アンチ・ヒーロー:カレンモエ   作:ねじぇまる

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皆様楽しんで頂けているのだろうか……。
まぁ私は好きなものを書くだけなのですが。


30話 一冠目(メッキ)の戴冠

 

ゴール板を駆け抜けた瞬間、世界が割れるような歓声が沸き起こった。

 

『1着、ダイワスカーレット!  桜の女王は彼女だ!  

ホープフルステークスに続き、クラシック第一冠も制圧!  

強い! あまりにも強い!  世代最強の証明、ここに完了です!!』

 

実況アナウンサーの絶叫が、春の空に木霊する。  

満開の桜が舞い散る中、青と白の勝負服が風を切り、ターフの上で減速していく。

 

観客たちは総立ちになり、新たな女王の誕生を祝福している。  

拍手、指笛、名前を呼ぶ声。  

それは、勝者に贈られるべき、正当で、華やかな賞賛の嵐だった。

 

だが。

 

その中心にいるダイワスカーレットの背中は、奇妙なほどに硬直していた。

 

 

 

 

――The Red Ace: Daiwa Scarlet

 

ゴール板を過ぎる。

スピードを緩める。

呼吸を整える。

 

いつも通りの手順。  いつも通りの勝利。

アタシが一番速くて、一番強かった。  それだけの話。

 

本来なら、ここで右手を高く突き上げ、観客に応えるのが「優等生」としてのアタシの流儀だ。

一番である自分を誇示し、その絶景を噛み締める至福の時間。

アタシは、この瞬間のために走っているのだから。

 

なのに。

 

(……ふざけるな)

 

アタシの喉の奥からせり上がってきたのは、歓喜の歌ではなく、焼け付くような胆汁の味(にがみ)だった。  

握りしめた拳が震えている。  

勝利のポーズのためではない。  

行き場のない怒りを、爪が食い込むほどに押し込めるための震えだ。

 

(こんなものが……勝利?)

 

アタシは、今、勝ったのか?  本当に?

 

脳裏に焼き付いているのは、ゴール板の光景ではない。  

ラスト200メートル。  

アタシの横に並びかけ、牙を剥いたカレンモエの、あの鬼気迫る表情だ。

 

極限まで研ぎ澄まされた殺気。  

呼吸すら武器に変えた、命懸けの走り。  

アタシの背筋を凍らせ、そして最高に熱くさせた「好敵手(ライバル)」。

 

あの一瞬。  アタシたちは確かに、世界で二人きりだった。  

どちらが勝つか分からない。  

 

全力を出し尽くさなければ、喰われる。  

 

そう確信した瞬間の、あの痺れるような高揚感。

 

それを。

 

たった一言の、無神経な「ノイズ」がぶち壊した。

 

その音が聞こえた瞬間、モエの走りが死んだ。  

糸が切れた人形のように、魂が抜け落ち、ただの肉塊となって後方へ流されていった。  

アタシは見た。  

彼女の瞳から光が消え、絶望の色すら浮かばない「無」になる瞬間を。

 

アタシは、彼女と戦って勝ったのではない。  

彼女が勝手に壊された後に、無人のゴールを駆け抜けただけだ。

 

(ふざけないで……ッ!)

 

これを勝利と呼べというのか。  

こんな、不戦勝のような、相手の自滅(事故)で転がり込んできたティアラを、一冠目の栄冠として掲げろというのか。

 

「アタシは……勝ったんじゃない。相手が勝手に、殺されただけ」

 

許せない。  プライドが許さない。

アタシが求めているのは「1番」であることだ。

それは、誰よりも強い相手を、万全の状態でねじ伏せてこそ意味がある。

誰かの邪魔が入って、弱った相手を蹴落として得る1番なんて、ゴミ屑以下だ。

 

「ダイワスカーレットさん! おめでとうございます!」

「こっち向いてー!」

「ウイニングランをお願いします!」

 

係員たちが笑顔で近寄ってくる。

 

カメラマンがレンズを向けてくる。

 

スタンドの観客が、無邪気に手を振っている。

 

