文化祭当日。
午前中の調理激務を終え、家庭科室から教室に向かう。うちのクラスはそのままの為、休憩スペースの一角として使われている。
「お兄ぃ!」
「よう。来てたのか」
「来年から通う予定の高校だしね。それよりさ、この後暇でしょ?可愛い妹が相手してあげよっか?」
「いや、先客が待ってるから」
俺の目線の先には頬杖をしながら座る彼女。休憩スペースとはいえ、ガヤガヤと騒がしいこのクラスで窓の外を見る姿は様になっていた。
誰もいない場所を見て不思議そうにする妹だったが、次第に何かを理解したかのように頷いた。
「ちぇ、たかろうと思ってたのに。ま、頑張ってー」
何かを察したようにそそくさとクラスを出ていく妹。今度埋め合わせーーは、必要ないか。
『妹さん、良かったの?』
「ああ。行こうか」
周りの目を気にすることなく、俺は一緒にクラスを出る。それなりの覚悟は決めてきた。
やって来たのは3年生の出す手作りお化け屋敷。夏の時も思ったんだが、本物が来てどうすんだが。
並ぶ列がグループとカップルしかいないなか、俺と彼女は並び始める。いつもならなんやかんや話して来るのに、今日に限って特に会話がない。
やがて順番が回り、俺達の番が来た
「お一人ですか?」
「二人だ」
「えっ」
『えっ』
「二人だ」
「待ち合わせとか?」
「揃ってるから問題ない」
「……わっかりましたー」
それ以上係員の生徒は聞いてこなかった。室内の様子は手作り感満載だったが、当の本人は予想よりも怖がっていた。なんでだよ。
続けて飲食や展示、出し物等々……可能な限りの場所を巡った。その度に二人分頼み、不思議な顔をされる。
『無理してない?』
「これでも育ち盛りなので二人分の飯くらい余裕だ」
強いて言うなら片方が完全に味が無くなることぐらいだ。僅かに残る食感すらない。
『そうじゃなくて……ちょっとこっち来て』
制服の袖を引っ張られ、連れてかれたのは屋上へと続く廊下。普段から閉鎖され誰も行くことは出来ない。
『やっぱりいやだったよね?』
「別に。ていうかお前から誘ってきたんだろ。了承した時点でこうなることは分かってた」
今頃は変人がいると噂され、明日には冷ややかな目で見られてしまうのだろう。
『……なんか変だよ。今までだって嫌々遊びに付き合ってたのに、今日は明らかに違うから』
そこまで露骨だったか?彼女がそう思うならそうなんだろうが。
「ちょっと気づいたことがあって」
『へ?』
「お前さ、もしかして【トイレの花子さん】……なのか?」
それは聞いた瞬間、彼女は行き着く暇もなく屋上への扉を通り抜けてしまう。反射的に追いかけ、開きもしない扉に手をかける。
ガチャリ!
「開くの?!」
勢いそのままで屋上へと突入する。いよいよ右手すらもーー
「組み紐……」
目に入ったそれを見て思わず呟く。まさかこれか?
『それ以上近づかないで!』
【花子さん】の怒声に顔を上げる。あの反応から察するに当たりみたいだ。
名前を教えなかった理由ーーいや、教えられなかった理由。それはきっと、呼ばれて返事をしてしまえば祟ってしまうから。
【トイレの花子さん】と言えば俺達の世代でも何となく知っているレベルの都市伝説だ。女子トイレの個室で名前を呼ぶと返事をして、そのまま何処かへ連れてかれるみたいな逸話。
その何処かは想像に固くない。ただ、そう呼ばれるようになった理由は、真実かどうかは別として酷い話が多い。
もう既に彼女から黒い靄みたいなのが出始めている。連れてかれるのは個室トイレだけでだと思っていたが……特別な術とか使える訳でもない。あるとしたらこの組み紐だ。
その時、組み紐の黄色の糸が光っているのに気がついた。何かの示しかもしれないと覚悟を決め、奮起し歩みを進める。
『来るんじゃ、ない!』
黒い靄が一斉に襲いかかる。しかし、組み紐の輝きとともに靄が晴れていく。……やっぱチートアイテムだよこれ。
左目を閉じ、右目だけで花子を見る。体の中に真っ黒い魂が幾つも交じりあっているのが見えた。
直感で理解する。あれは【絶望】ってやつだ。俺に何が出来るかなんてことは分からないけど、見て見ぬふりは出来ない。
腕を伸ばせば届く距離まで来ると、花子さんは俺に飛びかかり押さえ込む。正直すっげぇ怖い。怖すぎて無表情になるわ。
理性が飛んだような荒い呼吸が振りかかりーー一滴の涙が頬に落ちる。
『なんで逃げない!』
「…………」
『お前もあいつらみたいに化物って罵って逃げれば「それは出来ない」っ……』
「お前の本性を引き出したのは俺だ。そんで、初対面にも関わらず自分のことばかりで、お前の地雷を踏み抜いて傷つけた」
謝るだけなんてことじゃ済まされないことをしていたんだと、今更ながら後悔する。
花子さんから漏れ出ていた靄がゆっくりと消えていき、いつもの姿を取り戻していく。
『皆からは虐められた。両親からはいつも無視されて、お腹が減ったら紛らわすようにホコリを食べて、見つかったら気持ち悪いって殴られて、押入れに閉じ込められた』
