征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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お久しぶりです。
皆さんメティスの中だと誰が好きですか?
私は元々マクスウェルがお気に入りでしたが、段々とラプラスとドレイクにも愛着が湧いてきました。
やっぱりシナリオ上にラプラスとドレイクがいると場が盛り上がるので、書いてて楽しんですよね…。


英雄狂騒

 

 

 肺が焼けるようだ。 

 ニケの体力をもってしても、この全力疾走は限界に近い。

 背後から迫る轟音と振動は、一秒ごとに圧力を増している。

 

「くっ、速すぎる……!」

 

 マクスウェルが呻くように吐き捨てた。 

 グレイブディガーは地中を掘り進むことに特化したラプチャーだ。障害物のないトンネル内であれば機動力は更に上がる。

 対してこちらは崩落した瓦礫に足を取られながらの逃走。距離は開くどころか確実に縮まっている。

 

 ズガガガガガッ!!

 

 背後の壁が粉砕される音が、すぐ耳元で響いた。

 振り返るまでもない。奴の先端にあるドリルが、私たちを身体ごと削り取らんばかりに迫っているのだ。赤いセンサーの輝きが、私の背中を焼き尽くすように照らしている。

 突如、最後尾を走っていたリアが瓦礫につまずいて体勢を崩した。 

 

「あ、ああっ……!」

 

 ―――致命的な隙。グレイブディガーがそれを見逃すはずもなかった。

 殺戮対象を捕捉したことでドリルの回転数が上がった。金切り声のような轟音が響き渡る。

 

「リアッ!!」

 

 私が手を伸ばそうとした瞬間。

 

「――AAAALaLaLaLaLaie!!

 

 雷鳴が轟いた。 

 地下道の空気が、一瞬にしてオゾンの匂いと焦熱に塗り替えられる。 

 虚空が裂け、そこから紫電を纏った二頭の神牛が躍り出た。

 

「なッ!?」

 

 ラプラスが驚愕に目を見開いた。 

 神牛に牽かれた戦車(チャリオット)が、リアとグレイブディガーの間に滑り込むように着地した。車輪が火花を散らし、ドリルの先端を弾き飛ばす。その衝撃でグレイブディガーは後方へ何メートルも吹き飛ばされ、動きが一時的に止まった。

 

「乗れェッ!!」

 

 イスカンダルが御者台から腕を差し伸べた。

 

「…っ!!」

 

 私は反射的にリアの襟首を掴み、彼の手へと押し上げた。 

 イスカンダルはリアを軽々と荷台へ放り込むと、続けて私とソフィー、そして呆気にとられているメティスの三人へと手を伸ばした。

 

「ぼやぼやしておるな!貴様らもだ!」 

「ちょ、ちょっと!!あなた誰!?」

「早く乗らんか!!奴はすぐに目を覚ますぞ!!」

 

 イスカンダルは今まさに動き始めようとしているグレイブディガーを見据えながら叫んだ。

 その声を契機に、動揺して目を白黒させていたラプラスとドレイクはハッと我に返り、互いに顔を見話させて荷台へ乗り込んだ。マクスウェルも一瞬だけ戸惑った後、すぐに二人へ続いた。

 全員が乗り込んだのを確認するや否や、イスカンダルは手綱を振るった。

 

「征くぞ!しっかり捕まっておれ!」

 

 神牛が嘶き、戦車が紫電を靡かせて加速した。 

 前方に転がる瓦礫を物ともせず、小さいものならば粉砕し、大きいものも衝突した瞬間に横へ弾き飛ばされていく。

 

「な、ななな……何だこれはぁぁぁッ!?」

 

 荷台の上で、ラプラスが目を回さんばかりに叫んだ。 

 無理もない。牛が雷を撒き散らしながら戦車を引いて爆走しているのだ。

 ミシリスの最新技術に慣れ親しんでいる彼女たちでも説明がつかない光景だろう。

 

「何これ…、こんな乗り物見たことないわよ…?」

 

 マクスウェルが驚愕する中、ラプラスとドレイクは恐怖も忘れて手すりに身を乗り出していた。

 

「凄い…!凄いぞこれは!!まるで特撮映画のスーパーマシンのようじゃないか!」 

「ふははは!!なんだこの禍々しい乗り物は!!気に入ったぞ!!」

 

