時空融合――――つまり敵との交差まで、残り、5分。
今や二つの点、青い輝点と赤い輝点は交わらんばかりになっていた。
さすがにその頃には艦内も静かになった。
ラムローラ、
「委員長……じゃない、
「
「うん」
もう三度目の確認だった。本来それらは全て敵を確認して第一級戦闘配置を命じたあとに、もう終わっていたことだった。
視覚的にはもう敵は目の前だ。
しかしまだ長い。残り五分は、戦闘に臨む前の余韻としては、あまりにも長い。
残り、三分。
まるで時間が引き伸ばされ永遠になったかのような体感。
二分。
心臓が勝手にドクドクと震える。
一分。
ラムローラは、ぎゅっ、と銃爪の握りを握りしめた。
「いっ……委員長」
そう言って声を出して、ラムローラは自分の喉がまたもうまく動かなくなっていることに気がついた。
「委員長ではないですが、なんですか」
そのスュムワス声も、すこしだけ震えているように聞こえた。頼もしく常に冷静沈着な委員長でも、焦りに動きを見せることがある。
「時空融合とともに、
「
残り、三〇秒。
二〇秒。
一〇秒。
ラムローラの
ぼこ、ぼこと。
いくつもの
――五秒。
それはまさに艦の時空泡が絶えず放出している、時空粒子の群れ。
まさに、もう戦闘の景色が近いことを示す前触れ。
三秒。
戦闘が近づいていることを示すとき、否応なしに起こる事象。
アーヴの言葉では、『時空泡の表面が泡立つような』ということがある。それはまさに、戦いが始まる瞬間を意味する言い回し。
二秒。
ボッ、ボゴッ、と
――――――一秒。
その中ですら、時間が引き伸ばされたように感じる。
スロージュの声が、絶叫のごとく響いた。
「
目の前の景色が、一気に拡張した。
宇宙は融合し膨張し、二つの泡が融合し、世界は広がる。
そして、その広さを提供してくれる目の前の相手。
それは当に、この瞬間、殺すべき相手だった。
人類統合体の宇宙艦。そこにいた。
間違いはない。明らかに帝国のそれではない。
何も言葉を発さず、ラムローラは
それと同時。
ゴッ――――!!
全乗員は前につんのめった。
それは
開いた敵の時空の穴に、吸い込まれるようにして飛んでいく。
敵は
敵の目の前で、それは自爆をした。
ラムローラは全力で後退の
このままではこの艦も核融合に巻き込まれる。
「あづっ――――!!」
自らの艦の前面が焼け焦げるような感触。
目の前で起きる、反陽子以外に人類が引き起こせる最も巨大な破壊現象。
原子の粒子が交わって、そこに秘めるエネルギーを全て撒き散らす膨大な力。そして、太陽の根源。
圧倒的な光量に
しかし、敵の形がおぼろげに認識できる。つまりまだ形がある。
南無三。失敗したか。
自爆の指令を手元で出したラムローラは、自らの咄嗟の判断に後悔をする。
だから、その瞬間だけは必ず目の前にいて、こっちを向いている。
その可能性に賭けて、ラムローラは発射の瞬間の爆発を決行した――――
一瞬の核融合のエネルギーの雨が晴れた。
前が見えるようになる。
それは、スロージュの声によって代弁された。
「まだだ――――!!」
敵はやられてはいなかった。
同じように後退をしたのだろう。
前面が焼け焦げているのが見える。
しかし破壊されてはいない。
敵の艦の全貌を、ラムローラはようやく
先の艦とはまた違う。
四つの縦長の巨大誘導弾。
それが、敵の艦の四方についていた。
後ろ向きに
すぐさまそれは着火され、反物質を梱包しながらこちらへと迫りくる。
「委員長っ!」
「わかってるっ!」
光速で放たれる八筋の
それはすぐに二つを捕らえ、真空空間に爆散させる。
そして、また二つも――――
〈ギュクロール〉へと発する、反陽子の筋。
当たれば容易に
ラムローラは
(分かってる。一発じゃない)
反陽子と共に、
反射的に目を細めながら、ラムローラは銃爪を握りしめた。
艦が回避運動をしたことにより
「
ラムローラの言葉が拡音機を通じ、すぐさま第一
「わかってんよぉ!!」
そこにいたギルは少しの苛立ちと共に、通信機越しにラムローラへと返す。
(二弾同時に撃てないのは痛い。もし二つ一緒に撃てってたら、もう決着はついてた)
しかし一つだけでも収穫はあった。ラムローラは瞬時に思考する。
敵の艦の
「っ、くっ、うっ!」
しかし襲い来る反陽子の波。視界を邪魔する凝集光。
空間はねじれ、よじれる。
多くのエネルギーが一つの時空泡で放たれ、崩壊していく。
「はあっ、はっ、っ」
息が切れる。呼吸のできない海の中で、全力疾走をしたかのよう。
喉の奥を引き絞るような息が喉を通過していく。
電磁投射砲が意識の中でガコンと動いた。
装填が完了した合図。それを、空色覚への直感で理解した。
しかしまだ、それを撃たない。
それは、一発しかない敵への決定打。
「っ、ぐっ……!!」
まだ、見極める必要がある。
しばらく続く、反陽子と光量弾の撃ち合い。
それだけでは決定打とならない。
しかしこの距離で核融合弾を撃っても避けられる可能性がある。
(まだっ、まだっ……!!)