その「笑顔」が。

何も知らない、何も分かっていない、無責任な「善意」が。

 

アタシの中の導火線に、火をつけた。

 

 

 

 

――Recorder: Aston Machan

 

私は淡々とゴール板を通過し、掲示板を確認しました。

 

1着 ダイワスカーレット 2着 ウオッカ 3着 アストンマーチャン

 

(……ッ)

 

奥歯を噛み締めました。

3着。

またしても、私は主役になれませんでした。

 

悔しい。  内臓が焼け爛れるほどに、悔しい。

私は、誰よりも記憶に残るために走っているのに。

この結果では、数年後には「あの年の3着は誰だったっけ?」と忘れ去られてしまう。 「その他大勢」の一人に埋没してしまう。

それは私にとって、死と同義です。

 

(私の物語は、まだ完成しない……)

 

拳を握りしめる手に力がこもります。

 

それも、ですが。

 

……カレンモエさんは、大差の16着。  ブービーメーカー。

 

(……酷いノイズでしたね)

 

私は、乱れた呼吸を整えながら、観客席を一瞥しました。

 

私の悔しさすら、霞んでしまうほどの惨劇。  

最高の映画のクライマックスで、観客席から携帯電話の着信音が鳴り響いたようなものです。  

それも、物語の根幹を否定するような、最悪のタイミングで。  

台無しです。  これも、記録ではあります。 

ですが、はっきり言えば、フィルムの無駄遣いです。

 

彼女にとって、このレースは「美しい悲劇」になるはずでした。  

限界を超えて挑み、力尽きて散る。  

その姿は、きっと多くの人の記憶に刻まれたはずです。

 

ですが、これではただの「放送事故」です。  

外部からの介入によって、主役が舞台から引きずり降ろされただけ。  

そこにはカタルシスも、教訓もありません。

あるのは、後味の悪い「事実」だけ。

 

(これでは、敗北の味すらまともに味わえませんね)

 

私はカメラ(視線)を回し続けます。  残酷な現実こそが、歴史の正体ですから。

 

前を行くスカーレットさんが、係員の制止を振り切り、ウイニングランのコースを外れていくのが見えました。  

彼女が向かう先は、検査室ではありません。

 

スタンド。  

それも、あの「声」が聞こえたあたりの、フェンス際。

 

(……おや。女王様、荒れますね)

 

彼女の背中から立ち上る、赤いオーラ。  

それは勝利の覇気ではなく、破壊的な怒気でした。

 

私は少しだけペースを落とし、特等席でその光景を見守ることにしました。

このレースの本当のクライマックスは、ここから始まるのかもしれません。

 

 

 

 

――The Red Ace: Daiwa Scarlet

 

「ウイニングランをお願いします! スカーレットさん!」

 

目の前に立ちふさがった係員の手を、アタシは乱暴に払いのけた。

 

「触らないで!」

 

「ひっ!?」

 

係員が怯んで後退る。  構うものか。  

アタシは荒い息のまま、芝生を踏みしめ、スタンドのフェンス際まで歩み寄った。

 

そこは、観客との距離が一番近い場所。  

最前列にいる連中の顔が、はっきりと見える。

 

「わぁっ! 来てくれた!」

「おめでとうスカーレット! 強かったぞ!」

「こっち向いてー!」

 

彼らは、アタシが近くに来たことに喜び、手を振っている。  

笑顔。笑顔。笑顔。  

無邪気で、善良で、そして残酷な笑顔。

 

彼らは気づいていない。  

自分たちが何をしたのか。  

自分たちが放った言葉が、一人のウマ娘の魂をどうやって殺したのか。

それを「応援」だと信じて疑っていない。

 

その鈍感さが。  

その傲慢さが。  

アタシの逆鱗に、深々と突き刺さる。

 

(……笑ってんじゃないわよ)

 

アタシは足を止めた。  

フェンス越しに、彼らを睨みつける。

 

(アンタたちが……アンタたちが壊したんでしょ!!)