 その様子を見たイスカンダルは、ニカっと白い歯を見せて豪快に笑った。

 

「ほう、分かるか小娘ども!よい心意気だ!やはり戦車というものは、こうでなくてはな!」

 

 自分の愛車を褒められて、彼はすこぶる上機嫌のようだ。 

 私は揺れる車上で体勢を立て直し、彼の背中に声をかけた。

 

「ありがとうございます!助かりました!」 

「礼には及ばん。だがマスターよ……」

 

 イスカンダルは手綱を握る手に力を込め、チラリと背後を振り返った。 

 

「ちと、重いな」

 

 ―――重量過多。 

 『神威の車輪』…というか、戦車は本来二人乗りの構造だ。そこにイスカンダルと完全装備のニケ六体が乗っている。

 ニケの体重は人間よりも遥かに重い。一人当たり100キロは優に超える。それが六人分。総重量は1トン近くに達しているだろう。いかに神話の戦車といえど、物理法則の枷からは完全には逃れられない。

 彼は笑みを浮かべてはいたものの、瞳には隠し切れない焦燥が滲んでいた。

 

「ぬんッ!!」

 

 イスカンダルが叱咤し、神牛が筋肉を躍動させる。

 だが、加速が鈍い。本来なら風のように駆け抜けるはずの戦車が、今は泥沼を走るように重々しい。

 

 ズゴゴゴゴ……!!

 

 背後から、再び轟音が迫る。 

 獲物を取り逃がした怒りか、あるいは本能的な殺戮衝動か。態勢を立て直したグレイブディガーは猛然とスピードを上げ、私たちを追跡し始めた。

 巨大なドリルでトンネルの壁を削り取りながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 

「追いつかれるわよ!」

 

 マクスウェルが悲鳴に近い声を上げた。

 私は戦車の荷台にしがみつきながら、スナイパーライフルの銃床を肩に押し当てた。

 だが、照準が定まらない。足元の戦車が激しく跳ねるたび、レティクルが上下に揺れる。それに加え、グレイブディガーはその巨体を上下左右へ激しく振り回しながら迫ってきていた。

 これではまともに狙えない。

 

「くっ……!」

 

 引き金を引く指が震える。

 グレイブディガーは強固な装甲を備えている。確実に急所を狙わなければ撃破は望めない。

 自信の無力さに歯噛みした時、頭上から怒声が降ってきた。

 

「ええい、埒が明かんな!」

 

 次の瞬間、襟首を無造作に掴まれた。強引に引き寄せられ、視界がぐるりと回る。

 気付けば、私はイスカンダルの丸太のような腕の中に抱え込まれていた。

 

「ちょ、ちょっと!!何してるんですか!?」

「このままではジリ貧だ。打って出るぞ」

「打って出るって、どうやって……!?」

「こうするのだ!……出でよ!我が愛馬(ブケファラス)!!

 

 イスカンダルが虚空に向かって剣を掲げると、戦車の並走空間に雷光が爆ぜた。

 目が眩む閃光の中から、いななきと共に()()()()が躍り出た。それも、イスカンダルの巨体に見劣りしないほどの大きさだ。馬は荒い鼻息を吐きながら、当然のように戦車と並んで走っている。

 

「「何だあれは!!」」

 

 場違いにもラプラスとドレイクが目を輝かせる中、イスカンダルはソフィーに戦車の手綱を渡した。

 

「小娘!御者を代われ!」

「えっ、ちょっ、無理無理無理!」

 

 ソフィーは悲鳴を上げて首を激しく横に振った。

 

「ただ前を見て走らせればよい!」

「で、でも!!」

「ソフィー、お願い!」

「…っ!!あーもう!!帰ったら絶対に高級プリン奢りなさいよ!!」

 

 ソフィーが戦車の制御を引き継ぐのと同時に、イスカンダルは私の腰を強引に抱え上げた。

 世界がぐるりと回転する。

 次の瞬間、私は彼と共に馬の上に乗っていた。

 

「奴の急所を突くには、遠巻きに撃っていては当たらん!懐に飛び込むぞ!」

 

 彼が放った言葉に、思考が一瞬凍りついた。

 懐へ飛び込む?

