――Anti-Hero: Curren Moe
飛行機が降下を始めた。
窓の外に海が見えた。緑がかった青。日本の海と色が違う。湾の形も違う。島が多い。
「……着いた」
隣で絢原さんがパスポートを確認している。通路の向こうで佐々木さんが書類のファイルを開いている。三人で別々のことをしながら、同じ場所に向かっていた。
ゲートを抜けた。湿気が顔に当たる。
「……熱い」
十二月なのにコートが要らない。むしろ鬱陶しい。亜熱帯というのは、こういうことか。
ゲートの外に、スーツの男性が二人立っていた。「CURREN MOE / TRAINER / URA STAFF」のボードを掲げている。現地の競走協会の人たちだった。英語で挨拶してくれる。絢原さんが片言で応じる。佐々木さんが流暢に英語で補足する。
——この人、英語も話せるんだ。
普通のお姉さんだと思っていたけど、URAの職員として遠征に同行する以上、これくらいは当然なのかもしれない。
車に乗って三十分。ホテルに着いた。
チェックインを済ませて、部屋に入った。窓の外に香港の街が広がっていた。ビルが密集している。看板が派手。夕方の光で、ガラスの壁面が赤く染まっている。
スマホが鳴った。マーちゃんからの通知。
「無事着きましたか!?」
「着いた。暑い」
「暑い!? 十二月なのに!?」
「亜熱帯だって」
「亜熱帯!! マーちゃん、教科書で読みました!」
しばらくメッセージのやり取りを続けた。あの子は、出発前と同じテンションに戻っている。今朝、ちゃんと見送ってくれた。指切りも、ちゃんと。
スマホのニュースを開いた。指が勝手にスポーツ欄を探していた。
ジャパンカップの結果。
一着、知らない名前。二着、ウオッカ。
そして、レゾリュート。五着。
「……」
ベッドに座り込んだ。
ウオッカは2400メートルでも走れる子だと思っていた。黄菊賞の映像で見た2000メートルの走り。圧倒的だった。だから2400メートルでも勝てる、もしかしたら世界も獲れるかも、と勝手に期待していた。
二着。届かなかった。
レゾリュートは——五着。
スマホを握る手に、わずかに力が入った。
欧州最強と呼ばれている子が、日本で五着。
寮のテレビで一度見ただけの、あの「正面から戦う文化が好き」と語った真っ直ぐな目の子が、五着。
レコメンド記事を開いた。「欧州王者、日本の軽い芝で苦戦」「凱旋門賞の覇者、府中で本領発揮できず」。
——そういうことか。
日本の芝は、レゾリュートには合わなかった。重い洋芝で力を発揮するタイプの子が、府中の軽い芝で噛み合わなかった。
世界って、広いんだな。場所が変わると、強さの形も変わる。
ふと、自分の脚に意識が向いた。
——私は、どっちのタイプなんだろう。
日本の軽い芝でしか勝てないのか。それとも、こっちの重い芝でも、走れるのか。
スマホを閉じた。レースまではまだ間がある。今日はもう考えない。
~
夕方。
ドアをノックする音。
「飯、行くぞ」
絢原さんだった。
「佐々木さんは?」
「現地の事務局と打ち合わせだ。先に食べててくれと」
「じゃあ二人で」
「ああ」
ホテルを出た。繁華街まで十分くらい歩いた。看板が頭の上で光っている。湿度が高い。汗ばむ。十二月とは思えない。
絢原さんが一軒の店の前で立ち止まった。ガラス張りの窓の向こうに、積み上がった蒸籠。「ここでいいか」と短く尋ねるので、迷わず頷いた。
店に入ると、絢原さんが指差しで注文を始めた。海老の蒸し餃子、焼売、腸粉、大根餅。迷いがない。事前に調べてあったらしい。英語のメニューには英語ではなく、数字と中国語。指差しの方が早い。
蒸籠が運ばれてきた。湯気が立ち上る。海老の蒸し餃子を箸で取って、口に運んだ。
「……うま」
「だろう」
それだけ。絢原さんは早々に焼売を口に入れていた。この人は食事中、口数が減る。集中している。前にイギリスへ遠征した時の絢原さんの食事の話を思い出した。「あの時は不味かった」と本人が漏らしていた、苦い顔。今日のこの顔とは、対極だ。
腸粉を齧った。ぷるぷるしていて、中に海老が入っている。これも当たり。点心、全部当たりだ。
しばらく、二人とも黙って食べた。蒸籠の湯気と、店の中の喧噪が、沈黙を埋めてくれる。
「トレーナー」
「ん」
「明日、コース見られるね」
「ああ。健康診断のあとに歩く予定だ」
絢原さんが焼売を平らげて、お茶を一口飲んだ。
「重い馬場って聞いた。函館より重いかもしれない、と現地スタッフが言ってた」
「ふうん」