 

我慢できなかった。  

優等生の仮面なんて、知ったことか。  

アタシは、マイクも通さずに、腹の底から空気を震わせた。

 

「フザケんじゃないわよッ!!」

 

雷のような絶叫。  

一瞬にして、目の前のエリアの歓声が止まった。

 

だが、スタジアム全体はまだ沸いている。

遠くの観客には、アタシの声は届いていない。

「なんか叫んでるぞ?」

「ファンサービスか?」  

そんな能天気なざわめきが、まだ続いている。

 

それが余計に、腹立たしい。  

届かないなら、届かせてやる。

 

アタシは、震える指で、スタンドを指差した。  

あの声がした、その一点を。

 

「アタシ達の勝負を! ティアラを賭けた神聖な戦いを! 過去の『亡霊』なんかで汚したのは誰よ!! 出てきなさいよ!!」

 

罵声。

 

G1の勝者が、観客に向かって浴びせる、前代未聞の暴言。

 

近くにいた観客たちの顔が、ようやく引きつり始める。

「え、なに?」「怒ってる?」「なんで?」  

困惑と恐怖が、波紋のように広がり始める。  

だが、まだ誰も理解していない。

 

アタシの視界が、熱いもので滲む。  

悔しい。  

悔しくてたまらない。

 

「アタシは! 万全のアイツ(モエ)に勝ちたかったのよ!!」

 

アタシは叫んだ。  

喉が裂けてもいいと思った。

 

「アタシが!アタシ自身が超えるべき相手を! アンタたちのくだらない懐古趣味(ユメ)で、勝手に殺さないでよ!!」

 

それは、勝者の驕りではない。  

同じターフを駆けるアスリートとしての、血を吐くような抗議。  

そして、自身のプライドを傷つけられたことへの、魂の叫びだった。

 

「ふざけんな……! 返しなさいよ! アタシだけじゃない! ()()()()の!最高の瞬間を返しなさいよ!!」

 

涙が頬を伝う。  

止まらない。  

こんな涙で、アタシの桜花賞を終わらせたくなんてなかった。

 

 

 

 

――Hero: Vodka

 

会場の空気が、異様なものに変わっていく。  

一部は凍りつき、一部はざわめき、全体としては得体の知れない混乱が広がっている。  

スカーレットの絶叫は、マイクを通していないため、何と言ったのか大半の人間には聞こえていない。  

だが、彼女が「激怒している」ことだけは、誰の目にも明らかだった。

 

「クソッ……! どうなってんだよ……!」

 

オレは、唇を噛み切りそうなほど強く食い縛っていた。  

2着。  

また負けた。スカーレットに負けた。  

阪神JFで勝って、世代の頂点に立ったつもりだったのに。  

結局、一番大事なところで、オレはあいつの背中を見ていた。

 

悔しい。  

叫び出したいほど悔しい。  

自分の不甲斐なさに、腹が立って仕方がない。

 

だが。

 

それ以前に、今のこの状況が、オレの腸を煮えくり返らせていた。

 

オレは猛ダッシュでスカーレットの元へ駆け寄った。  

このままじゃ、あいつはフェンスを乗り越えて、客席に殴り込みかねない。

 

「やめろスカーレット!」

 

オレは後ろから、スカーレットの体を羽交い締めにした。  

暴れる体。  華奢に見えて、芯の通った強烈なパワー。  

その震えが、直に伝わってくる。

 

「離しなさいよ! 納得いかない! こんなの()()()じゃない!」

 

「……分かってる! 分かってるから落ち着け!」

 

オレは、暴れる彼女の力を受け止めながら、自分も叫び出しそうになるのを必死に堪えた。

 

痛いほど分かる。  

スカーレットの言いたいことは、全部正しい。  

オレだって聞いていた。  あの一言を。  

そして、その直後にモエが壊れた瞬間を。

 

(何かが起こったんだ、アイツに!)

