手が震える。喉が震える。体が震える。
生まれて初めての実践。まだこの船の戦闘試験もしていないのに。
ただ、目の前に、敵は要る。
自分はこの場にいる。この場にいるのは自分だけ。戦えるのは、この艦のみ。
後ろには、民間人のいる宇宙港がある。
ならば。
戦うしか、ない。
「
それはすぐさま拡音機により船全体に通達され、すべての乗組員に重い緊張感を与える。
ラムローラは
距離はかなりあった。このまま行けば数時間かかる距離。準備の時間はある。一瞬そう思う。
しかし、艦の感知器系を通して、ラムローラの
敵艦の後方から巻き上がる全力の
ラムローラの脳内が無意識にその加速を加算し、艦の軌道を計算する。
合流時間が一瞬にして縮まっていく――――三時間、一時間、三十分、ニ十分――――それ以上は、縮まらない。
燃料の心配をやめた戦闘状態にある艦は、その無限大の広さのあるこの真空空間で、ものすごい振れ幅の速度の内でねじれ、交わることになる。
ラムローラは喉を震わせた。
「
「
艦の外、突撃艦に埋め込まれるようにして配置される砲塔は動き、周り、ほんの数秒でその動作確認を終わらせる。
あとは、先任砲術士による操作一つで、六門あるそれらの大出力の凝集光砲が火を噴く。
「
「第一から第四までの投射砲へ、核融合弾装填、ゴスノーっ」
再び、先任砲術士の声が響いた。
本来、他の突撃艦にはない核融合弾の投射。
その役割は、凝集光砲と同じく、先任砲術士が担う。
その時、艦の四つの根元に待機するすべての
これで、いつでも撃てる。
「
今度はそれに、監督が答えた。
「は、反陽子供給、ゴスノーっ」
この艦を動かす
そこから電磁場によって構築されたパイプを通して、反陽子の奔流が主砲の待機槽に流れ込む。
「完了しましたっ」
「戦闘準備完了っ」
皆の言葉を聞き、
「これより十分十三秒後、敵と〈ギュクロール〉は交差するっ――――!」
最後に一度だけ、大きく息を吸って。
「全員衝撃に備え! 第一
「第一
復唱、そして銃爪を握る
轟音。そして、衝撃。
この艦直径数百メートル、質量にして数万トンの艦体が、一斉にして、後ろへと後退した。
数トンの融合弾の光速の範疇への加速。それが生み出す衝撃は計り知れない。
人工重力の制御をも振り切った衝撃が、船全体を襲い、すべての乗員は前へつんのめった。
「ッ――――!!」
激しい衝撃に耐えながらも、ラムローラは
光速の一パーセント、それはほんの数秒すら持たず、敵艦へと到達する。
そして
敵艦の側面から噴射されたものだった。反物質機関による、姿勢制御。
それは間一髪、
投射された
今度は敵の番だった。
敵は全力で
そして、放つのは。
乗員全員の
ラムローラは
直径数十メートルの反陽子の奔流は避けるにたやすかった。どこにも当たらなかった反陽子たちは、〈ギュクロール〉を掠めて後ろへと飛んでいく。
ただしかし、それが一発であれば。
避けた反陽子の奔流、それを意識する間もなく、敵艦は続けて放射を続けてきた。
ラムローラは絶え間なく
その度に、反物質の
「っ、ぐっ……!」
(艦が、重いっ……!)
試験で、体験で、何度も動かしたことはある。
しかし、重い。実践の、艦の感触。
今まで乗ったことのあるあらゆる船たち。個人用の
それらのどれとも違う。反応が重い、感触が重い。そして、まるで自分の体が巨人になったかのような錯覚。
「はっ、はあっ」
(これが、実践っ……!!)
まだ、何もしていない。指先を動かしただけ。ただ、動いているだけ。
それなのに、まるで全身運動をしているかのような。
(これが、命のやり取りか)
その瞬間、
そう錯覚した。
敵艦からのもの。絶え間なく、襲い来る光の奔流。
「敵からの
認識した瞬間に、自らのフローシュが炸裂したのを感じた。
「ッ……!」
濃密な光の束は
もし大気下ならばバリバリと音を立てて、超硬質陶質の外面を食い破らんばかりに焼き尽くしていく。
光速で動くこの砲撃を、巨大で重いこの艦が避ける方法はない。
解決法は。
より早く、敵をぶっ潰すのみ。
光の束で焼いているのは向こうだけではない。
「――――はぁっ、はっ」
息が付く暇もない。
試験で何度もやった。
実践のやり方を身に染みるほどに覚えた。
汗は額から垂れ、目を焼くほどの塩味を与えてくる。
しかし目まぐるしかった。何をすればいいのか分からなくなってきた。いきなりすぎる。まだ何の心の用意もできていない状態での、殺し合い。
自分が勝てるのか? いやどうしたら勝ちなのか。
むこうの艦を破壊したら勝ち。しかし、相手はまるで損傷を負っているようには見えない……!!
そんな思考が頭を支配する。
ふわふわと思考だけが体を支配して、ラムローラはギリリと奥歯を嚙み締めた。
「くっ、そっ……!」
(相手の体力表示もない、勝ちを審判する教官もいないっ!)
(これが、実戦での精神のすり減り!)
