とある星界の艦隊訓練   作:ケンタ〜

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勝利、そして恐ろしい可能性

「やった! 勝った勝った!! かったよおおおおお!!!!」

 

 サレリバシュ(艦長席)の上で、ラムローラは大きく跳ね上がった。

 

 彼女だけではない。他の艦橋(ガホール)の乗員も、みんな諸手を挙げて喜んでいた。

 

 若い翔士(ロダイル)たちの初陣、そして死の気配からの生還。その喜びの振れ幅は、計り知れないほどのものだった。

 

「よかったぁ、ここで死んじゃうかと思った」

 

 そう言ってへたり込みそうになるのは、監督(ビュヌケール)のレン。

 そこへ、ラムローラは抱きついた。

 

「う〜、ごめんねレン! わたしが至らない艦長(サレール)でえ……!!」

「うっ、むぐっ!?」

 

 苦しそうに、レンは手をジタバタさせる。

 

「でもレンが整備してくれたイルギューフ(電磁投射砲)で勝てたよお……!!」

「ぐっ、くるしっ!」

「あ〜、ほんとに良かった」

 

 そう言って、ケンは胸をなで下ろした。

 

「ほんとに死ぬかと思った」

 

 そういいながらも、彼の口調は喜びが隠せないでいた。

 

 そこに、スロージュが口を挟む。

 

「ちょっとお前たち、気を抜きすぎだぞ。まだ〈門〉から敵がやってくるかもしれないんだ。もっと気を引き締めてだな」

「でもスロージュ、顔にやけてるよ」

「へっ!?」

 

 たしなめようとするスロージュを、同じくらい頬が緩んでいるシーナが指摘した。

 言われたスロージュはバッと顔を隠して、そっぽを向こうとする。

 

「まあ(ビドート)への連絡は今私がやってるから、少しくらい喜んでればいいんじゃない?」

 

 そういいながら、シーナはカタカタと操作卓を操作した。

 

「あとで副直のアーヴの誰かに〈門〉の向こうの確認も生かせないと」

 

 明るいトーンでそう言うシーナ。

 それは、戦闘後の処理にかかる翔士(ロダイル)としては、いささか明るすぎるものだった。

 

 そして、これより数分後。

 

 監督補(ロイビュヌケール)のひとり、ギルの乗った連絡船(ペリア)が門へ侵入し、それからすぐに帰還せり。

 

 そして、艦橋にて報告を行った。

 

「何も問題はなかったぜ。びっくりするぐらいだ」

 

 強い口調でありながらも、淡々と報告するギル。

 

「マジでどっから来たんだってくらい何も痕跡なかったな。先遣隊って線もあるが、にしてはファーズのどこにも何も見当たらねぇ」

「うーん、じゃああの艦は迷い艦だったのかな?」

 

 報告を受けたラムローラは、サレリバシュ(艦長席)で頬に指を当て、こてんと首を傾げた。

 

「いや、仮にそうだったら、なぜいきなり『挑戦信号(アーガ・イゾーフォト)』なぞ送ってきた?」

 

 そう言う疑問の声が、スロージュの口から出される。

 

「向こうが何かを間違えたのかな……?」

 

 今度はケンが首をひねって言った。

 

 そうしながらも彼の手は、この戦闘で消費された資材や損傷の整備についての確認に、せわしなく動いていた。

 

挑戦信号(アーガ・イゾーフォト)投降信号(アーガ・レーガコト)を間違える輩がいるのなら、そいつが艦長(サレール)になる確率は生命が生まれる可能性より低い」

 

 スポールらしい言い回しで返すスロージュ。

 

「人類統合体がその程度の輩を艦長にするような国ならば話は別だが、そうだとしたらそんな国が帝国に次ぐ規模の国家体を維持できているワケは、超弦理論よりも理解が難しいな」

「どこかの門に潜んでいた視察艦だったのかな? もしかしたら、ファーズのどこかの門の向こうに、本隊が隠れているかも」

 

 ラムローラはまた首をひねった。

 

 しかし、ギルは否定した。

 

「その線は俺も考えたが、周りにあるのは帝国の門ばっかりだぜ。突撃艦の限界航行範囲まで全部だ。スポールっぽく言うなら、帝国が自分の国の領地を気が付かないうちに支配されるバカでもなけりゃあ、こんなことはねぇぞ」

