の中を進んで行く。

 

 途中、道に沿った場所に建てられた『青の薬舗』という店のドアに掛けられた板が、犬人(シアンスロープ)の女性によってOpenへと変えられたのを見たベートが、ベルに「少し待ってろ」と命じる。

 

 そのままその店の中へ歩いていき3分、人1人は余裕で入りそうなほどに大きい樽を担いで出て来たベートにベルはぎょっとした。

 

 やっぱり今から詰められるのだろうか、と心がプルプルと震える。

 

 しかし「付いて来い」と再度言われれば足も動く。歩みを止めないベートの後を追った先は、バベルだった。

 

 ベートは自分がまるでサポーターのような事をしていることにさえ気に掛けず、そのままダンジョンへ続く回廊を()りていく。

 

 周囲から【凶狼】(ヴァナルガンド)が変なことをしていると噂が立ち、近くにいたベルにもその視線が向かう。その所為でベルの中にいる小心者な部分が大泣きを始めてしまった。

 

 「……でも」、と少しだけ声に出してベルは進む。「もう逃げたくはないから」。その誓いに(そむ)かぬように、歩もう。神さまの顔に泥など塗りたくはないから。

 

 ────何より、あの人の行く末が、独りぼっちであってはならないから。

 

 その先に何があるのかなど知らない。でも1人で進んだ先に何も無かったなど寂しいではないか。

 

 祖父の居なくなってしまった家に住むこと数日。いつもの間取りが、いやに広い。それが酷く寂しくて、泣いてしまったから。「自分の感じた孤独(あれ)を味わわせるのか? あの人の行く末で……、────嫌だ」、覚悟を決めたベルは、いつの間にか走り出していた。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 ベルが身を屈めた瞬間、その直上を勢いよく斬り裂かれたような音が横断する。その音で体が硬直するが、そんな暇などないとばかりにダンジョンの壁から放たれた光を遮る影が、ベルの体に重なった。

 

 全力で横に転がったベルの耳には地面が砕かれる音が木霊する。だが、転がる選択肢は不正解だったとばかりに、顔を上げた少女の横っ腹へ蹴りが炸裂した。

 

「ガッ……!?」

 

 そのまま地面を転がるベル。一転、二転としたところで何とか足を地面に付き、無理矢理排出させられた空気を肺に取り込むべく口を開いた。

 

 そんな一杯一杯なベルの耳へ怒号のような声が掛かる。

 

「何度言ったら分かりやがるっ! 次手の組み立てもせず相手の間合いに(とど)まりやがって!! 殺してくださいって催促かぁ!? ア゛ァ゛ン゛!?」

 

「ずい、まぜん……。

 すぅっ。……つぎッ!! お願いしますっっ!!!」

 

 ベートからの叱責に応え、肺の中に空気を取り込む時間までくれたことに感謝しつつ、震える足を叱咤し地面を蹴った。

 

 

 ────

 ──

 

 

 ベートは樽を抱えたままダンジョンの中へ入り、そのまま5階層まで降りる。ここから先は新米(ビギナー)も、適当に日銭を稼ぐだけの邪魔者(ロートル)もいない。更にはここで戦える冒険者はもっと下の階層で稼ぎを増やす為、実質この階層は冒険者にとってはちょっと長い連絡路と()して変わらない。ただモンスターが出てくるだけだ。

 

 その内の4階層から6階層までの最短通路(正規ルート)から結構な距離を取った場所に位置する大広間にて、ベートは担いでいた樽を地面に置いた。

 

 彼は後ろに付いてきたベルの方へと振り返り、言い放つ。

 

「これから俺とお前で模擬戦を繰り返す」

 

「……えっ?」

 

 ベートの口から放たれた言葉に硬直するベル。

 

 それはそうだろう。彼女のレベルは1。対してベートのレベルは5。挙句の果てにはそれぞれの階梯で行なった戦闘経験の数から、基本アビリティにも大幅な開きがある。下手をすれば死ぬ。いや、下手をしなくとも死ねる相手なのだから。

 

「安心しろ。勿論手加減はする」

 

 その言葉にベルは違和感を覚える。違和感の方向は、自分自身へ向いていた。安心したくない、なんて違和感、普通じゃないからだ。

 

「まぁ、そこそこの実力で終わるだろうがな」

 

「────ッ!?」

 