「お前なら強く出られる、と俺は思ってる」
短い言葉だった。でもこの人の「強く出られる」は、軽々しく言う言葉じゃない。
胸の奥で、小さく何かが熱くなった。
「……なんか、自信ついた」
「俺が言うまでもなく、お前はそのつもりだろう」
バレてた、と返そうとして、絢原さんの顔を見上げる。すでに分かっている顔。「顔に出てる」と先回りされて、笑った。こういうやり取りが、普段の学園より軽い気がする。異国だからかもしれない。いつもの枠組みがないから。
最後の蒸籠を二人で分けた。
「マーちゃんのお土産、何にしようかな」と呟いたら、絢原さんが「点心は持って帰れない」とすぐに返してきた。あ、そっか。
「香港らしい何かを探せ。あの子なら、それで喜ぶ」
絢原さんが、湯のみを置きながら言った。「あの子なら」の言い方が、いつもより少し柔らかかった。マーちゃんを単なる教え子の同期ではなく、私の大事な人として認識している声。
「うん」
それだけ返した。
食べ終わる頃には、窓の外がすっかり夜になっていた。看板の光が歩道を照らしている。
~
ホテルに戻った。
ロビーで佐々木さんとすれ違った。打ち合わせから帰ってきたばかりらしい。
「お食事、いかがでしたか」
「点心、美味しかったです」
「よかった。明日は健康診断で、午前から動きます。早めに休んでくださいね」
「はい」
佐々木さんが部屋に戻っていった。絢原さんも自分の部屋に入る前、一言だけ言った。
「いい走りができそうだ。今日の感触なら」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
部屋に戻った。
窓の外の夜景を少し眺めた。明日は健康診断。レースまではまだ間がある。
体が楽しみにしている。自分でも分かる。
シャワーを浴びて、ベッドに入った。
~
翌日午後。沙田レース場の練習コース。
午前中に健康診断を済ませて、午後から現地での練習に入った。
軽くウォーミングアップをしてから、コースに出た。
芝を踏んだ瞬間、体が反応した。
函館と同じか、もっと重い。
もっとしっかり受け止めてくれる。
蹴ると、芝の下の土が力を返してくる。日本の芝の薄さが、ここにはない。重い馬場。
軽く流した。200メートル。
脚が勝手に回る。力が逃げない。燃費がいい。走りやすい——なんて言葉では足りない。噛み合っている。靴と芝の間に、隙間がない。
止まって、振り返った。絢原さんがストップウォッチを見ている。佐々木さんがその隣に立って、こちらを見ていた。
「どうだった」
「走りやすい」
「タイムもいい。日本の練習より数字が出てる」
絢原さんがクリップボードに書き込んだ。何かの数字を丸で囲んでいる。
「調子良さそうだな。、本番でもこの感触なら、かなり走れる」
「うん」
コースの脇に、カメラが向いていた。他のウマ娘にも向いているけど、私に向いているカメラが、妙に多い気がする。
「……カメラ、多くない?」
「高松宮記念の記事が出てるからな。注目されてる」
「ふーん」
悪い気分ではなかった。走りで注目されるのは、嬉しい。
日本では、カメラは「カレンチャンの娘」を撮りに来ていた。ここのカメラは、私の走りを撮っている。
違う。同じカメラなのに、向けられる意味が違う。
~
数日が過ぎた。
朝、沙田の練習コースに通って、昼に戻り、午後は休む。それを繰り返した。
毎日、コースの感触が同じだった。むしろ、日が経つほど噛み合っていく気がした。脚と芝の間の「正解」を、体が探り当てていくような感覚。
絢原さんのクリップボードに並ぶ数字も、毎日伸びていた。レース二日前の公式練習で、最後に数字が確定する。
「いい仕上がりだ」
絢原さんがそう言った。短い言葉。でも、いつもより少し力がこもっていた。
~
ホテルのロビーの隅。取材。
レース三日前。練習を終えてシャワーを浴びて、約束の時間に降りていった。
現地のレース専門メディアの記者。三十代くらいの女性。髪をシニヨンにまとめた、落ち着いた人。通訳がサポートに入ってくれている。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「はい」
「まず、高松宮記念の最終直線についてお聞きしたいのですが」
来た。いきなり走りの話だ。
「あの直線で、上がり3ハロン32秒5を記録しました。バクシンオーさんを追い詰めた走りは、アジア圏のスプリントファンの間で大きな話題になりました」
「……そうなんですか」
知らなかった。