 グレイブディガーに近づけと?

 正気の沙汰ではない。自殺志願者でも躊躇ためらうような暴挙だ。

 

 だが、このまま距離を取って撃ち合えば、速度で劣るこちらがジリ貧になるのも事実だった。縦横無尽に動き回るグレイブディガーの弱点を突くには、可能な限り距離を縮めるしかない。

 その事実を受け入れるように、唾を飲み込む。

 

 見上げれば、イスカンダルが私を見据えていた。

 真紅の瞳は爛々と輝いている。彼は微塵も恐怖を感じていないようだ。

 この男は本気だ。私を死なせるつもりなど毛頭なく、ただ勝利だけを見据えている。

 

 ドクン、とコアが跳ねた。

 ……怖い。足がすくむほどに怖い。

 けれど、彼が共にいる限り、()の背中がある限り、不思議と「死ぬ」気はしなかった。

 

 ―――ならば、応えるしかない。

 私が彼のマスターであるならば、彼に後れを取るわけにはいかないのだ。

 

「……分かりました!」

 

 私は腹を括り、瞬時に頭を切り替えた。鼻先を突き合わせるほどの近距離戦なら、長物のスナイパーライフルは邪魔なだけだ。

 私は並走する戦車の手すりにしがみついていたリアに向かって、喉が裂けんばかりに叫んだ。

 

「リア!ショットガン貸して!」

「えっ!?わ、分かった!」

 

 リアが慌てて投げ渡してきたショットガンを空中でひったくる。

 スナイパーライフルを背負い、ボルトを引いて薬室に弾が装填されているか確認する。

 至近距離での破壊力ならば、これに勝るものはない。

 

「……よし、征くぞ!」

 

 イスカンダルが手綱を引く。

 黒馬がいななき、地を蹴った。

 戦車の後ろについた馬は、グレイブディガーへ近づくために速度を緩めていった。

 

 背後から迫る轟音が次第に大きくなる。

 振り返れば、ドリルの刃が火花を散らしながら、目と鼻の先で空気を切り刻んでいた。

 本能的な恐怖が思考を締め上げる。

 

(……大丈夫、落ち着いて狙いを定めるんだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、恐怖を理性でねじ伏せる。

 装甲の隙間から見え隠れするコアに狙いを定めようとした瞬間、グレイブディガーの左右の装甲が展開した。中から現れたのは、先端が螺旋状に尖った二発のドリルミサイルだった。

 

「しまっ……!」

 

 反射的にショットガンを構え、引き金を引いた。轟音と共に散弾が飛び散り、迫り来るドリルの表面で火花を散らす。

 だが、止まらない。分厚い装甲に弾かれ、散弾は表面を掠めただけに過ぎない。

 次弾を装填し、もう一度撃ち込む。ガギン、と嫌な音がして、またもや弾かれる。

 硬い。あまりにも硬すぎる。こちらの攻撃など意に介さず、ミサイルは私の眼球を抉り取らんばかりの距離まで迫っていた。回転する刃の風切り音が、死の宣告のように耳元で唸る。

 

 ―――ダメだ、間に合わない!

 そう覚悟して目を瞑りかけた瞬間――――後方から二色の閃光が走った。

 

「フハハハハハ!残念だったなッ!!」

「ははは!!ヒーローパワー!!」

 

 ラプラスとドレイクの攻撃が、目前まで迫っていた二つのドリルミサイルを空中で爆散させた。

 視界が白く染まる中、更に硝煙を切り裂くような鋭い発砲音が響いた。

 

「……出力最大っ!行けぇっ!!」

 

 マクスウェルの狙撃銃が、グレイブディガーの頭部を守るように展開された小型のドリル群を撃ち抜いた。

 高速回転していたドリルがバラバラに砕け散る。鋼鉄のヴェールが剥がれ落ち、その奥から一際巨大なドリルと、それを取り囲むように据えられた三つの動力炉が姿を現した。

 そして、装甲を破壊された衝撃でグレイブディガーの動きが一時的に止まった。

 時間にしてコンマ数秒。だが―――これ以上ない好機だった。

 

「今だッ、マスター!!」

 

 イスカンダルの叱咤が、恐怖で強張りかけた私の背中を叩いた。

 私は馬上で踏ん張り、目前に晒された三つの動力炉へ銃口を突きつけた。

 

 ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!

