司会「高松宮記念、すごいレースでした。直前特集にもご出演いただいた星野さん、水原さん、三上さんに改めてお話をうかがいます」
三上「……よろしくお願いします」
司会「まず結果を振り返りましょう。一着サクラバクシンオー、二着カレンモエ、クビ差。三着アンタゴニスト。前半600メートル通過が34秒1のスローペース。三上さん、これは直前特集でお話しいただいた通り、先行有利の展開でしたね」
三上「はい。展開そのものは、私の想定通りでした。レイナーディン選手が控えて、ジップライナー選手の単騎逃げ。先行勢が楽をする流れ。後方からの追い込みには厳しい——そこまでは、当たっていました」
司会「そこまでは」
三上「そこまでは、です。その先が全く当たっていない」
水原「……私もです。掲示板に載れば健闘と言いました。5着か6着と。結果は2着、クビ差です。完全に外しました」
司会「カレンモエ選手の上がり3ハロンが32秒5。メンバー中最速でした」
三上「これが一番信じられないんです。スローペースということは、先行勢も脚を残している。全員が直線で伸びてくる。その中でメンバー最速の上がりというのは、つまり他の全員よりも速い脚を使ったということです。先行有利の展開を、脚の絶対値で覆した」
水原「普通はできないんですよ、それは。スローペースで先行勢が壁を作っている状態で、後方十二番手から。物理的にスペースがない。なのに、こじ開けてきた」
司会「第三コーナーからの進出でしたね」
三上「映像を何度も見返しました。第三コーナーの入り口で動き出して、先行勢の間を内に切り込んでいる。アンタゴニスト選手とブリッツエクレール選手の間。あそこは半身分くらいしか隙間がなかった。普通は入れません」
水原「入れないはずの場所に入って、しかもそこから加速している。まだ脚が残っている先行勢の横を、力ずくで抜いている。展開の不利を、個の力でねじ伏せた形です」
司会「星野さんは直前特集で、展開が向かなくてもカレンモエ選手を対抗に推されていました」
星野「……はい。ただ、正直に言います。ここまでとは思っていませんでした」
司会「え?」
星野「対抗に推したのは本当です。でも、心のどこかでは3着か4着かな、と。スローペースで2着に来るとは、さすがに。根拠がないと自分で言っていた通り、本当に根拠がなかったんです。バクシンオー選手の直感とこの子のGⅢで走らないのにGⅠで走る性質を信じた、というだけで」
水原「結果的に、星野さんの推しが一番近かったわけですね」
星野「いえ。一番近かったのは、バクシンオー選手です。あの方があの会見でカレンモエ選手を名指しした時点で、答えは出ていたのかもしれません」
三上「……一つ、いいですか」
司会「どうぞ」
三上「直前特集で私は、バクシンオー選手が名指ししたということは展開に関係なく来れる子だと思っている、もしそれが正しいなら私の展開分析は意味をなさない、と言いました」
司会「はい」
三上「正しかったです。意味をなさなかった」
司会「……」
三上「展開分析は、レースの条件から着順を予測する技術です。ペースが速ければ差しが届く、遅ければ前が残る。これは統計的に正しい。実際、三着以下は私の予想通りの並びでした。アンタゴニスト選手が三着、ブリッツエクレール選手が四着。先行勢がそのまま残った」
水原「上位二人だけが、予測の外にいた」
三上「そうです。バクシンオー選手はどの展開でも一着。これは当たっています。問題はカレンモエ選手で、この子だけが展開の法則を無視して二着に入った。私の分析では5着か6着のはずだった」
司会「なぜ、法則を無視できたのでしょうか」
三上「分かりません。データを見る限り、上がり32秒5は異常値です。同じスローペースのGⅠで、後方から上がり32秒台を使って連対した例は、過去十年で片手で数えるほどしかない。しかもそのほとんどは中距離以上のレースで、1200メートルでは記憶にありません」
星野「上がりの数字だけ見たら、距離が違うんじゃないかと思うくらいですよね。1200メートルのレースで、残り600メートルを32秒5で走っている。しかもスローペースの先行有利の展開で」