 あぁそうか。その言葉と共に、納得が自分の胸中を、思考を、そして覚悟を確かなものへと変えた。

 

「……本気で、お願いします。

 ────ぐっ……!?」

 

 次の瞬間、ベルの腹部にはベートの蹴り脚が突き刺さっており、そのまま後方へ飛ばす。

 

 地面をゴム(まり)のように跳ねたベルは数秒の痙攣の後、奥歯を噛みしめて意識を確かなものへと変える。そのままゆっくりと起き上がり、両手を握り締め、その眼光を以てベートを睨み付けた。

 

 その様子を見たベートはナインに殴り飛ばされてからずっと浮かべていた、どこか魂さえ抜けたような表情から、徐々に獰猛な獣のような笑みへと変えていく。

 

テメェの覚悟が本物ならっ、死なねぇさっ! この雑魚がぁっ!!

 

「僕は……、僕はベル・クラネルだぁっ!!

 

 吼える両名。一気に距離を詰めていくベルを快く迎えるベートは、その瞳に対して真摯に向き合った。

 

 

 ────

 ──

 

 

 発走したベルをベートは何度も返り討ちにし続ける。

 

 時には腹を蹴り上げ、時には殴り飛ばし、偶に上手くガード出来ると思ったものはただのフェイントで即座に次手を喰らって吹き飛ばされた。

 

 それでも諦めずに喰い付く。拳を振るえば甘いと弾かれ、蹴ろうとすれば注意散漫なもう片方の足を払われる。先日教えられたのはどこまでいっても武器を持つ前提の足運びだった。しかし武器が壊れる、飛ばされると戦えませんでは話にならない。

 

 何度も地面に転がされ、立てないほどに負傷が溜まった瞬間、樽の中から柄杓(ひしゃく)を使って掬われた回復薬(ポーション)を全身に撒かれ、飲まされて癒される。

 

 そして傷が埋まったら再び闘争が始まる。

 

 手心を加えられていることぐらい、ベルも分かっているだけあり、その上で自分の限界を探り終えた狼人(ウェアウルフ)がその限界ギリギリを攻め続けて来ることこそが、自分への本気なのだと納得した。そしてそんな手心を加えなければならない己の弱さに、ただただ腹が立つ。

 

 そのままであってはならないと、スタートの遅い自分に立ち止まる時間などないのだと叱咤するように、ベルは自らを地獄のような修練へと叩き込んだ。

 

 その日、ベルの体からは回復薬(ポーション)の匂いが消えないのではと思えるほどの量が掛けられた。それだけの量を必要とする回数、怪我をした。その怪我の数が、今のベルの弱さの証。

 

 強くなりたい。その思いを胸に抱く少女の瞳は、ベートが終了を宣告するまで決して熱を絶やさなかった。

 

 明日も同じ時間にここへ来いと言われたベルは、去っていくベートの後ろ姿を眺め続ける。疲労困憊の今の自分では地上へ出るだけで一苦労だろう、と。

 

(なんであの人は、僕に鍛錬をつけてくれるんだろう……)

 

 彼女の脳はひりひりと痛む全身の訴えを聞きつつも、その問いの答えを同時並行で探してくれる。そして「分からない」という答えだけを返してくれた。

 

 十数分後、最低限走れる程度には回復したベルはこの階層のモンスターを幾らか倒して魔石を拾いつつ、地上へと戻る。

 

 ギルドで換金中、ベルの近くにナインの姿が無いことで「あれほど言ったのに……」と、新米であるベルをまた1人でダンジョンへ行かせたであろうナインは今どこにいるのかと聞くべく現れたエイナ。彼女に衣服では隠し切れない場所にまでくっきりと残った青痣を見られ、建物を揺らす程の絶叫を挙げられたのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 酒場の件の翌日、その昼下がり。謝罪、及び交渉を終えたフィンは再度頭を下げてから廃教会を後にした。

 

 路地を抜けた先には近くまで付いて来てもらったアイズとラウルの2人。

 

「ありがとう。2人とも」

 

「お、終わったんすね……」

 

「……」

 

 周囲から邪魔者や聞き耳立てるような輩を追い払うべく連れて来た2人。別の人物でも良い選出だが、ラウルは今後の為とフィンが、後は消去法でアイズとなった。

 

