「……ッ……」
「……ッ、クッ……」
「……ク、ククク……アーッハッハッハッハ!!」
「いやはや、傑作だ。実に傑作だねぇ!」
「見たかい? あの観客たちの顔を。実況席の凍りついた声を」
「『悲劇のヒロイン』『才能の崩壊』『早すぎた終焉』……」
「誰も彼もが、三文芝居の観客のように、与えられた『お涙頂戴』の結末に安っぽい涙を流して酔いしれている」
「我ながら、なかなか演技が上手くなったものだ。アカデミー賞モノだろう?」
「……だが、滑稽だねぇ」
「無知とは罪であり、同時に哀れなものだ」
「君たちは本気で思っているのかい? 私のプランが失敗して、彼女が……私の最高傑作である“カレンモエ”が、あんな無様なレース展開で壊れたと」
「あの華奢に見える脚が、過負荷に耐えきれずに悲鳴を上げ、二度と走れなくなったとでも?」
「ノン、ノン。……全くの逆だよ」
「私が計算もなしに彼女を死地へ送り出した? 私の目が節穴だと? 彼女の限界値を見誤るような三流研究者だと? ……ハッ、心外極まりない」
「彼女が私の実験室で、どれだけのメニューをこなしてきたと思っている」
「私の作成した、一般のウマ娘なら三日で音を上げるであろう地獄のようなトレーニングプランを、彼女は淡々と、しかし確実な熱量を持って完遂してきた」
「来る日も来る日も、データの海に溺れるほどに数値を計測し、筋繊維の一本一本に至るまで負荷試験を繰り返したのだ」
「あの華奢に見える脚の内部で、どれほどの筋肉が圧縮され、鋼のように鍛え上げられているか……解剖でもしてみなければ、凡人には理解できない領域にある」
「断言できる」
「あのレベルのトレーニングをしておいて、この程度でモエ君の脚が壊れるわけがない」
「これは"奇跡"などではない。"必然"さ」
「私は確かに言ったはずだ」
「"今は君よりも君の事を知っているんだよ"、と」
「……ならばなぜあんな『壊れるかもしれない』という演出をしたのか」
「壊れないと分かっているなら、なぜ彼女に対して『このレースで脚が終わる覚悟』を求めたのか」
「単純な話だ。あれは『賭け』ですらない。『契約』のための儀式に過ぎない」
「私は欲しかったのだ。確固たる『言質』が」
「彼女自身の口から発せられる、"私の脚が壊れる最期まで、徹底的にデータを取ってください"という、魂の契約書へのサインが」
「そのためには、生半可な状況では足りない。彼女自身が『これで終わってもいい』と本気で思えるほどの極限状況、破滅の予感が必要だった」
「だから私は、あえて『壊れても知らない』という態度で彼女を突き放した」
「彼女は恐怖し、覚悟を決め、そして私に全てを差し出した。『壊れても構わない』と、彼女は確かに同意したのだ」
「だが、私は最初から知っていた」
「私の理論で鍛え上げた彼女の脚は、この程度の負荷では絶対に砕けないことを」
「もちろん、代償は払った」
「今の彼女の脚は、確かにボロボロだ。筋繊維はズタズタに断裂し、毛細血管は破裂し、皮下組織は悲鳴を上げているだろう」
「一歩でも動かせば激痛が走る。見るも無惨な状態」
「だが、それでいい。それがいい」
「『スクラップ・アンド・ビルド』」
「これからの
「古い木造建築の上に、鉄骨の摩天楼は建たないだろう? 無理に建てれば崩れる」
「だから、一度徹底的に、論理的に、意図的に――壊す必要があったんだよ」
「極限の負荷で筋繊維を断裂させ、骨格にヒビを入れ、彼女の『常識』ごと肉体を解体する」
「そうして更地になった場所にこそ、私の理論による最強の
「破壊なくして創造なし。古来より言い古された言葉だが、肉体改造においては真理そのもの」
「ナメないでくれたまえよ、私の
「彼女はまだ、機能停止には程遠い」
「……さて、さて。約束をしたね?」
「"君の体が壊れる最期まで、徹底的にデータを取らせてもらう"、と」
「確かにモエ君の"クラシック級"は終わった。 ――まだ5月だって? そういうことじゃないんだよ。私にだってそのぐらい理解はできるさ」
「だがね、あの程度の自壊で、契約終了だと思ったかい?」
「君の心臓は動いている。脳は思考している。そして脚は、まだ地を踏みしめることができる」
「つまり――君の体はまだ完全には壊れていない」
「ならば、実験は続行だ」
「彼女は自ら望んで、悪魔に魂を売ったのだ。商品が壊れていない以上、返品は受け付けない」
「さあ、
「全てを燃やし尽くした灰の中から……」
「一体、どんな色の蝶が……いや、どんな怪物が羽化するのか」
「アハハッ…… 楽しみだねぇ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想・評価をいただけると、次の話を書く大きな力になります。
刺さった箇所、引っかかった箇所、どんな短い一言でも構いません。
お気軽にお寄せください。