ダンジョンはつらいよどこまでも   作:たっぷり

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・009 うわ、つっよ

────

 

 

 

 

 

 思えば、────そう、何かしらの前兆というものはあったのかもしれない。

 

 思い返せば、幾つか存在する。

 

 やはり一番となれば、時折り接することとなる、とある酒場で働くあの(かた)の同僚。そう、妖精(エルフ)の彼女。態度、いや、表情や仕草だろうか。

 

 1ヵ月程度前から、彼女の起床時間が少しだけ早まった。いや、最近ではそれも少しだけという時間には、決して(とど)まらない程度に早い時間となっていたりしている。時折り駆り出されるからと言って、誤魔化しの為に5時起きは結構、いや本当につらい。そんな時間帯であったのにも拘らず、彼女が店の裏口から足取りも軽く飛び出していく姿を見たのは何年ぶりだっただろうか。

 

 いつもであれば腕が鈍らないようにと、店の裏手にある少しばかりの広間で剣を振るうだけ。それも何かに()き動かされているように、糸に絡め取られているかのように、使命感と惰性で何とか振っていた彼女が、だ。

 

 苦しそうに、辛そうに。彼女の来歴を知るが故に、彼女が誰に助けられたが故に、私もまた、放っては置けなかった。誰の感情かも整理することなく。

 

 そんな彼女が、ここ最近明るさを取り戻して朝焼けも()ぬ街中を、駆けていた。

 

 少しだけ、嫉妬する。

 

 

 ────

 ──

 

 

 今となればこれも関連しているのでしょう。

 

 あの(かた)の眷属として随一の存在。オラリオの中に並び立つ者なし。正しく『頂点』とさえ言わしめる猪人(ボアズ)。あの戦士の中で鳴りを潜めていた迸る程の戦意だろう。

 

 今の彼は文字通り最強の存在。そんな彼に勝てる者はこのオラリオに於いてどの程度か。甘く、そして多く見積もったところで片手の指を超えることはないでしょう。

 

 最有力候補はやはり【ロキ・ファミリア】の【勇者】(ブレイバー)。彼の存在が放つ絶対の一投。我々が現在の最大派閥であるがゆえに明かされているその魔法の重いデメリットと、それに釣り合ってしまえる絶大な威力。

 

 種族柄、『力』の【基本アビリティ】を上げ難い小人族(パルゥム)であるにも拘らず。とうの猪人(ほんにん)からも直撃すれば耐えられないだろうと言わせるほどの威力を誇るのだ。

 

 ただし撃てたらの話でもあるが。

 

 魔法であるがゆえに、それを撃つにも詠唱を必要とし、そしてそれを悠長に待つなど『頂点』(かれ)はしない。相対したその場が戦場であればこそ、全霊を賭すのだから。全力で妨害することも、それを跳ね飛ばすことも含めて、闘争と言えるのだから。

 

 基本的な性能(スペック)差がゆえに、彼や他にも有力な候補者たちに勝ち目のある方法を打つ前に止められる。乃至は相殺されるだけのことを許容しなくてはならないという思考を生ませるのだ。

 

 挑戦者側である彼らにも野心というものがある。それは性別由来のモノか、それとも冒険者として目指すものであるが故か。

 

 私には分からない。

 

 しかし、どれだけ血に飢えた猛獣をその内に飼っていようとも、彼らはその為の時間が足り過ぎた。飼い方を知り過ぎた所為か、最近は直接戦闘を仕掛ける者はめっきり減っている。『頂点』に効く一撃の準備はその段階で潰されるという現実が見えてしまっているからこそだろう。

 

 彼らは『頂点』を相手に正面から打って出るような真似をしなくなった。

 

 賢者でもあり、同時に愚かしいまでの甘えでしかない。それで降したとして、次の日に挑まれれば()けてしまうでしょうに。

 

 だからでしょう。好まない挑まれる立場でありながら、正面から挑まれることすら少なくなってきた彼は、()()に添えられた椅子に居心地の悪そうに座っていたはずが、どういう訳かここ最近、席を外すようになった。物理的に。

 