ぶるぶると震える手のそれは、恐怖か武者震いか。
二度目の戦闘で回避に慣れたラムローラ、そしてアーヴ特有の自由な艦操舵。
それで、敵の砲を撹乱しながら翔べている。
しかし動きはこちらの方が鈍かった。やはり四つの加速装置。
それは、突撃艦一つ同士の殺し合いでは、役に立たなければあまりにも鈍重な重りだった。
ラムローラは声を張り上げた。
「委員長っ、第二、第四電磁投射砲用意っ」
「ゴスノー、第二、第四電磁投射砲」
「えっ、第二第四!?」
少しの疑いもなく従うスュムワス、しかし目を見開く
「黙っててっ!
ラムローラはさらに続ける。
「なっ……!!」
「わっ、
自らを引っ張る標準重力、それがほとんど消失したように。
ラムローラは全力で操作卓に捕まった。
「両
構造体に囲まれている加速器の線路、それがその中で素早く構造を変えていく。
一つ一つ小さなレールへと分離し、組み変わり、そして向きを変える。
ものの数秒もかからずに、それは完了した。
しかしそれは、まったく的外れな方向だった。
そもそも敵は後方にはいないし、偏向した向きにもいない。
それどころか、その真逆。
ただ
その動きを、ラムローラはしばらく続けた。
「ふぅっ、ふっ、ふぅっ」
ラムローラの頬に無数の汗が流れる。
それは操作卓を濡らし、目を染みさせていく。
「ッ――――!」
相手の反陽子の一つがスネセープに突き刺さり、そしてわずかに突き破り、艦前方の壁、そしてそこらの感知器その他推進系を食い破った。
そこに、ラムローラは叫んだ。
「全員衝撃に備え!!
スュムワスが投射の銃爪を引いた。
その瞬間、艦は胎動した。
二つの超速の数トンの鉄塊。
姿勢制御の重力装置を切ったことにより、その反動はモロに艦を襲う。
さらに同時に、ラムローラは全力で、
「わッ――――――!!」
ケンの悲鳴にも似た声が響いた。
艦は
敵の艦の、その、ちょうど真下まで。
圧倒的な反動を利用した超加速。アーヴの強化された骨格が、ギシリと軋む。
艦はその思いを受け、上へと艦首を動かそうとした。
敵もそれを察知していた。〈ギュクロール〉の奇っ怪な動きに寸分の驚きも見せず、直下にいるそれへと、主砲を叩き込むために、
(南無三っ!)
やや重いこの艦は間に合わないか!
ラムローラは叫んだ。
「上へ!!」
「
なんの説明を交わすこともなく。
スュムワスによって操作された〈ギュクロール〉の翼は、艦自体の回転を加えられながら構造を変え、上を向いていた。
突く、敵艦の真下。
「投射!!」
衝撃、轟音――――
一つの光速の扉に侵入した破壊の
煌めき、そして閃光。
敵艦のその腹部の中で、まるでその中から食い破るように、核融合弾は自爆した。
「ラムローラぼっとするな降下ッ!」
スロージュが言った。
「ッ、うんッ!」
ばらまかれる太陽の如き熱量、敵艦から漏れる反物質、塵、部品、破片。
それをスュムワスのヴォークラーニュが防御射撃をしながら、〈ギュクロール〉は降下していく。
「はあっ、はっ、はあっ!」
敵の艦の
それはつまり、敵艦の艦としての能力の喪失。
時空泡の中で暫くの静止があって、ラムローラは上を見た。
膨大な熱と光を撒き散らしながら、拡散していく敵の艦。
それはまるで、超新星爆発直後のきらびやかな星雲のようだった。
本来『パーセント』などの外来語は原作のセオリーに基づいてあんまり出したくないのですが、どうしてもこういうのは分かりづらくなってしまうのでそのまま出しました。
一応、ここで他にも解説をしておきます。
凝集光砲→レーザー砲
凝集光→レーザー
電磁投射砲→レールガン
電磁投射砲の線路→とどのつまりレール部分のこと
機関→エンジン
主機関→メインエンジン
防御磁場→電磁シールド
制御籠手→お手々を入れて指の動きで操作する操縦桿。
空色覚器官→アーヴにのみ存在する額にある器官。ただしいつもその上に頭環(アルファ)をかぶせているので見えない。
空色覚→頭環と空色覚器官で得られるその機能のこと。頭環を船とつなげて脳で直接船の外を感じることができる。第三の目、のような役回り。
他にも分からないことありましたらお答えします。いつでもご質問ください。