 

 轟音と共に、対ラプチャー用の散弾を無防備に晒された動力炉へと叩き込んだ。

 

 ――ギャアアアアアアアッ!!

 

 金属が擦れ合うような断末魔と共に、グレイブディガーはガクガクと痙攣して静止した。

 それを見届けたイスカンダルは、手綱を翻して馬首を反転させた。

 

「――見事だ!このままとどめを刺すぞ!」

 

 イスカンダルの右手に握られたスパタへ、膨大な魔力が収束していくのを肌で感じる。

 紫電が迸り、刃が雷の化身となって輝きを増す。その眩しさに、思わず目を細めた。

 

 人馬一体となった突撃が、静止したグレイブディガーの巨軀へと突き刺さった。雷撃を纏った刃がグレイブディガーの装甲をコアごと豆腐のように切り裂く。

 一刀両断。私たちが駆け抜けた数秒後、背後で大気を揺るがす爆発音が轟いた。

 爆発が収まると、トンネル内に静寂が戻った。それと同時に、並走していた神威の車輪《ゴルディアス・ホイール》も速度を緩め、キキキーッという音と共に停止した。

 

「や、やったの……?」

「もう駄目……」

 

 リアが震える声で呟いた。

 御者台では、ソフィーがへなへなと座り込んでいた。極度の緊張から解放されたせいか、彼女はそのまま手すりにもたれかかり白目を剥きかけている。無理もない。いきなり神話上の戦車の御者をさせられたのだ。寧ろよく耐えきったと褒めるべきだろう。

 そんな惨状を他所に、マクスウェルが瓦礫の山を降り、私たちの方へと歩み寄ってきた。彼女は瞳を細め、私とイスカンダルを交互に見やった。

 

「……あなた達、何者?」

「あ」

 

 私は間の抜けた声を漏らした。戦闘のゴタゴタですっかり思考から抜け落ちていたが、イスカンダルはメティス部隊の目の前でその姿を晒してしまったのだ。それだけではない。人間離れした剣劇、紫電を纏う戦車、さらには馬の召喚まで。絶対に隠さなければならないものを、緊急事態だったとはいえ余すことなく見せつけてしまった。

 どう説明すればいい? 

 新型のニケ?

 極秘の試作兵器? 

 ……いや、あんな髭面の巨漢がニケなんて流石に無理がある。

 戦車や馬にしても、アークの技術体系からはあまりにもかけ離れている。

 私が冷や汗をダラダラと流し、何か上手い言い訳はないかと思考を巡らせていると――。

 

 ―――ドガッ!!

 

 腕を組んで私たちを睨みつけていたマクスウェルが、突如として背後から突き飛ばされ、無様に地面へと転がった。

 

「「うおおおおおおおおっ!!」」

 

 マクスウェルを踏み台にして躍り出てきたのは、ラプラスとドレイクだった。

 二人は倒れた彼女を一顧だにせずイスカンダルの元へと駆け寄ると、その巨体を見上げて目をキラキラと輝かせた。

 

「凄いじゃないか!!何だそのパワーは!!」

「貴様!!一体どうやってその力を手に入れたんだ!!」

 

 興奮して鼻息を荒くする二人に対し、イスカンダルは「む?」と片眉を上げた。

 

「どうやってと問われてもな。それは余が『征服王』であるからに他ならぬ」

「おお!!その『征服王』というのは何なんだ!!どういう武装なんだ!?」

 

 ラプラスが食い気味に詰め寄る。

 

「……いや、武装ではない。余の二つ名だ」

「『征服王』だと……!!くくく、いかにも凶悪なヴィランが名乗りそうな名前ではないか!!」

 

 ドレイクが悪の組織の首領のようなポーズを取りながら感心する。

 

「……あー」

 

 イスカンダルが困ったような顔で私を見下ろしてきた。

 助け舟を求められても、私は引きつった苦笑いを返すことしかできない。最強の部隊だと聞いていたが、まさかここまで話が通じない(お馬鹿)人たちだったとは。

 その時、二人の背後からゆらりと殺気が立ち昇った。

 