「うーん、そうなのか……」

 

 結局、この議論の中で、敵の出どころが判明することはなかった。

 

「それより、まずわたしたちは修技艦隊(ベネー・ビュール)に合流しないと。ギル、ファーズには修技艦隊の姿はなかった?」

 

 ラムローラが聞くと、ギルは首を横に振った。

 

「いや、なかったぜ。おそらく次の門に行ったんだろうな。五時間もありゃ、そこまでは余裕だ」

「じゃあ、わたしたちも早く向かわないと。みんな、当直について」

 

 ラムローラが改めて指示を出すと、皆がその通りにそれぞれの席に姿勢を正す。

 

 そして目を閉じると、ラムローラの脳内に、この瞬間から門までの合流時間が自然と算出された。

 

「門まではあと二十分くらいだね。スロージュ、頼んだよ」

ゴスノー(了解)

 

 あんな事があったあとでは、さすがのスロージュも文句無しに従わざるを得なかった。

 

 そして二十分後、艦の機関(セー)が再び胎動を始める。

 

 全員が席に着き、〈門〉へと進入する準備が整っていた。

 

 〈門〉とは、絶えず膨大なエネルギーを輻射する粒子だ。それが開き、燐光を放つ月ほどの小惑星になった姿、それが〈ソード・グラーカ(開いた門)〉。

 

 そしてその向こうは、『別世界』であった。

 

 次元の数が一つ違う、二次元の平面のみしか存在せぬ世界。

 

 そしてそこへは、大きな代償を支払って入らねばならない。

 

 艦長の声が響いた。

 

時空砲発生機関(フラサティア)、作動」

 

 それに続く、先任航法士(アルム・リルビガ)スロージュの声。

 

時空砲発生機関(フラサティア)作動、ゴスノー」

 

 その瞬間、艦を取り囲むようにエネルギーの流れが発生した。

 

 それは常に形成され続け、エネルギーを放射し続けるだけの、一見何の意味もないような機構。

 

 しかしこれこそが、門へと進入するために必要な機関であった。

 

 スロージュの声が響く。

 

「〈門〉進入まで――――五、四、三、二――――一、零」

 

 何の、衝撃も、騒音もなく。

 

 艦は、平面宇宙へと進入した。

 

 ただ変わったのは、輝く星空がなくなったこと。

 

 辺りに広がるのが、虹色の光を時折散布する、灰色の円壁へと変わったことだけだった。

 

 スロージュが報告をする。

 

時空砲発生機関(フラサティア)問題なし(ゴスノー)。正常に作動中」

 

 ふぅ……とラムローラは息をついた。

 

(なんだかんだ、この瞬間は緊張するなぁ)

 

 今この瞬間、この艦が活動できる宇宙はたった一つだけ。

 

 艦の時空泡(フラサス)が形成する、この平面宇宙(ファーズ)の中の一つの粒子と化した、小さな空間だけだった。

 

 このような一粒の泡と化して、まるで三次元空間の狭間にのみ存在できる四次元空間のように、艦は平面宇宙を航行できる。

 

「さて、本当に隣の〈門〉にみんながいるのかな……」

 

 ラムローラはそう言って、グーヘーク(制御籠手)から手を離した。

 

 今形成されているこの小さな宇宙の中で、船を動かすグーヘーク(制御籠手)は意味がない。

 つまり、この艦(のフラサティア)が中心となっているこの空間の中では、艦がどれだけ加速しようとしても動けないのだ。

 

 それに平面宇宙での航行は、先任航法士(アルム・リルビガ)であるスロージュに移る。この全く物理現象の異なる場所での専門家は彼女だ。

 

「何かが起こってるのは確かだろうな」

 

 スロージュはラムローラへ顔を向けずに言った。

 

「それも何か尋常ではない何かが。修技艦隊が私たちを置いていったのと、人類統合体の艦が私たちの前に現れたのとは無関係だとは思えない。原因は皆目見当もつかないが」

「ふーん。じゃあ、どうする?」

「どうする?」

 

 スロージュは眉をつり上げて、ラムローラへ聞いた。

 

「だって、スロージュ、何かわかってそうじゃん。そんな口調だし」

「私は…………」

 

