愛を求める半端者 作:とぅる子
「いいじゃない!すっごく似合ってるわよ天音!ちょっと一枚撮らせなさい!待ち受けにするわ!」
入学式の朝、天音はシャワーを浴びて自室で新しい雄英の制服を着てリビングに降りるなり、その制服の姿を見た香山が鼻息を荒くし興奮気味にスマホを構えた。
(待ち受けって言い方微妙に古いな…)なんて思いながらせっかく喜んでもらってるならと一枚ソロで撮られると、今度は自身のスマホを内カメラで起動する天音。
するとそのまま香山の肩を掴んでパシャリと一枚撮った。
「一人も別にいいけど、せっかくなら睡さんと一緒の方が…俺は嬉しい」
少し照れつつも綺麗に撮れた写真を香山に見せる天音。
その一連の行動に香山の顔が一気に赤く染まった。
心臓の音がうるさすぎて、最早他の音が聞き取れない。
訳あって一緒に暮らすことになった、偽りの家族関係。
詳しい過去も知らないし、無理やり聞く気もなかった。
初めてあの子と会ったとき、この世界を恨んでるようなギラついた眼をしていて、小さなその背中は独り寂しそうに見えた。
だから咄嗟にあの手を掴んだ。
この子の居場所にならなきゃって。
それからこの子の、天音の親代わりとして支えようって決めた。
みるみる大きくなるあの背中がどこかたくましくて、でもちょっと寂しくて。
時々ヒーローを見るあの子の眼が変わることがある。
同じヒーローでも私と、あと少し前までプロヒーローだったレディ・ナガンにはその眼をしない。
最初は思春期特有のものかってドキッとしたけど、多分あれは違う。
彼は、ヒーローを目指しているけれど、きっとヒーローを嫌っているんだと思う。
家族で一緒に暮らしてるからあの目を私にしないだけで、あまり私に良い印象を抱いてないんだと思っていた。
でも今日、こうしてあの子が自分から写真を一緒に撮ってくれて、あんな顔を見せてくれて、今までやってきたことは無駄じゃなかったんだって思えた。
やっと家族になれた。
それがとても嬉しくて、思わず口元が緩みそうになるけど、せっかくの機会だ。
大切な思い出をいつでも見返せるように残さなきゃね。
「ちょっと!不意は嫌だからもう一回ちゃんと撮って!あとタイマーにして全身でも!あと私のヒーロースーツ状態でもね!さぁ遅刻ギリギリまで撮るわよ~!」
ノリに乗った香山を満足させるために写真を撮り続けた天音。結局二人とも遅刻ギリギリの時間に家を出たのだった。
二人仲良く登校した天音と香山。香山は入学式の準備もあるため門をくぐった後は別行動になり、天音は校舎の中を歩いていく。
天音のクラスは1‐A。色んな個性が集まるため、校舎が普通の学校よりうんと広い。
だが、わかりやすく教室のドアにクラスが大きく書かれていることもあってあまり迷子にならないで済んだ。
ちゃんとチャイムが鳴る前に教室に着いた天音だったが、彼は教室に入れないでいた。
その理由は至って単純。教室に入るドアの前に大きな芋虫の様なものがいたのだ。
これも誰かの個性なのだろうか、と右往左往していると突然大きな芋虫がしゃべりだした。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここは…ヒーロー科だぞ」
懐から出したのだろう、エネルギーチャージをするゼリーを一気飲みする芋虫。もとい、芋虫に見えた寝袋から出てきたのは頭がぼさぼさのくたびれた男性だった。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
先ほどまで騒がしかった教室が静かになっていた。中にいる生徒も今の状況に理解が追い付けずにいた。
「そこのお前も初日から遅刻とは。保護者にきつく言っといたほうがいいか」
「まだ遅刻じゃないでしょ、先生」
「…まあいい。担任の相澤消太だ、よろしくね」
1‐Aの担任の登場に教室から来る空気が驚きに満ちていた。
天音はこの学校に通う教師全員がプロのヒーローであることを思い出し、このヒーローっぽさの無い男が一体どんな個性を持っているのか、そしてどんなヒーローなのかを確かめようと、自身の持つ特別な眼に呪力を流す。
(いったいどんな個性を…ってなるほど。これはいまの時代強いな。個性社会である現代においてこれほど刺さる個性もないな)
