ヘルガの家は、森の端にひっそりと建っていた。
丸い屋根、土壁、煙突からはやわらかな香りの白い煙がのぼっている。
中は広くはないが、どこまでも暖かい。
机には乾いたハーブ。
棚には薬草の瓶がずらりと並び、
木製の床にはヘルガの好きな黄色いラグが敷かれていた。
チェシャ猫はというと──
(……悪くない)
部屋の隅を嗅いで、飛び、すり抜け、しまいには暖炉の前で丸くなった。
「気に入ったみたいね」
ヘルガが笑う。
猫は鼻先だけ振り返り、
「別に」と言いたげにそっぽを向く。
――だが、その尻尾の先は明らかに機嫌よく揺れていた。
ヘルガは薬草を刻みながら、ふと振り向く。
「チェシャ猫。
あなた、魔法は使えるの?」
猫は片目を開ける。
「一応使えるが……」
ヘルガは興味深そうに近寄る。
「見せてもらえる?」
猫はため息をひとつ。
わざとらしいほど「仕方ないな」といった顔をして前足を上げた。
その爪先から、
ふわり、と光がこぼれる。
次の瞬間──
机の上の薬草がひとりでに生え揃い、香り高く新鮮な姿に戻った。
ヘルガは思わず両手を口に当てた。
「植物再生魔法……?しかも、種類ごとに最適な状態に……!」
猫は胸を張る。
(ふふん、植物系とか料理の下準備なら得意だしな)
「すごいわ、あなた……本当に珍しい魔法生物ね」
ヘルガは尊敬を隠さず言った。
今度はヘルガが小さく杖を振り、違う魔法を見せる。
「わたしも、あなたに役立つ魔法を教えてあげるわ」
宙にやわらかな黄色い光が広がる。
すると暖炉の火がふわっと大きくなり、
部屋全体が一段階温かくなった。
「これは“守護の魔法”。
人を傷つけるためじゃなく、
寒さや怪我、恐怖から守るための魔法よ」
猫の耳がぴくりと動いた。
その魔法には、敵意の匂いがまったくなかった。
(・・知り合って間もないけどこの子らしい)
そう思った。
ヘルガは続ける。
「あなたみたいな子なら、きっと、護りの魔法も使えるはずよ」
猫は小さく瞬きをした。
その瞬きには、わずかな照れと、くすぐったさが混じっていた。
「・・・教えてくれ」
ヘルガはにっこり笑う。
「もちろん。あなたがここにいてくれるなら、いくらでも」
その夜──
暖炉の灯りの下で、
ヘルガとチェシャ猫は向かい合って座った。
ヘルガが教える守りの魔法。
チェシャ猫が返す、野菜や果実を育てる魔法、調理魔法。
お互いの得意を交換するように、
ぽつぽつと言葉と魔法が行き交う。
猫は思う。
(……こんな風に、誰かと魔法を交換する日が来るとはな)
ヘルガは思う。
(この子は、怖がりで、強くて……そして、とても優しい)
そして気づけば、小さな家の中に、二人だけのぬくもりが満ちていった。