星旅の覇者   作:エビーフ

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旅の始まりの日

(今日も暇だなー)

 

放牧地には霜がうっすら残り、空気はつんと冷たい。

 

そんな静けさを

遠くの爆ぜるようなエンジン音が破った。

 

最初は低い唸り。

丘の向こう側で反響して、腹の底に響く。

 

 

(あれは……高級車だな。

人間界で働いてた頃、上司の車で聞いた音に似ている)

 

坂道の頂上に、その車が現れた。

 

黒いSUV。

光を反射して鋭く光るヘッドライト。

タイヤが砂利を撥ね、バラバラバラッ!と石が飛ぶ。

 

 

「え、来るって言ってた時間より二時間も早いんだけど⁉」

 

佐藤は肩をすくめる。

 

「まあ、あの人だからなぁ」

 

 

車が止まった。

 

 

運転席のドアが開く。

 

降りてきたのは……

 

黒のロングコートをひるがえした、背の高い青年。

 

青年は軽く息を吐き、

 

「霧島蓮と申します。

今日は彼に会いに」

 

(彼……? 我輩のことか?)

 

霧島蓮の視線が、馬房の奥の我輩へ向く。

 

その眼差しは

静かで、しかし危険なくらいに熱い。

 

 

蓮は一歩、また一歩と我輩へ近づく。

 

(じっと見るなよ、恥ずかしい)

 

 

(ていうかオーラが金持ちすぎて眩しいんだけど……)

 

蓮は柵の前に立った。

 

そして――

目を見た。

 

一瞬で、我輩の皮膚がざわりと波だった。

 

蓮の瞳は黒い炎のようだった。

冷たいのに熱い。

静かなのに強烈。

 

「……やっと、会えた」

 

小さく、しかし震えた声だった。

 

佐々木が驚いた顔で佐藤を小突く。

 

「やばいっすよあの人、頭がいっちゃって人かもしれないっすよ」

 

蓮はゆっくり手を伸ばし、

 

「触ってもいいですか?」

 

「ボーは賢いんで大丈夫ですよ」

 

 

我輩は鼻を近づける。

 

(我輩の馬主様だ。媚を売っとかねば)

 

蓮の掌は、冷たくも温かい、不思議な感触だった。

 

触れた瞬間、蓮の呼吸が変わる。

 

「やっぱり。」

 

「ついに見つけたぞ!」

 

蓮の声が落ち着いているのに、震えていた。

 

「まだ見ぬ景色を旅する目だ」

 

(分かるじゃないか、人間よ)

 

 

 

蓮は佐々木に向き直る。

 

「彼の名前、今決めました」

 

「え、あ、まだ登録はこれからですけど……候補を?」

 

蓮は我輩を見つめたまま言った。

 

「彼には世界中を飛び回って欲しい

だからラテン語で星の旅路って意味のアストライターにしよう」

 

(…………)

 

その言葉が胸の奥に落ちた瞬間、

我輩の中で何かがカチリと音を立てた気がした。

 

蓮は続ける。

 

「ステイゴールドは、黄金の旅。

ドリームジャーニーは、夢への旅。

なら、その続きを走る馬は、星の如く輝かような旅でなくてはいけない」

 

(星の……旅路)

 

それは奇妙にもしっくりきた。

我輩が放牧地で空を見たとき、無性に遠くへ行きたくなる理由。

朝の風の向こう側へ走りたくなる理由。

 

それはこの血のせいだと、初めて理解した。

 

蓮はゆっくり、我輩の額に触れる。

 

「君の名はアストライター。

世界の果てまで駆け抜ける馬だ」

 

(……そうか。

我輩は、アストライターなのか)

 

 

蓮が笑った。

 

「うん、この馬は強くなる」

 

佐藤がぽつりと呟く。

 

「やっぱおかしいなあの人」

 

佐々木も頷いた。

 

 

蓮は二人を振り返る。

 

「今日の様子を見たら東京に戻りますが、安心してください。

アストライターの旅は、ここから始まる。

世界中を旅しますよ」

 

(世界か……)

 

胸が高鳴る。

 

ああ、いいとも。

我輩は走るために生まれた。

見ぬ景色のためなら、どこへだって行く。

 

そしてこうして、我輩は初めて名前を得た。

 

アストライター

 

星をめぐる旅の者として。

 

新しい物語が、ゆっくりと動き出した。

 

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