 リヴェリアはフィンが抜けている間の事務仕事を、ガレスは眷属(こども)の責任は主神(おや)の責任として禁酒を言い渡されたロキの監視とリヴェリアの補佐。ティオナは好奇心に負けそうで、ティオネはフィンが頭を下げると暴走する可能性がある。

 

 そしてベートは、あれから『黄昏の館』(ホーム)へ帰ってきていない。

 

 色々な理由が重なり、フィンが交渉の席に着いている間に周囲の見回りを頼んだ2人だが、ラウルとしては気が気ではなかった。相手はあのベート・ローガへ啖呵を切った挙句殴り飛ばす程の存在。自分たちは彼との戦闘訓練すら臆してしまって、前へ出られずいつも舌打ちをされている。

 

 しかしLv.1だという先方の団長は「蹴り飛ばされたから」、という理由付けを敢えて宣言してから殴り飛ばしたのだ。それは言ってしまえば、「これで精算だ」という意味となる。

 

 そんなわけが無いだろう。Lv.1の一撃がLv.5の一撃に釣り合うはずがないのだから。

 

 しかしナインは視点を変え、「1回は1回だから」として終わりにしたのだ。自分が同じ立場に立ったとしたら、それで納得など決してできない。しかしベートへ殴り掛かる気概も無い。どうしようもない奴だ、とラウルは心の底で思う。

 

 そんなラウルを余所に、アイズはナインの居る方向へと視線を向けていた。

 

 会いたい。会って話がしたい。話して、彼の覚悟が何から生まれているのかを知りたい。

 

 もしそれが、自分の求めるモノになっていたら……、そんな希望が僅かに瞳に宿っていたからだろう。彼女へフィンは釘を刺す。

 

「分かってると思うけれど、あちらさんとはしばらく接触は控えるように」

 

「……うっ」

 

「別段、()てとは言わない。例えば向こうから頼って来たなら応えても構わないし、ダンジョンの中で危険な状況下、助け合うのは冒険者として良くあることだからね。

 でも、それをこちらから積極的に行なうのは無しだ。少なくとも、今回の熱が冷めやらぬ内はね」

 

 そう言ってうずうずとしていたアイズを止めるフィン。そして「あんな人に会いに行く気だったの!?」と愕然とするラウルを連れて帰路へ就くフィン達。

 

 その道中、フィンは思う。

 

(それにしても、交渉の場へ神を同行させないという不利(ディスアドバンテージ)を理解しておきながら、自らの主神に(こと)の子細を伝えていなかったとはね……。少々意外だ)

 

 フィンが今回、自分たちの(もと)に来たのはミノタウロスの一件だけだと思っていたヘスティアは、ダンジョンでの出来事であり異常事態(イレギュラー)。果てには自分のところの眷属(こども)が解決し、それを別のベル(眷属)から興奮冷めやらぬといった感じに聞かされたこともあり、特段怒り狂うことはなかった。

 

 少し微妙な顔になる程度で済んでいたのだ。

 

 しかしさすがに酒場での一件は見過ごせない。というよりも一件というか二件だ。

 

 ベルへの冒涜と、ナインへの暴行。どちらも死んでもおかしくなかったことに、ヘスティアのツインテールは鬼の角のように逆立ったのがとても印象的だったとフィンは思い出す。

 

(こちらから借りを作ろうとして、失敗したという形。……いや、貸しを作られたね、これは。

 こちらはマイナスの清算が出来た。そして向こうは本来得られなかったはずのプラスを手にした……)

 

 話の大筋は変わらない。終着点もだ。しかし経緯と終了後のあれこれを誘導された。フィンの推察は正しい。

 

(全く、有能すぎる新人冒険者なんて! 年甲斐もなく気分が高揚しちゃったな!)

 

 ラウルの困惑顔も、アイズの内心を掴ませない無表情も、今の楽しそうな雰囲気を放つフィンには些事たること。まさか自分の得意な場所で一手先を打たれたのだ。それも冒険者になって1ヶ月という新米に。

 

(これはうかうかしてられない、かな?)

