「
ガボールの中に、
「ふうっ、とりあえずこれで、いったん落着ってとこかな?」
「だ、大丈夫、だと思います」
「よし、じゃあみんな、当直を解けっ。これより〈門〉到着まで23時間56分、時間割通りに交代して当直をおこなってくだ……おこなえ!」
「はっ!」
びっ、と、空間内のすべての
ラムローラは手から
「ああ、つかれたあぁ……艦長職って、思ったよりつかれるなぁ……」
そんな吐いた弱音に、かじりつくものがいた。
「おい、それでもアブリアルか。なんだその弱々しい声は。ここは
「はあっ!? なに、スロージュっ!?」
がばっ、と艦長席から立ち上がるラムローラ。
その目を、真っ赤な虹彩で睨めつけるのは、スロージュだった。
宇宙に散らばった鮮烈な
それに、反発するラムローラ。
「そっちこそっ、十分前でギリギリで乗艦したくせにっ!」
「それは貴様も同じだろうっ! それに手続きをしくじったお前と違って、こっちはただお前と一緒にいたくなかっただけだ!!」
「はあっ!? そっちのほうが職務放棄じゃないの!?」
「誇り高きスポールがそんなことなどするものかっ!!」
「ちょっ、ちょっと二人ともっ!」
今にもかじりつかんばかりの二人の間に、ケンは再び割り込んだ。
「演習が始まってまだ一時間だよ!? あと一週間もあるのに、仲良くしなよ!」
「悪いのはスポールだ!」
「がさつなアブリアルだっ!」
「二人とも、頼むよ……」
二人の間で挟まれて、しょぼくれた顔をするケン。
「あ、あの、わたし当直解けたので、ご飯食べてきますね……」
「レンさん!? 置いてかないで……!!」
その隙をうかがって、逃げるのは
「がるるるるっ」
「ぐるるるるっ!」
「ほんとに帝国の一二を争う高貴な血筋か……!?」
アブリアル、そしてスポール。
どちらも、千年近くにわたる帝国の創建、その当初から存在する家だ。
それどころか、帝国そのものを支え、組み上げてきた張本人。それらに連なる、最も高貴な血を持つ二人が、ここにいる二人、ラムローラとスロージュだった。
アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・
対するは、
スポール・アロン=テレート・
どちらも帝国創建きっての高貴、
そんな中に挟まるケンは、ごく普通のありふれたアーヴである。
イトー・ボルジュ=タカラル・ケンは、どこにでもいる
「そっ、そうだ
そんな彼は、恐るべき勇気を出して、二人の間に割り込んだ。
「えっ、そうなの!? あれ、でもケン、まだ仕事残ってなかった?」
「い、いいんですいいんです! あとは代わりの
そして、そんな高貴な血はちょろかった。
「やったあ! じゃあ行く!」
「すまんエントリュア従士、この埋め合わせは絶対にするからな……!」
「うーん、特別料理、なにかなー!」
そう言いながら、ケンはルンルンの
そして、とりのこされたスロージュ。
その後ろから、話しかける声がった。
「……年上なのに、大人げないんじゃなくて?」
「ゔっ…………」
話しかけるのは、艶のある黒に近い青の髪をした、背の高いアーヴだった。
「委員長……」
「その呼び方はもうやめて、スポール
眼鏡をかけた凛とした雰囲気のアーヴは、席を立って、スロージュの方へと歩み寄った。
「スュムワス
「……はい」
そう言って、スュムワスは
それから、
そして、口にする。
「スポールとアブリアルの因縁はわかるけど、それを任務の信条に持ち込むのは早計よ。それに、向こうはアブリアルの次女だけど、あなたは誉れ高きスポール・アロン=テレートの
「そっ、それはっ」
スロージュは、キッとスュムワスを睨めつけるように顔を上げた。
「わたしは、傍系ですっ……!! アブリアルには届かない、アロン=セクパトじゃないっ……! でも、向こうは……!」
「だったらなおさらよ、スロージュ。自らの家に誇りを持ちなさい。傲慢ではなく、
「っ、ですがっ……!」
「分かったら、いえ、分からなくても、あなたも休憩をしなさい。
「っ……」
「いい?」
「わかりっ、ましたっ……!」
ぎりっ、と奥歯をかみしめて。
スロージュは、肩を震わせながら、
それを見送って、ふう、とスュムワスはため息をつく。
そこには既にもう、彼女と
「家のことは、自分たちで何とかしなければね。アブリアルも、スポールも。まあ、私もだけど」
そう言って、スュムワスは自分のメガネをくいっと動かした。
「これ、いつまでつけなきゃダメなんだろう……卒業したら、とっていいんだっけ…」
そんな眼鏡を外し、目を細めて見て、スュムワスは口にした。
普通、アーヴに近視はない。もちろん遠視もない。
そもそもそんなに目を酷使することはないし、あったとしても医務室に行けばすぐに直る。
だから、普通眼鏡なんてつけない。眼鏡を見るのなんて、博物館か骨董市くらいだ。
しかし彼女の眼鏡は、スュムワス家の
その
「アブリアルよりもスポールよりも、よっぽど変で難解な
再びため息をついて、スュムワスは顔を上げ、自らの役割に意識を戻した。
そこに飛び込む、こらえきれない笑い声。
「ぷふっ」
「笑わないでっ、シーナっ!」
スュムワスの、
×
「ふわあーっ、
食堂の中に、ラムローラの嬉しそうな声が響き渡った。
