星旅の覇者   作:エビーフ

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秋高馬肥の日

晴れ晴れとした空を眺めていたら

 

「おはよーございます! 先輩!」

 

佐々木が元気よく入ってきた。その手には、雑に画用紙を切ったような札が二枚。

 

でっかく YES と NO

 

(なんだあれ)

 

続いて佐藤も入ってくる。

腕を組み、どこか楽しんでいるようだ。

 

「ボー、今日はちょっとしたテストだぞ」

 

(な、なんか授業みたいな言い方するな)

 

佐々木は胸を張った。

 

「馬が日本語を理解してるか、科学的に確かめます」

 

「科学的って……紙見せるだけだろ」

 

「いや先輩、観察は立派な科学なんすよ!」

 

我輩は思わず鼻を鳴らす。

 

(お前ら……正月から暇なんだな)

 

 

佐々木はYESとNOの札をそれぞれ左右に置き、我輩の前に立った。

 

「ボー、日本語わかってるか?」

 

佐藤が噴き出す。

 

「おい、それ最初に聞いたら終わりじゃねえか」

 

「いや、核心から攻めたほうが早いっすよ!」

 

我輩は札を見つめる。

 

YESとNO。

この二択を選ぶだけで、すべてが変わる。

 

(……さて、どうする?)

 

もしNOを選べば、今日の茶番は終わる。

 

日本語がわかるのがバレたら動物園に売られるかもしれない。

 

しかーし、彼らも馬を世話する身だそんなことはしないだろう。

 

話が分かるとなればいろんなことを教えてくれるに違いない。

 

そして新聞でも持ってこさせれば色々いれるぞ

 

 

 

我輩はYES の札に鼻先を寄せた。

 

「…………!?!?」

 

「お、おい本気か?」

 

我輩はさらにYESの札を軽く突いた。

 

「ブフッ」

 

「……先輩、見ました? 見ましたよね!?」

 

「お、おう……いや待て、偶然って可能性は……」

 

「じゃあ次の質問します」

 

「エサもっと欲しい?」

 

YES。

 

「今日は雨が降っているか?」

 

NO。

 

「佐藤の愚痴、たまに聞いてた?」

 

YES。

 

「マジかよ!?」と佐藤が叫ぶ。

 

「ボー、正月から俺の愚痴聞いてたのか!?」

 

(聞いてたし、内心ちょっと同情してるぞ)

 

佐々木は震える声で質問を続ける。

 

「走るのは嫌いか?」

 

NO。

 

「走るのは好きか?」

 

YES。

 

「……じゃあ最後に、ボー。

 俺たちの言ってること、ぜんぶ理解してるんだよな?」

 

我輩は――ゆっくりと、誇り高く、YESに鼻を触れた。

 

その瞬間、厩舎は静まり返った。

 

ほんの数秒後。

 

「……おい。どうすんだよこれ」

 

「……俺たち、世界初の“人語理解馬”扱ってるっすよ」

 

「いやそれは大げさすぎるだろ……けど……けど……」

 

二人とも、我輩を見つめる目が明らかに変わっていた。

 

尊敬と驚嘆と、ほんの少しの恐怖。

 

 

(別に食べたりしないから安心しろ)

 

 

二人の動揺はピークに

 

佐藤は我輩に近づき、真剣な顔で言った。

 

「……ボー、お前、本当に日本語わかるんだよな?」

 

我輩はYES。

 

「マジで返事するのやめてください! 涙出そうなんすけど!」

 

「でもよ……日本語が分かるなら……」

 

佐藤は少し考え込んでから、言った。

 

「今日の夜飯奢りかよ」

 

「いやった~!」

 

(なんだ、我輩が日本語分かるか賭けていたのか)

 

「くそっ、今からでも日本語が分からないふりをしてくれ!」

 

「無理ですよー。

なあボー、お前は日本語が分かるもんな」

 

YES。

 

「そこを何とか、いつもお世話させていただいてるしゃないですか。」

 

NO。

 

「www先輩フラれてやんのー」

 

 

「まあお前の父親も人が大怪我しないように噛むような賢い馬だからなー」

 

(なんだって。

ということは)