 何か根拠があって口にしたわけではないところを突かれて、スロージュは口ごもった。

 

 しかしそんな事を言うこともできないので、なんとか頭の中で理論を組み立てる。

 

「も、もしかしたら、帝国の内部分裂、かもしれない」

 

 そういった後で、スロージュは顔が熱くなるのを感じた。

 

(いや、こんなことは赤子でも思いつく言い分だ。何を言ってるんだ私)

 

「それ、どういうこと?」

「え?」

 

 しかし、ラムローラの口調は思いのほか興味津々だった。

 顔を見上げてみると、スロージュの方を見て目をキラキラさせているラムローラがいる。

 

「内部分裂って?」

「あ、ああ……。その、結構前から、帝国はほかの国、たとえば人類統合体と内部でつながっていて……それで艦を帝国の中に忍び込ませたり、内部癒着があったりして……それで、こんなことになったんじゃないか、と考えたんだ」

 

(ああ、我ながら幼稚な考察っ……!)

 

 すると、ラムローラの目はまたひときわ輝いた。

 

「す、すごい……! なんでスロージュそんなこと考えられるの……!? もしかしたらそれがホントじゃない……!?」

「えっ、ええ……?」

 

(この艦長、大丈夫か……!?)

 

 スロージュはそう思わずにはいられなかった。

 

 少し前に、地上世界から輸入された映像作品で見ただけの話だ。それを、自分は口にしただけ。

 

 それなのに、こんな偉人扱いするような態度をとられるとは思わなかった。

 

「あ、あの……」

 

 そう思ってケンの方を見てみる。

 ラムローラを止めている立場の彼なら、マトモな事を言ってくれるはずだ。

 

 すると、まさかの真剣そうな顔をして、考え込んでいる所だった。

 

「確かに……内部分裂、その可能性は考えたことがなかった」

「ええ……?」

 

 スロージュは呆れた顔でケンを見る。

 

「ケン、大丈夫か? そんなに、真剣に検討する話でもないと思うんだが」

「いや、真剣に考慮すべき話だよ」

 

 そう言うと、ケンは自らの席から立ち上がった。

 

「そんなにか?」

「根拠はある。ジムリュアの乱、って知ってる?」

「ジムリュアの乱……あれか、あの、地上世界出身のアーヴと同じ髪色をした軍士(ボスナル)が、星界軍(ラブール)を裏切って起こしたっていう」

「あ、わたしも修技館(ケンルー)でやった」

 

 スロージュの言葉に、ラムローラも同意した。

 

 ケンは頷くと、説明を続ける。

 

「当時、軍は星界軍と地上軍に分かれてたらしいんだけどね。その地上軍に入っていたジムリュアっていうボスナル(軍士)は、星界軍に気が付かれないように地上軍を扇動して、帝国史上最大の内乱を起こした。十年近くにわたって、星界軍には少しも気付かれずに下準備をして、だよ」

「それでしかも、帝都ラクファカールまで占領したんだよね」

「その通り」

「だから、今回の件もその可能性がある、と?」

 

 スロージュが問うと、ケンは頷いた。

 

「そう。あり得ない話じゃない。僕もこんな強大な帝国が分裂するとかにわかには信じがたいけど、でも実際に昔あったこと。スロージュが可能性を提示してくれなきゃ、思いつきもしなかったってことだけど」

 

 そこに、レンの小さな声が響いた。

 

「じゃ、じゃあ…………私たち、帝国の分裂のどまんなかにいるっ、てことですか……?」

「「「…………!!」」」

 

 艦橋に大きな沈黙が響き渡った。

 

 若い翔士たちの体重が、重力装置の不備によって幾分か増したように感じられた。

 

 たとえ、帝国が他国と戦争になったとするよりも、それよりも重い感触を、『分裂』という事実は彼女たちに与えていた。

 

「じっ、じゃあ、どうする……?」

 

 ようやく、ギルが口を開いた。

 

「そんなんじゃ、迂闊に次の門にも行けねぇぞ。中に入って敵の腹ん中だったら、こんな突撃艦一隻じゃ……」

「っ……」

 

 ひときわ重い感触。

 

 しばらく誰も口を開かない。

 

「ラクファカールへ」

 

 全員の視線がラムローラに集まる。

 

「帝都ラクファカールへ、報告しないと」

「正気か、ラムローラ」

 