「……あんたたちぃ」

 

 地面から起き上がったマクスウェルが、般若のような形相で二人の背後に立っていた。

 そして――

 

「ぐへっ!!」

「ぬわっ!!」

 

 マクスウェルの拳が、ラプラスとドレイクの脳天に正確に振り下ろされた。

 

「二人とも、後で覚えてなさいよ」

 

 二人が頭を抱えて蹲るのを尻目に、マクスウェルは乱れた髪を直しながら、改めて私とイスカンダルに向き直った。

 

「それで、あなた達は一体何者なの!そこの大男もそうだけど、あんな兵器や武装を使う部隊なんて聞いたことないわよ!」

 

 マクスウェルの剣幕に、再び肝が冷えた。ラプラスとドレイクと違い、マクスウェルは冷静な判断力があるようだ。前の二人と違い、彼女を誤魔化すことは難しいだろう。彼女を納得させられるだけの説明をしなければ、この場を乗り越えることはできない。

 だが、マクスウェルによる尋問はまたしても遮られた。

 

「何を言っているんだマクスウェル!彼はヒーローに決まっているだろう!」

 

 ゲンコツの痛みも忘れたのか、ラプラスが復活してマクスウェルに詰め寄った。

 

「はあ?」

「君も見ただろう!グレイブディガーを一刀両断にする彼の勇姿を!あれをヒーローと言わずして何と呼ぶんだ!」

「いいや、奴はヴィランに決まっているだろう!」

 

 今度はドレイクが反対側から割り込む。

 

「何だと!」

「あの乗り物を見ろ!雷を撒き散らす牛に、禍々しい戦車!あんな凄い兵器を使っている者がヒーローなものか!間違いなく彼はヴィランだ!私の同類に違いない!」

「あーもう!!二人とも一旦黙りなさい!!」

 

 マクスウェルの怒声も虚しく、三人は私たちの目の前でギャーギャーと言い争いを始めてしまった。戦闘前までは何かあればマクスウェルが二人を諌めているようだったが、イスカンダルの圧倒的な武勇を目の当たりにして興奮のリミッターが外れてしまったらしい。彼女の制御ももはや限界のようだった。

 

「ヒーローだ!!」

「ヴィランだ!!」

「黙りなさいって言ってるでしょ!!」

 

 あまりにも不毛極まりない掛け合いを繰り広げるアーク最強部隊。

 その光景を前に、私とイスカンダルは顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ということがありまして」

「なるほど……」

 

 事の顛末を語り終えた私に対し、制服姿のジャンヌ・ダルクは眉をひそめながら頷いた。

 彼女の視線の先、リビングの中央には、大型モニターの前であぐらをかいて座るイスカンダル。そして、その視界を遮るように二人のニケが立ちはだかっている。

 

「こら貴様ら、これでは画面が見えぬではないか」

「何の!私は()()()()()()と共にヒーロー映画を鑑賞するまで、ここを離れないぞ!」

 

 ラプラスがビシッとポーズを決め、暑苦しいほどの熱視線をイスカンダルに送っている。

 

「フハハハ!そうは問屋が卸さないぞヒーロー!」

 

 すかさずドレイクが割って入る。

 

「何だと!」

()()はこの私と共に、ヴィラン連合の一員となったのだ!貴様ごときが気安く近づいていい御方ではない、引っ込んでいろ!」

「そんなものに入った覚えはないんだがな」

 

 やんのやんのと互いにポーズを決め、自説を喚き立てるラプラスとドレイク。そのやかましさに、さしもの征服王も呆れ果てたように吐息を漏らす。私はそんな彼の姿を、ただ乾いた苦笑いで見守ることしかできなかった。

 

「……あの二人、妙に懐いちゃったわね」

 

 ジャンヌの隣で、マクスウェルが心底疲れたように呟いた。

 あの乱戦の後、興奮冷めやらぬラプラスとドレイクを一旦放置し、私はマクスウェルに対して話せる範囲での釈明を行った。

 彼は人間でもニケでもない、未知の存在であること。

 これまで何度も私と共に死線を潜り抜けてきたこと。

 そして何より、決してアークや人類に敵対する者ではないということ。

 マクスウェルは半信半疑といった面持ちで聞いていたが、ソフィーやリアたちからも必死の懇願を受けたことで、ひとまず矛を下ろしてくれたのだ。

 