 

「なんだ、お前の父親の話でも聞きたいのか?」

 

YES。

 

「お前の父親はドリームジャーニーだよ」

 

(マジか。

我輩はドリームジャーニーの子か)

 

「まあお前はオルフェーブルの方に似てるけどな。栗毛だし」

 

(我輩は黄金の一族に名を連ねるのか。

ますますワクワクしてきた)

 

「……とんでもない馬だな、マジで」

 

佐藤は頭をかきながら、呆れたように、でも嬉しそうに笑った。

 

その肩を佐々木が小突く。

 

「先輩、ちょっと震えてます? ビビってます?」

 

「ビビってねぇよ。ただ……すげぇ馬を担当してると思ってな」

 

二人とも、我輩をまるで高価な宝石でも見るような目で見つめる。

 

いや、それはやめて欲しい。

我輩はただの馬だ。

ちょっと日本語が分かるだけの。

いや日本語は全部分かるが。

 

(そこまで驚かれるとむず痒いんだが)

 

佐々木が小さく息をついた。

 

「でも……すげぇなあ。

毎日話しかけてたけど、本当に全部聞いてたのか」

 

YES に鼻を触れる。

 

「うわっ、本当に返すのやめて! 心臓に悪いっす!」

 

佐藤が笑いながら肩を組む。

 

「まあ佐々木、面白れぇじゃねえか。

こいつなら、きっともっとすごい馬になるぞ」

 

その言葉に、我輩の胸の奥がちり、と熱くなった。

 

 

佐々木が急に真顔になる。

 

「でも先輩、どうします?

これ、外にバレたらヤバいですよ?」

 

「そりゃあ……絶対バラせねぇな。

こいつが“言葉がわかる馬”って広まったらどうなるか」

 

佐藤は指を折りながら数え始める。

 

「毎日見学者が来る、うるさいマスコミが押し寄せる、変な研究者が首突っ込む、レースどころじゃなくなる……」

 

佐々木がうんうんとうなずく。

 

「ほんとだ……ボー、絶対ストレス溜まりますよね?」

 

NO。

 

「いや気を使わせてどうするんだよお前」

 

佐藤は深いため息をつき、

 

「……よし決めた。

この話、俺と佐々木とボーだけの秘密だ」

 

YES。

 

「うわああ……返事されると覚悟が決まるなぁ……」

 

佐藤はニヤッと笑った。

 

「いいか佐々木、ボーを普通の馬として扱え。

内心ビビってても、表に出すなよ」

 

「はい!」

 

(いや、十分にビビってるけどな)

 

 

 

 

 

 

 

突然、佐々木が「思いついた!」という顔をした。

 

「先輩! もっと検証しましょう!」

 

佐藤が眉をひそめる。

 

「おまえ……まだやるのか」

 

「そりゃやりますよ!! 科学的に! 科学的に!!」

 

(また始まった……)

 

佐々木は YES と NO の札を並べ直し、

今度は妙に真剣な顔で我輩を見つめた。

 

「ボー、俺たちのこと……好き?」

 

我輩は少しだけ考えた。

好きか嫌いかと言われれば

 

YES。

 

「うわああッ!!」

 

佐藤が腹を抱えて笑い、佐々木は地面に崩れ落ちた。

 

「待って、無理……俺……泣く……」

 

「泣いたふりはやめろ」

 

佐藤は笑いながら、我輩の首を軽く抱えた。

 

「ありがとうな、ボー。

俺たちもお前のこと大好きだよ」

 

(……ふん。知っている)

 

 

 

ふいに、佐藤が姿勢を正した。

 

「ボー。

これは真面目な質問だ」

 

空気が少しだけ引き締まる。

 

「お前は……走りたいか?

レースに出たいか?」

 

我輩は迷わなかった。

 

YES。

 

佐々木が息を呑み、佐藤はゆっくり笑う。

 

「そっか。

じゃあ……俺たちが、お前をそこまで連れていくよ」

 

(ああ。頼むぞ。

我輩は走るために生まれた)

 

そのとき、朝日が差し、三人と一頭を金色に照らした

 




ということで父はドリームジャーニーでした
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