相澤の個性を知った天音。その強さに小さな笑みを浮かべると、相澤は寝袋をゴソゴソと漁っていた。
「早速だが、
中から取り出したのはこの雄英高校指定のジャージ。どうやら事前に伝えられていた入学式もガイダンスもやらずに、なにか別の事をするらしい。
とりあえず従うか、と天音はカバンだけ置きに教室へと入っていった。
中で耳郎と葉隠と再会し二言ぐらい言葉を交わしてすぐに体操着へと着替えた。
全員集まったところで担任の相澤から、これからA組が行うことの説明を受けた。
個性把握テスト
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈という中学の頃にもやった体力テストを、今度は己の個性を使って行うというもの。
相澤が言うに、ヒーローになるなら入学式もガイダンスも出る時間なんてないらしい。
ここ雄英は【自由】な校風が売り文句であり、それは先生側にも当てはまる。
だから相澤は独断でA組の入学式の出席やガイダンスを飛ばしていた。
「今回の主席…おい帳弥。中学の時ソフトボール投げ何mだった」
相澤の発した言葉に一同が驚き天音の方へ視線が集まる。数名、殺気のようなものが込められたものを向ける者もいたが、天音は特に気にすることもなく。
突然の問に不意を突かれた天音は、どうでもよかった中学の頃の記憶を無理やり思い出す。
個性を使ってはいけないというルールで行ったそれ、ただ天音の個性は少々特別で、発言したその瞬間からある理由で身体能力が常人のそれよりも大幅に強化されている、なので手加減をして臨んだのだが、それでも手加減の限界というものは存在する。
そんな天音のの中学の頃の記録はというと…。
「あー、確か100mちょい」
「…お前それ個性使ってないんだろうな」
「まあ
「…はぁ、じゃあ今回は個性使って
相澤からボールを受け取った天音は円の中に入ると、特に構えることもなく棒立ちで空を見上げた。
「これって測定不可になったらどうなるんですか?例えば、地面に落ちることがない、とか」
「その場合は測定不能。記録はまあ∞が妥当だろうな」
「なるほど。じゃあ
相澤の回答を聞いた天音。
すると、彼の横の空間に黒い穴が開き始める。
ズズッっと不気味な音が広がると、穴の中から巨大な白い龍が現れた。
その得体の知れない化物にまたも他の生徒は驚き一瞬騒がしくなる。
その龍単体が発する不気味なオーラを感じ取ったのだろう。
「久しぶり、虹龍。早速で悪いんだけど、このボール加えて指示出すまで飛んでろ」
天音は宙にボールを放り投げると、命令を受けた虹龍はそれを加えてぐんぐん上昇していく。
「俺があの子をしまうまでずっと飛びます。このままだと宇宙にあのボール捨てますけど、どうします?」
「…一応うちの備品だからな。壊れたなら仕方ないがそうじゃないなら基本回収したい。記録は∞ね」
「わかりました。ちなみに一人二回ですよね?ここでもう一回やっても?」
「記録は∞が最大だが、後で一回だけやるのも合理的じゃないな。さっさとやんな」
「どうも。虹龍、ボール頂戴」
また空間に穴が開くと中から先ほどのボールを加えた虹龍がそのまま顔だけを出して天音にボールを渡した。
「ありがと。…んじゃ、目標中学越えかな」
先ほどとは変わって綺麗な投球フォームに入ると、天音は全身の力を使って思い切り遠投した。
その力の強さに投げる瞬間、もの凄い風が吹き荒れる。
「記録124m。…本当に個性使わずにこの記録か。凄まじいな」
「肉体がしっかり成長したのが分かってよかった。どうもです」
右肩をグルグル回して調子を確かめながらみんなの下へ戻る天音。
彼の記録を見て大興奮する一同は天音の個性を聞くもの、自分の個性をどう使おうか考えるなど色んなものがいた。
「いきなり∞出たぞ!?」
「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!」
「なんだこれ!すげー
誰かが放った言葉。その言葉を聞いた瞬間、担任の相澤の雰囲気ががらりと変わった。
「……面白そう…か」
「ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのか?」
生徒を見ていた長い髪から覗く瞳が重く冷たいモノになる。
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、
「「「はああああ!?」」」
「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても…理不尽すぎる!!」
相澤の除籍宣告を聞いて騒ぎ出すA組生徒たち。そんな様子を見ていた天音は全員に聞こえるぐらいに大きな溜息を吐くと、その場を静かにさせる。
「ここが普通に高校で、お前らが普通の高校生活を謳歌したいなら確かに理不尽だろうな。だがここは雄英でお前たちが成ろうとしてるのは清く正しい
「帳弥の言う通り。自然災害、大事故、身勝手な敵たち、いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれてる。そういう
「放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。
Plus Ultraさ。全力で乗り越えて来い。これが雄英高校ヒーロー科だ」
己の命を顧みず、市民の安全をその身一つで守り抜く。そんな清い心を持つ者がなれるヒーローになるための洗礼が今始まった。
【第1種目:50m走】
帳弥天音 記録:0秒91
「まあ、この身体なら当然だろ。にしても…」
天音は他の生徒の個性を眺めては誰がどの個性なのかを確認していく。
【第2種目:握力】
帳弥天音 記録:810kgw
【第3種目:立ち幅跳び】
帳弥天音 記録:∞
【第4種目:反復横跳び】
【第5種目:ボール投げ】
続々と種目が進んでいく中で、個性練度が高く使いこなしている者、その個性の特性に手を焼いている者、それとは逆に個性の力を半分しか使わない者など。同じクラスになった生徒を観察していく。
興味深い個性を持つ者を数人見つける。その生徒たちをただジッと眺めていると、天音の両サイドに二人の人物が並んできた。
「さっきから何真剣に見てんの?」
「きっとみんなの個性観てたんでしょ!こうしてみると色んな個性があるんだって実感するよね!」
天音の下に来たのは入試の時から仲良くなった耳郎と葉隠だ。
喫茶店で話した後、拳藤と合わせての四人で連絡先を交換していた。
「まあそんな感じだな。それで二人とも記録の方はどうだ?最下位は除籍らしいけど」
適当に話題を振った天音、彼のその問いかけに二人は「うっ…!?」っと顔色を若干悪くした。
思うような結果が出ていないのか、と二人の記録を振り返ると、まあ確かに個性上、この種目たちは厳しい部分があるかもしれない。ただ、それはこの種目で見た時の話しである。
二人の個性は、将来的ヒーローになった時にその真価を発揮する。耳郎のは索敵に長けており、避難に遅れた救助者の発見や敵の会話を盗聴できるし、葉隠はそのステルス能力で隠密に長けている。やりようによっては犯罪現場を直接押さえることもできるだろう。
一応個性能力的に攻撃手段を持ち得ているが、どちらかというと遠距離、しかもゲームでいう特殊攻撃系統に分類される方で長けている。対してこのテストは肉弾戦を得意とする個性に有利になっている。
こんな個人差がある種目で最下位除籍は考えにくい。
ということは、このテストで見ているのは素質の話なのだろう。もし仮に耳郎や葉隠が最下位になっても恐らく相澤はこの二人を除籍にはしないだろう。
この中で除籍しそうなのはここではただ一人。
「…
「あー確かに緑谷はちょっとギリギリだよね。個性を使っている雰囲気もないし、このテストに合ってないのかな」
「でもさっき飯田君?あの足が速い眼鏡の子が緑谷君は増強型の個性だと思うって言ってたよ!なんでも試験の時の大きいロボをボカーンッ!って
葉隠の顔は見えないが浮いているように見える体操着が空を殴るようなポーズに動く。
「え、あの巨大ロボ、天音以外に壊した奴いるんだ!?しかもぶっ飛ばすって超ロックだね」
「(増強型…確かにこの眼に写るあいつの個性はそう判断してるけど、
三人はこれから投げる緑谷に注目を集める。