机に座る彼女の横に、ケンもすとんと腰を下ろす。
「よかったね。カレーなんて、僕は食べるの家にいたころ以来だなぁ」
「わたしカレーだいすき! いただきまーす!」
「いただきます」
そう言って、二人は早速、カレーにとりかかった。
かちゃりとすくった米とルー、それをゆっくりと口に運ぶと、鮮やかな香辛料の匂いと香ばしく味付けされたお肉の匂い、そして白いお米の味が、たっぷりと口内に広がってくる。
ラムローラの口角は、天井を突き破らんばかりになった。
「んむ~~~~~~っ、おいしい~~~~っ!」
「そんなにおいしそうに食べられると、嬉しいですね」
そう言うのは、奥の方で食器を取り扱う少女の
それに対して、ラムローラは嬉しそうにお礼を言う。
「ありがとうモモカさん! 本当に、とってもおいしいよ!」
「そ、そうですか、そんなにですか。
「ありがとう、モモカさんもね!」
そう言うと、ラムローラはぱくぱくと、一斉にカレーを平らげにかかった。
それを傍目で見たケンは、ラムローラのすさまじさに頬に汗を垂らしながらも、自らの口の中にカレーを運ぶ。
「やっぱり、特別料理ってだけはあるね。とある
「うーん、人生絶対半分は損してるよぉ」
「百年は長いねぇ」
幸せそうな顔をしている二人、そこに、がちゃりと食堂の扉が開いた。
「あっ、スポール」
「むっ、アブリアルっ」
「えっ、ちょっとまた喧嘩やめてね!?」
必死な形相で止めようとするケン。
それを見て、スロージュはぷいっと顔を背けた。
「がさつなアブリアルの喧嘩なぞ、高貴なスポールが買うものですか」
「むっ!」
またもや噛みつこうとするラムローラ。
それに、ケンは必至でラムローラの腕を引っ張った。
「ちょっとやめて、せっかくおいしいカレーなんだからっ」
それを傍目に、スロージュは給仕従士のモモカに、料理を注文する。
「私も、特別料理をいただけないだろうか」
そうやって、小さな声で、スロージュは彼女に注文をした。
「? はいっ、特別料理のカレーですねっ!」
「あっ、ちょっ」
意図と外れて大きな声で言われて、スロージュはとっさに後ろを見た。
そこには、にやにやした顔で彼女を見るラムローラの顔。
そして、呆れたような顔をするケンだった。
「はい、こちらです」
「あっ、ありがとうっ!」
顔を真っ赤にしながら、スロージュは盆を奪い取るようにして取って、隅の方、できるだけ二人と遠いところに着席した。
×
「ふう、おいしかったぁ」
ラムローラはおなかをさすりながら、ふう、と、幸せそうな息をついた。
その横のケンも、ラムローラに目をやりながらも、頬をほころばせている。
「うん、毎日特別料理だったらいいのに」
「いいなぁ、ケンは家で食べられて。わたしの家の人は、カレーの作り方なんて知らないよ」
「家って……
呆れたように、ケンはラムローラに言った。
「いや、そんなことないよ。ここで食べたものでしか得られない栄養があるの。ふう、じゃ、わたしは自分の部屋でひと眠りしますかぁ……」
ふわぁ、とラムローラはあくびをして、ぐいっと伸びをする。
「うん、じゃあ僕ももどらなきゃ。
そう言って、二人は盆を手にし、席を立った。
「「ごちそうさまでした」」
「おそまつさまでしたー」
盆を渡し、食堂を去る二人にモモカはぱたぱたと手を振る。
そして、部屋に残るのは、すでに一人だけだった。
そこには、隅の方で、盆を眺めるスロージュ。
もうとっくの昔に空になってしまったそれを、腕を組みながら、スロージュは眺めていた。
「…………」
「スロージュさん、どうしましたか?」
「えっ? あ、いや、なんでも、ないっ!」
いきなり質問されて、スロージュはわたわたと手を振り回した。
「いや、ただ、そのっ! おいし、かったからっ!」
彼女に似合わぬ、取り乱したような様相。
それを一瞬、怪しげに見て。
モモカは、ピンと来たように目を見開いた。
「あっ、もしかして、おかわりですか!?」
「ふぇっ」
その瞬間、スロージュの顔が、ぼんっと発火した。
「えっ、いや、そんなことっ! 私は別にッ、ひとこともっ、言ってな」
「遠慮しないでくださいスロージュさんっ! 先は長いですよ! それにこの特別料理が出るのも一週間の演習に一回だけですっ! さあさ、遠慮しないで!」
そう言いながらも、モモカは給仕台から出て、スロージュの席の上からその盆をかっさらうところ。
「あっ、あっ、あぁぁ……」
視界の向こうで、山盛りにされていくお米と、たっぷりとかけられていくカレールー。
おかわりしたのを誰かに見られたら、と気にしていたスロージュのプライドは、この瞬間にどうしようもなく、打ち砕かれたのだった。
「あ、すみません、失礼します、特別料理まだ……うわっ、山盛り」
「ちょっ、レイっ、誰にも言うなよ!?」
そして、無口な
用語解説:
従士(サーシュ):翔士(ロダイル)ではない、艦内に仕える軍士のこと。ほとんどが地上世界出身の人たち。みんなそれなりの訓練を少なくとも数年重ねた者たちで、翔士でなくとも艦には必須な役割。従士の中でも九個の階級に分かれていて、一番偉いのが最先任従士。
途中で名前が出てきたエントリュア従士は、ケンの代理として仕事を頼まれている(押し付けられている)ところから、たぶん最先任主計科従士なんじゃないかと思われる。