星旅の覇者   作:エビーフ

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新天地の日

馬運車のゴウン……ゴウン……と腹に響く重低音が、だんだん街の気配に変わっていく。

 

 

 

 

「アストライター君、天城厩舎に入厩決まりましたよ。

 美浦の天城テキのところに」

 

(天城……?)

 

テキはあの人なのか!

 

 

「信用できる人だよ」

 

(そんなことはわかってるよ)

 

牧場での話を思い出した

 

 

 言葉は聞こえる。意味もわかる。

 

 でも我輩は返事ができない。ただ、耳を向け、首を揺らすだけだ。

 

(喋れないのは不便だが……まあ仕方ない)

 

 けれど

 

(我輩は走れる。それだけで十分だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬運車の扉が開き、外気が流れ込んできた。

 

 土と草と、汗の混じったような独特の“競走馬の匂い”。

 遠くから蹄鉄の音、調教の合図の声。

 

(ここが……)

 

 我輩が静かに馬運車を降りた瞬間、

 

「おお、これがアストライターか」

 

 低い声が響いた。

 黒い調教師服の、切れ長の目をした男。

 

 天城誠

 我輩の調教師、通称「天城テキ」。

 

 彼はゆっくり我輩の前に立つと、その目を覗き込んだ。

 

「蓮くん、ほんとに言ってたとおりだな。

 こいつは頭がよさそうだって」

 

 蓮は笑った。

 

「僕たちの話も理解してますよ」

 

 天城は首をひねった。

 

「いやいや、そんなわけないだろ。」

 

 我輩はわざと鼻を鳴らす。

 

「ほら、返事もしてくれるし」

 

「まあ、賢いことは確かだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 我輩は馬場に出された。

 

 広い。

 育成牧場の何倍も、何十倍も広い。

 

(走っていいんだな……?)

 

 騎乗した助手が笑った。

 

「アストライター、軽めだからな?抜かすなよ?」

 

 抜かすなと言われるほど、抜かしたくなる。

 我輩は前肢で地面を軽く叩いた。

 

「うわ、やる気満々じゃん……!」

 

 そして、我輩は走った。

 

 ただのキャンターなのに、体が勝手に弾む。

 足を出すたび、前へ前へと重心が吸い込まれていく。

 

(これだ……これが我輩の生きる場所だ……!)

 

 天城はその様子を見て、半ば呆れたように言った。

 

「……おい蓮、あいつ絶対楽しくて笑ってるよな?」

 

「笑ってますね。」

 

「アイツは相当化けるぞ」

 

「天城さん、アイツは世界で戦う馬になるですよ」

 

「世界か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調教後。

 天城は馬房の前に立ち、我輩をじっと見た。

 

「アストライター。

 お前には……でっかい夢を見てる」

 

 

「日本だけじゃない。

 海外でも勝てる馬にしてやる」

 

 我輩は鼻を鳴らし、胸を張る。

 

 天城はその仕草に、ふっと笑った。

 

「そうだよな。わかってるよな。いい目だ」

 

(我輩は世界中を旅するんだ、当たり前だろ)

 

ドヤ顔してやった

 

 天城が嬉しそうに呟く。

 

「返事したな……。

 まったく、どうせ(我輩は世界中を旅するんだ、当たり前だろ)とか思ってんだろ」

 

(わかってんじゃん。

テキとは上手くやってけそうだな)

 

 

 

 喋れないが、わかる。

 喋れないが、伝わる。

 喋れないが、願いはある。

 

 世界のどこかで待っている「最高速」に出会うため、

 我輩は今日も、馬場へ駆け出していく。

 

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