「……正直まだ納得してはいないんだけど、少なくとも私たちに害を与える存在ではないことは理解したわ」

 

 マクスウェルは「それに……」と言葉を継ぎ、隣に座るジャンヌへと顔を向けた。

 

「あなたも“只者”じゃないでしょう?」

「……どうして分かったのですか?」

 

 ジャンヌが身じろぎもせず問い返す。

 マクスウェルはふん、と鼻を鳴らした。

 

「強いて言えば()()()かな。私もそれなりの数の人間やニケを見てきたけど、あなたみたいな真っ直ぐな目をしてる人はほとんどいない。そういう輩は、往々にしてカタギじゃないのよ」

 

 図星を突かれたのか、ジャンヌの肩が僅かに強張る。

 だが、マクスウェルは追及する気はないとばかりにそっぽを向いた。

 

「……けど、アウターリムのアウトローとは違う。寧ろ逆ね。あなたの目からは、清々しいまでの善意が溢れ出してる」

「私はそんな器では……」

「ま、どちらにせよ私の関心があるのは彼の方。もう少しじっくり聞きたいことはあるけど、あの二人が懐いちゃったからには難しいわね」

 

 マクスウェルは頬杖をつき、喧騒の中心にいる赤髭の巨漢を横目で見やった。

 もはや収拾がつかないと判断したのだろう。彼女の諦念は、私にとって僥倖だった。

 

「……それで、誰にも話さないでいただけますか?」

 

 恐る恐る切り出すと、マクスウェルは冷徹な眼差しを私に向けた。

 

「それは分からない。あなた達が本当は裏で何かを企んでいたとしても、私には知るすべがないからね」

「………」

「けど、少なくとも今回は見逃してあげる」

「いいんですか?」

「任務だったとはいえ、あなた達には助けられた恩があるから。これで貸し借りは無し。ただし、今度また何かあれば約束を守り続ける保証はできないわよ」

 

 少々ぶっきらぼうな物言いだったが、少なくとも彼の存在が中央政府に露見することは避けられそうだ。

 首の皮一枚繋がったことに安堵し、私は深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 マクスウェルは私の謝辞を無言で受け止めると、おもむろに立ち上がった。

 

「さて、じゃあ私たちはこれでお暇するわ」

 

 彼女はイスカンダルの前まで歩み寄ると、言い争いを続ける二人の部下の背後に音もなく立った。

 

「あんたたち、行くわよ!」

 

 言うが早いか、マクスウェルは両腕を伸ばし、ラプラスとドレイクの首根っこを鷲掴みにした。

 

「ぐえっ!?放せマクスウェル!私はまだサンダーマンと語り合うことが……!」

「待て!せめて連絡先だけでも……!」

 

 二人は空中で手足をジタバタと動かし抵抗を試みるが、マクスウェルに絶対零度の視線で睨まれた瞬間、借りてきた猫のように大人しくなった。

 そのまま彼女は荷物でも運ぶかのように二人を引きずり、部屋を出て行った。

 

「……何とかなった」

 

 私は糸が切れた人形のように机へと突っ伏した。

 全身から力が抜け、指一本動かすのも億劫だ。グレイブディガーとの戦闘よりも、あの制御不能な台風の如き三人に振り回された疲労の方が大きかったかもしれない。

 

「……最悪の場合、暗示をかけて記憶を改竄するつもりでしたが……その必要はなかったようですね」

 

 ジャンヌが涼しい顔で、さらりと恐ろしいことを口にした。彼女がその気になれば、誰かの記憶を書き換えることなど造作もないのだろう。

 

「やれやれ、あそこまで純真無垢な小娘どもも困ったものだな」

 

 豪快な苦笑と共に、イスカンダルが頭を掻きながら歩み寄ってきた。その顔には疲労の色など微塵もなく、むしろ珍しい猛獣でも見た後のような満足感すら漂わせている。

 

「厄介事を押し付けてしまって、すみません」

「よい。これしきの騒ぎ、戦の余興と思えば何ということもない。気にするな」

 

