自室にて睡眠状態に入っていたラムローラは叩き起こされた。
一瞬、眠気があるうちに叩き起こされたことに怒りの気配がさす。しかし自らを起こしたそれが生命の危険性を告げるものであることを認識すると、すぐさまそれは焦りへと変わった。
瞬時にアーヴとしての遺伝子が眠気を吹き飛ばし、
「なんだ!?」
『敵影だっ!』
副長、
ラムローラはすぐさま体を寝台から起こしてから額に
「ほ、報告っ! ほうこくおねがい!」
『敵影、
「くそっ、バレてたか!」
そして腰には
全力疾走し、息を切らしながら
「みんなごめんお待たせっ! なに!? 敵来てるの!?」
見ると、
敵襲のためにあらゆる人員を叩き起こして配置に向ける
その中で二人、余裕のあるシーナとスロージュだけが、艦長であるラムローラの方を向いていた。
スロージュが口を開く。
「改めて報告、敵影は
足元に、瞬時に
周囲で螺旋構造を描いているいびつな形をした沢山の〈門〉と、この〈ギュクロール〉を指し示す青い輝点。そして、その進行方向である航路上に向かってくる、小さな
中身は民間船の集合体かもしれないし、だからスロージュがそれを『敵艦』と断じるには少し早計すぎるほどだった。
だから、ラムローラはシーナに指令を飛ばした。
「敵かん……じゃなくて、目標の艦に
「
平面宇宙での通信は、耐え難いほどに不便だ。
艦を包んでいる泡の外は全く異なる物理学の支配する世界。よって、電波はそこを通れない。
平面宇宙を通れるのは、時空泡、そして、そのより小さな状態で平面宇宙に蔓延する時空粒子のみ。
その時空粒子を突き動かして、目標へと届けることでその通信は実現する。
しかし――――耐え難いほど、遅い。
待つ間、艦橋内には得も言われぬ重い空気が立ち込めていた。
敵へ突き動かした
その
そして、息を詰まらせる。
「っ…………!
確定した。敵艦であることが。
床面に表示されていた平面宇宙図の黄色の輝点が、一気に『敵』を意味する赤色に変わる。
ラムローラは口にする。
「総員、第一級戦闘配置。敵艦、
通常空間とのそれとは違う。
敵が見えているのに、それと戦える距離まで行くのが、圧倒的に長い。
この艦には二次元空間を横切れる攻撃手段がない。そしてそれは、おそらく敵艦にも。
だから、ただ交わるまで、待つしかない。
「こうも立て続けに……っ」
ビリビリと震える両手。
銃爪の握りをぎゅっと握り締めて、それを止めようとする。
帝国は戦争の只中にいる。それは間違いようのないことだった。
その中で、どれだけ泣こうと喚こうと、止めてくれる者はいない。
強いて言うなら、帝国が最も強大で敵を止めるに足る存在だ。
単純明快、それでもあまりに非現実的な命のやりとり。
それしか方法はない。
「ラムローラ……」
「なに、ケン」
操作卓になおも手を走らせながら、ケンが話しかけてくる。
「何もできずに待つ時間って、なんでこんなにつらいんだろうね」
「そんな恋愛映画みたいな事言うのやめてよ……」
「いやそんなつもりじゃないんだけど」
「お前たち、惚気てるばあいかっ!」
スロージュの絶叫が響いた。
思わず全員の視線がそこに集中する。
「え…………」
見られたスロージュの顔は、真っ赤になっていた。
ラムローラの口元が、ニヤリと吊り上がった。
「あーっ、スロージュ、やっぱりそうなんだな? ムッツリなんだなこのスポール!」
「ちっ、ちがうっ! 誇り高きスポールの女がそんなことあるわけがないっ!! 何を勘違いしているっ!!」
ばたばたと手を暴れさせながらスポールは取り繕おうとする。
しかし、向かうアブリアルの頭脳は、目の前の二千年前からの因縁がある一族を馬鹿にするために、超速球に働き始めていた。
ラムローラは指を組み、恋する乙女のようなポーズを取りながら、高い声を出す。
「う〜ん、スロージュにはわたしとケンがそういう仲に見えるのか〜、そっか〜、じゃあもっとイチャイチャしよっかな〜」
「「はっ、はあっ!?」」
今度はケンにもダメージが行った。
「ちょっ、ラムローラ、じゃなくて
「そっ、そうだぞアブリアルっ! ていうか第一級戦闘配置だぞ何考えてんだっ!!」
顔を真っ赤にするスロージュに、ラムローラは更に頬を吊り上げた。もはやスロージュの気取った口調は崩壊しかけていた。
「え〜、話し始めたのはスロージュじゃん? ケンはただわたしの緊張を慰めようとして話しかけてくれただけでしょ? ねっ?」
「えっ? あ、うん。その通りだけど」
「惚気てるじゃないかっ!!!」
ドンッ、とスロージュは顔を真っ赤にしながら操作卓に拳を叩きつけた。
「クソッ、アブリアルはどいつもこいつもっ。本来スポールがふざけてそれにアブリアルが嗜めるものじゃないのか!?」
「あ、その自覚はあるんだ」
冷静になってラムローラは突っ込んだ。
スポールとアブリアルの因縁は有名だ。それは、アブリアルの姓と同名の巨大都市船〈アブリアル〉にのみ、アーヴが生きていた時代。千年近く前から遡る話だ。
