アンチ・ヒーロー:カレンモエ   作:ねじぇまる

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幕間 漆黒のアンチテーゼ

幕間 漆黒のアンチテーゼ

 

 

 

秋の風が冷たさを帯び始めた頃。トレーナー室のテーブルには山のようなデザイン画が散乱していた。

 

「却下」

 

カレンモエが一枚のスケッチを無造作に弾く。ひらりと床に落ちた紙には、フリルとリボンをこれでもかとあしらった魔法少女のような衣装が描かれていた。

 

「これも却下。論外。なにこのアイドル衣装」

 

次々とデザイン画を撥ねつけていく。ファンからの応募、メーカーからの提案、そして——

 

「この『天使の羽がついたウェディングドレス風』ってやつ、差出人が書いてないけど、絶対ママでしょ」

 

額に青筋を浮かべながら、一際豪華なデザイン画を指差した。正解だ。今朝カレンチャンから「モエちゃんに似合うと思うの♡」というメッセージと共に俺の端末に送られてきたデータそのままである。

 

「まあ、落ち着け。GⅠに出走する以上、勝負服の登録は必須だ」

 

散らばった紙を拾い集めながら言った。

 

「勝負服はウマ娘にとっての晴れ着であり、魂の形だ。一見動きにくそうに見える装飾でも、本人にとって意味があるなら、それは走る力に変わる」

 

ウマ娘の勝負服には科学では解明できない力が宿ると言われている。フリルの抵抗も重たい鞄も、本人の意志がそれを「勝負服」と認識すれば、空気抵抗すら味方につける推進力となる。

 

「だからこそ妥協はするな。君が一番速く走れると思う服を選べ」

 

「分かってるよ」

 

モエはため息をつき、スケッチブックを取り寄せた。サラサラとペンを走らせる。

 

「色は黒を基調にする。これは譲らない」

 

彼女が描いたのは、母と同じ「黒」だった。だが方向性は全く異なる。

 

「ママの勝負服は、黒と白のストライプに赤いリボン。『カワイイ』を強調するための黒だった。でも私は違う」

 

ペンのインクを叩きつけるように、鋭い線を描き加えていく。

 

「白はいらない。赤もいらない。フリルもリボンも全部排除して、研ぎ澄まされた漆黒がいい」

 

描いたのは、動きやすさを重視したショートパンツスタイルに、燕尾服のような長い裾を持つジャケットを羽織った姿。差し色には冷ややかなシルバーグレー。

 

可愛らしさよりも「速さ」と「強さ」、そして何者にも染まらない「孤高」を主張するようなデザインだった。

 

「アンチ・スプリンターか」

 

俺が呟くと、モエはペンを止めてこちらを見た。

 

「逆張りしてるわけじゃないよ。ただ」

 

描きかけのデザイン画を見つめた。

 

「ママの服は、みんなに見せるための服だった。愛嬌を振りまいて世界中を虜にするためのアイドル衣装」

 

カレンチャンの勝負服は確かにそうだった。モノトーンでありながら圧倒的に華やかで愛らしい。

 

「でも私は違う。誰かに見せるためじゃなく、誰かを置き去りにするために走る」

 

強い瞳で言った。

 

「だから余計な装飾はいらない。必要なのは、私の意志を邪魔しない機能美だけ」

 

主張は明確だった。母と同じ「カレンの黒」を纏いながら、全く違う意味を持たせる。彼女なりの、血への回答だ。

 

「いいデザインだ」

 

俺は素直に認めた。カレンモエだ。カレンチャンの娘でも二世タレントでもない。ただひたすらに前だけを見据える一人のアスリートの姿。

 

「これでオーダーを出そう。完成が楽しみだな」

 

「うん」

 

モエは少しだけ照れくさそうに、しかし満足げに頷いた。

 

 

 

~~

 

 

 

数週間後。完成した勝負服に袖を通したモエが、鏡の前に立っていた。

 

漆黒を基調としたシックでスタイリッシュな衣装。鋭角的なラインを描くジャケットと、シルバーの装飾が芦毛を際立たせている。可愛らしさを排除した姿は、しかし逆説的に、素材としての美しさを極限まで引き立てていた。

 

「どう?」

 

不安げに、しかし期待を込めて振り返る。

 

一瞬、言葉が出なかった。似合うでは足りない。その服を着た瞬間、部屋の空気が変わった。不思議な力がみなぎっているのが目に見えるようだ。

 

「最高だ。それが君の戦闘服だ」

 

「へへっ」

 

嬉しそうに笑い、くるりと回って見せた。ジャケットの裾が翻る。

 

「なんかね、着た瞬間に分かるの。力が湧いてくるっていうか、『これなら行ける』って体が震えてる」

 

胸に手を当てた。

 

「ありがとう、トレーナー。これなら、阪神の坂も怖くない」

 

確かな自信が瞳に宿っていた。新しい鎧を纏った彼女は、もう迷える少女ではない。GⅠの舞台で名を轟かせる準備は整った。

 

「さあ行こうか。俺たちの新しい戦場へ」

 

「うん!」

 

次なる舞台は、阪神ジュベナイルフィリーズ。決戦の冬が始まろうとしていた。




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