とある星界の艦隊訓練   作:ケンタ〜

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皇族と貴族の騒がしい食堂

主機関(オプセー)異常なし、防御磁場(スネセープ)発生機構も正常に作動しています。フラサティア(時空泡発生機関)は……あ、大丈夫です。試験作動、完了しています」

 

 ガボールの中に、監督(ビュヌケール)のたどたどしい報告が響き渡る。

 

「ふうっ、とりあえずこれで、いったん落着ってとこかな?」

 

 艦長席(サレリバシュ)の上で、ラムローラはすとんと肩を落とした。

 

「だ、大丈夫、だと思います」

「よし、じゃあみんな、当直を解けっ。これより〈門〉到着まで23時間56分、時間割通りに交代して当直をおこなってくだ……おこなえ!」

「はっ!」

 

 びっ、と、空間内のすべての翔士(ロダイル)たちは敬礼をした。

 

 ラムローラは手からグーヘーク(制御籠手)、それから座席後部からキセーグ(接続纓)を外して、いったん艦長席にぐったりと横になった。

 

「ああ、つかれたあぁ……艦長職って、思ったよりつかれるなぁ……」

 

 そんな吐いた弱音に、かじりつくものがいた。

 

「おい、それでもアブリアルか。なんだその弱々しい声は。ここはソムローニュ(育児園)じゃないんだぞ、アブリアル!」

「はあっ!? なに、スロージュっ!?」

 

 がばっ、と艦長席から立ち上がるラムローラ。

 

 その目を、真っ赤な虹彩で睨めつけるのは、スロージュだった。

 

 宇宙に散らばった鮮烈な星雲(ヒール)を彷彿とさせる紅き瞳は、目の前に怒りを撒き散らすラムローラを、睨めつけたまま離さなかった。

 

 それに、反発するラムローラ。

 

「そっちこそっ、十分前でギリギリで乗艦したくせにっ!」

「それは貴様も同じだろうっ! それに手続きをしくじったお前と違って、こっちはただお前と一緒にいたくなかっただけだ!!」

「はあっ!? そっちのほうが職務放棄じゃないの!?」

「誇り高きスポールがそんなことなどするものかっ!!」

「ちょっ、ちょっと二人ともっ!」

 

 今にもかじりつかんばかりの二人の間に、ケンは再び割り込んだ。

 

「演習が始まってまだ一時間だよ!? あと一週間もあるのに、仲良くしなよ!」

「悪いのはスポールだ!」

「がさつなアブリアルだっ!」

「二人とも、頼むよ……」

 

 二人の間で挟まれて、しょぼくれた顔をするケン。

 

「あ、あの、わたし当直解けたので、ご飯食べてきますね……」

「レンさん!? 置いてかないで……!!」

 

 その隙をうかがって、逃げるのは監督(ビュヌケール)のレンだった。

 

「がるるるるっ」

「ぐるるるるっ!」

「ほんとに帝国の一二を争う高貴な血筋か……!?」

 

 アブリアル、そしてスポール。

 

 どちらも、千年近くにわたる帝国の創建、その当初から存在する家だ。

 

 それどころか、帝国そのものを支え、組み上げてきた張本人。それらに連なる、最も高貴な血を持つ二人が、ここにいる二人、ラムローラとスロージュだった。

 

 アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・セースル子爵(ベール・セースラル)・ラムローラ。

 

 対するは、

 

 スポール・アロン=テレート・リール公爵公女(ヤルリューム・レークルラル・リール)・スロージュ。

 

 どちらも帝国創建きっての高貴、ネイ(王位)アロン(忠臣)

 

 そんな中に挟まるケンは、ごく普通のありふれたアーヴである。

 

 イトー・ボルジュ=タカラル・ケンは、どこにでもいるボルジュ(連なる氏族)の少年だった。

 

「そっ、そうだ艦長(サレール)! 今日の給仕は七日に一度の特別料理らしいですよ! 一緒にどうですか!?」

 

 そんな彼は、恐るべき勇気を出して、二人の間に割り込んだ。

 

「えっ、そうなの!? あれ、でもケン、まだ仕事残ってなかった?」

「い、いいんですいいんです! あとは代わりの従士(サーシュ)に任せますから……!」

 

 そして、そんな高貴な血はちょろかった。

 

「やったあ! じゃあ行く!」

「すまんエントリュア従士、この埋め合わせは絶対にするからな……!」

「うーん、特別料理、なにかなー!」

 

 そう言いながら、ケンはルンルンの艦長(サレール)と一緒に艦橋の向こうへと歩いていった。

 

 そして、とりのこされたスロージュ。

 その後ろから、話しかける声がった。

 

「……年上なのに、大人げないんじゃなくて?」

「ゔっ…………」

 

 話しかけるのは、艶のある黒に近い青の髪をした、背の高いアーヴだった。

 

 先任砲術士(アルム・トラーキア)、これから艦長の当直を変わる、最も年長の立場のアーヴ。

 

「委員長……」

「その呼び方はもうやめて、スポール先任航法士(アルム・リルビガ)