 

オレも、モエを抜く瞬間、あいつの顔を見た。  

虚ろな目。  焦点が合っていない。  

魂がどこかへ行ってしまったような、抜け殻の顔。

 

あんなモエは見たくなかった。  

全力をぶつけ合って、ボロボロになって、それでも「楽しかった」って笑い合いたかった。  

そして、その上でオレが勝ちたかった。

 

こんな、誰かの悪ふざけみたいな終わり方で、勝負を濁されてたまるか。  

オレの負けも、スカーレットの勝ちも、モエの敗北も。  

全部、泥を塗られた気分だ。

 

「……オレだってムカついてる。あいつがあんな負け方すんのは、見たくなかった」

 

オレはスカーレットの耳元で、低い声で言った。

 

「でも、これ以上やったら、お前の勝ちまで傷モノになる。……もう十分だ。あいつ(観客)らも、ビビっちまってる」

 

スカーレットの抵抗が、ふっと弱まる。

 

彼女はオレの腕の中で、肩を震わせて泣いていた。

 

 

悔し泣きだ。  勝ったのに、一番悔しがっている。

 

「……最悪よ。あんたも、モエも、あの客も。……全部、最悪」

 

「ああ。……違いねえ」

 

オレは彼女を支えながら、スタンドを睨みつけた。  

困惑し、顔を見合わせる観客たち。  

彼らはまだ、自分たちが何をしたのか理解していない。  

ただ「なんか変な空気になったな」くらいにしか思っていないだろう。

 

 その鈍感さが、今はどうしようもなく許せなかった。

 

 

 

 

―― Anti-Hero: Curren Moe

 

ゴール板を、遥かに過ぎた場所。  第1コーナーの奥深く。

 

私は、足を止めていた。

 

歓声が遠い。  

スカーレットの声が聞こえた気がしたが、それも水槽の外の出来事のように、曖昧に響くだけ。

 

足元を見る。  

緑の芝生。  私の足。  黒い勝負服。

 

 ︎︎――黒い、勝負服……?

 

一瞬、思考が止まる。

 

あれ?  私、黒を着てたんだっけ?

 

さっきまで、白いフリルが見えていた気がする。

 

赤いリボンが揺れていた気がする。

 

(……ああ、そっか)

(あれは、幻覚だったんだ)

 

でも、どっちが幻覚なんだろう。

黒い服を着ている私と、白い服を着ている私。

どっちが「本物」なんだろう。

 

息は整っている。

いや、呼吸をするのを忘れているような感覚。

心臓が動いているのかどうかも、よく分からない。

 

悔しさはない。

悲しみもない。

怒りもない。

 

ただ、自分という輪郭が溶けて、空気に混ざって消えてしまったような感覚。

 

脳内で、あの声がリフレインする。

 

『カレンチャン!』

 

ああ、そうだ。  私はカレンチャンだったんだ。  

……違う。私はカレンチャンじゃない。  

でも、みんながそう呼ぶなら、そうなのかもしれない。  

じゃあ、カレンモエはどこ?  ここにいる私は、誰?

 

膝から力が抜けた。  ガクン、と視界が落ちる。

 

崩れ落ちる。  芝の冷たさも感じない。  

世界が、彩度のない灰色に塗りつぶされていく。

 

「……つかれ、た」

 

もう、走りたくない。  

 

誰とも比べられたくない。  

 

誰も私の名前を呼ばないで。

 

私は目を閉じた。  

 

 

 

深い、深い闇の中へ、沈んでいきたかった。

 

 

 

 

――Trainer: Ayahara

 

スカーレットの騒動で騒然とする中、俺は一直線に走っていた。  

スタンドを飛び出し、関係者エリアを抜け、コースへと続くゲートへ。

 

「おい! ここから先は立ち入り禁止だ!」

 

コース管理員が立ちはだかる。  俺は止まらない。

 

「どけッ!!」

 

「なっ!?」

 

制止を振り切り、ラチに手をかける。  

そのまま勢いをつけて飛び越え、ターフ内へ侵入する。  

ルール違反だ。処分を受けるかもしれない。  

だが、そんなことはどうでもいい。

 

