星旅の覇者   作:エビーフ

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旅立ちの日

あっという間に一年がたった

 

我輩の体は、もう立派に“競走馬の作り”になってきたらしい。

 

 首の筋肉は太くなり、背中はどっしりしてきた。

 佐藤も佐々木も、会うたびに

 

「でけえな……」

 

「今日もキレてんな体が」

 

と、半ば呆れ気味に言ってくる。

 

(まあな。我輩は天才だからな)

 

 そんな冗談を言う余裕も出てきた頃

 

 巣立ちの日の気配が、牧場全体に漂い始めた。

 

馬たちが、次々と育成牧場へと旅立っていく季節だ。

 

 

放牧から帰ると、厩舎の前が少し騒がしい。

スタッフたちが馬房を見に来ては何やら話している。

 

 佐々木が我輩の首を撫でながら、少し寂しげに言った。

 

「アストライター、お前の出発、もうすぐらしいぞ」

 

(……ついに、か)

 

 わかっていた。

 馴致も終わり、人を乗せることにも慣れた。

 鞍をつけても暴れなくなったし、騎乗運動でも褒められることが増えた。

 

 それでも

 この牧場で過ごした日々が、あっという間で、そして濃すぎた。

 

 佐藤が、鞍を磨きながら言う。

 

「お前、外に出ても強気でいけよ? ビビるなよ?」

 

(我輩を誰だと思っている)

 

「いやいや、ビビるだろ絶対」

 

(ビビらんわ!)

 

 二人は爆笑していた。

 ああ、こういうのがもう聞けなくなるのかと思うと、胸の奥がきゅっとなる。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、また黒い車が牧場に入ってきた。

 

エンジン音の低い響き

 

まるで虎が喉を鳴らしているような音。

 

 蓮が来た。

 

「アストライター」

 

 蓮は馬房の前に立つと、静かに微笑んだ。

 

「もう、この牧場の卒業ですね」

 

(……蓮。ついに我輩も旅立ちか)

 

 蓮は当然のように返した。

 

「やっぱり私たちの話わかってますよね?」

 

(あ、普通にバレてる)

 

 

「ほらな、やっぱりバレてるんだよ……」

 

「やっぱりバレましたか」

 

 蓮は笑って肩をすくめた。

 

「お前はドリームジャーニーとキングカメハメハの血を継いでるんだ」

 

 最強の大王 キングカメハメハ

 

 夢への旅路 ドリームジャーニー

 

 

 

 

(次にどんな景色が見えるのだろうな)

 

「アストライターは必ず強くなります。

 だから安心して送り出してあげてください」

 

 蓮がスタッフたちに向かって言うと、皆が頷いた。

 牧場の空気が、少し変わった。

 

 背筋が伸びるような、そんな瞬間だった。

 

 

 そして迎えた出発の日。

 

 牧場の空気はひんやりして、朝霧が白く漂っていた。

 鳥の声までやけに鮮明に聞こえる。

 

 馬運車が近づいてくる低いエンジン音が、胸を震わせた。

 

(ああ……来たんだな)

 

 佐藤が少し声を震わせながら言う。

 

「ボー、お前ほんとに行くんだな」

 

(なんだ、泣きそうなのか?)

 

「は? 泣くかよ。目に牧草入っただけだし」

 

(嘘つけ)

 

 佐々木もぽんと我輩の肩を叩く。

 

「頑張れよ。世界目指す馬なんだろ?」

 

(もちろんだ)

 

 蓮は馬運車の前で待っていた。

 朝日が差し込み、そのシルエットが金色に染まる。

 

「アストライター。

 今日から本当の旅が始まりまるよ」

 

(ああ。行こう、蓮)

 

「言ったな。旅仲間として、しっかり導きますよ」

 

 

 

 

 

 

 馬運車に乗り込むと、扉が閉まり、暗くなる。

 足元が揺れ、景色は見えない。

 

 それでも――胸は高鳴るばかりだ。

 

(牧場のみんな、ありがとう)

 

(我輩はもっと強くなる)

 

(次の場所で、もっと速くなる)

 

 そして、いつか……

 

(蓮、お前が連れていくって言ったんだぞ。

 世界のてっぺんまで、頼むからな)

 

 馬運車は大きく動き出し、牧場を離れた。

 

 アストライターの、次なる旅が始まった。

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