 彼にとって至上の存在と共に()る。それこそが誉れだと言わんばかりに、あの(かた)の隣に誰よりも長く立っていたはずが、ここ最近、日の昇る時間よりも早く我々の(ホーム)から足を延ばしてどこかへ行き、そしてどこか寂しそうに帰ってくる。ということがここ数日続いていた。

 

 なにをしに()っているのか。気味悪がって他の幹部陣の方々も(つつ)こうとはしませんし、そもそも本人へ問うても、「いや…………」程度の返答しか帰ってきません。だから嫌われてるんですよ。

 

 一度、彼に朝早く叩き起こされた治療師(ヒーラー)の1人が、その日1日中、非常にイラついているところに遭遇し、気まぐれで聞いてみれば、「やはり、毒……? いえ、耐異常を持っていましたね。仕方ない、猪肉の量を……、どうかしましたか?」と、返って来た。

 

 どうかしましたか、はこちらのセリフでしょう。殺し合いが日常茶飯事だからと言えど、毒殺まで許容したら無法地帯待ったなしです。闇派閥(イヴィルス)も血相変えてしまう。

 

 まぁ、それだけの存在を、あの男は見つけたのでしょう。

 

 失望ではなく寂し気を纏って帰って来ている辺り、例の日以降、出会えていない様な気もしますが。

 

 安穏としてきた日々に、そろそろあの(かた)の悪い癖が出てしまいそうなそんな時期に起きた僅かな変革。

 

 叶うならばあの(かた)の心安らぐような出来事であるようにと願った矢先のこと、ふらりとその人は現れた。

 

 いいえ、既に、現れていた。

 

 シル(名前を貰う前の私)すら明かすような、光を伴って。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 オラリオに建てられる建造物の大半が石造りである。それは別段技術レベルが低いからという訳では無い。それどころかその逆。この世界広しと言えど、ここオラリオが最も栄えていると言って過言ではない程に、文明レベルは突出している。

 

 他国も別々の技術体系を築き、各々日々研鑽を積み重ねているとしても、1分野のみ。例えば魔法。例えば鍛冶。例えば統治。

 

 他にも様々あるだろうが、どれに於いてもここオラリオこそが随一であることに変わりなど無い。

 

 更に言えばダンジョンがある為、そこから入手可能な魔石と言う絶対のエネルギー資源のおかげで、地位は確立している。

 

 そしてそんなダンジョンの内部は基本的に原始的な造りであったりするので、地面や壁、天井は大半が土や岩石だ。そこから採掘した岩石は、ダンジョン内で放っておけば無くなるが、魔石同様ダンジョン外に持ち出せば資源として利用可能なのだ。

 

 入手も容易。供給も、そして需要も比較的高いため、専用の職人も多く在籍しているので加工も容易。となれば、木材を用いた建築物よりも多くあるのは自明の理だろう。

 

 事実、このオラリオを代表するバベルと言う円柱状の塔も、また石造りなのだ。

 

 それは例え、神から木材での建築物の方が良いと言われても変わらないだろう。手間を考えれば。考えない狂信者も多いのだが。

 

 だからこそ、ナインが目的地としていた闘技場も同様に石造りであった。

 

 一見して頑丈に見えるそれは、事実頑丈さは十二分。石であることに加えて、その石工は専用の職人が行なったのだ。文字通り神懸かりな技術による出来栄えは、堅牢さを感じさせるのだ。

 

 ナインはその壁の近くにいた。それまで共に歩いていた後輩のベルという少女と一緒に、最近知り合った酒場の町娘に忘れ物である財布を届けるという依頼(ミッション)が発生したからだが。

 

 その道中はありきたりなモノだった。と言えどナインもベルも冒険者。日常こそが非日常とは良く言ったモノで、祭りということも相まってメインストリートの脇に並ぶ露店から興味の出た物を買っては食べながら歩いたりと、その様相は正しくデートと言って差し支えの無い状況だった。

 

 しかし、もう少しで目的地だと思っていたところに雪崩れ込んできた人の波。運悪くソレはナインとベルの間に入り込んだ。ステイタスも上昇し、なにより鍛えているナインは普通にしていたが、ベルはまだまだ鍛え足りない少女の身。押し流されてしまった。

 

 ベルと逸れたナインは幾つかの選択肢の下、合流はそこまで急ぐことでもないとして待機を選んだ。下手に合流を強行すれば、常人から離れつつある自らの出力で一般人を無駄に傷付けるだけで何も生まないからだが。

