未熟なので、ひょっとしたら作中で矛盾点が出てきたりするかもしれません。
その際は遠慮なく指摘してください。
勢いで書きたいものを書いているので、モエちゃんを07世代にぶち込んでます。ご了承ください。
よろしくお願い致します。
閃光の残響
俺の人生を変えたのは、一回のウインクだった。
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春休みの昼下がり。リビングの床に寝転がって、ミニカーを意味もなく転がしていた。
小学生の俺にとって世界はボンヤリしたものだった。夢中になれるものが何もない。ゲームも漫画もピンとこない。将来の夢を聞かれたら「会社員」と書いておく。安定が一番。普通が一番。世界にはいつも、うっすらと膜が張っているみたいだった。
テレビでは競馬の中継をやっていた。父が昼間から酒を飲んで、珍しく画面に釘付けになっている。中京レース場、芝1200メートル。高松宮記念。
なんとなく顔を上げた。
画面の中に、一人のウマ娘が映っていた。
白っぽい髪がキラキラ光っている。カメラに向かって、友達に会ったみたいにニコッと笑って手を振っている。
カレンチャン。見ない日はないくらい有名なアイドルウマ娘。女子たちが「超カワイイ!」と騒いでいるのを、俺はいつも冷めた目で見ていた。
どうせアイドルでしょ。スポーツって、もっと泥臭くて汗臭いものでしょ。あんなニコニコした子が、本当に速いわけない。すぐに抜かれて泣きべそかいて終わるんだ。
子供の俺は、そう思っていた。
ゲートに入る直前、彼女が一瞬だけ見せた顔。何万人が見ている中で、全くビビっていなかった。「私のステージを見て」と言っているみたいだった。
持っていたミニカーを落としたことにも気づかず、画面に見入っていた。
ゲートが開いた。
速い。
難しいことは分からない。とにかく速い。ロケットみたいだった。
さっきまでのニコニコした顔のまま——いや、もっと楽しそうに笑いながら、他のウマ娘たちを置き去りにしていく。大人が子供とかけっこして遊んでいるみたいに。
苦しそうな顔なんかしていない。走るのが楽しくて仕方がないという顔。
周りのウマ娘たちは必死に追いかけている。怖い顔をして。でも追いつけない。笑顔と、体から溢れるオーラだけで、全員をねじ伏せていく。
なんだ、これ。
アイドルなのに、誰よりも強い。カワイイのに、走りは容赦がない。
そのギャップが、頭をガーンと殴った。心臓がバクバクいっている。血が熱くなっていくのが分かる。
あれはアイドルなんかじゃない。「カワイイ」の皮を被った怪獣だ。
最後の直線。急な坂を、平らな道みたいに駆け上がっていく。後ろとの差はどんどん開く。一人旅。世界中の視線を一身に集めて、当たり前みたいにゴールを駆け抜けた。
圧勝。
ウイニングランに移った彼女は、カメラに向かって——テレビの前の、何者でもない小学生の俺に向かって、パチンとウインクをした。
世界から音が消えた。
灰色だった毎日が、一瞬で鮮やかな色に塗り潰された。初恋と呼ぶにはあまりに幼くて、でも、その後の人生を全部決めてしまうくらい強烈な一撃だった。
~~
それから十数年。
閃光と呼ばれた彼女はターフを去り、結婚し、娘の母になり、今ではSNSの女王として、現役時代を知らない世代からも支持を集めている。伝説として神棚に祀られるのではなく、「カワイイ」の最前線を走り続ける生き方そのものが、彼女の才能の証だった。
俺は、熱狂的なファンになった。過去のレース映像を擦り切れるほど見返した。部屋はポスターで埋まった。
大人になり、知識を得るにつれて、彼女の凄まじさが理解できるようになった。天性のスタートセンス。圧倒的な初期加速。それを維持する驚異的なスピード持続力。全てが奇跡のようなバランスで成り立っていた。
「俺も、あんなウマ娘の担当になりたい」
漠然とした憧れが、明確な志に変わった。ただのファンとして眺めているだけでは足りない。プロとして、その輝きの傍らに立ちたい。
だが、学べば学ぶほど、一つの結論に達した。
「カレンチャン」という奇跡は、一度きりのものだ。
彼女の強さは、魂と肉体と「カワイイを貫く」という性格が完璧に噛み合った結果であり、誰かで再現できるような規格品ではない。「第二のカレンチャン」を作ろうとすることは、そのウマ娘が持つ本来の可能性を殺す行為であり、オリジナルへの最大の冒涜だ。
全てのウマ娘は、唯一無二であるべきだ。
それが俺の哲学になった。過去の焼き直しではない、そのウマ娘だけが持つ固有の輝きを、誰よりも強く照らす。それがあの日の衝撃をくれたカレンチャンへの、俺なりの恩返しだと思った。
友人が遊び呆ける間も、俺はウマ娘の運動生理学、距離適性理論、トレーニング科学、スポーツ心理学を学び続けた。
全ては、「カワイイ」の裏にあったあの「強さ」の正体を解き明かすために。そして未来に出会うであろう担当ウマ娘を、過去の誰かのコピーにしないために。
~~
現在。
俺、絢原は、真新しいトレーナーバッジを胸に、トレセン学園の正門の前に立っていた。春の風が桜の花弁を舞い上げている。
ここにはもうカレンチャンはいない。時代は変わった。校舎の雰囲気も、生徒の顔ぶれも、トレーニングのトレンドも。
それでも胸の高鳴りは止まない。
大きく深呼吸をして、一歩を踏み出した。
これから始まる出会いが、俺の人生を再び変えることになるとも知らずに。
彼女の「娘」と出会うことになるとは、夢にも思わずに。
——そして、その娘の体が抱えている秘密に、何年も気づけないままでいることになるとは。
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