『知らない人から酷いことされた。助けてって言いたくても抑えつけられてどうしようもなかった』
『私はーー私達はどうすればよかったのかな?何をすれば友達が出来たのかな?どうして誰も助けてくれなかったのかな?』
今にも消えそうで不安な声で問われる。返答には時間が必要だと思っていたが、自然と体は動いていた。
花子さんを抱きしめ、俺は優しく頭を撫でていた。こんなこと許されるのガチのイケメンかフィクションだけだが、彼女からより大きい涙が溢れたのを感じ、考えることを止めた。
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彼女は5分以上は大泣きしていたと思う。それほどまでに抱え込んでいたものは辛く、重く、酷いものだったのだろうと感じ取れた。
【トイレの花子さん】が生まれた経緯は半世紀以上も遡る。始まりは学校のトイレで起こった少女の殺人事件。それから都市伝説として広まっていく。
しかし、まだ未来があった少女の怨念が強すぎたのか、同じ被害にあった少女達の魂が集まり始めた。それはまるで自分達を慰めあうような形だった。
花子さんにとって嫌な記憶を持ったまま集まった魂達を保有するのは尋常じゃない苦しみだった。各々のトラウマが毎日のように襲いかかり気が狂う寸前だった。
定番の投げ掛けも、友達が出来ないまま死んだ魂の行為だという。しかし、呼ばれて出ても皆暴言を吐いて逃げていく。どっちにしても救いようがなかった。
「なんとかしようって思わなかったのか?」
『思ったよ。でも、トイレから出ることすら出来なかったし、何より……死んだ後も一人ぼっちなんて辛すぎる』
『でもね。いつからかトイレから出られるようになってたの。嬉しくて飛び出したら誰もこっちを見ない。それで気づいたの。もう、私はいないんだって』
いるけれどいないーー矛盾しているが、彼女の言い分は分かってしまう。影響力がありすぎたからこそ、どこかでそれは残っている。でも大半は信じていない。そのせいで中途半端に動けるようになってしまったのだろう。
『それでも諦められなかった。今度こそは好かれようって、この格好も流行り?を真似てね』
見せるように一回転する花子さん。好かれようって、別に彼女自身は悪くないだろう。中にいる魂だって被害者だ。
『迷惑だったよね、いきなり。周りに人がいるのに勝手に付き合わせちゃって』
「ーー友達なら、多少の迷惑くらい目を瞑るもんだろ。だから謝らなくていい」
自分で言ってるのが恥ずかしくなり、自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。
『……うん。ありがと』
優しい微笑みを浮かべる彼女から、光の粒子が出ているのが見える。
『君に出会えて良かった』
その言葉で理解した俺は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。きっとこれは成仏ってやつだ。
「ーーっ、」
言葉が出てこなかった。未練が無くなり成仏するならそれは良いことだ。
でも、まだ何もしていない。何も出来ていない。居なくなる必要なんてない。
『私が望んでるんだ。【友達を作る】のは一つの望みでも、離れ離れになるのはもっと嫌なの』
全てを悟った笑顔で、彼女は光の粒子になり消え去った。
誰も居なくなった屋上に残され、まだ騒がしい文化祭途中にも関わらず喪失感に襲われる。
俺はそのまま屋上を出て、扉の前に座り込む。
何が正解か分からなくなっていた。
【花子さん】本人は何を望んでいたのか。
自分の中に集まった魂達が寂しくないようにーーそう思って消えた。
周りの人間や環境に傷つけられ亡くなった人の魂が、彼女の元に勝手に集まり、それらも無意識のまま傷つける。
一番の被害者は、理不尽を受けたのは【花子さん】じゃないか。
「その様子だとダメだったみたいだねぇ」
階段を昇りながら声を掛けてきたのは妹だった。
「なんでここにいるって分かったんだよ」
「そりゃまぁ、妹だし?おーよちよち、フラれちゃって傷心中のお兄の為に可愛い妹が慰めにきまちたよー」
馬鹿にした口調ながらも俺の頭を抱きながら撫でてきた。
「……え、フラれたってなに?」
「好きな人に告白したんじゃないの?ほら、右頬に涙の跡もあるじゃん」
そう言われて頬を触るが、泣いた覚えなんてーーああ、これって……あの時、【花子さん】が落とした涙だ。
思い返せば、俺が彼女を抱きしめれたのも妹と重ねたからかもしれない。幼い時、心霊番組を見て妹が寝付けないと安心させる為に一緒の布団で寝ていた記憶がある。
「けど、流石にないよなぁ……」
「何が?」
「フラれたくらいで泣きはしないってこと」
「またまたー。じゃあそれは何なのかな?」
「存在証明、かな」
振り切ることは簡単には出来ないだろうけど、今はただ前を向こうと、そう思った。
まだ続きます