星旅の覇者   作:エビーフ

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日ノ本一の日

 

 

星が駆ける日、運命が形を成す

 

 

 

 皐月賞を制してから一ヶ月。

 栗毛の彗星・アストライターの周囲は、かつてないほど騒がしくなっていた。

 

 美浦の馬房には、朝から晩まで取材が並び、天城テキは毎日同じ質問を受けていた。

 

「ダービーはどう戦いますか?」

「距離は保ちますか?」

「ジョッキーはいまのままで大丈夫ですか?」

 

天城はいつもの淡々とした声で答える。

 

「距離は問題にならない。折り合いがつく馬だ。

 ジョッキー? アストライターはアイツしかのせねーよ」

 

(当然)

 

 アストライターはその言葉を聞きながら、静かに鼻を鳴らした。

 栗毛のたてがみが陽光を受けて淡く揺れ、瞳はどこまでも遠い空を見ている。

 

(ダービー……世界への扉。皐月賞だけでは足りぬのだ)

 

 走るたびに、胸の奥の何かが熱くなる。

 世界を走る馬は、ここでつまずかない。

 

(我輩の旅は二冠くらいで満足するわけがない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダービー週、最後の追い切り

 

 最終追い切りはウッドコース。

 美浦は深い霧に包まれていた。

 

「よし、アスト。行くぞ」

 

 桐生創太が跨ると、アストライターの耳が軽く動く。

 創太の気配を受け取って、すぐに集中のスイッチが入る。

 

(お前、少し緊張しているな)

 

「バレてるよな……いや、そりゃ緊張するだろ。日本ダービーだぞ?」

 

(ふん、我輩のジョッキーなら胸を張っていろ)

 

「……ありがとうな」

 

 創太は手綱を握りしめ、軽く脚を使う。

 

 その瞬間

 アストライターは、霧を切り裂く稲光のような伸びで走り出した。

 

 テンから速い。

 だが暴走ではない。

 身体の芯がまっすぐに前を向いている。

 

「は……速い……!」

 

(当然だ。ダービーを勝つ馬だぞ。

これぐらい当然でなきゃ王者になれるものか)

 

 最後の直線、創太が手綱を緩めると、

 

 アストライターは

 まるで空へ浮かぶような滑らかさで、加速した。

 

 天城テキがストップウォッチを見て目を見開く。

 

「……これは化け物だ。状態は皐月賞以上」

 

 調教助手たちも息を呑む。

 

「あのスピードで折り合うなんて……」

「スタミナも十分か……」

 

(東京よ、我輩を待っていろ)

 

 

 

 

 

 

 

ダービー当日

 

 東京競馬場は、朝から巨大なうねりのような熱気に包まれていた。

 観客は12万人を超える。

 

 パドックでは、どの馬も緊張した目をしている。

 薄い汗を浮かべ、落ち着かない様子。

 

 だが、

 アストライターだけは、静かだった。

 

(これは……悪くない空気だ)

 

 栗毛の身体に太陽の光が反射し、赤銅色のオーラを纏っているように見える。

 

 

 まるで、

 この中で一頭だけ次元が違う

 そんな放たれる気配。

 

「アスト……すげぇ雰囲気だな」

 

 桐生創太が近づき、そっと手を置く。

 その手が震えているのを、アストは感じていた。

 

(創太。勝つぞ)

 

「……ああ。勝とう。日本ダービーだ。絶対にだ」

 

 天城テキが言う。

 

「今日のテーマはただ一つ。

 お前が焦らない

 これだけだ。アストには全てを教えた。後はお前さえ落ち着けば、お前たちの勝ちだ」

 

「わかってるっすよ」

 

「新馬戦、朝日杯、皐月賞……全部お前たちでやってきた。

 迷うなよ」

 

 創太は深くうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートへ向かう。

 

 ファンファーレが鳴る。

 

 空気が震える。

 12万人の声が渦巻き、観客席が波打つ。

 

 パドックを出ると、ターフの匂いが流れ込む。

 芝の青さ、土の湿度、風の温度。

 

 アストライターは鼻孔を震わせた。

 

(これが……東京優駿。王者を決める道だな)

 

「アスト……行こう。俺たちのダービーへ」

 

(任せろ。二冠などただの通過点だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートインは完璧。

 周りの馬がそわつく中、アストだけが微動だにしない。

 

 スタートの瞬間

 アストライターは音を置き去りにするような反応を見せた。

 

「うわ……っ! 流石だな!」

 

(今日は……)

 

「抑えるぞ!」

 

 (抑えるぞ!)

 

 すっと手綱を引くと、アストはすぐに従う。

 

 前へ行こうとする力を無理に封じず、柔らかく、しなやかに。

 

 隊列は縦長。

 アストライターは中団のやや前、絶好の位置。

 

(動くのは三コーナーからだ)

 

「そうだよな!」

 

 

 

三コーナー、運命が動く

 

 風が変わった。

 アストの耳がピンと立ち、全身のスイッチが入る。

 

(創太)

 

「……行くんだな」

 

(当然だ)

 

 創太が手綱を押し出すと同時に、アストライターの脚が解き放たれた。

 

 ゆっくり、しかし確実にポジションを上げていく。

 まるで、重力を無視したような軽さ。

 

「化け物だ……お前、疲れ知らずなのかよ……!」

 

 

 

 最後の直線、運命の分岐

 

 直線に入る。

 

 前には壁。

 左右も馬。

 

「マズい……!」

 

(焦るな)

 

 創太はその意味をすぐさま理解した。

 

(左の馬、下がるぞ)

 

「わかった」

 

 左のスペースへ舵を切る。

 

 そこが

 運命の道だった。

 

 

 

 

 

 

 残り400。

 

 アストライターの脚が――

 爆発した。

 

 

(これが! 我輩の走りだ!!)

 

 

『アストライター!! 一気に来た!!!ロジャーバローズも追いかけるが2番手争い!

サートゥルナーリアは2番手も厳しいか!』

『抜けた!! 抜けたぞ!!突き抜けた!!』

『アストライター、二冠へ突き進む!!』

 

 残り200で完全に先頭。

 

 そこから

 さらに伸びた。

 

 栗毛の彗星が、東京のターフに光の軌跡を描く。

 

(我輩は星の旅人! ここで負けるはずがない!!)

 

 ゴール板を

 

 駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 創太は叫ぶ。

 

「勝ったぁぁぁぁぁ!!

 二冠だアスト!! 二冠だ!!」

 

(当然だ)

 

 アストライターは耳をピンと立て、誇らしげに歩く。

 

 天城テキが駆け寄り、涙をこぼしていた。

 

「……やったな、アストライター。

 お前は……本当に、特別な馬だ……」

 

 蓮も泣いていた。

 

「アスト……ありがとう……ありがとう……!」

 

(礼などいらぬ。我輩は、まだ先に行く)

 

 

 

 背中の桐生創太が震えていた

 

「アスト……俺、今日で人生変わったよ……

 二冠馬のジョッキー……新人なのに……!」

 

(創太。泣くな。我輩はお前となら、もっと遠くへ行ける)

 

「お前とならどこへでも行けるさ。

 

 世界を取りに行こう!」

 

(ああ。世界は近い)

 

 アストは空を仰いだ。

 

 東京の空に、風が走った。

 

(旅はまだ始まったばかりだ。

三冠? 

 その程度で終わるつもりはない)

 

 栗毛の星は、静かに輝き続けていた。

 

 

 

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