艦の損傷以上に、まず自らの心が削れていく。
そして、自分の右手に握り締めていたものを忘れる程に、精神が集中してしまっている。
そしてそれを、半ば無意識に、銃爪を引き絞った。
艦の中心部が胎動し、放出される。
ほぼ質量を持たない、光速に近い反陽子たちの塊が。
電磁誘導によるさらなる加速を経て、それは敵へとまっすぐに向かって。
そして、その正面に突き刺さった。
「やったっ……!」
ラムローラは一瞬色めきだった。
「まだだっ」
すぐやってくるのは、スロージュの声。
「えっ……」
すぐにスロージュが正しいことが分かった。
反陽子砲は確かに相手の真正面に突き刺さった。
しかし、まだだ。それは、艦を守る鎧、
「あっ、
ようやくして、ラムローラはそのことを自覚した。
そして、その一瞬の意識の間。
その隙をついて、反陽子砲は荒れる光の塊となって、突撃艦〈ギュクロール〉の側体に突き刺さった。
「ぐっ……!」
〈ギュクロール〉の
しかしそれは側部。その面積では、反陽子は上か、下かに受け流すしかない。
正面から受けた時より、その威力は明らかに異なる。
一筋の反陽子を、防御磁場は逃がしきれなかった。
「あっ――――!」
ラムローラは悲鳴にも近い声を上げた。
自らの体の一部が、爆ぜたような感覚がした。
そしてそれを、
「――――右側面姿勢制御系破損、および第一電磁投射砲破損――! 使用不可ですっ」
「ぐっ、あっ」
自らの体の一部が欠けたかのような感覚がした。本来、それは
その一瞬は、さらに大きな隙を生む。
半ば反射的に逃げようと動かした
しかし、思ったふうに動かない。姿勢制御系が破損して、艦の機動力は落ちていた。
「まずい――――!」
スロージュの声が響いた。
もう一斉射、敵からの反陽子砲。
ほんのすぐ前に、食らった場所へ、狙い定めたかのような一斉射。
「っ――――!!」
ラムローラは全力加速の形に
間一髪。反陽子砲は、〈ギュクロール〉の後方部の
「――――はあっ、はあっ、はっ」
あまりにも現実的な死の予感。そこから解放された反動で、ラムローラは息を切らした。
全力で噴射した
その一瞬で、ラムローラはようやく考えることができた。
「ラムローラ大丈夫か!?」
スロージュの言葉。
それに、ラムローラは問い返す。
「あの船の詳細っ、分かるッ!?」
緊迫した声に、答えたのはシーナだった。
すぐに口を動かし、シーナは目の前の情報を読み上げる。
「敵艦は人類統合体平和維持軍の、八年前に帝国に発見、記録された
「性能は!?」
ラムローラは後ろから追いかけてくるその気配を感じながらも、焦りながら口早に訪ねた。
「はいっ、性能は、
「速度なら、この艦より上ということか!?」
スロージュは声を上げてシーナに問いかけた。
「は、はいっ。この艦は
あやうく、シーナは舌を噛みかけた。
後ろから飛んできた反陽子砲。
それを、ラムローラはとっさに
過負荷気味になった人工重力装置は、その分を取り逃がして慣性を乗員に伝えてしまう。
敵の艦は、その速度で着々とこちらへと近づいてきていた。
「委員長っ――――! 後方に、
「その呼び方はやめてくださいって!」
稼働する、第二、第四電磁投射砲。後方への射撃を担う偶数番の電磁投射装置がうなりを上げ、0.01光速にまで加速された
絶妙な距離、二つの吐き出された核融合弾。
それは自らに搭載された推進装置により、ほとんど
当たれば、即死。
敵は狂ったように核融合弾へ向かって撃墜砲を打ち鳴らしていく。
一つは撃墜され、真空中にその残骸をばらまいた。
もう一つが敵艦へとほとんどまっすぐ向かっていく。
それを避けようと軌道を変える敵艦。
間一髪、それをかわす。
そこで、核融合弾は自爆した。
宇宙に広がる超巨大な原子爆発が、その瞬間生まれた。
その場所のみその瞬間に実現される超短命の人工太陽。
それは、たやすく敵艦の側部を吹き飛ばす。
「今ですっ、艦長!!」
スュムワスの声が響いた。
はっ、とラムローラは目の前の光景から意識を取り戻した。
敵の動きは鈍い。片方ほとんどの機関を焼かれ、身動きすらままならない。
そこへ、ラムローラは汗まみれの銃爪を、全力で握り締めた。
二度、三度、さらに何度も。
幾筋もの反陽子の奔流が、敵の側面
しかしもう、限界だった。そもそもその側面の出力を殆ど剥ぎ取られた
そして、勢いを落とさぬまま、反陽子は突き刺さった。
反陽子、それは電磁場以外のあらゆる物質の防御を無効化する、究極の破壊の化身。
敵艦の外殻に突き刺さったそれは、その場にあったあらゆる物質、そしてそこに存在するできうる限りの『陽子』と接触し、そしてそれらと共に、『この世から消滅する』。
そして、生まれるのは甚大なエネルギー。そして、残された物質の崩壊。
目の前でその艦は、一つの大きな赤い火の玉となって、真空空間に爆散した。
戦闘開始より、一分四十七秒。
敵突撃艦級宇宙艦、〈
勝者、突撃艦〈ギュクロール〉――――
×
「――――はーっ、はっ、はぁっ……!」
ほとんど呆けたように、艦長席に座るラムローラ。
事態を飲み込むのに時間がかかる。
そして、この場にいる全員の視線が、ラムローラに集中していた。
ラムローラの口角が、ほとんど無意識にかすかに小さく上がる。
「かっ……た……!!」
その、小さな言葉。
艦長のその言葉は、艦橋にいる全員に、その実感を与えるのに十分だった。
「「「やったぁぁあああああ!!!」」」
艦内に、大きな喜びが響き渡った。