 

(どうするかな……)

 

 そうしてお互いの目的地は近くなのだし、無意味に移動してもお互いの居場所を見失うだけ。人探しに来た方が迷子になるなど、ミイラ取りも笑いだす始末だろう。

 

「……仕方ない。シルでも探すか」

 

「私がどうかしました?」

 

「ん……?」

 

 取り敢えずその場から移動することは極力避け、怪物祭のメイン会場である闘技場の近くにいるであろう財布を持たぬ町娘でも探そうかと方針を呟いた瞬間、当の本人が見付かってしまった。

 

 もっと早目であれ、もっと遅めであれ。そうすればベルと離れることも無かっただろうに。という事実が苦言となり喉を通ろうとしたため、ナインは意図して抑え込んで溜め息へと変えた。が、それも良くなかった。

 

「あーっ! そんな情熱的に見つめておきながら溜め息なんて、失礼しちゃいますっ!!」

 

 そんなナインの行動にぷんすこと怒る様子のシル。

 

 仕方がないと宥めに入れば、デートをしましょうと言われる。

 

 そうして出来上がった、ある少女とデート中に別の少女とデートを開始する男、という図。

 

 普通に最低である。

 

 そんな事実をかき消すべく、ナインは行動を開始した。

 

「これ、なんだと思う?」

 

「っ! ……あれ? あれあれ?

 ………………………………てへっ」

 

「可愛くしてもダメだけどな」

 

「え~~、泣いちゃいますよ?」

 

「それはダメ」

 

 それはそれとして、ナインは懐から彼女の忘れ物である財布を取り出し、そのままシルへと渡した。

 

「あと伝言。『おっちょこちょいのシル』、だそうだ」

 

「あらあら、アーニャとは後でじ~っくりお話し、しないとですねぇー……」

 

 他愛の無いことを話題にしつつ、ナインは目的も済んだのだし、ベルも近くにいるだろうからと闘技場回りでうろつくことを提案。シルもそれには賛同を返す。

 

 近くに出来上がった闘技場内に続く列に並ぶのは、最早難しいだろう。であれば露店巡りでもしていた方が良い。それに何より会場内に入ると、合流が難しくなるのだ。選択肢には挙げ(づら)い。

 

 そんなこんなでシルと共に闘技場の周辺へと足を延ばそうとしたその瞬間、石造りの壁が勢い良く破壊された。

 

 ちょうどナインたちが通ろうとしていた場所が、大量のレンガと土埃で荒れていく。ナインはその飛翔体からシルを守るために、彼女を抱きかかえて一思いに後退。

 

 何事かと一瞬にして周囲から集まる視線と、レンガの落ちる重低音。不協和音のように響く金属質の嫌な音。そして何より、重さを感じさせる足音が耳に残る。

 

 ナインの目の前に巨大な気配が出て来た。全容は漂う土煙で隠されているが、それ自体は問題ではない。そこに居る。それ自体が大問題なのだから。

 

 徐々に、吹く風によって土煙は晴らされていき、その姿を白日の下に晒す。

 

「しろい……、(ドラゴン)……?」

 

 そんな声が腕の中でする。ナインの思考が最善手を選ぼうとしている最中に聞こえたシルの声により、周囲に形成されていた一時の静寂が破られた。

 

「────キャアアァァァァッッ!?」

 

「モ、モンスターだァァァッッ!!」

 

 会場へと足を向けていた民衆は押し並べて踵を返し、我さきにと逃げ出していく。

 

 そんな自己主張の激しさも一切気にしていないのか、ナインたちの目の前に出て来た白い竜はその長い首を悠然と右から左へ動かしていた。まるで何かを探すように。

 

 そしてその瞳が捉えた。目的の存在を。シルを。

 

「グヴォオオォォォォォォッッ!!」

 

 見つけた。そう言っている。

 

 言葉の垣根を超えた殺意の奔流を浴びた両者はそれを本能で理解し、そしてナインは誰よりも早く動き出していた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 地面を抉るようにしてナインが駆けていく。停止していれば不安定を思わせる前傾姿勢で、それでも腕の中に抱えたシルを落とさぬように、そして可能な限り振動を与えぬようにと配慮しながら。