 彼は大きな掌で私の肩に手を乗せ、励ますように笑った。

 そして、ふと表情を引き締め、傍らに立つ聖女へと視線を向けた。

 

「それよりもルーラーよ。貴様がわざわざここに足を運んだということは、何か他のサーヴァントに関する手掛かりを掴んだのか?」

「ええ」

 

 ジャンヌは椅子から立ち上がると、机の上に一枚の地図を広げた。

 アークの全域を網羅した地図だった。

 

「ここ数日、私はこの街を巡回し、魔力の残滓が感じられる場所をマークしていました」

 

 地図を覗き込むと、確かに赤いバツ印が至る所に記されていた。商業地区、居住区、果ては工業エリアまで。

 

「魔力の痕跡自体はある程度見つかりました。しかし、やはりというべきか、サーヴァントの気配はありませんでした。まるで、亡霊が歩き回った跡だけが残されているかのように。ですが――」

 

 ジャンヌはそこで言葉を切った。

 彼女の指先が地図の中心部から外側へ、アークを守る防護壁のラインを越えて滑った。

 

「この街の外縁……防護壁の向こう側から、極めて濃厚な魔力の淀みを感じました」

 

 彼女の指が止まった場所。そこを見て、私は息を呑んだ。

 

「……()()()()()()にサーヴァントが?」

 

 ―――アウターリム。

 アークの法が及ばず、中央政府の庇護からも見放された吹き溜まりの無法地帯。

 人間としての権利を持たぬ者たちが身を寄せ合い、暴力と貧困だけが支配するスラム街。

 

「まだ確証はありません。しかし、少なくとも聖杯戦争に関係する何者かが、そこで精力的に活動している可能性は極めて高いでしょう」

 

 イスカンダルが「キャスター」と看破したあのサーヴァント、あるいは未だ見ぬ他の参加者たち。彼らがアークの監視網を逃れ、何らかの魔術的な儀式を行うための拠点を構えるとしたら、確かにアウターリムは絶好の場所と言えるだろう。あそこであれば、何か問題を起こしたとしてもすぐにもみ消すことができる。人目を避けるならばこれ以上ない。

 イスカンダルは顎に手を添えながら、ジャンヌへ顔を向けた。

 

「で、そこを我らで手分けして探そうというわけか」

「ええ。私一人では広すぎますし、土地勘もありません。あなた方の協力が必要なのです」

 

 ジャンヌの視線が真っ直ぐに私を射抜く。

 

「マスター、どうする?」

 

 イスカンダルもまた、腕を組んで私を見下ろした。

 私は一瞬だけ沈黙した後、小さく頷いた。

 

「……はい。行きましょう。現状、手がかりはそれしかありませんから」

 

 ここで手をこまねいていても、事態は好転しない。敵の尻尾を掴むには、自ら虎穴に飛び込むしかない。

 

「ならば決まりだな」

 

 イスカンダルがニヤリと不敵に笑った。それを見たジャンヌは安堵したように表情を緩めた。

 

「日時はあなた方にお任せします。軍属である以上、スケジュールの調整も必要でしょう。準備が整い次第、私に連絡してください」

「分かりました」

 

 事務的な打ち合わせを終え、ジャンヌは部屋から退出していった。

 部屋に残された私は、再び机上の地図に視線を落とした。

 地図上では、アークの防護壁より外側は「Outer Rim」という文字以外、何も記されていない。道路も、建物も、地形さえも描かれていない文字通りの空白地帯。アークでありながらアークではない、見捨てられた場所。今までであれば、近寄ることすら忌避したであろう危険地帯だ。

 

 だが、どうにも胸騒ぎが止まない。

 地図では空白になってはいるものの、あそこには大勢の人間が暮らしている。そして、エンターヘブンをはじめとした犯罪組織が蠢き、麻薬取引や人身売買といった不法が横行している。アウターリムは決して空白地帯ではない。けれど、そこに何が待ち受けているのかは、実際に行くまでは知りようがないのだ。

 イスカンダルが意気揚々と剣の手入れをしようかと息巻いている傍ら、私は地図の空白を見つめ続けていた。

 

 




次の投稿予定は来週の金曜日です。
それではまた!
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