星旅の覇者   作:エビーフ

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もっとも速い馬が勝つ日

春の中山競馬場。

 桜の花びらが風に乗り、パドックの上を流星の軌跡のように舞っていた。

 

 アストライターは、その中央を静かに歩いていた。

 

 栗毛の馬体は陽光を受けて黄金色に輝き存在感を放っていた。

 

(ここが皐月賞……もっとも速い馬が勝つレース)

 

 落ち着きはある。

 しかし、体の奥で小さな雷のようにエネルギーが弾けていた。

 

 天城テキは歩きながら、アストライターの横顔を見て笑った。

 

「お前の仕上がりは完璧だ。中間の坂路も、全部歴代トップクラスだよ」

 

(当然だ。我輩は世界を獲る馬だ)

 

「喋れないはずのくせに、その顔だけで全部伝わるんだよな……」

 

 桐生創太がやってくる。

 

勝負服に腕を通した創太は、

ルーキーという枠から完全に外れた鋭い目をしていた。

 

「天城さん、アスト……マジで気合い入りすぎてる。今日、やばいっすよ」

 

(我輩を信じろ)

 

「信じてるよ。誰よりも。」

 

 創太はアストライターの額にそっと手を当てた。

 

「お前の旅、今日は新しい章だ。

 皐月賞はスピードと瞬発力と勝負勘の全部がいる。

 でもお前なら全部持ってる」

 

(任せろ。我輩にとっては通過点だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲート裏には、皐月賞という特別な空気があった。

 

 

サートゥルナーリア

ダノンキングリー

アドマイヤマーズ

 

 トップクラスの素質馬がここに集う。

 

 どの馬も、

 「今日勝てば歴史が変わる」と本能で分かっている。

 

「16番、アストライター、お願いします」

 

 誘導員が声をかける。

 

 アストライターは小さく首を振った。

 

(……行くぞ)

 

 トン、と音を立ててゲートに入る。

 

 創太が深く息を吸った。

 

「アスト……行こう。俺と一緒に、最初の王冠を獲る」

 

(ついてこい)

 

 場内の静寂。

 ざわめきが低く震える。

 

ガシャン

 

 好スタート。

 

 アストライターはゲートが動くより先に、

 まるで「この瞬間を待っていた」と言わんばかりに飛び出した。

 

「っく……やっぱ反応早すぎる……!」

 

(創太、遅れずに掴まれ!)

 

 スーッと前へ。

 

 先頭に出る気はない。

 

『アストライター、中団前!絶好の位置を取ります!』

 

 ペースは速い。  皐月賞らしい、前半から息を入れさせない流れ。

 

(いいペースだ。隊列が縦に伸びる……我輩向き)

 

「アスト、この手応え……異常だぞ……」

 

(黙って合わせろ。まだだ。まだ脚を使わん)

 

 アストライターは栗毛の体をしならせながら、

 一頭一頭の後ろに影のように張り付き、

 風の流れの中で力を蓄え続けた。

 

 

 

 

 

 

 向こう正面の半ばで、

 各馬がわずかに動き始める。

 

 ここで無理に動くと最後が甘くなる。

 しかし動かなければ詰む。

 

 ほとんどの馬が迷うポイントだ。

 

 アストライターは――迷わない。

 

(今だ。穴が開いた)

 

 

 1頭ぶん……あるかどうかのスペース。

 普通の馬なら尻込みする。

 

 だが、アストライターは栗毛の影を伸ばすようにスルリと滑り込み、

 一瞬で3番手まで浮上した。

 

『アストライター、一気にポジションを上げていく!!』

 

「すげぇ……っ、アスト、これ皐月賞だぞ!?新馬じゃねぇんだぞ!?」

 

(知らんな。道があるなら、行くだけだ)

 

 創太は震えた。

 

 ただ速いのではない。

 アストライターは「勝つための最短ルート」を本能で探し当てる。

 

 

 

 4角、各馬が馬群を横に広げながら直線を向く。

 

「さあ、中山の直線! 先頭は依然として激しい! サートゥルナーリア、外から猛然と進出! ヴェロックス、粘り強く内から! しかし、アストライターはまだ動かない! 行けるのか!」

 

 

 最後の坂が待ち構える

 

 創太は一度、手綱を締めた。

 

「アスト、行くぞ――!」

 

 その瞬間だった。

 

 アストライターは創太の合図と完全に同調し、

 溜め込んだエネルギーを一気に爆発させた。

 

(開け――!我輩の道だ!!)

 

 前を走る2頭の間に吸い込まれるように入り込み、

 直線へ飛び出す。

 

 

 観客席が揺れた。

 

「アストライターだ!アストライターだ ! サートゥルナーリアも、ヴェロックスも、もうついていけない! 」

 

 栗毛の体が、黄金の尾を引きながら加速する。

 まるで春の夜空に流れ落ちる“巨大な流星”。

 

 

(創太、掴まっていろ!!)

 

 後ろからはサートゥルナーリアが食らいつく。

ヴェロックスも懸命に脚を伸ばす。

 

 しかし――距離が縮まらない。

 

 アストライターの脚は、

 まだ「全開」になっていなかった。

 

 

 

 

 

 坂を登り切った瞬間、

 創太は恐る恐る馬の背中に触れた。

 

「アスト……まだいけるか……?」

 

(当然だ)

 

 軽く促す。

 たったそれだけで――

 

 アストライターは

 “別次元の加速”を見せた。

 

『アストライター!!さらに突き放した!!』

 

 あらゆる馬の脚が止まって見える。

 音が消え、景色が光の線に変わる。

 

 創太は叫んだ。

 

「これが……これがアストライターの走りかよ!!」

 

 

 

 誰も届かない。

 いや、届く未来が存在しない。

 

 

 

 

 アストライターはそのまま、

 誰にも譲らず皐月賞のゴール板を駆け抜けた。

 

『アストライター!!圧勝!!レコードです!

星の旅路は無敗のまま府中へと続きます。』

 

 場内が割れんばかりの歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 創太は馬上で涙を拭った。

 

「アスト……ありがとな。

 俺……俺、お前と走れて本当に幸せだ……!」

 

(泣くな。王冠はまだ一つだ)

 

 天城テキが駆け寄り、アストライターの首を強く抱いた。

 

「お前は……本当にとんでもない馬だ……!」

 

 馬主の蓮は震える声で言う。

 

「アスト……本当に星の旅の第一章を、こんな光で飾ってくれるなんて……!」

 

(当然だ。まだ旅は始まったばかりだ)

 

 表彰式のライトがアストライターの栗毛を照らす。

 

 黄金色の光が天へ昇るようにきらめいた。

 

(よし……次はダービーだ)

 

 星の旅は、確かな軌跡を描き始めた。

 

 

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