 

 持てる全力を出せるだけ出した脚力からは、Lv.1とは思えぬ速度を叩き出しており、シルの視界はとにかく線だけが残っていく。

 

「な、ナインさんってLv.1だったはずじゃ……っ?」

 

「言ってる場合かッ!?」

 

 シルの疑問も当然だが、今のナインはそれに取り合っている時間など無い。地面を強烈に蹴り付けて、今まで前方へと向かっていた速度を一変、右へと勢い良く跳んだ。

 

 その次の瞬間、先程までナインが走り続けていた通路を白い影が一気に駆け抜けていき、前方に立っていた家屋へと衝突する。破砕音が周囲へと散る最中、ナインはそれだけに気を向けてはいられない。即座に身を屈め、シルを守るような形を取れば、頭上を鉄製の巨大で頑丈な鎖が勢い良く通り過ぎた。

 

 一般人が喰らえば即死は免れぬモノであり、冒険者であっても致命傷、乃至は重傷によりリタイアは間違いない。

 

(速度に関してはLv.2の中位ぐらい。……力に関してはLv.3に届く、か…………?

 厄介な)

 

 ナインは急いで鎖によって薙ぎ払われた家屋の側から離れつつ、視線の先で自分に重なるようにして降って来た家屋の残骸を振り払う小竜(インファント・ドラゴン)に気を配る。今の一瞬だけで数棟の家屋が倒壊し始め、周囲に材料だった瓦礫や中にあったであろう家具が散らばり始めた。

 

「……酷い」

 

「まったくだ……」

 

 シルが口を押えて周囲の被害に心を痛めるが、ナインは頃合いだろうとして彼女を両の手から降ろした。

 

「えっ……。ナインさんっ……?」

 

「急いで豊穣の女主人に向かえ」

 

「それじゃあ、ナインさんはっ!?」

 

「あれを抑えなきゃならない奴が1人は要る。

 ここに冒険者が1名。簡単な問いと答えだろ」

 

「そ、そんなっ!?」

 

「早く行けっ! すぐに出てく────ッ!?」

 

 問答の間にも事象は止まることを知らない。ナインたちの視線の先、小竜(インファント・ドラゴン)が飛び込んだことで巻き起こっている、倒壊した家屋の粉塵。その中から淡く、それでもはっきりと認識させるだけの藍色が漏出していた。

 

「────まっずッ!?

 

 次の瞬間、シルの視界一杯に、(あお)が現出した。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 目を瞑ること数秒。シルがしていたことはそれだけだった。

 

 藍色の焔。それはとある階層にて有名なモノだ。

 

 ダンジョンの下層にて3階層ほどぶち抜かれているように構成された水の国。巨蒼の滝(グレート・フォール)と呼ばれる巨大な滝の中から現れる双頭の竜。その片割れが保有する竜の息吹(ドラゴンブレス)

 

 曰く、蒼炎(ナパーム)

 

 水上であっても燃え盛ることが可能な、純粋な物理学に則った燃料と共に吐かれる必殺。

 

 この場にいる()()だからこそ理解出来る冒険者としての知識。

 

(そこまで……、するのですか……。

 ────あれ……?)

 

 その脅威度を知っているからこそ、本来の威力よりも矮小でありつつ木っ端の冒険者など一思いに殺せてしまうソレを浴びたはずの自分が思考できていることに驚く。

 

「……全体的に白い鱗。所々に生えた水晶のような青い結晶。吐く息は青くて、総合的な性能(スペック)はLv.3に届いてもおかしくはない、と。

 まるで双頭の水竜(アンフィス・バエナ)の幼体って感じか? 強化種になろうとして却って魔石に()まれたってところかな」

 

 そんな疑問に続くようにして、彼女の耳には先程まで自分を抱えていた少年の声が入った。冷静に分析しているように聞こえても、小さな震えが伝わってくる。

 

 (おそ)るおそるシルが瞼を開いてみれば、自分たちを包むようにして半球状の幕が形成されていた。

 

「これは……?」

 

 半径にして2メドル弱。座り込んでしまった彼女だけでなく、ナインもまたすっぽりと覆える程度の結界に、彼女の瞳が大きく開かれる。

 

「仕方ない。ここで……、倒す」

 

「えっ? 駄目! ……駄目です!