 

 帰ったらさっさと事後処理を済ませてしまおう。その考えと共に、フィンは少しだけ早く歩いて『黄昏の館』(ホーム)へ帰還した。

 

 彼のどこか楽し()な様子を見たオラリオの女性陣からの評判が、また上昇したのだとか。

 

 

 ────

 ──

 

 

 フィンのいなくなった交渉の場。いつまでも廃屋の中にいる必要も無いだろう、それに眠るベルを1人にもしておけないという理由により廃教会の敷地へと戻ったナインとヘスティア。

 

 ナインとしては交渉で相手に今回の件とは別の貸しを認識させたとして安堵を覚えたのだが、ヘスティアという神は子供を第一とする神格を持つ。ゆえに自らの眷属を危機に晒した挙句、それを(けな)し、嘲笑(あざわら)った。許せる訳がない。

 

 この時点で憤慨ものなのだが、ここでヘスティアの耳に信じられない話が入って来る。

 

 ナインが第一級冒険者から感情任せの暴行を振るわれたという事実。

 

 怒りが一周回って酷く冷静になった彼女から発される人知を超えた圧は、【ロキ・ファミリア】の団長を務めて数十年のフィンの全身を震わせるもの。

 

 下手をすれば、いや、下手をしなくとも格下の人間は今後何かしらの後遺症を抱えて生きていく必要が生じるものだった。その起因となった事柄がダンジョンの罠やモンスターからの攻撃などであれば、納得は別として理解は出来ただろう。ダンジョンで名を挙げるということは、それら危険な出来事を曲がりなりにも了承しているのと同義なのだから。

 

 しかし地上で、そして冒険者同士の諍いで起こったとなれば話は違う。防げた事態であり、同時に防がなかった上に立つ者の失態でしかない。

 

 そして加害者が冒険者であるならば、必ず居るのだ。その上に立つ者が。主神という存在が。

 

 団長であるフィンが来たこと、彼が交渉材料ではない手土産を用意したのもこちらへの多大な配慮を持っての行動だと認めよう。

 

 しかし納得はいかない。彼らの、いや、件のベート・ローガの主神(おや)が何故この場に顔を出さず、謝罪をせず、眷属(こども)に責任を負わせたのか。それを淡々と問い詰めていく。

 

 焔に煽られたかのように乾く喉を何とか動かすフィン。彼の口から出る言葉は確かに正しさを持っているだろう。明確な法の敷かれていないオラリオに於いて、派閥同士での納得が優先される場での言葉としては正しいのだから。

 

 数分ほどして、フィンの口からある程度の情報を齎されただろうと判断したナインはそこで会話の流れを()った。もう十分、要求を突き付けやすい状況になったと判断したからだが。

 

 ヘスティアも被害者であるナインがベートへ拳を叩き込み、それで充分気は晴れていると言えば、流石に止まる。主神(おや)である彼女からの視座はどこまでいっても上からの公平な立ち位置のみ。同じ地上で生を賜り、息をする者たちこそが主役であるべきなのだから。

 

 ナインにより一定の納得を示したヘスティアはその後の交渉の流れをナインへと託し、自らはその流れを見守った。

 

 

 ────

 ──

 

 

「それはそれとして腹が立つのは変わらないけどねぇぇぇぇええ!!」

 

「あー封筒が破れて空に散っていく」

 

 むしゃくしゃとしたヘスティアは「あんな奴が来るかもしれない場所になんか行けるかぁ!」とばかりに『神の宴』の招待券をびりびりと引き裂いていき、「うがーっ!」と空に吼える。

 

(ベルのいる地下に戻らなくて正解だったな)

 

 もし今のむかっ(ぱら)のたった状態でロキの顔を見てしまった日には、それはもう暴れるだろう。ヘスティアは。

 

 そしてヘスティアのヘスティアも当然暴れることとなるので、精神ダメージも加算されて低確率だがそのままロキは送還されるかもしれない。

 

 そんなヘスティアを見つつ、ナインはフィンから渡された手土産の内容を確認していく。一応渡されたメモ用紙に中に詰まった物品について書かれているが、一応だ。

 

「エリクサー10本。サラマンダーウールにウンディーネクロスの素体。

 中層域の地図まである。……というかこれ前にエイナさんから見せてもらったのより詳細なやつじゃん。【ロキ・ファミリア】内で収集した謹製だな。今後上手く使わせて貰うとしよう」

 

 ひとまず寝ているベルの口に少しずつエリクサーを飲ませておこうと決めたナインと、今だ怒り心頭なヘスティアは各々行動を開始した。

 

「ナイン君ッ! ボクはこのままヘファイストスのところに行ってくるよ!!」

 

「いや、隠すなら隠し通しましょうよ」

 

「ベル君のことは任せたよっ!!