 スロージュはややあって、ようやくその声を絞り出した。

 

「ここからラクファカールへ、いったいどれだけかかると思っているんだ」

 

 ラムローラは眉にシワを寄せて、しかし静かに反論する。

 

「そうじゃなくても、できるだけ近くの鎮守府(シュテューム)へ。この事を報告しないと。その鎮守府も、乗っ取られてる可能性があるけど…………でも、やらないよりかは」

「それは……」

 

 スロージュは言葉に詰まった。

 その通りだった。

 

 修技館(ケンルー)で学んだことのある知識を総動員しても、それが最適解と言わざるを得なかった。

 

 何か有事があれば、なるだけ今よりラクファカールに近い、無事な邦国(アイス)か軍機関へ報告する。

 

「それしかないか」

 

 スロージュはうなだれるように同意する。

 

「じゃあスロージュ、お願い、ここから最も近くの鎮守府(シュテューム)へ、できるだけ最近に帝都からの監査があった、駐屯艦隊のある邦国を経由する航路を設定して」

 

 不安に満ちたラムローラの声。

 しかし、今できうる中でもっとも正確な指令だった。

 

「っ、了解(ゴスノー)……っ」

 

 苦々しく敬礼をして、スロージュは操作卓へと体を向き直らせた。

 

 

 

 ✕

 

 

 

 スロージュの制作した航路表ができた。

 

 艦の床に、全翔士が見れる形で一つの地図、ヤ・ファド(平面宇宙図)が投影される。

 それはその名の通り、この平面宇宙(ファーズ)における地図だった。

 

 そこに点在する、いくつもの螺旋を描いた構造体。それが門だ。三次元宇宙から見たときと違い、平面宇宙側の門は螺旋を渦巻かせるとぐろを巻いた線のような形をしている。

 

 その〈門〉をいくつも経由するように、一本の点線が一方向へと伸びていた。

 

「ここが、今私たちが出てきた〈門〉です」

 

 スロージュが指揮杖を用いて指をさす。

 

「そして、その横にある青い輝点が、当艦〈ギュクロール〉。そこから、できるだけ短い補給分で最も近くの鎮守府(シュテューム)、〈エークサダフ鎮守府(シュテューム・エークサダム)〉へ向かう航路を設定しました。経由する門は三つ、それらすべてに直近4ヶ月以内に帝国からの監査を受けた駐屯艦隊があります」

「ありがとう、スロージュ」

 

 微笑んで、ラムローラは頷いた。

 

 それを見て、スロージュはいたたまれぬように身じろぎをする。

 

「そ、それで、よろしいでしょうか、ラム……艦長(サレール)

「うん、完璧。駐屯艦隊があるってことは、この国々たちは少なくとも侯国以上の邦国か、それとも戦略的に重要な位置にある国々なんだよね?」

「その通りです」

「よし、ありがとうスロージュ」

 

 そう言って、ラムローラは艦橋(ガホール)にいる全員に顔を向けた。

 そして、艦長卓にある拡音機を作動させる。

 

「これより当艦〈ギュクロール〉は、帝国の有事であることを鑑み、最も近傍にある鎮守府〈エークサダフ鎮守府(シュテューム・エークサダム)〉へと向かい、それを報告する! 途中に寄る所領(スコール)三つ、詳細は各端末腕環を確認せよ!」

 

 ふう、と、自らを落ち着かせる息を一つついて、ラムローラは周りへと目を向けた。

 

 皆、ラムローラへと、その目を向けている。

 

「それでは――――錨よ上げ(ダイセーレ)完全移動状態(ノークタフ・バタ)にて、出航!」

「「「ゴスノー(了解)……!!」」」

 

 始まりより更に重く、死を乗り越えた実感が伴った返答が、艦橋に響いた。








用語解説:

平面宇宙:我々の存在する三次元宇宙とは異なる、二次元空間で構成される宇宙のこと。そこへ三次元空間から行くには、〈門〉を通り、更に平面宇宙の物理学に基づいた時空泡発生機関がなければならない。

平面宇宙には様々な門が近距離に隣接しており、それら門を行き来することで、本来数光年の距離がある他の星系へと比較的短い時間(早ければ数時間、遅くても数ヶ月)で行くことができる。
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