 ご自分で言ったじゃないですか! 相手はLv.3相当はあるって!! ここで救援を待てば────」

 

「それはちょっと……、難しいかな。この結界、結構な精神力(マインド)持っていくから長時間の維持はまだ出来ないんだ」

 

「それ、でも……」

 

「言っただろう? 二者択一。人生そんなモンだよ」

 

「……」

 

 視線を前にだけ向けているナインの表情など、シルには見えない。

 

 どんな表情をしているのだろうか。諦観? 狂気? それとも……────。

 

 そんな思考がシルの中で膨れ上がっている内に、ナインは動き出した。

 

【星の救済を】(ルクス)【星よ集え】(レクス)────」

 

 ナインは腰に提げた剣を引き抜き、魔法行使の為に詠唱(うた)を紡いでいく。

 

 最初の【星の救済を】(ルクス)によりナインの体に燐光が灯り、【星よ集え】(レクス)によりその燐光が剣にも適応され始めた。

 

 それを逆手に持って剣先を下に、柄を上に掲げてナインは更に声を吐き出す。

 

「まぁ、俺は欲張りな方だ。倒すし、(まも)るよ」

 

 そう言いながらナインは剣を勢いよく地面へと刺し、空いた右手に脇差しを握った。

 

「だからさ、応援ぐらいは頼めるか?」

 

 そう言って安心感を覚える笑みを向けるナインと、それを向けられるシル。

 

「……がんばって、ください」

 

 その言葉はどちらの口から出たモノなのか。そんなこと、ナインには分からない。

 

 しかし応援されたことには違いなく、ナインは更に口角を上げて再度前を見る。

 

 蒼い焔によって形成された道を渡るようにして接近してくる小竜(インファント・ドラゴン)。その口から漏れだすは赤い煙。

 

 その様子を捉えた瞬間、ナインは発走した。

 

 

 ────

 ──

 

 

相性、勝ちだなッ!!

 

 ナインは赤い霧の中を勢いよく疾走しつつ、唇を曲げる。全身に展開した光の付与魔法(エンチャント)。本来であれば魔力の拡散を行なわせるその煙を受けてなお、ナインの魔法は途切れることなど無い。

 

 その身は光。ただの光ではなく、それを生み出す存在であるがゆえに、使用中は常に燐光が周囲へと向く。赤い霧が接触した部分は当然拡散が引き起こされるが、逆に言えばナインへと接触できない限り魔法行使の邪魔など出来ない。

 

 同様にして背後に形成した光の星域も、その輝きを曇らすことなど決して無い。

 

 そうこうしているうちにその煙の発生源に到達する。

 

 見上げるほどの全高。おおよそ5メドル。全長で言えば8メドルはあるだろうかという巨体が目の前に存在しているが、ナインは臆することなく一直線に突き進む。

 

 煙が止んだ。瞬間現れるは竜の巨躯。もはや小さいなどとは言わせないだけの肉体を得た小竜(インファント・ドラゴン)は目の前に出て来た獲物を前に、凶悪に嗤い、アギトを開いた。

 

 そして落ちてくる人間大の穴。もはや人を丸々吞み込むことも容易となった巨大な口が迫る。だがナインも黙って()まれてやるような玉ではない。

 

 先日目の前で見せられたステップを応用するようにして、外へと出した足を軸とし、そのまま回転。すぐ横に落下するようにして地面を抉る小竜(インファント・ドラゴン)と、飛び散る(つぶて)。しかしそれは即座に身に纏う光を、【星の怒り】(ボンバイエ)の効果である()()()()()と、それを現実とさせる()()によって硬質化。

 

 体表で(はじ)いたそれらを無視して右手に握る脇差を振り抜けば、その一刀は堅い表皮に阻まれた。

 

「……ぐぅッ!」

 

 首の裏。食道の通るそこは本来ならば明確な弱点。その位置へ目掛けた一閃だったが、目論見は外れて(はじ)かれ、ナインの体が僅かに崩れた。

 

「グモオォォォッッッ!!!」

 