 見てろよ、ロキィィィ……、ここから逆転して「ごめんなさい、靴舐めさせてくださいぃ」って言わせてやるからなぁ!!」

 

「なかなかに言わなそうなセリフだ。

 食事はしっかりとれよー!」

 

 凄まじい勢いで走り去っていくヘスティア。

 

 彼女があまり気の乗らない神の宴に参加するつもりだったのは、オラリオで高名な彼女の神友がいる場所を知らないが故だ。高名であるがゆえにとても忙しい彼女の主な仕事場は、バベル内部に造られた専用の工房。

 

 しかし当神(とうにん)はそこに引き籠って鉄を打ち続けるということなどしない。都市でも上位に食い込むほど多くの眷属を有する派閥(ファミリア)の主神。都市外部にさえその名を轟かす。そんな彼女の名の下に己の技術を磨きたい者は後を()えぬのだ。

 

 彼女の派閥(ファミリア)が生産系かつ鍛冶系であることから、その製作物の鑑定などを主神たる彼女自身が行なうことが常々(つねづね)。眷属の工房は都市の随所にある為、持って来て貰ったり、自ら出向(でむ)いたりは多々ある。

 

 フィンからはそんな彼女の現在の状況を世間話風に聞き出したことで、今は丁度バベルにて一柱(ひとり)工房に籠っているところだと知れた。であれば気の乗らない神の宴になど参加する必要はない。ついでにヘスティアの貯蓄を崩してまで、パーティー用の衣服を繕う必要もない。

 

 善は急げとばかりに、ヘスティアは廃教会を飛び出していったのだった。

 

「…………俺のまで打つとなると、時間は単純に2倍。

 間に合わないことはない……、か? ……いや、ひとまずフィンから貰えるもん貰った後にでも再考すればいいか」

 

 今後起き得ることを予測しつつ、ナインはひとまず綿を取り出してベルの下へと向かった。

 

 眠る彼女の口元へ少しずつエリクサーを染み込ませた綿を持って行き、ゆっくり飲ませていく。じきに彼女の全身に走っていた切り傷や痛々しい打撲痕もその姿を消していった。

 

 それを見届けたナインは残ったエリクサーの瓶を見る。ベルに使用した分でおよそ半分強。残しておくものでも無いだろうとして飲めば、僅かに感じていた倦怠感も消えていく。

 

 

 ────

 ──

 

 

 色々と所用を終えた後、時刻がまだ豊穣の女主人の本営業時間前であることを確認したナインは、昨夜のお礼を言う為に弁当箱や風呂敷を持って廃教会を出る。

 

 そこでは粗方の処理を済ませたのであろう店舗跡と、関係者の1人でありながら今更のこのこと姿を現したナインを見て毛を逆立てる猫人(キャットピープル)を筆頭とした不機嫌そうな従業員たちと、据わった目をした妖精(エルフ)

 

 弁当箱などを返却した後はそのまま自分の家に寄ってから廃教会へ戻ろうと思っていたナイン。しかし彼女らに囲まれては抵抗など出来ない。目くらましにピカッと光らせて逃走でもしようものなら、彼女らの後ろで満面の笑みをしているミアにどうされるのか分かったものではないからだ。

 

 そのまま彼女らの案内の(もと)、1人用でありながらやけに広いテーブル席へと(とお)されたナイン。数分後、彼の前にはこの店が開店してから、数える程度しか完食されていないとされる50ポンドステーキが置かれた。

 

 目の前ではこれでもかと蒸気が放たれている。鉄板との間に油を跳ねさせるそれは、およそ一食分であってはならない肉の塊。

 

 右を見れば笑顔の町娘。

 

 左を見れば笑顔の猫人(キャットピープル)2人に麻色の人間(ヒューマン)

 

 対面に座るは、視線が合った瞬間からゆっくりと笑みを作った妖精(エルフ)

 

 華やかな店員たちの笑顔に囲まれているにも拘らず引き攣る頬と、カウンターの向こうでサムズアップを返す店主。

 

「……………………

 ────いただきますッッッ!!!!

 

 かくして数えが1つ増えたのでした。

 

 

 

 

 




 聖火再臨並みに座った目のヘスティア相手とか、かわいそ。

 50ポンド=約22キロ。
 ・最初の完食者は顔に傷のある男(ことが起こる前)
 ・次に一般通過猪人(ボアズ)
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