周りの生徒もあまり結果がよろしくない緑谷を心配してか彼を見ていた。
その時、何かと天音と緑谷を敵視していたツンツン頭の少年が興味深い話をしていた。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」
「ったりめーだ、
無個性。この個性があって当たり前の時代で個性を持たない者。なんでもあのツンツン頭─爆豪と緑谷は幼馴染らしい。そんな彼が緑谷を無個性と言ったことに天音は引っかかりを感じていた。
(確か事前に調べた内容だと、ずっと一緒の環境で育ったんだっけ。つまり個性が発現しやすい幼少期のことも彼は緑谷と一緒にいたはず。なのに彼は緑谷を無個性と思い込んでいる。個性の存在は確かにあるのにそれを一回も見たことがないという可能性はないだろう。
脳内で事細かく分析していた天音。そんな中、緑谷がなにやら大きく振りかぶってボールを投げた。
その気迫は確実に個性を発動させようとしている。
果たしてその結果は…。
「46m」
無慈悲に突きつけられた現実に、緑谷の顔から血の気が引いていく。
緑谷は確かに個性を使おうとした。にもかかわらず、結果は常人のソレ。
原因が分からない現状に戸惑っている緑谷に、その結果をひき起こした張本人が緑谷に近づいていく。
「個性を
首に何重も巻き付けた捕縛布に手をかける相澤がそこにいた。
「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。お前のような奴も入学出来てしまう」
長いボサボサの髪が逆立ち、鋭い眼が露わになる。
個性を消す。現代において強力すぎるその個性の能力を聞いて、ヒーローオタクである緑谷は一瞬でその正体を見破った。
「抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!!」
メディアの露出を嫌っているためあまり認知されていないその名。
だがその実力は確かである。
個性の能力的に、まだ個性コントロールが出来ていない高校生の教師は確かに適任なのかも知れない。
相澤の正体を聞いた天音の口角が僅かに上がった。
その間も緑谷と相澤の話は続いていたが、その話は天音にとってはどうでもいい内容だったため、聞き流していく。
すると逆立っていた相澤の髪が戻り、目薬をさしていた。
眼に何かしらの個性が宿っている者の特徴として、よく目薬を持ち歩いている。
自分の身体のどこかを用いて使う力というのは、その身体をケアするためのものを常備するのは当たり前なんだろうな。
相澤の光景に天音はかつて自身が受け持っていた生徒を思い出した。
あの子は喉を酷使するため、よく喉薬を飲んでいたな、と懐かしい記憶を思いだして胸の中が暖かくなる天音。
そして緑谷の二回目の投球が始まる。
天音の眼に写るのは、先ほどとは違って個性を使う前兆が観えない緑谷の姿。
ボールが手元から離れるその瞬間、天音の眼は確かに視たのだ。
一回目の時に見えた腕全体に集まるエネルギーが、今回では緑谷の指先にだけ集まっていく。
最後までボールについていた指一本、それにエネルギーが収束していくと、力は解き放たれ、もの凄い勢いでボールが投げ飛ばされた。
指一本だけ、その威力に耐えきれなくなって変色している。自傷を伴う代わりに超パワーをひき起こす個性。
最初はそうかと思ったが、天音の持つ特殊な瞳、名を六眼という、かつての彼の親友が持っていた眼と同じ特性を持つ瞳がその天音の推測を否定した。
六眼の能力の一つに、視認した者の個性詳細を知ることが出来る、というものがある。
その力で天音が緑谷を視た時、自傷というのは何一つなかった。
ということはあの緑谷の怪我は単純に個性の力に肉体が追い付いていないということだろう。
天音はそう結論付けた。
(つまり、あの個性は緑谷に発現したものではなく、誰かから奪った、もしくは譲渡されたものということになるな。奪うっていうのはそれ用の個性がないと難しい。何かの人体実験の被検体ってわけでもないだろ。視たところ純正な人間だし。ならもう答えは決まったな。緑谷出久は誰かに
これからいろんなことが起こるだろう高校生活に、胸を躍らせる天音だった。