 

 眼鏡をかけた凛とした雰囲気のアーヴは、席を立って、スロージュの方へと歩み寄った。

 

「スュムワス先任砲術士(アルム・トラーキア)と呼んで」

「……はい」

 

 そう言って、スュムワスは艦長席(サレリバシュ)へと足を運び、そこにある制御籠手(グーヘーク)を手につける。

 

 それから、頭環(アルファ)に下がるキセーグ(接続纓)を座席後部に入れて、再びスロージュに向き直った。

 

 そして、口にする。

 

「スポールとアブリアルの因縁はわかるけど、それを任務の信条に持ち込むのは早計よ。それに、向こうはアブリアルの次女だけど、あなたは誉れ高きスポール・アロン=テレートの公女(ヤルリューム)じゃない。焦ることはないでしょう」

「そっ、それはっ」

 

 スロージュは、キッとスュムワスを睨めつけるように顔を上げた。

 

「わたしは、傍系ですっ……!! アブリアルには届かない、アロン=セクパトじゃないっ……! でも、向こうは……!」

「だったらなおさらよ、スロージュ。自らの家に誇りを持ちなさい。傲慢ではなく、アーヴの誇り(バール・レペーヌ)を。スポールが自らの家に誇りを持たず、口先だけで他家を語るのは、スポールらしくないわよ」

「っ、ですがっ……!」

「分かったら、いえ、分からなくても、あなたも休憩をしなさい。先任航法士(アルム・リルビガ)はファーズに入ってからが本番なんだから、今のうちに休息を取って」

「っ……」

「いい?」

「わかりっ、ましたっ……!」

 

 ぎりっ、と奥歯をかみしめて。

 

 スロージュは、肩を震わせながら、艦橋(ガホール)の奥へと消えていった。

 

 それを見送って、ふう、とスュムワスはため息をつく。

 

 そこには既にもう、彼女と先任通信士(アルム・ドロキア)を残して誰もいなかった。

 

「家のことは、自分たちで何とかしなければね。アブリアルも、スポールも。まあ、私もだけど」

 

 そう言って、スュムワスは自分のメガネをくいっと動かした。

 

「これ、いつまでつけなきゃダメなんだろう……卒業したら、とっていいんだっけ…」

 

 そんな眼鏡を外し、目を細めて見て、スュムワスは口にした。

 

 普通、アーヴに近視はない。もちろん遠視もない。

 そもそもそんなに目を酷使することはないし、あったとしても医務室に行けばすぐに直る。

 だから、普通眼鏡なんてつけない。眼鏡を見るのなんて、博物館か骨董市くらいだ。

 

 しかし彼女の眼鏡は、スュムワス家の家徴(ワリート)であったのだ。つまり、その家に代々伝わる相伝のようなものだった。

 

 その家徴(ワリート)とはつまり、修技生である当分の間はメガネをかけていなければならない、ということ。

 

「アブリアルよりもスポールよりも、よっぽど変で難解な家徴(ワリート)なんだけど」

 

 再びため息をついて、スュムワスは顔を上げ、自らの役割に意識を戻した。

 

 そこに飛び込む、こらえきれない笑い声。

 

「ぷふっ」

「笑わないでっ、シーナっ!」

 

 スュムワスの、先任通信士(アルム・ドロキア)への咎めが、艦橋に響き渡った。

 

×

 

「ふわあーっ、白米の香辛料汁和え(カレーライス)だぁっ、やったぁーっ!」

 

 食堂の中に、ラムローラの嬉しそうな声が響き渡った。

 

 机に座る彼女の横に、ケンもすとんと腰を下ろす。

 

「よかったね。カレーなんて、僕は食べるの家にいたころ以来だなぁ」

「わたしカレーだいすき! いただきまーす!」

「いただきます」

 

 そう言って、二人は早速、カレーにとりかかった。

 

 かちゃりとすくった米とルー、それをゆっくりと口に運ぶと、鮮やかな香辛料の匂いと香ばしく味付けされたお肉の匂い、そして白いお米の味が、たっぷりと口内に広がってくる。

 

 ラムローラの口角は、天井を突き破らんばかりになった。

 

「んむ~~~~~~っ、おいしい~~~~っ!」

「そんなにおいしそうに食べられると、嬉しいですね」

 

 そう言うのは、奥の方で食器を取り扱う少女の給仕従士(サーシュ・バーテル)だった。

 

 それに対して、ラムローラは嬉しそうにお礼を言う。

 

「ありがとうモモカさん! 本当に、とってもおいしいよ!」

「そ、そうですか、そんなにですか。艦長(サレール)は優しいですね」

「ありがとう、モモカさんもね!」

 

 そう言うと、ラムローラはぱくぱくと、一斉にカレーを平らげにかかった。

 

 それを傍目で見たケンは、ラムローラのすさまじさに頬に汗を垂らしながらも、自らの口の中にカレーを運ぶ。

 