遠く、1コーナーの奥。  

黒い塊が、芝の上に小さくうずくまっているのが見えた。

 

「……モエ!」

 

俺は走った。  現役のウマ娘の足には遠く及ばない、遅い足で。  

綺麗に刈り揃えられた芝の深さに足を取られ、肺が痛くなるほど空気を吸い込みながら、彼女の元へ。

 

芝生に座り込むモエ。

その姿は、糸が切れて崩れ落ちた操り人形のようだった。

いつも強気で、生意気で、輝いていた瞳が、今は光を失い、虚ろに中空を見つめている。

 

俺は彼女のそばに滑り込み、その肩を掴んだ。

 

「モエ! ……おい、モエ!」

 

返事がない。

彼女は俺を見ているようで、見ていない。

焦点が合っていない。

 

「……トレーナー」

 

やがて、彼女の唇が、カサカサと動いた。

その声は、枯れ木が擦れるような、乾いた音だった。

 

「……聞こえちゃった」

 

「……」

 

「はっきり、聞こえちゃったよ」

 

彼女は、笑おうとして、顔を引き攣らせた。  

その表情は、泣くよりもずっと痛々しかった。

 

「私が……一番速く走った瞬間」

「私が、一番『私らしくなれた』と思った、その瞬間」

 

彼女の瞳から、光が消え失せる。

 

「……みんなには、それが一番『カレンチャン』に見えたんだ」

 

「モエ……」

 

「頑張ったんだよ? 削ぎ落として、研ぎ澄まして……ママと違うものになろうとしたのに」

「……なればなるほど、カレンチャン(ママ)になっちゃうんだ」

 

彼女は、自分の空っぽの手のひらを見つめた。

 

「……ねえ、トレーナー」

 

彼女は、俺の目を見た。 そこには、底のない虚無が広がっていた。

 

「それだったら……私、これまで、なんのために」

 

その言葉は、鋭利なナイフとなって俺の胸を抉った。  

否定したい。  

だが、そのロジックはあまりにも残酷で、そして正しかった。

 

彼女がスプリンターとして完成すればするほど、遺伝子の呪いは強くなる。

「カレンチャン」という巨大な正解が、彼女の個性を塗りつぶしてしまう。

彼女の努力はすべて、彼女の存在を消すための儀式になってしまっていたのだ。

 

俺にできることは、言葉を紡ぐことじゃない。

 

俺は、モエの体を強く抱きしめた。

泥だらけの勝負服ごと、冷え切った彼女の体を、俺の体温で包み込む。

 

「……っ」

 

モエの体が、ビクリと震えた。

 

「……帰ろう。今は、帰ろう」

 

俺は耳元で囁いた。

ここには、彼女を傷つけるものしかない。

歓声も、視線も、同情も。すべてが毒だ。

 

「……うん」

 

モエは抵抗しなかった。

されるがままに立ち上がり、俺に体重を預けてくる。

腕の中の少女は、あまりにも軽く、そして冷たかった。

まるで、魂の重さだけが抜け落ちてしまったかのように。

 

俺たちは、喧騒に背を向け、地下バ道へと歩き出した。

 

桜が、風に舞っている。

残酷なほど美しく、ヒラヒラと漂う花弁。

それは、彼女の為の死に化粧のようにも見えた。

 

だが。

 

俺の胸に顔を埋めたモエの、その瞳の奥底。

 

光の届かない深淵で、ドロドロとしたどす黒い感情が、渦を巻き始めていることに、俺は気づいていた。

 

(……消えろ)

 

(消えてなくなれ)

 

 

(私を『カレンチャン』と呼ぶ世界なんて、全部……)

 

 

絶望は、時に最強の燃料になる。

全てを失った彼女に残されたのは、世界への憎悪と、自己を証明するためなら命すら投げ出せる狂気だけ。

 

華やかな春のG1は、最悪の後味を残して幕を閉じた。

 

そして、この絶望こそが。

彼女を「オークス(2400m)」という修羅の道へ突き動かす、最後の、そして決定的なトリガーとなるのだった。




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