「あのレースで、何を感じていましたか」
「……楽しかった」
通訳がそのまま訳した。記者が少し驚いた顔をして、ペンを走らせた。
「楽しかった?」
「はい。追いかけるのが、楽しかった」
「勝負への集中はありませんでしたか? 勝ちたい、という意志は」
「勝ちたいはありました。でも、その手前に、楽しいがあったんです。追いかけたい、っていう」
通訳を介して、記者が何か考えている。
「興味深いですね。日本のトップスプリンターは、もっと勝負への執着を前面に出すことが多いと思っていました」
「私は——そうですね、たぶん、最初は勝ちたかっただけだったんです。でも、走ってるうちに、楽しいが上に来た」
「それは、走りに何か変化をもたらしましたか」
「肩の力が抜けた、って感じです。うまく言えないですけど」
記者が頷いた。スプリンターズSの質問。マーちゃんとの接戦の質問。全部、レースの話だった。
気分がよかった。走りのことを聞かれて、走りの答えを返す。当たり前のようで、日本ではあまりなかったこと。どこかの質問には、必ず「お母様は」が混じっていた。
取材の中盤、記者が一つ質問を挟んだ。
「カレンモエさんは、日本でURA広報誌の表紙も飾っていらっしゃいますよね。三号連続で」
「……あ、はい」
あの撮影会の写真。
「あの写真がこちらでも拡散されていて、若いファンの方々の間で話題になっています」
「そうなんですか」
「ええ。差し支えなければ、撮影の時のエピソードなどお伺いできますか?」
取材の流れが、少しだけ変わった気がした。
でも、変な質問ではない。広報的な話だ。こういうのも、取材の一部だろう。
「……最初は七割くらいで流すつもりだったんです」
「七割?」
「全力じゃなくて。あんまり乗り気じゃなかったので」
「それが、どうなったんですか」
「……途中で、スイッチが入っちゃって。全力出しました」
通訳が訳した。記者が笑った。
「スイッチ。面白いですね。勝負服の時ですか?」
「はい。勝負服と、その後の私服も全部」
「三号連続表紙というのも、日本では滅多にないことだと伺いました」
「あれはカメラマンさんの腕が良くて。私は一回しか撮影を受けてないんですけど、その一回分のデータで編集部が特集を組みたいと言ってくれたんです」
少し和やかな空気になった。取材は最後に、母の話が一つだけ挟まれた。「お母様もスプリンターでしたよね」。それだけ。
取材が終わった。
記者が帰った後、佐々木さんが笑顔でこちらを見た。
「いい取材でしたね」
「うん」
「走りの話を中心に聞いてくださる方でした」
「そうだね」
絢原さんも頷いた。
「写真の話が出たのが少し気になったが、全体的には問題なかった」
「……うん」
問題なかった。はず。
~
ホテルの部屋に戻った。
ベッドに座って、スマホを開いた。
香港のスポーツメディアのサイトを見てみた。取材を受けた媒体ではなく、別のところ。今日の記事がもう出ていた。
「日本のスプリント女王『黒閃姫』、沙田で練習。動きの滑らかさに現地関係者も注目」
「黒閃姫」。香港側の登録名。出走表に並ぶ漢字三文字の名前。黒い勝負服と母の閃光からつけられた、と佐々木さんが教えてくれた。
「姫」と呼ばれるのは、正直、好きじゃない。私が姫なのは、母が女王だからだ。「黒閃」までは認める。「姫」は要らない。
でも、香港側の正式な登録名だから、変えられない。
記事のタイトルは、走りの話だった。ほっとした。
——でも。
関連記事のところに、別の見出しが並んでいた。
「カレンモエ、日本のURA広報誌で三号連続表紙。香港でも話題沸騰」
「沙田に降り立った『日本の新世代アイコン』」
記事をいくつか見た。
レース専門メディアは、走りの話をしている。一般のスポーツメディアや若い層向けのサイトは、半分以上が写真の話だった。
「すっきりとした鼻筋、印象的な瞳」
「カレンモエの本当の魅力は、レースではなくカメラの前にある」——これは失礼じゃない?
「日本から来たスプリンターにして新世代のアイコン」
アイコン。
……へぇ。
不快ではない。むしろ、興味深い。日本ではこういう書かれ方はしなかった。母の名前が必ず入ったから。
ここでは違う。私だけが書かれている。
——でも。
何か、引っかかる。
引っかかるけど、言語化できない。
スマホを置いた。三日後はレース。今日はもう考えない。
走れば、分かる。
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