水原「もう一つ指摘しておきたいのは、仕掛けのタイミングです。第三コーナーの入り口から動いている。残り600メートル。1200メートルのレースで、半分の距離をスパートに使っている。普通のスプリンターなら、そこから持ちません」
三上「フェブラリーSでもそうでした。あのレースも第三コーナーから動き出して、残り600メートルを一気に差し切っている。ダート1600メートルのGⅠで」
水原「ダートのGⅠを勝ち、芝のGⅠでクビ差の2着。しかもどちらもロングスパート。……この子のプロフィール、改めて見ると異様ですよ。スプリンターのはずなのに、スタミナの裏付けがある」
星野「お母さんのカレンチャン選手は典型的なスプリンターでしたけど、この子は違うタイプなのかもしれません。スプリンターのスピードと、中距離を走れるだけのスタミナを両方持っている」
司会「では改めて、今後のカレンモエ選手について。どう見ますか」
水原「……前回、芝スプリントGⅠの実績がない子がこの展開で上位に来ることはまずない、と言いました。撤回します。この子は実績で測れない」
三上「展開分析の観点からは、一つだけ言えることがあります。今回はスローペースで、カレンモエ選手にとって最悪の展開でした。それでクビ差。もしハイペースの展開だったら、結果は逆だった可能性が高い。つまり——次にハイペースの1200メートルGⅠが来たら、この子が勝つかもしれない」
星野「スプリンターズSですね。秋の」
三上「はい。ただ、今回のレースだけで判断するのは危険です。一つ気になることがあります」
司会「何でしょう」
三上「仕掛けが遅い。今回も第三コーナーからでした。もう少し早く仕掛けていれば、クビ差ではなく差し切っていたかもしれない。逆に言えば、なぜもっと早く仕掛けなかったのか。能力があるのに、仕掛けのタイミングが受動的に見える。これが意図的なのか、それとも何か別の理由があるのか」
星野「……鋭いですね、三上さん」
三上「分かりませんが、次のレースでそこが改善されるかどうか。注目しています」
司会「ありがとうございます。——最後に一つ、触れておきたい話題があります。一昨日、サクラバクシンオー選手がドリームトロフィーリーグへの移籍を正式に発表しました。なぜ、このタイミングでの発表だったのか。皆さんはどう見ますか」
星野「まず前提として、ドリームトロフィーリーグの話は引退会見では聞けません。招待が来ていなかったら失礼にあたりますから。聞かないのが礼儀です」
水原「ええ。さすがにバクシンオー選手が招待されていないわけはないですが、会見で言及がなかったので、行かないものだと思っていました」
司会「発表によると、招待が届いたのは引退を発表した後だったそうです」
三上「……なるほど。ドリームトロフィーリーグの招待は、全盛期を過ぎたウマ娘に届くのが通例と言われています。引退発表の後に届いた、ということは——つまり、それまでバクシンオー選手はまだ全盛期を過ぎていない、と見なされていた可能性がある」
星野「その可能性は高いと思います。現に高松宮記念でも素晴らしいタイムを叩き出している。衰えの兆候は一切ない」
水原「しかし、そうなると逆に分からなくなる。彼女の引退理由が衰えでないのは明らかです。全盛期のまま走ることをやめようとしていた。……なのに、ここに来てドリームトロフィーリーグに進むと言い出した。何が変わったんでしょう」
三上「…………」
星野「……あのレースを見た後だと、一つだけ思い当たることはありますけどね」
水原「……ですね」
三上「……まぁ、まぁ、そうですかね」
司会「……お三方とも同じことを考えていらっしゃるようですが、番組としてはこれ以上の推測は控えます。いずれにせよ、短距離の絶対王者がまだ走り続けるという事実は、スプリント界にとって大きなニュースです」
司会「高松宮記念回顧SP、お送りしました。お三方、ありがとうございました」
星野「ありがとうございました」
水原「ありがとうございました」
三上「ありがとうございました」