 そこへ振るわれたのは小竜(インファント・ドラゴン)の前脚。丸太ですらそんな太さは無いと思わせる密度の高いソレが、力一杯に振るわれた。

 

 ナインは敢えて体勢を更に崩すことでその下を掻い潜る。しかし悠長にその場へ(とど)まってはいられない。転がり込んで巨躯の下を抜けようとしつつ、同時に腕を強引に振るって後ろ脚の膝裏に当たるだろう部分を斬り裂いた。

 

「ここはいける……か。

 ────ッ!?」

 

 そうして、か細くとも確かにある勝利への道順を探るべく、ナインは追撃を仕掛けようとした。そこへ、横薙ぎにされたのは小竜(インファント・ドラゴン)の尻尾。

 

 巨大化した影響か、取り付けられていたであろう鉄製の枷は最早、肉に()し潰されており、その姿を視認できない。しかしそこに取り付けられた鎖は外部に漏出しており、尻尾の延長と言わんばかりの存在と()していた。

 

 元は小竜(インファント・ドラゴン)を抑え付けておくための器具。しかし事ここに及べば、それは凶器以外の何物でもない。

 

 振るわれた巨大な穴の開いた鉄のムチ。ギリギリのところで脇差を挟み込むことで直撃を避けたが、相手の力は非常に高い。その力の差から、ナインの右手に痺れが走る。

 

「2種類の息吹(ブレス)に強靭な肉体。物理的な遠距離攻撃手段……ね」

 

 どう考えてもLv.1の冒険者が相手にして良い存在ではない。

 

 そもそもの話、小竜(インファント・ドラゴン)は上層でも出現するかどうかは非常に稀であるがゆえに全体的な危険度から、その階層も上層の枠組みに入れられている。しかしもし小竜(インファント・ドラゴン)の出現確率がオークなどと一緒であれば、即座に中層の仲間入りする程度には、その脅威度は格が違う。

 

 十数人規模のLv.1で構成されたパーティーや、Lv.2の混入されたパーティーでさえ、小竜(インファント・ドラゴン)と遭遇した際の死傷率は非常に高い。

 

 硬い鱗や皮膚に覆われている所為で攻撃が通り辛く、逆に相手の攻撃はどれもが強力無比。物理攻撃に警戒して接近しなければ、次に襲い来るは息吹(ブレス)だ。燃え盛る赤い炎が、広範囲に亘って冒険者を焼いていくのだ。

 

 そしてそれはどこまでいっても原種の話。

 

 ナインの目の前で全身を躍動させ、瞳を血走らせ、目的を達さんとしている小竜(インファント・ドラゴン)は強化種。いや、強化種と言う言葉すら生ぬるい存在へと進化している。

 

 上層で出現したモンスター相手へ下層でも超が付くほどに強力な階層主の魔石を与えたことが原因だろう。もはやこの場にいるのは上層の階層主を名乗っても役不足なまでに強力なドラゴンだ。

 

 そんな存在は現在、自らの肉体へ傷をつけたナインへと標的を定めた。

 

 先程までシルを狙っていたが、それはそれとして今の自分へ傷を付けられる存在は紛うことなく敵だ。であれば無視など出来ない。

 

 ここへ来るまでに視界に入った一般人や、武器を持っていた冒険者のような者たちも、この白い小竜(インファント・ドラゴン)からすれば木っ端の類いだった。

 

 だが、ここにいるのは敵。今、ようやくそれを認識したのだ。

 

「最初から俺を狙っていれば良かったんだ……。

 相手に取って、()()()()にしてやる。……すぅ、ふぅー」

 

 鎖により(はじ)き飛ばされながらも、ナインは体勢を崩すことなく後ろへ飛んだだけ。腕の痺れも数秒あれば収まるだろうとして、ナインは不敵に笑った。

 

「それはそれとして、槍を持ってくればよかった」

 

 祭りで人混みの中を歩くのに長槍を背負い続けるのはどうかと思い、今日は持ち歩いていないのだ。こんな時に限って強敵が出現することに、辟易しつつもナインは戦意を僅かばかりも落とさない。

 

 相対するは体格差の有り過ぎる両者。

 

 1メドルと70セルチ前半の漆黒髪の人間(ヒューマン)と、5メドルほどの高さから矮小な存在を見下ろす全長が8メドルはある(ドラゴン)