航法を定める船の長であったアブリアルと、船の機関を治める立場にあったスポール。
遥かな昔からその関係は続いている。多くの場合は、王たるアブリアルを指さし揶揄する副王、スポールとして。
ぎゃーぎゃーと喚くスポールに、ラムローラは自慢げに腕を組んで言った。
「まっ、私がケンが好きなのは事実だけどね」
「「「「えっ!?」」」」
ケンだけでなく、
目を閉じながら、ラムローラは
「まあ、この慣熟航行が終わったらね……告白するつもりだしね……」
「……!?!?」
こんどは、スロージュだけが青ざめた。
他は皆嬉しそうだった。
きゃー、言っちゃったー、と恥ずかしがるラムローラ。そして、顔を赤らめながら目を白黒させるケン。
赤くなりながらも『おおっ』と色めき立つシーナ、真っ赤になって目を丸くしているレン、冷静に見えながらも顔を向けてしまっているスュムワス。
そんな中で、スロージュは顔を真っ青にしていた。
「ら、ラムローラっ、それは……!」
「えっ? スロージュ、もしかしてケンのこと好きだった?」
「いやっ、違う。好ましいヤツだとは思っているがそうじゃないっ。そうじゃなくて」
「じゃあ、いいじゃん! まあスロージュにもいい人がいるよ、きっと」
「いや、そうじゃなくて、ほんとにそうじゃなくて……!!」
「ふふーん、隠しきれてないんだぁ」
いやらしく、ラムローラはにやけた。
「いいよ、じゃあケンを巡って戦いだね! どっちがケンを惚れさせられるか!」
「えっ僕の意思は……!?」
「いやホントに、ラムローラ……!!」
スロージュは、心の中で叫んだ。
『それは、
しかし、恋に盲目なアブリアルは、全く言うことを聞かず。
かくして、合流、二十分前。
「ね、じゃあ後で、一緒に食堂行こうね」
「う、うん……別にいいけど」
「ずっと惚気てたぞこの二人……」
二人を背後に、スロージュはずーんと操作卓にうつぶせになっていた。
「殺し合いだぞこの後……」
そう言えば、アーヴがまだアーヴと名乗る前、自らを生み出した母都市をアーヴたちが破壊しようとした時、スポールは遊び呆けていた、という伝説があったな――――とスロージュは思った。
あの時の船王アブリアルもきっと同じ気持ちだったのだろう。
(二千年前の船王に急激に申し訳なくなってきた……)
「な、なあ。レン」
「えっ、ふぁいっ!?」
「そんなに驚くなよ……長い付き合いだろ」
「え、いや……っ、すみませんっ」
とうとういたたまれなくなって、スロージュはレンに話しかけた。
びくびくとしながら、レンは返答をする。
「いや、その、スロージュさんが、私なんかに話しかけるなんて……」
それに、スロージュは普通に答えた。
「
「そ、そうですね……?」
変わらず怯えているようなレン。
はあ、とうつぶせになりながらも、顔をそちらのほうに向けて、スロージュは口にする。
「なあ、あの
「えっ? 素敵な艦長だと思いますけど……」
「そうか……まあ愉快な艦長ではあるが……さすがにもうちょっと危機感あってもいいんじゃないか? だってあと二十分後にはこの艦は平面宇宙の藻屑となってるかもしれないんだぞ?」
スロージュは自分の目の前に映る映像を指差しながら言った。
赤色の輝点、それが少しずつ近づいてきている。それは、自分たちを殺しに来る一つの
すると、レンははぐらかすように微笑んだ。
「まあ、でも……わたしは、ちょっと今がありがたい、ですね」
「ほう?」
スロージュは興味をそそられて、少し顔を起こした。
「その……さっきは、緊張でおかしくなってしまいそうだったんです。『これから、死ぬかもしれないんだ』って。でも……だから、今は少し、緊張しなくなって、ありがたいん、です」
スポールは少しだけ目を細めて、目の前の小さな
「ふーん……そういうこともあるのか」
そう言って、スロージュは再び目を前へ向けて、うつぶせになった。
刻々と近づく、二つの青と赤の輝点。
(しかしまあ、こう冷静に戦況を見れるから、良いことなのか)
その時にすこしだけレンの方を向いて、スロージュはその顔をちらと見た。
短い青の髪に彩られて、瞳はくりくりと丸く、また成長期真っ只中のその丸い顔は、幼く小さかった。
集中して操作卓に目を凝らす顔は、普段の慌ただしさを感じさせずに、ただ一介の軍士としての影があって、でも時折慌てたような顔をちらりと見せてくる。
そして、思う。
(……なんかかわいな、こいつ)
スロージュの腹の中に、スポール元来の欲望が湧いた。
性別あんまり明記していないキャラが多いのですが、読者の皆さんちゃんと理解できているでしょうか。
アーヴは恋愛の性別あんまり区別しないタイプなので、余裕で薔薇や百合とかが咲いてしまいます。
また、軍士の出会いの場所はほとんどが艦の中です。なので惚気てしまっているラムローラはアーヴとしての本文をしっかりと果しているともいえる……さすがはアブリアル。