「やっぱり、特別料理ってだけはあるね。とある地上世界(ナヘーヌ)の伝統料理を取り入れたって聞いたけど、こんなにおいしいものが昔のアーヴにはなかったんだなぁ」

「うーん、人生絶対半分は損してるよぉ」

「百年は長いねぇ」

 

 幸せそうな顔をしている二人、そこに、がちゃりと食堂の扉が開いた。

 

「あっ、スポール」

「むっ、アブリアルっ」

「えっ、ちょっとまた喧嘩やめてね!?」

 

 必死な形相で止めようとするケン。

 

 それを見て、スロージュはぷいっと顔を背けた。

 

「がさつなアブリアルの喧嘩なぞ、高貴なスポールが買うものですか」

「むっ!」

 

 またもや噛みつこうとするラムローラ。

 それに、ケンは必至でラムローラの腕を引っ張った。

 

「ちょっとやめて、せっかくおいしいカレーなんだからっ」

 

 それを傍目に、スロージュは給仕従士のモモカに、料理を注文する。

 

「私も、特別料理をいただけないだろうか」

 

 そうやって、小さな声で、スロージュは彼女に注文をした。

 

「? はいっ、特別料理のカレーですねっ!」

「あっ、ちょっ」

 

 意図と外れて大きな声で言われて、スロージュはとっさに後ろを見た。

 

 そこには、にやにやした顔で彼女を見るラムローラの顔。

 

 そして、呆れたような顔をするケンだった。

 

「はい、こちらです」

「あっ、ありがとうっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、スロージュは盆を奪い取るようにして取って、隅の方、できるだけ二人と遠いところに着席した。

 

 

 

×

 

 

 

「ふう、おいしかったぁ」

 

 ラムローラはおなかをさすりながら、ふう、と、幸せそうな息をついた。

 

 その横のケンも、ラムローラに目をやりながらも、頬をほころばせている。

 

「うん、毎日特別料理だったらいいのに」

「いいなぁ、ケンは家で食べられて。わたしの家の人は、カレーの作り方なんて知らないよ」

「家って……クリューヴ王宮(ラルベイ・クリュブ)じゃん。頼めば食べれるでしょ、普通に」

 

 呆れたように、ケンはラムローラに言った。

 

「いや、そんなことないよ。ここで食べたものでしか得られない栄養があるの。ふう、じゃ、わたしは自分の部屋でひと眠りしますかぁ……」

 

 ふわぁ、とラムローラはあくびをして、ぐいっと伸びをする。

 

「うん、じゃあ僕ももどらなきゃ。書記(ウィグ)の仕事、押し付けたままにしてるし」

 

 そう言って、二人は盆を手にし、席を立った。

 

「「ごちそうさまでした」」

「おそまつさまでしたー」

 

 盆を渡し、食堂を去る二人にモモカはぱたぱたと手を振る。

 

 そして、部屋に残るのは、すでに一人だけだった。

 

 そこには、隅の方で、盆を眺めるスロージュ。

 

 もうとっくの昔に空になってしまったそれを、腕を組みながら、スロージュは眺めていた。

 

「…………」

「スロージュさん、どうしましたか?」

「えっ? あ、いや、なんでも、ないっ!」

 

 いきなり質問されて、スロージュはわたわたと手を振り回した。

 

「いや、ただ、そのっ! おいし、かったからっ!」

 

 彼女に似合わぬ、取り乱したような様相。

 

 それを一瞬、怪しげに見て。

 

 モモカは、ピンと来たように目を見開いた。

 

「あっ、もしかして、おかわりですか!?」

「ふぇっ」

 

 その瞬間、スロージュの顔が、ぼんっと発火した。

 

「えっ、いや、そんなことっ! 私は別にッ、ひとこともっ、言ってな」

「遠慮しないでくださいスロージュさんっ! 先は長いですよ! それにこの特別料理が出るのも一週間の演習に一回だけですっ! さあさ、遠慮しないで!」

 

 そう言いながらも、モモカは給仕台から出て、スロージュの席の上からその盆をかっさらうところ。

 

「あっ、あっ、あぁぁ……」

 

 視界の向こうで、山盛りにされていくお米と、たっぷりとかけられていくカレールー。

 

 おかわりしたのを誰かに見られたら、と気にしていたスロージュのプライドは、この瞬間にどうしようもなく、打ち砕かれたのだった。

 

「あ、すみません、失礼します、特別料理まだ……うわっ、山盛り」

「ちょっ、レイっ、誰にも言うなよ!?」

 

 そして、無口な監督(ビュヌケール)のレイに見られるだけで、スポールの秘密は守られたのだった。








用語解説:

従士(サーシュ):翔士(ロダイル)ではない、艦内に仕える軍士のこと。ほとんどが地上世界出身の人たち。みんなそれなりの訓練を少なくとも数年重ねた者たちで、翔士でなくとも艦には必須な役割。従士の中でも九個の階級に分かれていて、一番偉いのが最先任従士。

途中で名前が出てきたエントリュア従士は、ケンの代理として仕事を頼まれている(押し付けられている)ところから、たぶん最先任主計科従士なんじゃないかと思われる。
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