 

 希望も期待も自ら生み出すと言わんばかりの金色の瞳と、血に染まった(おぞ)ましい赤い瞳が交差した瞬間、両者は地面を砕き、疾駆した。

 

 

 ────

 ──

 

 

 町娘の視界の中で繰り広げられている光景に、名前を渡した少女は最早何も言えなくなっていた。

 

 小竜(インファント・ドラゴン)が暴れたことで出来上がった周辺一帯の広いスペース。そこを活用する様に駆けるは光を纏う漆黒の少年。

 

 何度もそのアギトにて食い千切らんとした。それを紙一重で回避し、無駄だと分かっているはずの刃を振るう。

 

 何度もその凶爪を振るった。しかしそれは輝きを持つ刃によって(はじ)かれるか、躱されて膝裏へと一撃を入れられて距離を()けられる。

 

 息吹(ブレス)は吐いている暇など無い。狙いは定まらず、かと言ってシルを狙おうとすれば致命的なまでの隙が生まれる。魔法の行使を困難とする赤い霧も効果はない。それは既にシルの周辺に展開された結界や、ナインが身に纏う燐光を更に外へと押し出すことで相殺すると知ってしまったから。無駄でなくとも、ただただ時間を稼がれるだけで意味を持たないのだ。

 

 二手三手と打たれ、矮小であるはずの少年を未だ倒せぬことにイラつき、咆哮を上げる小竜(インファント・ドラゴン)の強化種。

 

 白い鱗を内包した強靭な筋肉によって隆起させつつ、丸太よりも太く密度のある四肢を動かし、長い首を回して死角へ回り込もうとするナインを追い続ける。それでも間に合わないというように唸り声と咆哮を繰り返すが、それがナインへ通じることなど無い。

 

 例えハウルを受けたとしても、無視して行動するだろう。それだけの頼もしさが、今のナインにはあるのだから。

 

「……すごい」

 

 (ゴウ)ッと振るわれる尻尾と先端に付けられたムチのような鎖。かつての拘束具は今やモンスターを強化する装備となり果ててナインへ襲い掛かるが、ナインはそれを視界の端で捉え続けていた。

 

 地面を蹴る。しかしその方向を上へと変えたことで、正面から迫っていた鎖の少し上を素通り。そしてそれを好機と見做して一気に小竜(インファント・ドラゴン)の背後から接近していく。

 

 尻尾を振るい、果てにはその延長線上のモノさえ薙ぎ払えるようになった鎖と言う武装。しかしそれは本来の肉体ではないがゆえに、強靭となった筋肉で操作することが困難となっている。小竜(インファント・ドラゴン)はその質量に引っ張られるようにして肉体の制御が甘くなり、一瞬、ナインに死角へ入られるという多大なる隙を生んだのだ。

 

 大地を蹴るその瞬間だけに魔力の消費量を上げることで、力の底上げを行ない、速力を引き上げる。

 

 そしてナインを探していた小竜(インファント・ドラゴン)の瞳が、突然拡大処理の数値を弄ったかのような速度で接近したナインを捉えて驚愕を。しかし同時に殺意を乗せた息吹(ブレス)を吐き出そうとした。

 

「セアァッ!!」

 

 だがナインもそれを防げるからと甘んじて受けるつもりなど無い。

 

 光量の()した脇差。その切っ先を最上段から小竜の鼻先へと振り抜いた。

 

「────ッ!?」

 

 しかしその一撃は小竜(インファント・ドラゴン)の顔を覆う鱗を数枚()いただけで停止する。

 

 噴出する赤い液体。陽光に照らされたソレらに映るは苦悶に歪むナインの表情。

 

「足りないッ……!」

 

 そして、準備万端とばかりに吐き出される、竜の息吹(ドラゴンブレス)

 

 少年の全身など軽く覆い尽くす程の青い焔が迸る。

 

「……………………────えっ?」

 

 理解を拒む声。

 

 未だ光灯す剣。

 

 地面に突き刺されたソレに、ヒビが入った。

 

 

 

 

 




Q,こんなに騒ぎ起こしといて誰も来ないんですか?
A,食人花とか他に開放されたモンスターの処理に向かわされてて可哀想ってところですかね。
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